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かつて恋人だった私たち  作者: 橘霧子
3/11

3.


マリアの断固とした拒否の言葉に、食卓は静まり返った。

使用人たちは顔を強ばらせて、成り行きを見守っている。

普段、滅多に言い返さないマリアが、いかにも女主人然とした態度で胸を張り、まっすぐ自分を睨み付けている――ヘンリーは面白くなさそうに顔をしかめた。


大柄のヘンリーに対して、マリアは平均的な女性の体格をしている。昔からインドア派で、特に体を鍛えたこともない、平凡な女性だ。それこそ、ヘンリーならば力で簡単にねじ伏せられるような。

それがどうしたことか。

その力強い眼差しに、気圧されたのはヘンリーの方だ。

いつもとは何かが違う。

そう彼の第六感が伝えていた。


「あなたのお客様としてなら、こちらも譲歩しましょう。ですが、家族として受け入れろと言われても、絶対にお断りです。ここは私の家ですもの」


そこで言葉を切り、マリアはアレックスに目を向けた。

何も知らないであろう少年が、大人たちの争い事に巻き込まれ、顔色を失って居心地悪そうに座っていた。


――かわいそうに。できれば子供の前で、こんな話をすべきではないけれど。


いつも深く考えずに行動するヘンリーのことだ。大方、愛人に事情があって住まいを失い、頼られていい気になったに違いない。こちらが拒否するとは思いもせずに、軽い気持ちで連れてきたのだろう。

たが、おあいにく様。

こういうことは初めが肝心、と姿勢を正す。

マリアには、一切受け入れるつもりなどないのだった。


「ちょっと、ヘンリー……」

「あ、ああ……分かっている。黙っていろ」


オパールに体がふれあうほどすりよられ、気持ちを持ち直したらしい。ヘンリーは意気揚々と反撃を開始した。


「お前はこの家を自分の家だと言ったな? だが、この家は()()()()()()。つまり、ヘンリー・グロスターの家。家主が家のことを決めるのは当然だ。家主の権限でこの二人を家族として受け入れろ」

「それこそおかしな話だわ」


マリアはくすり、と笑った。


「この家は()()両親が、()()結婚祝いで買ってくれたもの。名義は私だし、維持費もずっと私が支払ってきたわ。私が出産や育児で仕事を休まざるを得ない間も、私の貯金と実家の援助でやってきたの。あなたの稼ぎなど、この家には銅貨一枚たりとも使ってはいないのよ」

「しかし、結婚後の財産には夫婦に同等の権利が」

「それは法改正前の解釈ね」

「ほう、かい、せい……?」


何を言っているのか理解できない、とばかりに呆然としたヘンリーに、マリアは笑みさえ浮かべて静かに伝えた。


「結婚してしばらくして、婚姻後の夫婦の財産に関する法律が改正されたの。手続きすれば、結婚後にそれぞれが得た財産は共有財産から外して個人のものに出来るのよ。もちろん、正当な理由が認められる場合だけど。私はあなたと同様に独立した経営者だから、この法を利用して、私の収入で得た全ての財産をあなたと分離してあるわ」

「何だって!!」

「それに……そもそもこの家は()()()()()()()()、私が両親に買ってもらったものだから。法改正なんて関係なく、あなたに権利はないのよ」

「いや、しかし……この家は二人のものだ、とあの時言っていたじゃないか」

「あの時……? もしかして、この家の売買契約が完了した時のことかしら?」

「そうだ!! あの時、お前の親父がそう言ったのを覚えているぞ!!」


息巻くヘンリーにマリアはほとほと呆れ、困ったように右頬に手をあてると、軽く溜め息をついた。


「それは言うでしょう? 結婚祝いで買った家なのに、『この家はかわいい娘のために買った。娘名義の家に、お前をついでに住まわせてやる』なんて言う親はいないでしょう。悪いけど、私の両親は非常識な人間じゃないのよ。娘の応援はしても、足を引っ張るようなことはしないわ」


書類の確認もせずに、そんな社交辞令を真に受けていたのか。

どこの世界に、娘の婚約者という赤の他人に、すすんで財産を分ける親がいるというのか――考えずとも解るだろうに。

この家に関する手続きや義務を一切こなしていないくせに、なぜ所有権があると思えるのだろう。

考えが浅いヘンリーらしいと言えば、らしいのだが。

普段から事務仕事を面倒がって人に押し付けているから、こんな下らないことで恥をかくのだ。


淡々と言葉を並べるマリアの前で、当てが外れた様子のヘンリーは、顔を青くしたり、赤くしたりと、動揺を隠せずにいた。


「私の言い分は言いました。これ以上は子供の前ですべきではないわ」


ヘンリーにすがりながら睨み付けてくるオパールに告げると、マリアはアレックスの横に屈み、同じ高さの目線でにっこり微笑んだ。


「ごめんなさいね。怖かったでしょう? 今のは大人の話だから、あなたは気にしなくていいわ」


テーブルの下で強く握りしめられた拳に手を重ねる。


「できるだけ悪いようにはしないから、安心して」

「……うん」

「私は、あなたとあなたのママがどうしてこの家に来たのか、理由を知らないの。これから、そういった大事な話をしなきゃいけないのは、わかる?」


頷くアレックスにマリアも頷いて、立ち上がった。


「お出掛けになるなら、どうぞ。お客様のこれからのことは、夜にでもお話しましょう。そのほうがよろしいでしょう?」


否とは言わせない。

その気持ちが伝わったのか、ヘンリーは追いたてるように二人を急かし、家を出ていったのだった。



◆◆◆



「まさか、あの人が、この家の主のつもりだったなんてね……ふふ」

「奥様、大変ご立派でございました」


思わず笑いがこぼれて、止まらない。

そんなマリアに、チャールズは恭しく頭を下げた。


()()()()を牽制しつつ、子供に配慮なさるお姿、敬服致しました」

「わたくしたちもです!」

「あらやだ、どうしたの急にかしこまっちゃって。いやぁねぇ。褒めたって、あめ玉くらいしかあげられないわよ?」


チャールズに続いて頭を下げる使用人たちに、マリアはヘラヘラと笑ってボケットを探る真似をした。


「それは残念でございます」


二人のメイドは楽しそうに笑って返した。


マリアの二人の子供が小さかった頃、ご褒美はいつもあめ玉だった。

そのため、マリアはいつも洋服のポケットやポーチにはあめ玉を入れていた。

子供たちも大きくなり、今はそんなことはしていないが、こうして時々冗談にしている。

当時の慌ただしさや気苦労を共に経験してきた者だから通じる、温かな笑いだ。


メイドたちは微笑みながら食卓の片付けを始め、マリアとチャールズは今後の対策を話し合った。

それから予定どおりに仕事に向かったのだった。





隔週水曜に更新。(予定)

次回は二週間後の3月1日です。

こちらはゆっくりペースです。

それでもお付き合いいただける方、よろしくお願いします。


本来なら先週に更新すべき分を、今週投稿しました。

理由は多忙、体調不良(本人&家族)などでした。

今後も遅れることは多々あると思いますが、必ず水曜日に投稿しますので、よろしくお願いします。


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