第34話 負けられない戦い
「や、やめてくれ! 全部話しただろ……た、頼むよ命だけぐぺっ?!」 ゴキッ!
ヨハネに首を折られた隊長の骸が冷たい床へと落ちる。
「おい……大丈夫なのか?」
いつもの笑顔も無く、眉間に皺を寄せているヨハネにジャックが心配そうに問う。
「すまない、少し冷静じゃないようだ。あはは……」
「急ぐんだろ? 広場でも戦闘が起きてる、早く南の正門に行ってからルーデウス殿下の元に行くぞ!」
「少し待ってくれ、外にあるアレを破壊しとかないと……味方も精霊達も苦しむ」
ヨハネが見る先には多くの敵兵士達に、梯子が付いた台車と巨大なスプーンの様な物を搭載した台車並んでいた。
「私達亜人を、精霊を愚弄した報い……必ず受けさせてやる」
ヨハネの怒りは謎の兵器に向いていた。
◆◇◆
「何をやっている!!! 殺すのだ! 早く街に我等も行かねばならんのだぞ! 私が1番多く奴隷を捕まえるのだからな!」
無駄に豪華な鎧を着たでっぷりと太った指揮官が唾を飛ばしながら叫ぶが、兵士達にその2人を止めるのは荷が勝ちすぎていた。
「ダメです! 強すぎます!」
ジャックの蹴りで、哀れな犠牲者が空へと舞い上がる。
「新兵器、また壊されました!」
本隊が後方に控えているが騒ぎに気付き駆け付けてくれるのはまだまだ先だろう。
「岩の精霊、硬き塊の精霊よ、古き友の私が来た。 捕らわれた同胞を救うべく、力を借しておくれ。岩の手」
ヨハネが呟くと地面から巨大な岩の手が現れ、梯子の付いた台車や巨大なスプーンが搭載された台車を次々に破壊していく。
「えぇぇいっ! 忌々しいエルフめ! かの偉大なるゴルメディア帝国よりもたらされた精霊兵器を破壊するとは、浅ましく愚かな亜人めぇっ!」
太った指揮官がひたすら唾を飛ばしている間に、ジャックは目前まで兵士達をなぎ倒しながら近付いていた。
「ふむ、何とも醜い」
「なっ!? ひっっ! 来るな! おい、誰か助けろ! 貴様、私を誰だと思っておる! キャット王国第一王子のキャット フォル ボケナス様だぞ?! 」
ジャックはその口上に眉をひそめる。
「なるほど、同じ王子でもここまで差があるのか」
「ふひっ? ふひひひ、そうだ。この立派な身体! 人格! 全てが私にひれ伏す! 男と云えど、王子たる私は其処らの兵士よりも価値があるのびぎょっ?!」ゴキッ!
ジャックの問答無用の蹴りでボケナスの首は折れ曲がり、骸と化して地面へと倒れた。
「勘違いするなよ豚。我がエントン王国の素晴らしき王子、ルーデウス殿下と比べたら貴様はゴミだと言っているのだ」
そう吐き捨てるジャックだが、残念ながらボケナスの耳には届くことは無いだろう。
「「「「ひぃぃぃっ! 化け物だ、王子が化け物に殺されたぞぉぉぉ!」」」」
第一王子であり、指揮官が倒された事で残ったキャット王国の兵士達は堪らず逃げ出し始める。
兵士が逃げてきた事でようやく後方の本隊が騒ぎに気付いたようだが、時既に遅しだ。
「さて、税務管殿。 野暮用は終わったか?」
ジャックの目前では、ヨハネが兵器の残骸を見つめている。
「ありがとう、ジャック。 ルカのお使いが済んだら、他の捕らわれた精霊達を解放させて欲しい」
いつものふざけた感じではなく、その声色には深い怒りをジャックは感じていた。
(俺の目には見えないが、コイツには兵器にされた精霊が見えるんだろうな。 精霊か……メリー曰く、優しい心の持ち主にしか姿を現さないんだったか)
主であり、初恋の相手を奪った憎きエルフ。
しかし、ジャックのキサラギ フォル ヨハネに対する評価は変わりつつあった。
(まぁ、だからと云ってマリ様との交際は断じて認めないがなぁぁぁぁ!)
やはり変わってないかも。
◆◇◆
数時間後、南の正門に到着した2人を待っていたのは味方の兵士達であった。
「おぉ?! ジャック殿が何故ここに?! それに、税務管殿まで!」
2人に気付いた1人の兵士が駆け寄る。
「たしか……騎士団副団長のトマルさんでしたね。 すみません、あまり時間が有りませんので……団長はどちらに?」
「はっ! 手当てが終わり次第、前線に戻って来られます!」
何時もの執事に戻ったジャックを見て、ヨハネは笑う。
「ふふ……素の君を知ってると執事モードの君は逆に面白いね」
「うるさい……ですよ、税務管殿」
2人が雑談していると、本当に直ぐ騎士団長ボルガスが戻ってきた。
「む?! ジャック、キサラギ殿! どうしてここに!? 陛下はどうされた!」
2人を見て血相を変えたボルガスが急ぎ駆けてくる。 ボルガスの鎧は血と焦げでかなりの異臭を放っていた。
「ボルガス殿、御無事で何より。 ご子息から手紙を渡す様言われました」
「ルカから? 失礼……ふむ、なっ?! しかし……えぇい、私には荷が重すぎるぞ」
ジャックから渡された手紙を読んだボルガスの顔は蒼白だ。
「ボルガス殿、分かっていらっしゃると思いますが……内密にお願いします」
「勿論……承知しておる。 ならば、ジャック殿。この手紙を持って直ぐに広場へ! 西と東より敵が侵入し、防衛戦は広場まで後退しております」
ジャックは手紙を受け取り、周囲を見渡すが南の正門にすら味方は少ない。
既にかなりの死傷者が出ているのだろう。
「分かりました。 ボルガス殿や他の兵はどうされるので?」
「ふんっ、知れたこと! 準備が出来次第、騎士団総出であ奴らの兵器を破壊してくる! アレを壊さねば、此方に勝機は無い」
ボルガスの視線は城壁の外、敵の兵器へと向いている。 騎馬で決死の突撃をするつもりだろう。
「ジャック、それなら私は騎士団と共に兵器を破壊して来よう。 君はルーデウス殿下の元に」
「我がエントン王国には騎士団達が必要だ。 すまないが、頼む」
ジャックはヨハネに騎士団を託し、城壁の階段を駆け下りる。
「さて、税務管殿。 いや……確か、亜人の英雄と同じ名前のキサラギと呼ばれておったな。 ふふ、ならば頼りにさせてもらおうか」
「やれやれ……姉上め、私の眼鏡に何かしたな? 魔法の効果が全然発揮してないじゃないか。 まぁ……いいか。 そんな事より早くアレを破壊しないとね」
ヨハネは騎士団と共に突撃の準備に入る。 捕らわれ兵器にされた精霊達を助ける為に。
◆◇◆
「おい! 南から誰か来てるぞ!! 敵だ! 殺れぇぇ!」
ジャックは街に入ると少なくない敵と遭遇していた。
「くそ、民は無事か?」
戦闘を行いながら、襲われている民が居ないか確認する。
しかし、既に避難出来ているのか1人も味方や民の姿は無い。
「新しい大臣殿は凄いな、予想通り城迄解放して民を避難させていたか。 ならば、殿下は無事だな!」
時期に広場に到着する。
その時、広場側から激しい戦闘音が聞こえてきた。
「西側から敵接近! 槍隊構えぇー! 突けぇー!!」
「「「「おうっ!」」」」
広場に組まれた陣地の隙間から槍が飛び出し、広場を囲む敵兵士を貫く。
「ちょい待ち! 東からも来とるでー! 弓兵、腕前見せたれやー! てぇぇー!」
「「「「おぉうっ!」」」」
弓なりに矢が飛来し、東から来る敵へと降り注ぐ。
「凄まじいな……。 それに、あの声は……」
戦闘中の隙間をすり抜けてジャックは広場に侵入する。
広場は多くの兵士で守られている。
騎士団以外の兵は全て街の守備に付いているのだろう。
奥の陣地には女貴族達が鎧を纏い兵士達に何やら指示を飛ばしているのが見えた。
「おい貴様誰だ! 侵入者だ殺せ!」
とりあえずその陣地に進もうとすると、傭兵とおぼしき兵達に囲まれてしまった。
「ちょい待たんかど阿呆ー!! 敵やない! ジャックはん、もしかして赤い死神はんも一緒かい?!」
傭兵を指揮していたのは商業地区を治めていたメル子爵だ。
派手な金色の鎧が眩しいが、既に傷だらけでボロボロだった。
「すみません、メル子爵殿。 ルニア辺境伯とは別行動の身です。 それよりルーデウス殿下はどちらに?」
「なんや~……援軍とちゃうんかい。 まぁ、よぉ帰って来たな。 むしろベストタイミングかも? 陛下が危険なんや、直ぐに城に!」
メル子爵に急かされ、ジャックは城に向かって走り出したが心中は疑問で溢れている。
(……陛下? ルーデウス殿下が何故陛下と呼ばれているんだ? いや、今はよそう。 早く殿下の元に!)
◆◇◆
走り出したジャックを見送ったメル子爵の後ろからイサミ子爵が現れ皮肉を呟く。
「メル……にやけてるわよ?」
「あー? ほんまにー? あはは、まぁ……お付きの執事が行けば何とかなるやろ」
「それなら良いですが、民衆はかなりパニックを起こしています。 暴動にならなければ良いのですが……」
「信じるしかないやろ。 ほれ、また来たでー! ボルガスのおっちゃんが破壊するまで耐えたるでー!」
「「「「おぉうっ!」」」」
最後の砦を守るべく、2人は戦いへと戻っていった。




