第44話 赤い死神
勝利の報告より時は少し遡る。
ルニア辺境伯夫妻と約1000の騎馬兵達は、数倍の敵兵の中を止まらぬこと無く突進し続けていた。
「ふはははは! なんだ、まるで其処らの小枝を折る様な手応えだな!」
赤い死神こと、ルニア辺境伯が巨大な大剣を軽々と振り回し突進を阻止しようとする敵を悉く切り捨てていく。 制止しようと立ちはだかった瞬間に身体が真っ二つになるのだ。 敵からするとたまったものではないだろう。
「がはははは! さぁ、本陣はそこじゃあ! お前達、止まるなよぉぉぉ!」
騎士団長ボルガスの激に後方の騎馬兵達は応える様に敵を蹴散らす。
6名の女爵達も先頭に食い下がり、ひたすら敵を屠っていた。
「くそぉ! 誰か、あれを止めろぉぉ! その先は女王陛下達が居られる本陣だぞ!」
「「「「「うぉぉぉぉっ!」」」」」
敵も進めまいと死に物狂いで襲うが、赤い死神の敵では無い。
多くの槍が先頭のルニア辺境伯へと向けられるが、巨大な大剣一人振りで全て叩き折られてしまう。
「どうした? それでしまいか?ならば……死ねぇぇぇぇ!」
赤髪を揺らし、獰猛に笑うルニアを見た敵兵達は悲鳴を上げる。
「「「「ひ、ひぃぃぃ!」」」」
巨大な大剣が振られる度に骸が増えた。
その骸の道を、長い赤い髪を揺らしながら進むルニアを見ながらある敵の兵士が腰を抜かしながら叫んだ。
「あ、あああ、赤い死神だぁぁぁ! 本当にエントン王国には居たんだ! どけぇぇ! 殺されるぅっ!!」
直後にその兵士は骸と変わる。しかし、その発せられた言葉に周囲の敵兵士達が止まった。
「な……まさか、あの赤い死神か?!」
「あり得ない! そんなのは居ない筈だ! エントン王国が強がる為の嘘だって皆言ってたろ!?」
しかし、現実は無慈悲だ。 ルニアの殺戮は止まらない。 本陣まで続く骸の道を赤い死神とそれに追従する悪魔達が突進する。 正に死神の行進だ。
「お、俺は城壁を攻める! お前達は本陣を守れ!」 「はぁ?! ふざけるな! 逃げるだけだろお前!」 「いやだ、あんな死に方はしたくない!」 「皆、城壁を攻めろぉぉぉ! 此処から逃げれば我等の王国は滅びるんだぞ!」 「そうだ、先に俺達が王都を攻め落とせば勝てるぞ!」
本陣周囲の敵兵達が、遂にルニア辺境伯達を避けて城壁へと向かい始めた。 僅かの兵士達がまだ懸命にルニア達を止めようと立ちはだかるが、直ぐに骸と変わるだろう。
「おい、我が夫! さっきの会話聞いていたか?」
ルニアが大剣を振りながらボルガスに話しかける。ボルガスもルニアの背中を守る様に戦っていた。
「おお! なにやらこの戦争キナ臭いな」
「さっさと本陣まで行こう! 向こうの女王達に聞けば何か分かるだろう」
辺境伯夫妻は本陣へと急ぐ。
◆◇◆
2人が到着すると、敵本陣にはまだ数十名の敵近衛兵達が守備に付いていた。
そして、その奥に軽鎧に剣と盾を装備した2人の女王が待ち構えている。
「見つけたぞ! その首を刈る前に、少し話をしようじゃないか。 何故、私達の王国をそんなに執拗に攻める! もう甚大な被害が出ているだろう! 」
ルニアの言葉を無視し、敵近衛兵達が斬りかかって来るがボルガスがそれらを斬り捨てる。
「戯け者どもめ! そなた等の女王が、亜人を解放するような真似をせねば我等がこんなに苦しむ様な事は無かったのじゃ!」
キャット王国の女王が険しい顔で馬から降りたルニアに接近し剣を振りかざした。
「ふん! 修行が足りませんな! 」
当然、ルニアにその様な攻撃が通用する筈もなく大剣で軽々と弾いてしまう。
「エントン王国騎士団長ボルガス殿……私達ドック王国は貴殿等の女王のせいでゴルメディア帝国に首輪を付けられたのだ!」
ドック王国の女王がボルガスに斬りかかるが、残念ながら歴戦の騎士団長に勝てる技量は無かった。
「知らん! お前達のせいで、どれだけの兵士が死んだと思っておる! 恥を知れ!」
ボルガスが怒りながら大剣で弾く。
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ! あの女王があんな事をしなければ! 私の愛娘が人質にされる事は無かったのだ! 」
勝てる筈の無い戦いを2人の女王は凄まじい剣幕で挑む。
「キャット王国の女王よ! 貴女達を許す事は出来ない!! だが、何があったのかは想像が付く。 継承権を持つ王女を人質にゴルメディア帝国から言われたのだろう? エントン王国を滅ぼして奴隷にせねば、奴隷になるのはお前達だと!」
「そうじゃ! だから、我等は戦いを止めれない! 何人死のうと、キャット王国で待つ民達を守る為に、愛娘のキャミを守る為に止めれないのじゃぁぁぁ!」
キャット王国の女王が涙ながらに叫ぶ。
お前達のせいだと。お前達の女王が要らぬ改革をするから私達が犠牲になったのだと。
マリがこの場に居たら、もう直せない程の傷を心に負っていただろう。
ルニアは心中でそう思った。
(良かったのかもしれぬな……陛下がこの場に居なくて)
手に持つ大剣に力が入る。
「ボルガス……手を出さないでくれ」
ルニアに言われ、ボルガスが隙を見て後退する。
「何をするつもりじゃ、ルニア」
微笑む妻にボルガスは良い予感をしなかった。 直後、ルニア目掛けて2人の女王が剣を突き出した。
「馬鹿め! 赤い死神のお前が死ねば勝利は我等の物じゃ!」
「その命頂戴します!」
2人の剣の腕前は殆ど素人同然だ。エントン王国最強のルニアが捌けぬ訳もないが……ルニアは敢えてその剣を身体に受けた。
分厚い鎧を少し貫いた剣先がルニアの身体に刺さる。
「ルニア!? 何をしておる!」
ボルガスが怒るが、ルニアはそれを手で制止する。
「すまない、我が夫。 だが、大丈夫だ。 なぁ、キャット王国とドック王国の女王達よ。 聞いてくれ……」
「……な?!」 「貴女……何のつもり?」
剣を刺したまま2人の女王が目を見開く。
「この傷に掛けて誓おう。 この戦争の遺恨なく2つの王国を救うように動くと。信じれぬかもしれぬ……だが信じて欲しい」
ルニアの言葉に2人を暫し沈黙し、口を開いた。
「ふふ、えらく優しい死神じゃの。 力無い己を恨むばかりじゃ……すまぬが娘を、王国を頼む」
「ふん……私の娘は聡い子ゆえ、大丈夫とは思いますが……お頼みします」
2人の言葉を聞き届けたルニアは、大剣で痛み無く首をはねた。
「終わったな……。さて、戦いを終わらさねばな」
「ええ、そうですね。 皆!! 戦争は終わりだ! 敵味方に伝えながら殿下に報告せよ! 敵国女王2人の首は討ち取った!この戦争は終わりだ!」
敵本陣を囲った味方が喝采を上げ、聞いていた2国の兵士達は武器を捨てその場に項垂れた。
こうして、ようやくエントン王国を襲った戦争は終結したのであった。




