8.
オリーブ・ハーパーは立ち飲み酒場の女給だった。
立ち飲み酒場とは、首都ベルート市内でも主に低所得者が集まる四区にあり、低価格の酒をより安く提供するために客への接待を省いた店のことで、名の通りに立ったまま飲食をする店だ。
夕方から深夜まで、来る日も来る日も品のない酔っぱらいたちの合間を縫って、酒や料理を運ぶ。人寄せのために胸や尻の形を強調したきわどい服装を強いられ、それに当てられた男たちは、まるで八百屋で野菜を品定めするように女給の体をなで回す。
そのくせ給料はさほど高くもなく、世間体も悪かった。一般的に「あんな店で働いて」と白い目で見られていたのは、その手の業種が、女の体と若さを商品に小金を貯めこんでいるように見られているからだ。
実際は女を売るようなことはないし、もらったチップもその日のうちに全て雇い主に回収されてしまうというのに。
名も知らぬ客の無遠慮でゴツゴツとした手の感触に、吐き気を催したことは数知れないものの、生活のためにはそんな仕事でも働かなくてはならなかった。
地方の出身のオリーブは、必要最低限の教育しか受けていない。この国では、地方と都市の教育格差は大きく、地方では費用のかかる高等教育機関に進むより、子供でも働きに出ることを推奨される。オリーブも義務教育を終えてすぐに、大きな縫製工場に就職した。
仕事はきつく、すぐに辞めたくなった。
作っていたのは、女性の小物類。ポーチやバッグといった中間層向けの贅沢品だった。
あらかじめ型紙にあわせて切られた美しい刺繍の生地にレースをつけ、縫い合わせたら留め具をつけて完成させる。ひっくり返したり細かい部分のミシンがけが、学校をを出たばかりの新人の方が手が小さく、適しているということで、その仕事ばかりを回された。
誰も、子供だからと甘やかしてはくれない。むしろ入社初日から、熟練の女工と同様の働きを求められた。
完成した商品は、すみずみまで責任者が検品をした。縫い目の美しさ、糸の始末、型崩れやほつれがないか、そういった仕上がりの美しさを重箱の隅をつつくように確認して、少しでも難があるものは容赦なく「不可」の箱に投げ入れられた。
検品を待つ間が、何よりも怖い。出来上がった商品が検品で弾かれてしまうと、その分は給料から引かれてしまうからだ。
必死に働いた。だがある日、遊びに来た工場主の娘たちの姿を見て、プツリ、と張りつめていた心の糸が切れてしまった。
自分より幼い子供たちが、自分がどんなに働いても手に入れることのできない高級な装いで、光さす工場の庭を走り回っていた。
ふわりと広がる花柄のワンピースも。ストッキングも。ピカピカに光る靴も。くるくるに巻いた髪を飾るリボンも。どれ程必死に働いても、オリーブには何一つ手に入らない。
世の中は金持ちに都合よくできている。
「不可」の商品が本当に安く売られているのか、誰も知らない。もしかしたら本当は「不可」の商品など存在せず、不当に給料を減らされているだけなのかもしれない。
これは疑いというより、確信に近い。だとしても、責任者が「不良品として売るしかない」と言えばそれでおしまいだ。黙って従うしかないのだ。
おそらくこの先死ぬまでオリーブは不当に搾取されながら働き続け、一方であの娘たちは生活費を稼ぐ苦労など知ることもなく、豊かに一生を終えるのだろう。
自らを美しく飾るものを得るためのお金を、安全や世話のために雇われた大人たちの給金を、親がどのようにして稼いでいるのか。あの娘たちはその暗部を知らず、当然のように富を享受するだけだ。
薄暗い工場の中から鬱屈した気持ちで富める者ちを眺め、そっとほつれ髪に手を添えて気づいた。
ああ、そうか――オリーブは薄く嗤った。
私はお手頃なのだ。
すでに体は少女から大人へと変わっていたが、相変わらず縫製の仕事を回される。縫製の技術はベテランの域なのに、どんなに頑張っても積み上げられる「不可」の山。理不尽な減給にも解雇を恐れ、何一つ文句も言わずただ従うだけの女。ずっと同じ仕事をさせておけば、さぞかし役立つことだろう。何しろ、金になる不良品を作るのだから。
その日、仕事を終えたオリーブは、帰宅するとこっそり貯めていた全財産を持って出奔した。
すでに帰宅していた両親、兄弟に別れを告げることもなく、ベルート行の汽車に飛び乗った。私はまだ若いし、容姿も磨けばそんなに悪くはないはず。学校では一番の美人と言われていたし、思い人に小さな花輪を贈る習わしの村の祭りでは、男たちが私に花輪を贈ろうとひっきりなしに追いかけ回していたのだから。都会なら、いい男を見つけて結婚し、もっといい生活ができるに違いない。そんな夢を見て。
だが現実は甘くはない。
都会は確かに仕事が溢れているが、一定の学歴がなければいい仕事には出会えなかった。まして、着の身着のままで家を飛び出した娘など、危なくて雇えない。そんなことも、オリーブは知らなかった。
ベルートでも格安の宿を仮住まいにし、必死に探したなかで、手持ちが尽きる前にやっとありつけたのが、立ち飲み酒場の女給だった。
幸いにも住まいについては、店の二階が店主の経営する賃貸物件になっていたために、空き部屋を安く借りることができた。ただ、この部屋というのが値段なりで、狭くて汚い。壁一枚隔てた隣家の閨事は筒抜けで、おまけに仕事が休みの日でも、深夜まで店の客の騒ぐ声が聞こえて落ち着かない。物件としては最低の水準だった。
それでも、ベルートに住まうことの意味は大きかった。相変わらずの貧乏生活だったが、休日にふらりと出掛けるのはよい気分転換になった。
ベルートはかつての王都。旧宮殿は政治の中枢として現在も機能し、それを中心に大貴族の居住区だった一区と呼ばれる地域は、今では高級住宅街として新旧の富裕層が集まる憧れの場所だ。オリーブの身なりでは店に入ることはできないので、あちこちを外から眺めるだけだが、それだけでも楽しい。
一区の外周を取り囲むように広がるのが、主に官僚が居住するタウンハウスが並ぶ二区、そのさらに外側にあるのが中間層の三区、オリーブの住んでいる四区へと続く。
ベルートは宮殿から近いほど一等地で、離れるほど低所得の居住区になっている。二区は一区ほどではないものの高級店が集まっているわりに、身なりで入店を断られることがないので、月に一度、買い物や食事をするのが唯一の気晴らしだった。
オリーブにとってそれ以上の喜びが、帰宅してすぐに、買ったものを棚に並べて眺めることだ。
最高級品とは言えないが、誰もが欲しがる高級な化粧品や小物ばかりを並べて、うっとりと眺める。
田舎の工場主とは違い、酒場の店主は給料に関してはきっちりしていた。多少のことでは減給しないし、店の売り上げに貢献すればその分の手当てをくれた。
おまけに食事は賄いで済むし、風呂や洗濯場は共用で、使用料は家賃に含まれている。客のいやらしいお触りさえ我慢して、笑顔で酒を飲ませて料理をすすめれば、ちゃんと自分に還ってくる。
以前の暮らしに比べれば、ここは天国だ。
可愛らしい小物も、柔らかな絹のスカーフも、全てオリーブが自分の働きで得たものだ。どれだけ眺めても飽きはしない。
それでも、ぐうぅ、と腹の虫が鳴ったのをきっかけに、オリーブは食事をするために店に降りることにした。
時間はまだ夕方の、店を開けてまもない頃。この時間ならまだ店も忙しくはなく、休みの従業員も賄いを用意してもらえる。
厨房に声をかけると、フロアに見慣れない客がいることに気づいた。
労働者階級とは明らかに違う、身なりのよい紳士のグループは、荒くれ者たちばかりが集まる店では特別に目を引く。
「ここは、あなたのようなお金持ちが、来るような店ではありませんよ」
こっそりと、一人の紳士に耳打ちする。
「ろくでなしどもに絡まれる前に、他の店に行かれた方が身のためですよ」
その紳士は――驚いたように目を丸くして、オリーブの顔や体を落ち着きなく見回して、頷いた。
「あ……あぁ、そうするよ。ご忠告ありがとう」
顔を赤らめた紳士は仲間を促して店を出る手前で、思い返したように振り返った。
「き、君の名は……?」
「オパールよ。この店ではそう名乗っているわ」
「そうか……君はここの従業員なんだな……?」
「そうだけど?」
「わかった。ありがとう。今日は帰るが、また来るよ」
「は?」
危ない目に会う前に出ていけと言ったのに、また来るよだなんて。見た目はいいのに、馬鹿な男。どうせポロリと口から出ただけの言葉で、本気であるはずがない。そう思ったのに。
「え? 本当に来たの? あなた、馬鹿なの?」
数日と空けずに再度来店したヘンリーを、オパールは苦笑いで出迎えたのだった。仄かに胸が疼くのを感じながら。
その時にはヘンリーには既にマリアという妻がいて、それを伝えられても、オパールは駆け出した気持ちを抑えることができなかった。
背は高いし、整った容姿に垂れ下がった目は愛嬌と優しさを感じさせるし、身に付けているものは全て最高級品だし、デートの支払は全てヘンリーがするし、何より話していると楽しいし、それに妻がいるとちゃんと教えてくれたのは彼なりの誠意よね――既婚者の浮気という最大の不実を前に、オパールは自分に言い聞かせた。
私たちは、出会う順番を間違っただけ、と。
チャールズにやり込められたオパールは、憤慨しながら二階に上がった。
「何なのよ、あれ! 全然話が違うじゃないのよ!」
大繁盛の商会を経営し、一区のお屋敷に住む大金持ち。ヘンリーはそういう男だとずっと思っていた。だって、どんなにおねだりをしても拒まれたことはないし、アレックスを妊娠してからは二区のタウンハウスだって用意してくれた。メイドも二人雇って、家事も仕事も育児もしなくてよい生活。それを支える生活費は丸ごとヘンリー任せだ。
しかし実際はどうだ。商会も屋敷も妻のもの。おまけに毎月のヘンリーの財務状況はずっと赤字で、その補填を妻がしていたと言うではないか。
そうか。だから、突然家を追い出され、財産を差し押さえらることになったのか。オパールは合点がいった。と同時に、ぞっとした。
生活に必要な支払いの全てをヘンリーに任せていたため、家賃がどの程度滞納されているか、オパールには解らない。頼みの綱の妻が補填をしないと言うのだから、ヘンリーとオパールで滞納分を納めなければならない。だが、ヘンリーの銀行口座に、それだけの預金はおそらくない。
オパールは家主に罵倒され、怯えながら身一つで逃げ出したことを激しく後悔した。全財産を置いて出てしまった。せめて、宝飾品だけは持ち出すべきだった。家にあるもので、換金する価値があるのは貴金属だけだ。支払不能となれば、真っ先に没収されてしまうだろう。
「これからどうしたらいいのよッ」
ヘンリーの部屋に怒鳴りこんだオパールは、通信機を使って必死に妻を呼び戻そうとする彼の姿に、目の前が真っ暗になるのだった。
◆◆◆◆◆
会議を終えたマリアは、「じゃあ、お出かけしてくるわね!」と飛び出そうとするのを、慌ててエルネストにとめられた。
「お前は~。女の一人歩きが危ないと、ちゃんとわかっているのか?」
「あら、大丈夫よ。警察署に行くんだもの」
「いや、そういうもんじゃないだろ……。待ってろ。俺も行くから」
エルネストは市長への面会予約をキーラに頼み、急いでマリアを追いかける。
二人で並んで階段を降り、一階に着いたところで、裏口に向かう彼と正面玄関に向かうマリアが左右に別れるのに気付き、「こらこら!」とマリアの腕を掴んだ。
「なあに?」
「何って……馬車は裏だろ。まさか、歩いて行くつもりか?」
「最初から、そう言っているでしょ」
「いやいやいやいや! 無理だろ。警察署に行って、魔道具屋もだろ? ……遠いぞ」
「そうねぇ。二時間くらい?」
「二時間!?」
エルネストは言葉を失った。
彼自身、外回りが多い仕事だから、歩くことは苦にならない。が、いかんせん、今日は格好がまずい。
普段は地方を飛び回って、ベルートの本社に戻るのは月に数度。その分、こっちに戻ってくるときは、少しだけおしゃれに気合いが入ってしまう。
今日の装いは上から下まで、仕事用の中でも上等のものだ。華美な装飾がないだけでほぼ晴れ着と言ってもいい。当然足元は革靴。そんなもので二時間も歩いたら足が死ぬ。絶対に。
「頼む。馬車にしてくれ……」
「えぇーッ。何よぅ、別にあなたが来てくれなくてもいいのに……」
「頼むから……」
「仕方ないわねぇ。あなたも何だって、そんな浮かれた格好をしているのよ?」
「お、お前はッ。いいか? 俺がこっちに来る日は、奥さんとゆっくり会える貴重な日なんだ。おしゃれくらいさせろ」
「あらやだ、子供ももうすぐ成人するというのに、まだ新婚気分?」
「いいだろ、ほっとけ」
「はい、はい。じゃあ馬車にしてあげるわ。その代わりに御者台に乗せてね」
「は?」
「じゃあ、行きましょ」
マリアの腕を掴んでいたはずの手を逆に掴まれ、エルネストは引きずられるようにして馬車に向かった。
警察署に到着した二人に知らされたのは、面会するはずの担当者の不在だった。新たな強盗騒ぎで、出払ってしまったらしい。
慌ただしい様子の警察署を後にし、二人は魔道具工房に向かった。もちろん、今度はマリアはキャビンに押し込められた。
ベルート市内で治安が良いのは、せいぜい三区までだ。マリアの友人、セーラの工房は四区にある。道一本を挟んで目の前が三区というその場所は、比較的安全と言われているが、強盗事件の相次ぐ昨今では油断できない。
「いらっしゃい」
マリアとエルネストが『グラハム魔道具工房』のドアを開けると、いつものようにカウンターに座るセーラの姿があった。
セーラは寄宿学校の上級学年時代の友人で、工房の三代目だ。硬く癖の強い赤髪は、短く切ってしまうと爆発するとかで、昔から長く伸ばして一本の三つ編みにしている。
既に祖父は引退し楽隠居、父親も孫が生まれてからは少しずつ受け持つ仕事を減らし、現在、店を切り盛りしているのはセーラだ。
「セーラ、通信機を発注しに来たの」
「解った。座って待ってて。今、お茶を用意するから」
と、セーラはカウンターに置かれた装置に水を注ぎ、しばらくボタンを押し続ける。ボタンが白く光るのを待って指を離すと、下向きに付いている注ぎ口にカップが自動で置かれて温かいお茶が注がれた。それを装置が三人それぞれの前に配る。
マリアがわくわくと目を輝かせて見守るこれも、セーラが作った魔道具だ。水と魔力を注ぐだけで、簡単に来客時のお茶が用意できる優れものだ。
「茶ぐらい手で入れろ、道具屋」
「んだと? あたしは道具屋だよ。道具を使って何が悪い」
セーラはカウンターの下にしまってある目録を出した。魔力で念じると、迷うことなく通信機のページが開かれる。
「通信機って言ったね? いつもの型でいい?」
「うーん。それってうちの会社と長距離でも使えるかしら?」
「使えなくはないよ。ただ、隣の国まで繋げるには、今までのでは力不足だね」
「外国ではないけど、その手前までは網羅したいわね」
「何それ。要は国中ってことでいいんだね? だったら、これだ。大きいし高いけど、これなら間違いないよ」
「おい、待て。本当に容赦ない値段だな……」
二人の会話に、エルネストが割り込む。今使っている機種よりも、桁が一つ多い。これが見間違いじゃないのが、恐ろしい。
「友人価格はないのかよ」
「そんなものは無い。それに普通は長距離の通信機同士を直接繋げるなんてことはしないんだ。膨大な出力が必要になるから、大抵は中継局を設けるんだよ。でも、それじゃ速度が遅くなってあんたたちの商売に障るんだろ? だったら値段は我慢しな」
「ぐ……」
「あらあら、言われちゃったわねぇ。だけどセーラの話はもっともね。人を出し抜いて全く新しい商売をするんですもの。多くの投資が必要になるのは当然ね」
マリアはセーラに、新たに始める個人向け商売についてざっくりと説明した。そのためには利用者と商会を直接繋ぐ通信網が必要で、商会が一括で用意して会員に貸し出しをする予定だということも。
一通り話を聞き終えたセーラは、少し考えてから口を開いた。
「話は解った。だとしたら、もっと違う方法を考えたいね。通信機のやり取りは所詮は声だけだ。目で取引内容が確認できなければ、間違いの元になるだろうよ。
それに、受信側の能力も問題だね。今の通信機には大量に受信する能力はないよ。あくまでもやり取りは一対一だ。
そうだね……例えば……こういった目録自体が通信機になって、あんたたちは注文を無限に受けとることができたらどうだい?」
セーラは目録をペラペラとめくって、何かを思いついたような笑みを浮かべている。
「そんなことができるの?」
「時間があればね。もちろん、開発費もいただくよ」
「それはもちろんよ」
「だったら契約成立だ。ほら色男、契約書を出しな」
「色……お前は本当に口が悪いな……」
「こちとら、しがない道具屋なんでね。淑女のあれやこれやは知らないのさ」
「そうかよ」
エルネストが魔道具で打ち出した契約書を全員で確認し、マリアとセーラが署名をした。
期間は二ヶ月。他に急ぎの仕事もないとのことで、しばらくはこの案件を優先してくれるらしい。
「さあ、仕事も片付いたことだし、あんたの話を聞こうじゃないか。家で何かあったんだろ?」
「は? そうなのか?」
カウンターの奥の棚からお菓子の入ったバスケットを取り、セーラはマリアの顔を覗き込む。
いつか、必ず何かをやらかすと思っていたが、とうとうやらかしたか――と、エルネストも驚いて、思わず前のめりになった。
「何で解るの?」
「そりゃあ、色々とね……。それにあんたの結婚相手があのクソ旦那だから、いつ何があってもおかしくはないだろ」
「お前には悪いが、本当に、今まで何の問題にもならなかった方が問題だぞ」
セーラとエルネストは顔を見合わせて頷く。
「とりあえず、全部話してみな。菓子もあるしね。少しは気がまぎれるだろ?」
「うーん……何から話せばいいのかしらね……」
手渡された菓子の包み紙を弄びながら、マリアは困ったように首を傾げた。
その頃、出先から戻るなり、自宅の通信機の動力源である魔石が抜かれていることに気づいたセーラの祖父グラハムは、「これじゃ仕事の連絡ができないじゃないか!」と怒り心頭で魔石を嵌め込んだ。
すると、すぐに着信音がなった。
さて、困った。まさかすぐに着信が入るとは思わなかったのだ。グラハムは耳が遠く、通信機の音声を聞き取ることができない。
慌てて息子を探し、鳴り続ける通信機の応対をするように促すが……。
「あぁ、あれか。セーラが無視しろって言うからよ。うるせぇから魔石を引っこ抜いたのよ。何でも客人の夫らしいが、客人が来る前から何度も連絡して、しつけぇんだよ。セーラは客人との話が終わったらすぐに帰すから、それまでは夫は待たせておけってよ」
言うなり、セーラの父は再び魔石を抜いて、テーブルに投げ置いた。
セーラの父にとって、客人の夫の相手など、どうでもいい。それよりも孫娘とままごとで遊び、夫と赤ちゃんとペットの犬の三役を完璧に演じきる方がずっと大事なのだった。
二日遅れの投稿です。
オパールにはオパールなりの事情があります。
こちらは隔週水曜日の投稿を目指して頑張っていますが、今のところ遅れてばかりです。
それでもお待ちいただける方、よろしくおねがいします。
次回は6月1日の予定です。