第258話 悪意が生まれた日 後編
「エリザベスよ、これは……止めなきゃダメだ。あの子を操る悪意を、止めよう」
「ええ、あなたの騎士団でサポートをお願いする」
デイビッドは頷き、自分のカバンからノートをエリに手渡す。
「これは?」
「我が愛する妻よ。メアリー、娘を操っている者の背後にいる邪悪共の全容がわかり始めてきたのじゃ。お前にもこれを。愛するエリザベス……あのオーディンの悪意と呪いは、まだこの世界に残っている」
「オーディンの呪い?」
「そうじゃ。ワシは、お前達と別れた後に北欧で活動し、全ての元凶の正体を突き止めようとした。北欧ノルドの古い文献を研究し、やっとその正体が、悪意の源がわかったんだ」
この世界で大帝国を築いていたノルド帝国、私達がフレイを倒し、300年前に帝国を解体した地域。
そうか、エドワードの容姿はエルフと見分けがつかないから、彼は旧ノルドで活動してたのね。
「ノルドを築いた神は、人類社会を築いた女神フレイアの兄神、フレイと呼ばれる男神という。ノルドの古い文献に載っておった。古代ではエルフと呼ばれるワシらルーシー人の生みの親じゃ」
「女神フレイアの……兄か。デイビッド、それであなたはそのフレイがメアリーと、背後にいる存在とどんな繋がりが?」
「ルーシー王家に代々伝わる、魔剣グラムと呼ばれた剣の文献じゃ。ルーシーは、神フレイに愛されし選ばれし一族と記されておった。その証がこの魔剣グラムじゃ」
映像のデイビッドが、エリに鞘付きの剣を手渡す。
今はアレックスが手にする魔剣グラムだった。
「魔剣グラムの伝説には、こう記されておった。今よりはるか昔、精霊と神に愛されし王のエルフの一派は、三人の王子がおり、この魔剣グラムと王位継承を争ったとされるのじゃ」
「三人の王子……か。それで魔剣グラムを持つ正統後継者が、あなたの一族だったと」
映像のデイビッドが首を横に振る。
「正統後継者は、長男のヨハンであるとされる。しかし長男ヨハンを騙し討ちし、次男ルーシーと三男エルゾーの王子二人が、魔剣グラムを手に入れたという。これに精霊の神フレイは激怒した。二人の王子と領民達を、正統なエルフと認めなかったと記されておった」
なるほど、私達が倒したノルド帝国の女帝も、ヨハンって男名だったのは、自分達が正統なエルフであると主張する、一種の大義名分だったわけね。
「その次男王子の一族が……あなたの王家?」
「ああ、そして文献にはこう記されておった。三男の王子の一族は、精霊神フレイの許しを得るために、東に旅立ったという。フレイの父神ニョルズの地で、許しを請おうとしたようじゃ。そして我が一族は……」
デイビッドの話は、この世界のルーシー人とジューの差別問題の、確信に触れる話だった。
次男王子ルーシー家は、魔剣グラムを持つも正統なエルフの王と認められず、彼ら一族が途方に暮れた時、伝説の神が現れたという。
「文献によるとルーシー達の前に、やつが現れたのじゃ。黒のローブを身につけて、肩に大カラスをのせた片目の老人のような神。フレイ、フレイア、ニョルズの上位神、オーディンじゃ。オーディンは言った。認めさせればよいと、自分達の優位性を。闘争を持って自分たちの優位性を、全ての者に認めさせよと」
「そしてルーシー人は……オーディンを神と崇めるようになったわけね」
「ああ、そのようじゃ。そしてオーディンはこのような予言も残したのじゃ。闘争に勝利し、自分達の優位性を発揮した暁には、悪しき神を打ち倒す最終戦争が起きるだろうと。戦争が終われば、ルーシーを救う神子、全てを統べる光の神子が誕生するであろうと」
こうして起きた争いが、フレイアの支配地域だった古代ロマーノ帝国、そしてバブイール王国と、ルーシー達の戦争だった。
ハイエルフの一族、ルーシーは今でいうフランソワ一帯で、勢力を広げて暴虐の限りを尽くしたという。
古代ロマーノ帝国の文献にも、帝国圏に蛮行を繰り返していたエルフの一派へ、復讐するために戦争になったと記述されている。
結果はルーシー達の敗北、そして奴隷化。
「現代でいうキエーブと東ライヒ、ルーシーランド連邦三カ国の国境の地、ミンスクーとオブニンシュク、別名カルガー地域。ここでルーシーは敗北を味わい、ヒトへの憎しみが生まれたという」
フレイとフレイアは、こうしてお互い疑心暗鬼に陥り、東の果てに行ったエルゾー王家は、ジッポンとエルゾ島で勢力を築き、ニョルズを激怒させた。
一方のオーディンは、ルーシー達を焚き付けるだけで、力を貸そうとはせず、ヒトとエルフの民族闘争によって自分の子のバルドルを甦らそうとしたんだ。
そして東の果てのアスティカ大陸で、当時の精霊界の実力者達を取り込み、楽園計画を練って。
「こうしてルーシー王家は、古代ロマーノ帝国に敗北し、王都ホルムガルドを追われて、南を目指してキエーブの地へと落ち延びたのじゃ。ルーシーの臣民達を、奴隷として差し出すことで……」
「そう、だったのね。そして、オーディンは300年近く前のあなたにも、大戦を起こさせるようにしたと」
「うむ、妹の死につけ込んだあのクソッタレの神め。やつは最終戦争と救世主伝説をルーシーに信じ込ませるために、ルーシーを道具にするために利用したのじゃ! そしてもう一つ、重要な手掛かりがあった。それが大昔に記された「エルダー記」と「シナイ文書」からなる光の神子、ワシは存在Xと仮定したが、こいつに関することじゃ」
デイビッドは、エリに渡したノートをめくらせ、記した内容を指し示す。
「存在さえ不確かだったエルフの古文書に、書いていたのじゃ。これによれば今から1万年以上前、神フレイは光の神子の復活を、この存在Xが蘇ることをエルフ達への命題にしていたと言う。エルフが御三家に分かれる前の話じゃ」
私と先生がフレイから見出した真実と矛盾がないわね。
フレイは自分が関わったバルドルの死で、オーディンに一切逆えなくなり、バルドル復活の陰謀に協力させられた。
「光の神子の復活には、闘争による戦火が必要だったという。だから古代エルフは御三家に分断し、競い合わせられ、闘争心を植え付けられたのじゃ」
「酷い。その後の人種差別と混乱と争いが、全てこいつら神々に計画されていたのね」
「かの光の神子の復活が成されれば、闘争を生き延びた選ばれしエルフは救われるとエルダー書にあった。古の神の魔法に魂復活という禁呪法があったそうだ。そのためには、この世界の人間に宿る闘争心と戦火と、闘いで死ぬ魂が必要だと……シナイ書に残されておったのじゃ」
私達が得た情報通りね。
数多な次元世界で生まれしヒトの中には、戦うことでしか己を表現できない魂が数多くいたという。
知的生命体には、生命誕生の原初の業ともいうべきか、子孫を生み出すために競争し、進化を促すための宿命の闘争本能。
オーディンは、闘いに意味を見出す人々の、戦士達の魂を救済するという名目と、バルドル復活のための楽園計画を発案した。
「……まるで悪魔みたい。人の負の感情を利用して、魂を生贄に自分の復活を目論むなんて」
「そしてこれは、ある勢力がずっと自分たちの正統性を保つために保管しておった。じゃが、我がロストチャイルド財閥が、北欧の博物館を買収することで、写本を手に入れたのだ。この写本で北欧のエルダーエルフ共の憎悪も全てわかった」
そう、ここがよくわからない謎の部分。
北欧ノルドはかつて私や先生達で在り方を変えさせたはずだし、皇帝ヨハンだって、隠遁生活を送ってて。
「デイビッド、その憎悪とは?」
「北欧のノルド帝国復活と世界支配を目論む悪党の一派じゃよ。やつらは、長い年月をかけてノルド一帯を裏から支配する一族じゃ。あ奴らはワシらよりはるかに長命で、俗世間に姿を見せぬが、神気取りでこの世界の何処かで陰謀を巡らせておる」
私は、先生の方に振り向くと、先生は頷いた。
やはり300年前、私達が倒しきれなかった悪の存在がいるかもしれないと。
「陰謀……それはどんな?」
「うむ、奴らは俗世間に姿を見せぬが、巧妙に陰謀を企んでる世界の敵じゃ。例を挙げると巷で流行り始めた環境政策、あれには大いなる陰謀が隠されておるのじゃ」
映像のデイビッドは、北欧のどこかに巣食う謎の組織について、エリに打ち明ける。
「そ奴らは、新たなる神を欲しておる。奴らの信仰していたフレイは、ヴァルキリー……マリー姫に討伐されたとされるが、こ奴らはそれを憎んでいるのじゃ」
「それと環境政策と、どんな結びつきが?」
「うむ、エリザベス。今の現代は、虹龍国際公司が開発した旧バブイール地域の油田に頼ってる。じゃが、北欧でも大きな油田が発見された」
ああ、なるほど。
つまり北欧の一派にとっては、旧バブイールと虹龍国際公司の油田が邪魔ってことで、だから環境政策か。
環境政策って聞こえはいいけど、イワネツさんの言ってた通り、産油国や先進諸国への圧力だったり、環境ビジネスで詐欺まがいの話で、お金を集める方法も取れる。
ここから導き出される答えは、旧バブイールの産油国や先進諸国に圧力をかけながら、商人達を使って裏で自分達の原油を売り付け、莫大な富を得ること。
だが私がこの前会った隠遁生活を送るヨハンの話と、デイビッドの話に矛盾があるわ。
ヨハンは、確かジューの一派がオーディンと光の神子の復活を望んでて、財団を操ってるのはヴィクトリーの財閥、デイビッドのロストチャイルドって話だったが。
どちらかが嘘、または思い違いをしている?
「奴らは今の国際ルールを変え、油田が生み出す莫大な富で力を蓄え、ノルド帝国を復活させる気だとワシは推測する。他にもエリザベス、この世界の金とダイヤモンドにまつわる話を知っておるか?」
「ええ、デイビッド。この世界の貴金属については、確かジッポンが金の流通と生産が世界一のはず。続いて、チーノ地域とヒンダスだったわよね。ダイヤモンドは、ヒンダス地域や旧バブイール王国圏が産出地で加工も盛んだったはず」
「そうじゃ、表向きにはな。だが、裏の流通網があったのじゃよ。それがかつての我がルーシー王国じゃ。王国の山岳地域では金もダイヤも採掘できた。この希少で高価な金とダイヤを元手にジュー達が、基軸通貨リーラを発行してきたのじゃ」
かつてのルーシー王国が、ダイヤモンドと金の生産地で、ジューの商人達を通じて、通常の流通ではなく裏の流通で巨万の富を得たという真相。
金やダイヤに裏打ちされてたから、300年前の基軸通貨リーラが力を持ってて、ジューの商人達が暗躍できたのか。
「じゃが、北欧の連中はそれが欲しくてたまらなかったのじゃろうて。ドワーフと呼ばれたスーデン人の採掘技術があれば、自分達が世界を支配する金もダイヤも手に入れられると思ったのじゃろう。ルーシーの地を手に入れるため、覇権国家ジッポンを滅ぼすための策謀を、奴らは戦後英雄達がいなくなったことで、考えておったのじゃ」
きっかけは、やはり私達がいなくなってからか。
……やはりあの時、私はこの世界に残ってればよかったんだ。
あの結末が、悲しくて辛かったから私はこの世界を去って勇者になったけど……本当は……。
「奴らが悪辣なのは、ジュー達への陰謀論を世界に広め、自分達の悪事から目を背けさせた点。そのせいで、マリー姫達が唱えた人権が蔑ろにされ……差別がなくならないのじゃよ」
「そんな……陰謀論ってどんな?」
「ワシは、ロストチャイルド総帥になり、富と共に情報も集めた。すると大邪神に協力した悪しき一族であると、ルーシー人とジュー達が世界で貶められておった。大邪神オーディンを復活させようと、正教会を陰で結成してると。根も葉もない嘘じゃ! この陰謀論の元は北欧諸国がルーシーとジューを貶めるための陰謀じゃ!」
私は、ハッとなり全ての矛盾に合点がいく。
私が協力者にしたヨハンは、私に嘘をついた可能性と、そのヨハン自身に欺瞞情報が流されているかもしれない可能性の両方。
映像のデイビッドが激昂し、唇を噛み締めながら、エリに話を続ける。
「じゃが悲しいかな、奴らが流した根も葉もない陰謀が……時が経つにつれ真実性を帯びて……オーディンを密かに信仰して、北欧にも恭順する者も出始めたのじゃ」
「なぜ?」
「簡単な話じゃ妻よ。反社会的、反権威的な者達にとって、大邪神や悪しき民族というレッテルは、逆に自分たちが恫喝する際の畏怖につながるからじゃよ。こうして差別の連鎖が起きるのじゃ」
ああ、そういうことか。
まるで……。
「……まるで地球時代の在日や同和差別の負の連鎖ね。差別問題を悪いヤクザみたいなのが恐喝だとか脅迫に利用して、民族的出身的な悪名が拡がる。すると余計に社会の目が厳しくなったり、怖がったりして差別問題が一向に解決しなくなる。なんて……愚かな」
「……ああ、悲しいな妻よ」
「こう言った差別で嫌な思いをした人達に、悪い奴らが善人のように囁くのよ。差別をする奴らに、仕返ししてやろうって。道具のように使って」
差別を受けた人達に、悪い奴らが利用しようと、更なる悪事に加担させようと善意を装って悪意を植え付けるのは、私も色んな世界で見てきた許せない悪意。
「エリザベス、確か前世の所属国が労働者の平等、国民主体を訴えながら、実態は一部の絶対王家だけが恩恵を受けるという腐敗した王朝だったな」
「ええ、主体思想とやらで自分達を正当化しようと、日本人を差別して敵だと共和国は吹き込んでた。国際社会や日本から差別されたって言いながら、豚のような独裁一族が本当の差別主義者だったってオチよ。しかも兄弟国って言いながら、南の韓国にも日本人への憎悪を煽ってたわ。それをさせたのが、当時のソ連や中国という共産国家。アメリカって覇権国家に対抗するため、朝鮮の人達は大国に利用されていた」
「悲しい話だ。それと昔、お前から聞いたジューに似た地球のユダヤ人達の悲劇の話も思い出す。神を信じるも奴隷の身に堕とされ、金融で頭角を現すも、国を持てずに流浪した人々だったな。宗派間のいざこざや、差別感情から虐殺まで受けた人達の話」
「ええ。この世界は、地球とほぼ同じ地形で、地球からの転生者が多い。きっと、そういう面でも似たような歴史や文化形成がなされたんでしょうね。そして差別が生まれるのは、いつの時代も大国間の勢力争いと、文化の衝突。身分や職業からの偏見も。人間って、そういう些細なことで他人を見下しやすいのよ。それこそが人間のさがなのかも」
エリは、冷静に、自分が前世で取り巻いていた問題を分析してて、当事者だった彼女は差別問題を客観視しながらデイビッドに持論を展開する。
「地球でもそうだったけど、悪の大国は、支配地域を分断させて争わせる。それは支配者に矛先が向かうのを避けることができるから。その悪の大国が人種、言語、階層、宗教、イデオロギー、地理的、経済的利害などに基づく対立、抗争を助長して、互いに争いあうように仕向けて、支配に有利な条件をつくりだすんだ」
「……分断させて争わせて支配するか。それで思い出したがエリザベスよ、奴ら北欧ノルドの一派の悪辣なやり口はかなり狡猾じゃ。奴らは……ルーシー人とジュー達に、根も葉もない陰謀論を吹き込んで、ヒトとルーシーらを再び争わせ、共倒れを狙ってるのじゃ」
「どんなふうに?」
「奴らの手先はあらゆる権威や国際機関に潜り込んでおる。奴らは嘘がうまい。さっきの陰謀論の話の続きじゃが、差別から救いを認めたジュー達を、奴らは差別反対と善意の第三者のフリをして近づくのじゃよ。そうして自分たちのシンパを増やすのじゃ。ジューの経済力を利用して、自分達の正当性と善意を社会に訴えるのじゃ」
そういうことか。
自分たちが悪い噂を流した張本人のくせに、それで思い悩んだ人たちを救うフリして、資金や発信力や影響力を利用するんだ。
「北欧の奴らが流したデマじゃが、確かにワシらは、神々に利用されたとはいえ、大戦の要因になったのは否定できない事実。だが事実と違うことで迫害を受けるなど、あってはならない! そんなこと……マリー姫や英雄達は望んでなかった!」
そして先生の目が血走って、まぶたやこめかみのあたりの血管が、ピクピク動く。
怒ってる、先生が最も忌み嫌う悪意に対して。
「こうして奴らは先進諸国として、世界から一定の信頼を得るのじゃ。経済力と権威と名声を利用して、例の大戦後に生まれた国際的な権威のある会合に潜り込み、自分たちの都合の良いルールに世界を変革するのじゃ」
「確かに。私がホルムガルドを離れて財団の情報収集のために、メディアを見やると、気味が悪いくらい北欧諸国がニュースで礼賛されてたわ。北ナーロッパは環境問題に熱心で、ジェンダー平等や、死刑廃止論だとか人権にコミットだとか。若い子やお年寄りが鵜呑みにするような、理想的な社会っぽく」
「ふん、奴らは自分たちが優位にあると世界に認めさせようと必死なのじゃよ。北欧に滞在したワシは、奴らの内情と実態を見た。夫から暴力を受ける妻と子、優遇される殺人犯や凶悪犯罪者、移民労働者を奴隷のように扱う様子。そして奴らの優遇企業が森の木々を伐採して、住人が立ち退かされる様をのう。挙句には世界を救ったマリー姫、ヴァルキリーを辱めて貶めるような、反社会的で反モラルな歌手達も大勢おった悪意の国じゃったわ」
エリの話に、デイビッドは鼻で笑ってこれらの矛盾を鋭く切り込んでいく。
「対外的に奴らが行う蛮行といえば、例えば近代オリンピック委員会にも奴らの手先が巣喰い、オリンピックでエルゾの選手達が活躍したのを疎ましく思い、頻繁にルール変更して、差別しおる!」
うわっ、ひどっ!
地味にムカつく嫌がらせね。
「そのくせ、南欧やヒンダスに差別反対だの口先で介入し、声高に人権問題を濫用し、優位性を見出そうとする。吐き気がする悪辣さじゃ!」
「ああ、そういうことね。じゃあ、北欧のスーデンなんかがやってるノベル賞なんかも意図があるわけね」
「うむ、ノベル賞は毎年各分野の優れた者を表彰するなどと小綺麗なことを抜かしおるが、今までジッポンやチーノ含めた東ナージア人が受賞したことなど、ただ一つもない。ジッポンは世界最先端の科学力を持ち、優れた学者も多いのに。平和賞などただの欺瞞と偽善以外の何物でもないわ。これは自分達が優れた者を選別し、褒め称えてやるという傲慢さの現れじゃよ」
ああ、地球でいうノーベル賞みたいな制度なんかもこの世界にできたわけね。
けど選考基準が恣意的すぎて、そんなんじゃダメダメでしょうに。
「それでさらに恐ろしい話があるのじゃよ。チーノで起きた平等革命戦争で、どこが一番利益を得たと思う?」
「派兵したナーロッパ連合国軍の中核だったヴィクトリー王国が、その後のチーノに影響力を持ったって話だったわよね。でも利益となると……実際は違ったのかしら?」
「確かにメアリーの財団が平等革命を焚きつけ、ルーシーのモスコーにも波及した平等革命じゃ。ヴィクトリーも財団も、ジューの商人達も戦後のチーノに影響力を持ったのも事実。だが、それ以上の巨額の利益を得た地域があったのじゃ。スーデン王国とノルド共和国じゃよ」
デイビッドことエドワードは、大戦後における旧ノルド帝国圏の悪意を全て看破していた。
「奴らの主な産業は武器と製薬。そして虹龍国際公司、創業者の理念を忘れ、金のためならなんでもする、商社を通じて。チーノに北欧の最新兵器が流され、闇のルートでルーシーにも北欧の武器が流れておる。無論、西ナーロッパ各国にもじゃ」
そうか。
私達が戦った巨大な無人戦闘機の銀蝙蝠や、ヴィクトリー王国の兵器群なんかも北欧からもたらされた兵器だったんだ。
「なんのために!? まさかこいつら……財団を隠れ蓑にして、戦争を起こさせて自分たちの武器を売るために……」
「そうとしか考えられないのう。こうして流した武器で混沌を生み、おそらくはジッポンを滅ぼすために動いていたのじゃよ。財団の動きを巧みに利用しながら、最終的には自分たちの利益にするために!!」
私は、ふいに先生から始めて習った巨悪の存在を思い出す。
そういう巨悪は、国のためだとか、正義のためだとか、理想のためだとか、あなたのためだとか、高潔で善良なフリをよく装っていると。
そういう悪を見逃さず、見過ごさず滅ぼすのが、神の祝福を受けた大義名分を持つ勇者の仕事であると。
「エリザベスよ、だからワシは表社会に復帰したのじゃ。約束を破ってまで……ワシは黒騎士として復活した。奴らこそ世界支配を企み、クソッタレのオーディンの終末思想を広め、新たな神と王を望む世界のガンじゃ!! ワシはこやつらからマリー姫が救った世界を守るため、再び黒騎士に戻ったのじゃ」
つまりは、私と勇者イワネツは思い違いをしていた。
エム率いる財団だけが、世界を歪める元凶ではなく、姿を隠しながら巧妙に立ち回って、利益を得ようとする存在がいることに、気がついていなかった。
そして、こいつらをなんとかしない限り、世界は救済できない。
「……これはワシの推測じゃが、北欧の陰謀も財団の陰謀も、ワシらも、この世界の一人一人の魂に、この悪意が宿ってるのかもしれん。そうなるように作られたのがワシらなのかも……」
「あなた……」
二人は抱き合って、エムとその裏にいるバルドルの悪意を止めようと決意し合う。
「止めなければ……もう、家族も、お前も失うのは嫌なのじゃ。世界が悪徳に染まって戦争になるなんて……もう、嫌だ。悪意の連鎖を止めよう」
「あたしも……人々が憎み合って、差別で引き裂かれて、娘が悪に染まって。もう終わりにしましょう。私達で悲しい民族を、世界を救いましょう」
そしてエリザベスは、ヴィクトリー将校の騎士団達との協力で、翡翠の秘密研究所に突入して、メアリーと対峙した。
「ママ……どうして邪魔するの!! 私達の子供達はこの世界を差別から解放する! この子達で世界を埋め尽くして、他の奴らみんな殺す。そしたら家族みんなが、差別もなく安心して暮らせるのに!」
「……それも差別よ。他の人を敵視して、自分達だけの世界にするなんて、どっかの独裁者の世迷言だ。親として私が止めてやる!」
地下の研究施設で、メアリー達と武装した研究員、ルーシーランド連邦軍兵士達と激しい戦闘になった。
だが戦闘中、異変が起きる。
防戦一方のメアリーを守ろうとしたのだろうか?
研究所のカプセルが割れ、親であるメアリーを守ろうと、生まれた時から魔力を持つ赤子達が、エリに体当たりしたり、魔法を繰り出している。
この赤子達は、生まれたばかりの無垢さとは全然違う、悪意と怒りの表情に満ちてて、泣き叫んでて……エリは自分の身を守るために……。
「ママ! 私の子供達をよくも!! ママでも許さない! 殺してやる!!」
「……そうね、一緒に地獄に堕ちましょう、メアリー」
結果は、経験に優れるエリが勝利し、研究所の自爆装置のアラームが響き渡る。
「ママ……どうして。理想の世界を、私達の運命を弄んだ神の奴らも覆せるだけの、差別も苦しみもない、素晴らしい世界が生まれようとしてるのに……」
「憎しみで……救われることなんてない。ママもすぐそっちにいくから……もう終わりにしましょう」
メアリーは息を引き取り、同時に研究施設の天井が崩れた瞬間、カプセルの中にいた赤子が、手でガラスを叩いて、生きたいって願っているのをエリは見た。
「……REX78? この赤ん坊の名か。ごめんなさい、せっかく生まれてきたのに……私は……」
エリと目があった赤子は、エリに向かって微笑んだのを見た。
「ダメだ……私にはこの子を放っておくなんて無理だ……待ってて、ここから出してあげるから」
もう見てられなかった。
私は涙目になって映像から目を逸らし、その後の音声だけ聞こうとしたが、先生から頭を引っ叩かれた。
「見ろ! こいつの選択を。おめえは目を逸らしちゃいけねえ。なぜなら……俺たちは勇者だからだ」
その後の展開は、デイビッドことアレクセイから聞いた通りだった。
赤子のアレックスをデイビッドに託して、彼女は乗り移ったメアリーことエムを受け入れる。
彼女の意思はエムことメアリーと同化し、現在に至ったんだ。
「メアリーと同化して、私は財団の状況を確認した。財団の内情を知った。財団は世界各地に勢力を伸ばして、差別のない平等革命とやらを全世界規模でやろうとしていたわ。それを計画したのは、マルクスと言われる大学教授だったけど、彼に研究費という名目で資金提供していた奴らがいた」
「……北ナーロッパの旧ノルド帝国の一派だったのね?」
「そう、マルクスを通じて陰謀とその資金を提供されていた。メアリーも財団もまんまと利用されていた。悪意と差別の連鎖が、この世界を蝕んでいたの」
私は泣きそうになりながら、エリの真実を聞き、この世界の悪意の正体を知る。
「……この世界は人種差別を克服できなかった。ナーロッパとナージア人は互いに差別し合い、北欧の奴らも……それを利用しようとしてる。ジューと呼ばれたかつての同族をヒトと潰し合わせて、高見から嘲笑ってて、私とメアリーは……世界に絶望した。悪意が私達を蝕んで、悪魔のような意志が私たちの周りを漂い始めた」
「エリ……」
「だから、そのために私は、世界の歪みを表沙汰にして、あなた達に倒される魔女として存在しよう……そう思った。二度と英雄が生まれるような世界にしないように」
エムとエリの意識が混ざり合い、私達に思いを告げる。
「お前達英雄なんてこの世界にはいらない! お前達が差別を生む!! 英雄なんかいらないッ!」
「そして魔女の私を倒す最後の英雄は誰? 恐るべき悪の魔女となった私を倒す英雄は? 私を人として愛してくれた人達が私に望んでくれた未来など、もう私には実現できない。なぜならば私は、自分の娘達をこの手にかけた悪の魔女なのだから……」
「そうだ。ママは、神に支配された世界を人間の世界に変えるんだ!!」
エリはエムと意識を融合させ、自分を悪しき魔女と断言して、悲しげに私達を見つめる。
「エリ、あなたは……何でもかんでも自分の奥底に溜め込んで……自分だけでなんとかしようとして……」
私が言い淀むと、先生は気迫を込めてエリを見つめる。
「そうかい。俺は……ずっと気にかかってた。俺は約束したんだ。生き別れの兄弟、ジョージに、お前も救ってやると。だがおめえは、俺たちにとことん弓引いて、親としてのてめえの意地を貫き通す気か」
「……人の世が英雄を歴史で褒め称えるならば、前世の社会の闇から生まれた私が、メアリーの存在を魂に入れて……私の犠牲で世界が救われればきっと……」
今のエリは、エムと同化するも倒されることを望んでいるようだった。
自分の犠牲で二度と人種差別と英雄が生まれないように、彼女は願っていた。
だけど……。
「エリ……けど、どうしてあなたはいつも、自分だけで思い込んで、自分が損するってわかってながら、自分だけで物事を決めたの?」
「……」
「あんた……馬鹿よ。自分だけで思い込んで。自分一人で何でもかんでも決めて……それで悲しい思いをする人だっているのに……あんたってほんと馬鹿……」
「……マリちゃん、待ってるわ。この世界の憎しみと悪意と差別が生まれたルーシーの地で。ヒトとエルフが憎しみあった地、カルガーで運命の子アレックスを待つ」
エリは私達に告げると、転移魔法で姿を消した。
アレックスは決意を秘めた目で私を見る。
「止めましょう、悪意の連鎖を、僕はそのために生まれてきたんだ。僕たちで、世界をきっと」
「騎士アレックス、そうだ。僕らで世界を救うんだ。マリー、僕らで悲しい人たちを救おう。この世界を……僕らが転生したニュートピアを」
「ええ、フレッド、アレックス。悪意に負けない思いを示そう。私達は悪意に……負けない」
すると先生がボソリと呟く。
「許せねえ。てめえらのチンケな自己満足で、小綺麗さと善意を装いながら、世界を蝕むヨゴレ共め。自分らだけ安全地帯で嘲笑いながら可哀想な弱者を、悲しい人らと世界を弄ぶ外道共。絶対に許せねえ」
先生の黒い瞳に、炎のような強烈な光が宿る。
悪を滅ぼすと決意した侠客の勇者の目だ。
「それになめやがって、クソボケ共め。やっぱ俺が落とし前つけなきゃダメか。マリー、これは俺とブロンドの落ち度だから俺に任せてほしい。北ナーロッパのノルドは俺がカタにはめる。いいよなあ? クロヌスさんよお。勇者たる俺の落ち度を、極悪組の下手打ちを極悪組が正す」
……ああ、北欧のノルド一派の自業自得とはいえ、本気で怒った先生と極悪組が介入してくる。
最強と呼ばれるあの、異世界ヤクザの軍勢が……。
そして私達は、世界を救うための最終決戦を予感する。
世界に復讐を望む、モスコーとジュー、エルゾと呼ばれし民族の悲しみと悪意と、それを利用する巨悪の意思とも対峙することも予感して。
世界の敵が判明したことで、次回は三人称視点でジッポンに舞台が移ります




