第8話 召喚士マリー
私達は、オーウェン卿に頼んで、高出力の魔法の水晶玉で、エリザベスへの連絡を取り次いでもらう。
「あら、オーウェン卿? 何かありましたか? マリーの様子は?」
私が答えようとすると、勇者が唇に人差し指を当てて、シーっとする。
「へっへっへ元気ぃ? エリザベスちゃんよう」
ちょ、なんであんたが通話してるのよ!
意味がわからないんですけど、この勇者。
「……何者ですか……あなたは?」
日本語? そうか、エリザベスも転生者だった、おそらく私と同様、前世の記憶を持ってて、日本人だ。
「いいじゃねえか、俺が誰でも。君、エリザベスって言うんだろ? この世界ではヴィクトリー王国の、18歳の女王さんだっけ? 君、日本語話せるんだ? 迂闊だなあ、この俺様に身元がわかるような事、ポロって言っちゃうなんてよ」
何か、凄いタチの悪いいたずら電話みたい……。
この勇者は一体何を考えてるの?
「君の事は聞いたよ。なんか、宮中晩餐会でおめかししたのに、侍女以外だあれも褒めてくれなかったんだって? 可哀想になあ、くっくっく馬鹿じゃね? 黒騎士のエドワード君とは、よろしくやってんのかい? 人間と亜人のハーフだっけ? 彼ぇ? けっけっけ。もてねえ奴のひがみ根性は、男も女もみっともねえ話だぜ? なあ?」
うわ! 一番彼女が腹立つ事を平気で口にしてる。
この勇者性格が悪すぎるんですけど。
「あなた誰!? もしかして転生者!? マリーとはどんな関係が」
「いいじゃねえかよ、俺の素性なんかどーでも。それでよ、俺、オージーランドって島で、島民が可愛そうな目にあってんの見たわけよ。で、オリバー男爵って奴だっけ? 島の女の子やマリーって子を犯そうとしたわけよ、わかるか?」
「……何が言いたいんですか? あ、あなたは」
動揺してる。
あの鉄の女と呼ばれた、エリザベスが。
通話先で動揺してるのがわかる。
そして、勇者がみるみるうちに、怖い顔つきになってきた。
「でよ、偶然通りかかった俺が、やめるよう言ったんだけど、あの野郎らヴィクトリー王国兵だっけ? 襲って来たんだが? 近衛もあんたに忠誠誓ってるって言って襲ってきたから、さっき全滅させた。どうしてくれんだこの始末? てめえの国、俺に喧嘩売ってんだろ?」
いやいやいや、助けてくれたのは感謝するけど、一方的に彼らを殺戮しちゃって、騎士団を戦闘不能にした原因は、あなたですから!
「……そんな、王国領オージーランドが……マリー対策で万が一用意した、近衛騎士団の一個小隊が全滅なんて……それにこんな私の預かり知らぬ事で、そんな事言われても……」
「なんだとコラ? こんな事だとこの野郎! のらりくらり、かわそうとしやがって。てめえ俺と喧嘩してえならそう言えよ、なめてんのかゴラァ!!」
私は、声量をどんどん上げて通信先のエリザベスへ、がなり立てる勇者に、思わずビクッとする。
この勇者……なんて男……。
横で聞いてるけど怖すぎる……。
「違う、違います! いや、あなたこそ我がヴィクトリー王国と敵対するなら……」
「なんだこのアマ! 開き直りかボケコラ! てめえ女王だろ? この島の連中を、手足切られて泣いてる子供や、強姦されて泣いてる女を沢山生み出し、てめえの欲のためにこの島の連中奴隷にしやがって! それを救ったのは俺だ!! てめえはどんな大義名分で俺と喧嘩すんだ言ってみろゴラァ!!」
「そ、そんな! 私そんな事知らない!」
エリザベスも知らなかったんだ……この島の実態。
ていうかこの勇者、あのエリザベスに一切反論を許さず、テンポよく罵声を浴びせて主導権を握ろうとしてる……女子と男子の口喧嘩とかそういうレベルじゃない……怖すぎる。
「なんだコラ? シラ切る気かよ? 女子供や弱いもんイジメやがってクサレ外道ゴラァ! 女王のてめえが知らねえで済むかボケ! 今から王宮出向いて、事と返答次第じゃ、俺がてめえぶっ殺してやってもいいんだぞ!!」
うわぁ、殺害予告した。
こんな事、もし私が言われたら泣いちゃうって。
一応、エリザベスは鉄の女だって言われてるけど、知らない男からここまで言われたら……。
「……何を……あなたは何を考えてるの?」
「この島の連中を自由にしろ。そんでよ、交易結んでこいつらが作る作物へ、正当な対価を払え! 最低でもこの条件は呑んでもらう」
「……わかりました。その代わりに私も条件を……あなたは何者ですか?」
すごい、今の会話で植民地と奴隷解放しちゃった。
他国との外交で、一歩も引かないエリザベスが、この勇者の前ではただの女子になってる。
そしてこの勇者が何者なのか。
私も興味がある。
「てめえは知らねえかもしらんが、俺は世界救済に来た伝説の男だ、すげえだろ?」
「伝説の男……?」
「そう、まあそれも色々と種類があって、政治力長けてる奴や、軍事専門や、環境改善専門の奴や、魔物専門のハンターみたいなのや、悪党退治専門まで様々よ。で、俺は基本的になんでも出来る」
そうなんだ……。
勇者って色んな人がいるのね。
「あえて言うなら、俺の場合は、神がサジ投げた最悪の世界とか担当して、弱い奴らイジメて楽しんでやがる最低のワル共を挫く、殺し専門よ。そんな俺が、なんでこの世界に来たかわかるよな?」
「……」
うわぁ、自分で殺し専門とか言っちゃったこの人。
やっぱり、やばい勇者だった。
そして勇者は憤怒の形相で立ち上がる。
「なあ、マリーちゃん。君が住んでた王宮の場所どこよ?」
ボソリと勇者が呟くように、聞いて来た。
怖い、美形なだけに、怒るとすごい怖い顔になる、この人。
私は、怯えてエール騎士団に王宮の方向を尋ねると、コンパスで調べて方向を指し示したので、私は勇者に情報を伝える。
「……ありがとう。で? 俺がなんで来たかって聞いてんだが、答えろよ早く。こっちは、わかるよな? って聞いてんだが?」
エリザベスは、回答に詰まってる様子だった。
そりゃあそうだろう。
殺し屋宣言した伝説の男が、すごい怖い声のトーンで聞いてきてるんだから。
すると勇者は、手に白熱する光球を右手に具現化して、野球のピッチャーのように、腕を振りかぶり、足を上げて、美しいピッチングフォームを取る。
ま、まさか!
「わかるよな? って聞いてんだよオラァ! 閃光弾」
勇者が一瞬、褐色の化物の姿になると、光の光球が、王宮の方向へ光の速さで飛んで行き、水晶玉の向こうから、爆発音と悲鳴が聞こえてきた。
何これ、勇者というより、まるで魔王のような姿に……。
「きゃあああああああああ!」
水晶玉からエリザベスの悲鳴も聞こえる。
嘘でしょ、王宮を攻撃しちゃった……。
ヴィクトリー城へ、さっきの光の玉の魔法を投げ込んだんだ。
「オラァ! 俺をなめんじゃねえぞ! 俺がこの世界に来たのはなあ、調子に乗ってるワルぶっ潰す為だ! 女だからって俺は容赦しねえ!」
すると、水晶玉から、エリザベスのすすり泣く声がする……。
怖すぎる……ここまでやるか普通。
けど、ちょっといい気味だけど。
「マリーちゃん、最後に何か言ってやれ」
勇者がボソリと呟く。
うーん、何て言おうか……。
おそらく、鉄の女と呼ばれる彼女のメンタルは、今ボロボロだろう。
「あ、じゃあマリーちゃんこう言ってみ? この世界の言葉で、私はあなたの非道を許さない。絶対にあなたを王座から引きずり下ろして、復讐する……みたいな」
うわぁ、性格悪っ!
この勇者は本当に容赦がない。
けど、私が彼女に言いたかった言葉だ。
「エリザベス、いや私に罪を擦りつけた大逆人! 私はあなたを、この島に行った非道、絶対に許さない! あなたに復讐し、本来私が父に譲られるべきだった、王座を……返してもらうわ! そして私は、この召喚術でヴィクトリー王国を、世界を救って見せる!」
すると、向こうで机をバンバンと、狂ったように叩く音が聞こえてきた。
「マリー! 殺してやる! あんたなんか絶対私が殺してやるから! どんな事をしても必ず殺してやる! 伝説の男がなんだ! 今度こそあんたを殺してやるんだから!!」
エリザベスは、この世界の言葉でヒステリックに叫ぶ。
おそらく会話内容を、勇者に悟らせない為だ。
すると、勇者はニヤリと笑い、今のエリザベスのヒステリーを、わざとヨーク騎士団に聞かせると、勇者から神霊魔法の応急手当て受けた、オーウェン卿は特大のため息を吐いた。
「女王陛下……やはりあなたが、我らのジョージ陛下を暗殺し、マリー殿下に罪を擦りつけたのですね。我々の本来任務は、大逆人とされたマリー殿下をこの島で暗殺することでしたが……このオーウェン・クルス・ジョーンズ及び、ヨーク騎士団各位、あなたが大逆人である事を今、確信しました!」
「違う! 私は父を殺してなど!」
「言い訳御無用! もはやあなたには従えませぬ! ヨーク騎士団及び王国海兵隊は、マリー殿下の御味方につきます!」
「そんなあああああああ!」
ヨーク騎士団と王国海兵隊は、私にクレイモアとロングサーベルを掲げて、忠誠を誓った。
「マリーちゃん、今あいつ何て?」
勇者はニヤニヤしながら、私に聞いて来た。
「私を絶対に殺すと言ってました。あと伝説の男がなんだみたいな」
「ヘッヘッヘ、なんだとこのアマなめやがってコラ」
勇者はまた漆黒の6本腕の怪物の姿になって、光の球を、何度も何度も王宮の方に投げつけ始めた。
「何が女王だクソボケ! これくれえでナキ入れて、ヒス起こすガキじゃねえかゴラァ! ぶち殺すぞこのガキャァ!」
怖い……まるで、物語に出てくる魔王そのもの……騎士団も震え上がって勇者を見てるし、水晶玉からは、大音響の爆発音が何度も何度も鳴り響いて……。
「きゃああああああああ、やめてええええええ、光があああああああ、目がああああああ、耳があああああ! なんで、なんで私がこんな目に! もういやああああああ!」
あ、通信が切れて勇者の姿が元に戻った。
「チッ、今の状態だと数秒が限界か。大丈夫だよマリーちゃん、誰も死んでねえから。これは光と音の閃光弾だ。その気になれば、お前の命をいつでも取れるって脅しよ」
え、そうなの?
でも何人か今の爆発音で、心臓悪くして死にそうな老家老とかいそうだけど。
それよりも、さっきの姿……まるで魔王みたいだった。
「勇者さん、さっき勇者さんの姿が……」
「ああ、さっきの姿か? 太陽の光という概念が存在しない、可哀想な世界を救った男の力さ」
勇者はまるで、戦争時代の昔話をする老人のような顔つきで呟くように言った。
太陽の光が差さないような世界か……。
地球では考えられない過酷な世界を私は想像した。
この勇者、言動や性格は置いておいて、幾多の世界を救済に導いてきたのは、あの天界の天使が言う通り、間違い無さそう。
「それと俺の勘だが、この世界に俺が召喚されたのも、偶然じゃねえ。多分とんでもねえワルが活動してる……神連中も把握しきれてねえやべえワルがな」
「エリザベスの事ですか?」
彼女の名前を出すと、勇者は横に首を振る。
「いや、違うね。俺も結構な数を冥界送りにしてやったが、確かに転生者のワルは厄介だ。前世の情念持ってて、前世の記憶を悪用してワルさする奴が多い。だが……あのエリザベスとか言う女が全部描いた、絵図じゃあねえと思うぜ? あれの本質はただのガキだ」
王国最高の頭脳を持つエリザベスを、子供扱いとか……。
この勇者は、今までどんな悪を相手に戦ってきたんだろう?
「まあ、いずれわかるだろうよ。そいつ見つけ出して始末するまで、この世界で活動しようかな」
この人、始末するとか殺すとか物騒な事言ってるけど、こういう人でないと勇者は務まらないかもしれない……。
強大な悪に対して、たった一人でも立ち向かうような、強い信念めいたものを、この人に感じた。
「ところで、マリーちゃんは俺を元の世界に戻す方法とかわかる?」
あ……知らない。
召喚魔法は、ただ召喚するだけ。
元の世界に戻す方法なんてわからない。
「その顔じゃわからねえようだな。まあいいや、じゃあマリーちゃんにこれやるよ」
勇者は、左手の子指に着けてたプラチナの指輪を、なかなか抜けずに、舌打ちしながら指輪をねじり上げつつ、しかめ顔して外すと、私に手渡した。
「この指輪はよお、俺の知り合いが開発した、召喚システムってやつだ。任意の相手を、魔力使って呼び出せるようにしてる。俺が側にいれば、召喚されたやつは言うこと聞くはずだ。あと、紙とペン寄越してくれ」
私は、ヨーク騎士団に紙と筆を用意させる。
すると勇者は綺麗な漢字とひらがなカタカナで、勇者の加護で召喚に応じるだろう、召喚獣の名前を書き出した。
炎のイフリート、風のシルフ、水のフューリー、土のタイタン、黒猫のケットシー、氷の賢者、天雷の用心棒、爆炎の竜帝、吸血真祖カミーラ、円卓の騎士団などなど。
えーと、なんかどっかで見た事や聞いた事ある召喚獣多いんですけど……。
「本来の俺専用に魔力量イジってるから、MPだっけ? かなり吸われるから気をつけてな。それとこの指輪で召喚された奴らは、一定時間で元の世界に戻る。そういうふうになってる」
すごい、私……ゲームに出てくる召喚士になったみたい。
私は勇者に連れられて、浜辺まで移動する。
勇者から授けられた指輪を、親指につけて。
「試しになんか呼び出してみな」
よおし、じゃあ私が召喚するのは……。
「風のシルフ!」
指輪が光を放ち、私の召喚魔術と反応しながらMPが一気に消費され、光り輝く魔法陣と共に風のシルフが召喚された。
「お呼びでしょうか親父さん。それと君は……誰ですか?」
え、なんか緑の和服っぽい着物を着た、耳が尖ってて、金髪のすっごいイケメンの男の子が出てきたけど……。
年の頃は私と同い年か、少し下に見える。
背丈は175センチ位かな?
男の子なのに、すごい綺麗な顔して……。
あれだ、漫画やゲームで見た、エルフって言う種族だ。
「おう、ここはニュートピアって世界で、この子は俺の新しい女だから、簡単な挨拶しとけ。あとおめえの力が見てえって言うから、シルフ化しろ」
「はい、わかりました。姐さん、僕が挨拶代わりに、ちょっとした技を披露いたします」
ちょ!? 私、いつの間にあんたの女になったんですか!
違うっての、そんな気は……ないけど。
すると、呼び出されたイケメンエルフの背中に、蝶のような羽が生えて、背中に背負った弓を持ちながら空を高速で飛んで、目にも止まらぬ速さで、次々に弓矢を射る。
そして、私たちに風の魔法をかけると、私と勇者の素早さのステータスがグンとアップした。
矢は空で様々な軌跡を描き、超スピードで私と勇者の周囲に落下して……これは……すごい、私と勇者を囲むように、射った矢でハートマークを砂浜に作っちゃった。
「お、またおめえ弓の腕上がったな。他の奴らにも、召喚したら応じるよう、おめえから言っておけ。頼んだぜ」
「はい、わかりました」
あ、エルフのイケメンの子がどっかに消えたけど、すごいカッコよかった。
「とまあ、今みたいな感じで召喚すれば、奴らは力になってくれるはずだ」
「ありがとうございます」
私は勇者に頭を下げる。
やはりこの勇者、すごい人だ。
「いいって礼は。今のはマリーちゃんへの貸しだから、いつかは取り立てねえとなあ?」
うわぁ、今この勇者、私の胸を一瞬見てニヤって笑ったんですけど。
こうして私は、世界を救うために召喚士になった。
私の召喚魔術で変えてしまった、この世界を救うための召喚士に。
こうして召喚士としての主人公の物語がスタートします。