第39話 王子の覚悟と噂の犯人
ーー時は遡り、ジャックがルーデウスの居る部屋に転がり込んだ所から話は始まる。
「こんのぉ、馬鹿孫めがぁぁぁ! 何故だ、何故陛下をこんな危険な、ぐふっ……ゴホッゴホッゴホッ!」
ジャックの祖父であるウォンバットがジャックを吹き飛ばし怒鳴るが、火傷で重傷の為に膝を付いた。
「ウォンバット! 医師よ、僕はもう充分です。 執事長の治療を頼みます」
見かねたエントン王国王子のルーデウスが医師に懇願する。
しかし、ルーデウスも身体中傷だらけだ。 包帯に血が滲み、そんなに元気そうには見えない。
「ゴホッゴホッゴホッ、殿下……私は大丈夫と申した筈ですぞ! それに……今はこの馬鹿孫を!」
起き上がったジャックがウォンバットを支えながら口を開いた。
「執事長、落ち着いて下さい。 女王陛下は此処には居ません」
ジャックの言葉にベットで横たわるルーデウスもウォンバットも目を見開く。
「ジャック……どういう事ですか?」
ルーデウスの絞り出した問いに答えるようにジャックは懐から手紙を差し出した。
◆◇◆
「この馬鹿孫めがぁぁぉ!」
手紙を読み終えたウォンバットに、再度ジャックは投げ飛ばされる。
「ウォンバット! 落ち着きなさい! ジャック……このルカさんからの手紙は事実なのですね?」
ジャックはルーデウスを見つめ、ある事に気付いた。
(殿下……あの幼さが残った少年がこんなに凛々しくなるとは。 陛下の代わりを務め、民の為に戦い成長されたのですね)
ジャックは感極まりながらも頷く。
「はい、事実でございます。 明日の朝には……陛下はゴルメディア帝国に人質として身を差し出します」
その言葉に部屋に居た者達の顔は悲痛に変わる。 敬愛する女王が自分達を救う為に犠牲になると云うのだ。 ウォンバットに至っては歯をくいしばり過ぎて口から血を流す程だ。
「……姉上は了承したのですね? 」
ルーデウスの声は微かに震えていた。
それは、幼い頃から知っているウォンバットとジャックにしか感じ取れない程に微かであった。
「……はい」
ジャックの返事を聞き、ルーデウスは傷だらけの体のままに起き上がる。
「ウォンバット、直ぐに治療を受けなさい。 ルカさんの策を成功させなければ、私達に明日はありません」
「し、しかし殿下!」
まだ納得のいかないウォンバットが重傷の身体に鞭を打ち抗議しようとするが、ルーデウスはそれを許さない。
普段の温厚なルーデウスは身を潜め、此処にいるのはエントン王国を姉の代わりに守ろうとする王の顔をしていた。
「くどい!! 姉上が覚悟を決めて身を差し出すのです! 私達が動かなければ姉上が望んだ明日は来ないのですよ? ジャック、共をお願いします。 まずは民達に、それから広場に向かいます」
「はっ! 仰せのままに!」
ジャックに手伝われ、身なりを整えたルーデウスは手紙を片手に部屋から足早に出ていった。
今度はマリの服では無く、王子用に作られた鎧を身に纏っている。マリが見たらルーデウスの凛々しさに感極まり、その場で気絶していた事だろう。
残されたのは、ウォンバットと医師と数名の兵士やメイドだけである。
「ルーデウス殿下……ふふ、先王の様な顔つきが板についてきましたな。 分かりましたぞ、このウォンバット必ず生き残りルーデウス殿下をお支えしますぞぉぉぉ!」
退出するルーデウスを跪いたまま見送ったウォンバットの筋肉が盛り上がり、視界的にも聴力的にも暑苦しい事この上ない。
「うるさいわい! おい、執事長殿を抑えよ! 治療が出来ぬわい」
「「はっ!」」
叫ぶウォンバットを数人の兵士が取り押さえ、ようやく治療が始まるのであった。
◆◇◆
説明を求め押し寄せていた民達は、部屋から出てきた傷だらけのルーデウスにたじろいだ。
「皆さん、お待たせしました! ルーデウス殿下よりお話しがあります。 静粛に願います!」
しかしジャックの言葉に静まり、それを確認したルーデウスが言葉を発する。
「女王陛下からの手紙によると、明日の朝援軍が到着します! 今日を耐えれば必ず勝てます! 私達を、兵士達を信じ落ち着いた行動をお願いします!」
ルーデウスの言葉を聞いた民達はまだ半信半疑だ。 それもその筈、人伝の噂ではゴルメディア帝国すら攻め込んで来るのではと聞いていたからだ。 更にとある兵士により、女王が民を見捨てて逃亡したと云う噂すら広まっていた。
「ですが、ルーデウス殿下! ゴルメディア帝国が来ればいくら援軍が来ても勝てないのではないですか?!」
1人の民が問う。
少年の痛ましい姿に心が痛むが、それでも誰かが聞かねばならぬ事だ。
「それはその通りです」
ルーデウスの言葉で民達に恐怖が戻るが、続く言葉に驚き霧散する事になる。
「でも、ゴルメディア帝国は来ません。 姉上が……女王陛下がその身を差し出し王族調停をするからです」
ルーデウスの言葉に民達は言葉を失う。
「「「「……そんなっ!」」」」
民達は何も言えない。 言える筈がなかった。 つい先程まで、女王陛下が自分達を見捨てたと思い込み憤慨していたのは他ならぬこの場の民達だからだ。
「ルーデウス殿下、発言よろしいでしょうか!」
一様に押し黙るこの場で、1人の兵士が前へと進み出る。
ジャックはその兵士に身に覚えがあり、思わず眉間に皺が寄る。
「構いません。 おや? 貴方は……確か図書館のカリーさんでは? 」
「はい! 歩兵隊所属のカリーです。 3日前より志願し、この城の守備についておりました」
「王国の為にありがとう、カリーさん。 それで、どうされましたか?」
カリーはボロボロになったルーデウスを見つめ、一度深呼吸した後に跪く。
「王城に女王陛下の噂を流したのは私です。 民達に混乱を招いた重罪人です……どうか、斬り捨てて下さいませ」
「……そうでしたか。 避難した民達が噂していたのは聞き及んでいます」
ルーデウスが跪くカリーの側まで近寄る。腰には剣を帯刀しており、周囲の民達はルーデウスが痴れ者を斬り捨てると思い、息を飲んだ。
「殿下、お待ちを! その者は決して悪意から噂を流した訳ではありません!」
ジャックが静止するが、ルーデウスは止まらない。更にカリーに近付き、帯刀する剣を抜き放ったのであった。




