彼女は喧嘩する
テレーズ、禁句を言う。
「ボーモン様のバカー!」
それは些細なことだった。テレーズとデートの約束をしていたボーモンだったが、急用が出来てしまいどうしてもデートできなくなってしまったのだ。テレーズも頭では仕方のないことだとわかっているが、どうしても納得できない。出掛けようとするボーモンの前で盛大にぐずる。テレーズに甘いボーモンには怒ることも出来ず、時間までまだあるためテレーズの不満を聞いてきていた。
それが間違いだった。
「ボーモン様なんか大っ嫌い!」
それは子供の反抗で、決して重い意味など無いし間違っても本心では無い。しかし、ボーモンには大ダメージが入った。使用人たちもハラハラと見守っていた。
「て、テレーズ……」
ふんっと、顔を逸らしたテレーズにボーモンはまたも傷ついた。その後も仲直りには至らず、ボーモンが出かけなければならない時間になってしまう。
ボーモンはもう限界だった。
「だ、旦那様!?」
ふらふらとした足取りで歩き、壁にガンガンとぶつかっていく。まるで漫画のような落ち込み様である。さらに、普段ならなるべく吐かないようにしている深いため息を吐き出す。これには使用人たちはもちろん、臍を曲げていたテレーズでさえ心配した。
「あの、ボーモン様……?」
「テレーズ……!許してくれるのか!?」
ボーモンのあまりの様子に声をかけたテレーズに、ボーモンはパッと笑顔になる。テレーズは実のところまだ不満には思っていたが、あのボーモンがここまで落ち込んだならもういいかと諦めた。
「はい。大人気ないこと言ってごめんなさい」
テレーズは素直に謝った。ボーモンは破顔する。
「いや、約束を守れなかったのはこちらだ。後日必ず埋め合わせをする。ごめんな」
今度こそしっかりとした足取りで歩くボーモン。使用人たちはホッとした。テレーズもボーモン様が治って良かったと胸を撫で下ろす。
「では、行ってくる。お土産を買ってくるから、良い子で待っていてくれ」
「はい、ボーモン様もお気をつけて!」
手を振って見送ってくれるテレーズに一転ご機嫌になったボーモンは、気合で用事を早く済ませてテレーズの好きそうなケーキをたくさん買って帰り、奥様がこんなにたくさん一度に食べられるわけがないだろうとシリルから叱られた。テレーズ本人は無邪気に喜んでいたので、使用人から叱られたというのにボーモンは機嫌を損ねることはなかった。
ちなみに、ボーモンが出掛けている間テレーズの方も専属メイドのマルカからコンコンと説教を受けていた。
「喧嘩をするなとは言いませんが、旦那様に対して〝嫌い〟は今後禁句です!」
「……ごめんなさい」
嫌いと言われてポンコツになったボーモンを見てしまっただけに、テレーズも重く受け止め〝嫌い〟はボーモンに対しては禁句となった。
ボーモン、テレーズに関してはポンコツにもなる。