第282話 残俠 後編
一方のブロンドは榎戸有数の歓楽街の一つである、淺草を散策し、三女神を祀る大社まで歩を進めると、境内の鳥居の前で周囲を警戒するチンピラまで歩み寄る。
「失礼さんでござんすが、賭場は盛況で?」
もう今夜の賭場もお開きになるのに面倒くせえと、チンピラ二人が振り返ると、ジッポン語で頭を下げる190センチほど身長があるブロンドを見たチンピラ二人は、彼の異様な出立を見やり、緊張する。
見た目はナーロッパの北欧人にも見えるが、上質な長着と代紋入りの羽織りを着こなしを見るに、これは同業者であると。
しかも一流の博徒の大親分から漂うような、三下とは一線を画するオーラにも困惑した。
「どこのどちらさんで?」
用件を尋ねるチンピラに、ブロンドは腰を下ろして右の手のひらを差し向けた。
「神社の鳥居先にてまことに御免被り、失礼さんかと思われますが、おひけぇなすって!」
やはり同業者か?
縄張り荒らしか?
一瞬身構えたが、仁義を切った相手に仁義を返さなければ無作法になるため、チンピラ二人も同じように倣う。
「手前共、控えさせていただきやす」
「早速のお控えありがとうございます。まことに御免被りますが、手前の仁義発します。手前生国はこの世界とは別の世界、仁愛の世界トワの大森林エルフ王国で産声を上げ、姓をエルフヘイム、名をグルゴン。渡世名をブロンド、人呼んで勇者ブロンドと申します。縁あって伝説の極道と名高い、勇者マサヨシ親分の盃を頂戴し、多くの一家一門を纏め上げる極悪組六代目を務めております。だがしかし、組と子分を率いる手前ではございますが、渡世未熟にして、未だ修行の身。そちらの賭場にて、勉強させていただく参りやした」
よくわからない組織の、他所の親分が賭場にやってきたとチンピラ二人は毛色ばみ、緊張しながらチンピラの兄分が深々と腰を折る。
「この度は黒狛一家の賭場をご訪問くださり、ご丁寧な挨拶ありがとうございやす。手前、親分さんに名乗るほどでもないような者ではありやすが、仁義発しやす。手前、生国は地元上野淺草大社前の捨て子として生まれ、ガキの時から悪行三昧。しかしながら縁持ちまして、花の大榎戸を縄張りにする黒狛勝蔵親分の盃を去年頂戴しやした。御賢察の通り、しがない若い者でござんす。姓は上野、名は太郎、人呼んでゴロ巻き太郎と発しやす」
賭場の見張りをする一家の最下層、チンピラの三下とはいえ見事な口上であった。
ブロンドはこの一家一門を、親分の教育が隅々まできっちりと行き届いていると感心する。
「どうぞ、親分さんからお手をお上げなすって」
「上野のお兄いさんこそ、お手をお上げなすって」
「……では、親分さん相手にまことに失礼さんでござんすが、同時にお手を上げましょう」
二人同時に元の姿勢に戻り、チンピラの一人が慌てて懐のおしぼりを手渡し、上野と名乗った三下が境内を右手で指し示す。
「ささ、中へどうぞ。今宵もそろそろ丑三つ時。まもなく賭場もお開きになりますんで、受付での換金ありましたらお早めにお願いします」
「かしこまりました。どうぞ、女神様方」
「うむ、くるしゅうないのだわさ」
「ほほう、ここが今夜のゲーム大会じゃな? ヘルよ、どっちが勝つか勝負じゃわい」
ゴスロリ姿をした少女のような女神ヘルと、喪服を着た女神ヤミーも転移魔法で神社の境内に姿を現すと、チンピラ達が一斉に腰を抜かす。
「か、か、神様だ」
「うちらの前に御神体の女神様が! お客分様、うちらの親分に話を通しますんで、しばしお待ちを!」
神社内の賭場で腕組みしながら座る勝蔵に、配下の三下の若衆は、神がやってきたと耳打ちする。
「てめえらボケてやがんのか? 神様だあ?」
「いえ親父さん、マジで神様です。どうしましょう?」
「それによくわかんねえ、外人っぽい親分も来てますぜ。極悪組のブロンドって名乗る親分さんです」
ただならぬ様子の子分達の報告に、嫌な予感がしながら勝蔵が神社裏手から境内に赴くと、自分を転生させた女神ヘルを見て仰天した。
ーーげっ! うわぁマジだ。それにあの緑の長着に代紋入り羽織りの外人、すげえ覇気してやがる。何者だ? ブロンド? 見たことも聞いたこともねえ名だ。
勝蔵は緊張した面持ちで、勇者ブロンドと女神二人に腰を落として、両手を両膝に置き、深々と頭を下げる。
「ようこそ、おいでくださいました。手前が、榎戸中居一門、黒狛一家の勝蔵と申します」
対するブロンドも、勝蔵の目を見ながら深々と頭を下げて敬意を表する。
「ご丁寧な挨拶、まことにありがとうございます親分。女神様が、親分の賭場で遊びたいとおっしゃっておりますので、お邪魔してもよろしいでしょうか?」
「はい、ご案内しやす。どうぞこちらへ」
ーーマジで何者だよ、この外人は。所作も礼儀もキチンとしてやがるし、女神連れてくるとかなんなんだよ一体全体。
勝蔵は内心動揺しながらも、表情を一切崩さず、生まれ変わった自慢の猫耳で、女神達の会話を一言一句聞き逃すまいと聞き耳を立てた。
「オホホ、ゲームでわらわに挑もうとは笑止千万だわさ」
「我こそ、お前などに負けぬわい。カードバトルで勝負じゃドチビめ!」
「ふん、上等だわさ。多少背が伸びた割には、貧相な胸とお尻してる上級神にあるまじき駄女神め。それに、あなたの度重なるパワハラの件、兄神の閻魔大王様に上申してやってもいいかしらね」
「なんじゃとお!!」
思わず勝蔵はずっこけそうになる。
女神達のくせに、なんて低次元で、ガキのような争いをしているのだろうと。
「誰がガキで低次元かしら? さっさと案内するのだわさ。わらわが転生させた小池勝蔵よ」
ーーうわ、心読んできた。すげえ面倒くせえ、この女神すげえ面倒くせえ。しかも渡世名じゃなくて、俺の前の本名とか出すんじゃねえよ。
そんなことを思い、本殿入り口前まで勝蔵が案内すると、中に入ろうとする二柱の女神をブロンドが手で制した。
「なんじゃ? なぜ入らぬ」
「失礼ながら賭場にも作法がございます、少々お待ちください」
勝蔵は、ブロンドの所作や言動を注意深く見ながら、子分に本殿入口を開けさせた。
「丁がでやした、グイチの丁!!」
賭場の中盆が丁を声高に言うと、ブロンドは勝蔵の方を見て頷く。
ーーやはり騙りじゃねえ、渡世人だ。ちゃんと場をわきまえてやがる。
賭場の暗黙のルールで、丁半博打が行われる賭場では丁の目が出て入場するのが礼儀とされている。
「どうぞ女神様、親分」
勝蔵に案内されるまま本殿内部の賭場に入ると、大広間の和室になっており、サイコロの音や丁半の掛け声、花札に興じる半裸の刺青男達の声がする。
「勝蔵親分、女神様達は花札をご所望なので、よろしいでしょうか? それと親分とは別室で色々とお話が」
「わかりやした。それでは神社の宮司さんにお借りした社務所にどうぞ。おめえら、女神様に失礼のねえように!」
「へい!!」
勝蔵は深夜の社務所まで案内し、二人の下駄を下足番の三下がサッと抑えて、下駄を脱がした後で一礼し、二人の脱いだ下駄を揃えていく。
「おう、お客人だ。飯持ってこい」
勝蔵は、社務所で待機している三下の子分に指図して、漆の膳に徳利酒と鉄火巻き、漬物を用意する。
これは地球世界の日本と同様、ジッポンにおいても古来から伝わる博徒の慣わしで、一宿一飯の仁義というしきたりとして、食事を振る舞うことになっていた。
このジッポンにおける渡世人や稼業人も、全国の神社から神社を渡り歩いて、テキ屋稼業や博打渡世の客分として、その土地の親分に世話になる。
こうして旅の博打打ちの博徒や、露天業を営むテキヤの間で、世話になった親分や一家への一宿一飯の恩が生じて、組織間同士の義理が生まれるのだ。
「お食事の前に、羽織りのほう失礼しやす」
勝蔵の舎弟分の代貸しが、ブロンドの羽織りを脱がせようとすると、代貸しが脱がせやすいように左、右とブロンドが肩を揺するように動かすと、するりと羽織が脱げる。
「羽織り、ありがとうございます」
羽織りを脱がされたあと礼をいい、流れるように膳が置かれた社務所に正座するその優雅な所作に、勝蔵は目の前のブロンドが本物の親分、それも一流の所作を身につけた名親分であると見抜く。
「どうぞ、親分。鉄火場の最中につき、粗雑な物ですがご用意させていただきやした。酒がダメならお茶や菓子も用意させますが」
「親分のお心遣いありがとうございます。一宿一飯のご恩、ありがたく頂戴させていただきます」
ーー人種は違うが、やはりこの親分は、キチンと教育された渡世人だな。それに見惚れるような所作、俺もこうありてえもんだぜ。
ブロンドが食事に手をつけたあと、勝蔵は舎弟と子分に食器を片付けさせて、ピカピカに磨かれた灰皿が膳に用意され、勝蔵とブロンドはお互い向かい合う。
ブロンドは年は若いように見えるが、勝蔵から漂う大親分特有の覇気を感じとり、先ほどまでの見事な接待を見るに、きちんと話せば道理が通じる侠客であると内心安堵した。
「それで、ブロンドの親分。話というのはなんでしょうか?」
「はい勝蔵親分。実を言うとジッポン新政府は、あなた方に目をつけています。討幕で手柄を立てたのに、褒賞に応じないと、新政府の面子が立たないと申してます」
「ふん、新政府だとか維新とかくだらねえ。ブロンドの親分、自分はしがねえ渡世人で、ただの不良の日陰者です。表に出てお上から褒賞など、おこがましい話ですわ」
勝蔵は、赤報隊時代のことを現世でも引きずっており、所詮自分のようなヤクザ者は、必要な時はお上からもてはやされ、必要なくなれば体良く利用され、挙句は投獄されるか殺されると思っていた。
こうした前世の経験があったからこそ、現世で生まれた今の勝蔵は、渡世人の領分をわきまえ、決して表舞台には立たないと決めていたのだ。
「そうですか。私は、今のジッポン新政府にも勇者イワネツにも、はっきり言って大した義理はありません。ですが、親分には一宿一飯の義理ができました。おせっかいではありますが、今の親分の状況、自分で良ければお役に立てればと」
「嬉しい申し出ですが、てめえのケツはてめえで拭きますんで。しかし、親分の所作お見事ですぜ。自分もジッポン中を旅したこともありますが、こうも見事な振る舞いをされる親分は、そうはいねえです」
「いえ、私などまだまだ。しかしこうして同業の渡世人にお褒めいただくと……若い時に自分を教育して下さった、初代親分や、面倒を見てくださった当時の初代若頭、二代目親分に感謝の気持ちでいっぱいです」
ーーなるほど感心するぜ。一流の親分、兄分を手本にし、広い見識を持って、受けた教育を実践するから一流の親分なんだ。それに、真面目かつ謙虚でいて、ごく自然と親兄分を立てて、育ててもらった感謝も忘れねえ。渡世人とはこうありてえものずら。
勝蔵は、勇者ブロンドに惚れ込む。
そして目の前にいる、一流の親分を若い時に教育したと言う、親分についての話を聞きたくなった。
「ブロンドの親分さんのそのまた親分さんは、どういう方でどんな親分さんだったんで?」
「はい、私の親は地球世界の日本から転生した勇者です。名をマサヨシと言い、私の自慢の親で侠客です」
「ほう? 日本の? 自分も日本からこの世界に輪廻転生しました。てえことは親分のその極悪組という一家一門も、そのマサヨシの親分さんが立ち上げたんで?」
ブロンドは頷く。
そして自分の親、マサヨシについて語り始めた。
「私の親、マサヨシは実の親よりも本当の意味で親であると思っています。私が生まれた世界は悪徳が蔓延り、人心が乱れて闇に包まれ、魔界の悪魔と呼ばれる勢力に侵攻されて、滅びを迎えそうな世界でした。その世界を武力と任侠道を持って救い、私に男とは何かを背中で教えてくださった親分です」
「おお、すげえ親分さんです。生まれ変わって任侠で世界を救うなんざ、なんてすげえ親分だ。日本時代も、やはりそれ相応の親分さんだったんでしょう?」
「いえ、日本で生きていた時代の私の親分は、私が知る親分とは違い、外道の子悪党だったようです。親のマサヨシから見て100年前の伝説的な大侠客、清水次郎長親分や、健さんといった侠客の志士とは違い、日本にいた親分は、ただ欲望のままに生きてきた暴力団とおっしゃっておりました」
伝説の大侠客、清水次郎長という男の名が出てきたことで、勝蔵は思わず吹き出しそうになった。
前世で自分とシノギを削り、配下の清水二十八人衆と呼ばれる子分の渡世人達とも、数々の抗争を繰り広げてきた当事者だったからだ。
「へ、へえそうですか。実はあたしは話に出た次郎長とは、前世で何度かやりあったこともありまして。そうですか……100年後の後世で次郎長は大侠客と呼ばれてるんですね」
「伝説の大侠客とやり合ったのですか。やはり勝蔵親分は凄い渡世人だ」
「いえいえ、自分は大したことはしてねえですよ。そのマサヨシの親分さんの時代の博徒は、どんな感じだったんですかい?」
ブロンドは、親のマサヨシから聞いていた地球世界の渡世について勝蔵に話をする。
日本という国が大国アメリカに敗れ、三国人や愚連隊と呼ばれる無頼漢達が市民相手に狼藉を行うのを、侠客達が警察に代わって撃退したことで勢力を伸ばしたこと。
しかし、高度成長期を経てバブル景気に差し掛かったあたりで、多くの組織が民事介入という手法をとったことで、警察を敵に回して暴力団と呼ばれ、世間からも忌み嫌われて衰退の一途を辿った話である。
「へっ、世間やお上なんざそんなもんですぜ。困ったら俺たちを都合のいいように使って、用が無くなったらゴミのように扱われるんですよ」
「……勝蔵親分、前世のお話を聞かせてもらっても?」
勝蔵は、勇者ブロンドに前世の話をする。
自分が見て聞いた清水次郎長のことや、引き起こしてきた数々の抗争事件、そして維新と呼ばれる尊皇攘夷運動に参加し、赤報隊の一員として武勇を馳せたが、最後は新政府から処刑された話を簡潔に述べた。
「まあ、ざっとこんな感じですわ。自分みたいな渡世人が尊王攘夷などと夢を見て、あれこれやってきても、結局は西郷なんちゃらだとかいう、薩摩っぽのお上に使い捨て。ですんで、今回の攘夷と新政府に関わるのは、御免なんです」
ブロンドは勝蔵の話を聞き、どう説得しようか考えを巡らせた結果、おちょこに注がれた酒を一口で飲み干し、勝蔵の目を見る。
「いえ、私はそうは思いません親分。むしろ、親分ほどのお人は、表舞台に立つべきです。自分の親、マサヨシはかつてこう言ってました。社会に身を役立たせない極道は、存在意義も価値もないと」
「ですが、自分はそんな大層な男じゃあねえんで」
「親分、義理ある私が親分の役に立つかはわかりませんが、もし新政府と対峙する場合があれば、こう切り出してみてはいかがでしょう?」
ブロンドは、勝蔵に新政府に対する秘策として要点を話すと、勝蔵はその深慮遠謀に仰天した。
「そ、そんなやり方があるんですかい!? 手前には思いもつきませんでしたが……いやしかし……」
「あくまでも、私の案です。ですが、親分がこの先のジッポンにおける渡世を乗り切るのなら、参考にしてみてはいかがでしょうか? 新政府側がよほどの狭量でなければ呑むはずです」
話を終えて立ち上がったブロンドに、勝蔵側の代貸がサッと駆けつけて羽織りを肩にかけ、ブロンドは右、左と手を持ち上げ、袖を通させて紐を結ばせる。
「勝蔵親分とは義理ができましたので、また」
「ええ、親分なら是非いつでも遊びに来てください」
勝蔵に賭場まで案内されると、女神二柱が花札をブラックジャックルールにしてサシの勝負で競い合っていた。
「ぐぬぬぬぬ、あなたイカサマしているのではなくて?」
「ふははははは、欲をかきすぎなのじゃ。それに我はカードの天才じゃぞ? 今宵の勝負は我の勝ちじゃ。約束通り、この世界の戦いに我も介入するぞ」
集まった客や勝蔵の子分達も、なぜ合計が21になるよう競い合うのかわからなかったが、今までにない斬新な花札遊びだと感心する。
「さあ、今宵も夜が更けてきましたのでここでお開きにいたしましょう。夜更かしは美容の大敵ですぞ」
「それもそうじゃな。さて、眠くなったから我は帰るわい」
「次は負けないだわさ」
こうして夜が明けた早朝、旧榎戸城にて即位の礼が行われて、陸仁皇子が明治天帝に即位。
旧榎戸城を皇居とし、榎戸の名を東京都と改められ、元号が明治に変わる。
「さ、西郷よ。朕はお前達の唱える立憲民主主義を重んじ、国家元首として内閣府を承認。1ヶ月後に全国都道府県州知事選挙、及び参議院衆議院両院選挙を経て、帝国議会創設を承認する」
「ははー! この西郷、天帝陛下の臣下として内閣総理大臣の任、しかとお受けいたしますっ!」
同時に新憲法と内閣府が組閣され、討幕の論功行賞の場に末席ながら、黒狛一家の勝蔵が出席して褒賞を受けた。
その後、皇居別室に呼ばれた勝蔵は、総理大臣に就任した西郷と、国家公安委員長の土方、そして帰還した勇者イワネツこと勝海舟と面談を果たす。
「よう来たな、博徒ん勝蔵どん。新政府の論功行賞ん場に顔を出してくれたことを嬉しゅう思う」
「へい、ありがたきお言葉」
イワネツは鬼のような表情で、終始勝蔵に圧力をかけ続けており、あまりのプレッシャーで勝蔵の額に冷や汗が浮かぶ。
「それで、おめえさん達な。今後の新政府は、許可を得ねえ違法賭博の類は禁止するからよ。破ったらわかってんよな?」
警察礼服姿の土方も勝蔵に圧力をかけるが、勝蔵はその場で平伏して、額を床に擦り付けた。
「へえ、わかりやした。ですが、自分も若い衆達を食わせたり、神社にも寄進してえので、自分らのやる賭博を合法化していただきたく思います」
イワネツが舌打ちし、平伏する勝蔵のアゴを摘んで眼前まで引き寄せて睨みをきかす。
ーーうぉ! なんてお人だ……俺とは次元が違う迫力と覇気を纏って、まるで別の生き物だ。これが伝説の勇者ってやつなのか……これは言葉を違えるとぶっ殺される。
「お前それが俺たちに、新政府に何か得でもあるのかこの野郎」
「へえ、公営賭博として認めていただけたなら、収益のいくらかを税金として国に収めます。無論、公平をきたすために警察の出入りも受け入れますんで、どうか一つよろしくお願いします」
新政府には願ってもないもない申し出だった。
今まで裏社会に流れていた賭博の収益が、公営化することで政府財政の大きな収益になるからだ。
「ふん、お前あれか。うちらに利権を作ることで、合法的に賭場を自分で仕切ろうってことだろ? で、お前らヤクザは俺たち新政府の軍門に下るってわけか?」
勝蔵の提案は、ソ連崩壊後のロシア国内で、似たようなことで収益を上げていたイワネツには全てお見通しだった。
「へえ、おっしゃる通りです。博打以外にも、自分ら色々とできますんで。露天とか飲食とか花屋とかのサービス業、人探しやトラブル解決の探偵業や、用心棒とかの警備業。口入れの労働派遣業なんかも、今後はお上に届出して税を納めますんで、どうか一つよろしくお願いします」
つまり博徒達が営む生業の、完全な合法化であった。
収益の何割かは国に取られてしまうが、新政府の面子を立てて利権化することで、今まで違法だった博徒の活動が、合法的に行える。
裏を返せば、警察権力と真正面からぶつからず、逆に警察を利権産業に抱き込み、味方につけることを意味していた。
さらに長期的な側面で、複数の産業にまたがって勝蔵達一家一門の大きな利権となるということを、ブロンドからのアドバイスを聞き入れた勝蔵は、これを新政府に提案したのだ。
「おう、兄弟。この野郎、こんなこと言ってるがどうするよ?」
「よか。おい達ん新政府に頭を下げっせぇ、これだけん手土産を持ってきたならば無碍にはできん。認むっしかなかじゃろ。所管は国家公安委員会で担当してくれ」
「ああ、わかった。おう勝蔵の親分さんよ、陰であこぎな真似しやがったら、豚箱にぶち込むからよお。うちらの所管だし、よろしく頼むわ」
西郷は平伏する勝蔵の肩を叩き、耳元まで顔を近づける。
「前の世の相楽達やおはんの赤報隊の件、おいが間違うちょった。申し訳なか」
勝蔵は顔を伏せて、一筋の涙を流す。
こうして勝蔵達博徒の活動は合法化され、イワネツは勝蔵の前でロシアンスクワット、いわゆるうんこ座りして、勝蔵の肩を叩く。
「おう、そういうわけだからよお。それで早速だが大臣の俺からお前らに仕事を頼てえ。俺は明日、武道館でタイトルマッチやるんだが、お前らでチケット捌けるか?」
「へい、喜んで」
褒賞が終わったあと、勝蔵は一家の主要な子分や舎弟達、親戚組織を集めて、武道館で行われるボクシングタイトルマッチのチケットを、関係がある旦那衆と呼ばれる商人達に配布するよう命ずる。
ひと段落したあと勝蔵は酒を煽り、ブロンドから提案された次の構想をポツリと呟く。
「お上に俺を認めさせたら、次は……1ヶ月後に行われる選挙にでも立候補して、新首都の知事でもやって名を売るんだったか。ブロンドの親分、今のところ……うめえ感じに行ってるぜ」
侠客黒駒の勝蔵は、転生先の世界の表舞台で、再び脚光を浴びる道を選び、新政府での巨大な利権を手にした一方、別の侠客は闇にのまれていた。
「クックック、我が魔宰相ベゼルよ。そなたが見つけてきたこの肉体、実に余に馴染む。大儀であるぞ」
「はい、陛下。それと陛下に仇なす不埒者の誅罰の準備、順調に進んでいることをご報告します」
神々にも知覚できない暗黒宇宙のとある空間内で、かつて伝説の魔神ともベルゼバブとも呼ばれし女魔族が、新たな主君クレアーレと打ち合わせていた。
「愚かな下等生物の神め、余の偉大な闇の事業に手をつけようとは笑止千万。してベゼルよ、余の率いる軍勢の用意だ。バルドルとか言う下等生物を滅ぼしてくれん」
「かしこまりました陛下。それでは例の世界の空間に干渉し、軍を投入いたします」
「うむ、余の闇の事業を侵さんとする者に、バルドルと名乗る痴れ者を処してやるわ」
ーーんなボケ
「? 何か申したか魔宰相よ」
「いえ」
闇の存在に取り込まれし侠客の勇者、マサヨシの不屈の精神が、徐々にではあるが闇の存在に抗い始めていた。
続きます




