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転生したら楽をしたい ~召喚術師マリーの英雄伝~  作者: 風来坊 章
第二章 魔女は楽になりたい
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第41話 英雄の凱旋 後編

 フレドリッヒは、デリンジャーことアンリが小型魔法銃を自分に突きつけてきたのに困惑する。


 彼の得物は、自分の背丈と同じくらいの長さがある、長大なフランベルジュだったはず。


 それに魔法のマスケットライフルは見た事があるが、あんな小さな魔法銃など見た事がない。


「そんな子供のおもちゃみたいな魔法銃で、僕に勝てると思ってるのか?」


 アンリの周囲を、長身のジークフリード騎士団が取り囲もうとしたが、優雅なお辞儀をして中折れ帽子に黒の背広、赤いシルクのシャツにネクタイをした男が、ヨーク騎士団と共に立ち塞がる。


「ボーイ、お前が相手をするのは男の中の男だ。それと、ミスターデリンジャーのお父上を殺害したのは、お前だな? 丸腰のフランソワ王を騙し討ちして、左に差した鞘からレイピアを抜いて、心臓を一突き……そうだろ?」


――何故この男はあの事を知っている? そして、黒髪の英雄もどきは何処に!?

 

 ロバートに冥界魔法で心を読まれ、狼狽したフレドリッヒは、自分が惚れたマリーを見やると、マリーの肩から人形のように小さくなった男が、自分を指差してきた。


「オラァ! 卑怯者の小僧! デリンジャーが来た以上、てめーの国に大義名分なんてねえ! 帰ってママのおっぱいでも吸ってろ! クソガキが!」


「黙れ英雄もどきめ! 貴様が何故そんな姿なのかはわからないが、今度こそ貴様を僕の剣の錆にして……」


 おっぱいという単語に反応したフレドリッヒは、マリーの方を見て顔が真っ赤になり、鼻血が滴り落ち、その様子をドSな女神は見過ごさず心を読む。


「こ、こやつ……変態じゃ! マリーめの胸を見て生乳を妄想しおった! 変態じゃぞ変態!」


 マリーは鼻血を流すフレドリッヒの視線が、自分の胸元を凝視したのを感じて、サッと両手で胸を隠す仕草をして、軽蔑の眼差しでフレドリッヒを見る。


「ち、違う! 僕はそんな破廉恥な事考えてなんかいな……」


 マサヨシは冥界魔法で隙が出来たフレドリッヒの心を読むと、ニヤリと悪どい笑みを浮かべて、自分達の勝率を上げるために、彼のメンタルをズタボロにしようと考えた。


「ヘッヘッヘ、ガキ! 憲兵騎士団の手配映像見て、マリーの胸を想像しながら、夜な夜な右手でナニしてやがんだあ?」


「ジャーク・オフなパラダイスPTタイムか。まあ、この年頃のボーイなら、一晩に何度も、自分の世界を思い浮かべて、マイハンドをシェイクしてるよな」


「そうそう、男たるもの必ず通るセンズリの……」


「や、やめろおおおおおおおおおおおおおおおおお」


「我らが殿下を侮辱するか貴様ら!」


 顔を真っ赤にしたフレドリッヒが狼狽し、騎士団長のフェルデナント大公が激昂するも、マサヨシとロバートがニヤつきながら、純情でウブなフレドリッヒの羞恥心を煽り立て、マリーとヤミーは、侮蔑の表情でフレドリッヒを見る。


 デリンジャーは、銃を構えながら白馬スレイプニルから降りて、顔を真っ赤にしたフレドリッヒにため息を吐き、拳銃をコートのポケットにしまった。


「そんな右手の使い方なんざ、どうでもいい。なあフレドリッヒ? 男と男の右手の勝負しようぜ?」


 デリンジャーはコートと背広を脱ぎ捨てると、白のYシャツに、シルク製で茶色のVネックのボタン付きベストを着ており、右腰にはズボンと身体の間に板状部品(パドル)を挟み、銃を収納するのが目的の、ロマーノ製‘パドルホルスター‘を装備している。


 ジョンデリンジャーの時代は、銀行強盗でけん銃を隠し持つため、肩から拳銃を吊るして収納するショルダーホルスターが一般的だったが、現代の知識を持つ勇者マサヨシにより、ホルスターのボタンを押すことで素早く銃を抜き差しできる、最新式装備にしていた。


 腰に差しているのは魔力を使って、自在に形をイメージできる七色鉱石の魔法銃であり、姿を変えたのはM1911、通称コルトガバメントの38口径モデル。


 一般的に米国人の多くは、大口径の45口径のガバメントに、絶大的な信仰と信頼を置いている。


 ジョン・デリンジャーがこの38口型モデルを好んだのは、装弾数が通常のガバメントよりも2発も多い事と、1930年代最新式の38スーパー弾ならば、連邦捜査官の使用する防弾チョッキはおろか、パトカーのドアも貫通できる威力があると、いわれたからである。


 生前のように12187と、刻印されたピストルの一撃に、デリンジャーは己の全てを賭ける。


 一国の軍事力に匹敵する強さのフレドリッヒに勝てるのは、それを上回る心の強さが必要。

 

 転生後の故国フランソワを、ロレーヌの手から、王族でも貴族でもない、平民と呼ばれる民衆達の手に取り戻す大義名分を得たデリンジャーに、もはや王族時代の負い目や迷いなど一つもなかった。


「さあ、来いよ……どっちが早く右手で得物を抜くか勝負だぜ? 卑怯者!」


「なにぃ……!」


 フレドリッヒの羞恥に頬を染めた顔色が憤怒の色付きに変わる。


「だってそうだろうが! お前は俺の父へ、ジャン国王陛下に対し、丸腰の人間へ剣を抜き……騙し討ちして殺めた卑怯者だ! 俺はそんな卑怯者に負けねえ! 来いよ、卑怯者め!」


 デリンジャーはフレドリッヒの構える、長大なツヴァイヘンダーの間合いに歩を進めていき、互いの間合いが3メートルになるよう距離を縮めた。


 マサヨシは、男らしさ溢れるデリンジャーに口笛を吹く。


「野郎……かっこいいなあ、男の中の男だぜ」 


「当然だ、合衆国史上最高のアウトローにして、男の中の男。だが……まずいな、実力にかなり開きがある。不利なのはミスターの方……だが」


 デリンジャーは抜き打ちの構えを取り、ツヴァイヘンダーを大上段に構えたフレドリッヒを、ウンディーネの力で強化した精霊眼を発動して、ジッと見据える。


「どうした、間合いだぜ?」


「貴様ぁ……」


 フレドリッヒの剣の師匠にして、ナーロッパで5本の指の一つに入るほどの達人、長身の騎士フェルデナント大公は、頭に血が上ったフレドリッヒを見て、危ういと危機感を抱く。


 激情に任せて剣を振るえば、太刀筋が乱れると、口酸っぱく幼少期に教えたはずなのにと。


 フェルデナントが、デリンジャーギャング団を見やると、かつてロレーヌ駐在武官だった、大剣クロスクレイモアの達人、ヴィクトリー王国のオーウェン・クルス・ジョーンズの姿を見かけ、厄介な男がいると舌打ちする。


 また氏名不詳なるも、赤シャツを着た背広の男にいたっては、人形のような男とベラベラ喋りながら、シレッと魔法で作った鋼糸を周囲に巡らせて、いつの間にかジークフリード騎士団を糸で包囲しており、そのような戦術を見た事なかったフェルデナントは、困惑した。


 デリンジャーギャング団に、付き従うようかのように、バブイールのアサシンギルドの面々も確認した結果、将として有能なフェルデナントは、負けないまでも、このまま戦闘に入れば騎士団に犠牲者が出ると推測する。


 それ以前に自分達は、最優先にしなければならない勅命があり、この場から引くべきであると、フェルデナントは決心した。

 

「殿下! ここは引くべき時! 何よりマリア猊下の勅命を優先させるべきです!」


 亜人国家の撃退がフレドリッヒの最優先事項である。


 すでに北部を亜人の帝国に侵攻され、本隊も来れない状況にある為、フランソワの占領統治にこだわってる暇はない。


 フェルデナントの方を向いた、フレドリッヒは、両手で構えたツヴァイヘンダーを下ろそうとした時だった。


「卑怯者」


 その時、マリー姫がフレドリッヒに吐き捨てるように呟き、対するフレドリッヒは、恋する女に侮蔑の言葉を投げかけられて心が乱れる。


「あなたは卑怯者だ、フレドリッヒ。男らしいアンリ……いや! デリンジャーとの勝負に逃げる気ですか! 丸腰の人を騙し討ちした卑怯者!」


 マリーのペンダントに同化した、精霊ウンディーネも、目の前のフレドリッヒに反応して、真っ赤なペンダントトップが青く変わり、デリンジャーの瞳も青く怪しく煌めく。


 やはり、彼こそが英雄ジークの転生体であると、マリーは確信した。

 

「違う! ぼ、僕は母上の命令を忠実に守って、嫌だったけど仕方なく、ジャン陛下をこの手で」


「あなたは……親から間違った事を言われ、間違った事をしてしまったのを正当化してるだけよ! あなたは親から死ねって言われたら死ぬんですか!? 男らしくない卑劣なフレドリッヒ!」


 すると、周りの聴衆も次々と卑怯者という呟きが伝播していき、ロレーヌ皇国に対する大ブーイングが巻き起こった。


「卑怯者で騙し討ちのロレーヌ!」

「そうだ卑怯者! 英雄デリンジャーがお前ら異国の騎士を打ち砕く!」

「帰れ、俺たち民衆の敵、ジャガイモ野郎共!」

「あんた達ダサイくせに声かけてくるから、鬱陶しかったのよ!」

「かっこいい! デリンジャー負けないで!」


 かつて転生前、社会の敵ナンバー1と言われた男は、転生後に人々の尊厳を守る民衆達の銃として支持されており、フレドリッヒはパリス市民からも侮辱され、手にした長大なツヴァイヘンダーを足元に放り投げて、腰に差したレイピアの柄に右手をかけ、左手で鞘を持つ。


「やってやる……僕を認めさせてやるぞ! 来い、アンリ! いや……デリンジャー!」


「いいぜ、来いよ、フレドリッヒ・ジーク・フォン・ロレーヌ! マリー姫、コインを宙に投げてくれ、コインが地面に落ちた時……勝負だ!」


 群衆が見守る中、マリーはうなずいて、金貨1枚を掌に握りしめて、宙に放り投げた瞬間、全員の視線がコインに向く。


――今だ!


 マリーは天界魔法の時間操作(クイックタイム)をデリンジャーにかけた。


 息を飲む様な静寂の中、フレドリッヒは抜剣する時の隙を身体強化で補い、銃弾をサイドステップでかわして、心臓を一突きしてやろうと考える。


 魔法のマスケットライフルもそうだが、銃は構えないと当たらない。


 魔法の短筒も見たことはあるが威力が弱く、伝え聞く旧イリア製のピストル式魔法銃も、構えて腕を伸ばさなければ照準など付けられない筈だから、この間合いならば自分の方が早いと、完全にフレドリッヒは侮っていた。


 そしてコインが地面に落ちた刹那、極限まで身体強化の魔力を高め、フレドリッヒが抜剣する。


デリンジャーは、マリーがかけた天界魔法の効果で、周りの景色が一瞬スローモーションのようにゆっくり流れるが、フレドリッヒは時間操作の時の流れでも、素早い動作。


 マリーが天界魔法をかけてなければ、デリンジャーは殺されていた。


 デリンジャーは身体強化の魔法と風の魔力で、人差し指でホルスターのボタンを押しこみ、ホルスターからガバメントを抜きつつ親指で撃鉄を起こす。


 脇を締めて腕を90度の直角になるよう、狙いを定めて、デリンジャーは引き金を引く。


 最小限の動作で相手に銃弾を撃ち込む、クイックドロウを行った。


 剣を抜きながら、サイドステップしようとしたフレドリッヒの動きを、精霊眼で予測したうえで、レイピアの柄に銃弾を当てて弾き飛ばす。


 その速さは一瞬を越えて0.1秒以下、0.01秒未満の刹那の世界。


 一連のデリンジャーの腕の動きは100Gを越え、手首の骨はこの速さに耐え切れずに骨折した。


「!?」


 一方剣が弾き飛ばされた、フレドリッヒは絶句する。


 しかしフレドリッヒは、自身が決闘の前に投げ捨てた、ツヴァイヘンダーに屈んで手をかけようとした瞬間、銃を両手で把持し直したデリンジャーが、両腕をサッと伸ばして連続で射撃を加えると、柄に魔弾が命中したツヴァイヘンダーは広場の明後日まで飛んでいく。


 デリンジャーは、右手首の骨が折れてる事など意に介さず、転生前のように、不敵な笑みを浮かべてフレドリッヒの頭に銃口を向けた。


「抜き撃ち勝負は、俺の勝ちだな」


 フレドリッヒは、右手で得意の風魔法で真空状態を作り出し、デリンジャーを空間ごと断裂しようとする。


「死ね! クズめ!」

絶対防御(プロテクト)


 しかしマリーのスキル、絶対防御で阻まれた。


「この勝負はどちらが、先に武器を抜けるかの一騎討ち。よってデリンジャーの勝利です!」


 マリーが宣言すると、デリンジャーはトリガーガードに人差し指をかけて、クルクルと銃をガンスピンさせてホルスターに収め、広場の決闘を見ていた聴衆たちから歓声が巻き起こる。


「ヒュー、見ろよ。西部劇みてえに決めやがった! マカロニウエスタンの決闘みてえだ」


「いや、ジョン・ウェインを彷彿とさせるな」


 二人の勇者が西部劇の話題で盛り上がる中、敗北を認められない男が一人。


「そんな……こんな事が……僕はお前なんかよりも強いのに!」


 敗北を認めない、フレドリッヒにマリーはゆっくりと歩を進め、対面すると右手で思いっきりフレドリッヒの横面をビンタする。


「あなたは卑劣で……男らしさがまるでない! 子供みたいな屁理屈男なんて……大っ嫌い!」


「うっ……っうううううううう」


 フレドリッヒは、自身の容姿が女の様に見える事にコンプレックスを持っており、男としての自分を、惚れた姫から否定され、目に涙が溢れ出して、声を上げて泣き始めた。


「うああああああああ! 母上にもぶたれた事ないのにいいいいいいい! なんで僕を誰も認めてくれないんだああああああ!」


 大陸一の戦闘の天才かつ英雄ジークの生まれ変わり、フレドリッヒの心は、年相応未満で、精神的に幼くガラスの様に脆かった。


 フェルデナント大公は、フレドリッヒが自分の息子であったならば、男子たるものみっともない醜態は晒すべからずと、思いっきり叱りつける所であったが、彼は女帝マリアの皇太子。


 彼の男を鍛えてやれぬ、もどかしさと悔しさで、フェルデナントのタコ入道のような容貌が真っ赤になった。


「クソ……殿下が! ジークフリード騎士団よ、団長命令である! 皇太子殿下を侮辱したこの者達を……!?」


 フェルデナント大公がジークフリード騎士団に戦闘を命じようとした瞬間、ロバートは鋼糸を生き物のように操り、フェルデナント大公以外のジークフリード騎士団全員を拘束する。


 そしてデリンジャーギャング団の一員になった、元ヴィクトリー王国近衛のヨーク騎士団が、馬車から拘束された、鉄十字騎士団中隊長のシュタイナー男爵を連れて、剣を突きつけ人質にしていた。


 女神ヤミーが眉をひそめるが、デリンジャー勝利のため、二人の勇者が考えた秘策である。


「ナーロッパ・バーグ陸戦条約だったか? なんだっけ? こっちが捕虜引き渡しの意思があるのならば、相手側は戦闘を一時中止するって奴だ、くそボケ」


 英雄と自称する黒髪の小人から、ドヤ顔で国際法を盾にされたフェルデナント大公は、苦虫を噛み潰した顔になって、捕虜となったシュタイナー男爵やジークフリード騎士団の面々を睨みつけた。


 マリーは、マサヨシの教えを思い出す。


「いいかい、法律は武器だ。勉強しろ」


「法律は武器?」


「そうだ、法律ってのはどんな最悪の世界だろうが、原始的な社会にもある。よくものを知らねえ馬鹿は、法律なんて人を縛るものを鬱陶しいなんて言うがそうじゃねえ。法律ってのを勉強しとけば、相手から落ち度を取られることもねえし、それを盾に相手を縛ることだってできる」


 マサヨシは、殺人を例にしてマリーに話を進める。

 二人の故郷日本の場合、人を殺したら殺人罪となり、司法に捕まれば最悪死刑である。


「日本の法律でもそうだが、相手をぶっ殺しちまったら、刑法の殺人罪。だが、自分の正当性ってやつが立証できれば、刑事訴訟法だとか、刑法の違法性阻却事由って奴で正当防衛になる。そんでもって殺意とかが立証できなきゃ、殺人罪には問えねえって事よ。民事的には殺った家族に賠償って形になるかもしれんが、相手が自分を殺しに来たんだからって言って、逆に殺った家族連中を民事訴訟法って奴でカタに嵌めれば、こっちが賠償金をせしめられる」


「つまり、法律を知ってるのと知ってないの違いで、損をするか得をするかにつながり、選択の幅が広がる……ということですか?」 


 マサヨシはニヤリと笑いながら、マリーに頷いた。


「そういう事。だが、法律よりも世の中には強いものがある」


 勇者はマリーの前でガッツポーズして見せた。


「それは金と暴力と権力よ!」


 右の拳を誇示して見せる、無法者(アウトロー)な勇者に、マリーはドン引きする。


「だが、金と暴力と権力にも負けねえものはこの世にはあるんだ。それは、己の意地と誇りよ。ワルってのは、金と権力、そして圧倒的な暴力で人を従わせようとする。だが、それに屈しねえ心意気を持ってれば、己に負けはねえ。たとえ(たま)取られようが、心が相手に屈しなかったなら、無敵よ」 


 悪に負けない強さとは、正しい心を信じる意地と誇りの力。


 マリーは、この世界にアンリと言う名で転生したデリンジャーの男らしさに応えるため、ナーロッパ最強とも噂される、ロレーヌに一歩も引かぬ心意気を見せようと、下っ腹に力を込めて長身のロレーヌの大公爵、フェルデナントの前に立つ。


「それではデリンジャーの勝利を以て、この国を解放すべきであると、ヴィクトリー王国、マリー・ロンディウム・ジーク・ローズ・ヴィクトリーは思いますが、いかがでしょう?」


 崩れ落ちて泣いているフレドリッヒを横目に、フェルデナントは、もはや勝利の目はないと確信した。


「マリー王女殿下、私の一存では決められませぬ。我らが教皇猊下にご聖断していただきます」


 フェルデナントは、女帝マリアに連絡を取る。


「教皇猊下、フェルデナントです。実は……」


「バブイールの蛮族共が攻めてきおって、今軍議中じゃ! フレドリッヒは!? 皇太子はフランソワに侵攻中の亜人共の帝国討伐に赴いたか!?」


ーーえ!? ロレーヌにバブイールが侵攻した?……それに亜人の帝国? 


 マリーは通信をフェルデナントに代わってもらった。


「お久しぶりです、マリア猊下、私は……」


「おお、マリー姫か!? お主もフレドリッヒの為に動いてくれるのじゃな! 今我が国やフランソワ北部に亜人の軍勢とビクトリー王国がモンスター共を動員して、ナーロッパを滅ぼすために動いておる。フレドリッヒに迎撃させる予定じゃったが、お主も助けてくれれば、我が国もナーロッパも救われよう」


 マリーは絶句しながら、通信に耳を傾けた。


 ついに、エリザベス率いるヴィクトリー王国と、ナーロッパ諸国との大戦が起きたのだと思い、腰砕けになりそうになるが、マリーの肩の上に小人になった勇者マサヨシがそっとささやく。


「よう、このアホ(あま)はおめえが、あのガキの手助けしに来たと信じてるから、話合わせとけ」


 マリーは言われるがまま、女帝マリアと話を合わせる事にした。


「はい、私もヴィクトリーの為、このフランソワの為、そしてロレーヌの為にもなんとか頑張ります」


「うむ。ところで、そこに英雄ジークの生まれ変わりだと称する、不届き者がおると聞いたのだが、何処におるのじゃ?」


――げっ、先生の事でこの人怒ってる。


 マリーは肩の上に乗ったマサヨシを見ると、マサヨシはニヤリと悪どい笑みを見せ、ジークフリード騎士団と対峙していたロバートを手招きする。


「あたくしをご指名ですか? マリア猊下」


「!?」


 マリアは、通信先の声に驚き、手に持った魔法の水晶玉を落としそうになった。


 この声の主は、もう死んでいる筈だと。


 そして、幼いときに抱いた思いが一瞬蘇るも、気持ちを押し殺す。


「お前は……何者じゃ! 英雄ではないはずだ。答えよ、黒髪の男よ」


「そうですねえ、あたくしは勇者ですぜ。教皇猊下」


「我々は、世界を救いにやってきた勇者です。自己紹介がまだでしたね、私も黒髪なもので……私の名前はロバートと申します。最初に応答したのはマサヨシ」


 ……黒髪の英雄が二人!?

 それも勇者とは!?


 ただでさえ通信先に出たマサヨシの声に、マリアは混乱状態になった所に、通信先の自称英雄が二人に増え、頭脳明晰な筈である、彼女の脳内が混乱をきたす。


「あたしらは神に認められ、神に仕える、ワル退治専門の戦士と言った方が、話は早いです。善良で心根の優しい人々が対抗出来ないような、強いワルや化物を挫くのがあたしらです」


「そう、我らは善なる人々の救済を目的にしているのです、猊下。そしてこの世界には陰謀や悪徳、弱者への暴力が溢れている」


 神に仕える戦士……。

 それではまるで、伝説の英雄ジークのような存在。

 もしかしたら、我が子フレドリッヒは彼らに倒された可能性がある。


 すると可愛い我が子の泣き声が通信先から聞こえ、マリアは息を呑んだ


「そういや、風の噂で聞いたんだが、なーんか国際法無視して、王を暗殺して占領しちまった悪の帝国があるらしいんだよなあ?」 


「うーむ、それは許せんなあ。我ら勇者が滅ぼす悪に違いないな」


 マリアは、北方からは亜人国家、東方からは蛮族と侮るバブイールに攻められており、今の状況で、伝説と言われた、英雄に匹敵する可能性がある勢力を敵に回すリソースなどありはしない。


「なあ、英雄(ヒーロー)! ここはおめえさんの国だ! バシッと決めてくれや」


 女帝マリアが混乱の極みにいる中、デリンジャーが魔法の水晶玉にしゃがみ込む。


「お久しぶりですね、マリア・ジーク・フォン・ロレーヌ猊下。このフランソワは俺があんた達から強奪した。心配すんな、俺の国は俺が守る! 以上だ」


 マリアは通信先の男が、死んだといわれていた、フランソワ第一王子アンリであると悟り、深いため息を吐く。


「なるほど、相わかった。それではナーロッパに迫る、北方の亜人国家の迎撃、そちらにも骨を折ってもらおう。そしてマリー姫よ、お主がヴィクトリー本来の元首、あのジョージの跡を継ぐことを期待しておる」


 女帝との通信が終わり、マリーはホッと息をつき、女神ヤミーが咳払いした。


「オホン。うむ、終わったようじゃの。我の権限も後一日で、オーディン神に引き渡さなければならぬ。その前に……」


「破滅神ロキとその尖兵、エリザベスと亜人の軍勢を阻止し、大戦を止めます!」


 マリーの決意に、男達は頷いた。

次回は主人公視点に戻ります

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