第二章 片手袋とノックの音
段ボール箱の底には、かび臭い紙屑と、忘れられたガラクタが層を成していた。ノノは指先でそれらをかき分け、目当ての物を探る。まるで地層の中から化石を発掘する考古学者のように、その手つきは慎重で、どこか敬虔ですらあった。やがて指先に、柔らかな感触が触れた。引き上げてみると、それは子供用の小さな手袋だった。片方だけ。煤けたような薄いピンク色で、指先には茶色い染みがついている。
ノノは能面を、その小さな手袋にぐっと近づけた。染みの匂いを嗅ぐような仕草。もちろん、仮面越しに匂いなど感じられるはずもない。それでも、ノノの中では何かが再生される。遠い日の、陽だまりの匂い。甘ったるい菓子の匂い。そして、微かな鉄の匂い。断片的な感覚の洪水が、能面の下で渦巻いては消える。それは本当の記憶なのか、あるいはノノがこの手袋のために即興で作り上げた物語なのか、判別はつかない。
回想(あるいは創造)は一瞬で終わり、ノノは手袋を両手で包み込むように持ち上げた。これもまた「収集」に値する。意味を失い、片割れをなくし、本来の役割を果たせなくなった、完璧な「忘れ物」。ノノは立ち上がり、金属製の棚に向かった。
どこに置くべきか。それが問題だ。棚の上の空間は、ノノにとっては聖域の地図であり、宇宙の縮図でもある。それぞれの物には、ふさわしい座標がある。バナナの皮は二段目の左端から順に並べる。王のマスクは一段目の中央。雨待ち鳥たちは三段目で窮屈そうに空を夢見る。この片手袋は?
ノノはしばらく棚全体を眺め、思案するように首を傾げた(ように見えた)。そして、おもむろに三段目の傘たちの隙間に、その小さな手袋をそっと差し込んだ。まるで、巣に帰る小鳥をそっと押し込むように。ピンク色の手袋は、暗い色の傘の間に埋もれて、かろうじてその存在を主張している。これでいい。ここが、この失われた手袋の新しい居場所だ。ノノは小さく頷き、また虚空にピースサインを作った。指先が微かに震えている。
その時だった。
コン、コン、コン。
集積所の分厚い鉄の扉が、控えめに、しかし明確に叩かれた。
ノノの動きが、ぴたりと止まる。ピースサインを作ったまま、硬直した。蛍光灯の点滅する音だけが、やけに大きく響く。
コン、コン。
再びノックの音。今度は少しだけ強い。
訪問者? ノノの思考が急速に回転する。ここは吹き溜まり。物が流れ着く場所。者は来ない。来るはずがない。扉の向こうにいるのは、おそらく「物」ではない何か。それは、ノノの宇宙の法則に反する存在。
ノノはゆっくりとピースサインを解き、能面を扉に向けた。仮面の奥の瞳が、見えないはずの扉の向こう側を探っている。しかし、ノノは動かない。返事もしない。息を殺し、ただ存在を消そうとしているかのように、じっとそこに佇んでいる。
長い沈黙。蛍光灯がジジ、と鳴る。
やがて、扉の向こうで諦めたような気配がした。遠ざかっていく足音。それもすぐに聞こえなくなり、集積所には再び完全な静寂が戻った。
ノノは、ゆっくりと息を吐いた。能面の下で、安堵したのか、あるいは別の感情が渦巻いたのか。それは誰にも分からない。ノノは再び棚に向き直ると、今度はどこから取り出したのか、一本の黒い鳥の羽根を手にしていた。そして、先ほど傘の隙間に差し込んだ片手袋の隣に、その羽根をそっと添えた。ピンクと黒のコントラスト。それは、ノノの目には完璧な調和に見えた。
「脅威は去った」
ノノは、棚の上の王のマスクに向かって囁いた。
「我々の聖域は守られた。収集は続けられる」
もちろん、王は答えない。その空虚な眼差しは、ただ部屋の埃っぽい空気を映しているだけだ。
ノノは満足げに(能面の下で)微笑むと、床に散らばったバナナの果肉や紙屑には目もくれず、再び段ボール箱の前に屈み込んだ。まだ見ぬ「収集物」が、ノノを待っている。扉の向こうの世界のことなど、もうノノの関心の外だった。この集積所の中だけが、ノノにとっての真実の世界なのだから。