第42話 最後の決戦
長い一夜が空け、太陽の日差しが王都を照らし、城壁の上には何とか耐え抜いたエントン王国の兵士達が疲労困憊の中、守備に付いていた。
キャット王国とドック王国の攻撃は一晩中続き、城壁や城門は既に崩壊寸前まで追い詰められていた。 それでも耐え抜けれたのは、予想外の援軍である元重近衛団の老兵士達の活躍と、決死の覚悟で場外に並ぶ敵の新兵器を全て破壊した騎士団とヨハネの活躍によるものだ。
しかし既に体力の限界を迎えた兵士ばかりのエントン王国側と違い、戦力がまだ残っているキャット王国とドック王国の兵士達は南の城壁前に整列し攻撃の合図を待っていた。
エントン王国側は負傷兵を除いて4000人が戦える兵力だが、その兵達も疲労困憊だ。 敵の新兵器による火傷等の負傷が多すぎたのだ。
それに対し敵はまだ7000程の兵力が残っている。 防衛側が有利と云えど、エントン王国の状況は切迫していた。
戦死者が1万数千と敵両国も既に取り返しのつかない損害を被っているにも関わらず、陣地を南に移し全戦力を投入しようとしている。そんな光景を、南の城壁上でルーデウスは見ていた。
「何故でしょう。 普通ならもう撤退しても良いぐらいの損害が出ている筈なのに」
「ふむ、恐らくゴルメディア帝国が援軍に現れるのを期待しているのでしょうな」
ルーデウスの呟きに答えるのは、全身傷だらけの騎士団長ボルガスだ。
昨夜はヨハネと団員達と敵の新兵器を全て破壊して生きて返ると云う偉業を成し遂げた。
「ぐははは! あのボルガス坊やが騎士団長になっとるとはの! 隠居しとったら分からんもんじゃな」
そのボルガスの肩をバシバシと叩くのは昨日から参戦した元重近衛団の団長だ。激しい戦闘だったにも関わらず、分厚い鎧以外に傷は無かった。
「ラリー師匠……坊呼びは勘弁してください。 っていうか、今まで何処に居たんです?! 妻やウォンバットとずっと探していたんですぞ?!」
怒るボルガスを無視し、元重近衛団の団長ラリーがルーデウスに語りかける。
「……ルーデウス殿下、御命令戴けるなら今すぐに我等で突撃しますぞ?」
ラリーの言い分は最もだ。
昨日は1日休む暇も無く戦っていたのだ。 もう、あの新兵器は無いとしても攻城戦が始まれば次こそ押し込まれるのは目に見えている。
数が元から少ない元重近衛団は誰一人欠けていないが、南の城壁に全戦力を投入されたら流石に手が足りない。
なら、50人の部下を連れて命尽きるまで暴れてやろうと老人とは思えない程の獰猛な笑いにルーデウスは苦笑いで返す。
「ふふ、ありがとうございます。 ですが、まだその時ではありません。 時期に東と西の城壁からも味方が合流します。 そして……我がエントン王国最強の辺境伯が援軍として現れたら決戦の時です!」
「ぐははは! 御意に、その時は暴れてやりましょうぞ殿下。 して、ウォンバットの坊主。 何故其処から出て来ぬ」
ルーデウスと会話していたラリーが城壁の柱を睨み話し掛けると、派の陰から治療の終えた執事長のウォンバットが出てきた。
「ウォンバット! もう怪我の治療は終わったのですか?」
「殿下、儂はもう平気ですぞ。 遅くなり申し訳ありません。 それで……何故、ラリー師匠が居るのですか? 」
何時ものウォンバットの態度との違いにルーデウスが目をぱちくりさせていると、ラリーがウォンバットに近付き大きな拳を頭に振り下ろした。
「こんのっ! 馬鹿もんが! 坊主の孫に聞いたぞ! 主を守護すべき執事長がその様とは、鍛練が足りておらんのぉ! 」
「ぐごっ?! 師匠、お許しを! ぐえっ!」
「ラリーさん、ウォンバットは重傷なので程ほどにー!」
主であるルーデウスに止められながら、何度も拳骨を食らう祖父をジャックは哀れみを込めた瞳で見つめていた。
◆◇◆
睨み合いが始まって数時間、遂に敵が動いた。頼みのゴルメディア帝国が現れず、痺れを切らしたのか敵兵士達が一斉に攻め寄せてきたのだ。 もう、自動で動く梯子は無く歩兵で梯子を運んで掛けるしか手段は残されていない。
まるで、退けば殺されるかの様な敵軍の決死の様子にエントン王国の兵士達や女貴族達は思わずたじろぐ。 しかし、鎧を身に纏い剣を高らかに掲げたルーデウスが激を飛ばした。
「皆! これより最後の決戦の時だ! 援軍は絶対に直ぐ其処まで来ている! 敵には援軍は来ない! 私を信じよ!女王を信じよ! マリ女王陛下の為に! エントン王国の為に!!」
ルーデウスの激で皆の瞳に力が戻る。
「「「「女王陛下の為に! エントン王国の為に!!」」」」
既に全ての民達、兵達に伝わっている。我等の女王は、自分達を守る為にゴルメディア帝国を止める為に人質として身を差し出したと。
ボロボロの女貴族達や兵士達にもう怯えはない。もし、ここで勝てなければ我等の女王が身を差し出した意味が無くなってしまう。 戦死した仲間達の死が無駄になってしまう。 この場の全員の思いが、今1つとなった。
「騎士団! 城門を守れ! 援軍が到着したら突撃するぞぉぉぉ!」
「「「「おぉうっ!」」」」
ボルガス率いる騎士団が城門を固めに走る。
「ぐはは! おい、お前ら! 敵が老人共に花道を用意してくれたぞ! 蹴散らせぇぇぇ!」
「「「「はな垂れ小僧共を蹴散らせぇぇぇ!」」」」
元重近衛団達は生き生きと城壁に掛けられる梯子を蹴落とし、登ってきた敵兵士を切り裂く。
「あははは! こりゃ、腹括らんとなぁ! 気張ろうかぁ、イサミはん!」
「えぇ、勝利の為に! 弓兵構えぇぇ! 放てぇぇぇ!!」
「「「「おうっ!」」」」
女貴族達を引き連れたメル子爵とイサミ子爵も城壁の守りに入る。
満身創痍の女貴族達は多い。 しかし、決してこの場から離れる事は無かった。エントン王国の民達を守る為に命を捨てれる貴族だけになったのは、マリが心を砕いて腐敗した者達を淘汰した結果であり成果と云えるだろう。
仮に、腐敗した貴族達がこの場に居れば足を引っ張り保身に走り散々な状況になっていた事は明白だ。
そんな光景をルーデウスは見渡し、深呼吸をする。
「殿下、私達がお守りします。 どうか、後方へ」
ジャックの問いにキサラギことヨハネも頷く。
「そうだよ、ルーデウス殿下。 マリに頼まれたんだ……君を守る様に」
少し前のルーデウスであれば、2人の言葉を素直に聞いていただろう。
「ジャック、キサラギさん……ありがとうございます。 ですが、僕は決して此処を動きません! この場にいる兵士達も、女貴族の皆さんも、王族である僕が守るべき民です!! 」
ルーデウスが剣を構え、敵兵士へと斬りかかるのを2人は呆然と見ていた。
「ぐはははは! どうじゃ、2人共。 殿下の成長振りは凄まじいであろう? もう、ルーデウス殿下は守られるひ弱な王子では無い! 王国を背負う事すら覚悟した王じゃ! それぇ! 儂等も行くぞぉっ!」
2人の肩を叩き、豪快に笑った執事長ウォンバットがルーデウスの援護へと走る。
「ふふ、流石マリの弟君だね。 じゃあ、私達もやろうかジャック! あれ? 泣いてるのかい? 」
「殿下……本当にご立派になられて! って、うるさい! 泣いてない! 税務管殿に言われるまでも無く、さっさと殿下を援護するぞ!」
「ふふ、はいはい」
少し遅れながらも、ジャックはウォンバット同様に敵兵士を蹴り飛ばしヨハネは精霊魔法で梯子を吹き飛ばす。
こうして、エントン王国の歴史に刻まれる決戦が始まった。




