第28話 世界の謎
ヴィナーレ宮の応接広間で、ヴィトーが三線を抱え眠りこけ、アンリがボトルを片手に、大の字で全裸で仰向けに寝てる。
「酒は飲んでも呑まれるなってな。こいつら若くして死んだから、その辺まだまだ青い」
勇者は着物に着替え直し、ワイングラスをちびりと飲み、ロマーノの美女達を侍らせながら、マリーと話し込む。
「先生、それで……さっき話した通りです。ヴィクトリーと、ロレーヌは英雄ジークを信仰し、フランソワとバブイールは、女神フレイアを信仰して、ロマーノはフレイアの父神の、海神ニョルズを信仰してます」
「なるほど、そんで亜人国家は大精霊にして、フレイアの兄神の、豊穣神フレイを信仰か……。見えてきたぜ、野郎らこの世界で、神と精霊界の縄張り争いしてやがる。神界に黙って……クソ共が! あの野郎らの事は知ってるぞ!」
勇者が掴んでたワイングラスが、怒りで粉々に砕け、恐れを成した女中達が、その場を離れた。
「野郎ら、神界でも問題ありって、天界の監査も入ってやがるユグドラシルの奴らだ! こいつらと精霊界が縄張り争いしてる影響で、多分この世界で歪みが起きてる。俺の親分と、大天使長さんと、破壊神さんと創造神様に掛け合って、ケジメとってやるぞ! クソボケ共!」
「そ、そんな事可能なんですか!?」
「ああ、可能だ。俺に通せねえ話はねえ。俺様は神連中にも大天使にも顔が利くからな。それだけの実績と信頼は得ているからよ」
マリーは目の前にいる勇者が、神々の暗闘にも介入出来るほど、強いコネを持っている、勇者である事を悟った。
「クソ! 俺の担当神に連絡が取れりゃいいんだが……いや、待てよ。マリー、天雷の用心棒を召喚してくれねえか?」
「え? あ、はい」
マリーがHPとMPを大量消費して、天雷の用心棒を召喚すると、マリーが思わずうっとりする、グレーの長着を着て、大小の刀を刺した、役者のような茶髪で角刈りの美男が現れた。
そしてどことなく勇者と顔立ちが似ており、右手の掌を差し出した中腰の姿勢になり、勇者と向き合う。
「お控ぇなすって、お控ぇなすって! 手前、仁愛の世界の用心棒をしておりやす……」
「いい、仁義省略! 緊急事態だ二代目。おめえ、俺がこのニュートピアって世界にいるの聞いてるな? この世界でユグドラシルのアホ神連中と精霊界が、悪さしてるって事を、あいつに報告しろ。ブロンド通じてフューリーにもだ」
勇者は、先ほどマリーが証言した、神と英雄の名を記したメモを用心棒に手渡す。
「わかった、親父。ブロンドからも報告あったけど、そっち大変そうだね。それとマサコのやつ、こっち来たらしいんだけど、迷惑かけなかった? 大丈夫? 俺あいつ叱っといたけど」
マリーは、あの円卓の騎士の中にいた、勇者の娘かつ黒髪の美少女が、マサコという名前である事を知った。
そして、目の前にいる用心棒と勇者の年齢が、あべこべに見えるが、この用心棒が勇者の息子である事を、なんとなく察する。
「往生したぜ、まったく。あいつまだ13だろ? おめえからも、レオーネとラウーネのお義父さんに、言っといてくんね? ガキに戦場はまだ早いって。あと喧嘩の準備整えとけ。俺の勘じゃ、間違いなくこの世界、やべえ事態になる」
――え? けっこう背が高かったけど、あの子まだ13歳!?
マリーは、目を瞬かせて用心棒を見る。
年齢的には二十代半ばくらいに見え、勇者と比べて穏やかそうな、透き通った茶色の瞳をしていた。
「わかった親父。久々に、組の連中総出の出入りかあ。ブロンドにも聞いたけど……親父、他所の世界で女作るのやめたほうがいいって。お姉ちゃんに蹴り殺されるよ? そのうち。ところで、そちらさんはどちらさんで?」
用心棒はマリーや、酔っ払て寝込む、ヴィトーとアンリを見やる。
「ああ、それな。起きろ金城! 寝てんじゃねえ!」
勇者がヴィトーを一括すると、三線を持ったヴィトーが、左手で目を擦りながら、勇者と用心棒を見た。
「んー、ありゃあ? 兄貴が二人いるさ……」
「紹介する、この子はマリーって言って、俺の女にしようと思ったが、娘にした。そんで、こいつは俺の転生前の舎弟で、こっちでも舎弟になった金城。この世界じゃヴィトーって名前だ」
用心棒はヴィトーに向き直り、直角にお辞儀をし、マリーの方を笑顔で見る。
「君がマリーちゃんって言うのかい? オイラの事はお兄ちゃんって思ってくれていい」
――あ、すっごい優しそう。それに、私一人っ子だったから、お兄ちゃんとか初めて……ていうか、先生と違って性格良さそうだし、このまま仲良くなってフラグ立ててキャー。
などとマリーは思ったが、良く見ると、結婚指輪を左手の薬指にはめており、少しガッカリしたのと、笑うと勇者とそっくりだと思った。
そして、ヴィトーは酔いが醒めたのか、用心棒を見つめる。
その目付きは酔っ払いから、アシバーのジローと呼ばれた、凄腕の沖縄ヤクザの顔つきに戻っていた。
「金城もとい、ヴィトーの叔父貴! ご苦労さんです! 手前、仁愛の世界の用心棒をしておりやす、姓はササキ、中間名はマサト、名はニコと発しやす。以後お見知りおきを」
「なんだぁ、清水の兄貴にそっくりだと思ったが、おめえ兄貴の子かー。ヴィトー・デ・ロマーノ・カルロだ。前の世界じゃ金城二郎って名前だったさ。よろしくなー」
ヴィトーは三線をべべんと鳴らした。
「へい、今後ともよろしくお願い致しやす。それじゃあ親父、例の件はそういう事で。それと、ロバートの叔父御が贈ってきたこいつを、親父に」
油を塗られた和紙のような紙で包まれた何かを、用心棒は勇者に手渡す。
「おう、頼むぜ。俺の神様によろしく」
召喚時間が切れて、用心棒は元の世界に戻っていった。
「さて、だんだんとこの世界のカラクリが見え始めてきたな。おそらく、神と精霊が縄張り争いしてるのがこの世界で、それに乗じて魂に傷がついた転生者の運命を弄ぶ、最低の絵図描いてるワルがいる筈だ。そのワルの目的はまだ見えてこねえがな。それと、マリーが呼び出した魔物……魔界のモンスターも混じってる」
「魔界のモンスターですか、先生。でも魔界は先生が、概念ごと消したって」
「そう、ありえねえ話だ。もう魔界なんて世界はねえ。俺が救済して名前も変えて、悪魔じゃなく、魔族ってヒト種に変えて、美しい世界に変えてやったんだ」
ああ、概念ごと無くなったというのは、そういう事かとマリーは思った。
「召喚魔法は、召喚先の世界から何かを呼び出す魔法だっけ? 召喚先の世界から、召喚されるわけだから……まさか、魔界のような存在は一つだけじゃねえって事か? という事は……」
勇者がある結論に達した時、ヴィトーが勇者の肩を叩く。
「考えても仕方ねえさー。マリーちゃんの邪魔する奴らは、みんなぶっ飛ばすんが兄貴だろ? なんくるないさ」
ヴィトーが言うと勇者は笑い出し、マリーの方を笑顔で見た。
「おう、そろそろ寝るぞ。そこにいるマブい女ら全員抱きてえとこだが、明日はマリーの大一番。女断って俺も気を練っとく! 絵図通りに行くぜ」
「そうねー、俺ぁも頭痛えから、朝までおやすみさー。アンリ君起きるさー、服つけろー、風邪ひくさー」
床に全裸で大の字に寝るアンリを、ヴィトーが揺さぶって起こし、寝室まで連れて行く。
「うん、夜更かしは美容の大敵、おやすみなさーい」
マリーが寝室に向かう前に、勇者から呼び止められた。
手招きする勇者に、マリーが近寄ると、耳を貸せとジェスチャーされる。
「さっき、面白半分に茶化して世界救済の事を話したがな、ここから先はおめえさんにしか話さねえ話だ。あの仁義なき世界と呼ばれた奴らは、いや、他の俺が救った世界は、神からも見捨てられてどれも悲しい、可哀そうな世界だった。わかるかい?」
マリーは、静かにうなずく。
「元々あいつらは……最低の世界と呼ばれた人々の大部分は、元々人間らしい素養を魂にきちんと持っていたと、俺は思ってる。だが、それが何らかの作用で果たせずにいて、心を歪めちまって酷い有様になっちまってた。そしておめえさんが本来の魂を蘇らせた、ヴィトーや、アンリみてえな転生前、男の中の男だった奴らですら歪んじまっていたのがこの世界だ」
そして勇者は、己の胸を右手でドンと叩く。
「この世界の救済、おそらくかなり厳しい戦いになるだろう。だがなあ、だからこそ、己の心をしっかり持て! そしてこの世界を愛し、味方につけた俺や、ヴィトー、アンリや、ペクチャ、ヨーク騎士団の奴らを信じるんだ! そんで迷ったときは立ち止まって目を閉じろ。信じるべき光が見えたら、それがおめえさんの信じる道だ、いいな!」
「はい、先生!」
歴戦の勇者がマリーに勇気を与え、各々が眠りについた。
翌朝、音声のみの水晶玉の会議とはいえ、マリーは化粧をして、勝負の赤いドレスを着て、勇者を筆頭に、アンリやペクチャとオーウェン卿を従者にして、ヴィトーが提唱した世界会議の席に着く。
この会議は、表向き死んだとされるヴィクトリー王国の王女マリーの生存報告と、エリザベスの糾弾、ヴィクトリー王国継承の正統性を、各国に通達する目的で行われる手筈となっており、ヴィトーは赤いシャツにシーサーの刺繍を入れた、白のズボンを履く。
そして、ナーロッパと呼ばれる国々で一斉通信が行われる。
「通信にお集まりの各国代表の王族の皆様、イリア首長連合改め、ロマーノ連合王国のこのヴィトー・デ・ロマーノ・カルロが提唱した、世界会議にお集まりいただき、ありがとうございます。会議に先立ち、さる王族のある王女が、お集りの諸侯へのご挨拶に参りました、どうぞお声を」
マリーが、魔力増幅した魔法の水晶玉の前に立つ。
「私は、ヴィクトリー王国王女にして、国を追われたマリー・ロンディニウム・ローズ・ヴィクトリーと申します。父上ジョージ・ロンディニウム・ローズ・ヴィクトリー3世を、姉であるエリザベス・ロンディニウム・ローズ・ヴィクトリーが暗殺し、その罪を私に擦り付け、ヴィクトリーを我が物にした罪を糾弾するとともに、私が正当なヴィクトリー王位継承者として、ここに宣言いたします」
死んだとされた、ヴィクトリー第二王女のマリーが、水晶玉で呼びかけると、ナーロッパと呼ばれる世界各国の元首たちからどよめきが沸き起こる。
「この、ヴィトー・デ・ロマーノ・カルロは、マリー王女殿下のヴィクトリーの王位継承の主張に賛同するとともに、正当な国家元首であると賛同しますが、各国の意見は如何に?」
一瞬水晶玉から、沈黙の間があり、ざざっと砂嵐のような音声と共に、男の咳払いが入った。
「私は、バブイール王国のハキーム・ビン・カリーフの名代を務めさせていただきます、皇太子アヴドゥル・ビン・カリーフです。バブイールは、マリー王女殿下に賛同いたす所存」
「うむ、ロレーヌ皇国元首にして、ジーク教の教皇たる、マリア・ジーク・フォン・ロレーヌも賛同いたそう」
「ジャン・シャルル・ド・フランソワ陛下にかわり、フランソワ同盟国にしてこの度、かの国の摂政の任に就いた、ロレーヌの皇太子、フレドリッヒ・ジーク・フォン・ロレーヌも賛同いたします」
フランソワ王の代わりに、フレドリッヒが出たことに、アンリはただならぬ予感を感じ、水晶玉の通信に耳を傾ける。
「異議なし」
「我が国も賛同する」
「魔女に鉄槌を」
マリーに世界各国が賛同する中、魔法の水晶玉に雑音が混じり始める。
各国の元首たちも騒めき立ち、勇者はニヤリと笑う。
「へっ、割り込んできやがったぜ。エリザベスの小娘だ」
「ごきげんよう、世界各国の皆さま。ヴィクトリー王国、エリザベス・ロンディニウム・ローズ・ヴィクトリーでございます。なにやら私だけ世界各国の会議に呼ばれず、勝手にこのような催しが開かれた事、遺憾の意を申し上げるとともに、ここにいる各国の各々方に、逆賊マリーの言に惑わされぬよう私が……」
「たわけが! もはやお主の出る幕ではないわ小娘! 身の程を知れ!」
エリザベスの声を遮るかのように、教皇マリアの怒声が通信先から響きわたる。
「魔女め、お前を滅ぼすのはナーロッパの総意だ! 覚悟しろ!」
フレドリッヒが、エリザベスを一喝すると、各国から賛同の声が上がる。
「マリーめえええ、父上を殺した事に飽き足らず、私に陰謀を企てるなんて! わかりました、我がヴィクトリーは、自国の安全保障の為ナーロッパ諸国に宣戦を布告いたします!! そして、私は聞いたぞ! 英雄の再来と喧伝している男は、魔王の生まれ変わりであると! 数多くの神を奸計により、人の身に堕として苦しめ、神をも恐れぬ魔王がお前の正体だろう!」
マリーを始めとする面々は勇者に振り返る。
「へっ、そういうことかい。なるほど、わかったぜ……やはり精霊界と、一部の神は、俺をカタに嵌める絵図描いてやがったか!」
勇者は、マリー達に心配ないと手を振る。
「エリザベス姉さま、あなたは……何を考えているのです? あなたは、もしかして誰かにこの陰謀を吹き込まれ……」
「うるさああああああああああああい! 私も、召喚魔法でお前を滅する手筈を整えている! 私の血液と生命力と魔力、これを消費してヴィクトリーを守れる、伝説の守護神達を蘇らせる! 出でよ、我が祖国を守護する本来の神々よ、この世界を救いたまえ!」
すると、通信用の水晶玉が粉々にはじけ飛び、地響きが世界を覆う。
勇者は舌打ちし、ロマーノのヴィナーレ宮殿のバルコニーに躍り出た。
空は、闇に包まれて、ヴィクトリー王国の方角の空は暗雲が立ち込めている。
「くそが! 何が世界を救う守護神だ! あれは邪神! おそらく神界に恨みを持つ、大のつく邪神のワル共がこの世界にやって来やがった!」
マリー達も勇者の側によると、暗雲から次々と風のような、闇のような風が吹き荒れ、怖気が走る。
「先生……これは一体!?」
すると勇者は、スキル阿修羅一体化を発動し、すうっと息を吸い込んだ。
そして魔力反応が増大し、世界中に勇者の声が響く、極大魔法が作動する。
「おらぁ! 聞こえるかボケェ!! てめえらこの世界でワルさするつもりならよお……勇者であり、最強の闘神とも呼ばれ、最凶の魔王だった俺を敵に回すって事でいいんだよな!? いいぜ、俺と俺が認めた弟子が、この世界を守ってやる! 首洗って待っとけ! 血祭りにあげてやるぞド外道共!」
勇者の啖呵に応えるように、稲光が暗雲から轟くと、心配そうに見つめる、マリー達が勇者を見やる。
すると、何処からか狼の遠吠えや、蛇の威嚇、男の笑い声や、女の含み笑いがこだまする。
「へー、アースラか。神界のアホ共のせいで封印されてたけど、我が子らの尽力でニュートピアだっけ? 召喚されたからよろしくね! で? 喧嘩したいんだって? いいよ、やろうよ」
男のような女のような、中性的な声が空からこだましてくるが、勇者は空を睨みつけ、少しでも正体を探ろうとする。
「てめえ何処のどいつだこの野郎!」
「うーん、僕の呼び名は沢山あるからねー。まあ、“終える者”とでも言っとこうか? さてっと僕はエリザベスって子に力を貸そうかな。ほらあ、エリザベスちゃん、僕を見て怯えてるの? 助けに来たのに……クックック。さ、久しぶりの人間界、我が子らと愉しむとしよう。じゃあねー、アースラ」
空の暗雲は晴れて、再び空は眩い太陽と青い空となるが、マリー達は“終える者”と名乗った、得体の知れない何者かに、怯える。
「わかりやすい野郎だ。俺が子分通じて担当神に空気入れたら、姿を現しやがったぜ。ありゃあ、相当なワル、大邪神ってやつだね。この世界の、魂が傷ついた人々をペテンにかけるワルめ! 滅ぼしてやる!」
こうして、かつて魔界最凶と呼ばれた、勇者の宣戦布告と共に、大邪神や、世界の悪しき権力者達とマリーの戦いが始まった。
大邪神“終える者”が召喚され、次回マリー視点に




