第37話 王族調停 その2
黒いフルプレートを身に纏った大男が現れた時点で、既にマリの心は限界を迎えていた。 度重なる心労が蝕んでいるのだ。
マリの鼓動は早くなり、息も荒くなる。
マリは両隣に立つメリーとルカが平然としているのが信じられない。
(怖っ! 見た目も雰囲気も怖っ!! 小説に出てくる時は正義の騎士って感じでイケメンを想像してたのに、めちゃくちゃ怖いんですけど?!)
「陛下? 大丈夫ですか?」
異変に気付いたルカが心配するも、マリには返事をする余裕も気力も尽きていた。
「ふぅ……仕方ありませんね。 陛下、飲まれますか?」
見かねたメリーから助け船が出される。
「え?! いいの!? 本当に? 本当の本当に? もう禁酒終わり?! 飲む! 飲む飲む!」
メリーの助け船に直ぐ様飛び付いたマリは、受け取った杯を一気に飲み干す。
「ぐびぐびぐびぐびぐびぐび……ぷはぁぁーーー! あぁ~……幸せぇ」
マリは不眠不休で帰路につく際、メリーから禁酒を言い渡されていたのだ。
毎晩飲んでいた酒を禁止された事にマリは酷くショックを受けていた。 だからこそ久しぶりの鬼殺しの酒は極上の味だ。
しかし、それだけマリの心は酒無くして保てなくなっている証拠でもあった。恋人も溺愛する弟も側に居ない今、頼れるのは酒のみである。
杯から香る酒気で胸焼けを我慢するルカを他所に、マリは非常に幸せそうだ。
「うぷ……メリーさん。 もしや、あの杯には……?」
「えぇ、陛下がお気に召したドワーフのお酒鬼殺しです」
平然と答えるメリーに、ルカは顔をしかめる。
「うわぁ……私の母でも飲めなかったお酒ですよ? 陛下……どんな肝臓をされているのですか」
「ふぇ? いや、そんな化け物を見る目で女王様を見ないでよー! ひくっ、さぁ~さっさと話して戦争を終わらすわよぉ~」
先程までの怯えた女王は居ない。 ここに居るのはお酒の匂いを撒き散らす酔っぱらいの女王だ。
ふらふらしながら前へと進むマリを見て、護衛のアーサー達は動揺を隠せずにいる。
「陛下?! 大丈夫です……ぐっっ?! 」
あまりの酒気が、アーサー少年の脳を揺らす。
「あははは~アーサー君大丈夫ー? ひくっ、やれやれそんなんじゃ好きな人とお酒飲めないぞ~?」
ニヨニヨしながらマリはアーサーとメリーを交互に見る。
メリーは何のことかと小首を傾げるが、アーサー少年の顔は真っ赤だ。
「しょ……精進します」
マリはアーサーの隣を抜け、ずっと待っていた黒騎士の大男の元へと向かった。
「ん、さてさて~お待たせしました~! ひくっ、私がエントン フォル マリです。 貴方がゴルメディア帝国最強の騎士デランですね?」
進み出たマリにゴルメディア帝国の黒騎士達は警戒したが、名乗った身分を考えたら軽すぎる挨拶に皆一様に目を丸くする。
「がっはっはっは! これはこれは、エントン フォル マリ女王陛下。 我を知っていて下さるとは光栄だ。 して、我等の目的を知った上でのご登場ですかな?」
デランは大声で笑い、そして片手に持っていた大斧を構えてマリに凄む。目的は貴女の首だと云わんばかりに。
「うんうん、ひくっ、そうだね。 実は貴方の主に話があるから案内してくれる?」
しかし、マリは全く怯まない。
後方に控えるメリーの存在もあるが、単純に酒の影響で恐怖心が家出しているのだ。
「……ほぅ、肝が据わっているのですな。 しかし、申し訳ありませんが女皇帝陛下は些細な戦にわざわざ来られません。 もし、本当にお会いしたいのならば帝都までお越しいただく必要がありますが?」
デランが更に凄むと、いつの間にかマリ達の周囲を囲んだ黒騎士達が武器を構える。 話は聞くが、どのみち生きて帰す気は無いのだろう。
この戦争の目的は女皇帝キャベルに恥をかかせた女王の首と、亜人の代わりの奴隷なのだから。
「あ、じゃあ道中の護衛をお願いできる? いやぁ~デランさんからそう言ってもらって助かったわぁ~……ひくっ 」
「……は?」
マリの返答にデランは言葉を失った。首を斬る前の余興として、冗談で口にした言葉を本気にされるとは思っていなかったのだ。
「よし、決まり! まさか……帝都最強無敗の騎士団長様が嘘つかないわよね? 」
ニヨニヨするマリを恨めしそうにデランは睨む。
「ぐぐ……女皇帝陛下に何のお話をしに行かれるかによりますな!!」
下らん用なら切り捨てる。 そうしないと、この年下の少女に出し抜かれる。そんな予感が百戦錬磨のデランに警告を発していた。
「ルカ、説明したげて」
しかし、デランの予感は働くのが遅かったようだ。ルカが大きく息を吸い、周囲の黒騎士達に轟く様に叫ぶ。
「こちらのエントン フォル マリ女王陛下は、古き法による王族調停の為に参られた!! 王族調停が終了するまでは両国の戦争は中断となる! 先にそちらの黒騎士団団長デラン殿よりゴルメディア女皇帝陛下の元への案内を買って下さった! 無事に帝都まで我等の女王を護衛する名誉を貴君らに授ける! 誇り高き黒騎士団達よ、よろしく頼むぞ!」
「「「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」
ルカの演説に黒騎士団達は喝采をあげる。
長い人間族の歴史で古の王族調停が発生した際は、その時に任を受け達成させた騎士達の名前が世界に轟き名を残すこの上ない名誉な事だ。
囲む為に離れていてはっきりと団長デランの話を聞けていなかった黒騎士団達は、ルカの演説で自分達の名が世界に轟くと大喜びしたのだ。
(しまった! くそ……はめられた!)
デランはルカの演説を苦虫を噛み潰したような顔で睨み、必死に頭を働かせる。
「し、しかし! そちらのマリ女王の真意も分からぬ。 女皇帝陛下に害が無いとも言いきれん……ん? いや……まさか。 アーサー殿か?」
反論しようとデランは口を開いたが、ルカの隣の小さな騎士に目がいった。
その騎士は昨日、城を攻めた際に潔く一騎討ちを申し込んできた貴族の少年に見える。
(いや、ありえん。 アーサー殿は確かに昨日我が斬った。 年端もいかぬ……息子と同じ年の少年を)
デランはアーサーを斬った事を後悔していたのだ。 アーサーは片目を斬られても、片腕を飛ばされても、両足に深傷を負っても、兵士と国を守る為に決して諦めず剣を振ってきた誇り高き真の騎士だったからだ。
ゴルメディア帝国の女貴族は腐敗し、アーサーの様な貴族は居ない。 男ばかりの黒騎士団を疎い、揚げ足をとるばかりのゴミばかりだ。
「そうです……デラン殿。 昨日は手酷くやられましたが……この通り私は生き残ってしまいました」
苦笑いするアーサーをマリとメリーが鋭く睨む。それを見てアーサーは苦笑いを深めた。
「いったい……どうやってあの深傷を? ポーションでも助かる筈が……」
「あはは……マリ女王陛下がハイポーションを下さり瞬く間に完治しました。 部下に……申し訳ないぐらいです」
アーサーは失った多くの部下達を思い、自らが生き残った事を恥じる。
「兵士の皆……後でアーサー君にお説教しといて」
「「「「はっ!!」」」」
しかし、部下達も主もそれを決して許さない。
「へ、陛下?! お許しをー!」
アーサーは涙目で懇願するが、マリは聞かない。
そんな様子をアーサーの部下達が笑っている中、デランは目を見開いていた。
(ハイポーションだと?! 国宝レベルのポーションじゃないか! そんな物を騎士に? しかも、前代未聞の男の貴族にだぞ?)
デランは改めて少女の女王を見る。
先程のアーサー達とのやり取りを見る限り、善なる女王なのだろう。
「マリ女王陛下……1つお聞きしたい」
「ひくっ、何ですか?」
「何故……男を領主に? はっきりと確認訳ではありませんが、アーサー殿は貴族なのですよね?」
デランの問いにキョトンとしたマリはあっけらかんに答えた。
「女が領主とか、男は領主にしちゃだめとかっていう下らない話が嫌いなの。ひくっ、じゃないと、腐敗した女貴族達を大勢処刑しないよ」
デランは斬るべきマリを気に入ってしまった。 もしかしたら、この女王はゴルメディア帝国に何か変化をもたらせるかも知れないと。
「……がっはっはっは! 気に入りましたぞ! アーサー殿、ルカ殿、マリ女王陛下は 我等黒騎士団が必ず帝都までお届け致す! ただし、王都を攻めているキャット王国とドック王国が止まるとは思いませぬよう」
「それで構いません。 ひくっ、よろしくお願いしますね」
マリとデランは固い握手を交わし、王族調停に向けての計画は無事に進んだ。
マリの後方で、神童のルカは勝利を確信した笑みを浮かべるのであった。




