彼女はシェフを褒めちぎる
テレーズ、美味しい料理に舌鼓をうつ
「んー!今日も朝食が美味しいー!」
「そうか?こんなものだろう。君は公爵家でこれ以上のものを食べて育ったんじゃないのか」
「むー。それはたしかにそうなんですけど、でも美味しいんですもん!きっと、職員さん……えっと、コックさん?シェフさん?が頑張ってくれてるおかげですね!」
「……ああ、それはたしかに」
「感謝は忘れちゃダメですよ、ボーモン様!」
噂に名高い悪女に叱られるボーモンは、しかし幼子が精一杯背伸びしてお姉さんぶってるようにしか見えずなんだか妙に癒された。
「……ふ」
「あ、鼻で笑ったー!」
ボーモンに笑われてテレーズはぷんぷんと怒る。
「ああ、いや、すまない。君が正しいよ。シェフに感謝しなければな」
「そうですよね!シェフさーん!ありがとうございます!」
そっと控えていたシェフに手を振るテレーズ。シェフはあまりにも可愛らしいその光景に釘付けになった。
「名前はなんと言ったか」
「シリルでございます」
「シリル、普段から美味しい食事を用意してくれてありがとう。心から感謝する」
現当主からの初めてのお褒めの言葉。それだけでも感激に胸が震えるのに、それを引き出してくださった奥様はニコニコと笑顔で食事を頬張る。
笑顔で美味しい美味しいと食事をしてもらえること。この喜びは、シリルにとってなによりもの幸福であった。
「ボーモン様、今日こそは一緒に三時のおやつを食べましょうね!」
「わかったわかった。今日のおやつはなんだ?」
「フルーツタルトをご用意致します」
「フルーツタルト!?わーい、大好きー!」
「君は少し落ち着きを持ちなさい」
ボーモンははしゃぐテレーズを窘めるものの、その表情は非常に穏やかだった。シリルは思う。奥様はきっと、この屋敷の在り方を根幹から揺るがすお方なのだ、と。
「ところでシリルさん、あとでつまみ食いしに行ってもいい?」
「もちろんでございます」
「いいの!?」
「こら。食べ過ぎは身体によくないぞ。おやつの時間まで我慢しなさい」
「はーい」
なんだかんだでテレーズを気にかけるボーモンに他の使用人たちも自然と笑顔になっていた。今まで、侯爵邸は自分にも他人にも厳しいストイックな旦那様がお一人で管理していたため、自然と緊張感の抜けない環境だったのだが、それが嘘のようである。シリルはまるで我が事のように、そんな空気をぶち壊したテレーズを誇らしく思った。
ボーモンもテレーズに感化されて雰囲気が柔らかくなっております