第52話 メイドの嗜み
『はぁ……本当にあんたに力渡して良かったのかな。 あたいは反対したんだけどさ……エナって頑固だから』
ティナはマリの手のひらの上で足を抱えて座っている。ドワーフの話の後は延々とエナの話ばかりをしていた。
「そうだよね……困ってる人が居たら助けちゃうし、凄く優しくて芯が強い人」
『何よ……何でそんな事分かるのよ。 その通りよ……あのお人好し馬鹿』
乙女小説の本編では知りえなかった事だ。 エナが生まれた時からティナは見守っており、未来を見る力の使い方もティナが教えたのだとマリは聞いた。
『ねぇ……エナの最後は安らかだった?』
震えるティナの頭を指先で優しく撫でながらマリは応える。
「うん……私に会って凄く安心した顔してた」
『そっか……ならいい。 それより、未来を変えれるのはあんただけ何だから……しっかりしなさいよ?』
ティナはそう言って、手のひらから飛び立つ。
「うん……頑張る!」
笑顔のマリを見て、ティナは鼻をならして今度はメリーの方へと向かった。
『ふん! 精々頑張りなさい! それと……其処のピンク!!』
「は、はい!」
声だけのティナにメリーは何故かたじたじだ。
『あんたは……自分で決断してこの場にいるのよね?』
「そ、そうです! 私の意思で陛下にお仕えしてます!」
『なら……あたいから言う事はないわ。 但し……それが嘘なら覚悟しなさいよ?』
見えない筈のティナから凄まじい殺気がメリーを包みこむ。
「は、はい! 」
『ん、あ~……あたい疲れたから帰る。 マリ……またね』
「……うん、またね」
最後にマリの名を呼んだティナは、幻の様にきえてしまった。
「陛下……もうティナ様は帰られたのですか?」
「うん、消えちゃったからもう居ないと思う」
マリの言葉を聞いたメリーはその場で膝から崩れてしまった。
「え!? メリーさん大丈夫!?」
「はぁぁぁぁ~……大丈夫じゃないです。 めちゃくちゃ緊張しましたよ! 本当に陛下は凄すぎますよ! 妖精ですよ!? その名を口にする事すら恐れ多いのに、まさか会話をする経験が得られるなんて!」
マリには全く理解出来ないが、メリーにとっては神に会って話したぐらいの衝撃と感動らしい。
「でも……これでメリーさんも信じてくれたよね? 私がエナさんから未来を見る力を紡いだって話し」
「勿論……信じましたよ。 こんな経験をして信じない方がどうかしてます。 それで……どのようにして未来を見るのですか?」
マリは首を傾げる。 釣られてメリーも首を傾げた。
「……陛下?」
「ん~……分かんない」
ずっこけるメリーを見て笑っているマリの瞳はいつの間にか薄い金色に戻っていた。
◆◇◆
「あ、あれ!? 此処は何処!? 私は誰!?」
朝になり、鎧を着たまま地下牢の石畳で泥酔して寝ていたアマンダが飛び起きてきた。
「あ、おはよ~アマンダさん。 因みに此処は地下牢だよ」
朝食を豪華な椅子に座って食べているマリを見てアマンダは吹き出す。
「地下牢なのに貴族の部屋より豪華!! 」
あれからメリーが改造を続けた結果、格子以外は完全に王室の部屋になっていた。
そんなメリーはアマンダの朝食を準備する。
「アマンダさん、よろしかったら朝食をどうぞ」
メリーに勧められ、アマンダは空腹からふらふらと牢屋に入る。 鍵は何故かメリーが中から空けている。意味が分からない。
「メリーさん、此処に来てから本当に遠慮が無くなったよね」
苦笑いするマリに、メリーは何時もの笑顔で応える。
「メイドの嗜みでございます、陛下」
テーブルに付いたアマンダは、メリーの用意した朝食にかぶりつく。
今日の朝食は玉子と分厚いベーコンを挟んだサンドイッチだ。
アマンダが起きる前に気になったマリが食材の出所を確認すると、普通に食堂の倉庫から堂々と持って帰って来たと返答が返ってきた。
其処からマリは考えるのを止めた。




