第23話 謹慎の2人と不穏
マリがヨハネと楽しい時間を過ごし壊れかけの心を癒している頃、謹慎を命じられた2人の居る部屋は重く暗かった。
「はぁ……陛下、怒ってたわねジャック」
「それは……そうだろう。 税務管殿の話しが事実なら、俺達は陛下の恋人を殺そうとしたんだからな」
使用人の部屋としては上等な部屋で2人は椅子に座り、テーブルに突っ伏していた。
男女共同の部屋だが、そんな事を気にする間柄では無い。
「いや……最初は陛下の為に覚悟を決めたけど、結局私は止めたわよね~?」
「ふんっ……なぁ、メリー。 これから、どうしたらいい? 俺は……俺達は」
「そりゃ……謹慎が明けたら、これまで通りにお仕えするわよ~? ジャックは違うの?」
メリーが顔を上げ、ジャックを見ると悲痛な顔で拳を握り締めていた。
「俺は……俺は良いんだ! お仕えする陛下に対する俺の想いなぞ等に捨てた! だが……この裂ける様な胸の痛みは何なんだ! くそぉっ!!!」
ダァァァァンッ!!
怒りに任せたジャックの拳が伯爵所有のテーブルを粉々に砕いた。
「いや……未練タラタラじゃないの、ジャック」
「違う! これは……これは……」
椅子に項垂れるジャックを他所に、メリーは砕けたテーブルを片付ける。
その動作は遅く、普段のスーパーメイド長の面影は無い。
(あ~……気付きたく無かったなぁ。私……キサラギの事、好きだったんだぁ……)
テーブルを片付けながらポロポロと涙が零れる。
メリーが人知れずにしていた恋は、気付いたと同時に散った。
ガチャ……
お通夜の様に暗い2人の部屋にノックもせずに誰かが入って来た。
「ふむ、メリー殿にジャック殿。 凄まじい音がしたと聞き……急ぎ来たのだが……かなり高価なテーブルが粉々なのは、どちらが説明してくれるのかな?」
赤髪が揺れ、こめかみに血管が浮いているルニア伯爵だ。
余りの怒りに笑顔を浮かべているのが殊更に恐ろしい。
「「も、申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁ!!」」
2人は即座に土下座をして許しをこうのであった。
◆◇◆
ゴルメディア帝国の地下牢へと、1人の女性が石階段を降りる。
その身なりは豪華絢爛という言葉がよく似合っていた。
金の刺繍がされた漆黒のガウンコートを羽織り、赤のシャツに黒のズボンにも派手な刺繍が散りばめられている。
階段を降りた先には、鉄の扉と見張りの兵士が2人敬礼をしていた。
「「女皇帝ゴルメディア陛下万歳! 」」
兵士2人が口にしたように、この女性はゴルメディア帝国の頂点。
ゴルメディア フォル キャベルである。
長い黒髪が美しくなびき、赤い鋭い瞳が兵士2人を射貫く。
「……ご苦労。 扉を開けろ」
「「はっ!」」
冷たく言い放つと、即座に鉄の扉が開かれる。当然だが、このゴルメディア帝国で彼女に逆らえる人間は存在しない。
もしすれば……即死刑だからだ。
暫く歩を進めると、奥の牢屋が見えてきた。
「くっくっくっ……いい様だな。 我を騙した愚かな巫女よ」
キャベルが嘲笑う先には、1人の少女が鎖に繋がれていた。
両手は天井から伸びる鎖に捕らわれ、足は枷をされ常に宙ぶらりんの状態だ。
身体に衣服は無く、身体中に鞭の痛々しい傷痕が大量に残っている。傷だらけだが、その容姿は端麗と云えるだろう。
そして、キャベルにとっては忌々しくも同じ黒髪だった。
「…………ぅ」
「おやおや、何か言いたいのか? まさか、また我を騙そうと嘘の未来を告げるつもりか? 貴様の戯れ言のせいで、我が帝国は亜人奴隷の供給を絶たれたのだぞ!?」
キャベルは怒りのままに、側にあった拷問用の鞭で少女を打ち付ける。
バッチィィィンッ!!
「きゃぁぁぁっ!! あぐっ……が……」
鞭で打たれた少女の身体は跳ね、苦痛に喘ぐ。
「はぁ……はぁ……ふふ、今の貴様を見たら我が息子も幻滅するであろう。 直ぐには殺さん……ゆっくりと地獄に落としてやろう。 ふははは! ふはははははっ!!」
地下牢にキャベルの笑いが響き渡る。
そして、少女の痛々しい悲鳴も。
暫く鞭を振るい続けたキャベルは、ふいにその手を止めた。 そして、拷問中に閃いた報復に笑みを深める。
「そうか、あの王国の両隣の小国は帝国の犬と猫であったな。 ふふ……なら、話しは早い。我が帝国が手を下す価値も無し……いや、やはり念のために……ふふふ、我ながら良い案だ」
キャベルは鞭を置き、少女に一瞥も向ける事無く地下牢を上機嫌で出ていった。
そして、出ていった直後に地下牢の影に隠れていた人物が少女の元へと駆け寄る。
「エナ!! あぁ……酷い。 すまない、すまないエナ。 俺に力が無いばかりに……おい看守! 手当てをさせろ! 直ぐに薬箱を持ってこい!!」
「ぐ……ア……アバ……ン様?」
駆け寄った人物は、ゴルメディア フォル アバン。 ゴルメディア帝国唯一の後継者でありキャベルの一人息子だ。
女性主義のこの世界では女皇帝しか認められず、名ばかりの後継者としてアバンはまだ何の力も権力も持っていなかった。そしてとある日、街を視察した際に未来を見れる巫女として民から人気を博していたエナと出会ったのが悲劇の始まりであった。
最初は利用する為に近付いたが、エナと接する内にアバンは恋をした。 それは、身分違いの恋。
アバンはエナを利用する計画を放棄し、純粋に身分違いの恋を実らせるべく母であるキャベル女皇帝に未来を見れる力を売り込んだ。
そして、最初で最後になったエナの初仕事はとある王国の次期女王がどんな統治をするか未来を見る事であった。
エナはいつも通り、予言の巫女としての力を振るった。
エントン王国の次期女王は先代と同じく、欲にまみれ亜人を奴隷とし……そして死ぬだろう……と。
その予言を聞いたキャベルは喜び、息子アバンとの交際を認めた。
乙女小説の正史では、帝国に奴隷が流入し続けるのを危惧したアバンとエナによりキャベル女皇帝は排斥され、新アバン皇帝とその妃エナが奴隷解放や亜人同盟等の偉業を達成する筈だった。
しかし、エナの見た未来はマリが転生する前だったのだ。
結果、転生者マリという異物が入り込んだ事により正史はねじ曲げられた。
しかも、エントン王国は大きな改革により小国といえ栄え始めキャベルは激怒した。
息子のアバンが止めるも虚しく、恋人である予言の巫女エナは地下牢に投獄され毎日鞭で打たれ続けているのだ。
「くそぉ……あの女王が。 エナの予言通りになっていたら。 許さない、許さないぞ! マリ女王め……!」
アバンは歯を食い縛りながら、瀕死の恋人を手当てするのであった。
◆◇◆
……マリは知らない。
怒らしてはならない相手を激怒させている事に。
乙女小説の主人公が自分のせいで拷問されている事に。
メインヒロインと名高いアバン皇太子に逆恨みされている事に。
そして、エントン王国に戦乱の火が近付いている事に……。




