第274話 エルフのケジメ
マリー達が進化する悪意と対峙していた一方、ニュートピアとは別の世界に連行された北欧ノルドで活動していたエルフ元老院の長老達の一団は、耳の痛みと恐怖に震えながら、どこかの建物内にある広さ6畳はありそうなトイレ付き地下室に監禁されていた。
「なぜワシらがこんな目に……」
「ここは一体どこなのじゃ?」
「左様、ワシらはこの先どうなるのだ」
齢数千年のエルフの長老達は、石造りで出来て仄暗い地下室内で、つい数時間のことを思い出していた。
彼らはフィン共和国内の、エルダーエルフ達の聖地スヴェニアの森の中にある地下神殿で、北欧共同体の国家元首達や世界的に高名な文化人を招く。
元老院議長は、旧ノルド帝国エルフの長老達の中でも最長老に位置付けられる、始祖のエルフ王一族にして太古の昔から議長を務めた大老、アルフィリオン・スヴェニア・エルフヘイム。
元老院議会のオブザーバーとして召集されし国家元首達は、北欧一の軍事大国スーデン王国のエルダードワーフ君主、ビョルン・グスタフ・カール・ファン・スーデン王。
デーンランド大公国より名家出身のドワーフ、ゴール・デン・ガムート大公。
ノルド共和国からはエルダーエルフ出身の共和国議長、ヨーデス・オラフ・ガルボルグ。
フィン共和国女性大統領にして、同じくエルダーエルフ出身の元大貴族、イングリッド・アブ・グッテンブルグと、大統領補佐官のホビット族、エイニ・メイカライネン。
そしてハーフエルフ達の国、地政学上ヒト種と北欧エルフ諸国との緩衝国の、年老いた車椅子姿のホランド王国国王レオ・ポルド・ホランド・クラウス・ベルナドット。
大戦期の生き残りである年老いたホランドのレオ国王は、フランソワからの賠償金を元手に、港湾整備と干拓事業で国土を広げ、ジューの商人達とナーロッパ随一の経済国家になった。
しかしながら昨今は、産業革命を起こして大きな発展を遂げたヴィクトリー及びフランソワの海上経済で押されつつあり、北欧からの圧力で、環境保護政策を推進。
北欧諸国の干渉を嫌ったヒト種の政治家達やハーフエルフ貴族とで深刻な政治対立が起き、仲裁として介入してきたヴィクトリー王国の工作に乗る形で南部のベルヒエ地方が分離独立し、ヒト種の国ベルヒエ連邦共和国が100年前に建国された。
南北分断の憂き目になったホランド王国は、労働力強化と少子高齢化対策として、ヒンダスからの移民を受け入れたため、国内の経済状況と治安状況は悪化の一途を辿るも有効な打開策を見出せず、国王レオが国を憂いていた状況にあった。
またこのホランドの弱体化工作は、北欧共同体によるものと、財団影響下のヴィクトリー王国によるものだろうと、レオは二つの勢力の陰謀を見破っていた。
全てはノルド領域が、財団の工作に乗じて雑種と見下すハーフエルフのホランド人を、滅ぼすための陰謀であると。
転機が訪れたのは、ヴァルキリーと勇者イワネツが復活し、かつて自分たちと契約を結んでいた一団もこの世界に再び訪れたことをレオは知る。
議場で呆けた振りをした国王レオは、世界の救済のため、そして自身の正義を果たすため、震える指先で補聴器のスイッチを連続で何度も押す。
「?」
元老院の面々は一瞬怪訝な顔をするが、レオの補聴器の調子が悪いのだろうと、議会宣言を待つ。
「ホッホッホ北欧共同体諸君、良くぞ集まってくれた。喜べ同胞達や諸侯達よ、集まっていただいたのは他でもない。我らが北欧が信仰する大精霊フレイと、古の民族神バルディが復活なさる。そしてこの時をもって我らは新たな皇帝を頂き、ノルド帝国は復活を果たすのだ」
元老院議長アルフィリオンの宣言に、議場は歓喜に湧く。
呆けた振りをしたレオは、表向き恭順を示すために老眼鏡がズレるほどの拍手を議長におくった。
「素晴らしい! しかし議長閣下、新たな皇帝はどのように選出されるのだ!?」
スーデン国王ビョルンの問いに、議場にプロジェクターが降りてきて、拘束された勇者ブロンドと、スーデン王立特殊部隊の面々が映し出され、議場から驚嘆の声が漏れる。
「貴殿の大手柄じゃ、ビョルン王よ。そなた達の戦士団が、あの忌々しい異世界に君臨するエルフ王を誘き出して拘束した。そして我らは、あやつの双子の皇子達から、次世代の皇帝を選定するのだ。古の法に則りのう」
「おお、ノルド万歳!! 新たなる皇帝陛下選出万歳!!」
議場は拍手喝采になり、元老院議長にして最長老のアルフィリオンは右手で拍手を制する。
「それでは皇帝選定後の、今後の方針を通達する。先帝ヨハンの欺瞞工作でヴァルキリーは我らに協力し、忌々しい雑種のルーシー共とエルゾ、そしてヒト種共の財団を滅ぼすであろう」
元老院の老人達は、悪意に歪み切った笑みを浮かべ、議長アルフィリオンが演説を続ける。
「そうなれば後は我らが精霊人の天下だ。用済みになったヴァルキリーと勇者イワネツにはこの世界から去ってもらう。そして例のエルフ王を我らの手で洗脳し、奴の配下の者共を利用してヒト種共を今度こそ抹殺するのだ」
「なるほど、最長老様。しかしどのように?」
ノルド共和国議長のヨーゼフの問いに、議場のプロジェクターから油田の映像が流れ始める。
「我らが精霊への祈りが届き、ノースシーで巨大油田の開発に成功したのは諸君達も知っておろう? まずはこの油田の力で我らがヒト種の財団にとって代わり、我らが世界経済を握る。そして我らが陰謀をヒト種と雑種共の愚か者共に押し付け、緩やかに滅ぼしてやるのだ」
「と言いますと」
元老院議長アルフィリオンは、300年前に現れた英雄達の唱えた人権を逆手にとった陰謀を、プロジェクターに映し出された映像をもとに嬉々として語る。
まずは男女平等政策と、性差別撤廃政策。
先んじてこの政策を取り入れたホランドは、これにより少子高齢化に陥った。
一見して真っ当な政策に見えるが、これは非常に悪辣な政策で、同性愛者をもてはやすムーブメントを意図的に作り出すのだ。
これに乗じて男女間の区別を無くさせる教育を、子供達に学校教育等を通じて教えさせることで、教育は次世代への呪いとして受け継がれ、この政策を進めた国家は少子化を招く。
次の段階は少子化に陥り、労働力となる若者の数が減ったところで、異なる文化圏からの移民受け入れざるを得なくする。
そうなれば、国内で文化対立が起き、治安が悪化して、やがては国家が分裂状態になるか、治安悪化からの経済活動の低下で国力は大いに落ちてゆくのを、エルフの元老院はホランドで実験したのだ。
「ふふふ、かつてノルドを滅ぼしたヒトとヴァルキリー共の一派めらは、素晴らしい政策を考えたわ。人権、ヒト種共を滅ぼす素晴らしき政策じゃ。我らがエルフはヒトより寿命が長いゆえ、我らノルド一帯が一時的に政策を推し進めても、先に子供が居なくなって死滅するのはヒト共よ」
この悪魔のような計画を最初に立案したのは、密かにノルドの元老院が、ルーシーランド連邦へ工作員として送り込んだ男、ラース・アシェーア・ベーリア。
またの名をルーシーランド連邦第一書記、ラヴリェーンチイ・イリヤである。
この男女平等、同性愛者保護政策は、奇しくも書記長イヴァンが同性愛者だったことにより、ルーシーランド連邦にも取り入れられ、連邦内でも緩やかに少子化が進んでいた。
「おお、さすが元老院最長老様。我らエルフやドワーフの方が長命種ゆえ、先に子供が産まれなくなって疲弊するのはヒト共というわけか」
「ククク、スーデン王ビョルンよ。それだけではないぞ? 我らが推し進めてる環境政策、さらなる段階に入る時がきた。我が北欧で先んじて進めた二酸化炭素排出制限政策と、炭素税の導入の世界政策化じゃ」
「議長閣下、例の環境政策の目玉ですな? これを推し進めることにより、膨大な電力が生じ、炭素税の導入でヒト共の社会が混乱に陥る。そして中東のヒト共の石油依存を脱却させるでしたか?」
「左様、こうしてルーシーのスパイより得られたあの力。スーデンの技術力により、原子力の発電所を我らノルドを除く世界各地で建設させる。あとは頃合いを見計らって工作員による事故でも起こせば良い寸法よ。さすれば、我が油田の価値がさらに上がるであろう? 周囲のヒト共も同時多発的に起きる原発事故で滅びるゆえ一石二鳥じゃて」
ヒトという種族に対して嘲笑がする議場で、レオは怒りを心に押し込めながら、呆けた振りをして愛想笑いを浮かべた。
「そしてこの抹殺計画を確実なものとするため、次なる手は、雑種ルーシー共が引き起こした戦争で、世界的な食糧危機が起こるであろう? であるなら我らはヒト共と雑種共の食糧危機に乗じるのだ。アレを持て」
エルフの侍従が、虫の音がするカゴを議長アルフィリオンに頭を下げながら両手で手渡す。
「これはのう、我がエルフが品種改良によって作り出した食用コオロギじゃ。じゃがこのコオロギ、食し続けると徐々にガンを引き起こす。他にも無精子症、堕胎と不妊の効果があってのう。これを食糧援助という名目で、粉末にして小麦などに混ぜ込み、我らノルドが世界へばら撒けばどうなるか?」
「おお、ヒト共と雑種のルーシー共の数が減って、我らがノルドが地上をわけなく支配できるというわけですな」
「然り、薄汚いヒト共や雑種共など、虫でも食べて滅びれば良いのじゃ。カッカッカッカッカッカ!!」
民族浄化を宣言した議長アルフィリオンが、指をパチリと鳴らすと、プロジェクターから、スーデンで流行りのミュージシャン達が重低音のイントロを演奏し始める。
そしてヴォーカルが、ヴァルキリーを侮辱するような歌詞のデスメタルを大音響で奏でるライブ映像が流れる。
「愚かなヒトの神、ニョルズとフレイアが画策した我らが精霊領域の侵略は終わり、我らが精霊種の真の夜明けじゃ!!」
「数万年にも及ぶ我らが悲願、薄汚いヒト共を今度こそ抹殺できる! ノルド万歳!! エルフ万歳!!」
「うははははは、我ら長命種のエルフが、耳短く薄汚いヒト共と雑種共を滅ぼす!! なあに、あと数100年もあれば奴らを駆逐できるはずだわ!! ふはははははは、アーッハッハッハァ!!」
悪意が議場に満ち溢れていた。
数100年のスパンをかけたヒト種の抹殺計画全てを盗聴器に流したレオは、老いた体に力を込めて、足を震わせながら車椅子から立ち上がると、加齢により震える右手を挙げる。
「なんじゃホランド王よ? 少しはボケが直ったか?」
「ヒトの血が混じったハーフエルフや愚かな雑種、ルーシー共やジューは、我らと違い短命ですからなあ」
「どうせボケてまた寝言を吐かすのであろうて」
デスメタルの重低音と、髪の毛を虹色に染め上げ、顔中ピアスだらけのど派手な化粧をした女性ドワーフヴォーカルの歌うダミ声が議場に響き渡るなか、レオは呆けた振りをやめて目に力を込める。
今こそ正義を果たす時であると。
「元老院議長閣下ならびに、お集まりの諸侯諸君……残念ながら……滅びるのはうぬらじゃ!!」
レオ王がしわがれた声で宣言した瞬間、ライブ映像のデスメタルを奏でるバンドマン達が、黒いハット帽に黒スーツの集団に掴まれて、有無を言わさずどこかに拉致される映像が流れる。
「な!? なんじゃああああああこりゃあああ!?」
元老院議長が絶叫する中、ライブ映像から点滴棒を左手に持ち、直角に腰が曲がった体を黒の着物に身を包み、白ヒゲを蓄え、角の生えた兜を被る老いたドワーフが映り込んだ。
「だ、誰じゃこのドワーフ!?」
続けて映像に映し出された年老いたドワーフが、加齢とアルコールの飲み過ぎなのか、震える右手でマイクを手に取る姿が映し出され、黒スーツのエルフの男の一人が、ボリュームを最大にしたラジカセをオンにした。
すると演歌のイントロが大音響で流され、年老いたドワーフの顔がシャキッとして歌を口ずさむ。
「義理と人情を〜♪ 背負う男の〜、勇者な〜生き方♪ 生き様よ〜♪ 勇気と、仁義を〜心に秘めて♫」
拳を効かせながら、老年のドワーフが大声量で歌う演歌に、議場の一同が唖然と見つめる。
その瞬間、元老院議会入口の観音扉が大音響と共に爆発して、黒スーツの男達の集団が一斉になだれ込んできた。
「動くなてめえら!! 動くと殺すぞ!!」
全員が魔法銃で武装し、大理石で出来た議会の天井へマシンガン掃射して、議場の一同がパニックに陥る。
「な、なんじゃこやつら!! ワシらを誰だと!?」
「うるせえ!!」
「ぎゃああああああああ」
スーデン王ビョルンが、席上で黒スーツの男達に取り囲まれて殴る蹴るの暴行を受け、ホランド王レオを除く議会メンバー達が、黒ずくめの男達に羽交締めにされていく。
しばらくすると、護衛のドワーフ達を従えた憤怒の表情をした六代目極悪組若頭、ダークエルフの勇者スルドが議場に姿を現し、レオ王の方に歩み寄って頭を下げる。
「今は亡き二代目組長との盟約を果たしてくださり、ありがとうございます。ここは自分らがシメときます。護衛の者もつかせますんで、お気をつけてお帰りくださいレオ陛下」
スルドの差し出した手を、年老いたレオは両手でしっかりと握り締めた。
「あなた方を、お待ちしておりました。英雄達が復活し、悪が滅ぼされるのを、ワシはずっと、ずっと……」
涙を流しながら頭を下げるレオに、スルドは深々と頭を下げる。
「来るのが遅くなって申し訳ありませんでした。あなたのおかげで、こいつらの陰謀は世界が知ることになりましたんで。さあ、陛下、本国にお帰りください。これから少々手荒なことになりますので」
レオは補聴器に見せかけた盗聴器を議席に置き、電動車椅子に腰掛けて、警護のドワーフ達と共に議場を後にすると、レオの方に頭を下げる長身を緑の着物に身を包んだエルフを見る。
「どうか、あとはお願いします。我らが真の王陛下」
「ええ、後始末は私が。お気をつけてお帰りください、レオ国王陛下」
勇者ブロンドは、かつて協力者に仕立て上げたレオに連絡を取り付け、彼が盗聴した元老院の陰謀をフリーのジャーナリストを使って世界中に放映させた。
全てを白日の元に晒して、彼ら極悪組がこれから行う落とし前の大義名分を作ったのだ。
その時レオは、勇者ブロンドの背後に佇み、漆黒の鎧に身を包んだ老いたエルフの騎士ともすれ違う。
お互いに頭を下げたあと、黒騎士エドワードと呼ばれた元王子、アレクセイ・イゴール・ルーシーが勇者ブロンドと共に議場へと歩み出す。
自分の親分の足音を長い耳で聞いたスルドは、アゴで黒ずくめの男達に合図し、自身の親分の通り道に、エルフ特性のレッドカーペットを敷いていく。
勇者ブロンドが、敷かれたレッドカーペットを歩み、議場に姿を現すと、勇者スルド一同が一斉に深々と頭を下げた。
ブロンドは、議場の者達に気迫を込めた目で睨みつけた瞬間、自分たちがハメられたと理解したエルダーエルフやドワーフ達が一瞬ブロンドを見やる。
「何人か、300年前にも顔を合わせたことがある者もいるようだが。お前達、よくも私の家族を悪事に引き入れようとしてくれたな?」
ブロンドの怒りを伴う気迫に、議長のアルフィリオン以下全員が、一斉に目を逸らすとブロンドは呆れて鼻で笑う。
「ふん、こんなヨゴレ共に、この私がいちいち声をかけるのも馬鹿馬鹿しいか。だが、私は、エルフの勇者として言わなければならないことがある」
議長アルフィリオンは、目の前に現れたエルフの皇帝に等しい宝石のような青い目の勇者を仰ぎ見る。
それは、かつての主神フレイから聞き及んでいた最初に生み出した起源のエルフだった。
「問おう、この世界のエルフの元老院諸君。私こそが数多の世界を統治する極悪組六代目組長ブロンドにして、数多の種族の幸福を求めて統べる者、グルゴン・トワ・エルフヘイムである」
黒ずくめの集団に羽交締めされ、呆気に取られるエルフ元老院や議場に集いし者達は、関節を極められて無理やりブロンドに跪かされた。
「渡世名ではなく、王として問う長老達よ。先ほどの貴様らの悪意は全て耳にした。貴様達はそこまでしてヒトを絶滅したいのか? 貴様らはそこまでヒトを憎いか? なぜだ!?」
問いかけられたアルフィリオンは、王と名乗るブロンドに怯えながら声を発せずにいた。
彼の思想はエルフ至上主義。
長命種のエルフに劣った全ての人種は、自分たち選ばれしエルフに頭を下げて、全てを受け入れるのだと歪んだ思想を胸に、行動してきたに過ぎないからだ。
「親父さん、自分はこいつらの心根を読みました。こいつらは将来を見渡す深慮遠謀も、他者と融和しようという思慮分別もありません。断言しましょう、こいつらは自分たちだけが繁栄すればいいとのたまう、クズ共です」
冥界魔法で元老院達の心根を読んだ若頭スルドは、自身の親分が相手をする必要がないと断じ、精神が弱体化した相手に心の内を話させる冥界の魔法“自白”を議長アルフィリオンへ発動させた。
「この青二歳共がなめおって。ワシらエルフは太古の昔から神々に選ばれし高潔なる白人種だ!! 貴様のような若造や黒き肌の汚れたダークエルフがワシらを……え!? ちょ!! 違う、今のは!!」
「黙れ下衆ッッ!!!!」
勇者ブロンドが神々や精霊達も畏怖するような覇気、弱気を助け強きを挫くとされる、侠客が放つ侠気のオーラを放つ。
「何が選ばれしエルフだ!! 何が高潔だ下衆共!!」
勇者ブロンドの両眼には、青白く燃えるような輝きが宿り、数多の悪徳が蔓延る世界を、己の侠気で救ってきた勇者の輝きを放つ。
「貴様らは悪だ!! 弱きを虐げて世界と人々を歪める悪だ!! 貴様らのような悪、私は絶対許さん!!!」
圧倒的なブロンドの気迫に、アルフィリオン以下エルフの元老院の長老達は気圧される。
圧倒的なオーラに誰一人、抗弁して歯向かう者がおらず、長い沈黙が場を覆い、勇者ブロンドはエルフの元老院に呆れた顔で眺めながめてため息を吐いた。
「貴様ら下衆に、もはや私が話すことなど何もない。後はどうぞアレクセイ殿、世界を救うための宣言を。自分の若頭が仕切りますんで」
勇者ブロンドは勇者スルドを見やる。
スルドは自身の親分でもあり、ハイエルフのブロンドを尊敬して崇拝している。
二代目時代から自分を若頭補佐に取り立ててくれ、その生き様から男とは何かを学び、自身も名誉ある勇者に引き立ててくれたことで、この親分のためなら死ねるという域まで達し、絶対的な忠誠を誓っていた。
その自分に仕切れと命令を下されたからには、絶対な忠誠を持って親分に応えようと、全身全霊をもって応える。
親分が何を考え、若衆の頭である自分が親分のために成すべきことを、自分の采配で決められる権限も地位も与えられたからだ。
「はい、親父さん。アレクセイ殿、こちらへどうぞ」
勇者ブロンドが無言で腕組みして佇み、漆黒の騎士鎧に身を包んだアレクセイを見た議長アルフィリオンが、彼の正体に気がつく。
かつて自分が、女帝ヨハンと精霊神フレイに面通りさせたルーシーの王子だったことを思い出し、羽交締めされながらアレクセイを指差す。
「あ、あ、ああ。お前は、ルーシーの!!」
続けてアルフィリオンがアレクセイを罵倒しようとした瞬間、背後の黒ずくめのダークエルフから、頭を思いっきり叩かれた。
「このクソボケらに一言どうぞ、アレクセイ殿」
スルドに促され、アレクセイは決意を込めてスウっと息を吸い、議場で羽交締めにされた者達を睨みつける。
「お前らなんぞに、もう二度と世界を陰謀まみれにさせてなるものか! 私は、いや余こそがルーシー王、アレクセイ・イゴール・ルーシーなり!! 我がルーシー家こそが世界のエルフを統べるべく生まれし、真の王位正統後継者である!!」
ブロンドがアレクセイの宣言に拍手し、極悪組一同も親分に倣う。
「ありがとうございます、アレクセイ陛下。おいスルド、後はお前から適当に、こいつらクサレ外道共に沙汰を下しとけ」
「はい」
若頭のスルドは、敬愛する親分の命令を受けて息を吸い込み腹に力を込める。
「クルァ!! このクサレ外道共ッ!!」
スルドの怒声に、一同が怯えながらスルドの方を見るも、地獄の情念のような冥界のオーラを纏う彼に、全員が萎縮して下を向く。
「うちの親父さんが、てめえらみてえなヨゴレとは口もききたくねえって言うからよ、俺からてめえらに口きいて沙汰を下してやる!」
羽交締めされた面々に、ナイフを持つ黒ずくめのダークエルフ達がにじり寄る。
殺される……。
一同が死を覚悟したが、ダークエルフ達が一斉に彼らの長い耳を引っ張り上げ、冷たい切先が耳に当てる。
「え? ちょ!?」
「やめろ!! いや、やめてください!!」
「我らがエルフの象徴の耳を落とすのだけはどうか!!」
「やめて、それだけは!!」
「我らが命よりも大事な耳を!」
エルフにとって、耳は数々の格言やことわざも残る、民族の象徴であり、彼らにとって長い耳は誇りである。
だが、泣いて懇願するエルフの長老達や元首達に、スルドは無慈悲にアゴで合図した瞬間、一斉にダークエルフ達が彼ら彼女らの右耳を切り落とす。
「ぎゃああああああ!」
「やめって言ったのに!」
「ぎゃあああ悪魔だあああ」
泣き叫ぶエルダーエルフ達に、スルドは鼻で笑う。
「ふん、何がエルフの誇りだ。てめえらのようなクサレ外道共なんか、もはや同族とも思わん! しかもジューって人々、てめえら散々自分たちの道具にしてきやがったろ?」
エルフの長老達の陰謀により、ヒト種の古代ロマーノ帝国とエルフ達を戦争させ、ジューと呼ばれる人々やルーシーランド人達が憎しみに駆り立てられた元凶であると勇者スルドは冥界魔法で心根を読み、全てを看破していた。
「耳を落とさないと、社会で生きられない人々を生み出した元凶共! てめえらは今、その報いを受けろ!!」
悲鳴と阿鼻叫喚の中、暴行を受けたドワーフ王のビョルンは、ダークエルフ達に押さえつけられながら、両手の小指、人差し指、親指も切り落とされた。
「ぐああああああああ、戦士にとって命よりも大事な指を! ひっ、ひいいいいいいい!!」
「てめえもだ外道め、何が戦士だ卑怯者の陰謀野郎。てめえらエルフに便乗して、金儲けと戦争したくてしょうがなかったんだろうが。てめえはもう二度と、銃も剣も扱えねえようにしてやる」
ドワーフ王ビョルンは激痛のうちに失神し、ダークエルフの若衆が二人がかりで抱き起こす。
「それでよお、てめえもてめえらの家族も、この辺り一帯の奴らも全員、うちらが身柄取る!!」
耳や指を切り落とされて、もはや抵抗する意思も無くなった議場の全員が絶句する。
「そ、そんな……家族は孫達やひ孫達はどうか勘弁を」
「うるせェクサレ外道共が!! てめえらに拒否権はねえと思え!!」
スルドが、配下のダークエルフ達で構成された打悪会の面々にアゴで指図した。
「おう、コノヤローら全員さらえ。これから本部で本格的なケジメとらせるからよお」
「はい会長!! うるぁ! こっち来ぉコノヤローら!!」
議場から議会の面々が連れ出され、極悪組の面々とアレクセイだけが議場に残った。
「後は、勇者ヴァルキリーの計らいで、マスメディアが来る手筈になってます。メディアに、あなたからこの世界の陰謀の真相と、今度こそあなた方の同胞が救われるための、即位宣言を」
「何から何まで感謝いたします。あなた方のおかげで、私も心に押し込めた勇気が蘇ったようです。ありがとうございました」
アレクセイとブロンドは、お互いに両手を握り合って、この世界のエルフの救済を誓い合う。
そしてプロジェクターからは、点滴棒とマイクを手にした老年のドワーフが、組歌“任侠一筋男道”を何度もリピートして歌い続けていた。
「……スルドよ。舎弟頭に、オルテの兄弟に、歌はもういいから怒倭亜夫興行全員、一旦撤収しろと伝えてくれないか?」
「はい親父さん。あー叔父貴、撤収です。歌は後で存分に歌ってください。あのー叔父貴ー? 聞こえますかー? おーい……」
こうしてエルフの長老達は、六代目極悪組総本部地下室の一角に連行されて現在に至る。
「あ、甘くみていたのだ。我らはあやつらを」
「わ、我らはこれからどうなるのだ?」
口々に長老達が呟く中、黒のリボンと黒のドレスを着けた黒猫が、いつの間にか地下室に入り込んで、にゃーと鳴く。
「ん、猫? どこから入って来たんだ?」
エルフの長老達が黒猫を撫でようとした瞬間、爪を立てた黒猫が撫でようとしたエルフを引っ掻く。
「ぎゃッ、痛ッ!」
「僕に気安く触れないで欲しいんだにゃ」
女性の声で黒猫が話すと、地下室のエルフ達一同困惑する。
「僕は六代目極悪組の副組長、エイムって猫さんなんだにゃ。組長に代わって、僕からこれからの君たちに色々と必要な話をしに来たんだにゃ」
「猫が話……だと?」
「何だニャ? なんか猫さん舐められてるニャね。ナメられたらこの稼業はやってけないんだニャ。そういうわけで相応しい姿に戻るんだニャ」
副組長と名乗る黒猫エイムが、地下室内でジャンプすると、ドレス姿の美しい猫耳の女魔族へと姿を変えた。
「ひっ、化物!」
「化物じゃないにゃ、化け猫さんなんだにゃ。これからする僕の話をちゃんとよく聞かないと、猫パンチで頭吹っ飛ばすにゃよ? シュッシュ」
まるでボクサーのように、黒猫エイムがジャブを披露した後、壁にストレートパンチを繰り出すと、大音響が地下室で響く。
地下室のコンクリート壁に、クレーターのような大穴が空き、華奢な体から繰り出されたパンチ力に、エルフの長老達が短く悲鳴を上げる。
「おっとっと、いけないにゃ」
土の魔法でエイムが壁を瞬時に修復し、恐怖に包まれたエルフ長老達に微笑みながら、ドレスからキセルを取り出して煙草を吸い始めた。
「ふー、組長や若頭は男を売り、男を上げるために色々忙しくて、いちいち君たちに構ってあげられないんだにゃ。そういうわけで、組を預かる副組長の猫さんの出番ってわけなんだにゃ」
副組長というのはナンバー2の若頭とは違い、組の跡目を継ぐ権利はないが、勇者の活動で忙しい組長の代行として組織内を取り仕切るなど、組織運営の点で言えば若頭よりも立場が上である。
「わ、ワシらは!? ワシらはどうなるんだ!? ノルドの者達は!?」
「そうにゃね、まず君たちの家族やノルド一帯の人達にゃ。みんなでうちの組が斡旋する仕事に就いてもらうにゃ。子供達の教育費を稼いでもらうんだニャ」
「きょ、教育費?」
「そうだニャ。子供達には、キチンとした大人になるための教育を施すんだにゃ。そのための教育費用は、親が払うのが当然の話なんだニャ。でも学校は全寮制だからお金がかかるんだニャ」
ノルド一帯の子供達は、仁愛の世界と呼ばれる世界で、極悪組が運営する全寮制の私立学校に入学させて、教育されることになる。
そのための高額な養育費は、親に支払わせるという段取りが出来上がっていた。
「ま、どれくらい教育に年月がかかるか、猫さんにはわからないけどニャーン」
「そんな……その金は一体いくらかかるんだ」
「んー、金にして全体で100兆ゴールドかにゃー? でもうちの消費者金融でローンも組んでもらうし、利息の返済もあるんだニャ。子供を真っ当に育てるのって大変なんだにゃ」
ノルド一帯は、子供達への教育という大義名分のもと、極悪組から徹底的に絞りとられる運命にあった。
「あ、そうそう、君らの最長老さんにゃ。新しい仕事を僕らで用意したんだニャ。まだ修行中にゃけど爆笑ものニャよ」
地下室の壁に、副組長のエイムが魔法で映像を映し出すと、最長老アルフィリオンが、ダークエルフの若衆達に無理やり食用コオロギを食べさせられている。
「んんんんんんん、ゲッホゲッホ、ンンンンンッッッ!!」
「オラァ!! 食い物こぼすんじゃねえジジイ!! てめえは修行積んで、人様を笑顔にするリアクション芸人になるんだからよ!! コオロギ一気喰い早くやれや!! 終わったらケツで割り箸割る芸の修行やんぞ!!」
「にゃははははは! ガッツ溢れる芸人根性が芽生えるには、ちょっと時間がかかるかもにゃあ。ま、多分、あの感じじゃ芸人になる前に、心がもたないかもだけど。売れっ子のお笑い芸人目指して頑張ってほしいニャ」
エルフ最長老のプライドが打ち砕かれて、尊厳破壊を受けている映像を見たエルフの長老達は、恐怖で体が震えて涙目になった。
「あとは君たちの処遇ニャね。今から君らがお世話になる社長さん呼んできたニャ。どうぞーヘルマン社の社長さん」
地下室のコンクリート壁が観音開きのように開くと、いかにも高級そうな毛皮のコートを着る、犬耳を生やした老婆がエイムに頭を下げる。
「いつもうちの組をご贔屓にしてくださり、ありがとうございますニャ」
「いえいえこの度は当社をご利用いただき、ありがとうございます、エイム様。この方達が、例の派遣労働を引き受けてくださる、勇気ある労働者の方々ですね」
なんの仕事をさせられるんだ?
エルフの長老達一同、緊張と不安と恐怖が入り混じったなんとも言えない表情で二人のやり取りを眺める。
「紹介するにゃ。うちの組が大変お世話になってる、人材派遣業を営むヘルマン社のビョルグさんだニャ。社長さんも君達と同じノルド出身なんだニャ」
「え!?」
彼らは、元々はノルド出身の社長と呼ばれた老婦人、獣人族のウェアウルフと呼ばれた種族の社長をまじまじと見つめる。
彼女は300年前に、劣等種として彼らエルダーエルフ達が差別し、肉体奴隷にしていた種族の出身だったのだ。
「因果応報な話なんだニャ。かつて君達が奴隷に貶めた彼女が社長さんで、お前らはその派遣社員なんだニャ」
「いえエイム様、私にはノルドのエルフに恨みはありません。あの日、子供だった私は、母と奴隷市場で売られる最中、空飛ぶ大きな船が現れて。エルフの勇者ブロンド様が我々を救ってくださった。母に仕事と住居を与えてくださり、私は学校で教育を受けて……友達も家族もできて、会社も興せました」
「そっかー、さすが社長さんは器が大きい人なんだニャ。で、君たちはこれから、ちょっとだけ過酷な惑星に労働者として派遣されるニャ」
「え゛?」
長老達が絶句する中、エイムは尻尾を振りながら話を続ける。
「希少金属の眠る鉱山で、ほんの少し危険な採掘のお仕事してもらうんだニャー。短気だけど気は優しい受刑者の先輩達が、手取り足取り仕事を教えてくれる、アットホームな職場だニャ」
これからエルフの長老達が労働者として派遣されるのは、放射線が降り注ぐような危険な惑星の開拓事業の一環で、流刑された囚人達と共に、惑星の鉱山で希少金属の採掘作業を行う過酷な職場である。
「タコ部屋……じゃなかった。一応社員寮もあって、三食風呂有りベッド付きなんだニャ。沢山働いて子供達の教育費をガンガン稼いでくるニャ。ざっと100年か200年働けば、教育費差し引いても結構なお金になるニャ。派遣労働の仲介料も僕らがいただいて、みんなでお金稼げて幸せなんだニャー」
「作業に必要な貸与品は、全て我が社の福利厚生で補いますので、安心して働いてください」
エイムが指を鳴らすと、絶望の表情を浮かべるエルフの長老達が、本部当番の組員達に羽交締めにされて連れていかれる。
「あ、悪魔だ。お前らは悪魔だああああああ!!」
「んー、昔エイムも悪魔って呼ばれたニャ。さて、お仕事終わったし、エイムは本部の事務所でチュールシェイク飲みながら、テレビ見ながらゴロゴロまろまろするニャ。あー疲れたニャ」
独り言ちながら伸びをしたあと、黒猫姿に戻ったエイムは地下室をあとにした。
そしてチーノ共和国の魔女軍団を討伐し終えた極悪組の組長ブロンドに、エイムから連絡が入る。
「うむ、わかった副組長。ああ、残念ながらまだ帰還は先になる。ああ、よろしく頼むよ」
ブロンドは最新式通信機の通話を終えると、チーノ共和国平等党を乗っ取った筈の若き大子党リーダーの周珍平が、独特な民族衣装を身に纏った背の低い男に、襟首を掴まれて拘束されていた。
男は周珍平を引きずりながら、勇者ブロンドの前に立つ。
すると先ほどまでブロンドと共に戦ってたアレックスの影に、エルゾ王女のレイラがサッと隠れて、ジョンもティアナも緊張のあまり冷や汗を流す。
「君もエルフか? 私が見るに、すごい力を秘めているようだ。私の名はブロンド。本名はグルゴン・トワ・エルフヘイムという。君の名は?」
「我が名は、エルゾ王国王太子。イソ・カムイ・ニシパポウ・マキリ・ルーシーと申します。あなたもわたくしと同族のようだが、何故チーノ共和国首都大都に?」
チーノ共和国首都に勇者イワネツの実子にして、世界最強の男、神威が現れたのだった。
次はアレックスサイドの話になります




