第26話 強奪の決意
「どうなっておるんだ!? アンリが南方に行き、熱病に罹って海に落ちて死んだだと! そんな馬鹿な!? ヴィクトリーとの戦争はどうなる!? 亜人どもとの戦争は!?」
フランソワ王、ジャン・シャルル・ド・フランソワ2世は、首都パリスのルービック宮殿の王の間で、第一王子逝去の報で、玉座のひじ掛けを平手でバンバンと叩く。
フランソワ王国は、国土面積が55万平方メートルの広大な領土と、肥沃な土地と精霊魔法を駆使した農業技術に加え、2100万人の人口を有する、軍事大国である。
身分制度は極めて厳格で、王族が第一身分、貴族が第二身分、平民が第三身分とされ、更に平民は都市市民、農民、商人、賤民と身分が細分化されており、貴族も大公、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵と身分が細分化されている。
貴族人口は30万人を超え、法令により身分と財産と領民に対する司法権も認められており、ナーロッパ1厳しい身分制度社会を形成している。
「つまり、フランソワは身分が違う人々を、同じ人間ともみなしていないと」
「そうだ。ヴィクトリーもロレーヌも身分制度が厳しいと聞いたが、うちはそれ以上だ」
マリーは、ロマーノ連合王国の首都ロマーノに身を移し、用心棒にした、アンリからフランソワの内情を聞いていた。
「俺は第一王子で、何不自由ない生活をしていた。50年もの長きにわたり、亜人討伐という名目で北方の亜人国家ホランドと戦争中で、戦争という名の虐殺と亜人の拉致の指揮をとってたのが俺だ。奴隷とされた亜人は、フランソワで賤民とされ、尊厳を奪われてる……今思うと反吐が出そうだ!」
勇者はアンリの話をじっと聞いていた。
彼が王族の身分を捨てたのは、彼の絵図には入っていない想定外の出来事。
今の状況を、どう修正しようか思考を巡らせる。
本来は、シシリー島にアンリが来ること自体が想定外で、今こうして自分達の側にいること自体も想定外だが、そう簡単に物事が思い通りに進むことがないのは、幾多の世界を救済してきた自分にとって慣れたものだと心の中で笑った。
思い通りに行かないのが人生。
その中でどうやって人間らしく、自分の信念の任侠道を貫き通して生きるかが、もはや人ならざる体に変容しつつある自分の楽しみ。
そして女子高生、高山真理から転生したというマリーという少女を、どのように世界を救う英雄に仕立て上げようかが、今の彼の最大の楽しみになっていた。
「なるほどね、そんでおめえさんはどうしてえんだ? その吐き気を催すてめえの国をよ」
「そうだな、人は来た道ばかりを気にするが、これからどこへ向かうかが大切だ。俺はな、男として一からやり直して、あの国を強奪してやるんだ」
マリーは思わず吹き出し、勇者は大爆笑した。
「そのためには、勝利のプランが必要だ。ゲームを冷静に見つめて、ここぞという時に相手にヒットをぶち込む。刑務所ではまった野球と同じさ」
「お、あんたも刑務所で野球やってたのかい? 俺はポジションがピッチャーで、打席は9番でカブよ。金城、今はヴィトーって名前だが、あいつは足が速くて当てるの上手かったから、1番センターだったぜ?」
――何で野球の話?
嬉しそうに野球談議をする男達を尻目に、思わずマリーは小首を傾げた。
自分も中学時代、途中でやめたけどソフトボールやってたけどと思いながら。
「俺はどのポジションでもイケたが、だいたいは3番ショートだったな。打力もあって盗塁王って言われてたし、守備力にも定評があってね」
「あ、私もソフトボールやってて、一応指名打者でキャッチャーでした」
マリーも話題に混ざりたかったので、自分が中学の時にやってたソフトボールの話をする。
「マジか!? 指名打者でキャッチャーかよ! やるじゃねえか」
「指名打者? 俺の時代にはなかったが、指名されて打席に立つという事は、チャンスに強いパワーヒッターか。そしてキャッチャーは、頭を使う守備の要のポジション……マリー姫は凄いな」
そんなにすごいのかと、マリーは不思議に思う。
――中学の時は体が他の女子より少し大きくて、守備がヘタだったから、とりあえずキャッチャーでミット構えておけって顧問から適当に言われたから、キャッチャーの練習してたんだけど……。それに、3年の先輩が怪我でたまたま練習試合で出れなくて、顧問から2年でそこそこバッティングよかった自分が、指名打者で1試合だけ出ただけだったし、筋トレとか運動キツくてやめたけど。
マリーは思いながら、二人の男から思わず高評価を受けて苦笑いした。
「野球って言えば、工場対抗の野球賭博とか最高に楽しかったぜ。工場対抗だと、担当の看守がすげえやる気になってハッパかけるから、イカサマ無しの真剣勝負になるからね」
「ああーわかる、中じゃ娯楽が少ないからな。俺は野球で活躍してたから、中の賭けでそこそこ儲けた。娑婆で上等なスーツ着て、機関銃を買えるくらいにはさ」
「へー、そりゃあすげえな。こっちの懲役じゃあ、そんな中で稼いだ野郎なんていねえ。賭けと言っても、ブツはチリ紙や歯磨き粉くれえしかねえし。あんた何年入ってたんだっけ?」
「8年だ。それで、色々ハンデとか考えないと賭けが成立しなくてね。負けが込むとみんなプレイ荒くなってきて、賭けの元締めのギャング連中がキレて、乱闘でノーコンテストとか暴動もたまにあった。そっちもそうだろ?」
「いや……暴動とかはダメだろ? 刑期伸びるし。俺もムカつく野郎が打席に立ったら、わざと頭に投げたけどさ」
さすがのヤクザも、アメリカ刑務所の荒っぽさにドン引きする。
そして、そもそも何で悪い事して刑務所入ってるのに、野球とか楽しそうにしてるんだろうと、マリーは思った。
「まあ、そんな事はいいんだ。アヴドゥルにつないでほしい。あいつ、俺が死んだと聞いて余計な真似しねえか心配だ。俺のために泣いてくれたんだろう? あいつにだけは俺の無事を知らせてえ」
勇者とマリーはうなずいた。
一方、アヴドゥルはバブイール王国首都イースターで、王族参加の緊急閣議に入っていた。
「フランソワのアンリが死んだ今、いっそヴィクトリーの戦争準備で送り込んだアサシンギルドに、フランソワ首都のパリスを占拠させては?」
「いや、腐っても軍事大国。跡目を狙う有力貴族を支援して、王位簒奪させて我々の傀儡にするのも」
「ただ、ヴィクトリーのエリザベスの問題もある。あのヴィクトリーをなんとかしないと、西方の交易にも支障が」
――あのアンリが死ぬ事なかろうが、馬鹿者共め。俺が認めた、男の中の男だぞ。おそらくあの、英雄の再来が仕組んだ欺瞞情報に違いない。となると、今フランソワへの計略は時期尚早。あの暗愚のジャン王を取り込み、ヴィクトリー王国との戦争政策を進めるのが先決だ。
アヴドゥルは、思いながら自分の考えを会議で告げて、父王ハキームの承認を得る。
そして自室に戻ると、マリー姫より水晶玉から着信が入り、通話に出る。
「マリー姫、いかがなさいましたか? アンリは……生きてるのでしょう?」
アンリが生きてるのがバレてる。
マリーは、頭脳明晰なアヴドゥルに冷や汗をかき、アンリが後ろで含み笑いをした。
「明日、一斉通信の世界会議があるので、私の生存を発表し、ヴィクトリーを取り戻す。そのために、ご賛同していただきたくご連絡いたしました」
――成長しているな。彼女の政治能力が、声色が、今までと全く違うのが私にもわかる。あの後、シシリーで何かが起きて、彼女の中で何かが目覚めたか?
アヴドゥルは、思いながら話を進める。
「なるほど……。そこであなたが生存報告をして、ヴィクトリーの王位継承権と、エリザベスの陰謀を暴露。あなたの手にヴィクトリーを取り戻す……といった手筈になる」
「はい、私は……世界を救いたい! エリザベス以外にも、この世界には問題がある。私は、この世界の謎を解き明かし、より良い世界を目指したいのです」
マリーの言葉にアヴドゥルは、思わず唸る。
やはり、この姫は今までのマリー姫に非ず。
心根が優しい可憐な姫から、英雄に導かれ、我こそも英雄たらんと、人間的に成長している。
アヴドゥルは、君主として目覚めつつある薔薇姫を、やはり自分こそが、ヴィクトリーもろとも王になりつつある姫を伴侶にするのに、ふさわしい男であると再認識する。
「そのより良い世界のビジョン、このアヴドゥルに聞かせてもらえないだろうか?」
「みんながみんな、幸せになる事は難しいかもしれない。けど、多くの人達が楽しく生きていける世界を目指したい。そして何より私が楽に生きていける世界を目指したい」
マリーの回答を聞いたアヴドゥルは、思わず吹き出し、そして心の底から楽しい気持ちとなり笑う。
そんな事は実現不可能だとも思いながら。
「もしもそんな世界が実現するならば、あなたと共に、楽しく楽に共に生きていきたいものだ」
実質アヴドゥルのプロポーズのようなものだが、マリーは意味がわからず、しれっと話を流される。
「それでは、通話をある人に変わります。私は部屋を退室いたします。それでは、ごきげんようアヴドゥル皇太子殿下」
通信先で、服の擦れる音が二人分聞こえ、ドアの音がすると、椅子にどかっと座る音がする。
その椅子の座り方で、もうアヴドゥルは誰かはわかった。
「アンリか?」
「ああ、お前とは色々と話がしたくてな、我が親友アヴドゥルよ」
親友?
その単語と言葉の意味は知っているが、自分が受けた帝王学に、学友というものはいるが、親友などという下賤な民草が交わす関係など自分にはない。
王とは孤独、自身の考えを悟らせぬよう、政と謀を考える事が、将来バブイールという超大国の王となる自分であるからだ。
「ふふふ、お前とは親友になった気はないが?」
「いや、お前は親友だ。俺の名誉のために泣いてくれたみたいじゃないか? マリー姫と英雄には退席していただいた。二人きりで腹を割って話したい」
アンリは、王位継承権を放棄したという話と、今はしがないマリーの従者となった事を話す。
「お前は気でも狂ったか! 自分から王族を出奔するなんて!」
「ハッハッハ、クレイジーは俺の褒め言葉よ。俺はな、本当の自分が何者かを思い出したんだ。だからな、男として一からやり直した俺が、フランソワを強奪してやる!」
アヴドゥルは、理解できなかった。
ならば自分が王位継承した時に、王の権限で国家の在り方を、変えれば良いだろうにと。
「実は、お前だから言うが、俺もマリー姫からフラれちまった。ヴィトーと同様にな」
だからなんだと言うのだとアヴドゥルは思った。
意に沿わぬ女ならば、いくらでもモノにする方法がある筈ではないかと。
「俺はな、友よ。あの子に心底惚れちまったんだ。ヴィトーは、イリア首長連合国を、ロマーノ連合王国にして、いずれはかつてあったロマーノ帝国にするつもりだ。中央集権国家を目指し、富の再分配で国民を豊かにして、マリー姫を振り向かせるために、男として一皮化けるためにだ」
富の再分配、その先は国民を豊かにする事で、高い民度と教育を施し、文化大国に押し上げ、かつての大帝国を実現させるヴィトーの野望。
自身が警戒するヴィトーが、そこまでの男になったのかと、アヴドゥルは鳥肌が立つ。
「だが、俺は王子のまま国を継いでも同じ事はできない。所詮はヴィトーの二番煎じ……なあ? 英雄ジークや、東方の祖の英雄カンビナスは身一つで、成り上がった筈だ。そうだろ?」
「そうだ。我らが祖の初代カリーフ、英雄カンビナスは、たった一人で人々を救い、西方で人々に希望を見出し……まさかお前」
我こそもまた英雄たらんと、民衆の味方であろうと、転生前に義賊とも犯罪王とも、公共の敵ナンバー1と呼ばれた男は、この世界で覚醒した。
今度こそ、英雄になるために。
「そうだ! 俺は身一つで民衆を救い、人間の尊厳が奪われた国を強奪する。悪の権力者の財産を盗み、フランソワから民衆の尊厳を強奪する! それが義賊としての生き方だ! 俺はこれを成す事でマリー姫を振り向かせる!」
やはり、男の中の男。
アンリの決意を聞いた事で、アヴドゥルは、この男こそが、バブイール西方進出の最大の障壁となる事を確信する。
「ククク、フフフ、ハッハッハッハ! アンリよ、やはりお前は男の中の男。我が終生のライバルに相応しい。ならば私は、西方を飲み込む覇道を目指す! 英雄を目指すお前とヴィトーを下して、マリー姫を俺が手にしやろう」
「ふん、アヴドゥルめ。お前こそ本来の魂を取り戻す事だ。俺は見当つかんが、お前もきっと……まあいい。友よ、またまた会う日まで」
水晶玉の通信が切れると、アヴドゥルはふっと笑った。
「ふふ、友か。お前がもしもフランソワを身一つで、簒奪できたならば、マリー姫と共に最終的に、我が臣下フランソワ大公として、お前を手に入れる。二人だけの時であれば私に、俺、お前と対等に呼ぶ事を許そう」
アヴドゥルは、それがアンリへの友愛の情、すなわち友情である事に気がつかなかった。
一方、アンリは日本のヤクザをしていたという、男と今後についての相談をしていた。
「なあ、あんたは幾多の世界を救った英雄と聞いた。教えてくれ、あんたはどうやって世界を救って来たんだ?」
勇者は、笑いアンリに己の話をする。
「いい機会だ。マリーと一緒に、俺がどうやって最悪の世界と言われた、人と人の仁義がねえ世界を救済してきたか、教えてやろう。それはな、前の世界でやって来た事の、ちょっとした応用よ」
「応用?」
「そうだ、俺は俺のやり方を貫いたに過ぎない。まだ、明日の世界会議とやらに時間があるから、その辺、おめえさん達に簡単に教えよう」
次回は、勇者の回想と世界情勢回です




