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転生したら楽をしたい ~召喚術師マリーの英雄伝~  作者: 風来坊 章
最終章 召喚術師マリーの英雄伝
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第276話 世界最強の男 後編

「全員礼だ!! 我らが総裁、相談役の義兄弟にして勇者ジロー様だ! 叔父さん、ご苦労さんです!!」


「ご苦労さんです!!!!」


 戦闘中のスルドを除き、勇者ブロンドの号令で異世界ヤクザの軍勢が一斉に頭を下げて、労いの言葉をジローにかける。


 ジローは通信が取れなくなった兄貴分や、マリー達のことが気がかりで、縁ある極悪組の武闘派組織の怒倭亜夫(ドワーフ)興行に連絡を取り、転移装置でチーノ共和国までやって来たのだ。


 そしてサキエル率いるワルキューレも、また意味がわからない勇者がやってきたと、呆気に取られていた。


「んー、ぐ苦労さんさぁ。あんし、お前(やー)らくぬ状況ー()ー?」


「はい、叔父さん。親父さん達とチーノ共和国首都制圧後、あちらのエルゾの王太子のカムイ殿と、自分らでちょっとした手違いがありまして……」


「んー?」


 ジローはスルドとイワネツの子、カムイを見やる。


(ぬー)やん? 喧嘩(おーえー)が? (わん)が来しが(ぬー)しんやさー。やみれー、跪きー」


「え……あ、はい」


 スルドが大太刀を降ろして、その場に正座して刀を脇に置く。


「何やん? お前(ぃやー)、怪我そーんやあらんが? えー、(だー)が手当てぃしくぃれー」


 ジローの呼びかけで、組員達がスルドに応急処置と回復魔法を施した。


「あなたは……確かテレビで拝見した天女様と共に蘇ったという、伝説のロマーノ王陛下でございますか?」


「そうさぁ。おお!?」


 ジローはカムイに駆け寄り、彼の両肩をバシバシと両手で叩く。


「まさかやー、お前(ぃやー)似ちょーんやー、我がイワネツぬ兄弟(ちょーでー)んかいさぁー。すっくりやん。我はジローっちゅうんばー、お前(やー)ぬ叔父みたいなもんさぁ」


「え? あ、はあ……」


 さっきまでの死闘と状況が一変して、ジローはこの場を自分のペースにしてしまう。


ーー助かりました叔父さん。あなたが間に入ってくれたおかげで、我が組も、若頭の面子も保てて、我らが彼の国を滅ぼさずに済みました。


 ブロンドはジローに感謝の念を込めながら、頭を下げる。


 万が一、若頭のスルドが敗北したならば、それを大義名分にカムイのエルゾ王国に宣戦布告して、数の力で一気に制圧する冷徹な決断をブロンドが密かに下していたからだ。


 一方のカムイは、300年前のナーロッパにおける、世界大戦後のオリンピック開催に携わり、その名を馳せた英雄王ジローについての逸話を思い出す。


 ナーロッパ南西の半島国家ロマーノ連合王国を、豊かな文化大国にして先進国にした逸話や、オリンピック種目カラテの創始者という話も。


「あなたの話は色々と聞き及んでおります。オリンピックカラテの体系を作った武道家でもあり、偉大な王であったと」


「そうやん。空手やー心身鍛いてぃ、人格形成んかいいりゆーやる要素むちゅる武道さぁ。形、組手ぃ、すりとぅ武ぬ心が重要やん。お前(ぃやー)ん強うそうやんしが、武ぬ心の本質、知っちょーんばー?」


「……武の心?」


 首を捻るカムイに、ジローは武とはどういうものかを、琉球空手剛柔流の形、砕破(サイファ)を実演しながらカムイに武の力を解説する。


「正義無さる力ー暴力でぃぬ。力無さる正義ー無力やん。あんしぃ正義ぬ力ぬ本質ー、(ぬー)とぅ言らりーんが?」


 正義の力とは何か?


 カムイは300年前に英雄王と呼ばれた男の、正義についての話に興味が湧く一方、ジローからの正しい力とは何かという問いかけに、その概念をどう表現すればいいか、言葉が見当たらずに顔を俯いてしまう。


「わからんが? 正しい義ぬ概念が武でぃ、実際に力ちかいしぇー武、武力やん。お前(ぃやー)や正しさる力、武ぬ力、使らっとーるぬが?」


 正しい目的のために力を使っているか?


 ジローの問いに、カムイは強く頷く。


「はい、わたくしは先祖のため、我が民族と王国のため、そして……わたくし自身のために、我が父とタイトルマッチに赴きます」


「あんすくとぅイワネツとぅ、兄弟(ちょーでー)とぅ試合するぬが?」


 勇者イワネツと戦うというカムイに、ワルキューレ達が騒めき立つ。


「女神ヘル所有の、あの暴力の権化のような勇者と戦う?」


「行方不明になったスルーズ姉様も力で圧倒したあの?」


「トール神ですら勝てなかった暴力の化身ですぅ……」


 勇者イワネツの天界や神界からの評判は、あまり芳しいものとは言えず、かつて全ての世界と敵対した魔帝バサラの力を振るう、野蛮な暴力勇者と言われる。


 一方、同業の勇者達からの評判はというと……。


「勇者イワネツ。かつてこの世界で初めて活動して、活動実績を多数挙げてはいるが、神界から不当な評価を受けてる同業者。そして圧倒的な強さを持つという……あまり我らと交流はないですが」


「ああ、スルド。彼の戦い私も見たことがあるが、圧倒的な力だった。彼の力は数多の勇者を超え、伝説の勇者達とほぼ同格と考えていい。確か大勇者ヘラクレス殿の派閥に属しているとは聞いてるが……カムイ殿が彼の血縁者とは、強いわけだ」


 同業者からは、他の勇者より圧倒的な力を持つが、その実績を神々から不当に評価されているとの評判である。


「わかったん! うりやれータイトルマッチぬたみに調整ぬいりゆーやるはじ?」


「ええ、ですがコンディション的には問題ありません。いつでもどこでも、わたくしはチャンピオンとして戦えます」


 ジローはニカッと笑みを浮かべ、形を終えて両手をへその前に重ねて組むと、今度は左拳をカムイの前に突き出した。


「じゃあ、我が組手ぃ、スパーリングパートナーしくぃーさぁ」


 ジローはカムイに自分がスパーリングパートナーになると言い出し、ステップを踏んだ。


「スパーリングパートナー……ですか? 構いませんが、わたくしの相手になるような者は、長らくいなかったもので。手加減はできませんよ?」


おしゃべり(ゆんたく)すん暇あるなら構えれ。ふりー、来わさぁ!!」


 カムイはサウスポースタイルになって、ステップを踏む。


 ナーロッパカラテの創始者と、世界最強の男とのスパーリングに、ジョンもティアナも内心興奮しながら見つめており、レイラも興味深そうに眺める。


ーーアレックス、ジローは一対一の素手の戦いなら、リアルで強いぜ? すげえな、これだけでも興行で金取れそうだ。


「はい、彼が強いのは知ってます。ですが先ほどの戦いを見ても、伝説の英雄王ジローが、カムイ王太子とまともなスパーリング相手になるとは……大丈夫なんですか?」


 アレックスの疑問に、魔銃デリンジャーは不敵に笑ったように見えた。


ーーまあ見てな。


 カムイがジローと拳を合わせると、一気に間合いをつめてワンツーとジャブを放つが、ジローはジャブを屈んで避けつつ、右拳の正拳突きをカムイのボディに当てる。


「シュッ!」


 これに意を介さず、カムイは左フックをジローの右脇腹に放つが、右肘と右膝を挟み込むような形でガードしたが吹っ飛ばされる。


 しかしこれはわざとであり、あえてパンチを受け流したことで、パンチの威力を殺してカムイとの間合いを離したのだ。


 だがガード越しでも、右脇腹に位置する肝臓に鈍痛がはしり、右肘も右膝も痺れ上がって、あまりのパンチの威力にジローは苦笑いした。


「とっ、悪っさんやー。足技ーボクシングっしぇー禁止やたんやー」


「いえ、どうぞ。お構いなく」


 今の攻防に、アレックスは目を丸くしてジョンの方を向く。


「すげえな、アレックス。チャンピオンの拳を全部防いじまったぜ。しかも正拳突きもしっかり当ててる」


「ああ、まるで攻撃を予測してるような感じだ。すごいとしか言えないし、目で追うのもやっとな攻防だよ」


「それは、お父様にさっきのダメージが残っているからですわー」


 アレックスとジョンとの会話にレイラも混ざる。


「あの先程の黒い肌の人、半端じゃない実力者でしたわ。それを証拠に、お父様のフットワークにキレがない。ジャブも必殺の左パンチも、さっきまでと違い、ほんの少しですが勢いがありませんことよー」


 全魔力を消耗して防いだはずのスルドの剣撃は、確実にカムイにダメージを与えていた。


 常人では気付かない、ほんの少しの誤差レベルであったが、カムイのパフォーマンスに影響が及ぶほどのダメージだったのを娘のレイラだけが気付いたのだ。


「そうなのか? 僕にはわからないけど、そんなに動きが悪くなってるんだねレイラ」


「ええ。それにあのカラテの創始者と言われる伝説の王様も、多分まだ全然本気じゃありませんわー。ご覧くださいまし、あのパンチ。とても不思議ですわよー」


「不思議?」


 レイラが不可思議と言ったジローの正拳突き、正確には基本の刻み突き、追い突きと呼ばれるパンチは、ボクシングのパンチとは体系が異なる。


 上体を捻らずブレも一切なく、ただ真っ直ぐ、重心移動で拳を放つのだ。


 カムイが今度はフェイントを織り交ぜながら、右ジャブ、左ボディブローのコンビネーションを放つが、後ろにさっと飛んで避けたジローが、カムイに左拳を突き出す。


「?」


 カムイにダメージはほぼ無かったが、顔面に吸い込まれるようにジローの突き出した左拳がヒットする。


ーー奇妙だ。構えてからまるで瞬間移動のように、パンチが飛んでくる。上体も下半身にも溜めや揺らぎや起こりがない。これが起源のカラテなのか? ナーロッパの異種格闘戦で戦った、フランソワとホランドの、キックボクシングとも違う。


 ジローがひろめた空手は、現代では様々な流派に分かれており、ジョンが幼い時に習ったロマーノのオリンピックカラテ、ティアナが学んだ亜流派のシシリーカラテ、そしてカラテを独自発展させたフランソワカラテとも呼ばれる、キックボクシングに大別される。


 またロマーノのオリンピックカラテも、現代では型と組手のポイントを競うスポーツ化しており、伝統的な空手の技は歴史的に埋没してしまっている。


 カムイは脳内で高速で思考しつつ、ガードを固めながら間合いを詰めてゆく。


「……楽しそうですわ、お父様。さっきまでの戦いとは違って、今度はこのスパーリングを楽しそうにして。こんなお父様を見るのは初めてですことよー」


 異種格闘戦やボクシングのタイトルマッチでも、全て1ラウンドでKO勝ちしてきたカムイの表情が、なんともいえない物憂げな表情を浮かべていたのをレイラは思い出す。


 アスリートの頂点に立ち、世界最強とまで言われたカムイの孤独を、このジローがスパーリングを通じて埋めていくのを感じ取っていた。


「ふれぃ!」


 ジローの左拳がカムイのガードに触れた瞬間、カムイの側面に回り込んだジローが、右正拳突きをカムイのガードの隙間に入れて側頭部にヒットさせる。


「ふれぃ、むる打ち込めぃ!」


 カムイはジローの間合いへステップで潜り込み、右ボディブローを放つが、ジローは肘で打ち下ろす防御でカムイのパンチを打ち下ろし、逆に右刻み突きを顔面に当てた。


「うむぅ!?」


 突きを受けながら、カムイは自分より上背があるジローにクリンチを繰り出して抱きつき、上体を捻ってジローを投げ飛ばす。


「っと!」


 ジローは片手で地面に突き、側転しながら立ち上がると、流れるような動きで構え直す。


「……あの人、現役ヘヴィ級チャンプ相手に、防御と攻撃をほぼ同時にやってんよ。すげぇな」


「あたしもシシリーカラテやっるけど、ハンパじゃないよね。あの突き、全然上体がブレてない」


「ああ、ティアナ、確かに。フェンシングの突きもそうだけど、フォームを維持しながら、ノーモーションに見える重心移動をしてるんだよ。フェンシングと同様、下半身の強さがあの突きの要だ」


 すると、体勢を崩されながらも構え直したジローへ、すぐさまダッキングしながら距離を詰めるカムイだったが、ジローの刻み突きが吸い寄せられるようにアゴにヒットして、仰け反りながら後退する。


「強い、さすがはカラテの創始者。わたくしが思わずクリンチしてしまうとは……」


「伊達ぬ色々やる所でぃ、武道家ぬ師範しうぅらんくとぅやー。すりにぃ、お前(ぃやー)むっとぅ本気やあらんだるう?」


 カムイはうっすら微笑みながら、ダメージが回復してきた筋肉をバンプアップさせて、サウスポースタイルの左拳をやや下げながら構え直す。


ーーさすが伝説のカラテ。この距離ではわたくしのパンチは本領を発揮できないか。で、あるならばわたくしの距離で戦わせてもらおう。


「ええ、あなたの空手……もっと堪能したくて。もう少しテンションを上げるがよろしいか? 代わりに陛下も、蹴りでも投げでも、なんでも使ってもらって構いません」


「おう、ええやん。来ぃ!」


 スピードを上げたカムイが、右ジャブを連続で放ち、ジローを後退させる。


「えいさぁ!」


 ジローが右のジャブを左肘打ちで弾き、カムイのアゴ目掛けて右掌底を繰り出すと、体重差があるのにも関わらずカムイの体が仰け反り、一瞬宙に浮きそうになる。


ーーこれは……パンチじゃない。掌打? 張り手だったか? 懐かしいな、彼の得意技だった。名をなんと言ったか? ライデンだったか?


 世界最強の座を賭けて、80年前のジッポン幕府五代将軍のもと開催された、将軍上覧相撲榎戸場所の余興という名目で、当時世界最強の男と呼ばれた力士と戦ったことをカムイは思い出す。


 名を雷電為座右衛門といい、ジッポン人にしてはかなりの大柄で身長2メートル、体重が170キロを超えた怪力が持ち味の超巨漢の力士だった。


 通算成績は40場所優勝、通算400勝、勝率9割8分、大関昇進後は無敗を誇る、世界最強の相撲レスラーとして名を馳せる伝説の力士である。

 

 一方のカムイも、ボクシング世界ヘヴィ級統一王者として20年間王座に君臨し、無敗を誇る世界最強の男と呼ばれ、もはやボクシングでは相手がおらず、世界各地で異種格闘戦も行っていた。


 その異種格闘戦でも相手になるような者も現れず、落胆していたカムイだったが、五代将軍にして家繁の実父綱家は、ジッポンの権威を高めるためにカムイを榎戸に呼び、当時世界最強の男、雷電と戦わせのだ。


 その時のルールは、相撲有利になるように行司を審判とし、土俵上で戦うものと定められ、カムイは相撲ルールの中、パンチのみを許可されて拳を振るった。


 結果は開始30秒でカムイのTKO勝ち。


 試合内容は、ぶちかましからの連続張り手で、一気に勝負を決めようとした雷電の猛攻にカムイが耐え、ボディブローを幾度も打ち込んで、筋肉の塊の雷電を驚嘆させる。


 だが雷電の圧力は凄まじく、体格に劣るカムイを土俵際へ追い詰め、両手を指しに行って寄り切りで勝負を決めようとして屈んだところを、カムイが放つカウンターの左アッパーで、雷電の巨体が膝をついて崩れ落ちたという。


 結果、リング禍が起きて雷電は脳出血となって帰らぬ人となり、真の世界最強の座をカムイが手にすることになる。


 またその強さを恐れた時の将軍綱家は、エルゾ王国に恐怖を抱き、王国の弱体化工作を陰で仕掛ける方針をとることに決めたとされる。


 カムイは雷電と戦った当時の記憶を思い出しながら、ジローの放つ追撃の左鉤突きをダッキングでかわし、潜り抜けるように右足を踏み込んで、渾身の左ストレートをジローのボディにヒットさせた。


「あいッ!?」


 あまりの威力でジローの上体が仰け反った瞬間、右フック、左フック、右のショートアッパー、左フックとカムイがコンビネーションを叩き込む。


 側頭部とアゴを幾度も強打されたことで、ジローは刹那の時間思考力が停止するも、体が反応してカムイの右大腿にローキックを放った。


 今まで戦ってきたキックボクサー達とは、比べものにならない威力のローキックを受けたカムイは、一瞬足が痺れて動きが止まると、炎を纏う左ハイキックが側頭部に命中する。


「ぬぅ!」


 ダメージはさほどでは無かったが、カムイの足が完全に止まり、今度は水月、みぞおちにジローの右の正拳突きが入るが、ジローの拳の握り方が、急所を一点集中で突く中高一本拳に変わっていた。


 一瞬呼吸が止まったカムイに覆い被さるように、ジローがカムイに首相撲の体制をとって、膝蹴りをカムイのボディに連続で繰り出す。


「くっ!」


ーーさっきまでの動きじゃない! これは完全にわたくしを制するために使ってる、カラテの技術だ。


 カムイは思いながら、ジローの体にわざと体を密着させて、彼の右脇腹にレバーブローを捩じ込む。


 首相撲の力が一瞬弱まり、カムイが膂力を活かしてジローの体を持ち上げて、両手で跳ね除けた。


「シッ!」


 その刹那、体勢が崩れたジローのアゴ目掛けてカムイが左アッパーを繰り出すが、ステップで後ろに下がられてパンチが空を切り、同時にカムイの喉目掛けてジローの右足刀蹴りが命中する。


「ッ!?」


 喉を強打されて息が詰まったカムイの視線から、ジローの体が一瞬消えたと思った瞬間だった。


 地を這うように姿勢を低くし、体を回転させたジローの下段回し蹴りがカムイのふくらはぎにヒットして、カムイは足を取られて転倒する。


「チェイサアアアアアア!」


 転倒したカムイの顔面に、渾身の右下段突きが入り、あまりの威力によりカムイの頭が地面のコンクリートにめり込んだ。


 残心をとるジローへ、すぐさまカムイが体を起こして立ち上がり、ファイテングポーズをとる。


「あい!? しまんたん。うぃーりきく、スパーリングするちむりが気合い入りすぎたんばー」


「いえ、お構いなく。今みたいな形で、もう少しスパーリングしてもよろしいか? あなたの本気がみたい」


「んーじゃ、ちょっちゅな」


 ジローは拳を握らず手刀にし、重心を左足に、右足は踵を地面ににつけない、つま先で軽く立つ猫足立ちに変わる。


()い!」


「シッ!」


 カムイが右のジャブを放ったのを、右の手刀でジローが捌いた時、カムイの死角に回り込むように移動したジローは、カムイに下段回し蹴り、いわゆるローキックを放つ。


「?」


 右足に衝撃がはしったカムイが、ジローを捉えようとするものの、伸びてきた右の刻み突きがカムイの顔面にヒットする。


 距離を離そうとしたカムイの脇腹に、ジローの中段回し蹴りが繰り出されるも、これを脇を締めてカムイがガードしようとした瞬間、なぜか後頭部を強打された。


「ッ?」


 ジローが中段蹴りを途中で変化させて、縦の軌道でカムイの後頭部へ上段回し蹴りを入れたのだ。


 今度は蹴り足を軸に、ジローがカムイへ踏み込んで来る。


 カムイがカウンターの左ストレートを合わせようとしたが、一瞬ジローの動きが急停止する。


ーー今ので止まれるのか!?


 カムイはストレートパンチを空振りしてしまい、対するジローは、フェイントを織り交ぜてタイミングをずらしながら、左、右とワンツーをカムイの顔面へヒットさせる。


「えぃさあ!!」


 そしてダメ押しの左の中段回し蹴りが、カムイの右脇腹を直撃した。


「うむぅ!」


 肝臓に重く響く鈍痛がカムイの体を硬直させる。


「すげ……」


「ああ、すごいよジョン。全力で突きに行ったはずなのに体を完全に静止させて、見事なフェイントだね」


「ええ、さすがはワルキューレの槍のゲイラや、武神と呼ばれたヴィーザル兄様を退けた実力者です」


 するとアレックス達に、いつの間にかワルキューレ達も加わり、戦いを観戦していた。


「えっと……あなた達は確か聖騎士様の」


 アレックスが、リーダー格のブリュンヒルデことサキエルに振り向くと、サキエルは目を丸くしてアレックスを見つめた後、さっと目を逸らした。


「だぁれですの? アレックスに距離が近いですわー」


「んだよ、この女共。ウゼェな」


 悪態をつくティアナに、ニュートピアで精神崩壊して行方不明になった同僚のスルーズの面影を一瞬見た。


「いえ、その。以前、武神と呼ばれた神がいて、あのジローと呼ばれる人間が撃退したことを思い出しまして」


「武神を撃退したんですか?」


 サキエルは頷く。


 その時だった。


 カムイの動きがさらに素早さを増し、ガードを固めながら、ジローに間合いを詰める。


「チェイッ!」


 カムイの右膝目掛けて右の下段蹴りをジローが放ったが、下段蹴りを見切り始めたカムイが、フットワークを駆使して後ろにやや下がり、ジローの蹴り足を掴む。


「えぃさぁ!!」


 ジローは蹴り足を掴まれてバランスを崩されそうになるが、今度は腰を反転させて左軸足で飛び、カムイの側頭部目掛けて飛び回し蹴りを放つ。


 だがカムイにダッキングでかわされ、カムイはジローの蹴り足を離し、渾身の左ストレートを顔面に叩き込む。


「シュッ!」

「アガッ!」


 ジローは10メートル以上吹っ飛ばされて、ビルの瓦礫のコンクリート壁に叩きつけられて、衝撃でクレーターが生じた。


「うわぁ、モロだ」


「ヘヴィ級チャンピオンのパンチ、エグっ」


「途中までいい勝負だったのに、伝説のカラテ王がぶっ飛ばさちゃったよ」


 アレックス達が思わず呟き、二人の勇者を圧倒するカムイの実力に、異世界ヤクザ達もワルキューレ達も絶句する。


「親父さん、やはりカムイは……自分らも加勢してこの場で倒すべきかと。このままでは、自分らと縁あるジローの叔父様が、敗れてしまうかもしれません」


「いや、まだだスルド。叔父さんの強さはお前も知っているだろう。ここからだ叔父さんの強さは」


 勇者ブロンドは、世界最強の男カムイの強さを認めはしているが、ここからの勇者ジローが強いことも知っている。


 そして勇者ジローの強さを、実際に耳にしていたサキエルも、このままでは終わらないと考えていた。


 サキエルは、地獄で勾留中だった兄、武神ヴィーザルと面会した時、自分を撃退した人間の話を嬉しそうに語ってくれたことを思い出す。


「ブリュンヒルデよ、私が、まさか人間に撃退されるとは思わなかった。ラグナロクの際、ロキが放った手下の魔獣達や、あの凶悪なフェンリルでさえ撃退した私がだ。あの人間はすごい武術家で、私の完敗だった」


 金髪のロングヘアーを、頭頂部で団子状に結った武神と呼ばれた寡黙で知られる男は、当時の様子を妹のブリュンヒルデに振り返る。


「あれは……父の楽園(ヴァルハラ)計画が佳境に迫り、特別攻撃隊のノルニル達と共に、ナーロッパ侵攻作戦を行なっていた時だった。暴徒や信徒のハーン達を侵攻させて、ロレーヌと呼ばれる国を滅ぼそうとした時だったな。私に立ちはだかった人間達がいた。ヘイムダルの力を得たヴァルキリー、騎士フレッド、そして私を撃退した男。ジローと呼ばれていたか」


「あの時は、みんなおかしくなってたんです、お兄様。父も、トール兄様も、フレイ様もみんな、悪意に呑み込まれて」


「……そうかもしれん。ハーン達の軍勢は騎士フレッド率いる人間共によって阻まれ、ヴァルキリーがノルニル隊を打ち倒し、私はあの男と戦った」


 ヴィーザルは、空手の使い手のロマーノ王ジローとの一騎討ちを行い、魔靴クラフトシューエを装備しながらも敗北を喫する。


「人間の武術は、我々武神や闘神から見て未熟さが目立つ。特に、肉体のみを使うような下等な武術は、我らからしてみれば未熟者もいいところだと思い込んでいた。だがしかし、私は勝てなかった」


「ヴィーザル兄様は、なぜ負けたのですか?」


「ああ、ブリュンヒルデよ。あの人間の持つ、忍耐力と知恵と勇気の力に敗北したんだ」


 ヴィーザルの使用する魔法の靴は、形や大きさを自在に変化できる代物で、巨大化させて相手を踏み潰すことや、刃に変えて相手を切断することも可能。


 さらには、魔力を付与することで変幻自在の戦い方ができるマジックアイテムだった。


「戦いは、終始私が主導権を握っていたはずだった。あの人間の内臓にダメージを与えて、全身の骨を砕いてやった手応えもあった。勝利を確信した私に、あの人間は笑みを浮かべて立ち上がる。お前の負けだと」


 人間の武術家など、武神と呼ばれる自分と比べて下等であると思い込んでいたヴィーザルは、トドメを刺そうと靴に魔力を込めて、全力の蹴りを放とうとした瞬間だった。


 何かに軸足を取られ、文字通り光の速さで転倒して頭部を強打したのだ。


「注意力を向ければ、なんてことはない罠だった。魔力で自在に伸びる棒が、ミクロ単位で私の足元にいつの間にか置かれていた。私がトドメを刺そうとした瞬間、あの人間が魔力を発動させて私の足を……。文字通り、足を掬われたんだ」


 ヴィーザルが転倒した瞬間、靴に蓄えて解き放とうとした魔力が一気に逆流して、暴発を引き起こす。


 頭部と両足の衝撃と共に、ヴィーザルは行動不能に陥ってしまい、満身創痍のジローの放った渾身の下段突きによって、意識を刈り取られて戦闘不能にされたのだった。


「あの人間は、そうなるよう仕向けるための知恵と策謀と、固い意志と勇気と忍耐力をもって私に挑み、そして私は敗北した。見事だったよ、私に悔いはない。私は、自分の犯した罪を償うため、地獄に落ちて修行の日々を過ごそうと思う」


 その後ヴィーザルは、虐殺の罪と創造神への反逆罪が結審したことで、閻魔大王から父神オーディンに逆らえなかった情状酌量の余地はあるものの、10億年もの長期懲役が言い渡され、無間地獄送りになる。


 その後は創造神の恩赦が下り、兄弟のトールと共に下級神身分に降格されて神界に復帰した。


「姉様、あの男もまた武術の達人でした。ヴィーザル様も私も、あのカラテという武術に勝てませんでしたわ」


 槍を装備した戦乙女のゲイラが、当時のジローとの戦いを振り返り、サキエルもヴァルキリーと英雄達との戦いを振り返る。


「ええゲイラ、そうだったわね。私も彼女に、ヴァルキリーに勝てなかった。真の強さは、肉体的な強さでも武道の技術でもありません。知恵と勇気と意志の強さが、英雄と呼ばれた人の強さの本質なのです。そしてあの武術家は、その本質に最も近い勇者」


「知恵と勇気……意志の強さ」


 会話に加わったブリュンヒルデことサキエルは、今まさに英雄になろうとしている若者達に、天使らしく告げると、闘気をいつの間にか帯びたジローが、ボロボロになった衣服を脱ぎ捨て、上半身を晒す。


「ふいー、お前(ぃやー)強いな(ちゅーばー)。きっこぅ、うちちゃんどー」


「10カウント以内に立ち上がるとは、さすがです偉大な王よ。だがわたくしは勝たなければなりません。英雄と呼ばれた存在に勝利し、父を超えるために」


「ん? スパーリングんかい勝ち負きとー、うぅかさる話やん」


 ジローの正論だった。


 試合形式ではあるが、スパーリングは勝敗にこだわらず、選手の練習や調整で行われるのを目的としている。


 それを勝利するとは、おかしい話であろうと問う。


「いえ……先ほどわたくしは真剣勝負を経験しました。父や天女様は、この世界の在り方を変えようとしている。あなたも当時、名を馳せた英雄にして父と兄弟分。天女様とも縁ある英雄」


「そうさぁ。あんしぃ、お前(やー)()ー言いぶさん?」


「あなた方が我が王国と精霊の在り方を変えるならば……わたくしは抗わなければならない。だからこれから先は英雄のあなたを倒すための、真剣勝負です」


 真剣勝負を口にしたカムイに、ジローの大きな瞳がギラリと光り、周囲の空気が一気に緊迫化する。


「ゆし、わかたん! あんしぇースパーリング止みっし、勝ち負きぬ勝負すなやー」


 言いながらジローはズボンのポケットから、ボールペンのようなスティックを取り出す。


 魔力で巨大化させて180センチメートルほどの長さの金属棍にして構えた。


 そして神の祝福を受けてはいない状態とはいえ、魔力を伴うオーラを発して、殺気を込めた目でカムイを見据えた瞬間、スルドが発した冷たい刃のような殺気とはまた違った、燃え盛る太陽の日差しのようなプレッシャーが、カムイを襲う。


「来ぃ!」


 カムイが姿勢を低くしつつ、ガードを上げたままジローに真っ直ぐ突っ込んだ。


「エイヤァ!!」


 ジローは棍を操作して、カムイの喉目掛けて突きにいく。


 対するカムイはスウェーバックで後ろに避けるが、さらに棍が伸び、打突の軌道を変化させてカムイの右目を突きにいった。


ーー目ッ!? 棒が伸びた!? 軌道が変化して!


 スポーツでも武道でもない、相手の制圧または殺害を目的とした武術にカムイは戦慄する。


 カムイはこれをダッキングでかわすが、円運動のようなジローがノーモーションで棍を振るうと、カムイの右の膝裏に衝撃がはしり、ジローの棒術で足を掬われそうになった。


「くっ」


 足払いをなんとか踏みとどまったカムイだったが、バランスが崩れたところに、今度は棒でみぞおちを突かれる。


 カムイは腹筋に力を込めて突きに抗い、ジローが操る棒を掴みにいくが、両手で棍を握った瞬間、棍から火炎魔法が噴き出す。


ーー精霊の力!? いや古に聞く魔法とやらか!?


「すりぃ、なーら行ちゅんどー!」


 今度はジローが棍を高速でしごき、カムイの手から棍を抜くと、根元を腰に添え、右手を滑らせるように引き寄せる。


「チェイさぁ!!」


 その瞬間、棍が転がるように回転して、カムイの左肩に強烈な一撃が入った。


「〜〜ッッ!!」


 表情こそ冷静そのもののカムイだが、先にスルドとの戦いで必殺の一撃を受けた箇所に打撃が入り、激痛がはしる。


ーーッッ読めない! 棒術の軌道が!! これが大戦を戦ったという英雄の力か!?


「くれーちゃーやんッ! 麝香鼠撃(ビーチャー)!」


 棍を大上段に構えたジローが、地面のコンクリートに向けて棍を叩きつけた瞬間、土と火の魔法も合わさり地面が爆ぜる。


 次の瞬間、熱を帯びた無数の石礫と砂が散弾銃の弾丸のように高速で飛び、ガードを咄嗟に固めたカムイに命中し、砂嵐が生じて視界を奪う。


「ひ、卑怯ですわー! 伝説の英雄王ともあろう方が、こんな戦い!」


 ジローの戦い方に、レイラは思わず憤る。


「いや、これが真剣勝負さレイラ。戦場の格闘術に卑怯もクソもねえんだよ」


 ティアナは吐き捨てるように言い、アレックスに視線を向けると、彼がまるで内面にいる何かと、やり取りしているように見える。


ーーアレックスすげえだろ? ジローが道具持つとよ。あいつの使ってる技はリューキューコブジュツだったかな? カラテカって拳闘士の技の源流らしい


(あれが源流のカラテですかデリンジャー。すごい技術だ。サムライの槍術とも違って、手の内で打突が変化するどころか軌道がまるで読めない)


ーーそれにあいつは、俺ほどじゃなかったが銃の名手だ。やつは武術だけじゃなく、あらゆる手で勝利を収めようとする、とてもクレバーでクレイジーなやつだった。


 一方カムイは砂埃で視界が奪われる中、全神経を集中させて、攻撃に備える。


ーーわたくしがここまで追い詰められたとは。だが、あの棒術の懐に入れば、わたくしの距離だ。


 砂埃の中から、一直線に自分の首を突きにきた棍をカムイは見逃さず、ダッキングして紙一重で避ける。


 だが、空振りした棍が7つに分裂して、鎖で繋がれた状態、いわゆる七節棍に変化してカムイの首に巻き付いた。


「な!?」


「かかったんやー!!」


 ジローはカムイの首に巻いた七節棍を、両手持ちにして腰を捻転させ、柔道の一本背負いのように肩越しにカムイごと担ぎ上げた。


「ん!? ぬぅ!!」


 カムイの体が宙吊りになり、首吊り状態になった。


 首に巻き付いた七節棍を、両手で振り解こうとカムイはもがくが、蛇のように巻き付いた七節棍の鎖は魔力で強化され、魔力が切れたカムイの膂力では容易に外せなくなる。


「ゆたさるくとぅ教えてぃやんばー。武術ぬ基本、手ぬ内ん、隙ん晒ししーじーやん。先手必勝が無理ならー我慢んかい我慢重びてぃ、奥ぬ手ぃーが勝利ぬ道さぁ」


 七節棍で締め上げられたカムイは、頸動脈が絞められたことで、顔が紅潮して徐々に呼吸困難に陥る。


ーーこのままでは……精霊バルディよ、わたくしに山の精霊(キムンカムイ)の力を。


 追い詰められたカムイが、今までの試合で一度も使ったこともない奥の手を使用する。


 カムイの祈りが届いたかのように、カムイの体がまるでヒグマのような剛毛に覆われ、口から牙を生やした熊男のような要望に変化して、空になった魔力を急速に回復させると、首に巻き付いた七節棍の鎖を引き千切った。


「あれは……キムンカムイの力ですわ!」


「キムンカムイ?」


「ええ、そうですわアレックス。精霊の御子が使える極意で、バルディを守護する山の精霊の力を身に宿しますことよー」


 特殊合金で出来た七節棍を素手で引き千切ったカムイの力と、超大な魔力反応に、さすがのジローも冷や汗をかく。


「んちゃやー、うりがお前(ぃやー)ぬ奥ぬ手が……()な予感すんばー。しにヤベェ状況になったんさぁ」


 今度はトンファーを装備したジローが、熊男のようになったカムイに対峙する。


 だが二人の戦いのどさくさに紛れて、目を覚ましたチーノ共和国の大子党首魁の周珍平が、瓦礫に身を隠し、軍に携帯無線で連絡をとる。


「ああ、元帥か? 俺だ。首都を奪還し、この場にいる奴らを抹殺せよ。我が国を舐め腐った奴らを皆殺しにするんだ」


 首都大都奪還の命令を受けた元帥が指揮を執る、チーノ共和国各軍区からかき集められたありったけの大軍団が、この場に押し寄せようとしていた。

次回に続きます

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