第303話 Brave Hero's 後編
私達は全ての決着をつけるために、女神ヤミーの力でエリザベスの魂の中で最後の決着をつけようと、激戦を繰り広げている。
だがエリ達の抵抗が激しく、数で劣勢な私達は分断され、劣勢を強いられた。
「マリちゃんの今の力を持ってしても、ミゲル達の悪意はやはり厳しいようね」
エリと対峙しながら、アレックスが戦っていたドクロの仮面を被る男達に私は視線を移す。
こいつら……思わず切り札の絶対防御を、アレックスを守るために使ってしまったくらい、エリと本体のエムよりもある意味厄介だわ。
それに、あの女の子のようなのがスーも言ってたアステカの巫女ミカトリ。
あのドクロの男達は彼女を拠り所にして、活動する情念の塊、いわばアンデッドの一種ね。
闇の精霊テスカポリトカの意思に染まった、地球で悪意を伝播させて、多くの人々を苦しめてきた元凶のような奴ら。
「……こいつら、差別を受けてきた悲しみを悪意に変えて……女の子一人にしがみついて、多くの人を傷つけてきた……なんて情けないやつら」
「ヴァルキリーさん、やはりこいつらは」
「ええ、めっちゃ手強いわ。それに……」
ミゲル達が、エリとエムをガードするかのように取り囲み、こっちに向けて一斉に武器を向けてくる。
「ラチが飽きませんわ〜」
「ああ、レイラ。あの魔女達もそうだが、アタシが見て仮面のあいつら、まるで歴戦の兵士みたいだ。戦い慣れしてやがるぜ」
「レイラ、ティアナも冷静に。ヴァルキリーさん、僕たちはまだこの戦い、諦めてません」
するとミゲル達に囲まれたエリが、悲しげな顔で私を見る。
「マリちゃん、引いてくれる? あなた達では私達に勝てないわ」
「ううん、ママ! こいつらはここで殺す!! ここでお前は魂を破壊されて死ぬんだヴァルキリー!! アレックスを惑わす奴らも!!」
やはりエリは、エムの悪意に半ば操られてる状況なのか……。
どうする? 私にエリが倒せる?
ずっと救いたかった私の友達を……私が……。
でもこのままエムを野放しにすれば、この世界はおろか地球も、数多な世界も、悪意によって滅茶苦茶にされるかもしれないし……やるしかない。
「何をしておるのじゃヴァルキリーよ!! このままではお主達に勝機は……ん?」
精神世界の空が割れて、先生やフレッド、それにジョンも降りてくる。
「間に合ったみてえだな、状況は?」
「ダチ公、助けに来たぜ!!」
「マリー、間に合ってよかった」
「先生、フレッド達も!!」
心強い援軍が駆けつけてくれ、そしてもう一人、スーツを着た青髪の彼も姿を現す。
「ヘーイ、マリー!」
「デリンジャー!」
「延長10回裏同点ってところか? バルドルならシミーズが始末した。あとは……」
「ええ、全ての悪意をここで! デリンジャー、私たちのリーダー!! 行きましょう!」
「そうと決まりゃあ、先手必勝よ! 行くぜ大叫喚地獄!」
先生が大叫喚地獄の苦しみを対象に与える、冥界魔法を放った瞬間、ミゲル達やエムが苦しみ出す。
「おうマリー、クソ野郎共が苦しんでる隙に、絵図を組み立てるぞ!」
「はい先生」
精神世界に投影されたアヘンケシ畑で、私達はチームを再編する。
「オーライ、まるで西部劇に出てくるキャラみたいなガンマン共がいやがるが、奴らが」
「ええ、奴らが悪意の元凶よ」
(マリー聞こえる?)
フレッドがテレパシーで私に語りかけてくる。
ええ、聞こえてるわフレッド。
(ミスターマサヨシが、今回の勝利のプランを考えてくれた。この戦いの鍵を握るのが、アレックスの持つスキルだ)
私はアレックスの方を向くと、先生が授けた作戦を彼は理解しているようだった。
(作戦としては、エムの源になるあのドクロの仮面の男達が、地球時代に何をしてきて、なぜこれほどの悪意を高めたかが勝利の鍵だ。これを解き明かせば、戦況を覆すチャンスになるはずだ)
なるほど、私たちはエムが長い期間をかけて、第一次世界大戦あたりから、メキシコ政府中枢にまで影響を及ぼした闇のフィクサーとしかわかってない。
アレックスがその謎を解き明かすまで、私たちはエリ達にそれまで時間を稼ぐってわけね。
(そう、これだけのメンバーがいればそれも可能。君とデリンジャー、それにアレックスがパーティの要だ。僕らは君たちを守りながら、ミスターマサヨシが万全のサポートで迎え撃つ)
さすが先生、やはり戦闘プランだとか戦いの組み立て方が、百戦錬磨のトップ勇者ね。
「さあて、俺の作戦は伝わったな野郎共。おっと麗しのレディ達や、女神のちんちくりんもいるか。アレックス、おめえさんが勝利の鍵だ。いけるな?」
「はい!」
「ぐぬぬマサヨシめ、なぜ我が麗しのレディに入ってないのじゃ! おほん、さあ勇者達よ、あの哀れな亡者達を倒すのじゃ!!」
アレックスを守るように、ジョンやティアナ、レイラがフォーメーションを組み、私とデリンジャーを先生とフレッドがそれぞれ守る位置に立った。
「行きましょうみんな、私達が」
「ああ、俺たちが」
「悪意を」
「ワルを」
「打ち倒す!!」
右手にパイソン893、左手に阿修羅刀を装備した先生と、機関銃を持ったデリンジャーが、明らかに苦しんでるドクロの仮面のミゲル達に向かう。
「よおワル共、喧嘩しに来てやったぜ。やろうや?」
「ヘーイ、ガンマン共。俺達と銃撃戦といこうぜ」
先生とデリンジャーを脅威と感じたドクロの男達が、エリ達から離れて先生達と銃撃戦を始めた。
その隙に私は、フレッド共にエリと、先生の魔法で苦しんでるエムのもとまで行く。
「マリちゃん……」
「エリ、そしてエム、あなた達の相手は私が」
私達が相手にしてる隙に、防御を固めたアレックス達が、エムの謎を解き明かすはず。
「苦しい、痛い! 私やママとミゲル達をイジメる悪い奴ら!! アレックス以外、お前達全部ぶっ殺してやる!!」
……来るッ!
「マリー!」
「ええ、行くわよ!!」
少女姿のエムが、ドス黒い風の魔力を噴出させ、私とフレッドの動きを封じようとした。
(マリー、僕がエムを引きつける。君は)
ええフレッド、私はエリと。
「エリ、今度こそエムを倒すわ」
「そう……でもねマリちゃん、私にあの勇者が放った地獄の苦しみのような魔法は効かないわ。それにここは、あたしとメアリーの作り出した世界……意味わかるかしら?」
「え?」
するとアヘンケシや中南米にある遺跡のような風景から、今度は転生前の東京、渋谷なのかしら……スクランブル交差点で人混みが行き交う風景に変わる。
「これは……」
「前の世界、東京を覚えてるマリちゃん? こうしてみると普通の東京の風景だけど、ある時……私にとってこの風景がおぞましい瞬間に変わった感じ、わかる?」
すると道行く人の顔が、恐ろしげな顔に変わってゆき、私とエリをじっと見つめてくる背筋が冷たくなる感じがして……これは一体。
するとエリが私に回し蹴りを放ち、これを屈んでかわしたが、魔力で加速したエリが右手にいつのまにかナイフを持って私を突きにくる。
「っと!」
バックステップでかわして、神杖ギャラルホルンでナイフを弾き、逆に私が彼女たちに突きを放つが、火炎魔法でカウンターを受けた。
「くっ」
「行くわよマリちゃん」
火炎魔法で視界が遮られたと思ったら、エリが炎から突然現れて、私の喉元をナイフで突きに来る。
杖でガードしたが、今度は土の魔法が発動して、無数の鏡が東京の路上に出現し、ミラーハウスのようになると、街の人達の恐ろしげな視線が一気に私に向く。
「視界が惑わされる……魔力反応を感じなきゃ」
すると鏡が一斉に弾け、破片が一斉に私に降りかかり、背後から鎧の隙間をナイフで突かれた。
「ぐっ」
背後に立つエリに振り返りながら、突いてきた腕の関節を極めて投げ飛ばすも、受け身を取ったエリがナイフを逆手に持って私と距離をとる。
やはり強い……。
おそらく彼女も財団と戦い続けて、エムことメアリーに勝てるくらいだから、300年前よりも戦闘力が格段にアップしてるわ。
それにこの映像は一体?
「これが……差別の記憶よ」
「差別の……記憶?」
「私が今まで自分を日本人だと信じてきたのが、日本と敵対する国の在日外国人ってわかった瞬間、私の日常の意識がこう見えたの。日本に住んでるみんなが敵のように見えた」
炎魔法が私を包み込み、目が眩んだ私にエリが連続で蹴りを放ってきて、それをかわしながらギャラルホルンを振りかざすと、エリはナイフで杖を受け止める。
「前世のネットでも、私の本当の祖国がボロクソに書かれてて……それはほとんど事実だけど……誇張されてて、面白半分に馬鹿にしてくるようなのも。私はそれで疎外感を感じて……マリちゃんを……そして私は」
今度は私の前の人生の学校でイジメを受けた映像に切り替わるが、今の私はこんなことで気持ちは揺るがない。
鍔迫り合いの末、エリが私の体を前蹴りで蹴飛ばし、ナイフで突いてくるのをかわしつつ、横目でフレッドとエムの戦いを見る。
目的はアレックスが謎を解き明かすための時間稼ぎだから、クロヌス神の加護が無くなった状態でも、防御に徹してるから手堅く戦ってるわね。
先生達は……ヤクザな銃撃戦を展開してる。
「オラァ!! 勇者の俺様にはクサレ外道のクソ弾なんざで死なねえ体になってんだよ! ほれ、当ててみろこの野郎!!」
「ハッハァ! やっぱお前クレイジーだぜシミーズ」
ミゲル達相手に、無双しまくってるけど、やはり有効打というか倒し方がわからないと、いくら先生でも厳しいわね……と!
エリの極炎魔法が再び私を包もうとしてきたのを、杖のバリアで防ぐが、今度は上から燃え盛る隕石が降ってくる。
「きゃあっ!」
矢継ぎ早にこんな魔法を繰り出すなんて普通じゃない……いや待てよ。
「そうか、ここはエリの精神世界。いわばホームグラウンドで、ありとあらゆる状況と魔法攻撃を繰り出すことが可能ってわけね」
隕石の魔法の衝撃を光速移動でかわしたが、精神世界の東京の街が爆発で火の海になり、強烈な爆風が吹き荒ぶ。
すると周囲の映像が切り替わり、今度はニュースでも見たことある感じの、新宿駅前の旧コマ劇場前の広場の風景が広がる。
「……学校辞めた後で家出して、歌舞伎町のネカフェから、トー横って呼ばれたところで半グレを作ったわ。見て、マリちゃん彼女達を」
何かの錠剤を一気飲みして、オーバードーズ起こして痙攣してる女の子を、不良みたいなホストや別の女の子達が囲んで、ゲラゲラ笑ってスマホとかで画像撮ってる。
「これが……あなたの前の半グレ時代?」
「そう、私と同様……日本の大人が作った社会に適応できなかった子達よ。馬鹿ホストに貢いで売春やったり、気晴らしにパキッてオーバードーズでおかしくなった子達もいた。そんな中でも、私はスマホ一本あれば彼女達を道具にして……並の大人よりお金稼いだ。日本への復讐のつもりだった。そんな私の話を聞きつけて、共和国の工作員も寄ってきた!」
ナイフを逆手に持って振りかざしてきたエリを、光の速さと質量を込めて移動しながら、ギャラルホルンで彼女の鳩尾を突く。
「うっ……」
うめき声と共にエリは片膝を着く。
「確かに状況的にはエリに有利かもしれない。けど、私は……今まで数多くの世界を救って、悪党達と戦ってきた勇者。経験値が違うわよ」
「そうみたいね……でも私はまだ……」
すると今度はどこかの農村の映像に切り替わり、兵士っぽいのが、農民から作物を半強制的に徴収してる場面を見る。
そして彼らがこっちを向いたら、恨めしそうな顔で何かを呟いてて……。
「私は半グレやりながら、祖国の諜報員になった。そしてここが私の前の先祖の地……平安北道。前の上司にお願いして一度だけ興味本位で来たけど、酷いでしょ? せっかく作った作物を兵士達が徴収し、その作物が上級国民達の食卓に上がるのよ」
前世のニュースで見た北朝鮮の実情を、エリは直接目の当たりにしたのか。
「それを見てた私を、日本から来たって聞いてた先祖の故郷の人も兵士達も、口々に私を半日本人と呼んだのも聞いた。同じ……民族なのに……収容所でも……」
「エリ……」
今度は周りがコンクリートの壁で囲まれ、制帽を目深に被った看守が、鉄格子の向こう側で監視する光景に変わる。
房では看守から殴る蹴るされてる人がいて……痩せ細ってて、まるで先生と行った地獄のような光景。
二つの国で差別を感じた彼女は、孤独感に苛まれてその後日本で警察に捕まって、おそらくは公安外事とか組織犯罪専門のおまわりさんに全てを自白して……それがバレて彼女は……。
その瞬間、看守がゴーレムのように変化して、エリと二人がかりで襲ってきた。
看守のゴーレムを杖でフルスイングして吹き飛ばし、横からナイフを突いてきたエリの攻撃をかわして間合いをとる。
だが牢獄から、魔法で生み出された鞭のような攻撃が四方八方から飛んできて、私はダメージを受けながらも攻撃を耐えた。
お互い武器を手にして膠着状態になると、精神世界は、私達が転生したヴィクトリー城の大広間に変わる。
「前の祖国は、自分たちよりも下に見た人や日本人、韓国の人も差別して、日本出身の私も差別してくる、本当の差別主義的な国だった」
「これがエリの前世に起きたこと……なのね」
「地獄を経て転生した私達のヴィクトリー王国も、お父様が……ジョージ王が玉座に着く前はこんな感じだったらしいわ。私は生まれ変わった世界の優しいお父様と、差別のない理想の国を作ろうとした」
「ええ、でも運命のあの日……女神フレイアの陰謀で、私とあなたの運命が狂ってしまったのね」
「あの時、あなたと、マリちゃんともっと話しておけば……優しい心根のアレクセイ、エドワードと色々と話しておけば……もっとより良い未来が、あの時……」
エリは悲しげに立ち上がり、左手をパチリと鳴らすと、大広間のシャンデリアが私に落下してくるのを、バックステップで距離をとってかわした。
「危なっ! ハッ!?」
今度は無数の炎が宿ったナイフをエリが具現化させ、私に向けてナイフが次々と飛んで来る。
私はそれをかわしながら、彼女の告白に耳を傾けた。
「その後、私達は神々と精霊達の陰謀に巻き込まれて、お互い歪みあって世界大戦に巻き込まれて……私は女王になった……」
私はすぐ目前に迫ったナイフの一本を杖で弾き飛ばして、エリと向き合う。
「今は私がヴィクトリーの女王になったわ。どうだった? 女王になってみて」
「孤独……だったわ。本心を打ち明けられるのが、あの人ならざる存在、私の師とも言えるロキだけだった。彼は言っていた……神だろうと人だろうと……王とは孤独……拠り所は家族だけだったって。でも私の転生後の家族は……」
「そう……エリはあの時、そんな心境だったのね」
「私は転生前のスマホみたいにずっと魔法の水晶玉をいじってた。ロキ中心に人ならざる者が集まっても、あの世界で半グレ作っても、私の心は……孤独だった」
トップは常に孤独、私は先生からそれを習ってた。
その孤独に打ち勝つ方法も、心構えも教えてくれたし、私にいろんな人達が集まってきて騎士団も創設できた。
「女王をやめてから私は……人生が充実してた。デイビッド……メアリーもいて……。そしてメアリーは……転生前もずっと世界で独りぼっちだった。だから私は彼女の、娘の苦しみがわかるの」
おそらくこの世界に転生した父、ジョージは気づいていたんだろう……エリに、王としての孤独に打ち勝つ精神力がないって。
だから転生後のお父さんは……ジョージは私を女王に選んだんだ。
そしてエリは国家運営などよりも、本当は暖かい家庭を築かせた方がいいとも、お父さんは全て気付いてた。
「あなたが……この世界からいなくなった後……孤独だったあたしは家族を得た。メアリー、地球でもこの世界でも差別を受けた……私の娘。お腹を痛めて産んだ私の子。だから……守るわ私が」
するとエリがナイフを捨てると同時に、無数のナイフが、音を立てて大広間に落下して精神世界の城内に火がつくと、エリはその炎を吸い取ってエネルギーにチャージする。
その瞬間、両手に魔力を集中させ、神々にも匹敵するような魔力を噴出させた。
「私は娘を守るため、あなたに立ち向かうわマリちゃん。いえ……勇者ヴァルキリー!!」
「ええ、魔女エリザベス。決着をつけましょう。あの時の全ての後悔から……私達が再び前を進むために」
私の周囲に電磁波のような光が構築されてゆき、原子が超高速で振動し、原子崩壊するようなエネルギーが集まり出す。
「行くわよ、マリちゃん。終焉極炎」
私の体を形容し難い、恒星の光を超えた極炎が巻き起こるが、熱を伴う光の反応の魔法攻撃ならば!
ーーええ、ヴァルキリー。私の力を
私は魂に同化したヘイムダルのスキルで、極炎が生み出した光と同化して魔法攻撃を無効化した。
「強くなったのね……マリちゃん。私の負け……だわ」
魔力と精神力を使い果たしたのか、エリは膝をついてうつ伏せに倒れ、眠ってしまった。
「帰りましょう、エリ。家族が待ってるわ」
(マリー、アレックスの報告だ。ミゲルを全員の素性がわかった……それは……!? これは)
何!?
フレッド、どうしたの!?
(エムの力が上がって、おそらく精神世界の主導権が)
すると少女の姿のエムが、防御に徹するフレッドを弾き飛ばして、ドス黒い魔力を噴出した。
「よくもママを!! ママやアレックスを連れ去ろうなんて許さない!! ミゲル達、ワタシに力を!!」
しまった……先生が唱えた冥界魔法の効果が解けたか、克服したんだわ。
精神世界が、色んな色の絵の具が混じったような風景に変わり、徐々にドス黒い闇の世界に変わってゆく。
「マサヨシの弟子よ、エリザベスの意識が眠らされて、エムの悪意が再び顕著化した! この状況のままだとお主らも闇の悪意に呑まれてしまう! マサヨシ、時間切れじゃ!! 戻るしかないわい!!」
デリンジャーと一緒に、ミゲル達と戦っていた先生は、舌打ちして私の方を向く。
「チッ、マリー仕方ねえ。エリザベスのガキの精神から一旦離れるぜ。このままじゃおめえらが闇に取り込まれちまう。おめえら撤収だ!!」
元の大樹の中に戻ると、騎士団の面々が私たちの肉体を守るように取り囲んでて私は周囲をキョロキョロと見渡すと、みんなも目を覚ます。
「ヴァルキリーさん、あと少しで母と……お祖母様を解放できたのに……無念です」
アレックスが申し訳なさそうに項垂れる中、エリザベスの目が開くと、血のように真っ赤な爬虫類じみた瞳に変わる。
「ママには眠ってもらった。ミゲル達の力で……お前達もこの差別ばっかりの世界を消してやる!」
大樹の中かが地震のように揺れ始め、エリを乗っ取ったエムの邪悪な波動がさらに増す。
エリ……いやエムがおどろおどろしい黒曜石の仮面を被り、漆黒の鎧に身を包むと、巨大な黒い翼を背中に生やして上に飛ぶ。
「野郎、何か仕掛けてきやがる気だな」
「追いましょう先生、この世界を救うために、みんなで。騎士団、一旦この場から退避を!!」
私達は騎士団に大樹からの退避命令を下し、みんなでエムの後を追うために空の上を目指すと、アレックスは私に語りかける。
「ヴァルキリーさん、母さんの中のミゲルは別々の人格を持ってます」
「別々の人格?」
「彼らは、悪意で繋がってはいますが……本来の目的は、メキシコともアステカとも呼ばれた人々を救うための解放者だったんです。中には、人々から英雄とも呼ばれたミゲルもいました」
解放者ですって?
それはどういうことなんだろうか。
私は事前情報で、テスカポリトカ達精霊が、冥界で封印されていた領域の力を悪用して、何度も転生したとしか知らないが。
(マリー、僕のテレパシーでみんなにアレックスが導き出した情報を共有する。僕も前の世界の歴史で習ったが、おそらく最初のミゲルは、メキシコ独立の父ミゲル・イダルゴ)
ミゲル・イダルゴ?
(ああ、植民地だったメキシコで蜂起して、奴隷だったインディオや、虐げられてたスペインとの混血児、メスティーソを解放した処刑されてしまったメキシコ革命の英雄だ)
そんな……悪意に染まった英雄がエムの正体。
(他にも米墨戦争で、故郷を守ろうと英雄的な活躍をした軍人なんかもミゲルと呼ばれた。彼らが……アメリカや白人社会を恨んでも、しょうがないかもしれない。それにミゲル達に取り憑いてる黒いものは、テスカポリトカだ。あれはまだ滅んでない)
「チッ、そういうことかい。アメリカは確かに白人以外の人種を拒絶してた歴史がある。俺の前のお父ちゃんとお母ちゃんが結ばれなかったのも、そのせいだ」
「と、言いますと?」
先生は私のこの世界のお父さん、ジョージの前世のそのまたお父さん、合衆国陸軍テイラー将軍の悲しい話をしてくれた。
アメリカには、当時反異人種間結婚法なるものがあり、在日米軍将校の先生のお父さんと、戦災孤児だったお母さんと結婚するとこの法律に抵触する。
これを知って絶望した先生のお母さんは、自ら身を引いて日本の戦後社会で食べていくため、売春婦として過ごしたという。
これがアメリカ全体で改正されたのは、1970年に入る前だったらしい。
「転生してから全てがわかった話だが……アメリカは、人の思いを、生き方を、愛する心を踏み躙って先住民をはじめ多くの人を虐げてきやがった。その業と報いがエムという化物なんだ。それでアレックス、おめえはエムに巣食うミゲルとかいう野郎らへの対策を、どう考えたよ?」
「はい、母さんの周りにいるミゲル達の意識は、統一されていない。正義と悪が混在しています」
ミゲル達の意識は統一されてない?
正義と悪魔が混在、それは一体……。
「なるほど、つまりミゲル共はワルと英雄で構成されたチームってわけかい」
「ええ、英雄のミゲルと犯罪者のミゲルが混在している。ということは、本来正しい英雄のミゲル達と悪のミゲルの相性は……よくないと思うんです。そこを英雄のミゲル達にうまく伝える手段があれば、ミゲル達の結束も……」
なるほど、わかったわ。
(うん、僕もアレックスが言いたいことがわかった。いたよマリー、エムだ!!)
立ち枯れたような枝葉が固まった大樹のてっぺん、宇宙で瞬く星々の光に、眼下で青く輝くニュートピアの星の光が輝く高空で、エムがバルドルから奪った破壊の力を高めて待ち受けていた。
「わたしを否定するような、差別するような、こんな世界いらない!! ぶっ壊してやる!! お前達もみんな!!」
こいつ、このニュートピアを……この星もろとも消す気ね。
「させないわよ、ここであなたを止めるわ」
「マリー、最後の戦いだ! 僕は君を守る!! この世界も!!」
「なかなか骨の折れる外道じゃわい。マサヨシよ、この世界の救済の時じゃ!! 我がサポートする!!」
私と先生、フレッド、女神ヤミーが武器を携え、その後ろをアレックス達がフォーメーションを敷く。
「よう、ダチ公。ビビってねえか?」
「大丈夫だよ、ジョン。みんなで帰ろう、この戦いを終わらせて」
「そうだねアレックス、帰ろう。アタシ達みんなで」
「ええ、そのためにも悪意に勝利しますわ〜」
みんなやる気十分ね。
「おう、まずは目の前のエムをとことん弱らせて、再度精神に潜り込むため、最後の追い込みかけるぜ」
「はい先生。さあ来い、エム……いやミカトリ! あなたの悲しい日々も、悪意も……今日で終わりよ!!」
私はエムに神杖ギャラルホルンを向け、光速移動で間合いを詰めて穂先で突きに行くと、エムは右手に黒曜石の刃が無数についた巨大な木剣で受け止め、鍔迫り合いになる。
「ヴァルキリいいいいいい」
「今よみんな!!」
先生と女神ヤミーが、エムの頭部に棍棒と刀で攻撃して吹っ飛ばす。
「があああああ! 神め!! 神の手先共め!!」
エムがドス黒い魔力を噴出させ、魂を破壊する闇の翼から無数の羽を弾丸のようにして先生達に繰り出した。
「そんなチンケな攻撃でやられるわけねえだろ! ヤミー!!」
「うむ! 無間地獄!!」
飛んできた羽を女神ヤミーが小型ブラックホールで吸い込み、逆に先生がパイソン893をエムに撃ち込みまくる。
「行くぜクソガキャアアアア!!」
「なめるなあああ神の手先いいいいい!!」
先生とエムの撃ち合いに、アレックスとジョンも、魔力銃で援護射撃する。
「アタシ達をなめんじゃねえ!! ヴァルキリー様!!」
「ええ!! 十穣電撃」
私とティアナが大気中の電子をかき集め、エムに超高圧の雷撃魔法を放った。
「ヴァルキリイイイイ 次元爆発!!」
雷撃を受けながら、エムが私達の周囲の空間を歪めて、暗黒闘気で元素が分解しそうな爆発波を放つが、私とティアナを守るように、フレッドが光のバリアを張る。
「やらせないよ、マリーを! 今です!!」
隙ができたエムの頭部に、女神ヤミーが金棒でフルスイングして吹き飛ばし、その先にいた先生が強烈なヤクザキックをエムに浴びせた。
「このおおおお!! 死の風! 死の風! 死の風!!」
エムが背中の翼を羽ばたかせて、黒い羽が混じった漆黒の竜巻を発生する。
「やらせませんわー 天嵐暴風」
それを、レイラがエムの放った死の竜巻を相殺するための風の魔法を放つ。
「なんで差別受けたエルゾが!! なんで!?」
「わたくしは、アレックスと……仲間達と未来を目指しますわ〜!! エアー、最大出力!!」
エムの闇の竜巻を掻き消して、突風がエムの動きを封じ込める。
「今ですわ〜!!」
「ええ、今ね!」
私はエムへ一気に間合いを詰めて、ギャラルホルンに光の力を込めてエムの頭部にフルスイングした。
「ヴァルキリー!!」
「負けないわ、もう二度とあんたなんかに、私達は悪意なんかに負けたりしない!!」
エムが次元を圧縮して暗黒物質を織り交ぜた爆裂魔法を放とうとした瞬間、間にフレッドが割って入り、大剣で防御しながら私の盾になる。
「僕たちはもう二度と、悪に負けない。もう二度とマリーに悲しい思いなんかさせやしない!!」
フレッドがエムの魔法を受け止めつつ、回復魔法を使用して自身とみんなの傷を癒した。
「お前ええええ! 今度こそぶっ殺す!!」
今度は……私がフレッドを守る番!
フレッドに漆黒の悪意が宿った木剣を振りかざしたエムに、私は再度挑みかかりエムと接近戦を繰り広げた。
「死ね! お前達を殺して私は地球に帰るんだ!! 私を差別した白い奴らに復讐を!!」
「それも差別よ。それに何度も戦って、あんたの攻撃パターンも見切ったわ!!」
エムの剣撃をかわしながら、神杖に込めた力で光速移動しながらめった打ちにしてやった。
「ああああああああ!! いじめっ子めええええ!!」
「あんたが差別を大義名分にして、人をいじめて来たくせに!! あんたの悪意こそが差別を利用した暴力の連鎖だ!! 私は勇者だ、悪意なんかに負けない!!」
エムに渾身の突きを繰り出すと、先生がエムに空間転移して剣を振りかぶる。
「ああ、俺たち勇者はワルの意思なんざに負けねえ。それに隙が出来た。くらえや、正義の剣!!」
先生が渾身の剣撃を繰り出すも、エムは手にした木剣で受け止める。
「往生しろやああああああ!!」
「この差別主義者のいじめっ子めええええ!」
先生と鍔迫り合いするエムの背後に、猛スピードで飛んだレイラが、腎臓部目掛けて強烈な右ブローを捩じ込んだ。
「ゲフッ……お前ええええええ」
「背中がガラあきですわ〜」
今度はエムの右脇腹に、強烈なレバーブローをレイラが繰り出し、振り返ったエムにダメ押しのアッパーカットで吹っ飛ばす。
「今ですわアレックス!」
魔剣グラムを手にしたアレックスが、エムの頭部に渾身の剣撃をヒットさせると、黒曜石で出来たような仮面が両断された。
「アレックスうううううう」
「終わりです母さん、もうあなたに悪事はさせない」
怯んだエムに、ジョンが渾身の踵落としを決めて大樹のてっぺんまで吹っ飛ばす。
「俺達騎士をなめんじゃねえ!」
みんなのチームワークでエムを追い込めたが、ここからが肝心……やつは全力で私達を悪意の力で消しにくる!
「はあ、はあ、侵略者め! 差別主義者達め! いじめっ子め!! お前達みんなぶっ殺す!!」
エムが黒曜石の木剣に魔力をチャージし、星どころか銀河そのものを崩壊させかねない魔力が吹き荒ぶなか、私も大樹に降りたってギャラルホルンを向けた。
「光よ……電子と救済の奇跡の光。人々を救う力を私に……悪を滅ぼす光を!!」
私は大気や宇宙空間に漂う、電子の光をギャラルホルンに溜め込み、クロヌスが起こした奇跡の光も取り込んでゆく。
「来なさいよミカトリ。私に、勇者の私に全力でかかって来い!!」
「死ねええええ絶対絶滅」
「宇宙乃光」
エムは全ての生命が絶滅するような、ドス黒い魔力の奔流をエムが放ち、同時に私も全力の魔法で迎え撃つと光と闇のエネルギーが火花を散らして拮抗……いやわずかながら私が押されてる。
「死ねえええ! みんな滅んじゃえええええ!」
先生やフレッド達が駆けつけようとする気配がしたが、このままじゃみんなが……。
すると私とエムの放つ魔法に、飛び込む人影が現れて、膨大なエネルギーを吸収していく。
「やらせないよ、ヴァルキリーさんを。そして今ですお祖父様!!」
アレックスがデリンジャーに呼びかけると、彼の体が真っ白く光り輝き、小型魔力銃の銃身が一気に1メートルくらい伸びたと思ったら、腕全体を漆黒の金属らしいものが覆っていき、右腕全体が、大盾がついた大砲になる。
「ヘーイ悪いなあマリー、シミーズ達も。MVPは俺とアレックスがいただくぜ! ぶっ放せアレックス! 満塁ホームランだ!!」
「ええ、クレイジーキャノン!!」
私の光の魔法と、エムの闇の魔法を吸収したアレックスとデリンジャーが、エムに形容し難い威力の魔砲を発射する。
「アレックスうううううううううう!!」
凄まじい威力でエムの闇の鎧が分解されていき、鎧の下の魔女の衣装もボロボロにしながら、エネルギー波が宇宙の彼方のどこかまで飛んでゆく。
そして私は、ギャラルホルンを握りしめてエムの元まで飛ぶ。
「まだよ、やつはこれくらいじゃ心が折れないのは、前の戦いで経験してる!!」
すると私の接近に気付いたエムが、木剣を握りしめて私に向き合う。
「まだだ……お前を滅ぼして……地球に帰って白い奴らを今度こそ……うっ」
いつのまにか空間転移した先生が阿修羅刀を腰だめに構え、一直線に突進してエムの背中を突き刺した。
「させねえよボケ。マリー、決めてやんな」
「これで最後だあああああ!!」
私は全身全霊でエムの脳天に、ギャラルホルンを振り下ろし、確かな手応えを感じた瞬間、エムの赤い瞳が光を失い前のめりに崩れ落ちた。
「はあ、はあ、先生、女神ヤミー! 今です!!」
「おう、もう一度エリザベスとエムの精神に飛び込む。アレックス、おめえも来い、全ての決着をつけるぜ」
「はい!!」
私とアレックス、先生と女神ヤミー、それにデリンジャーを加えて再度エリザベスの精神世界に赴く。
エリとミカトリ、そしてミゲル達を渦巻くドス黒い悪意に決着をつけるために。
勇者達のラストバトルは終了し、世界の悪意が潰える話を挟み、この物語はエピローグを経て終わりになります。




