第31話 終える者と始める者達 中編
「チッ、転移の魔法か。ありゃあ、かなりのワルだ。俺が出会った中でも最悪レベルだろう。俺は大邪神とか大魔神も討伐したが、やべえな……あれはそんなレベルじゃねえ。冥界魔法使っても心が読めなかった」
先生も冷や汗をかくほどの相手、それが”終える者”。
私は、大型馬車を見た。
今のワイバーン襲来で馬3頭が犠牲になってしまい、炎や落雷を受けて死んでしまった馬に、私は両手を合わせて目を閉じた。
生き残りはあと一頭だが、馬はデリケートな動物で、ドラゴンに襲われて足を怪我でもしてたり、怯えちゃってたら、もう私達は街道を歩いて行くしかない。
すると馬車に繋がれた紐が解かれ、私達の馬車の馬に……大きくて足が8本もある白馬が背後に立ってて、ええと……これは一体。
「可愛いメスよ……孕め! 神の子を!」
すると8本足の馬から、9本目の足のようなものが伸びてきて……私の馬車の馬にいきなり跨って腰を振って……。
「きゃああああああああああああ」
私は思わず顔を真っ赤にして叫び声を上げ、先生が駆け寄ってきて、8本足の馬の頭を平手で思いっきり叩いた。
「てめえ、馬公! なんで人様の馬をコマしてやがんだよ! てめえ足が8本あるし、モンスターだろう!?」
「無礼者が! 私はスレイプニルだ! 冥界最上級神よりお前の支援をと言われ、馳せ参じた神だぞ! そこのメスと一緒に運んでやるから、近くの町で上級神と落ち合う事になってる。さっさと乗れ!
馬が喋ったあああああああ。
意味わかんない、何なのこれ!
あ、先生が舌打ちしながら、その辺の棒拾って、阿修羅一体化する。
「げえっ、そのお姿は! まさかあなた様は!?」
「乗って下さいだろ馬公! てめえ俺が誰だかわかって舐めた口聞いてんのか!? まだ許可降りてねえから真名名乗れねえが、俺の昔の名前はアースラだ! 馬刺しにすんぞコラ!」
うわぁ、スレイプニルって名乗った馬のお尻に、リズミカルに棒で叩き回ってる。
「ヒイッ、申し訳ございませぬ。ぶたないでください、僕の肉美味しくないですから! ヒヒーン」
こうして、突如現れたスレイプニルという神馬が加わり、私達はアヴィーニョの町にあっという間に辿り着く。
町の人々は無事だったが、私達を重要犯罪者として待ち構えていたフランソワ王立憲兵騎士団が、ワイバーンの被害に遭ったようで、その光景を見て町の人々は怯え切っていた。
「そこで待て、人間共! 上級神が間もなくやってくる」
「あ!? んだコラ?」
先生が思いっきり馬にガン飛ばし始めた。
怖すぎるしガラが悪すぎる。
「あ、いえ、お待ち下さい」
スレイプニル神馬が敬語に言い直すと、先生は私の肩にポンと手でたたく。
「心配すんな、多分ここで待ってんのは……」
その時、先生は何者かに蹴りを入れられ、ゴロゴロと転がって行った。
え!? 何が起きて……。
「この馬鹿マサヨシが! 浮気者め! 勝手に行方不明になりおって!」
先生を蹴り飛ばしたのは、黒い喪服の着物に、帯が豪勢な、黒髪の前髪をぱっつんと切りそろえた、びっくりするくらい美しい、14歳くらいの少女だった。
「てめええええええ、ちんちくりん、何しやがるんだ! ちげえよ馬鹿野郎、浮気なんかしてねえってんだよボケ! 第一俺はおめえを女として見てねえっての、勘違いするんじゃねえってんだ!」
いや……最初に会った時、全裸で私とペクチャを口説こうとしてたし、そういう嘘、つかない方がいいと思う。
「なんじゃとおおおお、馬鹿マサヨシめ! お主また我を謀ろうと! しかも女神たる我を捨て置くなど、言語道断じゃ! 仕置きが必要じゃのう!」
先生お尻を思いっきり蹴られ続けてる。
多分あの子、女神だ。
しかも多分、先生の事が好きなんだろう。
けど、いきなり先生に暴力とか振るってきて正直怖いし、その光景見たスレイプニルが、馬なのにぷっと吹き出すように笑った。
「てめえ馬公、何笑ってんだよ!」
「あ、いえ……なんでもありません」
ていうか先生、マサヨシって名前なんだ。
初めて知った。
シミズマサヨシが、彼の名前なのか。
「兄弟マサヨシ、そちらにいる方々の紹介を頼む。今回の敵について俺も聞いたが、神界法の特例により、君と俺が対処せねばならぬくらい、最悪の敵だと聞いてる」
あ、黒のストライプが入ったスーツ着て、赤いシャツに、幾何学模様のグレーのネクタイ締めた、黒髪でオールバックのイケメンが現れた。
日本人には似合わなそうなファッションしてて、小顔でそこそこ背が高くて、すっごい清潔感があって、ファッションモデルみたいでカッコイイ……。
けど、彼は左手薬指に純金の結婚指輪をしていた。
用心棒の人もそうだけど、かっこいい男の人って、やっぱりみんな世の女性がほっとかないのね。
先生は、結婚してるのかしてないのか、なんかよくわかんないような人だけど。
それにおそらく、この人も多分勇者。
多分、先生同様、地獄から来たアウトロー。
「ああ、ロバートの兄弟すまねえ。紹介するぜ、そこの金髪で赤いドレス着てんのが、日本の転生者のマリーと言う姫で、俺の娘みてえなもんだ。で、赤い羽根付き帽子の奴らがマリーの近衛のヨーク騎士団。そして青髪でダークブラウンの洒落たスーツ着てるのが、この国の王子アンリ。転生前は、何と伝説のあのデリンジャーだってよ」
「何!? あの伝説のデリンジャーだと! 本当か!?」
オールバックの人は、アンリに駆け寄った。
「私の名前は、ロバートという。転生前はニューヨークで、マフィオーシコミッションの、議長だった。そしてあなたのファンだ、握手してくれ。転生前は、あなたの墓石の欠片だって持ってた! それにシカゴで生誕100年の催しにも参加したんだ! あなたは、俺の英雄だミスタージョン! サインプリーズ!」
「え!? あ、ああ。あんた俺よりも下の世代の、多分イタリアンギャングか? 俺、死後もそんな有名なのか?」
あ、ロバートって人アンリに駆け寄って握手通り越して、アンリの右手を両手でシェイクハンドとかしてるけど、アンリの転生前、デリンジャーってすごい有名な人だったんだ。
なんかヒーローショウで、僕と握手とか言うCM見て、後楽園遊園地にやってきた、ちびっ子みたいな感じになってる、このロバートって人。
もしくは、ロックスターやアイドルに会った女子みたいな。
「ギャングじゃない、名誉ある男だ。あなたに会えて光栄だが、間違わないようお願い申し上げる。あなたの命日は、ジョン・デリンジャー・デイという、あなたの死を悼むフェスティバルが行われ、全米中から人が集まる」
「え!? そうなのか!?」
何それすごい。
命日でお祭りになるなんて、戦国武将とか忠臣蔵みたいな?
「例えば、アイルランドギャングの息がかかった連中がバクパイプ奏でたり、我々マフィアもオペラ歌手を用意して歌わせたり、ジョン・デリンジャー・ショウなんかもしたりして、あなたの死を悼む催しをやってるんだ。シカゴ市警の奴らに、ショウの警備させて痛快な話さ! デリンジャーギャングは死すとも、サツと国家権力に勝利したんだ! アンタは今でも合衆国市民の英雄さ、ハッハッハー!」
ああ、この人マフィアな勇者なんだ。
そしてアンリは涙を流し、彼の魂の傷が少し癒えたような感じがする。
そうか、このロバートという人もまた勇者。
転生前はさておき、人々の救済を目的にしてる人なんだろう。
「おほん、それでは冥界の閻魔大王の名の下に、冥界上級神たる女神ヤミーから、我が勇者マサヨシへ、正式にこの世界での、勇者としての活動を認める!」
「大物垂れんな、元駄女神が! で、この世界にいる敵の正体教えてくんね?」
「うるさいわい! 今から話すから待っておれ!」
冥界の閻魔大王と、女神ヤミー。
先生が勇者の契約をした神。
そうか、先生は地獄行きの罪人って言ってたから、死者の魂を裁くとされる、あの閻魔大王が先生を勇者にしたんだ。
「我から今回の敵の概要を伝える。敵はこの世界の元担当神フレイア及び、共同担当神にして精霊界の元老、上級神兼大精霊フレイ! 精霊界にも創造神様から話が通っており、邪神認定が下り、討伐指令が出ておる。そして復活した最悪の破滅神、ロキの軍団じゃ!」
ロキ、それがあの”終える者”を自称した神の正体。
すると、スレイプニルという神馬は咆哮した。
「ロキだと!? 知ってるぞ」
アンリはロキについて語り出した。
「俺の親父はドイツ系でな、ガキの頃に神話の話をしてくれた。神話でロキは強大な力を持ち、神の中で最高の知恵を持ってて、彼は様々な神の武器も作ったとされる。だが最終的に神々の戦争を引き起こし、オーディン達神々を抹殺し、神々の住居を燃やし尽くした、最悪の神とも、最高のトリックスターとも異名をとった、やばい神様だ」
「マジか!? それが本当ならば、マジでやべえ野郎じゃねえかそいつ。そうか、奴は神殺しとか神界でクーデター起こして、4類とか言う指定されて封印されたんだ」
「我も兄様も外様ゆえよく知らんが、そのロキという神の事について補足する。太古の昔、神界で、神々の戦争を引き起こし、神の武器を奪い、神域ユグドラシルを燃やし尽くした、最上級神殺しと放火の大罪で封印されたようじゃ。創造神様のお力で、ユグドラシルが復活して、無かった事になっておるがのう」
うわぁ、極悪すぎる。
つまり神の世界で、戦乱起こして、強盗、殺人、放火とかしちゃった神が、終える者ロキの正体。
そんなとんでもないものを、エリザベスは召喚してしまったんだ。
「ロキは、トト神やプロメテウス神と同等の知能を持ち、戦闘能力はシヴァ様も手を焼くほどじゃという。犯行後消耗した所で、当時大天使長じゃったルシファーと、マルドゥク様、シヴァ様、ゼウス様、そしてアースラ様といった、戦闘に長けた神界タスクフォースで、ようやっと封印したようじゃな」
なんでその場で、抹殺とかされなかったんだろう、そのロキって。
「うむ、よくはわからぬが、起こした理由が情状酌量の余地あり……とされておるが、もはや記録は神界からも抹消されておる」
なんかこのヤミーって神様に心を読まれた。
そうか先生と同じく心が読めるんだ。
「勇者マサヨシよ、この世界はもは魂に傷がついた者たちの理想郷、ニュートピアに非ず! 破滅神が復活し、愚かな神々によって人々が虐げられ、人間の尊厳が奪われた世界。救済難度EXを越えた最悪の世界じゃ! 我と閻魔大王の名において、勇者ロバートと救済を命じる!」
勇者に救済命令が下った。
これで先生は、公に勇者としてこの世界で活動できる。
「おう! 人間なめくさったクサレ外道共にケジメつけてやる! 人間の、傷ついた魂を弄ぶような行為、そんな事は絶対に許しちゃならねえ! そのめえにだ、マリーの転生前と転生後のお父さんの名前なんて言うんだ? あと生年月日」
え!? 何で今そんな事を。
「おめえの記憶を読んだが、俺の勘が正しければ、おめえの転生前のお父さんは、死んで地獄行の筈だ。人様の娘さんを預かるんだから、きっちりとスジは通さねえとよ。地獄で真面目に懲役受けていたらの話だが」
そうか、私の転生前のお父さんは私を殺して自分も死ぬって言っていた。
転生後の父ジョージにも、私は合いたい。
私の父親代わりをしている人がいるから、安心してほしいと伝えたい。
「えーと、高山守生年月日は……」
すると先生はアゴで女神ヤミーに合図すると、女神は着物からスマホを取り出して、何かを問い合わせしているようだった。
「わかったぞ、マサヨシよ。その者は妻子を殺して自殺した、衆合地獄行の罪人じゃ。そしてまずいのう、その男……魂の状態が……」
そうか、お父さん……お母さんも殺して、自殺したから地獄行になったんだ。
「ありがとう、皆まで言わんでいい。じゃあ……おめえちょっと、まずこの子と一緒に集合地獄まで連れてってくれね?」
「え!?」
なぜ私が今、お父さんに会わなきゃならないんだろう。
勇者ロバートも、悲しそうに横に首を振った。
「ロバートの兄弟、デリンジャーに頼んで、ヴィトーってのと連絡とり合ってくれ。ヴィトーは信頼できる男で、転生前は俺の舎弟分でもあり、今も俺の舎弟だ」
「わかった、君が言うのならば信頼できる男で間違いないだろう、今からコンタクトを取る。それと君は、マリーと言ったか? 会ってあげるといい、お父さんに。そして何があっても、君の心と、お父さんを、そこの勇者マサヨシを信じるんだ」
こうして私たちは、女神に連れられて、冥界まで赴く事になった。
長いので分割しました。




