第2話 鉄の女
「姉上は? エリザベスは?」
てっきり、姉が父の跡を継ぐと思ってた。
王国最高の頭脳を持つと呼ばれる、鉄の女のエリザベスが。
「ああ、我が愛しいもう一人の娘、エリザベスには相応しい貴族の子弟を宛がわせ、政務に専念させる。あやつは王よりも、政務と軍務に向いておるゆえ、軍事に明るい伯爵家か公爵家から婿を取らせることとする」
父は、どうやら姉をヴィクトリーの女王に就かせることはないようだ。
そっかー、姉は政務向きなのね。
けれど、姉は縁談全部断ってる堅物だから、上手くいくかしら?
「それとそなたを国外に出したくないのだ。お主はこの国で、自分に相応しいと思ったものを夫に迎え入れよ。その際は仮に平民出でも許可してやってよい。朕がそなたの夫となる男を見極めればな。理由は……我が王家は代々」
すると父の自室にノックの音が3回響きわたる。
「陛下、マリー殿下、そろそろ晩餐会の時間です」
侍従長のセバスチャンだ。
代々王家に仕える執事の家系で、彼は10代目にあたる。
武術の達人にして、どんな時も笑顔を絶やさない老紳士。
迷路のような王宮の、全てを知り尽くしてる超便利な家臣。
「さて、そろそろ晩餐会だな。今宵はそなたの晴れの舞台、堪能するがよいぞ? 我がヴィクトリーはそなたがいる限り、100年先も安泰じゃろうて」
なんだろう、いつも厳めしい顔をした父がとても優しく感じる。
生まれてこの方、まともに話をしてきたことはなかったけど、お父様ってこんな感じの人だったんだ。
いつも、姉と一緒に公務ばかりしてて、私の事なんて気にかけてなかったような感じだったけど、ちゃんと私の事を見てくれて、評価してたんだ。
女王とか楽じゃなさそうだけど、がんばろう。
父、ジョージの為に。
宮中晩さん会は、ヴィクトリー城の大広間で開かれる。
毎晩の様に舞踏会とか開かれてて、私には見慣れた場所だけど、今回は侍従や侍女たち総出で、いろんな飾り付けや祝福の言葉なんかが壁にも貼り付けられていて、床は花が敷かれてる……後で掃除とか面倒くさそう。
さて、おめかししなきゃ。
とっておきのドレスを着て晩餐会。
私はこれがやりたくて転生したのよ。
「マリー様、どうぞこちらへ」
「いつもより可愛い感じでお願いね、ルイーダ」
私は試着室で傍付きの侍女のルイーダに、今回の為のとっておきのドレスを着つけさせる。
ヴィクトリー王国の国章の薔薇をイメージした、真っ赤なドレスを。
スカートは、絹の生地を加工して華やかな大輪のバラみたいな感じで、いつものドレスとは違い、そんなに重くないけど……ちょっと派手すぎるかな? まあいいか。
頭には、プラチナと魔法の水晶のティアラ。
首には重要な行事でつける、薔薇を意匠した極上のマジックアイテムかつ頸飾の、ローズ・ヴィクトリーをつけて、胸には金と魔法の水晶で飾り付けられたマジックアイテム、黄金の薔薇もつけてと。
「化粧直しも、薄めでいいから」
「はいマリー様」
よし、準備が整った。
さあ、いざ私の晴れの舞台へ。
私が晩餐会の時間いっぱいに姿を現すと、一気に場がどよめき出す。
鎧を脱いで正装に着替えた騎士団も、今回集まった王子たちも目が点になった。
「おお、素晴らしい! いつもよりも化粧薄めだが、あれはまるで」
「花だ、ヴィクトリーの薔薇姫、我らがマリー王女殿下」
「我ら家臣一同、一生涯貴方に忠誠を誓います」
やった、いい感じで私が場の空気を掴んだ。
えーと、姉上は……あ、いつもの簡素なブラウス姿じゃなくて、おめかししてる。
純白のウェディングドレスに、私と同じアクセサリー付けてるけど、誰も姉を見てない。
侍女たちがお世辞を言ってるけど。
一瞬いい気味って思ったけど……ちょっと可哀そうかも。
なんか表情が暗いし、寂しそうな感じだ。
「おー、素晴らしいですねマリー殿。まさしく西方に咲くと呼ばれる薔薇そのもの……」
あ、超絶イケメンのアヴドゥル皇太子が声かけてきた。
金のアクセサリーをジャラジャラつけて、ちょっと趣味悪いかも。
「ははは、抜け駆けはさせませんぞカリーフ殿! おおなんと美しい、この場で俺と婚約を」
勲章を、これでもかと付けた軍服に身を包んだ、アンリ王子が私の手を取ろうとしてくる。
あ、手袋がアンリ王子の顔に投げつけられて……。
「触るな! 先祖が亜人と混血の雑種が! マリー殿に触れる奴らは僕が神の名の下に……」
「貴様ぁ! 我らが先祖を侮辱する気か! 教会と繋がる辛気臭い帝国め! この場で宣戦布告して、俺の騎士団と魔導士総出で、古臭いジーク教も滅ぼしてやるぞ! 仇敵が!」
あ、アンリ王子が手袋投げたフリドリッヒ皇太子に掴みかかった。
「皇国の小僧、散々我らがバブイールを蛮族と罵った割に、やってる事は蛮族そのもののようだが? フランソワと同盟し、我が自慢の魔法戦士たちで滅ぼしてやろうか?」
うわ、アヴドゥル皇太子の整った顔が真っ赤に染まって……。
「そんな喧嘩せんでも、金で解決できるでしょうに。あ、マリー殿! いやあお美しい、ぜひこの晩餐会後は、私ヴィトーと将来の投資について語り……」
「うっとおしい弱小国家めが! お前の国から亡ぼすぞ!」
あ、王子全員がヴィトー王子に詰め寄った。
うわぁ……本当にこの王子たち仲が悪すぎ!
なんなのこれ? この場で世界大戦でも起こす気かしら。
「あのう、私の父の晩餐会ですので、皆さんその……仲良く! みたいな」
私が両手でガッツポーズするような感じで、王子達に声をかける。
すると、全員が私の……胸を見つめて……。
「そうですなあ、フランソワ殿、ここは一つマリー殿の為にも」
「マリー殿、騒ぎ立て申し訳なかった。小僧、命拾いしたな?」
「貴様こそ戦闘の天才の僕にかかれば……あ、マリー殿ごめんなさい」
「今のは、いい! あ、少し用足しに出かけます」
うーん、男子って単純だなと悪女じみた感じで私は思った。
なんだろう、魅了のスキルってやつなのかな?
家族には効果がないようだけど、異性には効果てきめんのようだ。
その様子を、正装した外務大臣のウィリアムズが拍手しながら見つめてる。
あ、正装してマントをなびかせた黒騎士エドワードがこっちに来る。
やっぱり、超イケメンなんですけど、顔も好みだし。
そしてエドワードは私の前に跪いて頭を下げた。
「王女殿下、この度は我らが騎士団を慰労してくださり、まことに感謝の極み」
うわ、声もイケメンなんですけど。
ああ、だめ、ダメよマリー、彼とは身分差があるから、きっとめんどくさい事に。
けど父も、自らが見極めれば身分差もオッケーみたいな事言ってたし。
じゃあ、フラグ立てちゃいますか。
すると、遠巻きに見ていた大貴族の子弟がぞろぞろ寄ってくる。
「貧乏貴族の分際で、我らがマリー王女殿下に声をかけるな、母が誰かもわからぬ犬め」
「武勇名高きエドワード男爵も、数年前急逝したが、お主が跡目をとるため殺したという噂もあるぞ?」
「耳が尖って、亜人の合いの子かもしれぬな、この若造」
「然り然り、身の程をわきまえよ」
うわ、男のいじめってある意味女のいじめよりも陰湿。
エドワードはこういった場面に慣れてるのか、涼しい顔してるけど。
この人達、自分達が大貴族だからって、こんな事口にする?
父を祝福するめでたい式典の席で。
私は、エドワードを侮辱した大貴族たちの方を向く。
「そういう物言いは、私嫌いです。私の父の祝い事で、功があった騎士団長への侮辱は許しません! エドワード男爵に謝罪をどうぞ」
私が言い放つと、エドワードは私を一瞬見て深々と頭を下げ、そして大貴族たちは、一斉に青い顔をして、ざわめきだった。
「ふふ、内面的にも素晴らしい。ぜひ我が21番目の妻……いや正妻に」
「抜け駆けは許しませんぞ、カリーフ殿。彼女は英雄である俺の妃にこそ相応しい」
「汚らわしい蛮族と雑種め。あの高潔な方は僕のものだ」
「なんだ、あの木っ端貴族達? 私から見ると全員貧乏人に見えるけど?」
うわ、王子達もこっちをめっちゃガン見してくるんですけど。
ていうか、なにあのにやけた表情、今ので好感度アップした?
もう父に、あなたたちのフラグ折られてますから!
すると、姉のエリザベスがこちらにやってき……顔こわ!
そして、大貴族たちの頬を手袋のままビンタして回る。
「このエドワードは、フランソワとの共同戦線で最大の武功を挙げた、誉れある騎士! 男のくせに何たる女々しい物言い! この軟弱者達が!! この場から出て行きなさい!」
うわ、さすが鉄の女……男勝りすぎる。
ていうか、これ父の即位20周年を祝う式典なんですけど。
あ、うつむいたまま貴族たちが宴会場から出てった。
「ふむ、器量よしだけど、もう少しこう、手心というか」
「あれじゃ男が立つまいよカリーフ殿。やはり俺の妃はマリー姫だな」
「噂通り……まるで僕の母上のようだ……」
「うーん、私の投資にも口出ししてきそうだから、ありゃパスだわ」
うわぁ、姉に対する王子達の評価ひっく!
ていうか、ドン引きしてるってあれ。
ヒッ、凄い形相で今度は姉が私の方向いて、つかつかと寄ってきた。
「あら、マリー? いつも遊び回ってるあなたですけど、国賓の方々との折衝はすんだのかしら? エドワード、面を上げなさい。あなたは我が国最強の騎士です。もっと堂々とすべきです、いいですね?」
「はい、エリザベス王女殿下。色々ありがとうございます、それでは失礼を」
ちょ!?
せっかくエドワードとフラグが立ちそうだったのに、折りに来た! この姉。
くそう、今日という今日はこの姉を見返してやる。
「姉上、今夜は父上の即位20周年式典ですし、今のは少しやりすぎかと」
「あんな軟弱者達、ああすれば楽に片付くのでそうしたまで」
「国賓の方々が見てる前で、今の振る舞いは……」
「あら? なかなか父上から公務に就かせてもらえなかったのに、少し何か舞い上がってるのかしら? 姉である私に意見するなんて」
「申し訳ありません。姉上に、国賓の王子様達のお声がかからなかった事、マリーはこの場で謝罪いたします」
私は優雅に、ドレスの裾を両手でつまみ、最上級のお辞儀をすると、今の私の言葉にカチンときたのか、姉のこめかみに青筋浮かんだ。
「我が国は信賞必罰! 譜代の貴族でも厳しくする事を内外に知らしめたまで。それに、遊び回ってるあなたが各国王子ばかりか、エドワードまでたぶらかすなど……マリーにはヴィクトリー第二王女として身の程をわきまえた振る舞いに期待します」
言うだけ言って、姉は大臣たちの元へと戻る。
ていうか、ちょっと待って!
今の姉の言葉、まるで私がエドワードにちょっかいかけた風なこと、言ってたけど。
まさか、私の姉は……エドワードの事……。
うわあああああ、気になる人の趣味が姉と被ったああああ。
このまま私がエドワード選んだら鉄の女と姉妹喧嘩になる。
姉は私よりも公務に就いてて、あの様子では政務の敵は多いだろうけど宮中の貴族出身の侍女や、エドワードを快く思ってない一部の貴族たちは姉の味方に付くだろうし、何より全然楽な方向に行かないんですけどこれ。
そしたら、宮中の権力闘争とか始まって最悪内戦フラグに……。
昔、イギリスで起きたって言う中世のばら戦争になるって。
白薔薇の姉と、赤薔薇の私と……そして世界の王子達は私を狙ってる。
もしも、内戦になったら、大国が介入し始めて、最悪植民地化して500年続くヴィクトリー王国滅ぶんですけど。
そしたら、私の目指す楽な転生人生が……。
うーん、どうしようこれ……晩餐会終わったら、父に相談しに行こう。
お父様ならば、この状況を何とかしてもらえるはず。
何としても、私の即位前にエドワードを父に紹介して、私がイケメンゲットして女王になるんだ。
決意を胸に秘めて、私は宮中の晩餐会に望む。
私は姉より目立ってるから、あとは集まった貴族たちに存在感をアピールしよう。
「それでは、宮中晩餐会を開始いたします、どうぞ陛下」
外務大臣のウィリアムズが進行役となり、父がワインが入ったグラスを傾ける。
「我がヴィクトリー王国の益々の発展を祝して、乾杯」
「乾杯」
宮中晩餐会がスタートし、皆各々の席で食事とお酒を楽しむ。
演壇では、音楽隊が音色を奏でて道化師が芸を披露する。
そうだ、お酒でも注ぎながら父にさっきの件を相談する約束を取り付けよう。
私が、左手を席の後方にまわすと、侍従の誰かが、ワインの瓶を手渡してくれる。
こういう仕事は、侍従や侍女の仕事で、私たち王族が王族らしく王宮で振舞えるのも、彼らの尽力によるものが多い。
「ありが……?」
お礼を言おうと振り返ると、私にワインボトルを渡してくれた侍従か侍女の姿はなかった。
まあいいや、それじゃあ父にこのお酒を注ぎに行こうっと。
「父上、どうぞ」
「うむ、かたじけない」
空になったワイングラスに私はワインを注ぎ、父はそれを一息で飲み干した。
「ぬ!? ぐ……」
ワインを飲んだ父が小刻みに震え出し、首を掻きむしるように悶え始めて、口から大量に吐血して席に突っ伏す。
え……ちょ……え……。
お父……さん?
「きゃあああああああああああああああああ」
「へ、陛下!」
「ど、毒だあああああ皆ワインを飲むな!」
「大至急、神霊回復魔法を! 宮廷ソーサラーは!?」
宮廷晩餐会は大パニックに陥る。
姉や王子達が一斉に、私と父の元へ駆け寄ってきた。
皇国の皇太子フリドリッヒが、英雄ジークに祈りを捧げて父に解毒魔法と回復魔法を唱える。
「こ、これはヒ素や、新兵器火薬の材料の赤りん、トリカブト!? いやそれだけじゃなく未知の毒物が使われてる!? くそ、進行が早すぎる、どうにか僕の力で解毒さえできれば」
「どけ、胃の中を洗浄するんだ! 音楽隊からパイプ部品分捕って来たから、これをジョージ陛下に咥えさせ、ああ、くそ! 水魔法の使い手は!?」
アンリ王子が、父に直径5センチほどのパイプを咥えさせた。
「我が砂漠のバブイール王国は水魔法の研究力世界一だ、我が魔力で!」
浄化能力がある水の属性魔法を、アヴドゥル皇太子が唱え、父の胃洗浄を開始する。
「どけどけー! 暗殺者がいるかもわからんから、ここから医務室に運んだ方がいい!」
ヴィトー王子は、テーブルクロスとほうきを組み合わせた、簡易担架を運んでくる。
私は涙を流しながら、両手を組んで拝むように神に祈った、どうか私の父を助けてほしいと。
しかし、祈りは通じなかった。
「ジョージ陛下が……逝去なさいました……くそおおおおおおおおお!」
フリドリッヒ皇太子は両手を床に叩きつけ、周りの王子達も顔を伏せた。
その時、私の侍女のルイーダは、震える指で私を指さす。
「あ、あ、マリー様のワインを飲んで、陛下が倒れるの、わたくし見ました!」
一斉に私に疑惑の視線が向けられた。
ち、ちがう! わ、私じゃない……そんな!
口に出そうとしても、極度の緊張と父の死を目の当たりにしたショックで言葉が出ない。
そして涙に顔を濡らした姉、エリザベスが顔面を紅潮させ私を睨みつけた。
ち、違う! 私は父を殺してなんか。
「お前が父を、陛下を……。衛兵! 我が妹マリーをひっ捕らえろ!」
こうして、私は王女の地位の全てを失った。
国王殺しの大逆人という無実の罪を着せられて。