第5話 最強勇者の召喚魔法
衰弱したマリーは、オージーランドの囚人管理事務局の医務室で目を覚ます。
医務室の看護師が、トウキビ草から作られた糖分補充の点滴と、ロレーヌ皇国ほど洗練されてはいなかったが、英雄ジークに祈りを捧げる神霊魔法の回復により、衰弱していたマリーの体は回復した。
――ここは? ああ、私は植民地島に島流しになったんだった、状態確認。
マリーは目を閉じると瞼に、自身の今の状態が文字として浮かび上がった。
レベル10、プリンセスの職業クラスはなくなり、囚人クラス1、召喚術師クラスレベル9と、召喚術師としてのステータスが跳ね上がっている。
生命力たるHPは微増し、その他のステータスも、運以外は上昇していた。
魔力が19と倍近く跳ね上がり、MPも10だったのが、10倍以上の100となっている。
そして、毒耐性と、虫特攻のスキルがつく。
――そうか、ゲームで言うと世界を滅ぼしうる召喚を使い、経験値が加算されてレベルが上がったんだ。特に、召喚術師としてのレベルが、今までと段違いに……。
「あ、お目覚めになりましたか! 患者さん、私ここの医務室の看護師をしている、ペチャラと申します! よかったーもう3日間も眠り続けて、死んでしまうかと思いました。運が良かったんですね!」
褐色肌の白衣の看護師が、目を覚ましたマリーに抱き着いた。
この島の女性特有の、ココナッツのような、トウキビ草のような、甘い香りがする。
「ええと、助けてくださり、ありがとうございます。お名前は、ペチャラさんって言いましたっけ?」
「はい、この島唯一、ヴィクトリー王国看護師試験を合格した、ペチャラ・モワイ・スミスです」
マリーは、この看護師から島の現状を聞き出そうとした。
無論、楽してこの島から脱出し、この先の展開を楽にする彼女の信条に基づくためである。
「そう、あなたはこの島出身で、王国の元植民島領主の、今は亡きスミス男爵のご息女でいらっしゃるのね?」
「はい、母がこの島出身で、認知を受けられなかった私生児ですけど……父は私を本国で教育を受けさせ、国家試験を受ける機会をくださいました。そんな父も、3カ月前に島の風土病で……」
マリーは、この20歳のペチャラから島の現状を詳しく聞くことが出来た。
オージーランドは、元は原住民、モワイ族の暮らす島。
しかし100年前、ヴィクトリー王国は、他の大国国家が発見していない、手つかずのこの広大な島に目を付け、植民地にした。
ヴィクトリー王国は、ナーロッパ国家の法など知らなかった、モワイ族の族長を騙して土地を取り上げ、この島でプランテーション事業を開始し、原住民を言いように奴隷扱いして搾取するのが、ヴィクトリー王国の今までの慣習だった。
しかし、それは人間の、貴族の行いではないと憤り、島民たちに教育を施そうとしたのが、ジョン・オージー・オズボーン・スミス、3代目オージーランド領主の当主兼、男爵。
「父は、私や土地を奪われた元有力族長の子弟に、教育の重要性と産業の発展を示してくれました。この島の教育レベルや、産業発展をすることで、本国から認められる権利が得られると、人間としての尊厳が得られると……でも島民から理解を得られずに、結局は本国に母と私を連れ帰って……」
マリーは、転生前の地球世界の事を思い出す。
世界史の授業で少ししか触れられなかったが、西欧国家が未開の地と称して行った、アフリカやアジア、オセアニア諸国で行われた奴隷政策や、数々の植民地政策、そして戦争の歴史を。
その悲惨な歴史がこの世界で、自分の生まれた国で行われていたことにショックを受けた。
「母は、この島から出たことが無くて、王都ロンディニウムで市民から……母は気を病んでしまい、父も私に教育を受けさせ、このオージーランドで行われる政策に、王宮へ出向いて制度改革するように訴えたのですが……。賛同してくれた男爵家もいたようですけど……結局は、私と病んだ母を連れて、この島に」
話を聞いたマリーの目に涙が溢れ出す。
そして、彼女の心に何とか彼女に楽をさせてあげたいという気持ちも溢れ出した。
「この島の女性、特に若い女の子の堕胎とか多いんです。それに、子供が酷い怪我をして手足を失う事になったり……父のかわりにあの、オリバー卿が来てから……私はこの島で、可哀そうな人たちの看護をしなきゃ、私、将来医師になりたいんです」
マリーは声をあげて泣いた。
全ては、ヴィクトリー王国が招いた非道。
マリーは、歴代王家が行ってきた植民地政策に憤りを感じるも、それを解決する術が今の自分に無く、悔しくてむせび泣く。
「ごめんなさい、私達が楽をしたい一心であなたたちの、人間の尊厳を踏みにじって、ごめんなさい、ごめんなさい、本当に、ごめんなさい」
するとペチャラも、事前に患者情報で入手したマリーが、今まで行ってきたヴィクトリー王国の非道に心を痛めるマリーに涙を流した。
どんな理由かは知らないが、この島にやってきたこの国の王女が、今までこの植民地島で行われてきた数々の非道を、認識してくれた事に、ようやく心ある父の訴えが認められたのだと涙を流す。
すると、王国兵士を連れた、小太りで陰険そうなオージーランドの新領主、49歳のヒュー・グラント・オージー・オリバー男爵が、ノックもせずに医務室に入ってきた。
「おお、これはこれは、かつては王国の薔薇とまで言われた、マリー様ではございませぬか。我らが陛下を暗殺したと聞き及び、胸を痛めておりましたぞ? おいたわしや、この私がマリー殿の病んだ心を癒して見せましょう」
などと言いながら、オリバーは履いていたズボンとパンツをその場で脱ぎ、マリーの横たわるベッドまで歩を進めると、思わずマリーは目を背け、記憶から消した。
「ダメです、患者さんはまだ、体力が……」
身を挺してマリーを守るペチャラを、オリバーが平手打ちすると、王国兵にアゴで合図して、ペチャラの白衣を掴み、破り始めた。
「やめなさい、あなたそれでも貴族なの! どうして、どうしてこんな事を!」
「うるさい! 島流しに遭った元王女めが! こんな辺境に飛ばされた私の唯一の楽しみが、この島で王として私が君臨することだ! あのアホのスミスが残した現地人にしては、上等な女をまずは味わうとするか……おい、そこに寝かせて押さえつけ、股を開かせろ!」
マリーは、病床から立ち上がり、点滴管を抜いて、白衣を無残にも破り千切られた、ペチャラに覆いかぶさり、自らが盾になろうとする。
彼女の魂は転生前、そして転生後に何度も死の恐怖を体験した事で、人並み以上の勇気を身につけていた。
そして、転生前に自身が体験したイジメでも心が歪まず、他者を思いやる心も備えていた。
「あんたなんかに、この子の体を、想いを汚させるものですか! 私の防御は絶対! この女の子を、マリーの名に懸けて私が守る!」
すると、オリバーは懐のシャツから鞭を取り出し、マリーの体を滅多打ちにし始める。
「女風情が調子に乗りおって! ここでは私が王だ! 元王女の罪人め! じっくりたっぷりと、私の言う事しか聞けぬよう、この島の女共のように調教してやる!」
マリーは唇を噛み締めて耐えた。
そして、この世界で初めて神に祈りを捧げる。
自分の身は構わないから、どうかこの王国の非道を正す力を、弱い人々を守護する力を、悪に立ち向かえる力を与えてほしいと……自分の召喚魔術のせいで、怪物たちが溢れたこの世界を救う勇気の力を、与えてほしいと強く願う。
マリーのイメージは、どんな悪にも屈しない、最強の勇者。
自分が天界で天使に見せられた、ゲームのチートキャラのような異常なステータス値を誇っていた、天使も恐怖するようなやり方で、悪を挫いてきた絶対勇者をイメージする。
「どうか! このマリーに、私に誰にも負けない最強の勇者を召喚してえええええええええ!」
すると、マリーの祈りの力に応えるかのように医務室天井に、光り輝く魔法陣が現れ、同時にマリーのHPやMPが大量消費され、マリーがペチャラを守るために流した、額や背中から流れ出る、マリーが流した乙女の血も魔法陣に吸収される。
そして彼女の魂に反応し、なんらかの人ならざる力も加わると、人間社会の闇に堕ちても、最悪の世界を体験しても地獄を体験しても、魂が闇に染まる事がなかった男がこの世界に召喚された。
魔法陣から、ゆっくりと黄色人種に見える男が両手を腰に当てて、降下しマリーの元に降り立った。
男の頭髪は、漆黒のストレートのロングヘア―。
眉と目の間隔が狭く、やや濃い眉は形が整えられている。
意志が強く野性味がありそうな、二重の三白眼の形の良い目と、燃えるような漆黒の瞳。
東洋人にしてはやや高い、芯の通った鼻筋と、薄いが形が整った唇に、髭が全く生えてない、ツルツルの尖った小顔なあごと、やや太くて贅肉の一切ついてない、若者特有の首回り。
上半身は、戦うために生まれてきたような、雄々しい広背筋、三角筋、上腕二頭筋に、無駄な脂肪が削がれた、彫刻のような美しい大胸筋の下には、綺麗に六つに割れた腹筋。
下半身は、瞬発力と持久力のバランスが取れた太腿とふくらはぎをしており、その足の長さは85センチを超え、年齢は10代後半、身長は180センチといったところであろうか。
思わず、マリーとペチャラは思わず見惚れてしまうほどの、美少年だった。
だが……。
「〇✕△□!?」
男は全裸だった。
マリーとペチャラが見上げる先には、彼の男が全開にそそり立っている。
彼女たちが今まで見たことがない全開になった若い男のアレが。
「な、なんだおま……」
言い終わる前に、オリバーは蹴飛ばされ、医務室の壁に叩きつけられる。
そして、男は鞭うたれていたマリーと、看護服をビリビリに割かれたペチャラと、彼女たちを押さえつける兵士たちを見て、状況を理解する。
「なるほどそういう事かい……」
――日本語?
マリーは、転生前に使っていた自分の言葉を思い出す。
男は、彼女たちの状況を見て、美しく整った顔が、まるで獅子のような、修羅のような顔に変貌し、素手にもかかわらず、立ち上がって剣を抜こうとする王国兵の間合いに瞬時に入り、一瞬で殴り飛ばした。
「き、き、貴様何者だ! 俺はここの王にしてヴィクトリー王国ヒュー・グラント・オージー・オリバー男爵……」
「うるせんだよごらぁ! 不細工な外道が俺の前でイキがって女イジメ犯してんじゃねえぞおらぁ! ぶち殺すぞこの短小野郎!!」
うわぁ、この男……超絶イケメンだけど、口が悪すぎると全裸の男を見てマリーは思った。
ペチャラは、男が話す言語が理解できなかったが、どういう事を言っていて、彼がどんな気持ちなのかをなんとなく、理解する。
全裸の男は壁際に建つオリバーを殴りつけると、漆喰で出来た壁ごと吹っ飛ばされ、オリバーは外に転がり、今の一撃でアゴと鼻の骨が折れて、出血が止まらなくなり、手で押さえてもどんどん血が噴き出す。
全裸の男は、島の医務室の外で、診療の順番待ちをしていた、手足を亡くした子供達や、生気を失って下腹部をさするまだ10代前半くらいの女たちを目にした。
そして、オリバーを見て一斉に怯えだした様子も、全裸の男は見逃さなかった。
「てめえ……てめえこの野郎! どうやらこの世に生きてちゃいけねえ外道のようだな?」
怯えるオリバーの胸倉を掴み、全裸の男は何度もオリバーの顔に頭突きをくらわす。
痛みで失神し、動かないオリバーを地面に放り投げ、全裸の男は倒れたオリバーの横に立つ。
「寝てんじゃねえぞ外道! 起きろオラァ!!」
足の親指を、オリバーの脇腹に突き刺すように全裸の男は思いっきり蹴り上げた。
オリバーの体が宙に浮き、肋骨が何本もへし折れ、吐血する。
「てめえは女子供相手にしか、弱いもんにしかイキがれねえかって聞いてんだ! おうクサレ外道コラ? 口もきけねえほどビビりあがったか!!」
恐怖と痛みに歪むオリバーの体を、全裸の男は右足をあげて踵で何度も踏みつけた。
駆けつけてきた王国辺境兵士達も、全裸の男が繰り出す暴力の嵐に、思わず息をのむ。
「この世はなあ! 人間が人間に非道やっていいなんて道理は存在しねえんだ!! 後悔しながら地獄に堕ちろぉ! クサレ外道!!」
渾身の踵蹴りを、全裸男がオリバーの顔面を踏み抜くと、オリバーは脳挫傷を起こして即死した。
そして、恐怖に震える王国辺境兵士達に、全裸男はゆっくり振り返る。
「次はてめえらの番だなあ? 外道共」
「あ、あ、あ、悪魔だああああああああ」
「お助けえええええええ」
「ぎぇああああああああああ」
この日、ヴィクトリー王国辺境の島オージーランド領は、辺境王国兵団と共に滅び去る。
マリーが召喚した全裸の男によって。
なんかどっかで書いたことがある勇者が登場しましたが、次回はマリー視点に戻ります。