第297話 奇跡の花 後編
フレッドがロキやクロヌス、ワルキューレ達の体力を魔法で回復してゆく。
ジョン達、騎士団はエムの発する凶悪な波動に当てられてて、絶望し、その恐怖が私にも伝播して挫けそうになっていた。
「大丈夫じゃ……マサヨシの弟子よ。あやつが、あやつならきっと!」
先生……。
最強の勇者の彼ならきっと、この事態を好転できる何かを起こせるかもしれない。
けど女神ヤミー、先生は……。
「でも先生は、闇のクレアーレに乗っ取られて、さっきの大爆発でもしかしたら!!」
「問題ない!! マサヨシはきっと、我達を救うために……世界を救うために。我のマサヨシは……様々な絶望的な状況に抗ってきた!!」
彼女は信じているんだろう。
先生が闇の支配を跳ね除けて帰ってくることを。
すると私達の前に、ズタボロのドレス姿の大男が、瞬間移動やってきた。
「ハァーイ、マリーちゃん。あたしともあろうものが、結構手痛くやられちゃったわ。テヘッ」
クロヌス……ぶりっ子ぶってるけど前歯が欠けてぬけ作みたいになってるわね。
彼、いや圧倒的な力を持つ彼女がここまでボロボロにされるなんて……。
「ヤミーちゃんも、聞いて。あいつに対抗するには神の奇跡がいる。あたしね、人間達が好き……。この世界で神として復権して、あたしは……本当にこの世界の人間達を愛してるの……だから……」
クロヌスの体が光り輝き、神々しく光を放つ。
「あたしが責任を取る形で奇跡を起こすわ。あたしがもっとしっかりしてればエムの悪意は防げたはずなの。だからエムとバルドルが起こした奇跡に対抗するには、あたしの全ての力で人間達に愛を示す奇跡しかないって……」
右腕を破壊され、機体のあちこち壊れたロキ操る炎の巨人スルトも、ロキの娘達の巨大ロボも退避してきてた。
「クロヌス! お前、何考えてるの!? 全ての力を使って神の奇跡を起こす!? そんなことしたらお前が!」
「ううん、いいのロキちゃん。あたしね、最上級神なんて言われてたオリンポス時代よりも充実してる。魂が傷ついて転生した人間達の世界……あたしは守りたい。神としての全てをかけて!!」
クロヌスの体に後光が差して、彼女は私たちに優しげな笑みを浮かべた。
「その奇跡を発現するには、ちょっと時間がかかる。だから、勇者ヴァルキリー、それにあたしの救世主フレッド。時間を稼いでちょうだい。あたしが全ての時間軸や因果にも干渉して、絶対に悪意に負けない奇跡を起こすわ……」
クロヌス……。
彼女もまた自分の全てをかける気だ。
「わかりました。騎士団集合!!」
私は、自分の騎士団を集結させた。
彼らは……はっきり言ってこの人智を超えた戦いに、士気が低下してる。
なんていうか、GSVみんなガスマスクとかして顔が見えないけど、顔に影みたいなのが浮かんでる感じがして死相みたいなのが出てるし。
一方の忍者達は表情を崩してないが、私に自分たちの身を役立てようと、死ぬ気でいるように見えた。
彼らはおそらく、この戦いに赴いて命懸けで私を守ろうと頑張ってくれるだろうけど……ダメだ……これ以上彼らを率いたら殺してしまう。
「騎士団退却準備! 急ぎなさい!!」
「陛下!?」
「私とフレッドはここに残って、あなた達の退却を支援して……」
「陛下!! それは逆です!! 我らは世界最強のGSV……騎士は主君の剣であり盾です。我らが、主君を置いて退却など恥以外のなにものでもない!!」
「命令です!!」
主君の命令は絶対よ。
彼らには生きてこの戦場を離脱してもらう。
「帰りなさい、一人でも多く。ジョンも……」
「ふざけんじゃねえよ! なんでダチ公が一人で悪に立ち向かってんのに退却しなくちゃいけねンだよ!! 俺は残るぜ!! 残って戦う!!」
「ジョン……」
「陛下、このサリヴァンも騎士ジョンに同じく。大昔、我々黄金薔薇騎士団を創設したのは……あなた様とご先祖様達です。騎士は主君をお守りしてこそ騎士!!」
「我らが忍者も、主君のために忍ぶ所存。我らの忍びの技術を、世界のために使えること、大変名誉なことですので」
フレッドもGSG9を率いて私を見て頷く。
多分彼らは……生きて帰れないことを覚悟してる。
私は、リーダーとしての決断に迫られた。
彼らの男気を無下にしちゃダメかもしれないけど、でも。
「大丈夫だマリー。僕らは君を守る……命をかけて、僕ら騎士団は、君の剣となり盾になる覚悟ができている」
「わかったわ。騎士団、さっきの命令を撤回します。戦闘準備! これより世界を救うための戦いに赴きます!」
「了解!!」
銃剣付きのライフルや刀を掲げ、彼らは私に従う。
「ジョン」
「すんません陛下、さっきは……」
彼はアレックスに負けないくらい、とても成長して男気を示した。
さすがペチャラの、私の友達の子孫でもありジローの血を受け継いでいることだけはある。
「あなたが本作戦の騎士長よ。GSV、私がこの騎士ジョンを騎士長に任じます! 団長、いいわね」
「ああマリー。ジョン、君が指揮を執れ。騎士団長命令だ……アレックスを救出しに行くよ」
「……はい!」
ジョン率いる騎士団を守るように、ロキ操るスルトが前方に陣取った。
「人間達を守りながら戦うとかって、キャラじゃないんだけどねえ……しょうがないか。クロヌス、絶対に奇跡を起こすんだよ。僕らが時間を稼ぐ! 娘達、お前らの世界の人間達を守れ!!」
「ありがとうロキさん。騎士団、突撃!!」
「了解! GSV、俺が指揮を執る! 俺たちが世界最強を証明するぜ! 目標化物、そして魔女! 突撃だああああああ!!」
ロキや女神達が騎士団を守りながら、共に戦場へ向かっていく。
「爺や、マサヨシはきっと帰ってくる。爺やはロキと娘達を援護するのじゃ。我は……」
「ええ、行きましょう女神ヤミー」
「僕がマリーも、みんなも守ってみせる」
私達は、騎士団の周囲を取り囲んだ無数の緑の赤子達に突っ込む。
「いくわよみんな! 私達でなんとしても時間を稼ぐわ! フレッド!!」
「オーケーマリー」
フレッドが大剣を対物ライフルのような形に変えて、魔力と闘気を込めた砲撃で突破口を開く。
「この戦場、我の冥界魔法も神界魔法も、エムという外道のせいでうまく作用せん! マサヨシの弟子よ、お主が頼りじゃ!」
女神ヤミーと隣り合わせになって、向かってくる緑の赤子達に打撃攻撃を繰り出すと、打撃箇所から瘴気のようなガスが噴き出す。
「あのガスは……みんな吸っちゃダメよ!! 多分ファンタジアがガスのように噴出してるわ!!」
「おぎゃああああああああ!!」
赤子達が泣き叫ぶと、強烈な超音波が生じて私の白金鎧が軋み、騎士達が吹き飛ばされた。
「くっ! 一体でも厄介なのに数が多い!!」
すると、赤子達の鳴き声に呼ばれたのか、上空を飛ぶヴィクトリア率いる魔女達も、私たちに次々降下してくる。
「オーホッホ、ヴァルキリー!! 今日ここであなたを殺して差し上げましょう!!」
「ヴィクトリア!」
魔女達を迎撃しても、エムの力のせいなのかパワーアップとかしてて、すぐに回復して、緑の赤子達も私達に群がる。
「このぉ!」
ギャラルホルンで迎撃しながら、背中に発現したアースラの六本腕が装備した武器で攻撃と魔力吸収を同時に行う。
「諦めが悪いヴァルキリー♪ ママは生かしたがってるけど、やっぱりお前は今日この場で殺す♪」
エムの大樹がざわめき立つと、一斉に漆黒の葉が舞い降りて来て、こっちを攻撃しにくる。
「無間地獄!」
女神ヤミーが、エムの放った漆黒の葉を無間地獄に放り込み、私たちを守ってくれた。
だが……。
「死ね女神!」
ヴィクトリアが女神ヤミーを爪の連撃で吹っ飛ばし、彼女の着物がズタズタにされてしまった。
「ワオーン!!」
すぐにバロンが駆けつけて、女神ヤミーのガードに入った。
「女神様!!」
フレッドがエクスキャリバーを大剣に戻して、ヴィクトリアに剣を振り下ろして両断したが、すぐに切断面がくっついて、フレッドに魔法攻撃を放つ。
「なんてやつだ。マリー!?」
私を緑の赤子達や魔女達が取り囲み、波状攻撃のような魔法を放つ。
「くっ! でやあああああああ!!」
気合いと共に、ギャラルホルンとアースラの武器で襲いかかる敵達にカウンターの斬撃を繰り出し、騎士団達も私に向かってくる敵に魔力銃で援護射撃した。
「ヴァルキリー……私が、私達があなたを守ります!!」
回復したサキエル率いるワルキューレが、私とフレッドを援護してくれるが、このままじゃジリ貧だわ……なんとかしないと。
アースラが回復してくれた魔力で!
「召喚魔法でこの状況を打開する!! いでよバハムートシリーズ!!」
魔神龍ヴリトラを退けたバハムートⅨ式、真紅の鱗が怪しく光り輝く巨大なレッドドラゴン、アジダハーカを召喚した。
「まだまだ行くわよ、この際たくさん呼び出してやるわ!」
バハムートⅠ式、全ての属性魔法を使用可能な黄金の魔神龍、応竜。
バハムートⅡ式、別名黒龍ニーズヘッグ。
バハムートⅢ式、キングギドラみたいな機械龍、別名ズメイ。
バハムートⅣ式、巨大な体躯を持つ水龍アパラーラを呼び出してゆく。
どうやらⅤ〜Ⅷ式までは、どこかの世界の勇者が召喚中のようだから、召喚に応じたのはこの5体か。
Ⅶ式の雷龍ケツァールコアトルとか、Ⅷ式の毒龍ヒュードラが応じてくれたら、さらによかったんだけどしょうがない。
「バハムート達!! 敵を殲滅してちょうだい!!」
先生に機械の体に改造されたドラゴン達が、魔女や緑の赤子達に一斉攻撃を始めた。
「グッド、ヴァルキリー! いくよ娘達!」
ロキ達も私が呼び出したドラゴンと共に、無数の緑の赤子達や魔女達を打ち払っていく。
魔女達も召喚獣に魔法攻撃を放つが、召喚されたバハムート達は攻撃をものともせずに、ブレス攻撃で敵を駆逐していった。
「私の子供達を!! ぶっ殺す!!」
だがエムが触手の核ミサイルを発射する。
「バハムート達! 私達を防御するバリアーを!!」
眩い閃光が瞬き、ルーシーランドそのものが消滅しかねない核ミサイルの大爆発を、バハムート達がバリアーを張って爆風や熱線、放射線を防御してくれた。
だが……あまりの威力なのかエネルギーを消費したバハムート達が消滅するように異空間に戻ってゆく。
「ヴァルキリーめ!!」
ヴィクトリア率いる魔女達が私目掛けて襲いかかるが、杖を装備したサキエルが私を庇う。
「メアリー先生の邪魔をするな!」
「いいえ、邪魔します。ヴァルキリー、それにフレッド、今のうちに体制を!!」
「ああ、ブリュンヒルデ! 騎士長ジョン、マリーを守るんだ。防御陣営を取れ!!」
「了解!」
様々な武器を装備したワルキューレ達と、魔女達が上空で空中戦を展開して、なんとか魔女達を引き付けてくれたみたいだから、私達はエムの大樹に近づくために突撃する。
だけど、エムの大樹で奇跡を具現化した花が次々咲いてゆき、実を地表に落として次々新たな緑の赤子達が生まれてゆく。
「騎士団! 先輩方、行くぜ!!」
「おう!!」
「我らロレーヌGSG9も支援する!」
ジョンが魔力銃ウッズマン、騎士団が魔力を付与したライフルで攻撃するが、数に押されそうになったところを、歩兵を守る戦車のようにスルトが緑の赤子達を砲撃で吹っ飛ばす。
だが音速をはるかに超える速度で放たれる、触手の一撃で、騎士団や忍者達、ロレーヌの特殊部隊が吹き飛ばされた。
おそらく彼らの目には、何か光ったと思った瞬間凄まじい何かが降って来たような感じに見えてるだろうから、反応なんかできるわけない。
「ぎゃああああああ」
「う、腕が!!」
「あ、足が……足をやられた」
エムの攻撃で、集結した部隊の約半数に達する死傷者が出ている。
「クソ、メディックあつまれ! 俺も医者の卵だ!! 負傷者を下がらせろ!!」
「GSG9隊長シュナイダーだ! 騎士ジョン、負傷者への救護感謝する!! 我らが前に出る隙に負傷者を!!」
「我らが忍びが引きつける! お主らと我らは同志、我らもヴィクトリーの騎士でござる!」
ロキ達の巨大ロボを遮蔽物にして、続出する負傷者へ応急手当てや女神達が回復魔法をかけるが、このままじゃ……。
「クロヌス! もう僕ら持たないよ!!」
騎士団の盾になったスルトを操るロキが、後方で祈りを唱えて両手を胸の前に組んで跪くクロヌスに声をかけた。
「……あと少しよ。みんな、あと少しでいいから……あたしの……俺の全てを使って……この壊れそうな世界を……邪悪を退けて……」
クロヌスの体が光り輝き、徐々に彼女の体が粒子のように分解されていった。
「マリーちゃん、みんな……あたしの意識がこの世界の源、この星の意識にも語りかけてる。あとほんの少しでいいの……奇跡が……時間を……少しだけ……」
「消えろ!」
大樹の触手がムチのようにしなると、先端部が亜光速で飛んできて、粒子と化した彼女を粉々に吹き飛ばした。
「……そんな、クロヌスが……」
エムの触手が地面から次々出現して、フレッドに向けて亜光速の速さで飛んでくる。
天界魔法の時間停止を使っても、先端が音速をはるかに超えた亜光速で飛んでくる触手には効果がないし、エム自体にも時空操作は効かない。
エクスキャリバーを掲げて防御するが、剣が弾き飛ばされ、触手の一本がフレッドの左腕を切断して、別の触手が彼を貫こうとする。
「ダメよ!!」
あの時の、フレッドの肉体と魂が消滅した時の光景が脳裏に浮かんだ私は、フレッドに咄嗟に体当たりして、ギャラルホルンで触手をはじく。
が、エムの触手が私をぐるぐる巻きに絡みつき、捕えられた。
「グッ!」
「マリー!!」
「だ、大丈夫。私は……もう二度とあなたを失いたく……」
フレッドが右腕だけでエクスキャリバーを振りかざして、エムの触手を斬り飛ばそうとしたが、力及ばず剣が弾かれた。
「僕の力が……出力が低下して……クロヌスはやはり本当に……」
「ふふふ、とうとう捕まえた♪ ヴァルキリー、お前の最後だ。私達の家族が、この素晴らしい力と子供達で……楽園を築いてムカつく奴らみんなぶっ殺す!!」
「離せよ……マリーを離せ!!」
フレッドが集まって来た触手に必死に片手で剣を振るう。
「フレッド大丈夫だから……それに何が楽園よクソ野郎。エリの体を乗っ取って、アレックスの説得にも耳を貸さず、バルドルの力を奪っていい気になってる……クソ野郎め!!」
すると大樹と同化したエムが嘲笑う。
「アッハッハ、ウケる♪ 強がっててウケる♪ 私は宇宙全てを変えられる力を得たんだ♪ いじめっ子め、全てを塗り替える奇跡の力を……」
「何が奇跡の力よクソ野郎!!」
「?」
「この世界に生きる全ての人達は、救われようとずっと苦しんでた。なのにあんたは!!」
別の触手が飛んできて、私の頭部に直撃した瞬間、白金の兜ごと弾き飛ばされる。
鈍痛がすると、私に巻きついた触手に血が滴り落ちて、頭部を損傷したようだけども、これしきの暴力で私は屈しない!
「この世界の人たちを虐げて……それを笑いながら被害者ぶって! それを奇跡ですって? そんなものの、どこが奇跡よッ!!」
私は気迫を込めて、闇と光の大樹と化したエムを睨みつけた。
「強がり言っちゃって。えい♪」
さらに別の触手が飛んできて、私のこめかみあたりに当たった瞬間、頭の中で火花が散って鼻水……いや鼻血が出て……おそらく脳を……やられたっぽい……。
「マリー!!」
フレッドが助けに入ろうとするが……無数の触手に阻まれて、私の元まで来れないようだ。
「アッハッハ、お前よりもヴァルキリーやっつけた方がいい感じ♪ そこでこいつが私に殺されるの見てろ♪」
調子に乗ってるわね……こいつ。
相手の血を見ると興奮するタイプっぽいわね。
だが……こんなやつなんかにやられてたまるか!
「ヴァルキリーさんを、陛下を離しやがれ!!」
「あの触手を狙撃だ!!」
「ヴァルキリー様と聖騎士様を守るんだ!!」
地上では、騎士団やジョンが私を助けようと魔力銃を放つがエムには効果がない。
だけど、みんなが……勇気を振り絞って立ち向かってる中……私も負けられない!
「私の新しい子供達、超優秀♪ 弟子のヴィクトリアも♪ お前を殺して、この世界でも地球でも私の新しい子をたくさん産んでアメリカ駆逐してやる♪」
「……そのあんたが生み出した花から生まれた……可哀想な麻薬生物も……生まれたばかりなのに、あんたにけしかけられて……悲鳴をあげて。何が新しい楽園の母になるだ……何が奇跡の花だ。あんたなんかに……奇跡なんて起きない!!」
「うるさい、うるさい、うるさい!!」
私は触手に抗うように、アースラの六本腕の武装で、触手に斬撃を繰り出して魔力を奪う。
ーーお嬢ちゃん、諦めるにはまだ早い! このクソ野郎にとことん抵抗してやろうぜ!
ーーええ、ヴァルキリー。私達は悪に負けない……私が提唱したこのニュートピアに救いを! それにクロヌスの意思はまだ。
ええ……わかってる。
絶対に諦めるもんですか!
それにクロヌスが、己の力を全て奇跡に費やした想いを、絶対に無駄にしない!!
「この外道が!!」
着物を切り裂かれて、際どい姿になった女神ヤミーが、私を助けに来るけど、バロンもろとも触手の一撃で吹っ飛ばされてしまう。
「お前なんかに、差別の苦しみが、悲しみが、痛みがわかるもんか!! だから変えてやる! 神とかいう奴ら皆殺しにして、全部の世界をこの奇跡の力で!!」
「……この世界が救われるように、祈りと救いを願った……かつて罪神と呼ばれたクロヌスの想いが本当の奇跡……よ」
私は召喚の指輪に魔力を込める。
「いでよ……火焔車の元怨念の主、イクシオーン。あの悪意を燃やし尽くす……炎を!!」
獄炎の回し車を回す、青白い炎の馬が出現して、無限に燃え上がる炎の魔法を放つも……すぐに掻き消されてしまい、触手で弾き飛ばされ消失した。
「そんなもの私には効かない! 私はもう、差別や火炙りにも負けない!」
「何が差別だ……あんたがこの世界の人達を差別してるクセに。あんたが差別してる、正しい思いを心に持ち、毎日を誠実に生きようと願う人たちにこそ、救いや奇跡がもたらされるべきだ! 汚れた悪意のような、あんたなんかじゃなく!!」
エムが触手に力を込めて……私の体をバラバラに引き裂こうと力を込めた。
「負けるもんか……私はあんたなんかに、悪なんかに負けない……」
(僕のスキルで今の君の生存確率が……1パーセント以下に……いやだ! 僕は君を守るんだ!! 僕の全てをかけて!!」
フレッドが涙目になりながらも……エムの触手に抗って剣を振るう。
(僕は……ずっと好きな女の子を守ろうと、ずっと……僕の魂の傷を払拭しようと。僕は君を守るために生まれて来た。僕は、大好きな女の子に……死んで欲しくないから、僕は」
大丈夫だからフレッド。
私は、絶対悪には負けないし1パーセントでも勝てる可能性があるなら……まだ私は戦える!
(僕は……せっかくまた会えたのに失いたくない。だから僕も抗う!!)
フレッドが左腕を回復魔法で再生させ、襲ってくる無数の触手を剣で弾き飛ばした。
「死ねヴァルキリー!」
鎧の軋む音と共に……私の体の骨も嫌な音を立てて、私の意識も徐々に遠のいていきそうになる。
でも私は……。
「負けない……わ。あんたみたいな身勝手な悪に、絶対負けない。魂が傷ついて転生した人達に、今度こそ救いがもたらされる世界のために……絶対負けない!!」
私は召喚魔法で、新たな召喚獣を呼び出す。
「いでよ……召喚獣レヴァイヤタン! この大邪神に、呪いの大樹に聖なる大海嘯を!!」
召喚の指輪に応じて、巨大な海龍が出現して、エムの大樹に大津波のような衝撃を与えるが……ビクともせず元の異空間に戻っていく。
「まだだ……私には……召喚魔法がまだ」
「うるさい死ねッッ!!」
触手が締め上げる力で、脳に血流がいかなくなったのか、私の思考力も低下していく。
「マリー!!」
「邪魔!」
フレッドの呼びかける声がして……彼が触手で吹っ飛ばされてゆく。
「まだよ……私は……召喚獣カオス!」
異形の召喚獣が召喚に応じ、エムの大樹に混沌のエネルギー波を放つが……逆にカウンターの一撃を受けて消失した。
ーーヴァルキリー……申し訳ありません。私の力も、もう……。
ーー諦めんじゃねえ!! お嬢ちゃん、この壊れようとする世界を救おう!! 未来を、お前の周りにいる奴らを信じるんだ!! 俺も……抗う!!」
多分……外傷性ショックだとか……頭部からの大量出血で……私の命の燈も尽きかけてるかも……しれない。
激痛が身体中に巡り渡り、もはや自分で指一本動かせないほど……深刻なダメージを受けてるけど、まだだ……わ……私は……。
「まだだ……私は、みんなを信じて。みんなが戦って……この世界の真の救済を、本当の奇跡祈って……私は、まだ……」
「死ね!」
「マリイイイイイイイ!!」
意識が暗転しそうになった時、私の周りを光の粒子が飛び交い、私の周囲を明るく照らしながら、わずかだけど体力を回復した感じがした。
「これは……」
ーー届いたわ……ありがとう……みんな……あたしの愛する子達……。
クロヌスの声が聞こえた気がして空を見上げると、光の粒子が星々のように瞬き、エムの触手の力が弱まっていくのを感じるが……。
そしてエムの力が低下したおかげで、全身の血の巡りが良くなったのか出血が激しくなるが、同時に血液が脳に運ばれて、思考能力も少しずつだが元に戻った気がする。
「なんで!? 私の力が何かに邪魔されてる!! 力が……私の」
何かが起きている気がした。
絶望的な状況の中、事態が好転するような何かが。
ーーマリー聞こえる?
しわがれた老婆の声が聞こえるけど、その声は……スーなの?
ーー私達を見守ってた神様が教えてくれた。ミカトリ、哀れな精霊の巫女を今度こそ魂の輪廻にと。私達アスティカのみんなで、ミカトリの力を弱める秘術をやってる。マリー、あなたは私達を救ってくれた。今度は私が!
クロヌスが願った奇跡が……少しずつだけど起きつつある。
まるで目の前のエムに立ち向かえる状況が、構築されつつあるような……。
すると黄昏色の空が割れて、おそらく放射線と電磁波防護されてるだろう、巨大な輸送機の編隊と精霊達や、アスティカ大陸のシャーマンみたいな人達が突如出現する。
「間に合いました!! 勇者ヴァルキリー、極悪組参上です!! 私達の他にも心強い援軍が!!」
……勇者ブロンド!?
それにこの精霊達は!?
「はあーい、馬鹿マサヨシの弟子の子。精霊界元老院フューリーよ!」
フューリー!? 彼女どうして!?
それに300年前に一緒に戦った、ウンディーネやサラマンダー、カラドリウス達も一斉にルーシーランド上空を飛ぶ。
「精霊界元老院は、全員一致の評決で、かつての不祥事を正しにきたわ! あたし達の議長もこの場に!!」
空間の裂け目から、水色の衣を纏った少女のような精霊も姿を現すが……アレはティアマト!?
「……んな、助け……来た。この世界……こそ救われる……私の……クロヌス呼んでくれた。ロキ……みんな」
すると彼女の体が変質してゆき、青白い光を放つ超大型の巨大な精霊のドラゴンと化した。
「なにお前……お前誰!?」
突然現れたティアマトにエムは怯えた声をあげる。
「我が名は精霊を統べる者ティアマト。かつて精霊が生み出した悪意よ……もう、終わりにしましょう」
音楽を奏でているような、美しい声でティアマトがエムに言い放つ。
「精霊!? 私は精霊の巫女だった!! なんで私を精霊が否定する!! なんで私を!!」
ドラゴンと化したティアマトが、空に向けて霧のようなブレスを放つと、黄昏色に変わった空の色が夜明け前の群青色に戻ってゆく。
「ヴァルキリー様、あたしも来ました! やいジョン、アレックスはどうしたんだい!?」
ティアナ!?
輸送機で私達をルーシーランドまで送ってくれた彼女も、極悪組と行動を共にしてる!?
「とうっ!」
エムの触手に、赤いコートみたいなのを着た、背の低い誰かが飛び蹴りを入れると、あまりの衝撃力なのか幹が振動して、根っこがめくり上がった。
「アレックスを返してもらいますわ〜」
「レイラ!?」
彼女は、バルドルに魂を囚われていたはずなのに、どうして彼女が!?
しかも前より明らかにパワーが増してて、あのコート、いや特攻服は、確かイワネツさんが着てた特攻服。
レイラを別の触手が襲おうとした瞬間、空から雷が降り注ぎ、触手を弾き飛ばす。
「一人で行くなってんだよバカ!」
「あなたに言われたくないですわ〜」
レイラの前に、空から降りて来たティアナがお互い背中を預け合い、騎士団を率いるジョンを見下ろす。
「おい、ジョン! 情けないツラしやがって。やっぱあたしらがいねえとダメかよ、フニャちんめ」
「……うるせえンだよ。デリカシーがねえ女め。アレックスはあの大樹の中だ!! 助け出すぜティアナ、それにレイラ!!」
東の日の出の空からは、音速の壁を越えて轟音を立てながら漆黒の巨大ロボがこっちにやってくる。
「お父様、お姉様方もわらわのヘルカイザーと合体だわさ! 邪悪にわらわ達の力を見せつけるのだわさ!!」
「ヘルちゃん! 父上合体だワン!」
「お父様、ヘルの巨人と」
「ヘル……どうやらクロヌスの祈りが届いたみたいだね! よおし合体だ娘達!!」
巨大ロボ同士が分解して変形し合い、全長100メートルを超す、超パワーの巨人が誕生した。
「グレートヘルカイザーなのだわさ!! お父様、操縦を!!」
「グッド、目にもの見せてやるよエムめ」
破壊の化身と化したエムに対抗するため、女神達のロボが巨神スルトに合体し、グレートなんちゃらって巨大合体ロボが戦闘体制に入る。
すると私を締め上げる触手が、膨張して私をバラバラに引き裂こうと力を込め始めた。
その瞬間、上半身裸の小太りの男が、空から急降下して足刀蹴りでエムの触手を切り飛ばして、私の体が解放されたと同時に、彼の回復魔法で頭部の傷が癒えた。
空中でくるりと向きを変え、道着のズボンと黒帯を絞めた彼。
私も良く知る勇者が振り返る。
「マリーちゃん、間に合ったんさぁ。ラストバトルんかい!!」
「ジロー!?」
「前ぬエムとの戦場んかい、参加ならんたんくとぅよお……くぬ外道、今度こそ死なすさぁ」
ジローも……来てくれた。
でも彼は、神の加護を得てない状態だから、戦いも限定されてって……え?
「ジロー背中に、シーサーの刺青が具現化して……まるで加護を受けたフルパワーの状態に…これは?」
「だからよー、精霊ぬちゃーが働きかきてぃ、フルパワーっし喧嘩ないるようなたんさぁ。すりにぃ……もうくぬ世界でぃ、二度とぅ悪っさしみらんさぁ……兄弟ぬたみに」
あのジローがフルパワーを出せる。
私達にとって大きな助けになるけど、イワネツさんは?
カムイとの試合はどうなったんだろう?
「おう、我やー! くぬ外道叩き潰すん! 我にんかい続けい!!」
ジローが上空のガンシップに呼びかけると、様々な武器を装備した異世界ヤクザ達が降下してきて、化物みたいな大弓を装備した勇者ブロンドと、これまたでっかい大太刀を装備した勇者スルドもこっちにやってくる。
触手に吹っ飛ばされたフレッドも、回復魔法をかけながら私に駆けつけた。
「マリー、どうやら!」
「ええ、クロヌスが願った奇跡が起きつつある」
フレッドが体中骨折した私の体を、回復魔法で癒してくれた。
ーーようお嬢ちゃん、さっきのエムとかいう野郎に捕まっている時、やつから結構な魔力を盗んだぜ! これであのうるせえ十二神将共もまた呼べる。
「ええ、アースラ。フレッドもジローも力をかして! とっておきを呼び出してやるわ!」
「うん!」
「やっさぁ!!」
私が中央で、右手にフレッドの手を、左手にジローの手を取り合って、召喚の指輪を発動させた。
「いでよ十二神将!! あの巨悪を倒すには、あなた達の力が必要!!」
再び十二神将が私の召喚に応じて、時空を歪めて出現した。
「ようお嬢ちゃん! このアニラを気に入ってくれたようだなあ!!」
「お前じゃねえカス! また君に会えてこのアンテラも嬉しい」
「仕切ってんじゃねえカス!」
「あ? 殺すぞシンダラ」
「うるせえぞカス共! ようは目の前のでかい菩提樹のようなアレを潰せばいいんだろ」
「当たり前のこと言うなマコラ!」
「そうだそうだ。殺すぞこのクビラ様が」
「なんだコラ!!」
「よおしあのカスぶっ殺すぞカス共!」
これで反撃の準備が整い始めたわ。
すると十二神将達が一斉に、東の方向へ顔を向け始めた。
「おい、バサラのやつも来るぞ」
「バサラだと!?」
「マジかよバサラが来る」
「本当だ……この波動はバサラだ」
え?
バサラってことは、もしかしてイワネツさんがこっちに……。
うっすら赤みを帯びた東の空が、一瞬だけ瞬いた瞬間、ルーシーランドの地に光の速さで男が隕石のように降下して、地表にクレーターが生じた。
一目でわかる分厚い筋肉に、両拳にバンテージを巻いて……ボクサーのようなトランクス履いてて、両胸に八芒星の刺青もないし……彼はイワネツさん……じゃない!?
「天女様、いえ女王陛下……カムイ参上!」
「あなたは……勇者イワネツどこに!?」
チャンピオンカムイは、分厚い大胸筋を右拳でバシッと叩く。
「父上ならばここに」
え? ここにって言われても……。
どういう意味?
「わたくしは……父の全てを受け継いだ。わたくしは勇者として、父の願った思いと、魂全てを受け継ぎました」
イワネツさんは……そうか。
カムイの記憶を読み取ったアースラが、イワネツさんの試合の顛末を見せてくれた。
イワネツさんは全ての想いを彼に託して……。
すると極悪組のトップ勇者の面々も、カムイの元に集う。
「ブロンドですカムイ殿。あなたが勇気と信義の力を得て、共に我々と戦場で肩を並べることを、私は信じていました」
「自分もブロンドの親父さんと同じ気持ちです。カムイ殿、俺たちはエルフの勇者だ。そして俺たち勇者に負けは許されねえ!!」
「はい!! 我ら勇者が力を振るうは悪!! 悪に勇者が負けることなど……父上に、勇者に許されない!!」
カムイはサウスポースタイルをとって、ブロンドとスルドのエルフの両勇者達が、カムイを囲んでそれぞれの装備をエムに向け始めると、異世界ヤクザ達も周りを取り囲むように、さまざまな武器を携える。
「どうして!? なぜエルゾも……アスティカのかつての同胞達も私を否定するッ! 私は差別のない世界を、アレックスと共に……」
私を庇うようにフレッドが、剣をエムに向け、傷が回復した私は魔力を込めたギャラルホルンを下段に構えた。
「どうして? そんなのは決まってる。クロヌスが信じた奇跡の力が、マリーを中心に集まってる。自分勝手な想いのお前と違って」
「ええ、フレッドの言う通りよ。人の想いも、生き方も、魂の在り方も不滅だ。何が奇跡の力だ……何が差別だ! あんたなんかに奇跡なんて起きないッッ!」
「なんだと……ヴァルキリイイイイイイイ!」
(マリー、アレックスが僕に語りかけてる。彼は、あの大樹の中枢で軟禁されている。エリザベスを乗っ取ったエムの本体も一緒だ)
アレックス、敵の中枢に潜り込むことに成功したようねフレッド。
(ああ、あとは彼と合流してエムと最後の決着を)
状況は、徐々に好転して来て勝利に向かう流れが、着実に向かいつつあることを感じるわ。
「悪に奇跡なんて起きないッ! この世界を救うために立ち上がった想いこそが奇跡だ!! 私達がその奇跡を、想いを果たす!! 世界に救いを求めて、悪に負けない光を!!」
私の想いに反発するように、バルドルの大樹と同化したエムは、妖しい光を放ちながら、何かをしようとしてるように見えた。
「次から次へと……私の麻薬と快楽邪魔する奴ら!! ぶっ殺す!!」
大樹が無数の魔物、異形の新しきモンスターを生み出して、ルーシーランドの平原を化物達で埋め尽くした。
ーーエムが森羅万象の力で、さらに強力な生命体を具現化した。ヴァルキリー、無数の魔物達で我々をエムは消す気です。
「なんてやつ……クロヌスの奇跡で善意の循環が生まれようとしてる世界に、また悪の波動が……」
すると空の魔城要塞が、ゆっくりと高度を落としてゆき、破壊の化身となったエムの大樹目掛けて落ちてゆく。
「え? これは?」
(ああ、マリー。今、彼の意思も)
彼?
闇の大樹と化したエムの幹に、巨大要塞が大轟音を立てて衝突し、次の瞬間要塞の一点から眩い光が放出されて、無敵のはずのエムの大樹に大穴が空いた。
「な! なにこれ!? 私、何をなにされたああああああああああああ!!」
衝突で崩れた天空魔城の要塞から、漆黒の鎧に身を包んだクレアーレが姿を現す。
「クックック、へっへっへ、ハーッハッハッハァァ!! ざまあ見ろクサレ外道が!!」
クレアーレは笑いながら宙を浮き、エムを見下ろすが……なんか違和感を覚える。
なんて言うか、その……クレアーレの純粋な悪意が感じられなくて……代わりに強烈な覇気と気迫を感じるが、まさか!?
「聞いてたぜ、見事な啖呵だ!! 成長したなマリー!!」
「先生!?」
先生が、復活した!
でもどうやって闇の力の支配を?
バロンが持って来たマジックアイテムの影響?
「それで外道この野郎、てめえは終いだ。この世界は……今度こそ救われるべきだ。てめえなんぞに正しい奴らが負ける道理もクソもねえんだわ。ワルが正しい想いに勝てる道理なんてねえ!!」
着物がズタボロになった女神ヤミーに、空間転移して来た先生は、新しい着物を具現化してそっとかけた。
「マサヨシめ、来るのが遅いんじゃ」
「悪いな、悪魔野郎共をカタにはめるのに手間どっちまったぜ。兄貴もご苦労さんです!」
「ワン!!」
先生は異空間から現れた阿修羅刀を手にして、バルドルと一体化したエムの大樹に刀を向けた。
カムイを筆頭に十二神将が集い、合体したロキのスーパーロボも、ワルキューレ達も、精霊達も騎士団も極悪組の面々も、アスティカ大陸の人達も、私達の元に集う。
「反撃開始だねマリー」
「ええ」
私もフレッドと寄り添いながら、神杖ギャラルホルンをホームラン予告のように向ける。
「第二ラウンドよ、エム。アレックスと、今度こそエリを解放してもらうわ!! 悪意が善意に勝てないことを教えてやる。ここに集まった人達が、クロヌスが全てをかけて集めた奇跡の花達よ!!」
「おう、ここに集まった奴ら一人一人が咲かせた魂の花。奇跡の花が放つ輝き、じっくり味わってもらおうか」
「なんで!? お前なんで!? お前がなんで!?」
「知りてえかクサレ外道コラ? じゃあ教えてやるから、耳かっぽじってよく聞けやクズ野郎。てめえら外道共を一網打尽にするための、俺様のがんばり物語をよお」
復活したヤクザな勇者こと先生が、ラスボスに色々と話をしたいようです




