第268話 新女王は楽に戴冠式を終えたい 中編
私はバスローブ姿で貴賓室に戻ると、ティアナやレイラちゃんが驚いた顔でこっちを向く。
「アレ? ヴァルキリー様、随分お風呂早いですね」
「ええ、入って5分くらいしか経っていませんわ〜」
へ? 結構クロヌスと長話してたんだけど。
ああそうか、彼女が接触してきたから時空が歪んで彼女達と私の体感時間と差が出たようね。
「あ、まあ戴冠式で色々やらなきゃいけないことあるから、早めに着替えようって思って。どれどれ、クローゼットの中はっと」
貴賓室のクローゼットには、様々なドレスが入ってて、カラフルなものから、白を基調にしたウエディングドレスみたいなものまで沢山入ってる。
「わー、いっぱい入ってる。ティアナはこの中でどれがいいと思う?」
「あ、はい。えーと式典だし厳かな雰囲気のものがいいですから……えーと、これなんかは?」
白を基調にして金で刺繍されてる、清楚風だけどバッチリ目立つドレスをティアナが選んでくれた。
「うん、じゃあこれにする。あーでも、赤のドレスもいい感じだし、この花の刺繍が綺麗なドレスも……まあ、いいか」
私はバスローブ脱いで下着姿になる。
ドレスの着付けをティアナに手伝ってもらうが、ちょっと胸の辺りが苦しい気がするけど、まあいいか。
「うん、あとはアクセサリーをつけてっと。あ、クローゼットのタンスに全部用意されてる。えーと、私の魔法の首飾りはそのままで、あ、このダイヤの指輪いいわね。この時計なんかも綺麗。でもあんまりごちゃごちゃつけ過ぎても、なんかアレだし……」
するとレイラちゃんが、めっちゃ物珍しそうに、ドレス姿の私を見つめてる。
「あ、レイラちゃんも着てみる? 丈はちょっと詰めなきゃあれだけど、これなんかどうかな?」
ピンクを基調とする綺麗なラメが入ったドレスを、レイラちゃんに渡す。
さすがに特攻服で戴冠式はまずいしね。
「あとあんまり素肌が見え過ぎてもアレだから、このストッキングなんかいいかも。あと靴はこれかな?」
試しに着せてみると、まるでお人形や妖精みたいな感じでめっちゃ可愛い。
「この靴、ちょっと歩きにくいですわー。それになんかちょっと変な感じがしますわ〜」
「いや、大丈夫よ。すっごい王女様っぽい。けど、あなたがこっちにいること、親御さんはご存知なのかな?」
「いえお気に召さず。お父様とは会いたくも、話したくもありませんことよー」
ああ、反抗期ね彼女。
そうよねー、私も転生前にお父さんと一緒だとなんか気まずいし、嫌だなーって思ってたから気持ちはわかる。
それに彼女の父はエルゾ王太子、カムイだったか。
やっぱり、話したほうがいいわね。
一応、そういうのは大事なことだし、ルーシー連邦と組んで世界を憎んでいるっぽいけど、もしかしたら考えを改めてくれるかもしれないし。
「未成年のあなたを預かってる立場だから、私からうまく言っておくわ。お父さんの連絡先を教えてくれるかな?」
レイラは渋々と私にエルゾ王国の電話番号を教えてくれたから、貴賓室の豪華なアンティーク基調の電話を使って連絡を試みた。
「タネポ、ウヌカラン、ナイランカラプテ。タパン、アスルアシ、エルゾー」
……繋がったけど、ジッポンとも全然言語体系が違う。
「あの、標準語はわかりますか? レイラ王女の件で王太子殿下とお話ししたく。私は、この度ヴィクトリーの女王に即位するマリーと言います」
意味通じたかしら?
なんか不安になってくるけど、大丈夫かな?
あ、回線が別のところに繋がったわ。
「わたくしはエルゾ王国王位継承者にして、王太子のカムイです。あなたはヴィクトリー王国の女王? マリーという名は聞いたことございませんが要件は? 娘はどこに?」
お、カムイ本人が出てくれた。
さすがに娘さんの名前出せば、イタズラ電話と間違えられずに済んだわね。
ていうか声の感じがイワネツさんとそっくり。
「ヴァルキリー様、彼は、最高のアスリートとして名を馳せ、エルゾのチャンピオンカムイは世界最強の男の異名を持つ、史上最強の格闘家です。イリア共和国で行われる総合格闘技の試合でも、対戦相手を瞬殺したのを、幼い時のあたしも見ました。勇者イワネツの息子との噂も」
ティアナの言う通りやはり彼は、イワネツさんの息子なのか。
格闘技の世界チャンプにして王子ね。
「ええ、殿下のご息女は、私の戴冠式にエルゾを代表して出席していただけます。彼女に代わり、あなた方に感謝をお伝えしますわ。王太子殿下」
「……あなたは天女様か。我が父と300年前の世界を救ったという。娘の安否を確認したい。レイラは今、ヴィクトリーのどこに?」
「レイラちゃん、お父様から電話が……」
「お話したくございませんわ! わたくしはもう、お父様とエルゾとは関係ありませんことよー!」
うっわ拒否感ハンパないわね。
そういうこと言うと、世のお父さん傷つくのに。
「……だそうです」
「娘の声を聞かせていただき、ありがとうございます。どうやらあなたは、信頼に値うる方のようだ。娘の、王女の声を聞き安心しました。これで心置きなく、国と民族の誇りにかけて父と戦える」
「え? 勇者イワネツと戦う?」
いやいやいや、無謀すぎる。
いくら息子だからって、あの人は戦いにおいて手加減するほど優しくない。
「それはいくらなんでも無謀です。彼は、神々すら恐怖する力を持っている。それに私よりも強い力も持っています」
「いえ天女様。戦争ではなく、父とはルールのあるスポーツで決着をつけます。父とは、いましがたボクシングの試合を約束しました」
ボクシング!?
そっか、ジローもイワネツさんも龍さんも、あのヘラクレスもスポーツ振興を望んでいた。
だけどボクシングって、イワネツさん相手に!?
絶対無理だわ。
するとレイラちゃんが、不安そうにこっちに振り向く。
「多分お祖父様では、お父様に勝てませんわ。拳を交えた感想ですが、お祖父様よりお父様のほうが強い。世界最強のチャンピオンですことよー」
ちょ!? 拳を交えたってレイラちゃん、イワネツさんと殴り合ったの!?
この子、めっちゃ強いと思ったけど、そこまで強い!?
「ヴァルキリー様、こいつの言ってることは本当かも知れません。あの勇者様が、本調子じゃなかったとはいえ、こいつにダウン取られてました」
うっそマジ!?
じゃあレイラちゃんが言ってるのは、あながち間違いじゃないのか。
「父上は、わたくしが自分の息子であるならば、拳で語れとおっしゃいました。わたくしは自分を認めさせるため、父に民族の偉大さを示すため、明後日ジッポンの国技館でタイトルマッチを行う予定です」
はあ!? 明後日なのそのタイトルマッチって。
しかも、ボクシングのタイトルマッチをジッポンでやる!?
いや、聞いてないし、なんなのそのメチャクチャな展開。
だが、彼には私からどうしても、伝えなきゃいけないことがある。
「あなたの、エルゾのことは聞きました。スポーツ振興を世界から制限されて、ジッポンから虐げられてたことも。あなたがルーシー連邦と手を結んで、世界に復讐を企てていることも。ルーシー連邦は、あなた方から提供されたプルトニウムで、復讐爆弾という核ミサイルの暴力で、世界を戦火に包もうとしている」
「ご存知だったのですね。その通り、わたくしカムイと連邦のイヴァンは、同族にして同志。我々は、長年この世界から虐げられた。あなた方が救ったといわれる世界で……我々民族は救われなかった」
やはりか。
彼らは、かつて救った私たちの世界を憎んでる。
そして彼らエルゾが崇拝するバルディこと、バルドルの意思が、彼らを戦火に導いてるんだわ。
「それは許されない。その兵器は、世界を滅ぼす力がある兵器。全てを業火に包み込む絶滅兵器です。そんなことはさせない」
「じゃあ、わたくし達はどうすればよかったのだ!? いまだに我々エルゾと同族のルーシーは、この世界から差別を受けている!! 我らと、我らが子供達が、なぜ生まれながらにこんな理不尽を受けねばならないのだ!!」
彼らの言い分はもっともだ。
これは、私たちが300年前にやり残したこと。
だから今度こそ、彼らの憎しみと差別の歴史を終わらせる。
「復讐の果てに、我らが民族に救世主が現れると精霊バルディはおっしゃった!! 私と民族の守り神の精霊がそれを知らせてくれたのだ!! 新たな我らの民族救済の英雄の名は、我らとルーシーの正統後継者、アレクセイ・イゴール・ルーシー二世」
アレックスのことか。
やはりバルドルは彼らを影響下に置いている。
エムも利用しながら、復活が目前に迫ってるようだけど、させないわ。
「彼のことね。残念だけど、彼はそんなことを望んでいない。彼は学者とスポーツ選手を夢見る学生よ。彼と、彼の家族はそんなことを望んでなんかいない」
「違う! 正統なるルーシーの女王マリア様の子にして、我らが民族の救世主だ! 彼に精霊バルディが宿り、我らが民族に救いをもたらすために……」
「アレックスはそんなの求めてませんわ!! お父様は間違ってる!! 彼はエルゾのみならず、この世界の希望です!! そして彼とわたくしで、みんなの力で世界を変えてみせます!」
レイラちゃん、アレックスのことが大好きみたい。
そしてもう一人の彼女も。
「カムイ殿下、わたくしシシリーのラツィーオ侯爵家次期当主、ティアナ・デ・ラツィーオと申します」
「ラツィーオ? 侯爵家のあなたがわたくしに何か?」
「殿下、王女殿下の言う通りです。彼は、アレックスは世界の希望。あなた達だけのアレックスじゃない」
彼女達の言う通り、彼は世界の希望だ。
そして、今のカムイのように、世界を憎んで滅ぼそうとした彼も……世界を救うために立ち上がった。
「カムイ殿下。あなたと同じような苦しみと、怒りで世界を滅ぼそうとした人がいました。けど彼もまた、この世界を救うために、家族のために正義を果たそうとしている」
「誰でしょう? 差し支えなければ教えていただいても?」
私の魔法の水晶玉が振動し、午前8時を示したと同時に、勇者ブロンドから連絡が入る。
「失礼カムイ殿下、一旦お待ちを。私です。ええ、わかりました。さすがですね勇者ブロンド。殿下、そちらでヴィクトリーのVBC放送、ご覧できますか?」
「ヴィクトリーの国営放送ですか? 可能ですが……これは!?」
私の協力者のジャーナリスト、オスカージョンソンが、この世界を長年蝕んでいた差別主義者達の陰謀を暴露していた。
「VBC緊急特番です。我がヴィクトリーで、伝説のヴァルキリー様が戴冠式を迎えようとする中、オスカー記者、あなたの報道が真実ならば、世界を滅ぼす陰謀が北欧で?」
「はい、ブライトキャスター。今、私が流した音声は、まぎれもなく真実です。この世界を長年蝕んだ悪意は、この北欧に潜んでいたのです。数千年の昔から、民族の分断を煽り、大戦を引き起こし、世界を破滅させる陰謀を。吐き気を催す邪悪の真実。この私、オスカー・ジョンソンがお送りします」
エルフの元老達の、偽善と欺瞞に満ちた音声が流れ始め、あまりの悪辣さに私も嫌悪感を覚えた。
彼らこそが、ヒトとルーシー達の破滅を願い、善意を装って滅びを願っていたオーディンとバルドルの使徒達。
差別と分断をエルフ達に植え付け、ノルド帝国の復活とヒトの絶滅を願った邪悪。
「まさしく世界を変える特大スクープです。近年、世界から賞賛されてきた北欧諸国の政策に、そんな邪悪な陰謀が。オスカー記者、情報源は?」
私は、魔法の水晶玉でジョンソン記者の携帯電話に連絡する。
「はい、今、世界を救うべく情報提供者から。ヴァルキリー様、いや我らが女王陛下! この私に悪を暴き、正義を果たす機会を与えてくださり、ありがとうございます!!」
「いえ、ジョンソン記者。この世界から悪は滅び去るべきです。素晴らしい報道、一流ジャーナリストとしての意地と勇気を見せてもらいました」
「なんと! 戴冠式を控える、我らがヴァルキリー様がこの悪意を暴かれたのですか! こちらはVBCのマット・ブライトです。あ、今、現地の特派員と繋がりました。エイミーアナウンサー、ノルド共和国はどのような状況ですか?」
多分旧ノルド帝国があった帝都、クリスなんだっけ?
忘れちゃったけど、当時の面影がある感じだけど何これ?
人が一人もいない。
家々も商店も電気つけっぱなしで、誰もいないわ。
喫茶店には、手付かずのコーヒーとか朝食が置かれたままになってるし、何が起きた?
女子アナちゃんも、なんか街の様子に怖がってるし。
「は、はい、こちらは現地に到着して付近を散策しましたが、住民が忽然と姿を消してる状況です。スーデン王国も、フィン共和国も、デーンランドも同じ状況らしいですがこれは一体……」
えっと何したんだろう勇者ブロンド。
なんか私じゃ想像つかないようなことが、向こうで起こってるようだけど。
私まで背筋が冷たくなってくる。
「あ、今、我々に向かって手を振る一団が。みな、中世の騎士のような鎧姿をしていますが、彼らは一体? す、すいません私達はVBC報道局、外国特派員ですがあなた方は?」
あ、勇者ブロンドと完全武装の勇者スルトの一団、そして黒騎士の鎧姿のデイビッドことアレクセイも、記者達に姿を見せたけど、これは……。
「我らはヴァルキリーの騎士、デイビッド・ロスト・チャイルド・マクスウェルと申します」
「え、あはい。あ! ヴィクトリーに名高い財閥の総帥にして、王国貴族院副議長閣下。お会いできて光栄です、デイビッド卿」
「ええ、こちらこそ。そしてかつて私は、黒騎士とも呼ばれておりました」
「え!? 魔女と呼ばれたエリザベス女王の側近にして、ヴァルキリー様に倒されたとされる……えっと、その」
映像の勇者ブロンドが、いつの間にか300年前にヨハンが被った帝冠を手にしてて、その場に跪いたアレクセイの頭に帝冠を被せた。
「どうぞ、正統なるエルフの王よ。あなたの正義を、民族の救済を今こそ」
帝冠を被った黒騎士は、立ち上がるとレポーターのカメラに向かい、マントをひるがえした。
「聞け! 我らがルーシーの民達よ、ジューの同胞達よ! 余こそ、かつて黒騎士とも呼ばれた正統なるキエーヴ・ルーシーの王、アレクセイ・イゴール・ルーシーである!」
どうやら向こうでも、簡素ながら戴冠式が行われているようだ。
「我らが民族を、悪しき企みから解放してくださったのは他でもない、ヴァルキリー様だ。余はヴァルキリー様の騎士であり、今こそ虐げられた民族の救済を宣言する!!」
貴賓室の電話口で、カムイが興奮して騒ぎ立てる。
「な、なんだこれは!? ルーシーの正統なる王だと!? 彼が!? 一体これは!?」
「余の盟友シュマリの子よ、我が親類モスコーよ、縁戚モンゴリーの血を引くゼースキーよ。そして身分を隠し、商いを営むジュー達よ。今こそ、民族救済の時だ。この地はヴァルキリー様によって、悪しき陰謀が討ち果たされ、余がこの地を統べる王として復権を果たした。もはや、我らをヒトと争わせ、悪意を煽る者達はこの世界にはいないのだ! 同胞達よ、武器を捨てよ。我らが民族は悪しき者達の争いの道具になってはならない!!」
「彼は母の名を!? あの伝説の黒騎士は……かつてのルーシー王家の最後の王子、行方をくらませたキエーヴ王子、アレクセイ殿下!?」
そうか、わかったわ。
彼が正統なる王家であると主張することで、ルーシー達の争いを止める気なんだわ。
彼は今までの民族対立の歴史や、この世界で大戦が起きた真実、そして現代の悪意を打ち明け、世界中に全ての真相が明らかにされてゆく。
「長々と古い話にお付き合いくださり、ありがとう記者諸君。第二の祖国ヴィクトリーのVBCよ」
「いえ、当事者から真実が聞けて、このジョンソン鳥肌がしてきて、そして私もあなたに同感です。二度と世界で大戦など起きてはなりません」
「ええ、そのためにはこの世に、この時代に復活を果たしたロマーノ王よ、そして聖騎士と呼ばれるロレーヌのかつての皇太子殿下。あなた方と誓いを果たそうと、余は思うが如何に?」
するとVBC放送が、王の衣装を着たジローと、鎧姿のフレッドを映し出す。
「あなた方ヒトと我らが民族の長きに渡る、確執とかつての戦争の終結を、余はルーシーの代表としてこの場で宣言する。共に手を取り、共に世界を救い、英雄達が夢見た明日の世界を今こそ実現しようではないか」
「ルーシー殿、かつてジークフリード帝国と呼ばれた末裔の僕が、あなた方との長きに渡る争いの終結を誓いましょう」
「うん、命どぅ宝やん。ロマーノ帝国ぬ末裔とぅしてぃ、最後ぬロマーノ王とぅしてぃ、戦世ぬ終結誓いん。ルーシー王陛下に賛同すんばー」
これでバルドルやルーシー達が企てる大戦の大義名分は消え去った。
そして王として復権を果たした彼に、私も。
「お見事です、騎士よ。いえ、正統なるキエーヴ王アレクセイ陛下。あなたのほうが、私より先に戴冠式を終えたようですね? この地であなたは本来の身分に戻り、すべての因縁と差別主義に打ち勝ったことを、心の底から祝福します」
「はい、余がかつて慕った姫よ。本来はこうあるべきだったのです。あの時、余の愛するエリザベスではなく、本来即位するはずだったあなたが。あなたがヴィクトリーの女王となることこそ、亡きジョージ陛下に報いることができましょう」
そうか、そうだったわね。
本来、父ジョージに代わって王に即位するはずだったのは、エリじゃなくて私だった。
彼もエリも私も、神々の陰謀で人生が狂ってしまったけど、300年もの年月を経て、本来の宿命に向き合うことになったということか。
「私はかつて、邪神オーディンから救世主であると唆され、世界大戦を引き起こした原因を作った。だが……今の私はもう二度と世界を破滅などに加担などせぬ! 同胞達よ、この地にはもはや差別も偏見も存在しない! 我が元へ集え同胞よ! そして世界を救うヴァルキリーに栄光あれ!!」
報道する記者は口をあんぐり開けて、この流れについていけない感じになり、ジョンソン記者が咳払いして、報道を進めようとする。
「オホン、あ、はい。それで、ここにいた人々は、一体どこに消えたのでしょうか?」
「それについては、私が答えましょうジョンソン記者。私もまたヴァルキリーの使徒でございまして」
勇者ブロンドが記者対応するけど、いやマジで北欧の人達全員をどうしたんだろう。
多分、殺してはいないだろうけども。
「ここにいた者達は、この私とかつて契約を結んでおりました。だがこの私の信義を否定し、悪しき者と陰謀を企てた。よって、我らから教育を受けた者以外は、もう二度とこの世界に戻ることはないでしょう」
「えーと、具体的には?」
「失礼、記者殿。あえて言うなら、我らとの信義を否定する者達には、それなりの報いを受けるということです」
あらためて思うけど、この人、怒ったら怖すぎる。
先生と違って物腰は丁寧で、思慮深い人だけど、身内や組織に敵対する者には、一切の容赦がない。
「報いとは……差し支えなければ教えていただいても?」
食い下がるテレビレポーターに、めっちゃ怖い形相になった若頭の勇者スルドが睨みつけた。
「会見は以上です。あなた方カタギの報道は、我々が発信したことを、ありのまま伝えることだけでいいんですよ。世の中には、カタギさんが知らないでいいことが、たくさんありますので」
めっちゃイラつきながら、勇者スルドがレポーターにはぐらかしてるけど、多分、消したんだわ。
ここら一帯、確か人口が二千万人だか三千万人いたのに、この世界から、存在そのものを消し去ったんだ。
「それと我らがヴァルキリーに逆らう、悪しき者がいれば、ここと同じ運命を迎えることでしょう」
いや、さすがの私でもここまで怖いことできないし。
「あ、ありがとうございます。それでは一旦CMを挟んで、戴冠式が迫るロンディウム中継に戻ります。オスカー記者もありがとうございました」
あ、中継も切り替わった。
怖すぎるんだけど、本気で怒ったヤクザな組織。
「……あなたは恐ろしい方だ天女様。なぜ、あなたが300年前に、父と共に世界を救えたのがわかった。かつて世界を恐怖に陥れた伝説の大邪神よりも、あなた方のほうが怖い」
しかもこのカムイって人、なんか勘違いしてるし……。
けど、結果オーライか。
「これであなた達の王は帰還を果たしました。彼こそルーシーの正統なる後継者。それでもあなた達は、世界への復讐をやめませんか?」
長い沈黙だった。
彼もまた国家元首。
自分の発言と行動次第で国の行く末が決まってしまうという、プレッシャーを感じているのか。
「……わたくしは、我が父とどちらが優れたアスリートか、試合に専念する所存。同志イヴァンがこれを見てどう判断するか、ルーシー大公家でもある彼に全てを委ねます」
彼の下した答えは、同志のイヴァンに全てを託し、自らの明言を避けるということと、父と子の宿命に真摯に向き合うという決断だった。
であるならば、私は彼が託したイヴァンと向き合う必要がある。
「わかりました。それでは、この後、イヴァン氏に連絡をとり、この世界のためにどうすべきか聞いてみます。ごきげんよう、カムイ殿下。試合を楽しみにしています」
私は受話器を電話機に置く。
なんとか穏便な感じで交信を終えたわね。
って、ティアナもレイラちゃんも、めっちゃ怯えてこっち見てるし、私があれを全部やらせたって思ってるのかしら?
いや違うからね。
確かに勇者ブロンドの活動を承認はしたけど、あんな感じになったの私の指示じゃないから。
「あ、北欧の件はね、私の兄弟子みたいな感じの、先生の子分の人達がやったみたいなの。家族を誘拐されそうになったり、奥さんの一人が脅迫されてたから。おっかないよね、本気で怒った先生やヤクザな人達って」
「ヴァルキリー様の先生達、怖っ!」
「あの方達も、わたくし達と同じ耳をしてましたわ。怖すぎますわ、消えた人達はどうなったのでしょうか?」
「あーうん、死んじゃいないとは思うよ。多分ヤクザ的な資金源にはなってるかもだけど」
どうなったかは、なんとなく予想がつくけど怖すぎるからあえて置いとこう。
じゃあ、このままの勢いで連邦のイヴァンに連絡をとるか。
先生曰く、脅しは鮮度が一番。
だけどその前に、彼の人となりがわかれば。
(マリー、僕だ。北欧の件はうまく行ったようだね。何が起きたかはわからないけど。それとモスコーのイヴァンに接触する気か? 僕は彼と一度話したことがある)
あ、フレッドはルーシー連邦のイヴァンと接触したことがあるのね。
じゃあ、こっち来てくれるかなフレッド。
私が念じると、貴賓室のドアをノックしてフレッドが室内に入ってくると、私のドレス姿を見て顔を赤らめた。
「どうかな? ティアナが選んでくれたんだけど似合う?」
「ああ、うん、似合ってるよ。イヴァンだったね、彼は酷く被害妄想的な男だ。ミスターイワネツ曰く、精神的に治療が必要な手合いらしい」
うわぁ、精神状態が不安定ってことね。
「あと僕のほうでも彼のことについて、色々調べた」
イヴァン・モスコー・ルーシー。
キエーヴ王国モスコー領生まれの、年齢300歳。
父親のウラジミール・モスコー大公は、300年前の大戦末期、キエーヴ王国から一方的な独立を宣言。
その後キエーヴ共和国が建国されると、モスコー大公は諸侯達と恭順する貴族達をモスコー領内に引き入れ、モスコー大公国を建国。
共和国と大公国は、小競り合いを繰り返しながら関係が武力衝突一歩手前までなるほど関係が悪化するが、共和国派のモスコー諸侯の一派が、モスコー大公一家をテロで暗殺。
ヴィクトリー留学中で、大公家で唯一生き残った第三公子イヴァンと第一公女アナスタシアは、オックシュフォード大経済学者のマルクルの平等主義思想に傾倒。
大公国跡取りとして帰国後、労働者のための階級闘争を唱えて、大公国の貴族勢力を粛清。
平等主義と汎ルーシー主義を掲げ、旧キエーヴ圏を急速に赤化させ、キエーヴ共和国及び東ライヒ帝国、北欧諸国に敵視政策をとり、国内では不穏分子の大粛清政策で平等党の一党独裁を確立して、今日に至るか。
「旧キエーヴ王国貴族への復讐で、平等主義を権力闘争に利用したって感じかしら?」
「多分ね。それと世界から迫害を受けてきたという、強烈な被害者意識も。だが、キエーヴ共和国への侵攻と虐殺を引き起こしたことや、デイビッド氏……いやアレクセイ王陛下が復権したことで、民族闘争の建前と民族復讐の大義名分は崩れたと思う」
「ええ、あとは核ミサイル発射なんかできないくらい、私がカマシてやるわ」
貴賓室の電話機から電話交換を呼び出し、ルーシーランド連邦のモスコーのイヴァンまで、連絡をとりたいと告げると、保留音が流れる。
国際電話だし、時間がかかると思うけどちょっと待とう。
すると、交換の侍従から繋がったとアナウンスされ、私は受話器を上げる。
「ごきげんよう、ルーシー連邦の責任者、イヴァン様でよろしいでしょうか? 私は、この度ヴィクトリーの国家元首となるマリー、またの名をヴァルキリーと申します。我が国の国営放送はご覧になりましたでしょうか?」
「……いかにも、ルーシーランド連邦の平等党書記長イヴァンである。よもや、マリア様のお父上、黒騎士とも呼ばれたアレクセイが復権なさるとは。あなたの差金か? ヴァルキリー」
声の感じからして、40代から50代といったところか。
なんとか国家元首としての威厳を保とうとしてるのか、声を無理に張って怯えを払拭しているようね。
「ええ、全てとは言いませんが私の思惑通りです。あなた方ルーシーに悪意を持つ北欧の邪悪は、私の手の者が滅しました」
「……何を今更。祖国を捨てた敗北主義者が王になったとて、それがなんだと言うのだ。我が国は王侯貴族などと言う愚か者を認めぬ、労働者達の国だ。そして我が連邦を迫害する世界に、鉄槌をくれてやらん」
「あなた方の民族の復讐の全容、全て聞きました。復讐爆弾と呼ばれる戦略兵器のことも、あなた方の連邦の成り立ちも。思い留まってはくれませんか? イヴァン書記長」
すると、電話先で何かを叩きつける音がした。
「いいや!! お前はこう思っているはずだヴァルキリー!! お前は我らが総書記長マルクスを人質にして、旧キエーヴ王家のアレクセイをも手先にして、武装解除! その勢いで、西側ナーロッパの軍勢が攻め込み我々を滅ぼす気だ!!」
まあ、ある意味そうっちゃそうなんだけど。
核兵器の破壊もしくは確保と、ルーシー連邦の武装解除を果たさなければ、世界大戦は防げないし。
ていうか私のとる手段も読んでるし、被害妄想気質だけど知恵は回ってるわね。
じゃあ、こういうアプローチはどうかしら?
「では、私達やヴィクトリーと敵対すると? ナーロッパは対立を乗り越え、思いが一つになろうとしています。私の盟友でもある勇者イワネツも、ナージアとナーロッパの融和を目指しているのに」
「ふん、忌々しいジッポンめ。だが虐げられしエルゾの英雄にして、我が同志カムイが、あの勇者を屠るであろう!」
こいつ、カムイがイワネツさんを試合で抹殺することを望んでいるのか。
逆に言うと、彼はそれだけカムイを信頼しているという裏返しだけど、人間不信の彼がここまでカムイを信頼してるなんて、彼とカムイにどんな結びつきが。
だが勇者イワネツは無敵の勇者でもある。
カムイがいかに強くても、勇者イワネツならばきっと勝利する。
「無理よ。勇者イワネツは、どんな相手にも負けない。彼と私達は、かつてこの世界で人が人として生きる人権を提唱した。そしてあなた方ルーシー連邦は、人権を蔑ろにしている」
私とイヴァンの会談に、ドレス姿のレイラちゃんも加わる。
「お久しぶりでございますわ、叔父上様」
叔父?
エルゾとルーシーは血縁関係を結んでいる?
そうか、だかららか。
人間不信のイヴァンと最高のアスリートのカムイは、互いに血縁を通じて信頼しあってる。
「君は……レイラ姫か。なぜ君が?」
「叔父上様、もう世界を憎むのはおやめませんか? 亡き母上、アスリートだったアナスタシアは、いつも叔父上様のことを気にかけてましたわ。世界と差別に絶望し……エルゾの聖地をジッポンに汚され、絶望の中で自ら命を絶ったお母様……」
そんな過去が。
彼女の母は、世界に絶望して命を絶ったのか。
だからだ。
イヴァンとカムイの復讐の動機は、家族を奪ったこの世界への憎しみ。
「姉上……ならば姫よ、私の姪よ……この世界の残酷さをお前だってわかってるだろう。我らがルーシーは……同志カムイもこの世界を!」
「それでも!! 世界を破滅させるのは違います!! 母が絶望した世界は天女様のおかげで、蘇った祖父のおかげで変わろうとしてる! 叔父上様、どうかこれ以上世界を憎むのをおやめくださいませ」
かつての黒騎士エドワード、アレクセイと同じか。
肉親を世界から否定されたから、この世界を破滅させて復讐する気なのね。
「どうか、叔父上様。これ以上、復讐のために多くの人々を虐げることをやめてください。そんなことしても、母上は帰ってこない!!」
「姫よ! 姪のお前も私を否定するか! それに個人の権利など、国家の権利が優先されるのだ。我がルーシーランド連邦は、お前達ナーロッパの悪辣な企みから自国民と国家を防衛する権利がある!! ヴァルキリーよ、この世界に復讐する、核の力が我らにあることを忘れるな!!」
あー、出たわ。
大量破壊兵器を外交に利用した核恫喝。
私も昔、核兵器を投下された日本出身だから、少なからずの核アレルギーは持ってるし、核兵器イコールあってはならない兵器であると思っている。
だが現実的な面で冷静に考えると、核兵器を保有する国と非核保有国のどちらが有利かというと、核武装した国家が外交的にも戦力的にも有利なのは間違いない。
圧倒的な威力を持つ核保有国は、このように非核保有国に脅迫や恫喝することで、外交的な有利を取ろうとするのは、どの世界も一緒。
こんなやばい核保有国が恫喝すれば、普通の人だと怖すぎて、相手の恫喝に屈してしまうかもしれない。
だけど、私は先生から習った教えで、こんな暴力を背景とした輩に対抗すべき度胸も、対抗策も身につけてる。
かつて先生は、こんなことを教えてくれた。
「よう、マリー。脅迫、カマシについて教えてやんよ。極道の世界もそうだが、実際に暴力振るうよか、相手がカマシの段階でビビって言うこと聞いてくれたほうが楽なわけよ。そうだろう?」
「え、ああはい。そのほうが楽ですよね。暴力を振るうというリスクも少ないですし」
「おう、楽でいいんだわ。国同士の喧嘩もそうよ。こっちの方がすげえ兵器持ってるぞ、軍隊やべえぞってカマシの段階で風上に立てれば相手は言うこと聞かざるを得ねえだろう?」
そう、これに当てはめればルーシーランド連邦は、核ミサイルという圧倒的なアドバンテージを、世界各国に先んじて手に入れた状態。
だが、これを覆すのはどうするかというと。
先生はあの時、話をこう続けた。
「じゃあ、相手の恫喝に屈したくないって思ったらどうすればいいんですか?」
「おう、だからカマされねえように、もしくはカマされても対抗できるようにする。地球でもそうだが、強い国と同盟したり、NATOとかいうアメリカの傘下に入るわけだ。これは極道も国も一緒よ。盃結んだ味方が強くて大いことに越したことはねえわけだ。あとはよ」
先生は握り拳を作ってガッツポーズする。
「一番いいのはこれもんよ。相手にビビらず、むしろ相手を上回る圧倒的な力を示せばいいわけよ。勇者も極道もなめられたら終わりだからな」
そういうことだ。
だから勇者の私は、相手からの恫喝なんかに屈しない。
むしろ……こいつを徹底的にカマシてやる。
「そうですか、核兵器の原理は私も知ってます。恐ろしい戦略兵器です」
「そうだ。どうだ? 我が国が怖いか小娘」
全然怖くないし、調子に乗ってるわね。
しかも私のことなめくさってるし。
「ですが、あなた私をなめてませんか?」
転生する前、この顔にして本当に良かったわ。
なぜなら、私をか弱い女の子と思って、悪いやつが勝手に私をなめてくれて下に見てくれるから、裏をかいたり隙をつけるから、こっちも悪党をハメやすい。
「?」
「言っときますけど、私はあなた方ルーシー連邦が、核兵器を使用した段階で、あなた方を滅ぼすことができるほどの、力の行使をせざるを得ないでしょう」
「力の行使だと?」
「ええ、あなた方が国を滅ぼす力を持つならば、私や勇者イワネツは、この星ごと消す力を持ってますので」
逆にカマシてやった。
この話には残念ながら嘘はない。
その気になった勇者は、邪悪相手に対抗するため、戦略兵器以上の武力を持っている。
神の加護を得て、本気になったトップ勇者の力は、世界どころか星すら消せるほどの力を持ってるのは事実だし……まあ、救う世界壊したら本末転倒もいいとこだし、やんないけどね。
それに地球の東西冷戦期、世界が核戦争にならなかったのは、アメリカとソ連の核兵器の保有数が拮抗し、戦争になったら世界が崩壊するという危機感があったから。
だから核兵器の報復の連鎖を恐れた東西の首脳陣に、ある種の理性や冷静さが働いて、核戦争にならずに済んだとも言われる。
その相互抑止論をここで展開してやるわ。
「あなたは、自分がなんでもできると自惚れてません? 世界を滅ぼせる俺すげーって。はっきり言ってあんたみたいな悪党、この世界から離れて、くさるほど相手にしてきた」
「悪だと!? この私が!!」
「聞いてくださるかしら? イヴァンさん。自分たちの民族や、歴史が虐げられた。悲しい、悔しい、それはわかる。けど、それを題目にして大勢の人を殺せる兵器で世界を恫喝する。そんなこと、悪以外の何者でもない!!」
「悪と断ずるか我らを! や、やはりお前は我らがルーシーを消す気か!!」
「あなた方が世界を滅ぼす核兵器を仮に使用するならば、世界を救うために再びやってきた私は、世界を守るため私の力を行使せざるを得ないですよねってことです。あなたもご存知でしょう? 今、北欧で起きていることを」
まあ北欧の件は、私がやったことじゃないけど。
「何をしたんだ。お前は、黒騎士と呼ばれたアレクセイを王に戻すため、あの地域で何を!?」
いや、ぶっちゃけ何が起きたかは私は知らない。
だけど、勝手に怖がってくれるなら、利用できることはなんでも使わせてもらう。
「ですのであなたが核兵器を使用するなら、私は世界の破滅を防ぐため、私の力を行使します。その結果、あなた方が滅びようが、世界が無事ならそれでいい! 世界を救った私をなめるな!!」
「クソ、この小娘が!!」
「小娘? あんたより私の方が年上よ坊や」
「……!?」
絶句しちゃったわね。
父が亡くなったあの日、ヘイムダルの魂と融合してから、私の人としての成長は止まったからなんだけど。
「300年前、世界大戦を終わらせたのは私です! 核兵器なんか、あの邪悪な大邪神ミクトラン、エムの暴力の足元にも及ばない!! 私がこの世界を離れてから倒してきた悪党達にも! それでも核による復讐の報復を望むなら、相手になってやるからかかってこい!!」
私を核兵器で恫喝していたイヴァンが、逆に私の武力を背景に恫喝される。
多分、彼にとって想定外。
そしてカマシの後は、こちらにとって有利な条件を切り出すことができるはず。
「ですので、あなた方の核使用は悪手です。私があなた方を滅ぼす大義名分ができるから。この後、私はヴィクトリーの国家元首に正式に即位します。次にお話しする時は、お互いに戦争ではなく有意義な会談をしたいですね、書記長」
「……」
声が出てこないほどビビったようね。
じゃあこちらから、一定の譲歩を出してみよう。
「一つ約束しましょう。あなた方が核兵器を使用しないなら、私はあなたとあなたの国に、壊滅的な打撃を与える魔法を行使しない。これでどうでしょうか?」
「……わかった善処する」
「善処とは?」
「我が国からは復讐爆弾は先制攻撃で使用しない。だがしかし、同盟国であるエルゾ王国並びに、戦略的パートナーたるチーノ人民共和国と、我が連邦が危機に晒されれば、その約束は守る意味がないとだけ言っておこう」
よし、これで一応は先制核攻撃は防げたはず。
ぶっちゃけ、約束を守れる手合いじゃないかもしれないが、私たちが最終決戦しに行くまでの時間稼ぎにもなるだろう。
「ご決断感謝します書記長。それでは私はこの約束を互いに遵守すべく、女王に即位した暁には、互いに今の約束を外交文章で交わしましょう」
「そ、それは……」
「ああ、もう一人の実質的な指導者メアリー、あなた方がマリアと呼ぶ彼女の承諾も必要ですか? 彼女こそ、この世界に復活した大邪神ですが、今朝撃退しました。財団も解散させましたので参考までに」
「え゛?」
「そして我が国の手に、ルーシー連邦の創始者、マルクスがいることもお忘れなく。それではごきげんよう、書記長閣下」
とまあ、さらなるカマシを入れといて、終始有利に話を進めてやった。
「すげっ、ヴァルキリー様のマウントの取り方エゲツねえ」
「外交の基本よティアナ。相手が脅迫するなら、それ以上の力でねじ伏せる」
「そうだねマリー。だがキエーヴ共和国は疲弊してる。先帝が焚き付けたことだが、一刻も早くルーシー連邦を止めないと世界は飢餓に見舞われかねない」
フレッドは、ルーシー連邦によるキエーヴ侵攻の最大の懸念について私に説明してくれた。
大戦後のキエーヴは、外貨獲得のために国土の7割を農地に変え、ナーロッパのパンかごとも言われるくらい、小麦を大量に生産した。
その農業利権が欲しくて、東ライヒ帝国が侵攻して衛星国にしたという経緯がある。
「僕の死後、東西に分裂したロレーヌは西側が工業化と産業革命を果たしたのに対し、東側の発展は遅れていた。だから西側に対抗するために行ったのが、農作物の大量生産だ。ロレーヌの土壌は、僕の時代の時もあまり豊かじゃなかったしね。そして東側は、キエーヴの農作物をナーロッパ対岸の中東地域の物流会社と手を組むことで、ナーロッパの食糧事情を掌握することができたんだ」
「そうなのね。それでキエーヴ共和国は沿岸部がルーシー連邦に占領されて物流が停滞し、穀倉地帯も戦火によってダメージを受けてると」
「ああ、小麦はパンや家畜の餌まで用途は多岐に渡る。生産量は、世界1位。この世界の小麦流通の約4分の1に相当する。そして堆肥生産量も世界一だ」
ああ、それはまずい。
戦争を早期決着させないと、世界中で食糧危機になる。
そして食糧危機の果てに待ってるのは、更なる戦火。
「つまりキエーヴ共和国侵攻が、世界への兵糧攻め。ルーシー連邦の世界に対する復讐の一環というわけね」
「ああ、これに加えてルーシー連邦と手を組む、エルゾがジッポン含む東ナージアの食糧事情を支えている状況。仮に世界で食糧危機が発生した場合、チーノやエルゾが世界への穀物や野菜の輸出をストップしてしまえば」
「まさしく世界の危機だわ。核の脅威は去っても、食糧危機で世界は破滅に向かうかもしれない」
「ああ、だが……切り札はある」
フレッドは、世界地図を広げて封印された南北アスティカ大陸がある位置を指差した。
「ここだ。前世でいう南北アメリカとアフリカとオーストラリア大陸が合体したようなこの広大な大地。かつて僕らがエムと最後の戦いをしたアスティカ大陸。ここの人達の協力を得られれば、もしかしたら食糧危機を回避できるかも」
そうか、その手があったわね。
けど、そのためには彼らと接触をしなければいけない。
クロヌスも、じきに彼らから接触してくると言ってたけど、いつになることやら。
「そしてもう一つの懸念事項はここだマリー」
フレッドは、チーノ人民共和国を指す。
かつて私達の時代、覇権国家だったがハーンに無茶苦茶にされた中国みたいな国だったわね。
「ここは君も知ってるように、前世でチャイナに相当する国。このままルーシーとキエーヴが争い合うなら、世界の食糧物流をこの国が手に入れる。そして、この国はあの財団によって物流が支配されていた。だが財団が消えた今、隣国ルーシー連邦と手を組み、彼らのタガが外れる。彼らの国是は覇権国家の地位を奪ったジッポンへの復讐だ」
「つまり……そうか、そういうことねフレッド。元々この国は世界覇権が取れるくらい地力ある国。彼らは財団が無くなったことで、世界最強の国になる可能性がある。そして自分たちの世界覇権を取り戻すため、ジッポンから覇権を奪うため、ルーシー連邦の世界復讐に加担する可能性があるわけね」
そう、外交上、敵対国同士の軍事力と国力のバランスが取れていた場合、お互いの共倒れを恐れて軍事衝突を避ける傾向があるが、バランスが崩れれば待っているのは戦争。
チーノ人民共和国は、北欧から武器を大量に得ており、ルーシー連邦と組んで、新政権になって不安定なジッポンに何か仕掛けるかもしれないか。
「ああ、東ナージアでパラダイムシフトが起きようとしてる。幸い、ヴィクトリーはこの国に影響力を持っているから、今のうちにこの国に圧力をかけて戦火を防がなきゃ」
そうね、フレッドの言う通りだ。
私は国際電話をかけて、チーノ人民共和国首脳部へ連絡をつける。
「おお、ヴィクトリー王国の新女王陛下でありますか。わたくし、江沢東国家主席の名代にして党中央軍事委員会委員長代行、周珍平と申します。この度は即位おめでとうございます」
ん? 代理?
なんで代理? 国家元首はどうしたのかしら?
「ですが、我々はあなたの即位に関して、断固反対せねばなりません。ですよね? 亡命なさったアレクサンドル・ヴィクトリア・ロンディウム・ローズ・ヴィクトリー殿下」
「ええ、わたくしからアレックスと国を奪ったヴァルキリー。わたくしは亡命したこの地であなた方に反旗を翻します」
「……は? え? ちょ、はあ?」
戦いに敗れ、行方不明になったヴィクトリアが通信先に出てたことで、私は思わず絶句した。
長くなったので分割してお送りします
次回が後編です




