第284話 前座
試合当日。
元は相撲の興行が行われていた武道館は、東京都と名前を改めた東京都民が早朝にもかかわらず、会場前にも押し寄せ、大型スクリーンの前で試合が始まってもいないのに歓声を上げる。
ジッポン全国からヤンキー達も武道館前に押し寄せ、雑踏事故が起きかねないほど、周囲は熱狂に包まれた。
カムイに同行したエルゾ人も、ジッポン人がこれほどまでスポーツに熱狂することは予想外で、地鳴りのような歓声に、圧倒的アウェーに来たと緊張する。
「さあ諸君、行こう。我々の勝利のために」
カムイはエルゾの民族衣装に身を包み、愛用のグローブとシューズを履いてガウン姿で、護衛のエルゾ人アスリート達と会場へと向かう。
ナーロッパでは、深夜にも関わらず世界中の人々が国営放送に釘付けになり、視聴率も50パーセントを超えて世界最強の男達の戦いに期待を寄せていた。
「若様、本当に試合に出られるので?」
すでにヴィクトリー国民になることを決めた、元幕府御庭番衆筆頭忍者の服部幾郎は、文部大臣久坂との試合にのぞむオニ達の頭領にして、第30代弾左衛門、白の特攻服を羽織る小二郎に電話をかける。
「そーだよ、大観衆の中で東西最強かけたタイマンとかサイコーじゃねえか。で、てめーなんだよ?」
「自分たちの大半は、ヴィクトリー王国行きの航空機に乗り、入国審査後、正式にヴィクトリー王国民として迎えられます。そのことを、御当主様に報告を」
大半のオニと呼ばれた人々は、期待と不安の中、ヴィクトリー王国行きを決めており、服部達忍者集団は自分達オニがヴィクトリー王国に認められるため、ヴァルキリーが行う、ルーシー連邦特別軍事作戦に参加するため、中東入りしていた状況だった。
だが弾左衛門こと小二郎は、そんなことはどうでも良く、これから行う世界タイトルマッチ前の前座、国内ヘヴィ級エキシビジョンマッチのことだけを考える。
「もう俺は、実家の家業なんざどうでもいい。間西最強とか呼ばれた久坂ってのと、ボクシングでタイマンやって全国制覇。それが終わったら、ダチになったカオルや地元獄悪の奴らと、ヤンキーとして世界を旅して回るんだ。全国制覇終わったら、次は世界制覇目指すからよお」
「はあ……世界制覇ですか。若、天女様は、私ども忍者の諜報能力や、金融運営を高く買ってくださり新天地で新たな仕事に忍ぶ所存。若は若のやりたいことに専念を。それでは失礼仕る、ご武運を」
小二郎もまた明日の世界を夢見る。
族の仲間達と世界進出し、生まれ持った自分の力を、全世界で試せることを夢見て。
「よおし、勇者様の試合の前に俺が盛り上げてやんぜ。ぶっ飛ばしてやらあ」
会場では、長洲出身で少年院上がりの元ヤンにしてミュージシャン、高杉新作ことSIN–SAKUが歌舞伎役者のようなド派手な衣装に身を包み、三味線で曲を奏でながら歌を披露するコンサート会場のようになっており、冷房が効いているにも関わらず会場は熱気に包まれる。
試合会場の実況席には、倒幕で手柄を立てた元海軍奉行の坂本龍馬、解説席の一つには、ジッポンボクシング協会を立ち上げた元幕府武術指南役の城頭・ヨーク・貞之が席につく。
「あ、城頭先生どーも。実況の坂本です。よろしゅうお願いします」
「よろしく坂本君。もう一人解説者が来る予定なんだが」
二人は空いていた席の方を向くと、いつのまにか病院のパジャマ姿のまま、褐色の肌をした男が席についていた。
「うん、なかなか歌、ゆたさんやー。まるでぃコザっしんかしちちゃるプレスリーてぃがろー、ボブディランやん」
二人は伝説のロマーノ王にして、オリンピックカラテの創始者、ジローに頭を下げる。
「自分、坂本と言いますー。今日は実況役やりますんでよろしくですー」
「私も解説に付きますので、今日はよろしくお願いします。ジロー先生」
「んーゆたさんどー。やしが、まだ兄弟……イワネツぬ来てぃねえさぁ」
兄弟分を心配するジローだったが、一方のイワネツは、昨晩の深酒がたたって、千鳥足で武道館会場前にようやく辿り着く。
そして北の丸公園の公衆便所で、女神ヘルに背中をさすられながらトイレで吐いていた。
「ウップ、ああくそ……また来やがった、ウッ、おげええええええええええ」
「酒くさ! チビ人間、飲み過ぎだわ。こんな醜態晒して大丈夫かしら、これから戦いなのに」
「ゲッホゲッホ、うるせえ!! こんくれえ屁でもね……ウゥップ、ゲエエエエエエ」
ヘルは今までの活動で酒で乱れたことのないイワネツに、一抹の不安を覚え、コンディション最悪の状態でカムイとのタイトルマッチに挑む。
一方会場ではSIN–SAKUのコンサートが終わり、前座として弾左衛門小二郎と、ジッポン文部省大臣久坂とのボクシングが始まろうとしていた。
今大会の主審レフェリーは、第三国イリア共和国WBA審判団所属、ルーイジ・ルッソ。
審判団のジャッジ達は、同じくWBAより数々のタイトルマッチで採点をしてきたベテラン勢達で構成される。
所詮は余興に過ぎないような、元ヤンと現役ヤンキーとの試合ではあるが、ジッポンボクシング協会が招聘したのだ。
「赤コーナー、185センチ、96キログラム。ジッポンの教育担当文部大臣にして、ふざけたヤンキーは全員、教育的指導でぶちのめす!! 愛と拳と情熱の教育者!! ヤンキー時代はタイマン無敗! 久坂あああああ道武えええええ!」
「おい久坂ぁ! あのクソボケをボコせ!! 新政府ねぶっとる阿呆ぶちのめしちゃれ!!」
地元の先輩でもあり外務大臣に就任した桂が、公務の合間の隙を見て抜け出してセコンドに付く。
「青コーナー、227センチ、110キログラム。花のお榎戸下町が生んだ暴走機関車!! 大臣だろうが誰だろうがムカつくやつはぶっ飛ばす!! 先祖より受け継ぐは弾左衛門!! カリスマヤンキーの再来、小二〜〜郎おおおおおお!!」
「淺草獄悪ぅ〜〜〜ッ!! ファイト! おう!! ファイト!! おう!! 総長ファイトおおおおおお」
小二郎のセコンドには、同じく外務省所属の井上カオルが付き、小二郎の族、獄悪のメンバー達も客席から声援を送っていた。
「おう、小二郎。久坂はぶち強いでぇ、気合い入れてけや!!」
「あたりめえだろバカヤロー! 初っ端からアクセル全開でいくぜ!!」
二人はリング中央で、お互いの顔がくっつく寸前まで寄り、メンチを切った。
リング上でボクシングルールがレフェリーから読み上げられるが、お互いルールなど耳に入らず、ガンを飛ばし合う。
「ラウンド1 ファイッ!!」
ゴングが鳴ると、久坂は重心を落としてごく自然体で構える反面、小二郎は上から打ち下ろすような右のパンチを放つ。
久坂は咄嗟に小二郎の右のパンチを両手で抱えるようにして、全体重を巻き込みながら一本背負いを繰り出した。
「うぐぉ!」
強烈な投げ技を受け、背中を強打した小二郎のアバラ骨何本かが、今の強烈な投げでへし折れる。
一方の久坂は内心しまったと顔を顰めた。
彼は物心つく頃から柔術をやっていたため、ボクシングのルールは理解してたが、体がつい反応して得意の投げ技を繰り出してしまったのだ。
「ブレイク!!」
レフェリーがイラついた顔で両者を引き離し、投げ飛ばした久坂に、反則と減点を言い放つ。
「あーいかんき。ボクシングで投げは反則じゃあ。立てるかなー小二郎君」
「うむ。柔道なら見事な一本だが、反則だな」
「真面目に試合しぇー。くぬひゃーら死なすぞー」
実況の龍馬が投げをモロに受けた小二郎を心配し、城頭が柔道なら見事な一本だと唸り、ジローはちゃんとボクシングをやれと憤る。
脳震盪を起こしながら、小二郎はなんとか立ち上がると、怒りを込めて久坂にガンを飛ばす。
「てめー、ハゲこの野郎。大臣のくせにボクシングルールとか知らねえのかよ? ぶち殺すぞ!!」
「すまん」
お互い中央の位置に戻り、試合が再開される。
小二郎は怒りでアドレナリンが分泌されたのか、当たれば確実に倒せるような、大振りのハンマーのようなフックを何度も繰り出すが、久坂はこれらを全て後ろに下がって避けた。
が、避けた先のロープが久坂の背に食い込む。
「おーっと、いかんぜよ! ロープ際や!!」
「そうねー、やばさんどー」
咄嗟に久坂が両手で頭部を庇うが、上から打ち下ろすような、小二郎のパンチが矢継ぎ早に繰り出され、グローブ越しにも関わらず、あまりの威力でコーナーまで追い込まれた久坂の動きが数秒止まる。
すかさずレフェリーが二人の間に割って入り、久坂にカウントをとった。
「ダウウウウウウン! 久坂道武!! 大臣がダウウウウウウウウン!! 開始早々1ラウンド目からダウンやき!!」
ファイティングポーズをとる久坂だったが、今の小二郎のラッシュからのダウンで、一気に観客が沸いた。
「ワン、ツー、スリー」
「構えとるやろが! まだまだワシャやれるけぇ!!」
強がるも、あまりのパンチの威力で久坂の両腕は痺れ上がって思うように動かない。
「いやー1ラウンド目から、初っ端のダウン。小二郎君、見事な喧嘩パンチやき。解説の城頭先生はどう見ます?」
「止めるのは少し早かった気がするが、完全に足が止まってたな。体格的にかなり差があるように見える。ジロー先生は?」
「見事なダウンやん。ちょっちゅ雑やるパンチやんしが、真剣にボクシング練習しぇーな、もっと強くなれんばー」
試合が再開されると、小二郎が畳み掛けるように、大振りのパンチを久坂のガード越しに何発も繰り出し、たまらず久坂は小二郎に抱きつく。
「ブレイク!」
レフェリーから引き離され、試合がまた再開されるが、久坂は小二郎に組み付いてクリンチを繰り返した。
あまりの泥試合に、レフェリーが久坂に無気力試合として警告しようとした時、ラウンド終了のゴングに救われる。
「何やっとんじゃ久坂ぁ!! ワレェ新政府に恥をかかす気かコラァ!!」
桂がコーナーで檄を飛ばすが、久坂はパンチのダメージを回復するのがやっとであった。
「そうは言うても……あいつ強いで五郎君。だが……」
これは喧嘩ではなく、三分間というルールのもとで行われるボクシング。
ペース配分を無視した大振りのパンチを、あの巨体であれだけ放てば、体力の消耗が著しくなって動きが鈍るのと、格闘技経験のある久坂は読んでいた。
そして、体格差に勝る小二郎のパンチも徐々に見切り始めていた。
「次で倒す」
青コーナーの小二郎は、コーナーに置かれた椅子に腰掛けるが、久坂の目論見通り、全力でパンチを繰り出した消耗と、アバラ骨の骨折で息が上がった状態だった。
「小二郎! ワレェやっぱぶちすげぇけ。間西暴力連合最強の久坂が押されとる。あと少しで全国制覇っちゃ」
「ふー、ハア、ハア、おう。次でぶっ飛ばす!」
一分間のインターバルが終わり、両者がリング中央でお互い再び向き合う。
「ラウンド2、ファイッ!」
ゴングが鳴らされ、勝負を決めに行った小二郎が大振りのハンマーパンチを繰り出すが、体力を回復した久坂はロープに追い込まれないよう、左回りにパンチをかわしてゆく。
「おーーっと、文部大臣! パンチに怖がって逃げ惑うちゅーぞ! それ行けヤンキー小二郎君! 決めるぜよ試合を!!」
「クルァ坂本コラァ!! ワレェどっちの味方じゃあ!!」
龍馬の実況に桂がツッコミを入れるが、城頭もジローも、久坂が考えていることを瞬時に読んだ。
「小二郎君だったか? 彼の持久力持ちますかね? ジロー先生」
「んー、多分なー持たん。やしがまるでぃ子供ぬ喧嘩やん。互げー素人やくとぅ、しょうがねーんが……」
いくら喧嘩自慢と言っても、所詮は闘技者でもない未成年の喧嘩の延長でしかないこの戦いを、ジローは退屈そうに眺める。
リングでは久坂が、徐々にではあったが小二郎のパンチの軌道を見切り始め、かわした後にカウンターのパンチを当ててゆく。
「てめッ! ちょこまかと……」
久坂に圧力をかけながら、ロープ際まで小二郎が追い詰めたら、すかさず久坂が抱きついてクリンチする。
「うぜえ!! 離れろや!!」
小二郎は肩で息しながら、クリンチを解こうとしたが、柔術出身の久坂のクリンチを解けず、逆に体力が消耗してレフェリーが間に入る。
「ブレイク! ファイ!!」
レフェリーによって再開されると、明らかに小二郎の動きが悪くなり、顔に何度も久坂のパンチを受け、反撃で右フックを振るう。
だが久坂に簡単にかわされて、今度は鳩尾に久坂のグローブがめり込んだ。
「チッ!」
すぐさま左フックを放った小二郎だったが、すでに完全に見切られたのか、これもかわされる。
打ち終わり後に隙を晒した小二郎に、久坂が天を突くようなアッパーカット繰り出して、小二郎のアゴに命中すると、瞬間的に脳震盪を起こした小二郎が膝をつく。
「ダウウウウウウン!! 小二郎君ダウン!! 久坂のラッキーパンチが当たったき!!」
あれはラッキーパンチなんかじゃないと、武道の達人でもある城頭とジローはお互い見合う。
「やはり持久力が切れて、無理矢理倒しに行ったのを狙われましたな。久坂君、いや文部大臣は頭が切れるな」
「そうねー、スタミナ切れやん。走り込みぬ足らんばー」
とはいうものの、今までスポーツも経験したこともなければ、ボクシングの素人かつ、未成年で煙草を吸っていた小二郎のスタミナは、もはや切れかかっていたのは明白だった。
しかし小二郎はなんとか根性で立ち上がり、カウント7でファイティンポーズをとる。
「オラァ!! かかってこいコノヤロー!!」
小二郎が咆哮すると、会場が大歓声に包まれた。
「言われなくても、ぶっ倒すけぇ」
久坂は、今が好奇と捉えて、パンチのコンビネーションでめった打ちにする。
「テメー!!」
渾身の打ち落としストレートで反撃する小二郎だったが、またしても久坂に避けられ、逆にボディブロー、レバーブローのコンビネーションをもらう。
「グッッ……あぁ」
折れたアバラ以外にもさらに他のアバラ骨が砕けて、膝を付く。
「ダウウウウウウン!! これはもう完全にダウン!! 立てるか!? 立てるんか!? カウントが無慈悲に進むうううう」
なんとか再び根性で立ち上がった小二郎だが、試合はWBAルールのため、あと一回のダウンで3ノックダウンでKO負けとなる。
「7、8、9」
「うるせえクソが! まだやれんだよ!!」
カウントギリギリで小二郎が立ち上がり、ファイティングポーズをとるが、完全に息が上がってしまっている。
「よっしゃ久坂ぁ!! こいつボコせ!! 勝機ちゃ!!」
久坂は桂の檄を受け、このラウンドでダウンを取ろうと、小二郎が痛めてるボディを集中的に連打する。
だが、負けるのは死んでも嫌だと思った小二郎は、久坂に抱きついてクリンチする。
「んー、くりぃ止めた方がええやん。事故起きるさぁ」
「ですね。将来ある若者がこのままでは大怪我を負う」
解説役の二人が呟いた時、ゴングが鳴り響き第2ラウンドが終了した。
「行けるで久坂! 次で倒せるっちゃ」
「はい……あの最初の投げ、悪いことをしたっちゃ。あれがなけりゃあ、わしが倒されちょったけぇ、桂君」
一方青コーナーの井上カオルは、あらためて後輩の久坂の強さを実感し、試合を終わらせるタオルを投入しようか迷う。
「おう、行けるんか? 小二郎」
「ぜー、ぜー! ああ……あの野郎ぶっ飛ばしてやらあ」
闘志は失われてない。
カオルは判断して、小二郎を送り出しそうと思った。
「実は小二郎、選手紹介で久坂タイマン無敗なんか言いよったけどあいつこの前負けたんじゃ」
「……ハア、ハア、マジか?」
「おう、あいつ太郎って名乗っちょったヴィクトリー人にボコられたんじゃ。太郎もすげえぞ、空手使いでお前も今度喧嘩してみると面白いかもな」
それは楽しそうだと、小二郎は肩の力が抜けて笑う。
「ラウンド3、ファイッ!」
肩の力が抜けて気持ち的に楽になった小二郎だったが、完全に足がきて動きが鈍り、大振りパンチを何度も繰り出したおかげで、腕の筋肉も悲鳴をあげていた。
文字通り満身創痍の状況で、ガードも下げて久坂を睨みつける。
「来いよハゲコラァ!! まだ全然効いてねえぞ!!」
ノーガードで挑発する小二郎のボディに、久坂が拳を一発、二発と叩き込んでゆき、それを小二郎は歯を食いしばって耐えた。
「人を殴るのもこれで最後じゃ。わしゃ教育者になるんじゃ。尊敬する松蔭先生みたいに、立派な先生に!」
危険な状況に、レフェリーが試合を止めようと駆け寄り、久坂が横目でレフェリーが寄ってきたのを確認したのか、とどめの一撃で小二郎を倒そうとアッパーを繰り出そうとした時だった。
わずかに左手のガードが下がった久坂のアゴに、渾身の力で振り下ろした小二郎のグローブがアゴに当たる。
「っと!?」
平衡感覚がなくなった久坂は、目の前にリングの床が迫ってきたような錯覚を覚え、意識が真っ暗になって前のめりで崩れ落ちた。
「ダウウウウウウン! 久坂道武ええええダウウウウウウン!! カウントが進むが立てるか? 立てるのか!?」
「クラァ!! 立て久坂ぁ!! まだ終わってないっちゃ!!」
コーナーに戻った小二郎も、ロープにもたれかかって、内臓と骨折の痛みで、呼吸困難状態に陥っている。
「そうだよ立てよテメー! もっと来いやコラァ!!」
小二郎の啖呵に、久坂は体を起こしてカウント9で立ち上がり、構えをとる。
「ファイッ!」
ゴングが鳴る中、久坂の意識は今の自分ではなく、遠い昔の前世の記憶を思い出してゆく。
西洋列強諸国が日本侵略を狙う中、自分を慕う同郷の若者達と外国艦船と戦い、成果を上げて朝廷から賞賛を受けたこと。
諸外国に恐れをなした幕府に故郷が冷遇され、倒幕を仲間達と共に決意した記憶。
しかしその朝廷側も、長州と幕府側の戦いにおいて、薩摩、そして会津の抵抗激しく旗色が悪くなりつつあったためか、支援していた長州に及び腰となった。
一旦兵を引いて体制を立て直そうと、久坂は長州の仲間達に進言する。
だが自身が慕っていた来島から、臆病者と叱責されたことで、長州は勝算なく徹底抗戦に向かい、蛤御門の戦いで自分を含めた多くの志士が命を落としてしまった記憶も思い出す。
そしてこの世界で生まれ変わったジッポンでできた、長洲の仲間達と一緒に、ヤンキーになった記憶と、この世界でも世話になった師、松蔭の記憶も。
ーーあの時とは違う未来が……新しい明日が……ワシャ、まだ戦える。いやこれからが戦いや……ワシがお国の教育を支えるっちゃ。松蔭先生……のように……。
試合が再開されるが、ベテランレフェリーのルイージは、構えから一歩も動かない久坂の顔を覗き見ると、目の光がないのを確認して手を交差させた。
「決まったあああああ! 久坂立ったが試合続行不可能!! 勝者ああああカリスマヤンキー! 小二郎おおおおおお」
終わった……。
小二郎はその場で尻餅をついて、立ったまま気を失った久坂を見上げた。
「……テメーの思い、拳を通じてなんとなくわかった気がするぜ。そして俺が、ジッポン最強のヤンキーよ」
両者に大歓声と拍手が贈られ、試合が終わる。
「敗れた久坂大臣ですが、今の彼なら立派な大臣に、立派な師範になれるかもしれませんな」
「そうねー、人を教えて導いて育てるってぃ、でーじやん。やしがーゆたさる志やんばー」
担架が用意されて久坂が医務室に運ばれてゆき、解説席から立ち上がったジローが、リングであぐらをかいてその場から動けない小二郎の手を取り、立ち上がらせた。
「最後ぬパンチ、ゆたさるセンスやん。やしがまだまだやん。ボクシング練習し学べー、強ーくなれー」
「えっと、誰だよあんた」
「イワネツぬ兄弟分さぁ」
自分よりも背は低い、見た目が中年の男の覇気と闘気に、小二郎も強さを感じ取ってごくりと唾を飲む。
「あとぅお前ー」
「え? なんちゃ?」
ジローは、久坂のセコンドについてた桂をジロリと大きな目で見据える。
「お前や早ーく自分ぬ仕事戻れい。イワネツぬ兄弟んかいサボり見ちかいねー殺さりーんどー」
「え、あ、はい! お前も早う戻るぞカオル! わしらでルーシー連邦への交渉せんにゃあ」
「わかっちょるって! お前が口八丁のハッタリ役。わしがカマシ役。ヤンキー時代となんもかわらんっちゃ」
二人は急いで仕事に戻り、ジローは小二郎の生まれ持った格闘センスを気に入り、彼に回復魔法をかけながら、自分の実況席の横に用意したパイプ椅子に座らせる。
「実況の坂本やき。小二郎君、君、強いなー。ワシも年少上がりで土左の元ヤンやったけど、気合い入っちゅーねえ」
「うす、あざっす」
龍馬にぺこりと小二郎が頭を下げる。
「やっさあ、くりから兄弟ぬタイトルマッチやん。小二郎やったが? くりからちゃんとぅさる技術ぬボクシング始まいくとぅ。どんな動きしちゃーるパンチ、ガードするが、学べー。見取り稽古やん」
「え? 見取り? なんすかそれ?」
「うむ、君がこれからもっと強くなるには、技術を学ぶ必要があるということだ。見取り稽古というのは、自分がありのまま見た他人の動きを学んで覚えて、頭の中で想像しながらこれを実践するんだ」
ジローがかけた回復魔法が効いてきたのか、痛みがなくなった腹をさする小二郎は、なんとなく二人の言った意味を理解して伝説の勇者の戦いを目に焼き付けようとする。
小二郎の学ぶ姿勢を見たジローは微笑み、最後の戦いに挑む予定のマリーに魔法の水晶で連絡を取った。
「はいさい、マリーちゃん。心配かきたしが、くまーふぃーじーさぁ。あーうん、予定通りやん。兄弟やどぅーぬ因縁んかい決着ちきーん。マリーちゃんも頑張れよー」
次回は、勇者イワネツサイドのラスボス戦です




