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転生したら楽をしたい ~召喚術師マリーの英雄伝~  作者: 風来坊 章
最終章 召喚術師マリーの英雄伝
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第264話 父と子 前編

 大政奉還が終わり、イワネツが滞在する榎戸城西の丸では即位の礼の準備が急ピッチで行われ、その様子をヤンキー達が竹の間に用意した三段シートに腰掛け、ナーロッパ方面と連絡をとる。


「ああ、俺だ。ジッポンはなんとか軌道に乗った。ああ、ヴィクトリーでも新政権か。フレッド、俺は当分ジッポンから動けそうもねえ。お前がマリーを助けてやってくれ」


「ええ、ミスターイワネツ。それとあなたに話をしたいって人から。どうぞ」


「あ?」


 ロレーヌ皇国皇帝となった聖騎士フレッドに、イワネツは近況報告をしていると、ある男に通信が切り替わる。


「よお、クソボケ。話の大まかな筋は聞いた」


「チッ!!」


 イワネツは、通信先の男の声を聞き、特大の舌打ちをして通信用水晶玉を睨みつける。


「お前、シミズか。俺とマリーの救済任務にしゃしゃりでやがって。この野郎、殺すぞ」


 勇者マサヨシからの通信だった。


「聞こえねえのか? クソボケヤクザめ! これは俺とマリーの救済任務だ!! アホ面かましてしゃしゃりでやがって、お前ぶっ殺すって言ってんだよ!!」


 イワネツのがなり声に通信先のマサヨシは舌打ちをする。


「チッ! うるせえ露助野郎。俺を呼び出したのは、他ならぬあの子だ。でよ、今の俺は創造神や親分の命令で動いてるわけだ。あんまなめた口きいてやがると、てめえこそ消すぞコラ」


「あぁ? お前、相変わらずムカつく野郎だな。で、お前、天にまします我らが神と、地獄の主神からどんな命令受けてきたんだよ?」


 間があった後、イワネツを小馬鹿にするように通信先のヤクザな勇者が鼻で笑う。


「ふん、機密事項だ。てめえに話す義理はねえな。けど、どうしても知りてえなら、てめえ土下座でもなんでもして、お願いしますマサヨシ様、あなたが与えられた崇高な任務をお教えくださいって俺様に泣き入れんなら、考えてやらんでもねえぞ? なあクサレ盗っ人野郎」


「あ゛ぁ!? 殺すぞ!!」


 イワネツとの通信先で険悪な雰囲気を感じた西郷は、心配そうにイワネツを見つめる。


「兄弟、誰からだ?」


「ああ、サイゴー、俺の同業者だ。お前シミズこの野郎、冷やかしなら通信を切るぞ? この俺は救済任務で忙しい」


「なんだこの野郎、偉そうに上から物言いやがって。お前じゃ話にならねえからよ、話がわかりそうな野郎に代われや」


 西郷は、イワネツが手にする魔法の水晶玉を寄越して欲しいと、目で合図する。


「チッ、この野郎。お前こそ口の利き方に気をつけろよ、ちょっと待ってろ。サイゴー、こいつにはお前の日本語が通じるから、俺の代わりにこのクソボケから要件聞いてくれ」


 イワネツは通信用水晶玉を、西郷に手渡す。


「ジッポン新政府、内閣府総理大臣就任予定の西郷隆盛でごわす。あたは元日本人か?」


「……え? 西郷隆盛って……あの維新の?」


「ええ、前の世でも西郷でごわす。イワネツはワシの兄弟です。要件があれば手短にお願いすっ。これから新大臣就任者と、即位の礼に向けた会合を開かんにゃならんせぇ、頼んます」


 通信先から、フレッドに何やら質問するマサヨシの声がして、イワネツはフンと鼻を鳴らす。


 このシミズ、日本出身者の偉人出身や神々に関して、権威主義的なものに弱いところがあるとイワネツは思う。


 前世で二人とも暴力団と呼ばれたが、これは日本のヤクザとロシアのブラトノイの性質上の違いである。


 盗賊組織を前身とするロシアのアウトロー達は、掟により表社会と関係を断ち切り、基本的には反社会、反権威的な性質であるのに対し、ヤクザは表社会との関係を時に重視し、裏のみならず表社会の権威、例えば皇室や政財文化人への接し方について非常に厳格であるからだ。


 そしてこのマサヨシにとって、日本の偉人、特に明治維新で活躍した英雄達は、崇拝にも似た憧れの対象でもある。


「すんません、自分、元日本人で清水正義と言います。そこのイワネツと同業者でして。あのー、そちらにおられる坂本龍馬さんや土方歳三さん達はお元気ですか?」


「元気じゃが、要件があれば手短にお願いすっ」


「へ、へい、すんません。こちらの状況を伝えておこうと思いまして。自分はこの世界で天女とかヴァルキリーって言われるマリーの師です。自分も日本出身なもんで、西郷さんとかの偉人達の伝記本なんかもよく読んでいまして……」


「簡潔に、お願いすっ!」


ーーいい気味だぜクソボケ。お前みたいなクサレヤクザなんかより、俺の兄弟分のほうが格が上だ。


 さっきの威勢から一転、高慢なマサヨシが謙虚かつ低姿勢を見せていることに、イワネツは表情筋をわずかに緩めてほくそ笑む。


 勇者マサヨシは、弟子のマリーと仲間達から聞いたナーロッパにおける現状と懸念事項、今後の活動について簡潔に西郷に述べた。


 そして自分の役割も、弟子が主体でやることで、自分はこの世界での活動は限定的な活動に留まり、ジッポン及びその周辺の活動は、今のところはイワネツが主体で行うことも告げる。


「あいわかった。つまり天女様を除いて、清水どんは女神黒瑠(ヘル)様ん縄張り、ジッポンに今は干渉せんていうことじゃな。そして清水どんの世界での活動は、限定的なもんであっと」


「へい、そうです。そこのイワネツの野郎も、仮にも勇者ですし、神にも色々と縄張りってのがありまして、今は野郎に任せます。自分は、あくまでも部外者ですが、別の使命もあってこっち来たもんで」


「別の使命? 差し支えんにゃ自分に教えたもんせ」


 しばらく間を置き通信先のマサヨシは、ため息を吐く。


「自分の親分、閻魔大王からの特別命令です。これは西郷さんであっても話せません。ただ……」


「ただ?」


「……伝染する悪意。これが300年前、大邪神と呼ばれたそいつの正体です。もとは自分らがいた地球の、中南米の巫女が神と精霊の道具にされたことが発端ですわ。そして現在進行形で、この伝染する悪意が、さらに最先端の進化を遂げてやがるんです」


 イワネツは、注意深くマサヨシの話す、現在進行形で起きている最先端の悪意について耳を傾ける。


「なっほど、悪意の進化か。地獄をつかさどっ閻魔様は、そいに危惧しちょっちゅうこっか」


「ええ、神の世界を揺るがす由々しき事態ってわけです。これと並行して、この世界で戦火を求めるワルがいます。これ以上は、そちらさんにも言えねえですが、自分もまた神の使命を受けた勇者ってわけです」


「勇者ん使命か。清水正義どんち申したね。あたはないごて閻魔様にお仕えすっ勇者に? あたは一体何者やったと?」


 西郷の問いに、勇者マサヨシは自嘲気味に笑う。


「そこにいる、イワネツの野郎と同じです。前世の罪滅ぼしですわ」


 西郷はイワネツを振り返ると、彼の表情がどこか悲しげで物憂げになっていると気付く。


 イワネツは、前世のソ連、ロシアで史上最悪の盗賊組織の頭領だったと西郷は聞いていた。


「てめえの前世は、とても人様に褒められたようなもんじゃあなかったんです。西郷さんのような英雄とは程遠い、クズのヤクザもんでした」


「ヤクザ? ああ、無頼の博徒者でごわすか?」


「へい、自分は死んで地獄行きになる予定でした。ですが、やりたかったんですよ。本来の極道としての生き方、弱きを助けて強きを挫く生き方を。てめえの力で、多くの人々を助けて、自分自身も救われたかったんです」


 これはマサヨシの本心だろうとイワネツは思う。


 アウトロー出身の自分も、魂の救いを求めて多くの世界で戦い、多くの人々を救いに導いてきたからだ。


「うむ、なっほど、そうけ。じゃっどんほんのこて、それだけとね?」


「と言うと?」


 しかし、マサヨシの勇者としての活動は、それだけではない側面もあることをイワネツは知っている。


 このマサヨシは、勇者になっても縄張りと影響力の拡大を目的にしており、異世界で組織した自分のヤクザ集団や後進の育成と称して、多くの勇者を影響下に置いている。


 そしてその手法は、自分以外の悪を許さないという、いわば悪の専売特許と言えるような、暴力的な活動も伴っていた。


 その二面性に、イワネツは綺麗事を言いやがってと鼻白み、顔を合わせばことあるごとに言い争いになっている。


 その矛盾とマサヨシの本心を、もしかしたら兄弟分になった西郷ならば、解き明かすのではないかと、会話に耳を傾ける。


「前世で、おいも赤報隊ちゅう奴らを使うたこっがあっど。奴らんほとんどが、浪人や武功を挙げよごたっ公家連中、中には将官として才能あっ奴らめた。相楽、あれはあれでよか男やった。「赤心を持って国恩に報いる」やったか」


「赤報隊……相楽総三などが中心になった維新の軍団の一つですね。一部の悪さがすぎて偽官軍ってことで処断された」


「そうじゃ。軍規破りのええ加減な連中ば多かったち聞いちょい。じゃっどん、こんたおいたちが、あんわろらに新政府ん汚点をなすりつけたことも否めん」


 赤報隊とは、江戸時代後期の幕末に結成された草莽隊で、王政復古により官軍となった長州藩、薩摩藩を中心とする新政府の東山道鎮撫総督指揮下の一部隊である。


 赤報隊は新政府の許可を得て、「年貢半減」を掲げて民衆の支持を取り付けたとされるが、新政府は年貢半減の書き付けを一切総三らに与えておらず、赤報隊が下諏訪に至ったところで総三らを、「勝手に年貢半減を触れ回った偽官軍である」として、捕縛して処刑した。


 彼らの名誉回復は、西暦1928年、昭和三年までかかったと言われている。


「そん中に、小宮山勝蔵なっ男めた。無頼者には有名な博徒やったらしか。やつは戦で名を上げて人脈を築きながら、ワシら新政府に、とっくん昔に金が尽きた甲斐ん黒川金山ん採掘を願い出っせぇ、公金詐欺も企てたやつめた」


「知ってます。自分の時代でも有名な渡世人、黒駒の勝蔵親分ですわ。けど、自分は赤報隊の件、あなた方の汚ねえやり口だと思いますよ。西郷さん達は、あの人らに新政府の負の側面を押し付けて都合よくいいように使った。俺はね、そういう権力側の汚さ、よおくわかってますぜ。それを出し抜く方法も、自分も人々もいい目を見るような方向性に持っていくのもね」


 西郷は、博徒出身という勇者マサヨシの話から、この男は世の不条理を正さんとする高潔さも持っているが、反面、自分の立場を利用し、勇者という活動を掲げながら、己の欲を満たそうとする狡猾で抜け目のない男であることも見抜く。


「清水どん、腹ば割って話しもんそ。おいが見て、おはんほどんしが、自分の利益にならんようなことをすっわけがなか。本当は、あたはないを考えちょるんじゃ?」


 さすがは維新の西郷隆盛、隠し事はできないと、マサヨシはある意味で嬉しそうに笑う。

 

 また今の会話から、自分の心根を見越すような方向に持って行かれたと、勇者マサヨシは思い、伝説の維新志士への敬意から、自身の本音を話そうと決心する。


「ふふ、さすがは俺の憧れの西郷さんだ。それじゃあ腹割って話しましょうか。自分が受けた特命はあくまで建前で、あたしの狙いは、最終的にこの世界をてめえの神の縄張りにするためですよ」


 やはりかと、イワネツは顔をしかめる。


 この世界を自分の影響下に置くために、自分の女神ヘル達の縄張りを荒らしに来たとイワネツは理解する。


「なぜ? あたは何を考えちょると?」


「はい。この世界の300年前、自分は担当神達の顔を立てて引いてやったんです。だが今度は、俺に無断であの子を、ヴァルキリーとも天女とも言われてるマリーを、神に仕立て上げる気なんです」


 そんな話は聞いていないと、イワネツは会話に加わろうとしたが、西郷は右の手のひらを向けてイワネツを抑える。


「天女様のこつか?」


「ええ、あの子は俺の弟子です。そんで、ここの世界の担当神は、師である俺に無断で、勝手な引き抜き。しかも、てめえらの不手際を拭うため、俺の弟子を神に仕立てあげるのは、筋も道理も通らんわけです。というわけで、あの子を神にするんなら、この世界は俺の縄張りにするってことですよ」


「うーむ……それだけとね?」


 西郷は、このマサヨシの言い分、それだけではないように思えて、さらに詳しい理由を聞き出そうとした時だった。


 西の丸周辺で、若者達がうるさく騒ぎ立てる声がし、イワネツは特大の舌打ちをする。


「せからしか。なんじゃい?」

「チッ、ちょっと見てくるぜ」


 マサヨシの対応を西郷に任せて、イワネツは西の丸から池と堀、松林で構成されている庭園の様子を確認しに行く。


 すると虹龍国際公司の社員にした元長洲氣兵隊が、背が低い髪型がアイパーの青年と、大柄で白の特攻服を纏う少年と何やら言い争っていた。


「なんぼ先輩でも、いけんじゃって。社長は今、会議中じゃけぇ」


「なんじゃ高杉お前。先輩の言う事聞けんようなるくらい、偉うなったのか? つべこべ言うとぶん殴るで!!」


「てめーカオルの後輩かこの野郎!! いいから勇者様に会わせろって言ってんだよ!!」


「なんちゃコラ? われぇ誰や? ぶち殺すぞ!」


 すると長洲のヤンキー達も騒ぎを聞きつけ、騒ぎが大きくなったのを見たイワネツは、目の前の松の木に拳を叩きつける。


「うるせえっ!!! 殺すぞ!!!!」


 松の木が根っこごとひっくり返り、イワネツの一括で静まり返った。


「タカスギ!! 説明!!」


「はい社長。地元の先輩のカオル君が、榎戸最強のヤンキーやらいうやつを連れてきて、社長に合わせろって」


「あ゛?」


 額に角を生やす大柄の若者が、真紅の特攻服を纏うイワネツに駆け寄り、頭を下げたあと目の色を輝かせてイワネツを見る。


「す、すげえ。マジで神みてえなヤンキーでカッケェ! 自分、榎戸淺草で獄悪ってチームで暴走してる、小二郎いいます。勇者様に会いたくて、その……」


「あん? なんだお前、俺のファンか。ん?」


 ヤンキーの小二郎の両手が、真っ赤に血濡れているのをイワネツが気がつく。


「なんだお前、手ぇどうした?」


「あ、これなんすけど、怪我じゃねえっす。今、間東中のヤンキーの頭共が榎戸に集まってやがるんで、誰が最強かわからせるために、そこのカオル立ち会いでタイマン張りまくって、全部ぶっ飛ばしました」


「勇者様、こいつぶちすげえけ。榎戸最強じゃって」


 意味がわからないと、イワネツは小首を傾げる。


「はあ? えっと、何でだよ。意味わかんねえぞ」


「いや、榎戸は自分の地元なんで、生意気な野郎とかムカつくんで全員ボコったっす」


「だから意味わかんねえよ!!」


 イワネツは小二郎の頬を引っ叩き、文字通りぶっ飛ばすと、アイパーの青年、井上カオルの方を向く。


「お前、カオルとかいいやがったか? そんでお前、何?」


「あ、いえ。こいつと仲良うなって、誰が西ジッポンで最強やらって話になったんじゃ。そんでうちの後輩の久坂道武やら、タイマンとかぶち強いぞって話になって」


「で?」


「じゃあ、勇者様と西郷君の許可もろうて、うちの道武とタイマンしようって……ウゴォ!!」


 イワネツから前蹴りをくらって、井上カオルがぶっ飛ばされた。


「アホかお前ら!! ジッポン新政府を立ち上げるってのにゴプニク(チンピラ)共が!! タイマンとやらの前に俺がお前ら全員を殴ってやるぞ!!」


「カオル先輩さあ、五郎君から聞いたけぇ。先輩、今度新設される五郎君の外務省入り内定しちょるんじゃろうが。ええかげん大人になってくれんよ」


 すると、長洲のヤンキーで大臣が内定した二人が、小走りで駆けてくる。


「うるぁ!! 何やっとんじゃコラァ!! 勇者様に迷惑かけんな!!」


「おんどれら、引退集会は終わったんじゃ! ヤンキーは引退って五郎君も言うたじゃろうが!!」


 リーゼントをやめて七三分にしたスーツ姿の桂と、サングラスから黒縁眼鏡に変え、紋付き袴のスキンヘッドの久坂二人の姿を見て、高杉が思わず吹き出した。


「ちょ、ププ、なんすか五郎君、その髪型。七三似合うてねえ。久坂もお前その眼鏡なんじゃ。揃いも揃ってチンドン屋か、クク、ハッハッハ!」


 イワネツも、大臣就任予定の二人をじっと見つめ、内心不安になってきたのか、ため息を吐く。


「クルァ! 何わろとんじゃ!! ワレの髪型こそなんじゃい!!」


 襟足を伸ばして金髪にした高杉の髪型に、桂が突っ込む。


「あ、五郎君、自分、会社の命令で歌手やりますけぇ。自分はこれでええんちゃ。ていうか久坂お前、何が大臣じゃ。眼鏡だけ真面目ぶって頭ハゲとるじゃねえか。イカつさが隠し切れてねえ……ぶっはっはっは!」


「新作! ワレェぶち殺すぞ!! ん?」


 弾左衛門こと小二郎が、久坂に対し火花が飛び出すくらいのメンチを切り、ガンを飛ばす。


「なにガン飛ばしとんじゃコラ」


「てめーがカオルが言ってた道武かよ。なかなかいいガタイしてんじゃねえか? よう、俺とタイマンやろうぜ」

 

 自分が軽めに殴ったとは言え、唇が切れただけで、さほどダメージを受けずに立ち上がった小二郎に、イワネツも内心驚き、龍馬も土方も榎戸城内で不穏な空気を感じて小走りでやってくる。


「てめえらうるせえ! 何やってんだよ!! ん? ぶはっはっはっは、なんだお前ら、アッハッハ!!」


 土方が、長洲の二人を見て指さして笑う。


「お前ら桂と久坂……なんだそのなり、アホみてえだな。ウケ狙ってんだべそれ。は、腹痛え……くくく、ハッハッハ!!」


「なんじゃおまわりコラ!!」


「まあまあ、言うてやりなさんな。ところで、その特っ服着ちゅー、ようわからんこいつ、誰や?」


 小二郎が、憧れのカリスマヤンキー、土方がやってきたと歓喜し、満面の笑みになった。


「ワレどこのどいつじゃコラ!」


「うるせえどけよ」


 ガンを飛ばし返した久坂の胸を突くようにして押し退け、小二郎は土方の前で頭を下げ、憧れの表情で土方を仰ぎ見る。


「うっひょー、やっぱ土方君だ! 自分、淺草で族やってる小二郎って言います。自分、中坊の時、パクった原付で多魔まで行って、センター駅の神選組引退集会でお見かけしたことあるっす! 押忍!!」


「あ、そうなの? おめえ、地元淺草か。で、小二郎だっけ? おめえ何の用だよ」


「はい、自分も土方君みてえに、全国制覇目指してて、ここいらの族の頭連中、みんなボコったんで。自分、西ジッポンの大坂とか京で鳴らした久坂とかいうヤローと、喧嘩しに来たっす。自分、全国制覇するっす」


 すげえ単純で頭が悪い理由だなと、土方は頭をぽりぽり掻きながら、イワネツの方を向く。


「いや、一応こいつ明日から大臣やるし、それにヤンキーやめたんだよなお前?」


 イワネツが、遠回しに久坂に相手にするなと話を振るが、久坂は自分がなめられてると、小二郎に敵意剥き出しでガンを飛ばす。


「はい、勇者様。自分、ヤンキーも族もやめたけど、こいつ調子にのっちょるけぇ。それにワシをねぶっちょるんで、ボコりますけぇ」


「ええぞ、久坂ぁ! 榎戸のヤンキーか知らんが、ワシら長洲ねぶっちょるけぇ、こいつボコせ」


 桂も久坂をけしかける様相に、全員とりあえずぶん殴ってやろうかとイワネツが拳を固めた時だった。


「兄弟、着信じゃ。これどげんして相手に出ればよかど?」


 西郷が、新たにイワネツ宛に着信が来たと、水晶玉を手にして、姿を見せる。


「あ? お前シミズとの話は終わったのか。どれ」


 イワネツは手渡された水晶玉に表示された、見知らぬ周波数からの着信に出る。


「俺だ」


「父上、私です。カムイです。イソ・カムイ・ニシパポウ・マキリ・ルーシーです。あの殺害予告、いくら父上でも無礼極まり、甚だ遺憾です」


 イワネツに連絡してきたのは、ジッポン北に位置する、エルゾ王国の王太子、カムイだった。


「お前、勘違いしやがって。俺はお前を息子とは認めてねえぞ?」


「いや私はあなたの子です。父よ、ジッポンを制した伝説の英雄、勇者よ。あなたの発信した映像を確認しました。ジッポン幕府は、どうやら父上が滅ぼしたみたいですね」


「おう、そうだ。この国にはもう、幕府はいらねえ。サムライなんていう身分もな。ついでに言うと、エルゾとかいう王国も、もういらねえ」


 イワネツの周囲に集まった元ヤン達と、ヤンキー達が、現世界最強と呼ばれるカムイと、勇者イワネツとのやりとりに固唾を呑んで見守る。


「私はエルゾの民のため、王国を守護せねばなりません。父上、あなたの意向には断固拒絶する。ちなみに、私の一人娘、レイラはどこに?」


「ああ、それな。好きな男ができたって言うんで、俺の手元から離れて、どっか行っちまった」


「!? 父上、あなたは私に娘を引き渡すはずではなかったんですか? レイラは、娘はどこに!?」


 カムイの娘、レイラはヴィクトリー騎士アレックスに惚れて慕っており、現在はアレックスと共に活動しているのだが、カムイはその事実を知らない。


「黙れアホ、もうあの子を縛る者はいねえ。きっと素晴らしい女子アスリートになる。そういや、お前もスポーツやってんだっけ? 得意種目はなんだよ?」


「……若い時に、陸上種目と格闘種目は全て制覇しました。今はルールも変わり、オリンピックにエルゾの民は出られません」


「なぜだ?」


 エルゾ王国は、多くのアスリートを世に出すも、彼らが使う精霊の力と身体能力を世界各国の委員、特に北欧諸国から不公平であるとの理由で、エルゾ国籍の選手の出場を制限した。


 結果、オリンピック選手になるには、エルゾ王国以外の国籍を有してなければならず、親心の意味と今後の外交カードからカムイは娘を将軍家へ嫁がせようとしたのだった。


「差別です。我らエルゾ人は精霊の加護で優れた身体能力を持っているのに……私達は、世界のため人類のためにスポーツ振興をしてきたのに、この世界で差別を受けて我が民の未来は……。あなたが救った世界は残酷で、理不尽だ。ジッポンも我々を騙し、迫害した。我らを受け入れてくれたのは、かつての同族、ルーシー連邦だった」


 エルゾ人のスポーツマンの多くを支援したのは、アマチュアスポーツが盛んなルーシーランド連邦で、国威高揚のためにルーシーとエルゾのオリンピック同時開催を目指すも、北欧諸国とオリンピック委員会は、人権問題から黙殺されて今日に至る。


「そうか、だからお前はルーシー、かつての同族達と手を組んだのか」


「ただ、プロボクシングと総合格闘の参加が認められています。そして私は、この100年間無敗のチャンピオンです」


 ボクシングと聞いて、イワネツは口元を歪めて笑う。


「なるほど、ボクシングチャンプか。階級は?」


「ミドル級から始めて、今はヘヴィ級。ここ数10年はまともな挑戦者はおらず、おかげで国政に専念できています」


 カムイの戦績は、ボクサーとして今まで99戦、99勝、99KO勝ち。


 対戦相手をことごとくリング禍にしてしまうため、ここ最近はまともな挑戦者も現れず、パウンドフォーパウンド1位にして、絶対無敗のチャンプとしてスポーツファンに有名である。


 またナーロッパのイリア共和国で開催される、総合格闘技の試合にもカムイは何戦かしたが、相手を1ラウンドで屠ってしまうため、まともな試合も成立しないほどの強さを持つ。


「ヘヴィ級とはハラショー。お前が本当に俺の子なら、それを証明する必要があるな?」


「……証明ですか」


「ふふ、俺も得意なんだボクシングが。人をぶん殴るのも嫌いじゃねえ。お前、今からジッポンに来て俺と戦え。チャンピオンたる者、いついかなる挑戦は受けて立つ、そうだろう?」


 挑戦者がプロモーターも兼ねるなど、カムイにとって始めての申し出。


 カムイはイワネツが何を考えているか、何を望んでいるのか読み解こうと考える。


「なるほど、試合ならいつでも、どこでも、そこに、リングがあれば可能です。挑戦者たる父よ、私とのファイトで、あなたは何を考えているのですか?」


「ああ、お前が俺に勝ったら、俺はエルゾ王国とお前の存在を認知し、お前の下についてもいいし、金もやる。俺が勝った場合は、親である俺に従え」


 イワネツは、今までまともな家庭を築いたことも、子を持ったこともない。


 当然このカムイに、肉親としての情もなければ、今更普通の親子のように接してやれないこともわかっていた。


 また魂の中にいるバサラが、カムイをイワネツの子であると告げている。


ーーバサラ、お前が俺と契約交わす前、お前が自身に定めたルールだったな。お前の魂は、子孫を介して継承される。お前は俺との契約と、自分が決めた掟の板挟みになっているってことだろ? じゃあお前は勝ったほうにつけ。


 イワネツは、バサラが選択すべき道を示そうとする。


 自分が負けた場合は、カムイがバサラの力を継ぐ。


 自分が勝てば、自分との契約を果たせと。


「お前が俺の子であることを示すなら、拳で語れ。お前と俺、どちらが優れたアスリートか、試合で証明できるはずだ」


「そうか、それであなたは私を子として認めてくれると。ならば父上、今から私はジッポンに向かう。対戦予定日は?」


「二日後だ。これは全世界生中継の、最強の男を決めるスペシャルショーになるだろう。そのためには、お前にやってもらいてえこともある」


「なんでしょう?」


 イワネツは、カムイとの決戦に邪魔が入らないようにする策を告げ、明後日、榎戸の国技館で、世界ヘヴィ級タイトルマッチを行う確約を取り付ける。


「そういうわけで、お前は二日後、勇者たる俺とボクシングのタイトルマッチだ。万全の状態でこっち来い」


「いいでしょう。父上、お覚悟を」


 イワネツは、笑みを浮かべながら、西郷達に振り向く。


「よう、新政府の仕事だ。でけえ興行になるぞ? 世界最強のヘヴィ級現役統一チャンプと、俺との戦いを、全世界生中継にする。サカモト!」


「はい、勝社長」


「お前、このイベント仕切れるか? 世界最高の戦いの収益は、俺たちジッポンがいただく。放映権、スポンサー、さらに賭けと興行で派手に行くぞ。サイゴーいいか?」


「よか。ヴィクトリーから受けた経済戦争ん損失を、こん興行でまず軌道にのせったぁわかった。だが放映権はともかっ、宣伝費はどうすっ? 広告主もジッポン以外から広う集めんにゃならんじゃろ? 明日ん即位ん礼も内閣発足ん儀もあっし、時間が足らんような気がすっど」


 西郷にイワネツは笑みを浮かべ、もう一人の兄弟分に水晶玉通信をする。


「よお、ジローの兄弟。お前、何やってんだよ今」


「ハイサイ兄弟。(わん)ねー、シミズの兄貴ぬ(くまっ)ちてぃ、慌てぃはーてぃーさぁ。そっちー、うまさるくとぅ、なたるぐとーんやー?」


「おう、まあな。それでナーロッパにいるお前に頼みがあってな」


()ー? ちゃーる頼み事やん?」


 イワネツは、自身の子である世界最強の男、カムイとのタイトルマッチと、その興行について大まかな説明を勇者ジローにする。


「というわけで、これからジッポンで世界ヘヴィ級タイトルマッチのでけえ興行がある。お前の方で、スポンサー企業とかの広告主や興行の手配とか、ナーロッパ方面でもできるか?」


「ボクシングぬ興行んでー、ゆたさるくとぅ、うみちちゃんやー。我ねー、ハブ対マングースぬショーから、歌謡ショー、劇場、ディスコ、イベント興行やれーぬーやてぃん得意やさ」


 ジローは沖縄のコザ一帯の興行をシノギの一つにしていた経験や、数多の世界で武道や文化芸術を振興するのを得意とする勇者でもある。


 イワネツがボクシングタイトルマッチ興行を頼むのに、最も適した人材がジローと言えた。


「そうか、俺は密輸や闇市とか開いたり、人をぶん殴るのは得意でも、そっちはあんまうまくねえんだ。俺の新しい部下にサカモトって野郎がいるから、お前と協力してくれねえか?」


「うん、ゆたさんどー。明後日までぃんかい目処ちきとーちゅんさぁ。兄弟またやー」


「おう、頼んだぜ兄弟(ブラート)


 通信を終えたイワネツは、西郷にニコリと笑う。


「俺の信頼できる兄弟だ。あいつも日本出身の勇者でな、先祖が祀ったニライカナイとかいう神域の加護を得てる」


 西郷は、奄美大島に流人した際、妻の一人に迎えた加那ことあいかなより、島の神が本土と違うネリヤカナヤともニライカナイとも呼んでいたことを思い出す。


「……琉球か。おいは、ジローちゅう男には会わん方がよかかもしれんな」


「? なぜだ?」


「琉球と薩摩は歴史的な因縁があっ。新政府とも琉球も因縁があっ。あっ意味で琉球王国を力で征服したのはおい達の先祖で、おいの前の新政府やった」


「なぜ琉球とやらを、お前の時代の日本が征服した?」


 東アジアの歴史に詳しくないイワネツは、西郷に、琉球国から日本の沖縄に変わった理由を、興味本位で知りたくなった。


「日支両属と琉球は言っていた。日本にもよか顔をしよごたっし、清国にもよか顔をしよごたっとね。幕府の時代ならばそれでよかったんじゃ。じゃが、問題は西欧列強国やった」


「西側か。それとソ連の前のロシア帝国」


「日本が琉球ん領有権を主張せんにゃ、当時列強に弱腰やった清国ん隙をつかれ、琉球が英国仏国蘭国米国露国に侵略を受くっ可能性があった。そして琉球を盗られたや、日本は、清国含む列強から滅ぼされる。そげん地理にあったとが琉球やった」

 

「なるほど、ようは地政学的な問題か」


 南西諸島と呼ばれる地域は大きく分けて薩南諸島、琉球諸島(沖縄諸島、先島諸島)、大東諸島という三つの地域で成り立っている。


 沖縄は南西諸島のちょうど中間に位置し、九州南部からは約600km、台湾まで約600km離れており、最西端の与那国島と台湾は約111kmしか離れておらず非常に近接しており、さらに南西諸島全域が東シナ海を挟んで中国大陸と対峙している。


 琉球が古来より交易で栄えたのは、この恵まれた立地があったためであり、琉球国が真南蛮と呼んだ東南アジア諸国とも、西欧諸国が進出してくる前は交易が盛んだった。


 だが東南アジアは、スペインやポルトガルの影響下におかれ、徐々に琉球国は東南アジアの交易路を絶たれ、17世紀初頭には、王国官僚の謝名親方の不手際により、幕府の認可を得た薩摩藩からの侵攻を受ける。


 時代が流れ日本の幕末近くなると、フランスやイギリスの宣教師が来琉し、琉球を西欧列強が軍事力を背景とする布教活動を試みていたのもまた事実である。


 そして琉球からも近い、東南アジア諸国は、緩衝国となったタイ王国以外は、西欧列強の植民地と化していた。


 つまり地理的に見ても、日本と大清帝国を制することができる要所として、西洋の植民地化を狙われていたのが、当時の琉球王国。


 大日本帝国は西欧列強に侵略される前に、琉球と台湾を自国領にせねば、大日本帝国が西欧列強国から侵略される。


 世界は弱肉強食の帝国主義時代だったのだ。


「そして諸外国に対抗でくっような軍事力を、琉球から奪うたんも、おいたち薩摩ん先祖やった。じゃっで大日本帝国が琉球の面倒見っしかなかったんじゃ、結局」


 西郷の死後、琉球処分を経て明治政府は琉球を廃し、明治12年に沖縄県を設置。


 明治25年の日清戦争を経て、当時日本と清国の間で揺れていた沖縄の領有権が、日本側に確定したのだった。


「西側とロシア帝国のせいで、今までのどっちつかずではいられなかったわけだな。大国の都合で、文化的な国が無くなってしまうのは悲しい話だ。そして皮肉なことに、ルーシー連邦にも、ジッポンにもいい顔しようとしたエルゾに、自分の子の国に、俺は同じことをやろうとしている。なんともクソッタレな話だとは思わんか?」


「イワネツ……。やはりエルゾはジッポンば併合すっしかなかようじゃな」


「ああ、エルゾを抑えねえと、ジッポンもこの世界も安定しねえ。ところで、シミズのクソボケは?」


 イワネツは、途中で中断した勇者マサヨシの会話が気にかかっており、西郷にマサヨシとの話が最終的にどうなったかたずねる。


「親心じゃったな」


「親心?」


「清水ちゅう勇者は、長か時を生きてきっせぇ、自分の息子、娘ち呼ばるっ存在は、もはやこん世に5本ん指で数ゆっほどしかおらんらしい。長く生きすぎて子や孫に先立たれたごたっ。天女はんは、清水にとって娘同然らしかった。心配なんじゃろう? 神に祭り上げられそうな自分の娘っ子が」


 そういうことかと、なんとなくではあるがイワネツは納得に至る。


 つまり子を心配に思う親と同じ気持ちであると。

 

「ふん、そうならそうと言えよあのアホが。多分あいつは、シミズの野郎は、あの子を神にする気なんざねえだろう。あいつは力も強いが、タチの悪い陰謀家でもあるからな、きっと何か企んでるぜ」


「かもしれんな。そいで明日ん、皇子様の即位ん礼が終わったや、王政復古じゃ。兄弟、わいはおいん大臣じゃが上も下もなか。おいはわいと兄弟じゃっでじゃ」


「ああ、そうだな。それで皇子が即位したら年号変えるだろう? 今の年号は確か、慶應だったか?」


 西郷は頷くと、次の年号を書いた半紙をイワネツに見せる。


「これは漢字か? 漢字は読めねえぞ俺。なんて意味だ?」


明治(めいじ)じゃ!! 明るい治世と書いて明治!! 天帝とワシら民の夜明けの政治じゃ。そしておいん人生、まいっど、やり直しじゃ!!」


「ハラショー、素晴らしい年号だサイゴー。あと俺と一緒に大臣になる久坂というガキと、角生えた小二郎というガキ」


 二人はイワネツに呼ばれ、直立不動になる。


「お前ら、俺の前座で殴り合いやれ。蹴りなし、頭突きなし、噛みつきなし、組み技なし、金的と目潰しなしだ。先に倒れて10秒経ったら負けだ。簡単だろ? 高杉!!」


「はい社長!!」


「お前は、試合の前に盛大にショーを盛り上げる、ロックを奏でろ。お前の歌も世界デビューだ」


 こうして父と子による、世界最強の座をかけた戦いが始まろうとしていた。

今度は主人公の視点に切り替わり、別の父と子の話に切り替わります

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