第3話 世界崩壊の召喚魔法
父が死んだ宮中晩餐会から一週間が経過した。
どうやら、私の自室から父を殺した毒物が発見されたようで、私は明日、王都ロンディニウムの広間に移送されて、公開処刑される予定らしい……無実の罪で。
なぜ、どうしてこうなった?
この世界は比較的平和な世界って聞いてたのに。
私は転生前と同じ16歳で、転生したこの世界でも死ぬ運命なの?
私は、ただ人生を楽に過ごしたいって思ってただけなのに。
なぜ……。
考えてもわけがわからないまま、時間だけが経過していく。
私は薄暗い城壁塔に幽閉され、皮で出来た粗末な囚人服に着替え、手枷足枷をはめられてる。
用を足すのは、粗末な桶が置いてあって……いや、思い出すのやめよう。
日に二回、鳥の餌のようなパンと水だけの食事が運ばれ、それを木のスプーンで食べる以外は、私は床に横になってずっと過ごしてきた。
天界で得たあの膨大なHPが無ければ、私は楽に獄中で、衰弱死か餓死してたかもしれない。
それももう、今夜で終わり……やっと楽になれる。
死んで楽になれるなんて、皮肉もいい所だけど。
「お父さん……」
転生前の父の守と、転生後の父ジョージを交互に思い浮かべて、涙を流す。
父は、どっちの世界でも私を想ってくれる優しい人だった。
転生前の父は、国家公務員の官僚で日本全国色んな所に転勤して回り、その度に私も小学校を転校して、友達らしい友達を作れずにいて、ゲームしたりオカルト本とか見て、母も勤めに出かけてて、一人家で過ごす時間が多かったなあ。
父の本省勤務で、東京の中高一貫の学校に入学してから、成績がトップになって偏差値上位の私立高校にチャレンジしたいって言った私を、誰よりも応援してくれたのも、父だった。
その後、学校にも通わなくなって……。
この世界の父も、死ぬ最後の日、私に色々話してくれて。
自分は死ぬまでお前をサポートしてくれるって言って……。
もっと私が気を付けてれば、この世界の父のジョージも。
お父さん達、ごめんなさい……。
結局一睡もできないまま、夜が明けて、私は馬車に乗せられて王都へ向かう。
国王殺しの大逆人は街の広場で処刑されるという、大昔にできた法律によるためだ。
罪人の処刑は、斧により首を両断されるらしいけど……。
私、無駄にHP高いし体力値もレベルからしたら高いらしいから、すぐには死ねないんだろうなあ。
ああ、次に転生したら今度こそ楽な人生送りたい。
「殿下、その……今までありがとうございました……お覚悟を」
馬車に乗り、小一時間ほどで、私は近衛兵から馬車から降ろされた。
王都ロンディニウムは、埃っぽい石造りの街で、なんとも言えない異臭が鼻につく。
衛生的とは言えない街の広場では大勢の群衆が私の姿を見ている。
あの晩餐会の日、私を羨望の目で見つめた臣下や貴族達とは違い、憎しみに溢れた目。
そして、私は市民達の身なりを見て、ある事に気が付いた。
みんな、ボロボロのシャツやズボンを着てて、女の人も粗末な頭巾被って、おしゃれとは程遠い皮の服着て……そうか……。
私が王宮で楽な生活をしている間、あの人たちは私たちを支えるために、搾取されてるんだ。
きっと、必要以上に無駄な税金を搾り取られて……。
誰かが楽をするために、誰かが苦しまなきゃならないのが、この世界の真理なのね……。
「この大罪人の魔女め!」
「よくも国王陛下を!」
「報いを受けろ!」
私の頭に石が投げつけられて、卵とか桃に似た腐った果物も投げつけられる。
やめてよ……どうして……どうしてこんなことに。
私、父を殺してないのに、どうして。
どうして私を、こんなにイジメるの?
嫌だよ……私は王女なのに。
黒い覆面を被った上半身裸の処刑人は、私の手枷についた鎖を引き、粗末な木でできた処刑台まで無理やり上らされ、そこにあったのは……映画とかでも見たことある断頭台、ギロチンだった。
そうか、私ってこの世界のマリー・アントワネットなんだ。
同じ、マリーって名前だし。
転生前、頭がハゲた世界史の先生の授業で習った、フランス王家の王妃。
美貌、純情な反面、軽率、わがままと称され、普通の女の子として生きたいという願望を持っていたと言われる、国民からギロチンにかけられたという、可哀そうな王妃と同じ運命を辿るのか。
「殿下、このフランソワ製の最新式処刑器具ならば、苦しまずに我らがヴィクトリー建国の英雄、ジーク様の御元に逝けるでしょう、お覚悟召されよ」
いやだ……やっぱり死にたくない!
誰か……助けて。
祈りむなしく、私は後ろから斧の一撃を足に受ける。
「きゃあああああああああああああ」
衝撃が足首に走り、アキレス腱が両断された。
痛い、痛い、痛いなんで! 私の足を! なんで!
「くそ! なんか固いぞ! 普通なら足首から先が両断されるのに!」
「構わん、この方にこれ以上苦痛を与えるな! これならば万が一の逃走も出来ぬだろう! 今のうちに枷を外して手足を縛り、断頭台へ!」
私が足を斬られると、聴衆は大歓声を上げる。
私の顔には、足から流れ出た血が……。
「ざまあみろ魔女め!」
「殺せ! 早く王様殺しの大逆人の首を落とすんだ!」
「早くそいつの首を見せてちょうだい!」
悪意が、人々の悪意がこの広間を覆ってる。
私は、この国の王女なのに、みんな私が死ぬのを楽しんでるんだ。
そう、机に仏花と花瓶を置いた私のクラスメイト達みたいに……。
あれ……これは転生前の私の記憶。
どうしてこんな時に思い出して。
転生前の記憶の断片が脳裏に浮かび、私は断頭台にうつ伏せに寝かされる。
私の目の前に置かれてるのは、粗末な木の皮で出来た首一つ入りそうなカゴだった。
いやだ……こんな死に方……人間の死に方じゃない……。
助けて、お父さん。
すると私の転生前の最後の記憶が脳裏に浮かんできた。
「なんで……学校に行ってくれないんだ真理。引きこもってしまって……お前が不登校で退学になると、省内の私のキャリアに傷が……もう……私と一緒に死んでくれ!」
包丁を持ったお父さんが、部屋に入ってきて……馬乗りになって私の首を。
いや、なんで……こんな事に……もう、嫌!
断頭台からギロチンが首に振ってきて、刃が首に当たる瞬間、スキル、絶対防御でガードした。
すると、ギロチンの刃が私の首にひんやり当たり、私はその場ですすり泣く。
「う……うう、うあああああああああああああん」
私は……転生前に実の父から……殺されたんだ。
今のギロチンのように、首を切られて……。
「な!? フランソワ王国め! 不良品かこれは」
「早く刃をロープで引き揚げろ! 次こそ処刑するんだ! エリザベス殿下の命令だぞ」
私は絶望しながらある真理に辿り着いた。
父が死に、私が死んで誰が得をするかという事を……。
私をこんな目に遭わせたのが誰なのか。
そして思い浮かんだのは、この世界の姉、エリザベス。
――私の運命は、肉親から殺される運命の螺旋に繋がれてるのね……。
転生前も、この世界でも……。
私の目から涙が溢れ出す……。
転生前に封印した記憶を呼び覚ましたこの世界に、憎しみの念が涙と共に溢れ出してきた。
「こんな世界なんか大っ嫌い! みんな呪われればいい! みんな、みんな、こんな世界なんか滅びて死んじゃえばいいんだあああああああ」
私はこの世界へ呪いの言葉を口にして、叫びをあげた。
その瞬間、私の体がギロチン台と光り輝く。
私の体力がどんどん減っていく感覚があり、呼吸が早くなる。
そして、めまいを感じて体が動かなくなって……。
私の目の前にあったカゴに、この世界の文字が浮かびあがった。
「召喚術式、世界崩壊」
その瞬間、太陽が降り注いでいた世界が真っ暗になる。
私の後ろの空の方から雷鳴がして、人の声とは思えない獣の鳴き声が……。
「おい、空見ろ!」
「な、何だあれは……まるで空が割れて」
「地鳴りがして……何が起きてるんだ?」
すると、空の方向からガラスのような何かが割れた、大音響がして……。
「キシャアアアアアアアアア」
「グウオオオオオオオオ」
「ギャァァァァァス」
「ド、ド、ド、ドラゴンだああああああ」
「いや、それだけじゃない、見たことがない怪物たちが」
「あれは、翼を持った……化物だああああ化物の軍勢だあああああ」
「なんだあの数は、数千、数万の化け物たちが空を!」
な、何が起きてるの?
私は、何をしてしまったの?
目の前のカゴの底に、召喚術式、世界崩壊の字が浮かび上がって……。
町中パニック状態になったのか、市民の悲鳴があちこちでして。
そして、私の事を市民達が魔女だと罵るけど、すぐに姿が見えなくなった。
あ、目の前にあったカゴを、緑色した小人が持ち去って……。
あれは? 何? 何が起きて……私は一体。
「魔法の水晶から伝達! 処刑は中止だ! 罪人をヴィクトリー城へ移送せよ、勅命だ!」
処刑中止?
助かったの? 私……。
身体が指一本動かせないほど憔悴しきった私は、馬車で王宮まで戻される。
何が、どうなってるの?
確か私は、召喚術の才能があるって、転生前に天使が言ってたけど。
この世界が崩壊するほどの、何かを……私は召喚してしまったのだろうか?
目隠しされて、私は王宮のどこかへ連れてこられた。
馬車に乗ったまま、身動きが一切できずに体を縄で縛られて。
「どうやら……死ななかったようね。皆の者! ここから離れよ! 罪人と二人で話したい!」
この声……エリザベス。
そうか、彼女が私を王宮に戻したんだ。
「私は、父の自室から王家にまつわる秘術を見つけたの……英雄ジークが我がヴィクトリーを建国した時、彼が得意とする魔術、召喚魔術についての秘技を」
エリザベスは、召喚魔術の事を知っている!?
それに我がヴィクトリーですって?
この国は、父ジョージ3世と後継ぎである私の国なのに。
くっ、ダメ、体力が憔悴しきって言い返そうにも声が出ない。
「我が王家は、代々召喚術師の家系でこの秘術は秘伝のものとされてきた。皇国はもしかしたら知っているかもしれないが、そんな事はどうでもいい。マリー、私は貴方の事がはっきり言って大嫌いだった! 生まれた時からちやほやされて、遊び回ってたあなたが」
私もあなたが大っ嫌い。
自分の頭の良さを鼻にかけて、子馬鹿にしてくるあなたの事が。
父を殺した極悪人め。
「まあいいでしょう、話を続けます。あなたは表向き死んだと他国に広報しましょう。王女マリーは国王暗殺を企てた、世界を呪い、崩壊を望んだ悪しき召喚術師として。ねえ? 知ってて? マリー? 私も召喚術の才能があるみたいで、あなたが召喚した魔獣の軍勢を、自在に操れることに成功したの」
え!?
そ、そんな事が……。
私が召喚した魔獣……モンスターを自在に操れるって……。
それって、まるで魔女……いや物語に出てくるような魔王のような。
「この魔獣の力があれば、海を隔てた大陸国家から、我がヴィクトリーを守れる。安全保障が楽に手に入った事、貴方に礼を言いましょうか? ありがとうマリー」
この女あああああああああ。
性悪だと思ったけど、まさに悪女だ。
同じ父から生まれたとは思えない、こいつ!
「そうそう、心配しなくてもあなたがたぶらかそうとしたエドワードは、私が女王として即位した暁には、相応しい地位を、王立漆黒騎士団長として、ゆくゆくは爵位をあげ、私の夫に迎え入れます。あなたは何も心配しなくていいから……安心して遥か海の向こうの植民地島、オージーランドで孤独に一生を過ごせ!」
エリザベスううううううううううう!
絶対にあんたは許さない!
この王国は、あなたの好きにはさせないから!
「あんたみたいな奴、大っ嫌い! 苦労もせずに誰からも好かれて、毎晩毎晩遊び歩いて! 侍女たちもあんたの事なんか、大っ嫌いって言ってたわよ! あなたの傍女のルイーダも! 私は、あんたみたいなパリピ女なんかに負けたくないから、この世界に転生したんだ! あんたなんかには絶対負けない!!」
え……まさかこのエリザベスも転生者?
もしかして、地球出身の?
それに、私は……転生前そんなのとは無縁の女子高生だった。
何でこんな奴に、こんなこと言われなきゃならないんだ……。
「あー言いたいこと言ってすっきりした。じゃあね、憎きマリー、ごきげんよう、さようなら」
復讐してやる……。
私の父を殺したあんたに、ぜったい復讐してやる!
島流しの憂き目に遭おうと、私はこの国に絶対帰ってくる。
今度こそ私が楽な生活を手に入れるために。
私が召喚した魔獣の軍勢を何とかするために。
そして街の広場にいた可哀そうな市民も楽させるため、絶対に!
こうして、私はこの世界の姉であるエリザベスへ復讐を誓い、遥か海の彼方にある絶海の孤島、オージーランドへ島流しにされた。
だが、この時の私は知らなかった。
私と同様にエリザベスを憎み、復讐を誓うあの4人の王子達の事を。
それこそが、ヴィクトリア王国滅亡の危機どころか、世界滅亡の危機に陥ることも……。
そして、絶海の島の惨状を垣間見て、この世界の救いを求めて私が召喚した、もしかしたら世界の希望かもしれない彼の存在も、まだこの時の私は知らなかった。




