第42話 土のタイタンの召喚魔法
私たちは、ロレーヌの手からフランソワ首都のパリスを奪還した。
「お前らもマリー姫も、みんながみんな僕を否定する! お前達なんか大っ嫌いだ! ばああああか!」
フレドリッヒは、負けたことにショックだったのか、風魔法でどこかへ飛び去ってしまった。
配下のフェルデナント大公率いる、ジークフリード騎士団達も途方に暮れ、女帝マリアの勅命を果たすという事で、私達の一行に加わる。
「マリー殿下、我らが皇太子殿下のご無礼を、お許しください。あの方に仕える私が言うのも何ですが……心がまだ未熟なのです。天才と持てはやされ、何事もそつなくこなしてた殿下にとって、おそらくは初めての挫折」
挫折か……。
私も転生前、練習がきつくてやめたソフトボール部や、都内の進学校に行ったはいいけど、全然勉強についていけずに、挫折してしまった経験がある。
それに転生後も、何不自由なく生活してたのが一転、父殺しの無実の罪で投獄されるわ、処刑されそうになるわ、島流しにされるわで、挫折の連続だったけど、それでも私は前を向いて歩いてる。
それに比べて、フレドリッヒは前世で英雄ジークしてたとは思えないくらい、豆腐メンタルすぎる。
「ガキを甘やかすからだ。チ●ポの毛も生え揃ってなさそうなクソガキを、精神的に導いてやれなかったのは、周りの大人の責任だ。見ろよ、あそこでたくましく大人相手に靴磨きしてるガキや、花を売ってる女の子を。あいつらの方が人間として成長してる」
フェルデナント大公は、悔しそうに俯く。
先生は口は悪いが、道理が通ってる。
いろんな世界で、色々な人たちを見てきて、悪を挫いて人と世界を救ってきた勇者だから、フレドリッヒの心の弱さを見抜いているのだろう。
私達は、ロレーヌ皇国から救済したパリス市内を見渡す。
据えた悪臭が漂い、蠅が飛び交ってて、石造りの奇麗なレンガ造りの建物と裏腹に……ひどく不潔だ。
道端にはゴミも落ちてて、臭い水たまりや茶色い固形物が道のそこかしこに……オエッ。
「くっさ! 汚らしい! これだから救済前の世界は嫌なんじゃ!」
女神ヤミーは、臭い汚い連呼して鼻を指でつまんでいる。
私が処刑されそうになったヴィクトリーのロンディウムもそうだが、衛生環境が悪すぎる。
いや、パリスの方が何て言うか、汚いとかそういう次元じゃない。
その点ヴィトーの国、ロマーノの方が衛生的で、洗練された街が多かった。
「まあ、救済前の世界なんて大体こんなもんよ。あちこち小便くせえし小汚えから、とりあえず俺が縄張りにした世界では、義務教育制度とか作ってガキらに基本的な道徳心教育したり、大きな町には公衆便所作りまくったり、疫病が流行らねえようにゴミ捨て場とか処理場とかも整理したっけな」
そうなのか……。
衛生環境にも気を使わないと、皆が楽しく楽な社会にはならないって事なのね。
「そうだな、我々が行く世界は、現代の地球社会では考えられない位、衛生概念もクソもない所が多い。街が汚く、他人に無関心な人間が多ければ多いほど、その世界の人々は荒んでいく……窓割れ理論と言うやつだな。私の転生前の縄張りのNYで、私達マフィアと敵対してた連邦検事、そいつは後にNY市長になったが、この問題を熱心に取り扱ってたよ」
ロバートさんも、頭がいいし物知りだけど、転生前一般人だった私が時折小首を傾げるような、なんとも言えない反社会的な事を言ってる気がする。
ていうか、大都市のニューヨークを縄張りにしてたとか、ニューヨーク市長と敵対してたとか、一々スケールが大きい。
「まあ、俺もほぼ日本全国を縄張りに持ってたけどな。まあやり過ぎちまって、サツ連中に目を付けられて、アメリカさんからも金融制裁とか食らって往生したわ」
先生も対抗してるけど……何だろう、不良とかそういうレベルじゃない位、二人共突き抜けてる。
アンリことデリンジャーは、窓から身を乗り出して手を振る人達に応えながら、パリスの街を注意深く観察していた。
「俺は、本当の自分を取り戻す前、王宮か北方の戦場しかいなかった。自分の王宮の城下町にいる民衆達なんか、塵芥みてえに思ってて、満足に気にかけてすらいなかった。だからこんなザマになってるんだ、この美しい街並みが」
デリンジャーは、人々に手を振りながら、吐き捨てるように呟く。
「そんで、おめえさんは王族やめたが、この国をどうするんだい?」
彼は、もうこの国に王族なんていらないと言った。
だがいうのは簡単だが、フランソワの王侯貴族が何百年もかけて支配してきた社会制度を、急に変革することは、難しいだろう。
「この国は、共和制にする。この世界で最初の民主主義国家を俺が作ってやる! ついたぜ! ここだ!」
デリンジャーは銃を取り出して、大きな建物の木製ドアを思いっきり蹴破った。
すると、受付嬢みたいな人が硬直して、私の肩に座ってる先生がニヤリと悪そうな笑みを浮かべる。
「ええと……ここどこですか?」
「俺達を散々追い回した、パリスの憲兵騎士団基地司令部だ。ヘイ、ファッキンガイズ! ローズ・デリンジャーギャング団参上だ! お前達はこれより俺の指揮下に入れ! フランソワの危機だ! 王宮の連中には話を通してる! 議場に案内しろ!」
受付嬢の人が駆け寄ってきて、会議場みたいなところに案内してくれた。
すると、会議室に続々と、派手な軍服っぽいのを着た騎士達が集まって、魔法の水晶玉も複数取り付けられる。
「よし、揃ったか。今からフランソワ北部に侵入してきた、亜人の軍団を撃退する! これより国家憲兵隊は、名を改めフランソワ連邦保安局と命名する! フランソワ全騎士団は、フランソワ共和国軍とし、栄えある騎士団の名前は存続するものとする。軍を率いて俺に続け! いいか!」
「ははー! 王子殿下!」
「もう、この国に王族はいねえ! みんな死んじまった! 今度から俺の事は大統領と呼べ! いいか!?」
「?……はい、大統領殿下!」
なんか王族を大統領って名前に変えただけのような……。
「いや、これでいい。こいつの権威と権力を残したままの方がやりやすい」
先生が呟くと、デリンジャーは少し困った感じで私達に振りむいた。
「すまねえ、勢いでこの国を共和制にするって言っちまったが、俺は転生前に学がなくてよ、どういう感じにすればいいか、わかんねえんだ」
すると、先生とロバートさんはニヤリと笑う。
「任せてくれ、ミスターデリンジャー。私とそこのマサヨシは転生後、法と秩序を兼ね備えた共和国家を異世界に作ったことがある」
「おうよ、要はデリンジャー好みにアメリカナイズされてて隙がねえ、民主的な資本主義っぽい国家にすればいいって事だろ? 救済後に俺達が面白おかしく楽しめて、遊べるようなよお。おいヤミー、おめえ仮にも冥界の上級裁判官なんだからよお、俺と兄弟が定例文にした、基本憲法作れや」
え? あの女神、冥界の上級裁判官なんだ。
全然そんな威厳なさそうだけど。
「よいぞ? しかし、我にものを頼むならばそれ相応のものが欲しいのう?」
先生とロバートさんが顔を見合わせ、考えた後、先生が特大の舌打ちをした。
「デリンジャー、この国の甘い物用意させてくれ」
すると会議場に、カリソーンと言う名の、アーモンドを細かく挽いたものと砂糖漬けメロンのペーストを混ぜ合わせたものを菱形の型に入れたような、グラスロワイヤルと呼ばれる砂糖と卵白を混ぜ合わせたもので糖衣を施した、フランソワ名産のお菓子が運ばれてきた。
「うーん、スイーツ! 小人化してるせいで、特大のスイーツじゃのう。よかろう、我の力で数多の世界で救い導いた法体系を、この国につくってやろう」
あ、ヤミー様が凄い気力に満ち溢れた顔になって、筆を魔法で動かして、凄いスピードで羊皮紙に法律の条文を書き始めた。
私もカリソーンを一口食べたが、これ……すっごい美味しい!
さすが、ナーロッパで1、2を争うほどの美食国家。
「うーむ。これにベリーファッキンに上等な、カプチーノとバニラアイスがあればなあ……すまない、もう一個くれないか?」
あ、ロバートさんお代わり要求してる。
この人、この6日間夕食後に小一時間、ワイングラス傾けながら塩辛い干し肉食べてた感じで、ストイックでクールそうだったけど、見かけによらず甘党なんだ。
けど、確かにおいしいし、私もお代わりしようっと。
「よう、あのヤミーは頭が完全にスイーツで出来てるがよ、あいつがやる気だしゃ、この国の法体系は問題ねえ。だが、運用するのは人間だ。全ては、あのデリンジャーにかかってる」
そうか、法律を作るのはできるけどそれを守るのはその国の人間次第。
全ては、国家元首であるアンリことデリンジャーにかかっているという事か。
すると、デリンジャーは議場に集まった騎士達やパリス諸侯に頭を下げる。
「なあ、お前達。俺は、戦にかまけてこの国のありように目を向けてなかった。お前たち臣下を手足の延長にしか思っておらず、民衆達をゴミ屑みてえに思ってたんだ。だが……それは違う! 俺はお前たち臣下にも、民衆達にもチャンス溢れる国にしてえ。お前たち諸侯は貴族から名を改め、知事、そして選挙人となれ。そして俺の死後、お前達と民衆が選んだ代表が大国フランソワを統治する、大統領になるんだ……いいか?」
「選挙人ですか?」
「そうだ、王族という身分なんかもうねえ。将来的にはお前達や民衆が選んだ、この大国を背負うに値する奴を元首に添えるんだ。お前達の中にも、我こそが王と夢見た諸侯もいるだろう? だから、お前達貴族や民衆に、この国を担う未来の俺たちの子孫達に、等しくこの国を手にできるチャンスと夢を俺は与えてえ。どうだろう?」
デリンジャーの言葉に、パリスの諸侯たちは目を輝かせ、野心の火が灯った感じがした。
「いいか、この大国は一人が治めきれるほど、そこの菓子みてえに甘い国じゃねえ。だから、お前達は自分の子供達や領民に、この国を豊かにし、支えるに値するよう教育を施すんだ。この国には問題が山積みだ。俺は城下町パリスの様相を見たが酷い有様だった。お前達の領地もそうだろう? だから……この国をより良き国に改革し、真の英雄がこの国を治める! いいな!」
「御意!」
諸侯たちが野心むき出しに同意した瞬間、ロバートさんが拳を議場のテーブルに叩きつける。
「おい、ミスターの意向を勘違いしてるようだから言うぞ? 我々は神の名の下に、新たなこの国の形を作ろうとしてるんだ。自分達が大統領たるミスターにとって代わって、好き放題できるほど甘くないぞ? ふざけた真似を考えてる奴らには、酷いことになって死ぬかもしれないが、いいな?」
ロバートさんが睨みつけた諸侯の前に、先生が五寸釘持って机に立つと、諸侯の一人の髪の毛を引っ張り、机に頭を叩きつけた後、目に釘を突きつける。
「ゴラァ! てめえ今、デリンジャーを亡き者にして、この国簒奪しようと考えただろぉ! 勘違いしてるようだから言うからよお、デリンジャーは俺の身内! そんでこの国は俺らローズ・デリンジャーギャング団の縄張りだ! 縄張り荒らし考えてたら、目ん玉にコレぶち込んで、脳髄まで抉って命取るぞボケェ! おう!?」
「ヒッ、ヒェエエエエエエエエ! コロサナイデ……いえ殺さないでください」
……なんだろう。
この人達、こんな荒っぽい感じで世界救済してたんだろうか?
私が考えてた勇者像とは全然違うんですけど。
まるで暴力団の脅し……。
あ、この人達ヤクザとマフィアだったっけ。
忘れてた。
「ホレ、憲法草案じゃ。あとは人の子であるお主達でなんとかせい」
「嘘だろ……官僚が一年かけて作れるかどうかの法典を、こんな年端のいかぬ異国風の娘が数分で……」
まあ、そうだよねえ。
年齢的に中学生っぽい子が、女神様で法律家なんて、誰も夢にも思わないだろうし。
「よおし、憲法草案が出来たようだから、あとは慣例に基づいて、お前達で運用しとけ。俺達はフランソワ北部、ホランド国境シャンペーニュー地方ランヌに向かうぞ!」
魔力回復用のポーションと、備蓄物資を馬車に積んだ私達は、ロレーヌのジークフリード騎士団や、フランソワ軍と共に、パリスから北東約130キロの地点にある、ランヌの町に出発しようとしていた。
「畜生、この世界には飛空挺だとか、飛行機とかねえから、めんどくせえな。目的地まで、これじゃ丸一日以上かかっちまうぜ。なあ? 下手打った馬公コラ!」
「申し訳ありませぬ……アースラ様」
確かにこれじゃあ、先生達は約束の期間が過ぎて、元の世界に帰らなきゃならなくなる。
先生には、秘策があるって言ってたけど。
「よおし、奥の手使うか。相手は亜人の大軍団なんだろう? ならば……マリー、この馬車に土のタイタン呼び出してくんね?」
「あ、はい。出でよ土のタイタン!」
指輪の効果でHPとMPが消費されて、土のタイタンが姿を現し……へ?
なんか眼鏡かけてて、ちょっとふくよかな感じの、インディアンみたいな服着た金髪の女の人が、4、5歳くらいの女の子抱いて出て来たんだけど……何これ?
「お義父様、お久しぶりです……どうしたんですか!? そのお姿は!?」
「じいじだー。お人形さんみたーい」
あ、女の子を見た先生が満面の笑みになった。
「マリアー、じいじでちゅよー。元気にしてましたかー」
ちょ!? なんか先生赤ちゃん言葉になって、満面の笑みで女の子に話しかけてて、もしかして……お孫さんなの?
ロバートさんも、女神ヤミーも、なんか苦笑いしてるけど。
しかも、女帝マリアと同じ名前でマリアとか。
「おう、メリアちゃんすまねえ。この世界のワルのせいで、今俺もヤミーもこんな感じよ。そっちの次元移転装置で俺達を北東120キロの地点へ送った後、組の連中も一緒に呼び出してくれねえ? 二代目には色々と準備はしておけと言ったからさ」
「はい、わかりました。今、自宅なので出社に時間かかりますが、可能です。それと、こちらをどうぞ」
メリアと呼ばれた女の人は、金色に輝く指輪を取り出した。
「私が開発した次元召喚システムの、改良型とそのスペアです。魔力量と生命力の消費量にもよりますが、今までよりも長時間召喚可能にしておきました」
やった!
今までよりも長い時間、召喚出来るって事なのね。
それにこの人、科学者なんだ。
次元を超える召喚システムを開発とかすごい。
「ありがとう、助かったぜ。ホレ、おめえらも礼言っとけ!」
私達は、土のタイタンことメリアさんに深々とお礼をした。
「じぃじーあそぼー」
「おうおう、マリアー可愛いなあ、こっち来い! ほーれ、ベロベロバー」
「キャッキャ」
なんか、先生見た目若いのに、そこら辺のお爺ちゃんと孫みたいな感じだ。
それにメリアさんが薬指にしてる結婚指輪、あのイケメンの用心棒さんとお揃いだから、あの子はやはり先生の孫。
ていうか先生の変顔がすごくて、私まで笑いが……。
「そんで、極悪組総出で、この世界のふざけた戦争を終わらせっから」
「すまないミセス・メリア、うちのカルーゾファミリーも頼む。ミスターデリンジャー、あなたが頭だ。うちのファミリーとマサヨシのファミリー、これよりあなたの指揮下に入る」
ちょおおおおおおおおおおおおおお。
やっぱりこの人達、異世界で、ヤクザな組織や、マフィアな組織とか作ってる。
怖いんですけど、亜人の大軍団よりもある意味怖いんですけどおおおお。
「なあ……俺、転生前は銀行強盗くれえしかしてなかった、小規模のギャング団のリーダーだったんだが? あんたら俺よりも、アウトローとして格が上だろ?」
デリンジャーの問いかけに、二人の勇者が首を振った。
「何言ってんだい? おめえさんが、俺達ローズ・デリンジャ―ギャング団の頭だ。マリーとよ」
「その通りだ、ミスター。我々こそ、かの高名な伝説のデリンジャーギャング団に加われたこと、感謝の念に尽きない」
そして、私達は30分後に空間転移して戦場へと向かう事になった。
女神ヤミーは、じっと私たちの様子を黙ってみており、時折どこかと通信しているような感じがする。
すると先生が、私の肩に腰掛けた。
「ようマリー、おめえが頭だ。命令を頼むぜ、ギャング団の団長さんよ」
私は意を決して、宣言した。
「行こうみんな! 戦争を終わらそう!」
「おう!」
馬車の外の風景が歪みだし、私達は戦場近くへと赴いた。




