第65話 虹の飛龍 後編
デリンジャーは日が落ちて夜を迎えつつある、ホランドの王都アントウェールブのテルダム広場に降り立ち、ダークエルフにして二代目極悪組若頭補佐スルドが運転する大型電動バイクにまたがり、ダークエルフの戦士達と共に、ムステルダム川畔のデンボス王宮に乗りつけた。
「フランソワ共和国、国家元首にして初代大統領デリンジャーだ。かつての名は、アンリ・シャルル・ド・フランソワだった男だが、大公にして国家元首のゲオール・ポルド・ホランド・クラウス・ベルナドット陛下にお目通り願いたい。戦争の終結と俺自身のケジメをつけに来た」
190センチの長身に、この世界では見たこともないような外套を羽織ったデリンジャーを見て、ホランドの衛兵たちは恐怖する。
かつて、虐殺王子と呼ばれた悪鬼のように恐ろしいフランソワの王子だと知ると、一斉に弓と槍を構えるが、ダークエルフの王子にして冥界魔法の使い手のスルドが、高重力魔法を発動して衛兵たちの動きを封じる。
「ここは私が抑えておきますので、お客人はどうぞ中へ」
「すまねえ、恩に着るぜ」
デリンジャーは王宮の中へ入っていき、スルドは、初代にして組の相談役かつ勇者であるマサヨシに、色々と物を教えてもらった事を思い出す。
「いいかい、おめーさんも組の重役なんだから、自分の役目ってのをよく自覚しなきゃなんねえ。そうだよな?」
「はい」
スルドが130歳の時にこの組で活動して10年以上が経過し、男らしい筋肉も程よくつき、背も伸びてきたある日のことである。
いつも通り、組織の調整役として若頭であるエルフのブロンドや、他のブロック長への連絡調整を行っていた時、旅から帰ってきたマサヨシから呼び止められ、相談役室に来いと言われ、一対一の面談を行った。
「若頭補佐ってのはよ、いわゆる三下連中なんかとは一線を画すんだ。執行部として組の運営全体を見て、俯瞰的な調整ってのが必要となる。例えば、二代目は自分のササキ一家を持ってて、若頭もエルフ連合とか騎士団とかてめえの世話する奴らがいるが、おめえ自分の組持ってねえだろ?」
「はい、そうです」
スルドは140歳を過ぎていたとはいえ、人間でいう所の14歳にも満たない若輩と言っていいほどの年頃であり、まだまだ修行不足であるとも自覚をしていた。
しかし色々と書物を読み漁り、サポートに徹するなど、組織運営に関して周りから信頼を集めていたのを、執行部や若頭であるハイエルフのブロンドは評価して信頼していた。
「作れ。二代目にも話したが、おめえもそろそろ組名乗りすべきだ。さっき言ったとおり、おめえは組の重役だ。それによく物を勉強してやがるようだから、自分の一家を持つべきだと俺は思うぜ? なぜこんな話をするかわかるかい?」
「自分が比較的組織内で自由に動ける立場だと理解はしております。その上で調整をうまくつける為、より良いアドバイスをするための相談役が僕をお呼びしたという趣旨かと」
スルドの回答に、マサヨシは両手一拍打った。
最初このスルドと会った時マサヨシは、物を知らねえ癖に生意気なガキだと思ったが、自分に物おじせずにはっきり的確に意見を言うこの若者を見て、補佐に付けた若頭のブロンドの采配が間違っていなかったと思い、優しげな表情になりスルドに微笑む。
「それだ、わかってんじゃねえかおめえさんもよ。いいかい、組長や若頭を補佐する奴らなんか、あいつらは自分で一家を持ってやがるから……それこそ、秘書的な事は奴らの組に任せりゃいい。だが、おめえは違う。自由に動き回れるって立場ってのが重要なんだ」
マサヨシは、スルドに本来の若頭補佐の立場について説明する。
「いいかい、奴らも人間だから下手を打つ場合もあるし、うまくいかねえ場合だってある。だからこそ、この補佐って役職が重要になってくるんだ。親方と長男の若頭を守るため補佐すんのよ。組織全体を考えた上手い立ち回りを心がけるのが、補佐の仕事さ」
それは、組に縛られているほかの役職者には出来ない立場から、全体を把握して組織の看板である組長と、顔役の若頭に傷がつかないよう、自由自在に上手く立ち回るポジショニングについての話だった。
「まあ、組の本部の長って役職にベリアルを付けてて、あいつ多分二代目体制で最強だ。組の要の本部を守る長が抗争に強い組織は、いざという時に強い。だが、本部長補佐二人もつけねえと組内がうまくまとまらねえらしい。だから、おめえが組織を補佐するのよ。組の顔役の若頭を補佐するという事は、組織全体を補佐する役割となるわけだ」
「はい」
「そのためには力がいる。組を持てってのは、そういう事だ。ダークエルフの若い連中、おめえが組名乗りをして指揮をとれ。そして二代目と若頭を助けてやんな。おめえにしかできねえ事だ、わかるか? 男を上げてみな」
「はい、わかりました」
自分は敬愛する組長と、組長よりもある意味敬愛し、引き立ててくれたハイエルフのブロンドの為に、今回の交渉事で二人に恥をかかせるわけにはいかないと、客分のデリンジャーを無事に交渉の席に送り出す。
いつか自分も大役を任される日を夢見て、自身が敬愛する若頭も目指す、偉大な勇者になるために。
そして謁見の間に、デリンジャーは到着すると帽子を脱ぎ、玉座に座るゲオール・ポルド・ホランド・クラウス・ベルナドットに跪き、背後には、睨みを効かせるように異世界ヤクザの極悪組二代目ニコと、異世界マフィア、カルーゾファミリーのグレゴリオが後ろについた。
「この度は、謁見していただき誠に感謝御礼を申し上げます陛下。アンリ・シャルル・ド・フランソワ改め、このデリンジャー、終戦の申し出に参りました」
「我が臣民を虐殺しておいて、今更終戦の申し出など、勝手過ぎる。そちらが戦争中止を申し出ても、我が国が納得いける条件を出してもらわんと弓は収められぬ」
デリンジャーは頭を垂れながら、戦争の解決の為、落とし所を用意していた。
「そちらの仰る事はよくわかります。ですので、我がフランソワはホランドへの敗北を認め王族を廃止する所存。このアンリも王位を退位し、そちらが戦勝国と言う形で構いません」
ゲオールは、フランソワとの戦争で劣勢だった自国が、まさかのフランソワ敗北の申し出と王族撤廃の条件に目を丸くする。
「そう言うわけで、そちらさんが戦勝国だ。喧嘩はあんたらの勝ち、あちらさんは今回の戦争責任を取ると言ってる。そちらさん、何か言う事は?」
極悪組二代目ニコが仲裁人として、ゲオール率いるホランドに相手は負けを認め責任をとったのだから、誠意を見せろとボールをホランドに投げた。
「今更、そんな事を言われても……我らは」
「ああ!? 相手さんは負けを認めるって言ってんですぜ? 仲裁人のオイラ達が間に入ってんだから、おたくさん達が戦争勝利と終戦宣言と手打ちの条約を締結すりゃあいいだろ? それとも、戦争を継続しねえとダメな理由あるんですかい?」
ホランドの経済を裏で支配するジューの商人達は、フランソワとホランドの戦争継続と混乱を目論んでいた。
そしてこのまま終戦すれば、ジューの商人からの経済支援が受けられず、ホランドは国家破産を起こし、農地拡充と国土改善のために行なっているダム事業や灌漑事業、植林事業も頓挫する。
「我が国は、裏でジューの商人達から経済支援を受けており、ジューの商人達は、我らに更なる戦果と我が国との商いを求めて来ているのです。多くの戦費を浪費した我が国が終戦すれば、ジューの商人達からの支援を受けられず国家破綻いたします」
「レオ! お主は黙っておれ!」
王子のレオは、国家財政について包み隠さずこの場で暴露する。
「ジューの商人……確か奴らは国を持たぬ商人集団。フランソワでも国家間の商談で、便利だから使っていたが、奴らがこの戦争に絡んでいると?」
デリンジャーが尋ねると、ゲオールは無表情で頷く。
「奴らは金にガメつい。フランソワでも税金さえ納めれば自由に活動させてたが、奴らから借りた金を返さねえ貴族や歴代王家は、みんな不審死しちまったり、破産して不幸になったという。あいつら一人一人は弱者装って世界中で活動してるが、まとまれば決して弱くねえ面倒くせえ奴らだ。おまけに長寿でこの世界に何人いるかもわからねえ、謎が多い奴らだな」
国家を持たないジュー達は、露天商や私立銀行や行商人などを営み、この世界の商いには無くてはならない存在である。
一方、自分達同胞のジューに何かがあれば世界中のジュー達が団結して、王族の暗殺や陰謀などもやってのけるほど、国際的なネットワークがある不気味な存在だった。
――奴ら、地球世界のユダヤ人に似てるが、それだけじゃねえ。底知れぬ不気味さがありやがる。
デリンジャーは、商いだけでなくジュー達が国家間戦争に関わってると知り、薄ら寒く思った。
「なるほど、事情はわかりやした。そちらさん借金なんぼほどあるんで?」
「金にして2千ジュールだ」
ニコの問いにゲオールが答えると、デリンジャーは思わず吹き出してしまった。
この世界の単位ジュールとは成人男性一人分の体重の重さ、約60キロに相当。
つまりは約120トンの純金分の借金があり、地球世界の日本円換算にすると、時価7200億円分の借金額という事である。
これはフランソワ王室含む国家予算、約3分の1に相当する額で、デリンジャーはニコにホランドの借金額について説明した。
「なんだ、純金120トン分とか端金だな。うちの世界じゃ、7億ゴールドってところだろうね。じゃあそれ、うちの組が詰めるんで、それで手打ちって事で。こういう事もあろうかと、国一個買収出来るくらい、うちの船に山ほど金とかアイテム積んでるし」
デリンジャーは思わず鼻白んでニコを見やり、グレゴリオも思わず苦笑いする。
数多の世界を縄張りとする極悪組の総資産は5兆ゴールド、日本円にして年換算で約5000兆円分の総収入があり、支出額は数多の世界救済や社会保障額、インフラ建設などに費やされてはいるが、それでも黒字額は年間1兆ゴールドを軽く超えている。
するとデリンジャーは、何か思いついたようで、口元を吊り上げ悪い笑みを浮かべた。
「へへ、決めたぜ。要は悪さして金溜め込んでる奴がいるって事だろ? あんた、ニコって言ったっけ? そっちの組織の人間何人か借りていいか?」
「いいですけど、デリンジャーの兄さん何を考えてるんで?」
――1時間後。
「金を出せ! 金庫を開けろ!」
覆面姿のエルフや魔族、そしてデリンジャーが、閉店間近のジューの商人が経営するムステルダム銀行へ強盗に押し入り、金貨や白金貨、そして積み上がった金塊を根こそぎ強奪した。
「思った通り、かなり溜め込んでいやがったな。半世紀以上、このホランドと、俺の国をこいつらは食い物にして来たんだ。取り立ててやるぜ、デリンジャーギャング団がな。あとは……おい、従業員ら、危ねえから全員外に出な」
銀行員達を全員外に出すと、デリンジャーは魔力銃を全長10メートル、砲身長6メートル、口径155ミリの四脚式魔力榴弾砲、Ⅿ777に変えて地面に固定し、照準を銀行に合わせる。
「Bastard! 吹っ飛べ!」
砲撃を受けたムステルダム銀行は跡形もなく吹き飛び、この世界から消滅した。
「777、ジャックポットだクソ野郎共が」
強奪した金を次々にムステル川の運河へ流し、王宮へ運び入れる中、ゲオールやレオと今後についての話をする。
「この金をそちらへの賠償金としますので、半世紀以上続いた、くだらねえ戦争の終結と行きましょう、ゲオール陛下」
「戦争を集結して……我らはこれから先どうするのだ?」
「決まってんでしょう? そっちの農作物で質の高い物や、エルフの力で作った医薬品を売れば、うちは買いますよ。そっちも、うちの国のいい物を買う。さっさと条約結んで、交易しましょう」
こうして、半世紀続いた亜人国家ホランドと、フランソワの戦争は終結した。
和平条約調印後、極悪組舎弟頭ドワーフのガイからの通信が入る。
「おう、わかった。金城の叔父貴は今やべえ状態なんだな。ああ、すぐにそっちに行くから待ってろ。デリンジャーの兄さん、今連絡来たが金城の叔父貴がバブイールの皇太子ってのとタイマンやってる。叔父貴、多分勝てねえだろうって」
「アヴドゥルがジローと……わかった、俺もそっちに行く。ジローは仲間だし、アヴドゥルは……俺の友達だ。あいつを、本当のあいつを取り戻させてやりてえ」
旧魔王軍、サタナキアの戦艦に乗り込みデリンジャーはプルディンの闘技場へと向かった。
一方、皇国領ブルガリーのソフィーアに、トレンドゥーラと黒魔導士達が集結し、陣を築いているマリーク戦士団を襲撃しようとしていた。
「お主ら、気を抜く出ないぞ? 奴らは蛮族とはいえ東方ナージア最強の一角、マリーク魔法戦士団じゃ。炎と風の魔法で急襲後、ワシの魔法で一網打尽にする」
「は、トレンドゥーラ様」
黒魔導士達が魔力を高めた瞬間、超音速で上空を飛ぶ艦隊が姿を現す。
「ま、またじゃ! なんなのじゃ、あれは! ええい、者ども、ワシはあの船の正体を突き止めに……」
トレンドゥーラが魔法で空を飛び、追跡しようとした時だった。
闇夜のソフィーアの街が、上空からサーチライトで照らされ、続々と戦闘服に身を包んだ魔族たちや装甲車が空から降下してくる。
「敵襲ー敵襲ー」
空飛ぶラクダに乗ったマリーク魔法戦士団が現れるが、凶悪な武装をした魔族の軍団の魔法によって次々と拘束される。
「兵を引け! 我らはサタナキア獣騎軍、特殊作戦隊レオポルト機械化大隊である。この地での戦闘行為と軍事的活動は、我が軍以外許可しない」
この世界の科学力を超越した、装甲車両に乗った魔族の一団や、文字通り全身機械化したかつての魔王軍と呼ばれた軍団の精鋭部隊が現れたのだ。
「ぶひひひ、おお、そこのババア以外はかわい子ちゃん達が沢山いるブヒねえ」
「誰じゃ!? 人を婆呼ばわりする不届き者めが!?」
黒魔導士隊の前に、全身機械化した黒鉄の豚のような、身長2メートルを超える魔族が現れた。
「おいたが過ぎると、俺様の自慢の得物でクッころぶひよ?」
「な、なんじゃお主達は!? クッころってなんじゃ一体!?」
機械化した豚のような魔族の股間から、大砲のような突起がモーター音を立てて伸び、黒魔導士達は股間から伸びた大砲から発せられる凶悪な魔力反応に恐れおののく。
「婆には関係ない話ブヒよ……そこのかわい子ちゃん達に関係がある話ブヒ」
「ヒッ!」
「き、きもい」
「なんだこいつ!」
なめ回すようないやらしい目つきになった豚の魔族の視線に、黒魔導士達が生理的な嫌悪感を覚えて、思わず両手で体を庇う仕草をする。
「俺の名は獣騎軍特殊作戦隊司令准将、オークデーモン様よ。お前達の戦争は中止ブヒ。でないと俺のように機械の体になる羽目に遭うブヒよ? あの残虐勇者と性悪女神……おっと、偉大な勇者マサヨシ様と女神ヤミー様によって」
トレンドゥーラ達は、この鋼鉄で出来た豚のような魔族の言ってる事がいまいちよくわからなかったが、凶悪な魔力反応と気色悪さに、ダキーアまで一旦撤退することとし、応戦しに来たマリーク魔法戦士団は、凶悪な装備と魔力を持つ魔族たちに次々と戦闘不能にされ捕虜となった。
一方、鄭芝龍の魂を覚醒させ、意識混濁状態となったアヴドゥルに全身を斬られて、大量に出血したアシバーのジローは、それでもアヴドゥルに負けじとじっと前を見据える。
変幻自在の手の内のトンファーが、ことごとく左手の短剣で受けられ、強力な斬撃や突きを放つ二刀流剣術と、水と風の魔法が飛んでくる。
――あいつの力、技、魔力、あんしぃ男としての気迫……やはりハンパやあらん。隙を、何とか隙みつけんと我の空手が通用せん。なら……。
ジローは、持っていたヒヒイロカネ合金のトンファーを繋ぎ合わせて、土の魔力で中心部を繋ぎ合わせて、長さ金属の棒に変えた。
琉球空手の古武術に伝わる棒術で、長さ150センチほどの金属の棒の中央部を、ジローは両手に持ちゆったりと力を抜いて構える。
トンファーではリーチが足りないため、相手よりも長い得物に変えたのだ。
「琉球空手ぃなめんな! ぽってかすーが、ぶっ潰してやる!」
アヴドゥルは鼻で笑い右手の刀を上段に、左の短剣を突き出すように構えた。
「いちゅんぜ!」
ジローは弧を描くようにアヴドゥルの左の短剣目掛けて棒で打撃するが、左の短剣でやすやすと受けられる。
普通は今の打撃で短剣を落とすはずなのにと、馬鹿気た握力にジローは冷や汗をかき、カウンターでアヴドゥルは右の半月刀で突きを踏み込みながら繰り出す。
「やっさあ!」
ジローは棒の手の内を変えて、素早く右手をしごくように棒を引き、今度は右手を突き出すようにアヴドゥルの喉を棒で突いた。
「呕!」
そして手の内を変えて、左手を折りたたむようにして棒の軌道を変えてアヴドゥルの右側頭部を打撃し、負けじと左の短剣で突いてきたアヴドゥルの左腕を、鉄棍で巻いてからめるようにまわして受け、ガラ空きになった右脇腹、肝臓目がけて思いっきり棒で突く。
「チェイさあああああ!」
ジローは縦に弧を描く動きで必殺の一撃を加えようとしたが、二刀の刀をクロスさせて頭部への打撃をアヴドゥルは防ぎ、鉄棍を絡めとりながら腰を捻転させてジローの手首の関節を逆に極めて鉄根を弾き飛ばした。
「まだやん!」
右手を背にまわして、魔力銃ウッズマンをアヴドゥルの頭に撃ち込むため構えたが、アヴドゥルは飛び道具であると看破し、左の短剣を風の魔力を込めて投げつけ、右肩に短剣が刺さったジローの銃撃は、銃ごと明後日の方向に飛んでいく。
「……化物かっ……さすがは英雄……鄭成功の父、大海賊の鄭芝龍やん」
ジローの呟きにアヴドゥルの動きがピタリと止まる。
「何ー、知らんのが? 英雄鄭成功さー。中国人の父を持ち、日本人の母を持つ、台湾からオランダ追い出し、初みてぃ西洋ぬ植民地支配からアジア解放さん、大英雄の名やん」
「英雄……」
「そうさー、なのにぃ……なんだばーお前は! 周りぬ国々下ん見てぃ、悪辣な侵略繰り返ち……本当に英雄ぬ父が!? くぬ外道が!!」
一瞬目線を下に向けたアヴドゥルのアゴに、ジローは短剣が肩に刺さったまま、渾身の右の逆突きを繰り出して吹っ飛ばした。
「お前のやる事、弱い者いじめやん! 我は外道なんかに負きらねえええ! 立てい外道が! 生まれ変わったん我は、お前のような汚れに負きねえ!!」
体中から出血しながら、気迫を込めた眼差しでジローはアヴドゥルを見据え、気力を振り絞って魔力を限界まで高めた。
「俺……俺は……成功……うおおおおおおおおおおおお!」
半月刀を天高く掲げたアヴドゥルによって、闘技場の水かさは更に増して具現化した鉄船が激しく揺れ出し、空から雷魔法が次々と降り注ぐ。
ジローは地面を蹴って反発力と風の魔力を利用して急加速し、雷を避けながら、文字通り風のような速さの刻み突きを、アヴドゥルのアゴを打ち抜きながら喉仏に打撃を加える。
だがアヴドゥルは右手に持った半月刀の片手突きで仕留めにかかると、柔らかく両手を構えたジローは、両手でアヴドゥルの必殺の突きをいなし、右手でアヴドゥルの顔面を叩きながら、右足でアヴドゥルの足を刈り取る。
「剛柔流奥儀! 撃砕!」
床に倒されたアヴドゥルの関節をジローが極めようとしたが、アヴドゥルは水と風を合成した魔法を繰り出してジローの体を包み込み、逆に水圧で拘束する。
「哈呀!」
ジローの体をアヴドゥルが剣で突き刺そうとした瞬間、炎の魔力を発動させ、拘束していた水が白熱して一気に蒸発する。
ジローは突きを体を捻ってかわしながら懐に一気に踏み込み、白熱した炎を体に纏わせて、股関節を外まわしに凱旋させながら、膝でスナップを効かす蹴りを放つ。
内側に弧を描く様な軌道で、0距離からでも放てる炎を纏った内回し蹴りを、アヴドゥルの顔面にヒットさせた。
「なぁら、いちゅんどー!」
風魔法で手元で引き寄せた鉄棍を手にし、鎖をエンチャントしてヌンチャクに変えると、半月刀に巻き付けてもぎ取る。
そして今度は、鎖をネックレスのようにアブドゥルにかけ、連続で膝蹴りを放った。
「さっさとくたばれーや!」
しかし、アヴドゥルは膝蹴りを受けながらジローの肩に刺さった短剣に手をかける。
「迅雷」
上空に展開していた雨雲から、二人目掛けて極大の稲光と共に雷魔法が落ち、この一撃で、魔力量がほぼ0に尽きかけていたジローの心臓の鼓動が止まった。
アヴドゥルは、自身に力無くもたれかかったジローの股下に右手を入れ、ズボンのベルトを左手で掴む。
「哈呀阿!」
そして空高く投げ飛ばし、魔力を高めると鉄船から巨大な大砲が何十門もせり上がる。
「見鬼去吧!!」
船全体が大爆発するかのように、無数の大砲が火を噴き、宙を舞ったジロー目掛けて煌めくように魔力砲弾がさく裂しようとした。
「時間停止」
時間が停止した中、砲弾がさく裂する前に、心肺停止したジローを銀色に輝く何者かが抱きかかえて闘技場の舞台から離脱させ、観客席に着地する。
そして砲弾が炸裂し、まるで花火のように夜空で爆発が煌めく。
「危ねえ所だったぜ……金城の叔父貴がマジで涅槃に旅立つところだった」
極悪組二代目ニコが、心臓を電撃でマッサージしてジローの息を吹き返させる。
ニコの前にドワーフのガイが駆け寄るが、ガイの頬げたをニコは思いっきり殴りつけた。
「てめえがいながら何やってんだよ! いくら一騎打ちだからって止め所忘れて、ぼさっとしてやがる馬鹿がどこにいやがるんだ!」
「ごめん、兄貴」
ドワーフ好みの男らしい一騎討ちに、心奪われて、組の仕事を忘れていたガイを尻目に、目を覚ましたジローの前へデリンジャーが立った。
「へっ、伊達男。いい男が台無しだぜ?」
「アンリ君……あいつしにやばい。奴は伝説の大海賊、鄭芝龍やん。英雄、鄭成功の父にして、17世紀ぬアジアの海を支配してぃたアウトロー。まるで空飛ぶ龍のようやん」
闘技場の舞台は水があふれ、さながら嵐の海を演出するかのように、鉄船が揺れ動いていた。
アヴドゥルは頭を抱えて記憶の混乱と、転生前に処された凌遅刑の苦しみを思い出し、発狂しかけているのを見たデリンジャーは、拳を握りしめてその様子を見つめる。
「そうか、後は……俺に任せてくれ。本当のあいつを俺が取り戻してくる」
鄭芝龍の覚醒エピソードは次回で終了して、第二章ラストバトルに移行します




