010:ワクワクする世界
秋時陛下を逃す為、時間稼ぎをしようと浅井は自分の手勢を連れ蓮沼元帥の軍と衝突する。
浅井が軍人上がりの政治家だとは言えども、目の前にいるのは北星王国が誇る伝説の武人である。
さすがに時間を稼げても勝つのは無理だと浅井は腹を括って戦っていた。
「定行っ! 引退した貴様が、どうして反乱を起こした王弟に手を貸している!」
「はっはっはっ! 勘違いして貰っては困るなぁ。俺は別に泰周に与したわけでは無い!」
「ならば、どうして陛下の命を狙う!」
蓮沼元帥の言い分としては、別に泰周殿下に力を貸して与しているわけでは無いらしい。
じゃあどうして秋時陛下の命を狙って来るのかと、浅井は刀を交えながら問うのである。
その質問に蓮沼元帥はニヤッと笑う。
浅井を刀で弾き飛ばすと口を開く。
「そんなの決まっているだろ! あの心の底からワクワクするような戦乱の世を取り戻したいからだ!」
「戦乱の世を取り戻したいだと? そんな事の為に、陛下の命を奪おうとしているのか!」
「浅井、何を腑抜けたこと言ってんだ? 現国王の曽祖父……武神と呼ばれた国王《瀧上 義時》さまの時代を忘れたのか!」
「わ 忘れてはいない! だが、もう過ぎた話だろ!」
「だから腑抜けだって言ってるんだ。あの沸る時代を俺は求めているんだ!」
蓮沼元帥が今回の反乱に与した理由は簡単だった。
今の時代は確かに戦国時代ではあるものの、蓮沼元帥が全盛期である数十年前のような血が沸るような戦いは無くなってしまった。
その時代を取り戻す為に蓮沼元帥は立ち上がった。
その為だけに秋時陛下を襲ったのである。
ここから激しい戦いを、浅井と蓮沼元帥は繰り広げるのである。
しかしずっと蓮沼元帥が優位のまま進んでいく。
というよりも、まだ本気を出していない蓮沼元帥に浅井は優位に立てていない。
このままでは瞬殺されると浅井は思っている。
するといきなり蓮沼元帥は攻撃の手を止める。
「な なんだ! どうかしたのか!」
「ここで政治家なんかになった老耄を斬ったところで面白くもなんとも無い……さっさと立ち去れ」
「なに? どうしてそんな事を言うのだ!」
「どうしても何も無いわ。こんなところで老人を斬っても面白く無いって言ってんだよ」
いきなり萎えたかのように、浅井たちを襲う手を止め部下たちに「帰るぞ!」と指示を出す。
部下たちは驚く事もなく「はっ!」と言って攻撃の手を止めて撤退の準備を進める。
蓮沼元帥も鞘にしまって浅井に背を向ける。
こんな事をされては武士の恥だと浅井は叫ぶ。
「どういうつもりだ! 情けをかけたつもりか!」
「情けをかけたつもりも無いが……まぁそういう事でも良いか。次に会う時は、この俺に戦乱の世をくれる事を願ってるぞ」
そういうと蓮沼元帥は、手をヒラヒラさせてから撤退していくのである。
浅井は蓮沼元帥の背中を悔しそうに見る。
だが秋時陛下を助ける為には、ここで生き延びなければいけなかったのでラッキーと言えばラッキーだ。
浅井は秋時陛下たちに、何があったのかを詳しく全てを話すのである。
まさか蓮沼元帥が、浅井の事を見逃した事に秋時陛下は手を顎にやって驚いている。
何が目的なのかが、全く持って見えないからだ。
「蓮沼元帥が見逃した理由は考えても分からないだろう。それなら今しなければいけない事は、ここから王都奪還に向けて、何をするかだ」
「密偵からの情報になるのですが……泰周殿下のところに叔父上である陽水さまが訪れたとか」
「叔父上も、あちら側に着いたのか……それなら仕方ないな」
王都奪還に向けての作戦会議をするが、向こうには陽水親王殿下が着いた事を聞かされる。
このままでは王都奪還が、夢物語のようなものになりかねないと秋時陛下は考えるのである。
「なぁ浅井、俺たちと敵の戦力差って、どれくらいあるんだ?」
「タメ口で、お前。まぁそれは、もう良いか……こちらは多くて1500人、向こうが集め出したらキリが無いが大事にしたく無いだろうから5000人って言ったところか?」
「えっ!? そんなに戦力差があんのか!?」
「だから、ワシらは策を考えてるんだろ! 馬鹿な事を言うなら黙ってろ!」
陛下軍と王弟軍の差は、約3倍以上もある。
それを考えれば、どう戦ったら良いのかと頭を抱えるのが分かるくらいの差があった。
そんな戦力差があって勝てるのかと北翔は思った。
うーんっと兵士たちは良い作戦が思い浮かばず、腕を組んで悩んでいるのである。
すると秋時陛下が「1つだけ考えがある」と言う。
「ど どんな考えでしょうか!」
「まともに真っ向から戦わなくて良いだろ? ならば微々たる可能性だが、我らの方に与してくれるかもしれない勢力がある」
「そ そんな勢力が!? 一体どこの勢力ですか!」
王弟殿下に与している勢力ばかりで、どこに手を貸してもらおうかと考えているところに、秋時陛下はどこの組織にも与していない独自の組織があると言う。
そんなものがあるのかと浅井は驚き立ち上がって、どこのどんな人たちなのかと興奮しながら聞く。
すると秋時陛下は腕を組んで目を閉じ、とても言いづらそうにしながら口を開いた。
「アイヌ民族だ!」
「あ アイヌ民族っ!? そ それは……」
「言いたい事は分かる! 数十年前に、国交を断絶してからは疎遠となっている。しかしアイヌ民族は、どこにも力を貸していない上に武力も持っている。今回の件を頼むのに、こんなに適した人間たちはいない」
「それは確かに理解できるのですが……あの野蛮人たちと、キチンとした取引ができるのでしょうか?」
「俺がキチンと話を通す! それこそが頼む側の礼儀だろ。それで失敗したとしたら、また別の考えを全員で出せば良いだけだ」
秋時陛下が協力者として出したのは、数十年前まで北星王国と国交を結んでいたアイヌ民族だった。
北星王国や他の国のように、文明を築いているわけではなく山の中で暮らしている民族である。
その中で他の部族と戦争を繰り広げている。
だからこそ浅井は、そんな野蛮人たちに今回の重要な事を任せられるのかと心配の声を出す。
だが頼めるのは、現段階ではアイヌ民族しかいないと秋時陛下は断言する。
「そうですね、確かにやってみなければ分かりませんよね! とりあえず交渉してみましょう!」
「あぁやるだけやってみよう」
秋時陛下の考えに浅井は納得し、アイヌ民族に交渉しに行く事が決定した。
そうなれば善は急げという事で、アイヌ民族のところに行く為のメンバーを選ぶ。
全員でいけば目立ってしまうので、できるだけ人数は制限したいところだと秋時陛下と浅井は考える。
「北翔、お前にも護衛をして貰うからな。気を抜かずに、俺の周りを警護してくれ」
「あ ありがとうございます! 全力でやらさせていただきます!」
「ワシは期待していないが、何があっても陛下をお守りするんだぞ?」
「何を当たり前の事を言ってんだよ。命に変えても陛下をお守りするに決まってんだろ」
「コイツは減らず口を叩きよって! いつか、痛い目に合わせてやるからな!」
北翔と浅井は言い合いながらも、良い関係を築けそうだと秋時陛下は考えるのである。