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転生したら楽をしたい ~召喚術師マリーの英雄伝~  作者: 風来坊 章
第二章 魔女は楽になりたい
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第40話 英雄の凱旋 前編 

「なんじゃと!? フランソワ北部と我が国の沿岸に亜人の大群が!?」


 ロレーヌ皇国の元首、女帝マリアは、見眼麗しい全裸の美少年たちを寝室から下がらせて、長大なキセルを口に咥えて、フランソワのパリスにいるフレドリッヒの連絡に耳を傾ける。


「はい、母上。魔女エリザベスめはおそらく亜人国家と手を結び、大規模攻勢をかけてきたと思われます」


 宮廷魔導士である黒魔導士、トレンドゥーラが配合した覚醒作用と魔力を高める効果のあるハーブに、大麻を混ぜたキセルを吸い、女帝マリアは周辺国家から‘妖狐’と、いわれるほどの明晰な頭脳で、煙を我が子に助言する。


「我が愛しのフレドリッヒよ、こうなっては是非もあるまいて。亜人共の大軍を、お主が……」


「嫌です! 僕のマリー姫を見つけ出して、一刻も早く保護しなければ……」


「お黙り! 今は国家の危機じゃ! いや、ことと次第では我らヒト種が奴らに滅ぼされる!」


 女帝マリアは、フレドリッヒの青臭い要望を一蹴し、亜人達の大軍団の報を聞き、かつてないほど危機感を覚える。


 フランソワと戦争中のホランドは、ヒト種と混血が進んだハーフエルフ達で、実力的にはフランソワの軍事力があれば、十分対応可能の相手。


 しかし、フレドリッヒの報告によると、亜人達が掲げた旗は、白地に蛇が絡んだ黄金のリンゴ。


 かつて英雄ジークが退けたと言う、音に聞いていた亜人の大帝国、ノルド帝国の旗印。


 ホランドの亜人種と違いノルド帝国の亜人達は、ヒト種を遥かに超える強大な力を持つ。


 国家構成は、エルダーエルフが支配する帝国基幹のフィン領域、エルダードワーフが支配するスーデン、それ以外の様々な亜人の多人種国家がノルド領域。


 フランソワとホランドの戦争に日和見だった筈だが、今回の亜人の侵攻において、本格的にヒト種の領域に攻め込んで来たと、マリア帝は戦慄する。


 しかし、これは逆に我が子フレドリッヒを、国の内外に英雄ジークの生まれ変わりであるとアピール出来る、またとない機会であると考えた。


「我が皇太子フレドリッヒよ……我らが祖、英雄ジークは、かつて亜人の大帝国を……ヴィクトリー島の騎士団で退けた。お主もわかっておるじゃろう? 今また、このナーロッパに亜人の大軍が攻めてきた。お主が取るべく道はただ一つじゃ」


 フレドリッヒは、母の呼びかけに思考を巡らせ、自分が成すべきことを考える。


――僕が取るべき道は、母上の言う通り、英雄ジークと同じ運命なのかもしれない。もしも亜人の軍勢を退けたなら……伝説と同様、ヴィクトリーの美しい姫君が振り向いて、僕とマリー姫は……。


 フレドリッヒの脳裏に、またあの豊満な二つの白い塊が思い浮かび、鼻血が垂れてきた。


「わかりました母上! 我が祖ジークのように、僕が亜人の軍勢を撃退して見せましょう!」


 気難しい我が子が英雄への道を歩み出した事に、マリア帝はホッと胸を撫で下ろし、通信を終えた。


「これで、我が子は英雄の再来となるじゃろう。フレドリッヒの力は、一国の軍事力に匹敵する。そして英雄ジークではなく、我が子フレドリッヒの英雄伝説がこれより始まり、わらわは英雄の母として後世まで信仰の対象に……」


 などと呟く、マリア帝の自室の扉が勢いよく音を立てて開き、伝令の騎士が緊急報告を行った。


「我らの教皇猊下! 緊急事態です! ブルガリーのフォーク辺境公の報告によると、我が皇国の東方領ブルガリーに、バブイールの大軍勢が侵攻開始! 蛮族めを指揮する将帥は、紋章官によるとバブイールの皇太子、アヴドゥル・ビン・カリーフであります!」


「な! なんじゃと!?」


 一瞬、何を報告されたのかマリア帝は混乱したが、キセルを一服して煙を吐くと、心が落ち着くと同時に、烈火の如く激情が沸き起こり、キセルをテーブルに叩きつける。


「蛮族共が! ナーロッパの危機に我が領土へ侵攻など許せん! トレンドゥーラ率いる黒魔道士と、鉄十字騎士団で迎え撃つのじゃ!」


 一方のフレドリッヒは、アルペス山脈に行軍中の、ロレーヌ軍本隊に、水晶玉で連絡を取る。


「貴様ら! 何をグズグズしているんだ! 今どこだ!」


「アルペスのベルナールです殿下! しかし我らが行く手に何故か落石や崩落が頻発しておりまして、兵達にも被害が……」


 これはロマーノのヴィトーと、傭兵国家シュビーツの策略である。


 シュビーツ人のガイドとシュビーツの工作兵がグルになって、ロレーヌ軍の行軍速度を遅らせるために、わざと崩落や落石を引き起こしていた。


 そして、フレドリッヒはシシリー島の戦いでヴィトーが主ビーツ傭兵団と共にいたのを思い出す。


 彼は自分の軍団が、シュビーツとヴィトーの妨害にあっている可能性が極めて高いと判断した。


「もういい、お前達は本国に帰れ! 無能共は来なくていい!」


 通信を終えたフレドリッヒが水晶玉に怒鳴りつけた時、占領軍の諸侯が集まる中に伝令官が現れた。


「今度はなんだ! 僕をまた不快にさせる何かが起きたか!?」


「申し上げます皇太子殿下! シャンゼリーゼ通りにセビーロに身を包んだ集団が現れました! フランソワ第一王子が首魁の、ローズデリンジャ―ギャング団の一派かと思われます! フランソワの平民たちが続々と沿道に集まり、花と色とりどりの紙吹雪(コンフェッティ)で祝福し、パリス市内を練り歩いてる模様!」


「なんだとぉ……こんな時にアンリめぇ……! ナーロッパが滅ぶかもしれないこの時にっ!」


 ローズデリンジャ―・ギャング団のアンリことデリンジャーは、帽子を目深に被りある決意を秘めて、ただの白馬になった神馬スレイプニルの背に乗って、パリス中心部の広場まで向かう。


 民衆達は、花と金銀のフランソー貨幣をばらまきながら、通りを行進するセビーロに身を包んだ集団に完全に魅了されており、デリンジャーギャング団が集まった民衆達にお辞儀をすると、沿道から歓声と拍手が沸く。


 アンリ達がパリス中心街の広場に着くと、幼さが残る童顔を憤怒で真っ赤に染めたフレドリッヒと、ロレーヌ精鋭のジークフリード騎士団が待ち受けていた。


「どけよ、ここは天下のパリスのフランソワ広場だ……フレドリッヒ」


 フレドリッヒは、身の丈の倍以上ある長大なツヴァイヘンダーを馬上のアンリに差し向ける。


「どういうつもりだアンリめ! マリー姫はどこだ!?」


 すると馬車から、真っ赤な羽付き帽子と赤いドレスを着たマリーが降りてくる。


 両肩には、小人化した女神と勇者を乗せて。


「ごきげんよう、フレドリッヒ皇太子殿下。この方が、この国の人々にある宣言をしたいそうなので、私はその立ち合いで参りました」


 フレドリッヒは、自分こそフランソワ王位に相応しいと、アンリが宣言する気であると思ったが、白馬に乗ったアンリは、フレドリッヒを真っすぐ見据え、被った中折れ帽子のつばに指をかけ、宙に放り投げた。


 そしてアンリは、夜明け前に決心した出来事を思い出す。


――4時間前


 勇者ロバートが心臓が完全に停止した、フランソワのエマ王女と、幼王ルイに信仰系の神霊魔法を唱えており、右手に聖母マリアの入れ墨、左手には十字架の入れ墨が浮かび、神霊魔法の最高峰である、蘇生(リヴァイヴァ)を唱えた。


「ダメだ、ミスターデリンジャー。殺害されてから時間が経ってる。傷は塞げたが、心臓の鼓動が微動だにしないのと、血液を多く失ってる。それに魂もこの世界にもう……これでは私の蘇生魔法では……」


 アンリはうなだれて、妹と弟の亡骸を呆然としながら見つめていた。


「なんとか、なんとかならないんですか!? こんな事、酷過ぎる……」


 マリーは涙を流しながら、二人の亡骸を見つめ、勇者マサヨシはこの状況をジッと見据えながら、報復手段を考えていた。


「おう、てめえよくもやってくれたじゃねえか? 落とし前つけてやんよ」


 勇者マサヨシは、どこからか拾ってきた五寸釘を手にして、手を下したバブイールのアサシンの右目を突いた。


「ぎゃあああああああああああああああ!」


 暗殺者が両手で右目を抑えて絶叫し、今度は左目を突こうとするマサヨシの手を、女神ヤミーが、マサヨシの手を両手で抑える。


「やめるんじゃ! お主、そんな非道をしても魂の循環に入った魂は、もう元に戻せん! そしてこの暗殺者めは、死後冥界の裁きにかけるべきじゃ!」


「うるせえんだよコラ! 俺はよお、身内をコケにし、女子供を手にかけた野郎には、報いを受けさせなきゃ収まらねえ性分よ! ゴラァ、鉄砲玉! てめえ左目寄こせ! てめえが今着てる服みてえに、一生てめえの視界を真っ黒にしてやんだからよお!」


 マサヨシとヤミーが押し問答している間、ロバートはため息を吐いて、立ち上がって振り返り、隠し持っていたナイフで、暗殺者の左目を突いて失明させた。


「うぎゃああああああああああああ!」


 のたうち回るアサシンギルドの構成員の顔面に、無慈悲にロバートはつま先で蹴り上げる。


「ミスターデリンジャーは、殺しはしないとおっしゃってるから、俺がてめえの左目くりぬいてやる! くそったれのマザーファッカーな、ヒットマン風情が! ぶっ殺さねえだけありがたいと思え!」


 マリーはこの修羅場を目の当たりにして、気分が悪くなっ両手で口元を抑えており、他のアサシン達も怯えながら、次は自分達も目を抉られると絶望の表情を浮かべる。


 暗殺者は両目を抉られながら、手探りで火薬が練り込まれた自身の衣服に手をかけ、この場にいる全員は無理でも痕跡を消そうと、自爆しようとしたが、ロバートからローブをはぎ取られた。


「火薬の臭いとてめえの考えなんざ、俺にはお見通しなんだよ! マフィアなめやがって、やはり今この場で殺すか、ファック野郎」


 ロバートは懐から魔力銃ガバメントを取り出し、暗殺者の頭に銃口を向けたが、水のバリアで遮られた。


「なぜ!? ミスターデリンジャー! この野郎はあんたの家族を!」


「もういい、そいつは命令されて自分の仕事をしたにすぎねえ。こいつの目や命を奪っても、俺の妹と弟の命はもう戻ってこねえ。そいつの目を治してやってくれねえか? ロバート」


 ロバートは、暗殺者を土魔法で作った金属の鎖でぐるぐる巻きにした後、回復魔法で目を治療し、暗殺者の視界が元に戻ると、目の前にアンリがかがんで、じっと暗殺者の涙と血に濡れた茶色の瞳を見つめる。


「俺の名と顔は……言わなくても知ってるだろう? お前、名は?」


「……ハッサーン」


 暗殺者ハッサーンは、バブイール王国中央に位置するアララート山で、英雄カンビナスを信奉し、殺しの技術だけを20年間仕込まれて、バブイール王国の王族の為に腕を振るう殺人集団の中でも、トップクラスの暗殺者。


 任務遂行は100パーセントであり、標的以外の人間はおろか、虫の一匹にすら一切の殺生をしない、美学を持っていた。


 彼は生業で殺人をするが、その行為を内心嫌でたまらなかったからである。


「なあ、お前の魂はなんて言ってるんだい? 本当のお前は殺しを喜んでやるような人間か?」


 その時、暗殺者ハッサーンの知らない記憶が蘇る。

 

 記憶の中の自分はどこかの国で、幼いながら、敵対する兵士を殺して、生きるために殺人を生業にしていた兵士だった。


「ツチ族は悪魔だ! 殺せ!」


 大人たちは自分に命じ、アサルトライフルで敵兵を殺すが、相手も自分と同じ年代の少年少女ばかり。


 そして自分は、成長するにつれ自分の任務に疑問を持ち、大人の上官の命令を拒否した瞬間、拳銃を頭に突きつけられて、それから先は思い出せなかった。


 かろうじて思い出したのは、自分の転生前に生まれた祖国、ルワンダである。


 かつて民族大虐殺が起きた、アフリカの国の名前だった。


 ハッサーンはその時の記憶を思い出し、涙を流す。


「嫌です……殺すのも殺されるのも、もう嫌です……僕は嫌です」


 この世界の人々は、魂に何らかの傷を負い転生した地球出身者ばかりである。


 アンリは、ハッサーンの肩を叩き瞳を見つめた。


「俺も、人殺しは嫌だ……もう沢山だこんな事は! お前、俺といっしょに来い! 俺は……人なんて殺さなくていい世の中を作りてえ。お前は暗殺稼業なんて自分の嫌いな仕事、やめちまえ!」


 マサヨシとロバートは、義賊デリンジャー、そして犯罪王と呼ばれた男の美学に触れて感服し、マリーは、アンリの懐の深さを垣間見て思った二文字。


――英雄


「これは……俺への罰だ。俺は転生後、この国の英雄になりたいという一心で、亜人達を虐殺し、王族と言うくそったれな面子の為に無関係な人々も苦しめて殺めてきた。そして、転生後の家族を失ってよくわかる……。やはり、人殺しはクソだ! 人間が人間を殺す行為に、正当性なんてありはしねえんだ!」


 ルービック宮殿で決意した思いを胸に、アンリは、転生前の魂の輝きを完全に取り戻し、中折れ帽子を宙に放った後、長大な大剣を構えるフレドリッヒを見据える。


 そして、自身の身体強化を喉に施し、二人の勇者がアンリともデリンジャーとも呼ばれた男の魔力を補助した。


「聞け! 民衆達よ! 俺はローズ・デリンジャ―ギャング団のデリンジャーだ! そして本当の名はアンリ・シャルル・ド・フランソワと言う!」


 自分達を魅了した、義賊の正体が死んだといわれた第一王子、アンリであると明かされた民衆達は、驚きのあまり絶句し、憲兵騎士団はやはり王子様だったのかと思い、成り行きを見つめる。


「だが、そんな名前にはクソほどの価値もねえ! いらねえんだ、この国に王族なんてっ! 身分なんてもんも! 長年民衆を苦しめた王族の名前なんて、もうこの国にいらねえ!」


 フレドリッヒは、呆気にとられながらアンリを見つめる。

 アンリの言ってる言葉や単語の数々の意味が、理解できなかった。

 そしてこの世界に、1人の英雄が生れようとしている事にも気が付かなかった


「俺はデリンジャーだ! 俺は銃だ! 民衆の味方であり、俺は民衆と共にある! 俺の今の名はデリンジャー! 弱き人びとのための銃であり、強きを挫く銃弾だ!」


 デリンジャーが、王家の証であるペンダントとルーヴィック宮殿にあった王冠をその場に放り投げると、周りの聴衆から歓声と拍手が巻き起こり、デリンジャーコールが沸き起こる。


「お、お前はっ! この国の王として君臨するんじゃないのか!? 自分から王族の称号を捨てるのなんて、こんなの……」


「クレイジーとでも言いてえか? いいねえ、クレイジーは俺にとって誉め言葉だ! この国をお前らから強奪させてもらうぜ? フレドリッヒ!」


 王族としての名を捨て、ジョン・デリンジャーとして完全に覚醒した男は、懐から自身が護身用に持ち歩き、一切の殺生をしなかった誇り高き自身の護身銃に似た、魔力銃デリンジャーを取り出して構える。


 亜人国家の軍勢が迫る中、男と男の一騎打ちが行われようとしていた。

英雄と呼ばれる男の一人が覚醒しました

次回に続きます

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