第12話 未来は僕らの手の中
第12話です。
では、どうぞ。
僕はタダシくんに付いて行き、タダシくんの家族が住む住居スペースに移動した。
僕の家の倍の広さのリビングに行くと、カウンターの片隅に置かれたPCを操作しスマホともにらめっこしている竹内さんの後ろ姿があった。
リビングのダイニングテーブルには椅子が4つあり、そのうちの2つが後ろに引かれ誰かが使っていた形跡が残っていて、椅子の座面の上にはこんもりと砂山があり、椅子からこぼれた砂が床にも山を作っていた。
タダシくんのお父さんとお母さんだった砂だろう。
傍らのタダシくんは、ダイニングテーブルにちらっと眼をやったけど、すぐに視線を竹内さんに向けた。
僕らが医院に入る前、少し時間がかかったのは、タダシくんがこの光景と対面したからだろう。
今はもう、自分のその感情に鍵をかけたのか、努めて冷静に振る舞おうとしている。
「竹内さん、何かわかりましたか」
タダシくんが竹内さんにたずねる。
竹内さんはタダシくんがたずねてもしばらく無言でマウスを操作していた。
やがてマウスを操作する手が止まると、「TVつけてみて」と言った。
タダシくんがリビングのTVをつける。
映し出されたのは、僕が朝見たのと一緒で無人の情報番組のスタジオ。画面の時刻は8:12。
僕は朝見てその異様さに驚いて知っていたけど、タダシくんはここまでTVを点けていなかったこともあって、初めて目にするその異様な光景に目を見張った。
「6チャンネルにして」
竹内さんがTVに背を向けスマホを見たまま、そう声を出す。
タダシくんはしばらく茫然としていたけど、ハッと気づいて選局ボタンで6を選ぶ。
6チャンネルの情報番組のスタジオも他と変わらず無人のスタジオが映っているだけだ。
「たわしは? アイツ何にも知らなかったみたいじゃん、呼んできて」
竹内さんに言われ、僕はオグちゃんを呼びに駐車場へ行った。
オグちゃんはまだショックから立ち直り切ってはいなかったみたいで駐車場に大の字になって寝転んでいた。
僕が近づくのが足音でわかったようで、オグちゃんはむくっと上半身を起こした。
「翔太か……ごめん、迷惑かけたな」
「いや、いいってオグちゃん。いっつも僕の方が迷惑かけてるんだし気にしないでよ。タダシくんもオグちゃんと仲直りするつもりあるみたいだし」
「そうか。……情けねえなあ、俺」
「気にすることないよ、知らなかったんだから……それに、いきなり見つけちゃったら驚くよ……そうしたら、ないと君たちを助けられたかもわかんないからさ……
ところで、竹内さんが呼んでるんだ。何か調べてたらしいんだけど」
「……そっか。じゃあ行くか。何もわからなけりゃ、どうしていいかわからないもんな」
そう言ってオグちゃんは立ち上がった。
僕とオグちゃんがリビングに行くと、竹内さんもPCの前の椅子に座りながらTVの方に向いていた。タダシくんは最初の立ち位置と変わらずにいる。
オグちゃんは最初ダイニングテーブルの椅子と床に積もった砂を見て表情が引きつった。
「タダシ、お前……」
タダシくんに何か言いかけてからTVに映る無人のスタジオを目の当たりにして、その異様さに目を見張った。
オグちゃんにとっては、タダシくんの言っていたことが事実として見える形で2つ、目の前にまざまざと見せつけられたのだ。
「……アタシがSNSで調べた限り、ほとんど日本中でこの異変は起こってる」
ボソッと竹内さんが独り言のように話し始める。
僕たちは話し出した竹内さんの方を向く。
竹内さんの表情は、可愛い顔なのに表情は能面が張り付いたように動かない。わずかに開いた口から、声が漏れ出て来るような話し方をしていた。
「アタシのフォロワーは反応なかったし、タイムラインも動かなかったからハッシュタグ検索してみたんだ。『#砂』とか『#異変』とか、とにかく思いつく限りのやつで。
インスタ、LINE、TikTok、Twitter。そしたら、家や町の異様な様子を上げてるアカウントがけっこう見つかった。とにかく全部フォローした。目に付く奴は片っ端から。
自分の所在地をプロフに上げてるアカウントは少なかったけど、DM送りまくって所在地確認した。
北は北海道から南は沖縄まで。
だいたい朝目が覚めたら家に砂がぶちまけられて家族がいないとか、警察かけても出ないとか、火事なのに消防がつながらないとか。
でも東京とか大阪とかだと、外に出て街の様子を上げてるアカウントもあった。
砂山が沢山の駅とかコンビニとか」
僕たちは、誰も口を開かずに竹内さんの話に耳を傾ける。
「全国各地の生きてるアカウントは、今のところ全員高校生以下の年齢。っていうか、高校生でも2年、3年はいなくて今年入学した1年生ばかり……アタシの学校クラスのLINEグループも異変の直後は反応が全然返ってきてなかったけど、7時過ぎてから何人かから返って来たんだ……だいたいみんな起きたら家族が居なくなったとかテンパってた。
それで、アタシのクラスの残ったメンツは、みんな『早生まれ』なんだ。アタシもそう、誕生日が2月14日。誕生日が12月以前のクラスメイトは誰も反応してない……」
「つまり、竹内さんの生まれた年より上の年齢の人は……砂になったって考えられるのか……」
タダシくんがそう呟く。
「大人はみんな……砂になっちゃったってこと……?」
「嘘、だろ……そんな……」
僕達は、あまりにもあり得ない話すぎて、それ以上は何も言えなかった。
考えが、追いつかないんだ。
だって、昨日までは大人たちは普通にみんな生活していた。
今朝だって、まだ普通の1日の始まりのはずだったんだ。
それが、ある時間を境にみんな砂になって消えてしまったなんて……
しかも、残っているのが15歳以下の子供だけだなんて、そんなことが……
「おはよーございまーす! 今日の『サッパリ!』はじめまーす!」
突然TVからぼやけた音声が聞こえたので、僕達はTVに目を向けた。
画面の情報番組のスタジオに、ブレザーを着崩した茶髪の男の子が映っている。
どう見ても出演者ではない。
ピンマイクを付けている訳ではないので、スタジオマイクが拾う声だから、小さくぼやけた音だ。
彼は持っていたスマホを操作し、音楽を流し始めた。
ドンタタドドタタドドタタドン『Dah――』
ギャーン・ギャーン・ギャギャギャギャーン
「ブルーハーツだ」
オグちゃんがボソリと言う。
オグちゃんの年の離れたお兄さんは、けっこう昔のバンドの音楽を聞いていたみたいで、オグちゃんも影響されて知っている。
「全国のみんな、知っての通り大人はみんな砂になっちゃいました~!」
音楽をバックに画面の男の子は、画角の外の床に落ちている砂をにぎってスタジオ内にまき散らした。
「俺達を抑えつける大人はみ~んな、砂、砂、砂です! ここに来るまでに駅でも道路でもみ~んな砂になってました!
この砂はミトちゃんだったんでしょ~か? ん~、ちょっぴり残念!」
そう言いながら、彼はまた床の砂をつかみ、カメラに投げつける。
そしてポケットからたくさんのお札を取り出して見せびらかす。
「お金もいただき放題で~す! 大金持ち! でも! 使い道ありませ~ん!」
お札をビリビリに破き、空中にまき散らかす。
「昨日までの社会は無くなりました! 全国のみんな、未来は俺らの手のなかで~す!」
最後のセリフを曲とシンクロさせて決めた彼のドヤ顔が画面に近づき、画面が真っ暗になった。
「もういい、消して」
竹内さんがボソッと言った。
第12話でした。
第13話は明日投下できそうです。