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転生したら楽をしたい ~召喚術師マリーの英雄伝~  作者: 風来坊 章
最終章 召喚術師マリーの英雄伝
248/311

第243話 龍と義を継ぐ者達

「俺だ。イワネツだ」


 午後9時、まもなく中京市内に入るイワネツの通信用水晶に着信が入る。


「あたしです! ラツィーオです!! ヴァルキリー様が、アレックスやジョンが!!」


「どうした!? 何があった!?」


 ティアナは現在起きてる状況を報告する。


 ジョンが全身打撲の重傷を負い、アレックスが何者かに首を絞められたことで心肺停止状態になり、集中治療室にいたマリーが行方不明になった件。


 そしてジッポンの臨時ニュースにより、マリー達が交渉したジッポン天帝光明が昨夜突然の崩御したことも、イワネツに報告する。


「お前、アントニオの子孫だったか? 身を隠せ、俺がここに来るまでの間だ。いいな? 今は自分の身の安全を第一に考えろ」


 イワネツは通話を終えると、顔中怒りジワだらけになり、こめかみに血管が浮かび上がる。


 後部座席に同席していた嶋津家令嬢厚姫がイワネツの怒りの表情に恐怖して、短い悲鳴をあげた。


ーーあの二人をこれだけの目に合わせて、マリーを連れ去る実力を持つのは、ジッポンの手練れの忍者達。それも特殊部隊(スペツナズ)くらいだろう。それにマリーの交渉相手の天帝の死。おそらくはショーグンのクソボケ(トゥポーイ)の仕業に違いないな。クソボケめ、ぶっ殺してやる。


「おい、東。次のパーキングに入れ。ちょっと西郷交えて世間話でもしようや?」


「? 御意」


 運転手を務める東に命じて、京坂パーキングに車両を止めさせ、車を降りたイワネツは西郷にアゴで合図し、後部座席から車を降りると、すぐさま運転席に回るとドアを開けて東の襟首を掴む。


「な、何を!? 勇者様!」


「来いこの野郎!」


 パーキングに無数のバイクや改造車が駐車場内に入ってくるのを尻目に、東を引き摺り出したイワネツは西郷とパーキングトイレの裏まで東を引き摺りながら向かう。


 東をトイレの裏に連れ込むと、イワネツが彼にボディーブローを繰り出した。


「う、ウゲェ!!」


 あまりの威力に東こと、幕府公儀隠密より鉄舟斎のコードネームを与えられた彼は、両膝をついて吐瀉物をその場でぶち撒ける。


「イワネツ! おはん何を!?」


 西郷が止めに入ろうとするが、イワネツは片手で西郷を制して、うずくまる鉄舟斎の頭を踏む。


「お前よお、殺気ダダ漏れでモロわかりだ。お前、幕府のヒットマンだろ? お前が知ってることを正直に言え。でねえと殺すぞ?」


 やはり自分が特命を受けてイワネツを監視ないしは暗殺命令を受けていたのがバレていたと、鉄舟斎はイワネツと差し違えるか、腹を切るしか道はないと覚悟を決める。


 東がうずくまりながら、懐に手を入れた瞬間をイワネツは見逃さず、右手首を掴まれて捻りあげられた。


「ふん、こんなチャチな軍用ナイフで俺が殺せるわけねえだろ。最後にもう一度言うが正直に話せ。でねえとお前を殺さなきゃならなくなる」


 鉄舟斎は、イワネツの光が一切なくなった漆黒の瞳に、恐怖で体が硬直して体中に怖気が走る。


 憲兵隊だった自分が対峙した犯罪者達を、はるかに凌駕する気迫と圧力に声も出せなくなった。


「東、おはんはないを考えちょっど? おいに正直に話してくれんか? 頼むッ!」


 この二人には嘘は通じない。


 東こと鉄舟斎は、話したあと腹を切るつもりで自分の知る全てを自白した。


 自身が幕府軍憲兵隊の参謀本部特務機関、公儀隠密に小野鉄舟斎という名の中佐として所属したことと、参謀本部からの特命について。


 幕府軍憲兵隊参謀本部は、将軍家繁の命令でイワネツを国家転覆のおそれありとし、監視を命令。


 状況が許せば、イワネツの暗殺を命じられていたことを二人に打ち明ける。


「やっぱりな。クソ野郎の考えていることなんかお見通しなんだ。なあ? 西郷の兄弟。俺のことをどうやら幕府の奴らなめてるらしいぜ?」


「イワネツ……」


「ほんと笑えるぜ。誰がこの世界を救ったと思ってんだよなあ? 誰が規律をジッポンに取り戻してやったのか、全部忘れちまってるみてえだ、クックック、ハッハッハッハ」


 笑いながら、イワネツが公衆便所の壁にパンチを放つと便所の壁が粉砕されて、男子便所で用を足してたヤンキー達が悲鳴を上げた。


「この俺の恐ろしさも、全部忘れちまってるようだ!! なめやがってクソ野郎共!! 俺はなあ、勇者と数多の世界で言われてるが、なめられて笑って許してやれるほど人間はできてねえッッッ!!!!」


 西郷も鉄舟斎も、現代の武士とはまるで違う思考をしていると、怒りのイワネツを見て恐怖する。


 今でこそ武士は役所や軍、治安機関の役職を務め、幕府軍法によって身分保障され、半ば文官的な官僚化していたが、イワネツの時代の武士は違う。


 戦国時代の武家の本懐とは、なめられたら相手の一族郎党皆殺しが当たり前の修羅の時代である。


「今の幕府はやり方が汚ねえ! 男らしさが微塵もねえ!! 特権振りかざして好き放題やりやがって規律もねえと来てる! 挙げ句の果てに俺をぶっ殺そうとしてマリーを拐いやがるとかムカつくぞ!!」


 戦国時代の東條幕府は、諸国連合の軍を派兵して直接殺しに来た一方で、今の幕府は忍者を使った誘拐と暗殺という陰湿な手段をとっていることにも、イワネツは腹を立てていた。


「イワネツ、残念ながらわいん言通りかもしれん。前ん将軍様ん時代では考えられんこっが起きすぎちょっ。今ん幕府は、ジッポンの……いや世界の敵や」


 イワネツは西郷に頷き、鉄舟斎に向き直る。


「何か言いたいことがあれば言えよ東。いや、小野鉄舟斎に名を変えたんだっけか?」


「……自分は、ジッポンは変わらんないけんて思うちょっ。じゃっどん怒りんまま幕府を滅ぼしたや、ジッポン中が大混乱になり申す! こんジッポンは幕府あってんジッポン。今ん将軍が無うなればきっとまた平和に……」


 倒幕の決意が固いと見た鉄舟斎は、その場で土下座して自身の考えをイワネツに訴える。


「ダメだ幕府は滅ぼす! 俺と共に戦ったマツ、松平こと徳河家康も賛同したジッポン国憲法を奴は犯した。万死に値する!」


 イワネツは怒りの闘気を放ちながら、集まってくるヤンキーの若者達一人一人を睨みつけ、全員がその怒気と迫力にその場に正座した。


「お前ら覚えとけ、俺をなめた奴は殴る! 俺の手下や仲間、愛する者を傷つける奴らも殴る! 俺をムカつかせた野郎もぶん殴る!! 規律を乱して悪さする奴もだ! それがこのイワネツ様だ!! だから今の規律がねえ幕府は潰す!! 何か文句あるか!?」


「なかとです!」

「ブチ回しちゃりましょう!」

「暴走祭りや!! 暴走や!!」

「将軍に目にもの見せちゃるけぇ!」


 ひとしきりがなり立てたあと、怒りの気持ちを落ち着けたイワネツが、跪く小野鉄舟斎のアゴをむんずと掴む。


「選べ!! 俺につくか幕府につくか。ここがお前の人生の選択肢だ!!」


 小野鉄舟斎は力無く頷き、幕府とイワネツとの間を取り持つダブルスパイに仕立て上げられた。


 そしてイワネツは、ティアナに連絡を取る。


「俺だ、お前今どこだ? なるほど病院にまだいるのか。身柄かわせって言ったはずだが? そうか、アレックス達を心配でか。お前は優しくていい子だな。なら今から俺がそっちに行ってやるから、お前は安心していいぞ。俺も多少は治癒魔法の心得があるしよう」


 イワネツは、アレックス達が治療を受けている大坂中央病院まで車列を走らせた。


「ぬあああああああ! えらいこっちゃ! わしの会社の株価が、海運や物流の株価が! こなくそおおおおお!!」


 一方、大坂市内のホテルロビーにて、携帯アプリで自社の株価を眺めていた龍馬が絶叫して、客達が一斉に振り向く。


 海外銘柄も扱い、時間外取引を行う博田市場で大暴落、いや恐慌状態に陥っていたのを目の当たりにしたからだ。


 すると携帯に西郷からの着信が入る。


「おっと、嶋津の西郷君からや。はいはい、坂本です。西郷君、何の用件やか? そっちの計画の件で電話やか?」


「そうだ龍馬。それでおはんに合わせよごたっ男がおっての。おいは今、中京近くにいっと、わい今どこじゃ?」


「今、大坂におりますき。けんど西郷君、えらいことになったぜよ! 中京の天子様が崩御して、株式市場が死んじゅーよ。恐慌になるで」


 西郷は、何のことか意味がわからず首を傾げる。


「いや、そんたわかったがそげん大変な事態なんか?」


「どえらいことぜよ! 海外銘柄を中心にジッポン関連株が大暴落じゃ!! ワシの予測やけんど、海外のどこぞの投機筋が売りを浴びせとるんじゃ! これに連動してジッポン両が海外通貨と比較して大暴落しとる!!」


 西郷は今の話でピンと来て、後部座席のイワネツと顔を見合わせる。


「兄弟、電話代われ。経済については俺が詳しい」


 西郷は頷いて電話をイワネツに手渡す。


「お前、マリーが言ってたサカモトか?」


「……そうやけどあんた誰や?」


「西郷と兄弟分になったイワネツだ。またの名を織部憲長、今は虹龍国際公司の取締役社長やってる」


 勇者イワネツからの電話に、坂本龍馬は腰を抜かしそうになる。


 自分が転生した世界で戦国時代を終わらせ、幕府によるジッポン統一を成し遂げ、伝説の大邪神を討伐したと伝説が残るイワネツこと織部憲長を、子供の時のお伽噺で聞いていたからである。


「多分、ジッポンは経済戦争を仕掛けられてやがる。やってるのは、戦争を目論むヴィクトリー王国と、マリーの名を騙った財団だ。物流と海運に経済的な打撃与えたあと、本格的に戦争仕掛けるだろうよ」


「経済戦争?」


「ああ、そうだ。次に起きるのは貿易港の海上封鎖と、ネットワークを使ったサイバー攻撃。ジッポンは鎖国してるらしいが、対外的なネットワークは繋がってる。こうして機能不全にされ、戦う前からやべえ状態にジッポンは追い込まれるだろうよ」


 すると西郷は手をポンと叩く。


「なっほど、不戰而屈人之兵、善之善者也。すなわち戦う前に勝つ。孫子ん兵法ん基本か。あとは博田辺りを橋頭堡にジッポンに攻め込んちゅうこっか?」


 すると龍馬は西郷が呟いた孫子の兵法の話にハッとした顔になり、西郷も自分と同じく転生前の記憶を思い出したのだと悟る。


「くはははは、そうか。元ヤン西郷じゃのう、あんたも前の世を思い出いたわけか。そして勇者さん、あんたがワシの来世の勝先生ってことかね?」


「あ? 勝? 誰だそりゃ」


「真里ちゃんが言いよったぜよ。この世界に勝先生はおらんけど、代わりが務まる男ならいるって。わしもさ、この前魔法って力に目覚めた。あんたの役に立てるかもしれんぜよ?」


 首を傾げるイワネツに、さらに龍馬は畳み掛ける。


「前世の勝先生はワシを、やいサカモトー、こっち来いサカモトーと呼んで可愛がってくれたんじゃ。あんたにセンセの代わりが務まるなら、わしゃどこまでも力を発揮するぜよ?」


「ほう、大きく出たじゃねえか。お前は俺の役に立つって言いてえのはわかった。じゃあ具体的にお前は俺のために何をしてくれんだ?」


「そ、それや。あんたが勝センセと同じくらいの器量と采配で使うてくれるなら、わしゃあんたに尽くしてジッポンのために自分の全部使うちゃる。それだけの男がわしだ。あんたにとってこれほど役に立つ男はおらんやろ?」


ーー俺を試しながら自分を売り込みに来るとは、この野郎思った通り面白い奴だ。


 イワネツは坂本龍馬の逸話はまるで知らなかったが、西郷の言う通り、人を惹き寄せる天性の力がこの男にあると評価を下した。


 龍馬は電話をかけながら、ホテルのホールで地響きと地鳴りのような音がしてくると感じ、海援隊のヤンキー達もホテルの客達もキョロキョロと周囲を見渡す。


 音の正体は、イワネツが手下にした八州と中部地方のヤンキー達の連合体であり、改造車とバイクが爆音を奏でながら大坂の街を暴走する。


「おう、サカモト。そういやお前元ヤンキーなんだってなあ? じゃあ初仕事だ。お前が使えるって思う奴ら連れて、ダッシュで大坂中央病院に来い。待ってるぜ」


「よっしゃあ、今行くき!」


 早速龍馬は海援隊の面々を集合させ、車を走らせながら携帯をかける。


「おう、桂か? どうせおまんのことやき、オ●コしたくて女口説いちゅーか暇持て余して街をふらついちゅーやろう? おう、面白いことがこれから起きるぜよ。われらも大坂中央病院に来い、京坂暴力連合の奴らも全員連れて。待っちゅーぜ」


 龍馬は周辺の暴走族の顔役達に電話をかけまくり、病院までヤンキー達を集結させようとしていた。


 一方、土方は近藤邸の居間で力なく肩を落として、涙を流している。


「馬鹿野郎が……」


 独言ちると力無く畳に拳を打ち付ける。


 警察庁警備局長でもあり、自分達新撰組の後ろ盾でもあり、前世は共に戦う同郷の友だった近藤勇が切腹して果てていたのを発見したからだ。


「いくら前世で腹切れなかったって言ってもよお……俺に一言くらい相談しろよ。あんたはいつもそうだ。前の世界でもこの世界でも、自分で勝手に決めて自分を追い込んで……馬鹿野郎……」


 遺書には天帝を守護することが出来ず、己の責任を持って神選組に沙汰が及ばないように懇願する内容が書かれていた。

 

 天帝暗殺の捜査は、警察庁長官より一切中止が宣言され、特別捜査本部は解散させられる。


 新撰組組の面々も、近藤邸の前で肩を落として悔し涙を流しており、天帝暗殺の異常事態にも関わらず、捜査の打ち切りという異例の通達は、幕府が主犯であると暗に証明していたようなものだった。


「歳さん、俺悔しい!! 俺だけじゃねえ、みんなもだ。どうすんだ総長、俺らこの悔しさどうすりゃあいいべよ!」


 一番隊組長の沖多が土方に悔しさをぶつけ、隊員全員が嗚咽して、行き場のない悔しさが土方の胸中に込み上げるが、着信が入り土方はハンカチで涙を拭き鼻をかむ。


「土方だ。ああ、天奈ちゃんか。ああ……そうか、二人が襲われて真里ちゃんが。そうか……今、伝説の勇者がこっちに向かってんだな? わかったよ、そっちに行く」


 土方は立ち上がると、白装束姿の近藤にそっと自分の羽織をかけて両手を合わせて近藤の冥福を念じたあと、沖多に向き直った。


「やめだ。おまわりなんざもうやめた」


「歳さん……」


「俺は、前世も今も近藤さんに義理があるから、サムライになっておまわりやったが、もうやめだ。俺たちゃ元々多魔のバラガキ集団。前の世じゃ壬生狼とか言われたろくでなしの元浪人だべ?」


 神選組の隊員達も土方に習って、自分達の羽織りを近藤の亡き骸にかぶせて、手を合わせた。


 全てが終わったあと、土方は短刀で胸についた階級章を切り離し、警察手帳も邸宅の庭に放り投げ、神選組の隊員達も土方に倣う。


「おめえら、俺たちはもう幕府の言うことなんざ聞かねえぞ。今夜から俺ら犬の首輪外して狼に戻る」


「よっしゃあ!!」


 警察車両を無断で土方達は拝借し、赤色灯を回してサイレンを鳴らして大坂中央病院に向けて出発する。


 同時刻、将軍の家繁に天女ことヴァルキリーのマリー身柄確保の一報がもたらされる。


 家繁の命令で、西方ナーロッパに対する軍事侵攻の準備が整い始め、家繁は満足そうに扇子を仰ぐ。


「カッカッカ、天女様と各大名の娘達がワシの下に馳せ参じ、明後日に盛大な合体祭りじゃ。股間が激るわい! うははははは」


「さ、さすがは上様。して、西欧夷狄の愚か者共はいかが致しまするか?」


 500畳ほどある榎戸城本丸の大広間に、夜通し軍議を執り行う幕臣達は、大まかな戦争方針は既に決めており、あとは将軍の采配を待つのみであった。


「うむ、本田と安倍よ。まずは愚かにも余の神国ジッポンに宣戦を布告しおったライヒなる愚か者めらと、ちょこまかとチーノ海に軍艦を集結させておるヴィクトリー。撃滅せよ」


「ははー!!」


 ジッポン東北地方、上総州日高府水土市一体には最先端技術を要する織部府名護矢市、日高府水土市出身の科学者達と陸軍が関係する軍事基地があり、そこで極秘裏に開発された最新兵器が通称、雷切。


 この雷切は、衛星軌道上に打ち上げられた衛星のことを言い、表向きはジッポンの電力需要改善のために太陽光発電機を搭載した巨大発電衛星である。


 北陸地方にある地上の発電所にレーザー方式又はマイクロ波を送り、原子力発電所をはるかに凌駕する電力をもたらすが、この衛星はマイクロ波と超高出力レーザーを任意の地点に照射できる。


 すなわち、敵の都市を一瞬で焦土に変えるほどの威力を持つエネルギー兵器、これが雷切である。


 幕府軍もう一つの切り札が、アメノヌマホコ。


 ジッポンを作ったと言われる古代の神如流頭(ニョルズ)が所持したとされる伝説の槍の名が与えられたこの兵器は、同じく戦略衛星のことを指す。


 この戦略衛星は、水素爆弾を搭載した槍状の地中貫通爆弾を軌道衛星から放つ兵器で、同じく敵国首都を一発で焦土に変える威力を持つ。


「打ち込むのじゃ。目標、敵国首都ベルン。あの忌々しいカイザーなる若造めに目に物を見せてくれ……」


「上様! 伝令でござる!!」


 幕府軍参謀本部の高官が大広間に跪き、スクリーンが天井から降りてきて、映像が映し出された。


 映像では白金の鎧を身につけて、巨大な剣を携える赤髪の少年が映し出され、家繁を侮辱した元西ライヒ皇帝カイザーことマクシミアンが少年の前に跪いていた。


「な、なんじゃあ!?」


「上様、例のライヒなる国で政変が起きたそうでござる。あの年ゆかぬ童めは自らを統一皇帝、聖騎士を自称し、我らジッポンへの非礼の謝罪と、賠償金の支払いを我が国に打診しておりまする」


ーー謝罪と賠償か。


 家繁は、思いを巡らせたあと大爆笑した。


「カッカッカ! 実に愉快じゃ。おそらくは我がジッポンに恐れをなしたこやつらが、帝を引き摺り下ろして実権のない小僧めを担ぎ出し、我らに許しを乞いておるのじゃ。安倍よ」


「ハハッ! 上様!!」


「こやつらの謝罪、まずは受けてやる。余を愚弄した報いとして金にして一兆両を支払えと通達せよ。無論、ワシと天女様の正式な婚姻もじゃ。余の手に天女様はおることを忘れるなと教え授けてやるのじゃ」


「ははー!!」


 暗愚の家繁は、これでジッポンに敵対する国が一つ減ったと歓喜し、ヴィクトリー王国の艦隊が集まるチーノ人民共和国軍港、大蓮半島に先制攻撃を仕掛けるよう命じ、ヴィクトリー王国事実上の大使でもあり、剣術指南役の城頭(ジョーンズ)を捕縛し、幽閉するよう憲兵隊に命令を下す。


 その様子を警護の名目で天井裏にいた御庭番衆頭領、服部幾郎はほくそ笑みながら、暗号通信をエルゾ王国へ送信する。


「ワレラ鬼ノ一族ト、ハヤテ、エルゾノ悲願間モナク達成セリ。ワレラヲ長年差別シ虐ゲタジッポンヘノ復讐準備完了仕ル。ワレラノ先祖ノ恨ミガ晴ラサレンコトヲ、神威殿下ヘ(カシコ)(カシコ)ミモ()ス」


 忍者達の正体は、元はジッポンから被差別対象とされた古代貴族の末裔、鬼の一族だった。


 彼らの恨みは時を超えてもなお燻り続け、エルゾと手を結び、地下銀行で資金力を蓄え、ジッポンに復讐を開始すべく暗愚の家繁を操り、天帝家暗殺を達成。


 ジッポン幕府崩壊を画策する。


 一方、地球の北海道に似たエルゾ島の中央部は、山岳地帯に囲まれ、エルゾ一の大河が流れる自然豊かな地イシカミが実質的なエルゾ王国の聖地と言われる。


 表面上エルゾ王国の首都は、イシカミから南西にあるエルゾ一の繁華街の新幌市とされるが、自然豊かなイシカミこそが今も実質上のエルゾの中心で、現代もそれは変わっていない。


 もう一つの聖地については、幕府とエルゾ王国により封印され、もはや人の立ち入る地域では無くなっていた。


 夜のイシカミの河川敷で、エルゾの長老達が精霊の魔法で巨大なかがり火を焚く中、レスラーのように筋骨隆々の半裸の男が、いましがた素手で仕留めた熊の首と毛皮をかがり火に備え、手を合わす。


 濃い口髭を生やし、尖った長い耳に濃い眉、短く刈った黒髪と思慮深そうな黒い瞳、やや薄い唇の色白の美丈夫はエルゾ王国の王太子イソ・カムイ・ニシパポウ・マキリ・ルーシー、通称神威。


 齢300才だが、40代男性に見えるこの神威は、オリンピック種目で数々の金メダルをエルゾにもたらした民族の英雄でもあり、世界的なアスリートとして知られる。


この噂に(タパン)名高い(アスルアシ)選ばし民(エルゾー)これ(タプ)から先も(アッカリノ)大きく(シピラサ)発展するように(エカシカイクニ)素晴らしい成長が(ピリカスクプー)できるように。(アキクニネー)民族の精霊(フレイナラックル)光と火よ(アペフチカムイ)私たちの行く末(イクルカシケ)()見守って(イエプンキネ)くださるように(イキークニ)尊敬の(オリパク)念と(ケウトゥム)共に(トゥラ)感謝の(ヤイライケ)気持ちと共に(ケウトゥムトゥラ)山精霊の御使と(キムンカムイ)共に(トゥラ)この祈り(ダパンイノミ)祈りごとを(イノミネパヌプ)つたない祈りですが(チャナンイノミー)私は(クイェ)終えます(オケレハウェネナー)


 熊を山の精霊の御使いとして捧げて、かつてエルフが信仰したフレイナラックル、精霊神フレイと女神フレイアの伝説が統合された精霊への祈りと、古来よりエルゾに信仰された光と火の大いなる存在に神威は祈りを捧げる。


 民族の祈りを捧げ終わった神威は、両手を合わせて祈りに耳を傾けていた痴呆を患う母、女王シュマリ・ウパシィ・メノ・マキリ・ルーシーに振り向く。


「母上、民族と精霊の祈りを終えました。今年もこの地に豊穣がもたらされんことを」


「ああ……イワネツ様。イワネツ様がエルゾの祈りを唱えてくださるようになり……シュマリは嬉しく……」


 神威は自分をイワネツと呼び、実の息子であることさえわからなくなった母に悲しげに微笑む。


 ジッポンに裏切られ、失意のうちに心を病んで今は呆けてしまった母の小さくなった体を、神威は優しく抱きしめる。


 ジッポンの食糧事情を支えるこのエルゾ王国は、対外的にはスポーツ振興国と呼ばれ、多数のスポーツ選手を輩出する国で、人口はおおよそ500万人。


 主な産業は石炭と農業漁業がGDPの3割を占め、残りは100万都市の新幌市、箱館市などの地方観光地の第三次産業が主たるGDPを占める。


 長老の一人がタブレット端末を神威に手渡すと、画面に映る銀髪の男は、神妙な面持ちで神威を見つめる。


「同志カムイ、我らルーシーが忘れ去ってしまった五穀豊穣の精霊への祈りに私も感服する。モスコーのバクローヴィの馬鹿どもに囲まれた私の心が癒されるようだ」


「同志イヴァンよ。来年のオリンピック、エルゾとモスコーの同時開催の案、私は心より賛同して支援いたします。同じ同族として、共に世界平和と人類平等を目指す同志として助け合いましょう」


 ルーシーランド連邦の最高権力者、書記局長イヴァン・イゴール・ルーシーは、モスコー大公国時代から自分と同世代かつ世界最高のアスリートとして名高い神威の熱狂的なファンである。


 また神威の性格は傲慢さが微塵もなく、野心とは無縁な清廉潔白な人格者としての人柄にも惚れ込み、ルーシーランド連邦は極秘裏にジッポン幕府との離間工作を行なって現在に至る。


 その結果、両国のスポーツ交流と人的交流は盛んで、モスコーの街並みには、神威を讃える銅像が建設され、チャンピオンベルトを巻く神威の巨大な絵が描かれた広告が街中に溢れるくらい、ル連邦内で彼は人気者である。


「ありがとう尊敬する同志カムイ。我が国は現在危機的状況にある。我らを有史以前より差別する西欧の軍事国家ライヒが、我らルーシーの地キエーブに進駐し、多くのルーシーの若者の血が流された」


「悲しいことです同志イヴァンよ。我が国は同族であるあなた方へ、深い哀悼の意と必要な食糧支援をいたしましょう」


「すまない、尊敬する同志カムイよ。しかしモスコーの馬鹿共め!! 計画経済を無視して闇市経済など許し、腐敗を横行させおって! 我らがルーシー1億の民達を導く意識が不足し、汚職が蔓延している!!」


 かつて存在したキエーブ王国の傍系、モスコー大公国は、ヴィクトリーの経済学者マルクスの平等主義に感化された領主イヴァンが公国制度を廃止して、国民皆平等と官僚達による集団指導体制を確立させる平等革命を行なった。


 しかし地球にかつて存在したソビエト連邦同様、高官達が私利私欲に走り、統制経済で汚職と腐敗が蔓延し、激怒したイヴァンが大粛清を行った結果、食糧危機が発生。


 これを救ったのが、隣国であり太古のエルフの血を引く、ルーシーランド人の遠縁、エルゾ王国のエルゾ達だった。


 そして食糧以外にも、“ある物”もルーシーランド連邦は快く引き受けている。


「ああ、願わくば一日も早くまたそちらへ赴き、あなた方エルゾの民の歓待を受け、美しき自然の地で有意義な休養を取りたいものだ! 馬鹿共に囲まれる生活は息が詰まる!!」


「……やはり教育です同志イヴァン。これから先、我らが同族が発展するためには、スポーツ振興を通じた教育を子供達に施しましょう。スポーツの素晴らしさと、ルールを厳守するフェアプレイ精神を教育に取り入れてはどうか?」


「その通りかもしれんな同志カムイよ。今のクズ共よりも、未来ある我らがルーシーの子達こそが希望。オリンピックを契機に、スポーツ振興を我がルーシーランド連邦でも」


「ええ、同志イヴァンよ、我らが子供達に教育を施しましょう。そして我らルーシーとエルゾを長年虐げ差別するジッポンについてですが、諸々の準備が整ったことをあなたに」


 イヴァンは、口髭に手をやりながらニヤリと笑う。


「素晴らしい、同志カムイ。虐げられた者達の復讐と、世界同時革命を今こそ。そして我らは母なるルーシーを統べるマリア・イゴール・ルーシーの皇子と共に世界平和を実現しようではないか」


「うむ、私のファンでもあるマリア様によろしく。そして同志イヴァンよ、君の耳にも入れておきたいのだが、どうやら私の実の父がジッポンに」


「聞いている。あの忌々しいジッポンの英雄、同志カムイが憎む勇者イワネツという中世の男だったか?」


 エルゾ王国にも、イワネツ復活の情報がジッポンの忍者達よりもたらされていた。


 その姿は若かりし神威と瓜二つでもあり、神威は勇者の伝説とこのイワネツに激しく憎悪しながら反抗心と対抗心を燃やす。


「……母を捨て置き、我らエルゾと同族のルーシーがジッポンより虐げられる中、今更戻ってきた自称勇者の男は、私が直々に相手をしよう。同志イヴァン、あなたは例の計画を」


「わかった同志カムイ。我らが民族に今度こそ救いがもたらされんことを」


 勇者イワネツの子、エルゾの神威がジッポン幕府の動乱に介入の意思を示す一方、特攻服姿のイワネツは大坂中央病院まで到着して、周囲を見回す。


「勇者様やあああああああ!」

「坂本君の言う通り本当にきはったで!!」

「まるでヤンキーの神様や!!」

「ヒャッハー!! 祭りやおんどれら!!」


 周囲は、大勢のヤンキー達の群衆がイワネツ見たさにごった返し、イワネツは無表情から一点、ニヤリと笑う。


「うるせえ!! ここは病院だ!! 静かにしろお前ら!! おい、サカモトは何処だ!?」


 すると、ジッポン人にしてはやや背が高い180センチ近くの男が、黒の羽織り姿で群衆を押し除けてイワネツの前に立つ。


「お前がサカモトか?」


「あんたが伝説の勇者か。思ったより背が高くないのう?」


 イワネツは龍馬まで詰め寄ると、頭を引っ叩く。


「うるせえお前。なるほど、いい面構えだ。そういやお前に聞いてなかったか? お前の信念はなんだ?」


「わしの信念?」


「そうだ。西郷は俺に敬天愛人の信念を示した。お前の信念は何だ?」


 イワネツに、龍馬はニカっと笑い高級車の脇に立つ西郷の方に微笑んだあと、イワネツの目を見つめてジッと見据える。


「夜明けぜよ。わしゃあ人の世の夜明けが見たいぜよ。世界を切り拓く道を作るんがワシの夢じゃ」


「夜明けに至る道か? それはどのような?」


 イワネツは、道を信じた男を思い出す。


 旧バブイール王国の皇太子だった男、アヴドゥル・ビン・カリーフ、そして戦後世界の物流を発展させた虹龍国際公司の社長の龍と呼ばれる男の中の男を。


「人の世に道は一つということはない思うがよ。道は百も千も万もある。けんどわしゃのう、色んな道を束ねてみんなで進み、夜明けを見たいんじゃ。夜明けと共に生きちょって良かったち思える世界を、社会を目指いたいんじゃよ」


「具体的には?」


「そうじゃのう、わしゃなわしが生きちゅー実感、幸せをを得たいんじゃ。わしだけやないみんなが自分の幸せを願うちゅー。皆各々の多うの幸せな道がある。それをよいしょと合わせるがよ! わし達みんなが幸せになる道を、夜明けを作りたいんじゃ。あんたも含めてのう!! みんなで幸せになるがぜよ!!!!」


 イワネツは、車やバイクのライトに当てられた坂本龍馬の姿に、世界の夜明けの光を見る。


 数多の世界を暴力によって支配された世界を、それを上回る暴力で救済に導いたイワネツが、感化されるほどの眩しい魂の輝きだった。


ハラショー(すばらしい)、お前はハラショーサカモト。お前のフルネームは何だっけか?」


「おう、ワシの名は坂本龍馬。龍馬は、エゲレス語でドラゴンホースや。わしゃあドラゴン、龍の子じゃ!!」


 イワネツは満面の笑みを浮かべる。


ーー喜べ龍よ、俺の兄弟よ。多くの人々の幸せを願ったお前が目指した、道の後継者が現れた。


 するとサイレンを鳴らした警察車両も、次々に大坂中央病院の駐車場に車両を止めて、中から新撰組改めて狼を新たに自称する土方達も駆けつける。


「やい坂本!! 俺たちもだ!! 俺たちもてめえの説く幸せを目指す!! もう俺らおまわりなんざやめた!! 行こうぜ、みんなで今度こそ幸せになるためによお」


「お、おまんらおまわりやめただと? われら頭おかしゅうなったか? いや、違うな。その辺の詳しい話をわしに聞かしてくれよ」


 イワネツは続々と集結するかつての幕末の英雄達に笑い、病院内に入ると、集中治療室で治療中の意識不明になったジョンに、苦手な回復魔法をイワネツが唱える。


 バサラの力があれば完全治癒は容易かったが、骨折した骨をつなぎ合わせて、腫れを治して痛みを軽減させると、カッと目を見開いたジョンは、イワネツの姿を見て涙ぐむ。


「すまねえ、勇者さん。アレックスが、ヴァルキリーさんが」


 イワネツは回復したジョンの頭を無言で引っ叩くと、男なら泣き言を言うな、俺について来いと念を送ってアゴで合図する。


 怪我を回復したジョンを連れて心肺停止状態から脱し、点滴を受けてバイタルサインを計測する心電図検査を受けているアレックスのベッドの前に立つ。


「手間かけさせてしょうがねえ野郎め。オラ、起きろ」


 イワネツが回復魔法をかけて念じた瞬間、アレックスの体から膨大な魔力が発せられ、近くにいたジョンの怪我も完全に治癒する。


「お前……何だこの力」


 アレックスが目を覚まし、自身の魔力に驚きながら拳を握り、力をと念ずると、医療機器がショートを起こして爆発し、横になっていたベッドのフレームがひしゃげてアレックスが尻餅をつく。


「イテテ……どうやら、僕は強くなったみたいです。そして勇者イワネツ、僕は全ての真相を知りました。例の財団を支配する者は、エムと同化した魔女エリザベス。僕は、二人から作られた存在です。遺伝子操作のクローンで」


「アレックス……おめえ」

「お前、そうか……」


 ジョンとイワネツは、遺伝子操作を付与されたというアレックスの生い立ちに絶句する。


 長くは生きられないだろうと悟ったアレックスは、魂がつながったデリンジャーの意思を受け継ぎ、力も受けついでいた。


「悪に望まれながら作られた命です。長くは生きられないでしょう。だけど僕は、彼女達の操り人形じゃない! 一人の人間です!! 未来は僕が決める!!」


「アレックス……」


「僕のヒトとしての寿命は、わずかでしょう。だけど、僕は本気でこの世界を守りたいんだ。僕も、この世界の明日を夢見る。普通の人間と違うかもしれないけど、僕はみんなと……僕が持った力の意味も、僕の生まれたわけも理解した。だから……」


 遺伝子を操作されたデザイナベビーは、ニュートピア世界でも技術体系が不完全で、対象の生き物は長くは生きられない。


 ジョンは覚悟を決めたアレックスに、友として男として縋りつき、涙を流す。


「馬鹿野郎が……お前ッ!! 俺はお前の生まれなんざ関係ねえ!! お前は学友のアレックスだ!! 騎士アレックス、俺は、お前の仲間だろうがよお!! 俺はお前と共にあるダチ公!!」


 イワネツは、真の信念を見出したアレックスに敬意を表する。


「……お前、なるほど。男になったか」


「ええ、彼女達を止めに行きましょう。そしてヴァルキリーさんはおそらく、将軍のいる榎戸に連れて行かれた。どうすべきか、どう戦うべきは義を尊ぶ僕の魂にいる彼が教えてくれた!」

次回に続きます

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