011:決裂
北翔たちはアイヌ民族に交渉する為、アイヌ民族の集落へと向かう準備をした。
全員で行ってしまったら、目立ってしまうので限られた面々で集落へと向かう。
剣の腕や行進のスピードなど、いろんな事を審査した上でメンバーを厳選した。
「全員、覚悟はできているな? これから向かうアイヌ民族の集落は、王都奪還をする上で最も重要な事である。この覚悟を全員が持った上で行く、良いな!」
『おぉおおお!!!!!』
浅井が向かうメンバーに、覚悟をするように促してからアイヌ民族がいる集落へと出発した。
この地からアイヌ民族の集落までは半日かかる。
しかし今回は少数ではあるが、馬も連れて来ているので秋時陛下は馬に乗って進軍する。
これなら秋時陛下に負担をかけすぎない。
そのまま北翔たちは、数回の休憩を挟んでアイヌ民族の集落の近くまでやって来た。
近くまでやって来たのは良いが、北翔をはじめとした腕に自信がある兵士たちは異変を感じ始めた。
何かと周りをキョロキョロする。
やはり自分たちを取り囲むように気配を感じた。
「陛下、1度止まりましょう! 何かここら辺から嫌な気配を感じます」
「やはり俺の勘違いでは無かったか、何かいるか?」
「何かは分かりませんが取り囲まれたみたいです」
何かに取り囲まれたのを悟った浅井は、秋時陛下に進軍を止めた方が良いと進言する。
秋時陛下も薄々感じていたらしい。
急いで進軍を止めて周りを警戒させる。
「そこに居るのは分かっている! どこの誰だかは知らないが姿を現せ!」
この浅井の声かけに反応したのか、草むらから続々とチカルカルペをきた人間たちが現れた。
その姿からアイヌ民族である事は直ぐに分かった。
これは厄介な事になったかもしれないと、ほんの少しだけ浅井は警戒するのである。
警戒はするが姿を現してくれたのはありがたい。
浅井はアイヌ民族に「話がしたいのだが!」と問いかけるのである。
しかしアイヌ民族たちは反応しない。
どうなっているのかと困惑しながら「あ あの……」と浅井は声をかけ続ける。
するとアイヌ民族たちを、かき分けて1人の屈強な男がやって来た。
「すまんな、我らアイヌ民族は日本語を話さない民族なのだ。俺のように話せるのは、ごく一部に過ぎぬ」
「そうなのか……それならば貴殿に話があるのだが、ここで話しても構わぬか?」
「どんな話があるのかは分からぬが、話だけは聞いてやる」
どうやらアイヌ民族は、基本的に日本語を話さないのだと男は説明した。
それは知らなかったと言いながら、浅井は男に話を聞いて欲しいと頼むのである。
どんな話か分からないが聞くと言う。
「我らはアイヌ民族の族長殿に話があって、ここまでやって来たのだ。どうにか、族長殿に会わせては貰えないだろうか?」
「そうか、お前たちの目的は族長に会う事だったか。それはそれは大層な用事なのだろう……だが、お前たちが族長に会う時は首と胴体が離れた後だ」
そういうと男は、スッと右手を挙げる。
すると屈強な男が後ろから現れ、荒い息遣いのまま秋時陛下に向かって走り出した。
驚いた浅井は兵士たちに「急いで陛下を守れ!」と指示を出したが、屈強な男のスピードの方が速く間に合いそうもなかったのである。
しかし瞬時に北翔だけが動いていた。
刀の刃で斬るのではなく、鞘に入ったまま屈強な男の頭にブチかました。
「俺がいる限り、陛下には指一本触れさせない!」
この行動に浅井も「おぉ……」と言葉を失う。
北翔は最初から誰よりも早く臨戦体制を取って待っていたのである。
だからこそ突発的な出来事にも対応できた。
そして何よりも屈強な男を1発で倒した。
と思われたが、屈強な男はムクッと起き上がった。
やはり1発だけでは倒せなかった。
北翔は急いで刀を構え直して、屈強な男が攻めて来ても対応できるようにする。
しかし男が屈強な男に「ちょっと待て!」と叫ぶ。
「お前たちは、何かを勘違いしていないか? 族長に会わせて欲しいだと……ぬけぬけと、よくもそんな事が言えたものだな! お前たちは我らが国賊、ここから立ち去らなければ首を刎ねる!」
アイヌ民族たちは初めから話を聞くつもりは無く、さっはと立ち去らなければ首を刎ねると脅す。
それを聞いた浅井たちは困惑する。
どうしてそんなにアイヌ民族たちは、自分たちに憎悪の表情を向けるのか。
しかし本当にやりかねないと思った。
だからここから立ち去るのが最善だと考える。
「わ 分かった! ここから立ち去ろう。だから陛下への攻撃は止めていただきたい!」
「よかろう、その正直さに免じて見逃してやろう」
北翔たちは見逃された。
そのまま半日かけてやって来た道を、また到着する事なく半日かけて戻っていく。
帰ってからは、これからどうするのかと話し合う。
唯一の頼みの綱だったアイヌ民族との話し合いも、行われる前に潰えてしまった。
「どうする! このままでは陛下が、王都に辿り着く事ができなくなるぞ!」
浅井は側近たちを会議室に呼んで、王都を奪還する作戦を考えるように言うのである。
しかし部下たちも必死になって考えたが、良いアイデアが浮かぶ事が無く「うーうー」と唸るだけだ。
どうしたものかと秋時陛下も頭を抱える。
「やはり頼れるのは、あのアイヌ民族だけだ」
「し しかし! アイヌ民族とは話が決裂したばかりで、あの様子では協力して貰えないかと」
「そんな事も言ってられないだろ? あっちもこっちも危険なのは事実……少しくらい危険を犯さなければ得られるモノは無かろう」
秋時陛下は危険なのは承知だが、それでも危険を犯さなければ助かるものも助からないと言う。
そこまで言われてしまったら、浅井としては反対し切れるわけもなく納得してしまう。
「それでどうやって説得するつもりなのですか?」
「話は簡単だ。俺と少しの手勢を連れて、またあの山へ登って、わざと捕まる」
「わざと捕まる!? それからどうするおつもりなんですか?」
「捕まれば族長のところに行けるだろ。そこまでは賭けだが、そこからは話し合いをする」
「そ それはあまりにも危険すぎます! そんな事を許可するわけにはいきません!」
秋時陛下が考えた作戦は作戦というには、あまりにも賭けが成り立っていないモノだった。
確かに捕まれば族長のところまでいけるだろう。
しかしそこから生き延びられる確証など、全くもって無いのである。
そんな事を側近である浅井は賛成できない。
「じゃあどうする! これ以外に良い案があるか!」
秋時陛下は久しぶりに声を荒げた。
それくらい北翔たちは、窮地の窮地に立たされているという事を示している。
「泰周の軍に討たれるも、アイヌ民族の人間に捕まって殺されるも同じ死だ……それなら可能性がある方に賭ける事こそが、作戦というものでは無いのか?」
「それは確かにそうでございます……」
「ならば俺の考えに従うな?」
「はい……しかし連れていく人間はいかに?」
秋時陛下からしたら泰周殿下の追討軍に討たれるのも、アイヌ民族に捕まって殺されるのも同じ死だ。
ならば可能性がある方に賭けてみたいと、浅井の顔を真っ直ぐ見て説得するのである。
この説得により秋時陛下で作戦が決まる。
そして連れていくメンバーも決まっていると話す。