青い絵ハガキ
海を見に行くんだ。
街路樹が帯になって流れていく。熱に揺らめくアスファルトを蹴って、原付がフルスロットルで加速する。
全身を押しかえすように重くなった風は、しかしすぐに消え失せた。先の交差点の信号が変わったからだ。ほんの数秒とはいえ、法定速度を大きく超えてみたのは、これが初めてだ。
どこかに連れていってくれそうな、どこへでも行けそうな、そんな感覚だった。
昼までのバイトを終えて帰宅した僕は、郵便受けにハガキが届いているのを見つけた。青い絵ハガキだった。
差出人には僕の数少ない友人の名が記してあった。ラフな挨拶と旅の近況が書いてあった。彼は今、ヨーロッパを放浪旅行中の身である。旅先からの便りというわけで、青色の写真は異国の空と海だった。
部屋に戻った僕は、ベッドに倒れるように寝転がる。そこから見える窓の向こうに青空が広がっている。海は、見えるわけがない。
「オレも行きたいなー……とか言うたりしてな」
口の中でそう呟いた。ここではない空の下、遠い海に辿り着いた友に対して無性に、悔しさに似た感情がこみ上げてくる。
『あのさ、テレビで貧乏旅行とかやってるやん。あれ、やってみいひん?』
一年ほど前、旅に誘われていた。しかし、いまいちピンとこなかったのだ。
しばらくして、あいつはバイトに精を出しはじめた。僕も別のバイトを見つけてはいたけど、小遣い稼ぎ程度で満足していた。それからも何度か誘われたが、やはり僕は乗り気じゃなかった。ハッキリと断りはしなかったけど、茶化したり、ふざけたりして話はうやむやになっていった。
僕は、優柔不断で臆病だ。見送るだけだった自分が恥ずかしかった。置いてけぼりを喰らったようで寂しかったし、無理にでも連れていって欲しかった。そして、そんなわがままを思う自分が情けなかった。
そしてまた、こうやって寝ころんでいて、いつも通りに時間が過ぎていくのかと思うと、もどかしさが胸に詰まって息が止まりそうだ。
窓の日差しに反射して、絵ハガキの青い鮮烈な光が僕の目に飛び込んでくる。
ほとんど衝動的に跳ね起きて、原付のキーを掴んで、僕は、玄関のドアへ向かった。
信号が変わる。今度は無理な加速はしない。ゆっくりと動き出す。
海へ行こう。それから、自分も何か旅みたいなことをしてみよう。たとえばこれで日本一周とか……?
小さなひらめきが大きくふくらんでいくのを感じながら、僕はアクセルグリップを少しずつ回していった。