サイバーパンク・アリとキリギリス
甲殻都市には今日も人造血液の雨が降る。
犯人は、言うまでもなく螽斯の機人。
背中に仕込んだ四枚の高周波ブレードを高らかに奏でながら、廃ビルの谷間を縦横無尽に飛び回り、量産型の蟋蟀や天道虫の機人どもを寸刻みにしていく。
それはさながら、螽斯の独演会場であった。
「いやあ、今日もせいが出ますねえ。螽斯の旦那」
「まだ残党がいる。がっつかねえで引っ込んでな、蟻んこ野郎」
「ひええ、それじゃ大人しく見物に集中させてもらいまさあ」
「そうしておけ」
廃ビルの外壁に取り付いた螽斯に声をかけたのは、黒蟻の機人だ。彼らは力こそ強いが鈍重で、戦闘には向かない型式である。
黒蟻が瓦礫の影に身を潜めたのを確認すると、螽斯は外壁を蹴り砕いて宙を駆ける。
目標は髪切虫。
解体用の重機の如き、巨大な顎をしきりに開閉させている。
これに囚われれば、螽斯の細い身体などたやすく両断されるだろう。
軌道エレベーター用のカーボンナノファイバー製ワイヤーさえ軽々と断ち切るそれは、髪切虫の最大にして最強の武器だ。計算量、希少金属、エネルギー、あらゆる資源を一点に集中させたことにより生じる特異点。
それこそが機人を機人たらしめる特徴である。
髪切虫は長い触覚を鞭のように振り回し、宙を駆ける螽斯を牽制する。それは一振りでコンクリートを砕く威力を持つが、機人同士の戦闘では大した意味を持たない。
あくまでも螽斯の動きを誘導し、必殺の顎の一撃を加えるための陽動だ。
当然、螽斯もそんなことは承知している。
だが、あえて真っ正面に飛び込んでいく。
――馬鹿げた生き様――
それが螽斯――個体名斬滅詩人を固有種足らしめる行動原理。<常冬の平野>を身一つで横断し、廃都甲殻都市まで旅した機人の矜持である。
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が交錯し、.* ゛
, ;.*火花を散らす。
│螽│
│斯│
髪切虫の大│の│
│羽│顎を両断する。
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そう、螽斯の羽もまた特異点。
全資源を惜しみなくつぎ込んだそれこそが、斬滅詩人の固有能力。
空気を鳴らす高周波振動、装甲を切り裂く金属音、機人の断末魔。
これこそが、彼の存在証明。
「へへへ、これで今年の冬も無事に越せそうですぜ」
戦いの終わりを察知した黒蟻たちが、廃墟のあちこちから沸いてくる。
螽斯に切り刻まれた機人の残骸を拾い集めるのだ。
この時代、すべての軌道エレベーターが倒壊し、月や火星のマスドライバーも機能を止めた。地球は深刻な資源不足にある。天然資源も枯渇しており、採掘も不可能。
すなわち、機人が生命機能を維持するためには、交換整備しか手段がない。
螽斯は、この冬の時代に己の存在意義を問うている。
自己再生能力すらも放棄し、背中の刃にすべてを託した。
黒蟻のような弱い機人に用心棒として雇われ、生存機能を他者に任せる自暴自棄。
彼がどこまで生き抜けるのか、どんな生き様を残すのか。
それを知るものは誰ひとりいない。
(了)
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