第25話 長い帰路の始まり
「じゃあルニアさん、お世話になりました」
「いえ、此方こそルカをお頼み申し上げます。 ルカ、誠心誠意お仕えしなさい」
「はい、母上」
滞在3日目を過ぎ、いよいよ王城へと帰る時となった。
マリの背後には、謹慎の解けたメリーとジャックが控えている。 キサラギは2人に詰められる前にそそくさと馬車へと乗り込んでしまった。
「「ルニア辺境伯爵殿、滞在中に色々と失礼をし大変申し訳ございませんでした」」
メリーとジャックの謝罪にルニアは苦笑いをして返す。
「なに、2人が壊した家具の代金は陛下に貰ってるよ。 もし、また壊したくなったら来い」
「「す、すみませんでしたー!!」」
「ふふ、冗談だ。 護衛の兵士達も気を抜かず陛下をお守りするように!」
「「「「はっ!!」」」」
行きと違い、本来の任務に集中出来る兵士達のやる気は充分だ。
「さぁ帰ろう! ルーたんの元にーーーーーー!!!」
「陛下、はしたないですよ~」
中央の豪華な馬車に颯爽とマリは乗り込み、それを諌めながらメリーが追う。
「ルカ殿は私と同じ後ろの馬車に」
「ジャック殿、よろしくお願い致します」
その後ろにはジャックとルカが乗り込み、前後の馬車にキサラギや使用人達が乗っている。
周囲を騎馬や歩兵が守る陣形を取っており、行きの長い行列を考えると帰りは幾分か早めに帰れそうだ。
館を離れる行列を、ルニアは見えなくなるまで見送り続けた。
(ルカ……お前なら立派な大臣となれる。 母は信じているぞ)
子が離れる寂しさと誇らしさを胸に。
◆◇◆
「さて、メリーさん。 謹慎が解けた訳だけど……もうキサラギさんの誤解は解けたかな?」
朝、既に2人から謝罪をされたマリだが念の為の確認を始めた。
マリはもう1年もしない内に死んで、可愛い弟を皆に任せることになるのだ。 出来れば確執は無くしたいとマリは考えていた。
「その……はい。 キサラギがマリ陛下の恋人である事は承知しました。 なので……私はキサラギを敵だとはもう思っておりません」
俯くメリーが発する言葉に安堵するも、どこか引っ掛かる。
「私……は?」
「ジャックは……まだ納得していません」
マリは肩を落とし、頭を抱える。
(はぁ……マジかぁ、ジャックとヨハネにはルーたんを1番に支えて欲しいのに。 それに……)
マリの心労はそれだけではない。
朝、ジャックやメリーに謝罪された時からジャックの顔を見るたびに胸がザワザワしてイライラするのだ。
それを誤魔化す様に馬車に乗り込んだが、メリーの口から納得していない事を聞かされると流石に気が滅入るというものだ。
「陛下は……ジャックとの幼き頃の約束は覚えていらっしゃいますか?」
呟いたメリーの言葉にマリは固まる。
(それは……私は知らないなぁ)
転生するより前の記憶は現在のマリには無い。 それは、転生前のマリの思い出だからだ。
「ううん、覚えてないかな……」
「……そう、ですか」
マリの返答にメリーは俯く。暫し沈黙が続いた後、マリは心に決めた。
(きっと、この胸のザワザワは知らないマリの記憶からきてる。 ジャックとの約束が原因なら知らないと……死ぬまで私がマリをするなら、その責任があるよね)
「メリーさん……聞いても良い?」
「はい、何なりと」
帰路といえど長旅だ。 長話にはちょうどいいかもしれない。
「城に着くのまだまだ掛かるし、何か昔話を聞かせて欲しいな……ジャックとの約束とかも」
「それは構いません。 ですが……申し訳ございません陛下。 ジャックとの約束についてはお話し出来ません」
(そっか……まぁ、そんな気はしてたよ)
「いいよ、メリーさんの話せる所だけでいいから」
マリの返答を聞き、メリーはポツリポツリと話し始めた。 龕灯真理の知らない、エントン フォル マリの思い出を。
「畏まりました。 では……アレは陛下がお産まれになった日の事ですーーーー
◆◇◆
マリがメリーに昔話を聞き始めた頃、エントン王国の執務室では王代理のルーデウスが頭を抱えていた。
「もーー! 無理です! 僕には無理ですよー!」
年相応に机に項垂れるのは、マリの推しであり超絶可愛い弟のルーデウスだ。
姉のマリが居ない間、王代理として執務をしているがまだ未熟なルーデウスには荷が重かった。
「ウォッホン! ルーデウス様、執事長である儂がおりますぞ。 どれどれ……うーむ。 これは一大事ですな」
ルーデウスから羊皮紙を受け取り唸るのはジャックの祖父であり、長年執事長をしているウォンバットだ。
オールバックの白髪に、フサフサの白ひげが生えている。 しかし、老人とは思えない程に筋骨隆々である歴戦の執事だ。
マリ達が亜人解放の為に遠征する前は、前女王と王の墓守として実質の引退をしていたが古きからの同僚メリーに説得され王代理のルーデウスを補佐する事になった。
しかしそのウォンバットですら判断に悩む問題が発生してしまった。
「ルーデウス様……これは、判断を誤ると女王陛下がお戻りになる前にエントン王国が滅びますぞ」
「だから無理ですってばー! 姉上ーー! 帰って来てくださぁーーい!」
泣き崩れるルーデウスを見ながらウォンバットは溜め息を吐く。
1枚の羊皮紙にはこう書いている。
『我がキャット王国とドック王国は親戚にあたる貴族達を処刑したエントン王国44代目女王エントン フォル マリを許すことは出来ない。 直ちに女王を引き渡す事、もし承諾しなければ宣戦布告とみなす。5日以内に引き渡しの返信が無ければエントン王国の城は赤く燃えるだろう』
「まさか、両隣の王国から連名で宣戦布告状が届くとは……。 それに、ドック王国の王はルーデウス様とマリ様の叔父の筈じゃが……はぁ……なるほどの」
2枚目の羊皮紙はその叔父からだった。
『ルーデウスへ、お前だけでも逃げなさい。 これはゴルメディア帝国の罠だ。我が妻は女皇帝の犬に成り下がった……もはや、私が婿となった際の秘密同盟は生きていない。 姪のマリを引き渡しても、恐らくエントン王国は終わりだ。 これを読んだら直ぐに逃げなさい。 ドック フォル スマス』
叔父のスマスは善人なのだろう。
羊皮紙には、甥であるルーデウスだけでも助かって欲しいという思いがヒシヒシと伝わる。
(ふむ、確かに逃げるが勝ちじゃな。 しかし……ルーデウス様はどうされるか)
「さて、ルーデウス様。 そろそろ動きませぬと……どうされますかな?」
ウォンバットに問われ、ルーデウスは机から顔上げ答える。 その顔には覚悟が見え、先程の年相応な幼さは消えていた。
「無論、逃げません。 民を、王国を、姉上を見捨てる等絶対に出来ません! 姉上がお戻りになる前に両国とも返り討ちにしてやりましょう! 騎士団長達を此処へ!」
椅子から立ち上がり、ウォンバットに命令するその姿は正に王だった。
(ふふ……我が王よ。 貴方様の強き心……ルーデウス様にしかと受け継がれておりますぞ)
「はっ!! 仰せのままに……」
ウォンバットは深くお辞儀をする。
かつて、長年仕えた王にしてきた様に。




