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かつて恋人だった私たち  作者: 橘霧子


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5/11

5.


用心棒に心当たりがある、と席を立つトマスをマリアが慌てて呼び止めた。


「私も……」

「駄目です。ゴロツキがウヨウヨいるような場所です。社長のような身綺麗な方が歩き回ったら、すぐに絡まれますよ」

「でも、私もどんな人たちか、見てみたいわ」

「それなら書類をそろえさせますよ。それくらいできないような輩に、ここの警備は任せられませんからね。今日はこちらから仕事の依頼と、必要な条件を提示します。人前に出てもおかしくない身だしなみと、礼儀作法をわきまえた腕のたつ者を求む。選考方法は書類と面談。これでいいですね?」

「そうね。それでお願いするわ。残念だけど。行けないのはすごーく残念だけど!」


我慢してください、と言い残し、トマスは出ていった。


「働く筋肉、見たかったのに」

「なに言ってんのよ、もう。さっさと次の議題にいくから、ちゃんと資料を見て」

「見本市の件ね」


キーラから渡された資料のうち、厚い方の冊子に目を通す。首都の広場を貸しきって催す、見本市の計画書だ。




マリア・グロスター商会の業務の大半は、地方と大都市との仲介。まだ若く、社交界で必死に人脈作りに励んでいた頃、マリアが熱く語り続けるも無視され続けた、新しい商いの形だ。


当時はまだ、貴族社会で力をつけた御用商人と生産者組合が、商業全般を支配していた。


物の売り買いするにはその土地の商業を取り仕切る御用商人の傘下に入り、物を作るには組合に属す。


慣習にすぎないものの、力を持つ者に楯突いてまで、我が道をいく弱者はいない。強制されずとも新たに独立した商人や職人はそれぞれの所属すべき場所に属し、せっせと稼ぎ、会費や組合費と呼ばれる上納金を支払う。

そうして自然と、富は御用商人と組合に集まった。

その構造に、真っ向から異を唱えたのが、若き日のマリア・フォーブスだった。


もしかしたら、当時も他の誰かが同じようなことをしていたかもしれない。だがそれは恐らく、既得権益を有する者たちの手でことごとく潰され、日の目をみることはなかった。

マリアが彼らと違っていたのは、彼女には警察官僚の有力者の父という後ろ楯があったのと、彼女自身が無類の頭でっかちだったことだ。


マリアのアイディアは、すでに既得権益と手を結んでいた先達には相手にされなかった。しかし、これから世に出ようとする同じ若者には支持された。


彼らには若者特有の反骨心と、自分達の精神性に絶対的な自信があった。古い社会構造を打破し、新しい世界を作ることが、先達のいう『無鉄砲』などではなく、自分達の存在意義と信じ、揺るがなかった。

その物分かりの悪い純粋さと、頭でっかちの語る理想は、心地よく共鳴し、力ある者にいくら嗤われようとも、決して挫けなかった。


大学を卒業したマリアは、自らの理想に耳を傾けてくれた唯一の商会に就職した。

修行期間は三年。

多くの者が「たった三年たらずで何ができるのか」と嗤ったが、その三年でマリアは商売に必要なノウハウを身につけた。


その頃結婚や長男の出産などの私事でのゴタゴタが重なって、思う時期に始動はできなかったものの、さらに二年の充電期間の後、『無鉄砲』さを忘れなかった同志と共に、独自路線をいく商会を立ち上げた。

それがマリア・グロスター商会だった。


既存の商会や組合にとらわれず、自由に商取引をする。


耳触りはよいが、要は慣習を蔑ろにし、邪道をいく路線である。妨害は当然常にあった。

その時に役立ったのは、頭でっかちの繰り出す法令遵守の論理と、保安警備局局長という父の無言の楯だ。


父フォーブス氏が娘の仕事に直接関わったことはない。そういった卑怯な手を、もっとも嫌う人物である。

だが、本人の信条とは全く別に、その肩書きがマリアに敵対した勢力への牽制材料となってしまったのは致し方ない。


同時に、既存の商会や組合の長は改めて思い知ったのだ。

時代は代わり、貴族は存在しない。誰もが平等で、一部の者が富を独占することが社会悪であることを。

社会に出て数年の、()()()()()()()()()()()()()()()()()が次々と繰り出す、訴訟という法的手段に、ことごとく負けるという事実によって。


既存の商会や組合の長のほとんどが丁稚からの成り上がりだった。伝統的手法を踏襲することに長けてはいても、そこに固執し、時勢を見誤った。


奇しくもマリアの母がかつて娘に語りつづけた『学こそ力』という言葉が、まさに物を言った瞬間だった。


商取引を妨害した証拠が次々と明るみになり、絶対優位と思われた老舗の商会や組合が敗訴し、それなりの賠償金が命じられたことが広まると、社会の見る目も変わった。

無駄な訴訟を避け、マリア・グロスター商会にすり寄るものも出てきた。


そこでマリアが突きつけたのは、特許である。

マリアの手法はすでに細部まで特許が認められていた。真似をするなら使用料を払え、そう告げたのだ。

言われた相手が唖然としたのは、言うまでもない。


それまでの商いで通用した袖の下が通じない――彼らは慌てて特許とは、使用料とはなんぞや、と調べ回った。

そうしてようやく自分達の既存の商いが、他人のアイディアや権利を搾取していたことに気づいたときには、子飼いの職人、商人と信じて疑わなかった者から集団で訴訟を起こされ、敗訴するのだった。

その裏に、マリア・グロスター商会が相談役として控えていたことは、想像に難くないだろう。




発足当初は、各地でダブついていた資材や燃料などを効率よく中央に送る大口顧客の仕事が多かったが、その方面の仕事も落ち着き、そろそろ新しい仕事を手掛ける時期がきた。

様々検討した結果、やはり自分達のお家芸である、地方から中央に新商品を発信することにした。


それが、地方の小規模ながらも優れた商品を作る事業者を首都に招き、期間限定で販売する見本市だ。


見本市終了後は、マリア・グロスター商会が代理人となり、各事業者の発注を引き受ける。事業者は注文を受けたら商品を梱包し、各地のマリア・グロスター商会の支店や協力店に持ちこめば、運送は商会の定期便に乗せるだけ。後は諸経費と手数料を除いた代金が振り込まれるのを待つだけでよい。


地方でくすぶっていた事業者には、思ってもいない好条件での取引だ。


エルネストが頑張って宣伝を続けたこともあり、見本市の参加者は、予定数をあっという間に上回って、早々に申し込みを締めきらざるをえないほどだった。


「問題は、当日の会場設営の時間が読めないことよね。思いきって前日の夜から始めたいけど、場所が広場と人が普通に行き交う道路ですもの。前日から貸しきるのは無理よね?」

「参加者が増えた分、時間がどうしても足りないわね」

「とりあえず、市長に掛け合ってみるか……どうしても無理なら、人手を増やすしかないなあ。どちらにしても、経費が重むな」

「それは仕方ないわね。この見本市は新しい仕事の宣伝も兼ねているから、失敗やみっともないところは見せられないわ。エルネスト、早速市長に連絡をとってみて」

「わかった」

「キーラは参加事業者の宿泊所の確認をお願い。なるべく近場で押さえたいの。まだ決まっていない相手からの条件は、随時報告で」

「わかったわ。午後から全て確認して、報告する」


マリアは計画書を次々にめくり、各担当の責任者に疑問点の確認をした。一通りの説明を受け、最後に当日の配置図を手にした。


「……会場の配置はこれでいいわね。纏まりがあって、目的の商品が探しやすくていいと思う。これから私は警察署に行って当日の警備の依頼をするのと、魔道具工房に通信機の発注に行くわ」

「発注なんて、それこそうちの通信機でできるじゃないか」

「そうなんだけどね、少し歩きたい気分なのよ」


エルネストのもっともな言葉に、マリアは曖昧に微笑むのだった。








今回は15日に更新予定だった分です。


隔週水曜に更新。次回は3月29日に更新予定です。

こちらはゆっくりペースです。

それでもお付き合いいただける方、よろしくお願いします。


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