第246話 レディース 後編
「お前……何言ってんだ! この織部は俺のモノだ!!」
イワネツは自身がダウンを喫した相手、レイラへ覇気を込めて睨みつけるが、興奮状態に陥ってしまった彼女を威圧することはできない。
ーーおかしいぞ。俺があんなガキ、しかも女にダウンをとられた。しかもこのガキの身体能力は、俺を凌駕してる?
イワネツは折れ曲がって出血が止まらない鷲鼻を指で摘むと、力任せに元の角度に戻した瞬間、頭蓋に鈍い音がして鼻血も止まる。
「ああッ! クッソ!! 痛えッ!!」
イワネツは立ちあがろうとするが、完全に足に来てしまい、腰が抜けそうになるのを片膝立ちで耐えた。
ーークソが! あのガキ胸だけは一丁前の女の体してやがるが、見たところ13か14才くれえの未完成で未熟な思春期のガキにしか見えねえ。背丈だって見たところ147か8くれえ。筋肉質かもしれんが、それでも体重は40キロかそれ以下。どうやってこんな力を引き出しやがった。ちくしょう、しかもなぜか調子も上がらねえ。
「フーフー、少し息が切れましたわー。なかなか頑丈ですことよー。相撲取り上がりのヤンキーでも、わたくしワンパンできますのに」
「そうか……そこいらのスモーレスラーと俺を一緒にするとは、見くびられたもんだぜメスガキが」
二人の戦いを見つめる西郷は、イワネツの不調に気がつく。
「おかしか、おいとタイマンやった時ほど体の動きにキレがなか。調子悪かごたる」
イワネツのパフォーマンスの低下は、男と男の勝負ではなく、見た目に幼さが残る少女と戦っているからだった。
「ああ、おかしい。ヴァルキリーさんの記憶では、彼は、勇者イワネツは人々に勇気を与える無敵の力があった。けど、今の彼は……何かの影響だろうか? 弱体化している?」
アレックスが呟くとレイラは呼吸を整えて、イワネツも立ち上がってお互いにボクシングの構えをとる。
彼女はジャブ、ストレートとパンチを放ち、ジャブはヒットするが、ストレートパンチをイワネツはダッキングでかわす。
ーーこれは運動神経がいいなんてもんじゃねえ。
イワネツは、レイラのパンチをかわしながら彼女の力を冷静に分析しようとしたが、イワネツの反射神経と動きに慣れた彼女のパンチが当たり始める。
ーーまるで超一流のメダリストやチャンピオンみてえに、反射神経や動体視力だけじゃなく、筋肉と体幹の扱いが長けてる。なによりセンスによる当て勘がすげえ。
イワネツは、レイラの美しい顔立ちがロシアのスラブ人に似ていると感じる。
彼の父方は南スラブのジョージア、かつてグルジアと呼ばれた人々の家系で、母型は典型的なロシアの東スラブ人である。
ジョージア人は古代ヨーロッパに農耕をもたらした人々の遺伝子を受け継ぎ、コーカサス地方で独自の文化を育んできた。
歴史的にはローマ帝国時代を経て、東ローマ帝国から独立後のモンゴル帝国の侵攻、オスマントルコ帝国期からロシア帝国へ編入され、スラブ民族圏に入る今日に至るまで、複雑な民族形成をしている。
このため様々な民族の血を引く末裔達も多く、美男美女が生まれやすい土地の人々と言えた。
一方東スラブ人は先祖に古代北欧人の血が混じり、金髪や栗色の髪に目の色が明るい者が生まれやすく、東ローマ帝国、ルーシー・カガン国、ハザール・カガン国等の勢力圏にあった。
その後はイスラム帝国からの侵略、モンゴルのタタールの軛を経てモスクワ大公国、ロシア帝国からソ連、ロシア共和国に至る。
ーーこいつ、俺のパンチを最小限でヒットポイントをずらしやがり、逆に反撃を。それに綺麗な顔だな、まるで愛くるしい南スラブの女だ。いや……俺の前の人生で馴染みがあったモスクワの東スラブの髪の色と肌もしてる。髪が栗色で雪のような肌の色。なんだこのメスガキ。
そしてイワネツはレイラの、黒に近い濃いダークブラウンの瞳が自分の瞳の色と同じであると感じ始めた。
ーーおかしい、このメスガキの身体能力もそうだが、うまく俺のパフォーマンスが発揮できない。セーブかけてんのか無意識で、なぜ!?
イワネツのワンツーからのボディーブローを、レイラがヒジでブロックし、頭突きを入れようとしたイワネツの頭をレイラが両手で掴むと、股間に膝蹴りを入れる。
「ウグゥッ!」
「変態には負けませんことよー」
イワネツが放つ反撃の右フックを、レイラがフットワークで後ろに避けてローキックを放つ。
「あら、足元がお留守ですわー」
「ぐっ!」
レイラの強烈なローキックでイワネツの鋼のような太腿に激痛と衝撃が走り、動きが一瞬止まる。
「とうっ」
間髪入れず、飛び上がったレイラが空中で前方2回宙返りのあと、体に捻りをくわえて炎の精霊魔法を宿しながらドロップキックを繰り出してイワネツを吹っ飛ばす。
「ライダーキック、ですわー」
「ぬおおおおおおお!」
イワネツの体が高速道路の中央分離帯を超えて、反対車線のコンクリートフェンスに激突し、衝撃でクレーターが生じた。
ーーなんだこの動き。無茶苦茶な身体操作。体操? ッ!?
「捕まえましたわよー」
レイラは風の精霊魔法で加速し、フェンスの壁際まで追い込んだイワネツに、魔力を込めた渾身のボディブローを放つ。
すると衝撃でコンクリートフェンスが粉砕され、イワネツの体が高さ15メートルの道路高架下まで落下する。
「うおおおおおおおお!」
鈍い音がしてイワネツは高架下の路上に激突し、ピクリとも動かなくなった。
「ふうー、変態の討伐完了しましたわー」
レイラはため息をついたあと、額の汗をハンカチで優雅に拭う。
勇者が敗北した……。
高速道路に集まったヤンキー達は、レイラの強さに恐怖し、辺りを静寂が包む。
「ば、バケモンや。勇者様が」
誰かが呟くと、集まったヤンキー達がパニックを起こして我先に逃げようとしたが、将棋倒しを起こして阿鼻叫喚の地獄絵図へとかわる。
「ぎゃああああああ押すなああああ!」
「息が……息ができ……」
「バケモンやああああああ!」
レイラは将棋倒しを起こしたヤンキー達に、右手をサッと向けて手のひらに風の魔力を込めた。
「男共にヤキの時間ですわー!! 大嵐」
ヤンキー達に、暴風と水の魔法を繰り出す。
この衝撃波で、将棋倒しを起こしたヤンキー達が吹き飛ばされ、幸いなことにヤンキー達は圧死を免れはしたが、恐怖を植え付けるには十分な魔法である。
「見たか!」
「総長は超能力者だで!」
「おみゃーらも終わりだ!」
アレックスの回復魔法で傷を癒した龍馬に西郷、そして土方もレイラの強さに絶句する。
「チッ西郷、お前が指揮を取れ。全員でかかんねえと負けちまうぜ」
「じゃっどん女子相手に本気になったぁ、男ん恥ぞ」
「なんかうまい方法考えるがよ。何か方法を……お?」
バスの中に積んだある物に秘策ありと龍馬は走り、バスの車内を探し回ると、ティアナが龍馬の肩に手をかける。
「あたしがやるよ。あんたら、女相手に本気になれねえだろ? 見てな」
「ちょ、待て。君じゃ勝てん」
ティアナはバスを降りて、風の魔法で宙を浮くレイラに自分の手袋を投げつける。
「あら? また知らない外国の方が現れましたわー。だぁれですのー」
一気に降下してきたレイラは、ティアナの前に立つ。
「うちらの文化圏じゃ、王侯貴族は手袋投げたら決闘するって決まってんだよ。あたしとタイマンとやらをやろうぜ?」
アレックスとジョンは思わず吹き出して、ティアナを庇うように前に立つ。
「ティ、ティアナ! ダメだ、君じゃあの子に」
「おい、やめとけって。お前もそこそこ強いみてえだけど、相手が悪すぎンだわ」
「だいじょうぶだって。ヴァルキリーさんから魔法のコツ習ったんだ。それにアレックスは女の子殴るとか無理そうだし、そこのフニャチンのジョンも無理だろ? あたしより弱いしさ」
「なぁ、テメッ!」
ティアナの肩を掴んだジョンは、腕関節を取られて後ろに回り込まれたティアナに肩関節も極められた。
「あだだだだだ、お前痛えって!」
「あたしさ、こう見えても軍格闘で男共にも負けたこと一度もねえんだよ。伊達に本国からヴァルキリー様と勇者様の護衛命令受けてねえんだわ」
侯爵家出身のティアナは、シシリー王国軍に入るまで格闘経験が一切なく、軍に入隊後に初めて習ったシシリー空手で才能を発揮する。
シシリー空手とは、300年前に伝説のロマーノ王ジローが伝えたとされるロマーノ空手を、後世のシシリー人がシシリー伝統のナイフ格闘術と、西欧レスリングを組み合わせた軍隊格闘術だった。
彼女は空軍代表として、陸軍及び海軍の軍人達をも圧倒し、空軍パイロットを務める傍ら、特別上級指導官として参謀本部直属の特殊部隊のインストラクターも務めている。
肩関節を極めたジョンを突き飛ばし、技を解いたティアナは、フットワークを刻む。
「あらあら、なんかこの方、お下品ですわー。しかもわたくしとタイマンとか頭おかしいですわーこの方」
勢いづいたレディース達も、ティアナに次々ヤジを飛ばしてくる。
「なんだおみゃー!」
「総長とタイマンだとテメー!」
「ぶっ殺すぞ外人が!」
するとティアナはマリーから与えられた変装用のスーツの上着を投げ捨てて、迷彩柄のTシャツ姿になった。
一見スマートに見えた彼女の浅黒い体から、並の男も圧倒する覇気と魔力の指輪で彼女の潜在魔力を一気に解き放つ。
「……アレックス、今のうちに勇者様に回復魔法で。オラぁ! なめてんじゃあねえぞクサレビッチ共が!! かかって来いよホラぁ!!」
鼻で笑うレイラが、ティアナの懐に飛び込んでアッパーカットを放った瞬間、足払いされて尻餅をついた。
「あら?」
その瞬間、前蹴りがレイラの顔面に炸裂する。
「アレックス、行け!」
「わかった」
アレックスとジョンが高速道路の高架下まで降り立ち、蹴りを受けるがノーダメージのレイラが、ボクシングの構えをとる。
「あなた、そこそこやりますわね。お名前は?」
「ティアナ・デ・ラツィーオ。シシリー王国侯爵家出身の空軍将校だ。てめえ、あたしなめてんと大怪我すんぞビッチ!」
「あらぁ、あなたも貴族でしたの? ナーロッパの貴族令嬢は口汚くてお下品ですわー」
ジャンプしたレイラは、前方宙返りからのかかと落としを繰り出すが、ティアナはかろうじてスウェーで避けつつ、隠し持ったナイフで突きにいく。
しかし、空中で軌道を変えたレイラは突きの軌道をかわしてティアナの足元に屈み、蟹挟みの要領で両足を絡めてティアナを地面に引き倒した。
「タイマンで光り物とか卑怯ですわー」
倒されて後頭部を打ったティアナは、一瞬意識を失いそうになるも、レイラの顔面に目潰しを放って起き上がる。
「目潰し!?」
レイラは目を擦って涙を拭き、レディース達がティアナの戦いに卑怯者だと憤る。
「クルァ! 外人コラァ!!」
「喧嘩の仕方が卑怯だらぁ!」
「光り物使うわ目潰しするわ!」
鼻で笑ったティアナは、呼吸を整えてナイフをしっかり握り、ゆっくりと間合いを詰める。
「ガキ共め、生きるか死ぬかの格闘術に卑怯もクソもねえんだよ!!」
ティアナが正拳突きの要領でナイフをレイラの腹部へ突き立てたが、右肘で突きを打ち落とされ、その瞬間左フックが側頭部にヒットする。
「ウッ!」
「やっと目が見えてきましたわー!」
膝をついたティアナに、容赦なく顔面に前蹴りが入り、レディース達が乗り捨てた改造車のボンネットまで吹っ飛ばされる。
「さっきのお返しですわー!」
頭部から出血し、ボンネット上で意識朦朧とするティアナは、ヴァルキリーの教えを思い出す。
「ティアナちゃんは、何か格闘技やってたのかな? すごい体が引き締まってて、結構強そうな感じね」
「あ、はい。自分は軍で格闘教官もやってますんで。並の軍人よりは強いと思います」
「そうなんだ。私が知ってるあなたのご先祖、アントニオさんも軍人だったわ。それに魔力の指輪で発揮されたあなたの潜在魔力だけど、かなりのものよ。練習するだけで高等魔法とかできるかも」
ティアナは、中京に向かう洋上である魔法を習った。
魔力で大気中の水分を衝突させて雷雲を作り出し、任意の対象に雷の一撃を放つ雷の魔法だった。
「すげ、一瞬で雷作って海上が爆発した」
「これって、雷雲を作り出すまではいいんだけど、当てるの結構難しいのね。今は得意魔法の一つだけど、私も先生から習ったとき、うまくターゲットに当てるのめっちゃ難しかった」
「先生? ヴァルキリー様に先生なんていたんですか?」
ティアナも雷雲を作るところまでは成功したが、上空に溜めた電子を圧縮して、海上に雷を落とす課程まではなかなか至らない。
「そう、私が知ってる中で最強の勇者の一人。剣と魔法の達人で、どんな悪も悉く滅ぼす力を持つマサヨシ先生。女癖悪いのが欠点だけど」
「へー、すげえな。ご先祖様もヴァルキリーのお師匠様に会ったことあんのかな?」
「んー、まあね」
その先祖が、自分の師匠マサヨシに軍艦が燃やされたり、拉致されて無理やり怪物の肉を食べさせられた話は、とてもじゃないが彼女にはできないなとマリーは苦笑いする。
「あ、コツ掴めてきた。こんな感じか!」
上空の雷雲から極太の青い閃光が海面に走り、あまりのエネルギー量で海上が水蒸気爆発を起こす。
ーーうわッ、才能あるとかいうレベルじゃないわこの子。魔力操作はもしかしたらアレックスより上かもしれない
東方見聞録を記したとされるアントニオ・デ・ラツィーオ侯爵は、ジッポンの地で生涯の伴侶と出会ったことを記していた。
「織部家の若き家臣前島犬千代公の屋敷で保護されていた彼女は、天から降りてきた天女の一人であると言われる。私よりも大柄だが美しく、北欧のノルド人にも似ていた。彼女は天真爛漫で私はそんな彼女に恋し、大使の任を終えて本国へ帰還する時、彼女も連れて妻として娶ったのだ。海軍元帥として、侯爵として立身出世した幸せ者の私だが、彼女との日々は私の幸福な人生をさらに明るく照らしてくれる。ただ奇妙な事だが、彼女は使用人や私に拗ねると屋敷に雷が落ちたことが何度かある。もしかしたらジッポン人がいうように、我が最愛の妻スルーズは天女であったかもしれない」
ティアナは、自分にゆっくりと歩み寄る勇者を超えた力を持つ可能性があるレイラに対して、上空に雷雲を作り出した。
「あら? あなたも精霊の力? 厄介なんで決めさせてもらいますわー」
風の魔力を噴出させ、一気に間合いを詰めたレイラに、ティアナは潜在能力を発揮しつつ、ナイフを投げつける。
「当たりませんことよー」
ナイフはレイラの頭上を超えて飛ぶ。
「今だ! くたばれビッチ!」
空中のナイフ目掛けて、ティアナが操る雷雲から1億ボルトに達した稲妻が落下する。
一方、アレックスは意識朦朧状態のイワネツに回復魔法を施す。
「すまねえ、アレックス。俺の力が弱体化しちまってて、あのガキめ! まるで若い時の俺にそっくりだ」
「彼女は、エルゾ王国の姫君のようです。将軍に無理矢理嫁がされそうになり、体操のオリンピック選手を目指していた彼女は絶望してこんなことをしてるようです」
イワネツはレイラの境遇に絶句する。
まるで前世の自分の境遇と同じだと。
彼もまたソ連で体操のオリンピック選手を目指して、体育学校に入学するも様々な事情と不運が重なり、オリンピック候補生から闇の盗賊に堕ちてしまったのだ。
「!? そうか……エルゾの姫って言ったか? じゃあ、あいつの親はエルゾ王か」
「エルゾ王国は僕もよくわからなくて。ただ王太子が陸上のオリンピック種目を総なめにした、世界的にも有名な総合格闘チャンピオン、カムイということしかわかりません」
「カムイ……か。そうか、わかった。あのガキは俺が悪さやめさせる。ついでに親に連絡して、アスリートに戻してやろう」
イワネツは体を起こすと、上空で強烈な稲光が生じて高速道路に落下したのを見た。
「おい、ジョン。俺の上着をとって来い。第二ラウンドだ」
「え、あっはい」
轟音が辺りに響き渡り、雷魔法を放ったティアナは、レイラへの勝利を確信するが、爆発の影響で生じた砂煙から現れた彼女に傷一つついていなかった。
「びっくりしましたわー、髪の毛が少し焦げましたわー。雷は苦手ですことよー」
「チッ、化物め。どうしよう、あたしじゃ勝てない」
その時、真紅の特攻服を纏うイワネツが高速道路上に降り立つ。
「勇者様や!!」
「勇者様が復活したで!!」
「オラぁレディース共!! 調子に乗るんはここまでじゃ!!」
ヤンキー達から歓声が上がり、レディース達はさっき下半身を晒していた男が勇者と呼ばれていることに困惑する。
「え? 勇者って?」
「威悪涅津公のことだぎゃ」
「天下人……名護矢の英雄織部憲長だわ」
土方はため息を吐き、刀を掲げる。
「そうだよ! 正真正銘の勇者様だ!! 天女様と世界を救った大英雄、お伽噺の!!」
レイラは、自分と同じく赤の特攻服を纏うイワネツを見て、自分の父カムイの若かりし頃の姿にそっくりだと困惑する。
「お前の話は聞いた。お前、もう悪さやめて元のアスリートを目指せ。じゃねえと本気でぶん殴る」
「……おかしいですわ、わたくしあなたを倒したと思ったのに、全然無傷ですわー」
「ああ? この程度のダメージで歴戦の勇者であるこの俺イワネツに勝てると思ってんのか」
改造車のボンネット上で傷だらけになるティアナに、アレックスは回復魔法を施す。
「作戦成功したみたいだね、アレックス」
「うん、あとは勇者イワネツが」
レイラはパニック状態になって、魔力を高めて炎と風の魔法をイワネツに放とうとする。
「火焔旋風」
佇むイワネツの目の前に炎で生じた小型の火災旋風が巻き起こり、熱風でバイクや改造車が爆発していくが、炎を掻い潜り一瞬で間合いを詰めたイワネツが、渾身のボディーブローをレイラの腹部に放つ。
「あぁ……ウッ!」
レイラの体がくの字に折れ曲がり、後ろに二、三歩下がったあと腹部を抑えて膝をついた。
「なるほど、身体能力に加えてこの魔力。それがお前の力ってやつだな」
火炎旋風が消え、膝をついたレイラがイワネツを見上げると、やはり世界最高のアスリートと呼ばれた若かりし頃の自分の父とそっくりの容貌だと恐怖する。
「もう一度いう。お前は、まだ人生をやり直せる。悪さやめてスポーツやれ」
「いやですわッ!!」
レイラは自身に宿る精霊の魔力を極限まで高めて、両手を突き出す。
「このジッポンにわたくしの全てが奪われた! 夢も! エルゾの誇りも! 文化も馬鹿にされて! 彼女達もですわ!!」
レイラは自身の配下のレディース達を見渡す。
「彼女達も人生を諦めてました! 男しか認められないこのジッポンで、彼女達も人生を狭められて苦しんでいた!! わたくし達に可能性を感じて、密かに応援してくれた領主も、もういない!!」
彼女達レディースを裏で援助していたのは、織部府を統べる大納言徳河慶活であった。
しかし天帝光明と共に暗殺され、彼女達は自分たちを支援していた慶活への追悼集会を開いていたのだ。
「だからわたくしはこの勇者伝説の残る織部の地に、エルゾやジッポンと別の王国を作る!! そのためには邪魔な男共と幕府は排除します!!」
魔力を高めて必殺魔法を放とうとする彼女に、イワネツは自嘲気味に笑った。
前世で盗賊の誓いを果たし、世界最悪のブラトノイとして悪名を轟かせた自分の人生を、この娘が歩もうとしていると。
「ダメだ、その道を歩むことは俺が許さん。それはお前がやることじゃねえ。お前は……悪に堕ちるな」
「わたくしのことを知らないくせに! 全部をぶっ壊してやりますわーーーー」
レイラが魔力を高めて、必殺の魔法を放つ。
「天地万物」
周囲の分子運動を急加速して強烈なエネルギーを放つ魔法を、イワネツは微笑みながら、腕をクロスして彼女の全てを受け止める。
「ぬ、うおおおおおおおおお!!」
魔力を全て失ったイワネツが受け止められる魔法量を超え、彼の体が消滅しそうなまでの魔力だったが、アレックスは彼女の繰り出した魔法を対消滅させる魔法を唱える。
ーーそうだ。今のお前ならやれるはずだ。お前が見たマリーの得意技でイワネツを守ってやんな。ベースボールのグローブみてえに、ライナー性の打球を包み込んでアウトとっちまえ!
「ええ、デリンジャー。大気中の電子よ、光よ、勇者を加護するための光の障壁を……電磁障壁!」
アレックスがマリーの得意技、電磁障壁でイワネツの体を覆い、レイラの魔法を無効化することに成功する。
「できた! ヴァルキリーさんの記憶で見た電子の障壁魔法。はあ、はあ、きついなこの防御の魔法」
「アレックスお前、どこでそんな魔法を!?」
「ああ、ジョン。僕も、自分の持つ力に目覚めたみたいだ。けど、今ので僕の魔力もカラになったみたいだけど」
精霊魔法を無効化されたレイラは、イワネツとアレックスを見比べる。
「あ、わ、わたくしの魔法が。重装備のおまわり達を吹っ飛ばした必殺の……あなたは……伝説の、わたくしの……」
イワネツはゆっくりとレイラの前に歩み寄り、彼女が苦し紛れに出したストレートパンチをかわしつつ、両手で細い胴に抱き付く。
「ダヴァイ!」
その瞬間、彼女の股の間に自分の足を入れ、レイラを地面から引っこ抜くようにして、イワネツは体を背面側へ高速で仰け反らせる。
「おお、見事なうっちゃり。おいん技、盗られた」
西郷が呟くが、相撲のうっちゃりというよりは、レスリングスタイルのやや変形気味のフロントスープレックスといった形の技だった。
技を受けたレイラは、カウンター気味にアスファルトに叩きつけられ、あまりの威力と衝撃なのか道路が陥没する。
「〜〜〜〜〜〜ッ!!」
レイラはイワネツを打撃では圧倒したものの、レスリングや柔道など未経験であったため、まともな受け身すらも取れず、体が痺れて動けずにいた。
「さてっと」
イワネツはレイラの体を押さえ込みながら、真っ赤なボンタン風のズボンをずり下ろす。
「ヒッ!」
若い時の父とよく似た変態に犯されるとレイラが思った瞬間、彼女の尻目掛けて平手打ちが何度も飛んできた。
「ガキが! 悪さしやがって!! 古今東西、悪さしたガキはこうなるんだ!!」
「痛い! 痛い! お父様にもぶたれたことありませんのに、うっ、うあああああああああああん!!」
レディース達は、圧倒的な力で名護矢のレディースのトップのレイラが、無様にも尻を叩かれる光景に絶句し、怯える彼女達にイワネツが睨みをきかす。
「お前らも何がレディースの掟だ!! お前らがやってる悪党ごっこはすぐやめろ!!」
「レディースをごっこ遊びだぁ!?」
「い、いくら英雄憲長でもウチらを馬鹿にすんな!」
レディース達はイワネツに立ち向かい、自分たちの総長を助けようとしたが、イワネツの漆黒に染まった瞳の色と威圧感に恐怖する。
あらゆる犯罪を犯し、かつて自分の生まれた国家を滅ぼし、そのせいで自分をも滅ぼした、世界最悪の暴力団とまで言われた男の絶望の圧力だった。
「じゃあよお、この織部憲長がお前らに命じるが、今からそこら辺の商店で強盗し回って金稼いで俺に持ってこい。俺に逆らう奴らは皆殺しだ。あと将軍ムカつくから、今すぐ殺してこい」
「えぇ……」
「いや無理ですって」
「うちら気合い入ってますけど、そこまでは」
イワネツはレディースの少女達に、背筋も凍るような眼光の威圧感を発揮してさらに命じる。
「あ゛ぁ? なんで俺の命令が聞けねえんだ!! 俺の昔の部下は二つ返事でやってきたことが、お前らなんでできねえんだ!! お前ら悪党のヤンキーじゃあねえのか!? じゃあ俺の命令聞けねえならぶっ殺す!!」
古今東西どんな世界でも、犯罪組織のトップからの命令は絶対であり、戦国時代の武将達もそうだった。
その指揮命令系統を支配するのは、金と名誉と圧倒的な暴力であるのも共通する。
そしてトップの命令が果たされなければ、下の者は命令違反で死ぬしかなく、少女達は命令と自我の自制心の板挟みになり、涙目になる。
「わかったろ? これが本物のイカれた悪党の暴力の世界だ。お前らがそこまではできねえって言ってんなら、それはお前らがまともな感性を持ってるからだ。だからもう、お前らはごっこ遊びをやめろ。本当の悪に堕ちる前に」
イワネツの話に、土方も深く頷く。
前世の自分も、近藤も仲間も武士になりたかった。
浪人や農民の集まりだった新撰組が、会津藩と幕府の後ろ盾を得たがため、自分たちは武士以上に武士であろうとした結果、多くの人間を殺めて、仲間を粛清し、最後に滅びを迎えた結末だったと。
そしてジョンも、自分がロンディウムのギャングから足を洗って騎士になり、父同様医者を志したことを思い出す。
「勇者さんよお、この子は昔の俺と同じだ。自分の道を見出せなくて、悪さしてた時と似てんだわ。この子、スポーツしてたんならそっちの道を目指すべきだと思う」
「お前の言うとおりだ。仕置きは終わったからお前の親に連絡とってやる。土方!!」
「ああ」
イワネツは土方を呼びつけ、彼女の父親と思われるカムイの情報を聞き出す。
「こいつ、あのエルゾの王太子の。ちょっと待てくれろ勇者様。大使館通じてエルゾ本国の連絡先を聞く」
土方の警察官としての権限はまだ抹消されておらず、武士は一度ジッポンで武士と承認されていたら、そう簡単に身分をやめることはできない。
そのことが今回は功を奏し、一等警部権限で入国管理局権限を越権し、榎戸の大使館に電子照会文を送ることに成功する。
「ジッポン警察はエルゾ国籍と思われるレイラなる、住所不定年齢不詳の少女を共同危険行為、暴行、傷害、凶器準備集合、放火の現行犯で織部府内で逮捕した。この少女について貴国の回答を願いたい。連絡先はっと」
土方がエルゾ大使館に自身の連絡先をとる一方、イワネツはレディース達にチーム解散を言い渡していた。
「今後俺の織部で一切の不良行為を禁じる! 俺の決めた決定に従えねえんならお前ら全員俺がヤキくれてやる。わかったか!」
解散を言い渡されたレディース達は、意気消沈して項垂れるが、その時だった。
にやけ顔の龍馬が大型アタッシュケースを持ってくる。
「あ、お前! そのブツは!!」
「まあまあ、勇者さん。金と頭は使いようぜよ。おい、おまんら! わしらに協力してくれんか!! 無論ただでとは言わんき」
大型のアタッシュケースには、ジッポン金1万両が入っており、中身が路上に投げ出されると、ヘッドライトや街路灯で金色に輝く大判金貨を見たレディースから歓声が上がる。
「この金でおまんらと榎戸行って一緒に遊ぶぜよ! 勇者様がケツを持ってくれるそうじゃ!!」
イワネツの暴力と、龍馬の示した金の力でレディース達を取り込むことに成功したのだ。
龍馬の破天荒ぶりに、親衛隊長の乙女が豪快に笑い、佐那とお竜は運命の男だと言う龍馬に興味を示す。
「なるほど、お前は人の扱いがうまい。そういや、お前会社社長だったか。お前の会社、うちの虹竜国際公司のジッポン支社にしてやる。そんでお前は、ジッポンの件が片付いたら社長の座を譲ってやるから龍と呼ばれた男の後を継げ」
世界的な物流会社の社長の椅子を約束された龍馬は、一瞬驚くが、これが自分の今世の運命かと笑う。
「はは、虹龍国際公司の初代社長さんも、龍と呼ばれちょったか」
「ああ、この世界に来る前のあいつは、俺の兄弟分は、中華と日本と西側の海を股にかけた、倭寇とか言う大海賊だった。あいつは色んな名前を前世で持ってて、田川龍とかいう名前で長崎で商船率いた活動とかしてたそうだ」
「長崎の龍か。ワシも長崎で海運考えちょったけんど、不思議な縁を感じるぜよ。それじゃワシャ、龍の意思を継いじゃるき」
イワネツは龍馬に頷くと、泣きじゃくるレイラを見つめる。
すると土方の公用携帯電話が振動し、番号を確認するとエルゾ王国を示す番号、+1と下4桁が公の機関を示す1111となっており、電話口に出るとゴクリと唾を飲み込む。
「はい、自分はジッポン警察の土方といいます。ええ、王女殿下の身柄はうちらで預かってますよ。まさかあなたが直接電話かけてくるとはな。お話できて光栄です、エルゾ王国王太子殿下」
イワネツは電話を代わるように土方にアゴで示す。
「はい、お電話かわります。あなたと話がしたい方がおりますので、どうぞ」
イワネツは電話を渡され、すうっと息を吸い込む。
「お前がカムイか?」
一瞬間があり、電話口からイワネツそっくりの声がする。
「いかにも、私はエルゾ王国王太子、イソ・カムイ・ニシパポウ・マキリ・ルーシーと申します。あなたは?」
「お゛い゛!!」
イワネツは、電話の向こうにいるカムイを一喝する。
「まずは自分の娘の身の心配をするんじゃねえのか? お前、親からどんな教育されたんだよ」
「……失礼いたしました。我が母より王子としての教育は授けられましたが。ですが、娘には父としての教育はなかなかしてあげられなかったかもしれません」
「そんなことを聞いてんじゃねえんだよ。古今東西、ガキが悪さしたら、親が子供迎えに来て謝るんだろ。さっさとお前、こっち来い。俺の名はこっちでは織部憲長、またの名を勇者イワネツよ」
相手が誰だろうと我を押し通そうとするイワネツに、土方は苦笑し、カムイはため息を吐く。
「……我々エルゾが虐げられていても、母のシュマリとわたくしを助けてくれなかったあなたが言うことか? 父上」
「!?」
イワネツは、エルゾの王太子から父と呼ばれたことに困惑する。
ーー父上だと? 俺がか!? それにシュマリ!? 確か植杉とか名乗って男装してたあの女か!?
動揺したイワネツは首を横に何度も振る。
ーーいや意味がわからんぞ。俺はあの女とガキができるくれえ、回数ヤッてねえし。そもそも俺にガキができたことなんて一度もねえ。家族を持ったことも……。
彼は今までの勇者の活動で、無数の愛人や恋人を作ったことはあるが、子供ができて家族を持ったことはない。
「まあいいでしょう。私の娘レイラは、ジッポン幕府との盟により、ショーグン家へ条件付きで嫁がせたはず。娘をオリンピック選手として相応しい留学をさせると。やはりジッポンめは……盟約をまたしても反故にしたか」
「あ? よくねえだろ。お前の言ってる意味がわからん。で、お前はこのガキの身柄を早く取りに来るのか来ねえのか、どっちだこの野郎」
するとアレックスがイワネツの元まで駆け寄り、小声で耳打ちする。
「彼女は、ジッポンに嫁がされることを知らなかったんです。そして将軍に呼び出され、レイプされそうになったことでアスリートの夢を諦めざるを得ませんでした」
イワネツは頷き、こめかみに怒りジワが浮かび上がる。
「おい、この俺が聞いてんだ。娘の身柄取りに来るのか来ねえのか。お前、俺をなめてんのか?」
「あなたこそ……我らがエルゾを捨て置いて。我がエルゾは、幕府から聖地を汚された。母はあの悪辣なショーグンに騙され、その絶望で呆けてしまい、もう私のことも忘れてしまった。そんなあなたが今更、私やレイラの前に現れて、我が家族に口出しするか!」
「うるせえ! お前文句あるなら榎戸に来い!! 今から俺もお前の娘連れて榎戸に行く! それとショーグンは俺が直々にぶっ殺す。返事は?」
「……いいでしょう。再三幕府に義理立てしてきたが、あなたが幕府と敵対したことと、我が娘の今回の件でもはや無用とする。我がエルゾとの盟約を反故にした幕府に宣戦布告し、我らがエルゾと同族の障害になるだろうあなたも私が打ち倒します。覚悟なされよ、父上」
電話が切れ、イワネツは憤怒の表情で土方に振り向くと専用電話を手渡す。
「勇者様、エルゾの王太子殿下は?」
「野郎、どうやら俺の実のガキらしい。ふん、元々エルゾと幕府とで契約かわして停戦させたのは俺だ。野郎、どうやらそれが気に入らねえとよ。幕府と喧嘩して、俺もやつのターゲットだそうだ。ふふ、なめられたもんだぜ俺も。どうやら教育が必要なガキは、このレイラだけじゃねえようだ」
「勇者様……」
イワネツはタバコを咥え、炎魔法で火を着けた後、泣きじゃくる孫娘にあたるレイラを見つめる。
「おい、レイラとか言ったか? お前の親父が榎戸まで迎えに来るそうだ。お前も来い」
「う、ヒック、いやですわ! わたくしはあんな醜い将軍のところにも、お父様のエルゾに戻りたくない!!」
「駄々こねやがってガキが。心配するな、ショーグンは俺が始末する。幕府も、もう続けさせねえ。俺の女が昔作ったエルゾ王国も。300年前の後始末をつけてやる」
レイラは、痴呆を患った女王にして祖母から祖父イワネツの勇者伝説を聞いていた。
織部を大国にして、戦国時代も終わらせて、悪の大邪神に打ち勝ち、エルゾとジッポンの遺恨も解いた伝説の天下人であると。
彼女が留学先に織部を選び、レディースを組織したのも勇者である祖父への憧れから来ていた。
「お前は、幕府も王国もない新しい時代のアスリートになれ。そこのアレックスも学者目指しながらオリンピック選手も目指してんだと」
アレックスは照れながらレイラに微笑むと、イワネツにレイラが抱きつき号泣する。
「泣くんじゃねえガキ。お前らエルゾが信仰する精霊はなんだ?」
「……エルゾの信仰霊フレイナラックルと、火と光の精霊バルディ」
ーーフレイナラックルにバルディ、精霊界への照会が必要か。手段は後で考えるとして、俺の女神ヘルへの明確な神界法違反。代償は必ず支払わせてやる。
イワネツは、エルゾに力を貸すと呼ばれる精霊達の名を記憶し、ヤンキー達に命ずる。
「織部の企業を買収しようと思ったが気が変わった。さあ行くぜ! 榎戸にいるマリーを奪還し、幕府を勇者たる俺の手でぶっ潰す!!」
イワネツが宣言するとヤンキーやレディースの集団が歓喜にわき、一ツ橋が警察の大型バスの前で待ち受ける。
すると大型のダンプカーがバスに横付けし、運転手が一ツ橋に頭を下げた。
「勇者様、それがしが亡き従兄弟の名代とし、我が兄、水土の力添えもあって織部の商工会に話をつけてござる。戦に必要な装備も数多く揃えております」
「気が利くじゃねえか。お前の兄も榎戸に来させろ。幕府の幕引きに立ち会え!」
「……申し訳ございません。いましがた水土諸侯より連絡が。家老井伊暗殺事件が露呈し、水土の暴走族、天狗党の犯行であると。兄はその件で全責任を取れと幕府軍法会議に言い渡され、全てを私に託し、腹を召されました」
水土の黄門とも呼ばれ、マリーゴールド財団と通じていた副将軍の水土中納言徳河成昭は、暗君家繁が目論む粛清の結果、実弟であるこの一ツ橋慶喜に託して切腹していた。
「……そうか、井伊は死んだか、お前の兄も。じゃあお前がマツの、徳河家康が作った幕府の後始末役だ。最後の将軍になったお前は、全ての幕引きをやるんだ。やり方は……どうすっかな」
「やり方は前世で勝殿と色々練ったおいが知っちょっ。全てん決着をつけよう、兄弟。先に榎戸に行った東、いや鉄舟斎に一肌脱いでもらう」
西郷は、イワネツに計画の概要を伝える。
大都市榎戸を一手に収める方法は、かつて西郷が前世の勝海舟と共に行った榎戸の無血開城をアレンジさせた方法だった。
「サイゴーお前、やっぱり凄いな。クーデターの天才かお前?」
西郷が微笑む中、龍馬もまた策ありと笑う。
「あ、ワシもこれを」
「あん? なんだサカモト」
龍馬はイワネツに書状を手渡す。
「ワシが中京寄る時、真里ちゃん……天女さんの役に立つ思うて書いた書状や。こいつを幕府が認めたちことにしちまったら……天下が転がるぜよ」
イワネツは書状を読んでニコリと微笑んだ。
この書状には、新しいジッポンの夜明けへの道が記されているとイワネツは思う。
「なるほど、お前らを結びつけた勝海舟だったか? 日本語で勝利と海の舟を意味する名前か……。面白い、俺は今から勇者イワネツこと勝海舟と名乗ることにする! 俺がお前らを導く!!」
「ああ、あんたがこの世界の勝センセじゃ」
「そうじゃなイワネツ。わいこそおいが惚れた御仁、勝殿んようなジッポンの希望。まことん英雄や!」
「へっ、あんたがあの勝海舟役とはな! 俺も舟に乗るぜ勇者様よお。俺の近藤サンを死に追いやった将軍に、前世の俺の後悔に、全部終わらしてやンべよ! 俺たち新撰組の手で、俺たちのジッポンをよお」
その時、イワネツの水晶玉に着信が入る。
「俺だ。フレッドか? ああ、ジローとは連絡取れたんだな。ああ、それでちょっとまずいことになってな。マリーがショーグンに拐われた。ああ、その辺は……なんだと? お前もこっちに来るだと!?」
聖騎士フレッドは、現在のナーロッパの情勢をイワネツに告げ、自身の新たなるスキルの活用と、彼の絶対概念で導き出した、世界大戦に向かいつつある状況の打開策と対抗策も全て講じた上で、マリー救出作戦に乗り出そうとしていた。
新たにフレッドが手に入れた能力と、その策謀の緻密さと合理性にイワネツも舌を巻く。
「お前……そうか。わかったぜ、作戦決行は日付を跨いだジッポン時間の夜明けの5時ジャスト。みんなで新たな夜明けを作る! そしてマリーと俺たちで世界救済のやり直しだ!!」
次回主人公の一人称へ戻ります




