第244話 レディース 前編
イワネツが病院に大金を置き、半ば強引に二人の退院手続きを終えて、外に出るとアレックスとジョンは集まった改造車やバイクの数に驚く。
すると龍馬に随行した幕府海軍の将校が、憲兵隊を引き連れて集まったヤンキー達を押し除けてイワネツにライフルを一斉に向ける。
「我が名は幕府海軍総裁、蜂須加斉溥じゃ。お主には騒乱罪の嫌疑がかかっておる。同行願いたい」
「ああん?」
イワネツが拳を握り締めた瞬間、ヤンキー達が海軍総裁と憲兵に空き缶や石を一斉に投げつけた。
「なんちゃコラァ!」
「ぶち殺すでわりゃあ!」
「勇者様なめとんかうるぁ!!」
すると龍馬がサッと海軍総裁の庇い立てるように前に立つ。
「やめ!! ここはわしが収めるぜよ」
龍馬がニカっと一瞬イワネツに微笑んだあと海軍総裁に向き直る。
「あいや!! ちょうどええとこ来ましたねえ上官様。なら自分ら海援隊と嶋津がこいつの身柄を榎戸まで引っ立てるんで。この罪人は幕府の名の下に将軍様が断じたほうがええ思うぜよ。のう? 西郷君」
海軍総裁は、嶋津の御用車両から厚姫と共に出てきて、頭を無言で下げる西郷の方を見やる。
「ええと……奉行、お前の言ってる意味がわからんが?」
するとイワネツは、憲兵の腰の手錠を引ったくり、自分の両手にかけた。
「おう、そうだな。そう言うわけだから俺は罪人として榎戸幕府に逮捕され、身柄を榎戸に移送されるってことだな。そう言うことだからよお、サカモトお前、軍の護送車かっぱらってきてついでに運転手やれ」
ーー無茶苦茶だ。
アレックスとジョンは顔をお互い見合わせる。
「し、しかしだな坂本奉行。この場で捕縛した方が……」
すると、上半身に包帯を巻き足を引き摺って病院から現れたたぬき耳のハンサムがイワネツの前に立つ。
「お前は?」
「控えよ!! 我が名は天下の副将軍実弟、一ツ橋慶喜である」
奇しくも彼も大坂中央病院に入院しており、天帝暗殺事件の生き残りでもあり目撃者でもあった彼は、暗殺に現れた御庭番集の忍者達から身をかわし、勇者降臨の機会を待っていた。
「なるほど、マツの子孫か。お前、何を考えてやがる?」
すると一ツ橋は、イワネツの耳にボソボソと小声で暗殺事件の真相について打ち明けた。
「勇者様、拙者はあなた様がおいでになられるのを待っておりました。天子様と我が従兄弟、織部徳河が暗殺されました。下手人は、遺憾ながら幕府お抱えの忍者集団、御庭番衆。そして主犯は……遺憾ながら我が縁戚にしてこの国の支配者、家繁でござる」
イワネツはやはりそうかと、一ツ橋に頷く。
「海軍総裁よ、天下の副将軍水土徳河と我が一ツ橋の命令である。この罪人を引っ立て、我らは幕府の沙汰を受けるために榎戸に向かうが如何に!?」
「えぇ? えーと、それがしでは決めかねますので、その、参謀本部に許可がないと……」
「お゛い!!」
イワネツは、海軍総裁に気迫を込めた眼光で睨みつけると、あまりの恐怖で総裁は腰を抜かす。
「そういうわけだから、今から榎戸に行くからよ。お前ら!! 榎戸まで罪人の俺とこの幕府要人を護衛しろ!! 夜明け頃には榎戸に着くだろ!」
ヤンキー達が一斉に歓声を上げる。
「ヒャッハー!!」
「花の大榎戸まで夜通し暴走祭りや!!」
「さすが勇者様じゃ!!」
「夜明けまで暴走るけ!!」
する土方が用意した護送用大型バスを指差す。
「おう、勇者さんよお。ちょうどうちらで用意したバスあるべ。乗ってくれろ」
「気がきくじゃねえか、お前は?」
「俺は警察庁警備局集団警ら隊一等警部の土方歳三だ。被疑者護送ならお手のものさ」
「おお、噂に聞く首都警察の神選組。君らならば信頼がおけるな。被疑者護送の件頼んだぞ」
「は!!」
海軍総裁に土方は頭を下げたあと、すっとイワネツの前に立つ。
「まあ、あのおっさんには言わなかったが、おまわりは今さっき辞めたばっかで、このバスは前の所属からかっぱらってきたんだがよ」
と、小声でボソリと独言ち、イワネツは大爆笑した。
「ハラショー! よおし、榎戸に行くぜ!! お前ら俺について来い!!」
龍馬が大型バスの運転席に乗り込み、被疑者護送という形で、土方と一ツ橋がイワネツの後ろに着き、両手錠姿でバスに乗り込む。
「はは……無茶苦茶だぜ。どうするアレックス?」
「行こう、ジョン。僕らで世界を救いに」
すると二人にティアナも駆け寄り、西郷や高杉、桂達長洲のヤンキー達の顔役も大型バスに一斉に乗り込み、バスの広報用スピーカーを龍馬は起動させた。
「よっしゃあ、花の大榎戸まで行くぜよ!! おまんら無事故無違反で夜露死苦!!」
「夜露死苦!!」
新撰組の運転する無数のパトカーがサイレンを鳴らし、赤色灯を点灯させて先導し、バスを追いかける形で嶋津の車列とヤンキー達の改造車やバイクが続く。
「さてと」
バスに乗り込んだイワネツは、腕に力を込めて手錠を破壊し、バスの補助席に着く。
「おう、サカモト。榎戸まで突っ走れ。車止めはヒジカタの部下どもがやってくれる」
「わかったぜよ。ルートは最短の名神抜けて、東名から榎戸高速まで一直線じゃ」
「おう、それで頼む……いや、一回名護矢によれ」
「?」
イワネツは、自分の力の大半が封印された状況では、ヤンキー達が暴動を起こしたくらいでは幕府には勝てないだろうと考える。
しかも幕府軍の兵力は並外れており、巨大な起動兵器や忍者相手では一方的な虐殺を受けるであろうことも。
「聞いた話じゃ、俺の昔の領地だった織部の名護矢は、最先端テクノロジーを開発する工業都市らしいじゃねえか。軍事テクノロジーも、おそらく開発が盛んだろう?」
「え、ああそうじゃ。名護矢は歴史的に見て物作りがうまくて優秀な男が多いぜよ。ああ、なるほど読めたぜよ勇者さんの考えが」
「おう、元々織部は俺の領地。俺が織部の企業買収して装備品ゲットだ。ジッポン通貨の両が暴落してる今がチャンスだからよ。クックック、昔俺が教育した甲斐があったぜ。さすがは俺の縄張り、優秀だ。種金としては……おい高杉!! アレは大事に持ってるな?」
「へい社長!! あ、竜馬君どーも」
高杉は、大型アタッシュケース二つを座席の下に入れていたが、アタッシュケースには基軸通貨リーラが2000万リーラ分と、もう一つのアタッシュケースには、ヴィクトリー商人から換金した1万両分の手形が入っていた。
「サカモト、今のレートだと1両は何リーラだ?」
「えっと、ついこの前まで1両、約960から950で動きよったのが、今は両が大暴落して500以下まで下がっちゅー」
「ハラショー。じゃあ今は手元に2000万リーラと1万両あるから、この金で軍事企業を買収だ。どこの企業が買いだ?」
「あ、そんだけの資本金あるなら豐羽工業なんかええかと。あそこは自動車やらの工業機械メーカーやけんど、小さいものは鉄砲から、大きなものは最先端兵器も作っちゅーき」
「ほう? さすがは俺の領地。教育と規律が行き届いてるな。他には?」
「他にも有名な企業は、最先端電子科学の電装とか、牧田なんかも」
買収先の企業の話で二人は盛り上がり、大坂市内を抜けて織部府三恵県内までバスを進めた。
「しかし因果な話だぜ、昔東條幕府をぶっ潰したと思ったら、今度は俺がショーグンに立てたマツの幕府を潰す羽目になるとはな」
タバコに火をつけ、イワネツはパトカーが先導する先を見つめると、なんとも言えない虚しさを覚える。
自分が当時救済した世界でやったことは、無駄だったのだろうかと。
「なあ? 勇者さん」
「何だサカモト」
「今、一瞬悲しげな顔したぜよ。あんたにそがな顔似合わん。お伽噺のように、大胆不敵に戦国時代戦った天下人や。そこで疑問なんやけんど、あんたはどいて天下人になった時、自分のご先祖やった明知十兵衛光秀に暗殺されたんや? しかもあんたは当時のままの姿でピンピンしちゅー。おかしな話や」
坂本龍馬の羽織に、明知家紋の桔梗紋を見てイワネツは声を立てて笑う。
「はは、そうか……そういう巡り合わせか。俺の部下のタコは、あのあとどうなったかお前に伝わってるのか?」
「ご先祖様は、そのあと枇杷湖に坂本城を建てて、幕府家老に取り立てられたそうや。それで、旧織部領の処遇を巡って、あんたの家臣じゃった柴木勝栄公や中臣秀吉公と政争の後、行方不明になった話が分家の坂本家に残されてるぜよ」
「ふっ、そうか。あの本能神社の暗殺だが狂言だ。俺が別の世界で、勇者として活動するためのな。それでほとぼり冷めた頃、タコの野郎にお前も来いって誘ってやった」
勇者イワネツ暗殺事件は、後世でジッポン七不思議とも呼ばれており、歴史学者を志すアレックスも興味深く聞き耳を立てる。
勇者殺しの大逆人のはずの明知十兵衛光秀が、なぜ幕府の家老まで上りつめ、城持ち大名とまでなったか。
後世の研究によると天下人になったイワネツを邪魔に感じた幕府側が、明知を使って暗殺したのが真相ではないかという説が有力とされていた。
そしてその事で、旧家臣団の武将、柴木勝栄と中臣秀吉から恨まれて政争を仕掛けられ、失意のうちに姿を消したのではないかと後世では伝わっている。
が、勇者イワネツの話ではそれは狂言だという。
明知はその後、勇者の異世界での活動に必要な人材であることから、イワネツと共に異世界に渡ったのが真相であった。
「野郎、目を輝かせてよお。次はどこの世界で戦うのか? 次はどんな役に立てるのかって嬉しそうだった」
「はえー、そうやったのかー。けんど分家の坂本家は後世で天下人殺いた大逆人とか言われて、肩身が狭い思いしたにかあらん。じゃが晩年の秀吉公が、そんな坂本家を不憫に思うたか知らんけんど三国の山之内家に口添えして、坂本家は土左の武家家臣に入ったそうや」
「ふん、パシリの猿野郎のくせに偉くなったもんだな。ヘルからも聞いたが、野郎、そんで晩年は権力持って好き放題してたらしいじゃねえか」
戦国武将にして勇者を継ぐ者として歴史に記された中臣秀吉は、木下秀吉という名で相原の国、現在は榎戸府相州市に、非人身分の母子家庭の長男として生まれる。
青年期、実父が今田家足軽をしていると聞きつけ、今田家に士官するものの合戦の最中敵前逃亡の末、織部家の丁稚として一兵卒の足軽身分で軍団入り。
その後織部憲長の配下としてヤンキーと名付けた織部親衛隊、愛羅武勇を率い、桶知多摩の合戦、第二次南北戦争、環大平洋戦争を経て立身出世。
織部憲長亡き後は織部領継承問題で、有力武将柴木勝栄を打ち破り、明知十兵衛光秀を失脚させたことで名を馳せ、また尊皇派だった為、朝廷より名跡中臣の姓を賜る。
跡取り不在の関白近衛の養子になった後、光徳天帝の補佐役の関白に就任し、自身の名である秀の字を授けた二代目将軍徳河秀次の後見人となったことで、莫大な財産と権力を築いたと歴史書に記載されていた。
また別の歴史書には、絶対権力者になった中臣秀吉は、幕府軍を自分の私軍と化し、大陸を侵攻して領土を手に入れようとしたとも指摘されている。
この他にも権力を握った事で、ジッポン国内における数々の争議を引き起こしたことも記され、勇者を継いだ太閤殿下は晩節を汚したと記録される。
「はは……かの関白様をパシリ扱いとはさすが勇者様や」
「おう、元パシリのくせしてクソ生意気にハーレムなんぞ築いてやがったから、ヘルの魔法で夢の中入り込んで脅しあげてやったぜ」
「ああ、あれは本当の話やったのか」
若い時代に犬千代の名で活躍した猛将前島利家は、秀吉との共著、憲長公記とは別の利家夜話で、友の最後の夢という題名で後世への戒めとして記していた。
「我が終生の友にして関白秀吉公は、晩年にハーン亡き後の大陸の権益を得ようと、朝明半島へ出征計画を打ち立てたある日のことだった。我らが親方様が秀吉公の枕元に降り立つ。やり取りは以下の通りである」
ーーおい猿野郎。お前聞いた話じゃ猿のくせに調子乗って不動産とか転がしたり、クソ生意気にもハーレムとか築いていやがるらしいな?
ーーえ? あ? えぇ……あなたはまさか……
ーーそろそろ頃合いだからよ、冥界来て俺の仕事手伝いに来いこの野郎!
ーーこ、これは親方様。お久しぶりで……おほん。我が名は中臣秀吉であーる。
ーーあ゛?
ーーワシの力はかつての親方様を超え、ジッポンを支配し、世界を統べる男になったのじゃ! ワシこそジッポン! ワシこそが世界一の男に……。
ーー何言ってんだ猿野郎。お前、ジジイになってボケたか? 俺をなめてんのかよ? ああ゛!?
ーーちょ、ワシに刃向かう気か? 昔は主従関係じゃったが今のワシはウボア!! 殴った!! ワシを!! 天下の秀吉様だぞワシは!!
ーーお前偉くなったもんだな猿野郎!! 俺をなめてんのかって言ってんだオラァ!!
ーーひ、ひええええええええ。体が持ち上げられて……いいのか!? ワシは今ではジッポンの武士全部を動員できる力を……
ーーだからなんだよ? お前、ジッポンのサムライ共が束になったところで俺を倒せると思ってんのか?
ーーあ……いや、すんません自分何か勘違いしてやした。今、出世して金とか沢山あるんでお許し……
ーーうるせえ! このままパワーボムくらわしてやる
ーーすんません、すんません。そんな技を親方からくらったら死んでしまいます! お許し……ぐぎゃあ!
ーーお前ヘルから聞いた話じゃジッポンの最高権力者になって好き放題しやがってるらしいな!? 俺が救ったジッポンでふざけた真似しやがると殺すぞッ!!!!
ーーうぎゃああああ、すんません、すんません、自分調子に乗ってやした!! お許しを、お許しをををををををを!!
「などと相も変わらずのお姿で、秀吉公を殴りつけ、パワーボムの刑に処したあと足蹴にしたという。夢から覚めた秀吉公は恐怖のあまり歯と頭髪が全て抜け落ち、布団から飛び退いて丸一日震えが止まらなかったと私に証言した。幕府からの通達で朝明半島出征が取り止めになったのは、この三日後であり、夢の話からちょうど一年後、秀吉公は冥界へ旅立った。きっと我らが親方様に呼ばれたのだろう。我が犬千代もそう遠くない先に冥界に旅立ち、女神ヘル様と親方様のもとでまた槍働きさせられるかもしれぬ」
この逸話も、ジッポン勇者伝説と共に広く知られており、晩年期に絶対権力者と化した中臣秀吉を懲らしめるため、勇者イワネツが降臨したのではないかと言われる一方、権力を握りパラノイアを患った秀吉の、孤独から来た当時の精神状態から見た夢幻ではないかとされている。
「その話には後日談があってよ、やつは死ぬ前の悪さが過ぎて、ヘルの法廷に呼び出されてガタガタ震えてやがった」
冥界の法廷で、ヒデヨシはまた地獄行きになると震えており、裁判官のヘルが特大のため息を吐いた。
「お前、根は子悪党のくせに気が大きくなって、晩年のお前は英雄とは名ばかりの所業。晩節を汚すとはこのことなのだわ」
するとヒデヨシは土下座して許しをこう。
「ひええええええええ、お助けくだされ神様!! もう悪いことしません!! お願いですんで地獄行きだけは勘弁してくださいいいい!!」
「お前に残された選択肢は二つなのだわ。一つはわらわの判決で現世の罪を償うために地獄に行くか。もう一つは……地獄行きを免除されるくらい功績を上げるか。我が勇者よ、この子悪党本当に使い物になるのかしら?」
「へ?」
土下座するヒデヨシが法廷を見上げると、そこにはかつて親方と呼んだ勇者が目の前に立つ。
「コラァ!! この猿野郎!! 人手が足りねえからちょっと来いこの野郎!! もう一度パシリで使ってやる!!」
「……い、嫌だ。せっかくテッペンに登りつめたのに、もうパシリは嫌だああああああああああああ!!」
「なんだこの野郎!! つべこべ言いやがってぶん殴ってやる!! 来いオラァ!!」
ヒデヨシの魂は冥界の法廷でタコ殴りにされ、勇者の救済が必要な別の異世界に連れて行かれたのだった。
「お、そろそろ名護矢に到着するぜよ」
「ふふ、懐かしの俺の領地、俺の縄張りか。最先端技術の街、美しく発展してやがるんだろうな」
イワネツは補助席を降りてバスに乗り込んだ面子を見やる。
瀕死の重傷を負うもさらに力を増したアレックスに、西郷、土方、高杉やジョンにティアナ、それに一ツ橋。
坂本龍馬を含めてジッポン変革の7人の立役者が揃ったとイワネツはほくそ笑み、今度はこの辺りの族の顔役をしていた桂も初めて見るが、優秀そうな若者だと初見でイワネツは見抜く。
「クックック、ドラゴン●ールが7つ揃ったぜ。あとはっと」
イワネツは、懐から魔法の水晶玉を取り出し、自身の仲間に連絡を取り始めようとした時だった。
先行するパトカーから、バスの運転席へ無線が入る。
「勇者さん、前方に地元の族が来やがった。こいつら……やべえ!!」
「あん? 何がだ?」
イワネツが呟き、土方が前方を暗視双眼鏡で覗くとピンクのネオンに彩られた改造車やバイクが高速道路上で待ち受けていた。
「チッ、そういやここら一帯は奴らのルートだった。クソが! 厄介な時に来やがって名護矢のスケ共め」
「あー、名護矢の女はやばいぜよ。レディースや」
「あん? レディースだと?」
するとバスやパトカーに、二人乗りのバイクが横付けし、火炎瓶を投げられる。
「ウルァ!! マッポ死ねやぁ!!」
「うちら愛羅武勇がてめーらフルボッコにしてやんよ!」
特攻服に身を包んだノーヘル少女達ががなりたて、蛇行運転をしながら運転席の龍馬に中指を立てる。
「なんだズベ共がなめやがって、わからせてやる」
イワネツはバスのドアを勢いよく開けて、走行中のバスから転がるように高速道路上に降りた。
「ちょ!?」
「なんか知らねえヤンキーが降りてきたし」
イワネツは、反転して向かってくるバイクにラリアットをくらわして少女二人が路上を転がっていく。
「愛華と心愛がやられた!」
「てめえどこのヤンキーだぎゃウラァ!」
「クルァ! うちらなめてんのか!」
次々に反転して高速道路を逆走してくるバイクに、危険を感じた龍馬は急ブレーキを踏んでバスを急停車させた。
「お、おい。なんだこいつら? みんな女の子ばっかじゃん!? こいつら一体なんなんだよ!?」
ティアナは仰天して窓を見つめ、ジョンは窓からレディースと呼ばれた少女達の暴走族を覗くと、皆ピンクの特攻服に色とりどりの刺繍を入れ、全員が厚化粧をしている異様な風体だった。
しかも日本刀や火炎瓶で武装しており、中にはニケツ乗りでバズーカも構える少女や、改造車の窓から機関銃を構える少女までいる始末である。
「うわぁ、ティアナみてえな気の強い女ばっかじゃねえか。しかもみんなすげえ厚化粧してて、なんか重武装だし怖すぎるだろ」
「ちょっと僕も意味がわからないんで、どなたかご存知な方はいますか!?」
アレックス達が困惑する中、土方は刀を手にして本身を抜く。
「ああ、あれは超凶悪な女ヤンキー集団のレディースだ。その中でも、ここ最近名護矢で一番凶悪って呼ばれてんのが、大昔の秀吉公が結成したって言われる愛羅武勇だ」
「えぇ……女ヤンキーですか?」
「おう、あいつら数ヶ月前に代替わりしたみてえで超凶悪化してよ、新たに指定された特別指定暴走族ってことでうちら新選組もマークかけてた」
特定指定暴走族「愛羅武勇」とは、元は織部府一帯で300年前から続く名門ヤンキー集団であるが、近年警察の取締りと地域性により勢力が弱体化していた。
織部府内は裕福な中産階級が多く、かの天下人織部憲長が行った改革で児童専門教育がジッポン一進んでいるとされており、理系なら科学者か技術者、または医者の道を進み、文系なら教師か商社員、金融の道に進むなど、他の都道府県と比較して男のヤンキーの数は少ないと言われる。
この結果何が起きたかというと、優秀な若者は地元優良企業に就職するか、軍事施設や最先端科学研究所で研究員になるか、それ以外の若者は榎戸や大坂といった東西の大都市に可能性を見出して就職した。
これにより30年前の織部府、特に第一都市名護矢で人口の空洞化が起き、男女比は圧倒的に女性が多くなる。
そして名護矢女性は、古来より郷土愛があって派手好きで経済力がある男性を好み、数少なくなった男を巡って何が起きたかというと、自分を目立たせ男の気を引くヤンキー化である。
また近年の攘夷尊皇思想も加わり、原初のヤンキー太閤秀吉が組織したハーレムの名レディースにあやかり、女ヤンキーの暴走族グループはレディースと呼ばれた。
この結果、ますます織部府から一家総出で男子が真っ当な女子目当てで他府県に移住し、それとは逆にヤンキー文化にかぶれた男達は、ヤンキー発祥の地、織部へ住民登録する。
こうして近年の織部ではモラル低下で教育崩壊が起こり、ここ最近のデータで10代の若者学力で常にトップ3に入っていたのが、ワースト3位常連となり、ヤンキー女子が幅を効かせるようになる。
また近年のジッポンのデータでは、美人が多い街ランキングで大都市榎戸、大坂を抑えて織部府名護矢がトップ3位入りするも、嫁にしたくない女の出身地ランキングで織部府名護矢はナンバー1に輝いた。
そんなレディースが幅を効かせる織部で、突如現れた少女が衰退していた老舗暴走族の愛羅武勇に加盟すると、一気に凶悪化して集団暴走行為からの強盗、恐喝、脅迫事件を引き起こし、敵対する暴走族への傷害事件や幕府憲兵隊及び警察への武装テロを引き起こすなど社会問題化する。
その原因の少女は麗威蘭という名前以外は幕府や警察の捜査でも不明。
こうして原点にしてヤンキーの頂点である愛羅武勇がレディース化してジッポン全国に名前が売れたことで、札付きの不良少女が名護矢に集まり現在に至る。
そしてイワネツの前に、東名高速に集まってきたレディースの軍団が次々に現れて、その数1万を超える大集団となる。
「オラァ! てめーら覚悟できてんだろうな?」
「余所者が暴走りに来ゃあがって! ぶっ殺すに!」
「おまわり引き連れて来ゃあがって余所者が!」
「名護矢なめんな 殺すぞ他府県の包茎野郎共!」
イワネツは、頭痛を通り越して眩暈がする。
おかしい、自分の転生した織部の乙女達は、こんな頭が悪そうなヤンキー達じゃなかったはずなのにと。
イワネツが思い出した300年前の織部は、年頃の女性達が茶屋と呼ばれた喫茶店で、団子を頬張り、イワネツの姿を見ると恥ずかし気な仕草をしながら手を振ってきた。
「ああ若殿様ぁ! イワネツ様だわ!!」
「かっこええわ。あ、今、わたしを見て笑ったわ。畑仕事終えて泥だらけで恥ずかしいわあ」
「ちぎゃーわよ、あたしを見とったのよ若殿様は! 素敵だわ、かっこええわ」
イワネツは無表情から一転して、領民の乙女達にニコリと微笑み、その中でも地味ながら賢そうで奥ゆかしそうな女子を好んで、自身の寝室に連れ帰った記憶を思い出す。
彼の女性の好みは転生前のソ連時代から変わらず、インテリかつ自分の意思をしっかり持つような、自立した女性を好み、会話をひとしきり楽しんだあと、愛の言葉を告げて口説き落とすのを何よりも楽しみにしていた。
だが……。
「なんだこいつら。俺が愛した領民の女達とは違う……。うるさそうで、何より奥ゆかしさや賢さのカケラや品が全くねえ」
イワネツはレディースから飛んでくる罵詈雑言に硬直し、拒絶反応を起こして体が震え出していた。
「今更うちらにビビってんじゃねえ! ドチ●ポ野郎!」
「オラァ、ヤキだおみゃー!! レディースなめんなわ!」
「ヤキ入れたあと、チ●コ出して土下座せな許さんでな!」
「すっとろいくそだぁけっ! はよチン●出して土下座!!」
イワネツは両手をアスファルトに突いて、今の名護矢のレディース達が一斉にチン●出して土下座コールする罵詈雑言に絶望する。
「クソッタレ!! クソ……俺の織部の教育が失敗してやがる、く、クソ。クソがあああああああああ!!」
ジッポンの中心織部府名護矢の高速道路上で、かつて数多の世界と自身の領地織部を救ったはずの勇者が哀を叫んだ。
次回に続きます




