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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

田舎っ子男爵令嬢シリーズ

真実の愛!? そんなのは相手を知ってから言えってんだ! 〜(元)田舎っ子男爵令嬢、バカ息子を矯正す〜

 それは、貴族たちの集う夜会でのことだった。

 賑やかなダンスパーティーの中、その声は突然に響いたのである。


「侯爵令嬢、お前と踊ることはもうない! 今日をもってお前との婚約を破棄し、この娘を私の婚約者とする!」


 直後、この場にいた全員がシーンとなる。

 ……おっ、また何か面白いことが始まるぞ。これがこの場にいたほとんどの者が抱いた感想である。

 そしてそれは何も間違っていないのだった。


「わたくしが何かしたかしら?」


 不思議、というような顔をして首を傾げる侯爵令嬢。

 先ほどの宣言をした人物――公爵令息に指を差されているのに少しも動じていなかった。


 一方で、この騒動を始めた張本人は叫ぶ。


「お前はそういうところが可愛くない。もっと女らしく怯え、震えるのが道理だろう」


「女らしさ、というのを求めるのは時代に合っていないわ」


「うるさい! とにかくお前を愛することはできない。わかったな?」


 公爵令息が抱き寄せるのは、一人の少女だった。

 尖った印象の侯爵令嬢に対し、小動物のような可愛らしさがある。その少女はニタァっと笑った。


「……あなたは、アタシを選んだのよね?」


「ああ、そうだよ。今日は婚約記念に、二人で踊ろう」


 浮かれる男、甘える女。

 そのまま男はゆっくりと少女に唇を近づける。しかし――。


「ほんっと呆れた。母親の顔もわかんねえのかよ、このバカ息子めが!」


 女の怒声と共に公爵令息は唇を思いっ切り噛み千切られ、甲高い悲鳴を上げていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 その少女――否、女は悶える公爵令息を見下ろす。

 彼女の目は怒りに煮えたぎっていた。マジギレしている。


「あのなぁ。惚れた女の顔と母親の顔の見分けもつかねえってどんだけだよバーカ。アンタは父親似で頭悪いとは思ってたけど、さすがにここまで重症だとはな」


 その女の声を、夜会に出席していた者たちは覚えていた。

 かつてこの国の王子が婚約破棄騒動とやらを起こした時、ブチ切れて王子をボコったことで有名な、平民上がりの少女――訳あって今は公爵夫人となった、元田舎っ子男爵令嬢であると。


 彼女は現在、三十五に差し迫ろうという年頃だ。しかし少し化粧を施しているだけで、誰も彼女とは気づかなかった。それだけ彼女は愛らしい。


 しかしそんな容姿には見合わぬ迫力で、彼女は息子であるところの公爵令息を怒鳴りつけていた。


「このバカ息子! こんな公衆の面前で婚約破棄だぁ!? 頭イカれてんじゃねえのか!」


 実の母親からキチガイ呼ばわりされた公爵令息はたまったものではない。痛む口を押さえ、必死で何かを言おうとしている。


「あぁ、聞こえねえよ! 何か言う時ははっきり言えってんだ!」


「……母ふえ、はの娘あ?」


 母上あの娘は? と言っているつもりらしいがまともに喋れていない。

 先ほどの衝撃はそれだけに激しかったらしかった。


「あー、あいつか。あいつは今から連れて来てやんよ。ちょっと待ってな」


 彼女は「ふん」と鼻を鳴らしたかと思えば、風のように走り出す。

 そしてどこかへ消えたかと思えば一人の少女を引っ立てて来た。


 それは公爵夫人によく似た少女だった。

 ――否、似せているのは公爵夫人の方であろう。メイクなどで変装したに違いなかった。そのモデルであるところの本来の少女は、ひどく怯えてブルブル震えている。


「は! だ、大丈夫だったか!」


 跳ね起きた公爵令息。彼はすぐさま少女の元へ行き、抱き寄せようとする。

 しかしそんな彼の横っ面には、公爵夫人の回し蹴りが見事にヒットしていた。


「ぶふぉっ」


 変な声を上げて吹っ飛んでいく公爵令息。

 しかし夫人は構うことなく、彼に問いかけた。


「こいつがアンタの愛人で間違いねえみたいだな? ……バカ息子、なんで婚約破棄したか、理由でも何でも言って見たらどうだ」


「あ……それは、あの。私とその娘は、その、真実の愛を見つけたんだ。私は政略結婚は嫌なんだ。愛していない女と結婚などできない。私たちは真実の愛で結ばれ……」


 やっと少しは喋ることができるようになった公爵令息。

 しかし彼の言葉は途中で遮られる。


「――真実の愛!? そんなのは相手を知ってから言えってんだ!」


 公爵夫人の咆哮。

 彼女の横に立たされていた少女はおろか、公爵令息までがブルっと震える。一方で会場の人間たちは愉快そうにそれを見ていた。


 彼らは公爵夫人――田舎っ子男爵令嬢がこれからどんな『舞台』を見せてくれるのか、楽しみでならないのだ。

 そして彼女はその期待に応えた。


「バカ息子。アンタはさっきからこいつのことを『娘』って言ってるけど、こいつ、娘じゃねえからな?」


「――へ?」


「へ、じゃねえよ! じゃあその節穴の目で見てみろってんだ」


 そう言いながら公爵夫人は、震える少女を引っ掴み、彼女が着ていたドレスを勢いよくずり下ろしたのである。

 「ひぃっ」少女が悲鳴を上げる。なんという暴挙、しかしそれを止められる者は誰もいなかった。


 もちろんのこと、彼女のむき出しになった上半身には、決して晒してはならないそれが揺れているはずだった。だが――。


 二つのカップがポトリと音を立てて落ちる。

 顕になったお胸には、しかし、あるべき物がなかったのだ。


「い、いやぁ――!」


「確かアンタ、聖女だっけか。お国を守るために聖なる力を持って生まれた娘……だっけか? なんでそんなんが『男』なんだ?」


 これにはさすがに参加者たちも驚いた。

 聖女として平民の中から引き上げられた少女。彼女……いや彼が聖女でないとすると、大問題になるのだが。


 もちろんこれに一番驚愕していたのは公爵令息だった。


 『真実の愛』と言って聖女に惚れ込んでいた彼が、聖女の本性を知った瞬間である。


「同じ男でも真実の愛とか言えるんだったらアタシは止めねえけども、それでいいんだな?」


「い、いや、ちょっと待ってくれ! 君、本当に男なのか!? 私を騙していたのか!?」


「ひぃ――っ。すみませんでしたすみませんでしたすみませんでした。ボク男ですお金が欲しくて騙しましたすみません」


 聖女だった少年が崩れ落ち、泣き出してしまう。

 彼はすぐに兵士たちに引っ立てられていった。



「さて、これのどこが真実の愛だったんだろーな?」


 公爵夫人は鬼のような笑みを浮かべていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「こんな公衆の面前で婚約破棄なんて抜かしやがって。しかも真実の愛だ!? ふざけてんじゃねえっての! ったく」


 ――公爵令息が泡を吹いたので急遽夜会から退席し、しばらく「田舎っ子男爵令嬢万歳!」などと大はしゃぎをしていた貴族どもが少し落ち着いた後のこと。

 公爵夫人は一人、そう悪態を吐いていた。


「ほんとうちのバカ息子。せっかく真心込めて選んでやった婚約者を簡単に切り捨てようだなんておふざけも大概にしろってんだ」


 実は今回のことは事前から知らされていた。

 侯爵令嬢が、最近なんだか公爵令息の様子がおかしいと夫人に相談していたのだ。そして彼女はそれを聞いて、ブチ切れた。


 そして公爵令息をとっちめるため、侯爵令嬢と二人がかりであらかじめ準備しておいたのである。準備はしていたのだが、まさか本当にこんな大勢のいるところで破棄するとは……なんとも無謀なことだった。

 彼女らの立てた作戦は、公爵令息の愛とやらを確かめるためのものだった。しかし結果はと言えば、母親が惚れた相手に化けていても気づかず、しかも相手の素性も知らなかったという始末であった。


 ざまぁ見ろ、だ。


「さすが、元田舎っ子男爵令嬢様よね。とっても軽快でした」


「当然だろうが。自分のバカ息子をぶっ叩かない母親がどこにいるよ?」


 ちなみに、彼女が今までぶっ叩いて来たのはバカ息子だけではないのだが。

 侯爵令嬢はくすくすと笑う。今回の夜会はなかなかの見ものだったわ、なんて思いながら。


「後の始末はわたくしがしておきます。義母様は、彼の方をお願いしますね」


「じゃ、バカ息子をもうちっと矯正してくるか」


 少女の化粧を落とした公爵夫人は、楽しげな笑顔で夜会を後にした。

 ……この後、気絶していた公爵令息を叩き起こし、愛の拳でバカの矯正作業を行ったのは誰にも内緒の話である。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 公爵令息は深く反省をし、というか無理矢理させられ、無事に侯爵令嬢と結婚することになった。

 普段は穏便だった母親の本性を知った彼はあれから二度とやらかさなかったのだとか。


 余談であるが、あの偽聖女の少年は結局、罰として公爵家で働くことになった。

 意外とよく働く下僕となって公爵家を支えてくれているので、夫人的には満足である。



「はぁ。……政略結婚であろうがなかろうが愛ってのは、まず相手を見極めてから始まるってもんなのに、あのバカ息子、わかっちゃいねえよな」


「でも良かったじゃないか。侯爵令嬢ともそこそこは上手くやってるんだろう?」


「あぁ、多分な。今度浮気したらアタシがぶっ殺す」


 ……恐らくもうそんなことはないとは思うが。

「君は本当に世話焼きだね」夫である公爵は、少し微笑ましい思いで妻を見た。


「当たり前だろ? ほっとけるかっての」


 非常識に見えて、意外と公爵夫人は優しいのである。

 結婚する前の男爵令嬢時代には様々なトラブルを解決していたし、さらにその前の平民時代は村の子供たちをまとめる女ガキ大将だった。実は結構慕われるタイプだ。


「僕も君のそういうところが好きになったんだよね」


「……同じバカはバカでも相手をちゃんとわかってるアンタの方がよっぽどマシだな」


 夫人はそんなことを言いながら、夫にキスをしたのだった。

 これこそが真実の愛というものじゃないのだろうかと彼女は思うのである。

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 評価★★★★★欄の下、前日談へのリンクがあります。そちらもぜひどうぞ♪

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― 新着の感想 ―
[良い点] 真実の愛が男の娘www しかも母親が変装しても気が付かないwww これは普通の人なら本気で自分の女を見る目が欠けらも無いことを理解せざるを得ないですねwww やらかす人は次こそは、とさらに…
[一言] >聖女の本性を知った瞬間である 本性というか本当の「性」というか・・・
[一言] 今回も楽しく読ませていただきました(^^)まさかの男の娘に引っかかる息子には矯正が入りましたね。お年をとっても姉御にはもっと活躍していただきたいですw
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