第45話 ドナドナされるマリ
エントン王国に残した皆の無事を祈りながら、マリはメリーと共に馬車で揺られていた。 馬車の周囲はゴルメディア帝国最強の黒騎士団が護衛している。
「ねぇ、メリーさん。 ゴルメディア帝国まで後どれぐらいかかるの?」
何やら羊皮紙に書き込み続けるマリは、ふと顔を上げてメリーに問う。
「そうでございますね。 既に3日経過しましたので……そろそろゴルメディア帝国の大砦に着く筈です」
メリーがメイド服の裾からスルリと取り出した書類を捲りながら応える。
「……あ~、彼処か」
マリは渋い顔をしながらも、ひたすら羊皮紙に書き続ける。
「陛下が何故……大砦の事を?」
メリーの問いにマリは冷や汗をかく。当然、マリがゴルメディア帝国にある大砦を知っているのは乙女小説に出てくるからだ。
小説の中では魔族が亜人達や小国群等を滅ぼしながら攻め寄せた際、最初の大きな戦いの舞台となるのがゴルメディア帝国大砦なのだ。
兵士数万を軽く収容でき、小説の正史では逃げ延びた亜人達や人間達を受け入れた非常に重要な砦なのである。
物語はその大砦から始まったと言っても過言では無いと長年乙女小説を愛して止まないマリは考えていた。
「え? んー……本で読んだから?」
明らかに嘘だと分かるマリの様子に、メリーはため息を吐く。
「ふぅ……左様ですか。 ゴルメディア帝国の重要拠点である大砦を書いた書物が有るとは……女皇帝に見つかれば即死刑でしょうね」
「あはは……怖いね~」
マリが苦笑いをしていると、馬車が止まる。
「着いた様ですね。 陛下、何があってもお守り致しますので御安心下さいませ」
「ありがとう、メリーさん。 でも、此処が目的地なの?」
マリの問いに応えたのはメリーでは無く馬車の扉を不躾に開けた立派な髭を生やした老人だ。
「ふむ、此処が終着点では無いぞ。 小国の女王よ」
オールバックにした白髪で立派な髭と裏腹に痩せ細った老人はギロリと猛禽類の様な瞳でマリを睨む。
メリーがマリを隠すようにし、殺気からマリを守った。
「王族調停に向かう王国の女王に対し無礼ではありませんか!下がりなさい!」
「ふん……メイドごときが、私をゴルメディア帝国宰相のガバムント フォル ブラックと知っての狼藉か?! 許せぬ……ん? お前は……いや、あり得ぬか」
メリーを見つめた宰相ブラックは怒りを他所にブツブツと呟き、大砦の中へと入って行った。
「マリ女王陛下! 宰相が申し訳ない……私が到着の報告をしに行った隙に無礼をしたようで」
黒騎士団団長のデランが大砦より駆け付けて、2人に頭を下げた。
初対面の時の圧は既に無く、この3日間の旅路でマリはデランと打ち解けていた。主に、夜営時での酔ったマリの手柄だが。
「大丈夫だよデランさん。 ありがとう」
「寛大なお言葉感謝します。 では、今日は大砦の客室で休んで頂き明日より2日掛けて帝都に入ります」
デランにエスコートされ、マリは書きかけの羊皮紙をメリーに預けて付いていく。
「……陛下、ちなみにずっと書かれているコレは何ですか? 見たことありませんが……」
「んー? あぁ、私にしか出来ない秘策ってヤツかな~。 まぁ、まだ完成じゃないから」
2人が雑談をしながら大砦の廊下を進んでいると、突如としてデランを含む3人を重装備の兵士達に囲まれた。
「貴様等、私やお連れのお二人が誰か知っての狼藉か?」
ゴルメディア帝国最強の騎士に凄まれ、囲んだ兵士達は一瞬怯むが、隊長とおぼしき兵が進み出て口を開いた。
「黒騎士団デラン団長、および敵国の女王とメイドを牢に入れろとのご命令です!」
「ふざけるな! 貴様等は王族調停がどれだけ重いものか人間族なら知っているだろ! 誰だ、その様な命令を出した愚か者は!」
隊長にデランは殺気を放ち、怒鳴り散らす。 その姿はまるで鬼のようだ。
「私だよ。 デラン殿」
後方より進み出た黒髪の青年を見て、デランとマリは言葉を失った。
「何故……貴方様が? ゴルメディア フォル アバン様!」
「……え?」
マリ達を牢に入れる様指示したのは……乙女小説で主人公と共にゴルメディア帝国の腐敗を打ち砕き初の男の皇帝となる筈のアバンだった。




