第242話 魔女の呪い 後編
一方、魂が破壊された筈のイワネツは、アヘン畑に突っ伏しながら自分のそばで啜り泣く声を聞く。
「うぅマリちゃんが……怖い。あたしどうすれば……マリちゃんが……友達が……」
イワネツはハッとなって意識を取り戻し、瞼を開く。
「うっ、気を失ってたか俺ともあろう者が」
そばで泣いていたのは、麻薬の効果が切れ、かつてはヴィクトリー王国の鉄の女とも言われ、今は魔女と呼ばれて生まれ変わった親友と戦わされた哀れな少女、エリザベス。
「やべえ! マリーが、フレッドが、みんなが戦ってる。クズ龍! 俺に力を!!」
イワネツが念じるも、ドラクロアの力が発揮されない。
これはドラクロアの魂が、イワネツの魂を庇うかのように消滅させられていたことで、彼の魂の破壊を免れたためである。
「チッ、ダメか使えねえ!! おい、ガキ!! お前確かエリザベスだったか? 力を貸せ!! あの子を、マリーを救う」
「勝てっこないあんな化物に!! どうしよう……またマリちゃん死んじゃう。あたしのせいで、酷いことになって! あの無敵のロキですら歯が立たない相手に!!」
エムの力に怯えるエリザベスの頬を、イワネツがビンタした。
「勝てる勝てねえなんざ関係ねえ! 戦わなきゃ生き残れねえんだ!! 援護しろガキ、俺がマリーも世界も救ってやる! 見てろ!!」
ボロボロになった真っ赤なゴスロリドレスを着た少女、スカーレットも、上空で戦うフレッドとマリーの姿を見つめている。
「あの子、私のフレッドにちょっかいかけてた。待ってなさいよ、あたしだって活躍してやるんだから」
スカーレットが魔法で上空まで飛んでいく姿を見たエリザベスは右手を伸ばす。
「ダメ! いっちゃダメ!! あんたも死んじゃう! あたしの友達みんな、あの邪悪に殺される!!」
絶望するエリザベスに、援護は望めないと見たイワネツは、魔帝バサラの力を全開にした。
「ケッ、ガキめ。ビビり上がりやがって、そこでおとなしく見てろ。俺が、俺たちが本当の男の戦いを見せてやらあッ!!」
エリザベスは、絶望してアヘン畑に両手をつき空を見上げると、戦いで脱落した騎士や武士、世界各国の多国籍軍の兵士たちが笑みを浮かべながら命を落として、地表に次々と落下していく。
「勝てるわけない……あんな悪いやつどうやって勝つんだよ。真里ちゃんを庇うように、立ち向かって、みんなが……どうすれば……」
すると上空に元はニブルヘルにいたモンスターの大群が出現する。
「そうだわ……マリちゃんが最初に召喚したモンスター達。まだ少なくない数が生き残ってる。モンスターの大群をアタシの力で操れば!!」
エリザベスは、自分に付き従うモンスターの大群を巨大化したエムへけしかける。
「モンスター!? メソの民をイジメた化物!! 死ねえええええええええ」
エムの攻撃で大量のモンスター達が消滅するが、ドラゴンが、ワイバーンが、キメラやコカトリス達が、確実にエムへダメージを蓄積させていく。
「アタシをなめんじゃねえぞ! 見てろよ、アタシだって戦える。マリちゃんを守るため、お前に戦える!!」
エムの意識がモンスターの大群に向いたことで、マリー達はポーションを飲んで、魔力と傷を回復する時間ができたことで勝機を見出す。
上空では臨戦体制をとる異世界ヤクザ達が、上空を制圧しており、自らの男を見せに先走る組員達を、二代目組長が制していた。
「てめえら、この世界のケジメはこの人らがつけるって言ってる。手出し無用だ。いいか、わかったか!!」
「けど兄貴、あいつやばい。俺達いつでも喧嘩出来る」
「二代目、僕らエルフもです」
幹部達も意見するが、親分である彼は首を横に振る。
「あの人らはあの時のオイラ達と同じ、自分達の世界は自分達で救うのが道理。いくら義理があるとはいえ、最後の戦いで部外者のオイラ達が出張るのはスジがちげえ。わかるよな、おめえら?」
勇者マサヨシをも超える器量を持つ救世主と呼ばれた二代目組長は、世界を救うのは最終的にはこの世界の人々の思いと力で行うべきだと子分や舎弟分に説く。
そして組の最高顧問も同意した。
「その通りです。かつて兄貴は君達を信じて託し、魔界で男を見せるため、あっしらの世界の仁義を通すために戦った。だからこの世界の人々を信じて、マサヨシの兄貴が黒幕を倒して、あの人達が思いを果たし、この世界に平和をもたらす事を信じるべきです」
先代の弟分であった最高顧問の言葉に彼らは納得を示す。
「わかった兄貴、コルレドの叔父さん。俺は兄貴に従う」
「ええ、信じましょう彼らを。でも彼らが勝てなかった場合は?」
「勝てるさ、マリーちゃん達はあんな弱虫に負けねえ」
そして二代目組長は、エムを弱虫であると断ずる。
差別を受けていたことには同情するが、暴力と報復で差別を払拭しようとするエムを、心が弱いと看破していた。
「マサヨシの親父もだ。親父がオーディンの外道にケジメとらせて帰って来るまで、オイラ達は手出し無用だ!! いいか!!」
異世界ヤクザ達がこの世界の人々を信じて見守ることを選んだ一方で、指揮を執る龍ことアヴドゥルは、エムの弱点を看破していた。
「勝てる! やつはもう無敵にあらず。人間であることをやめた愚か者に我らは負けぬ! 世界の明日の夜明けを目指す我らに負けはないッ!!」
精神的な脆さに加え、人間性を捨てたことで人間の思いがわからず、過去に囚われた妄執に、世界の未来を願う自分達が負けるわけがないと軍に檄を飛ばす。
その中で、特にジッポン武士団の弓と鉄砲の射撃能力と勇猛さは多国籍軍でも群を抜いていた。
ジッポン戦国時代が終わりを告げ、この先大きな戦争など起こらないだろうと嘆く武士達も多く、エムとの最後の決戦で武功を上げようと、我先にエムに攻撃を仕掛ける。
「猿、俺らもあの化物パンサーを射撃して、親方様や朝廷とか幕府から恩賞とかもらおうよ」
「おう犬ちゃん! シューティングゲームだ野郎共!! あの化け物に当てたら金やるぞ!! ジッポンのヤンキーの力見せてやれ!!」
「上様の御為、このタコこと明知めが三千世界を滅ぼさんとする邪悪に立ち向かわん!」
「織部家臣団が先んじて武功を上げる気じゃ!! 遅れをとってはならぬ! 者共、我に続けえええええええ!!」
「えい、えい、おう!!」
彼らの気迫と、矢と鉄砲、魔法の攻撃は、着実にエムの体力を削り、ヘラクレスから放たれた矢の威力とヒュドラの毒の効果で、同化したテスカポリトカが悲鳴を上げる。
「ぐああああああああ、人間共がああああああ!!」
テスカポリトカと同化し、巨大な翼を持つ巨大な黒豹と化したエムが、ダメージが蓄積されてさらに姿が変質していく。
「死、死、死、死!! もっと力を!! 侵略者達に死を!!」
テスカポリトカの巨大な体が萎み始め、エムの華奢な体にテスカポリトカの意識と力が吸収され、大量のモンスターの死骸の死のエネルギーを吸収していき、漆黒の翼を広げ髑髏の仮面を被る最悪の死神へと変貌していく。
「侵略者め!! お前たち殺してやる!! 死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
闇の翼が連続で羽ばたいた瞬間、形容し難い悪意を伴う死の波動を帯びた無数の羽が舞い、援護に向かう多国籍軍を次々と撃ち落とす。
「やらせるかあああああ!!」
マリーが神杖ギャラルホルンで形成した電子防壁を張り巡らせ、悪意と死の羽を無効化し、地上からはヘラクレスが射った無数の矢が羽を撃ち落とす。
ーーヴァルキリー、あの邪悪は力を使用したことで消耗し始めている。あと少し、あと少しの辛抱だ。
「わかってるわよヘイムダル。やってやるわ。見てなさいよ!!」
杖に力を溜めたマリーの前に、死神と化したエムが瞬間移動で目前まで迫る。
「な!?」
「終わりだ! いじめっ子死ね!!」
エムが次元を圧縮して暗黒物質を織り交ぜた爆裂魔法を放とうとした瞬間フレッドが割って入り、爆裂魔法をモロに浴びて地表に落とされた。
「フレッド!」
その瞬間、頭部から出血したロキと、ドレスがボロボロにされたヘルの二人が、エムの後頭部目掛けて飛び蹴りを放つ。
「ハッハァ! 隙だらけだバーカ!!」
「お前の思い通りにさせないだわさ!」
二人に振り返ったエムの左胸に、音速をはるかに超えて白熱化した毒矢が突き刺さる。
「神界からの通達かしら。オーディンのユグドラシルは神界の査察団が制圧。もうお前にヴァルハラがもたらす不死身の力は無い筈だわさ!」
「くたばれ邪悪め! 不死身の力が無くなった貴様に、俺のヒュドラの毒矢をくれてやるぞ!!」
舌打ちしたエムは毒矢を引き抜き、毒矢を放ったヘラクレス目掛けて投げ返すが、ヘラクレスはいともたやすく毒矢を棍棒で弾き飛ばして、弾かれた矢がエムが呼び寄せたブラックハンドの戦士達を貫通していく。
「ワタシのブラックハンド! 鷲の戦士達!! あいつ殺せ!! あの白いのぶっ殺せ!!」
エムの親衛隊、鷲の戦士がヘラクレスに一斉に襲い掛かるも、棍棒で瞬く間に戦闘不能にされ、数万のブラックハンドの軍勢が合流してヘラクレスを数の暴力で押し潰そうとした。
「魔人共が何万だろうが何億だろうが、最強の俺様を止めることなんかできるかッッ!!!!」
棍棒のスイングで竜巻が発生し、数万もの軍勢が薙ぎ払われる。
「白いの死ねええええ!! 大竜巻」
対抗するかのようにエムが黒い竜巻を発生させ、ヘラクレスの竜巻を飲み込み、無数の羽の刃がヘラクレスを切り刻む。
「ぬおおおおおおお、これしきのことでやられはせんぞ! 今だ!! アスリートを目指す俺のファンよ!!」
強烈な殺気を感じ取ったエムが視線を下に落とすと、拳を振りかぶったイワネツが、一瞬でエムに間合いを詰めて顔面にストレートパンチを繰り出した。
「な!? イワネツお前死んだんじゃ!?」
「チビ……イワネツ!!」
「イワネツさん!?」
エムは殺した筈のイワネツを見て怯え始め、一方のイワネツは殺意と闘気を極限まで高めてエムを睨みつける。
「ようマリー、エリザベスってガキは無事だ。そしてエム、勇者の俺がお前を滅ぼす。行くぞヘル!!」
「殺したはずなのにッ! ば、化物!!」
バサラ化したイワネツは、エムの懐へ一気に間合いを詰め、アゴへ掠めるような左ロシアンフックを放ち、一瞬脳震盪を起こしたエムの胸骨目掛けて、今度は右のストレートパンチを打ち込む。
「支援するわ! エムの素早さを下げてイワネツさんのスピードをさらに時空操作で加速させる!! 三重加速」
マリーが時空魔法を発動させ、イワネツのパンチでエムの心臓が一瞬不整脈を起こした刹那、時空を超越して加速したイワネツは、左の肝臓ブローをエムに炸裂させる。
「う、ウゲェ、ゲェ!」
「どうだ? 麻薬中毒のお前には効くだろ? これなんかもよ!!」
今度は大きく振りかぶった右の拳を、エムの腰、背面部めがけてイワネツがパンチを打ち込むと、腎臓の一つが衝撃で破裂する。
「ウッ、ぎゃあああああああ!」
「腎臓ブローだ。その様子じゃ、内臓破裂したらしいなあ!!」
さらにイワネツが渾身のアッパーカットを放ち、エムを吹っ飛ばすと、死角から体を再生させたフレッドが、エクスキャリバーでエムを斬りつけた。
「勝てる! ミスターイワネツの力ならッ!!」
そしてヘルが冥界の神の力を全開にして、空にミニチュアのブラックホールを生み出して、ブラックホールが消滅する際の高重力波を放つ。
「無限地獄」
高重力の衝撃波でエムの片翼は折られ、体中の骨にヒビが入るも、エムは自身が精製した真っ赤な粉を出現させ、一気に鼻で吸い込み、オーバードーズ寸前になるも自身の魔力をさらに増大化させて噴出する。
「いじめっ子の侵略者共!!」
吸引した麻薬ファンタジアの影響でエムは痛みを感じず、黒曜石の刃を無数具現化してヘルのドレスを切り裂いていく。
「きゃああああああ」
悲鳴を上げるヘルを見たイワネツとロキが、エムを挟み討ちをかけて拳を振るった。
「俺の女神をやらせるか!!」
「僕の娘をだ!!」
イワネツとロキが、ヘルに魔法を放つエムを両拳で滅多打ちにする。
さらにイワネツのパンチでダメージを受けたエムが間合いを大きく離したのを見たマリーとフレッドが、魔法を浴びせる。
「エム、この破滅神ロキが、お前を破滅させて殺すと宣言する。人の娘を痛ぶった報いを味合わせてやるよ!」
エムはロキに振り返り、裏拳を炸裂させて吹っ飛ばすも、後ろから破裂したばかりの腎臓部目掛けてイワネツが飛び蹴りを放つ。
「うるぁ! そろそろくたばれや!!」
だがエムは、苦痛に歪む表情から一転して、歪んだ笑みを浮かべてイワネツの背後を指差した。
「あん?」
振り返ったイワネツに、エルチャボが組み付いて体を持ち上げると、地面へ一瞬で急降下して垂直落下式ブレーンバスターを放つ。
「グォッ!」
あまりの威力でイワネツの頭蓋骨と頚椎にヒビが入る。
「アッハッハ、エルチャボ!! こいつやっつけろ! やっつけたらお前を許してやる!!」
「チビ人間!!」
イワネツに注意を取られたヘルの隙を見逃さなかったエムが、自身の翼でヘルの体を包み込んだ。
「うふふ、思った通りお前、死の神だね♪ お前の力を全てもらう。死の神は二人もいらない!!」
エムがヘルの魔力を吸収し、今まで消費した魔力を完全回復させると、意識不明になったヘルの体を黒翼がポイ捨てするように地面に放り投げる。
「アーッハッハッハ♪ お前たちみんな死ね♪」
エムの肉体に漆黒の胸甲、手甲、足甲が具現化していき、ドクロの仮面をした頭部に、ヒョウを模した羽飾り付きのヘルメットを被り、漆黒の大翼を生やした姿に変わる。
血相を変えたロキがヘルの体を抱きとめ、さらなる変異を遂げたエムがフレッドを回し蹴りで吹き飛ばし、マリーと一対一の状況に持ち込んだ。
ーーヴァルキリーよ、ロキの娘ヘルの力を取り込んで、この邪悪がさらなる力を手に入れた。引くのです、ここは一旦引いても仕方がない。
「けど! 私が引いたらみんなが!」
エムがさらに闇の翼の力を得て、マリーを始末するため黒き暴力の魔力を発動させる。
「さて、やっと二人きりになれた♪ さあ、私をいじめた罰。お前を殺す♪」
「くっ」
絶体絶命の状況に陥ったマリーに、エムがトドメを刺そうとした瞬間、エムの周囲を電子の結界が包み込み、結界内の無数の原子核が崩壊するほどの大爆発を起こす。
「元素爆発!」
「な!?」
エムが視線を移すと、マリーを庇うためにエリザベスが爆裂魔法を放ったのだ。
「余所見してんじゃないわよッ!」
スカーレットが空中で宙返りをした後、エムの脳天に踵落としを繰り出し、空間断裂のスキルで追撃する。
「エリ!?」
「ウチらなめんじゃねえ! 炎熱地獄!」
エリザベスが地獄の業火に匹敵する極高温魔法を繰り出してエムを焼き、当初マリーが世界崩壊の魔法で召喚されたモンスター達が、エリザベスの召喚魔法の効果でエム目掛けて突っ込んでいき、その隙にマリーが地上に落ちたフレッドに回復魔法を与えた。
「お前なんか怖くねえし。かかって来いよクソ野郎!」
エリザベスが空を舞い、操るモンスターの波状攻撃や、彼女の放つ空間爆炎魔法でエムの体力を着実に削っていく。
「邪魔!! 死の風!死の風!死の風!」
エムが反撃の即死攻撃を無数のモンスターの放ち、エリザベスにも即死魔法を放とうとしたが、エムの両掌に毒矢が突き刺さる。
「俺の弓の腕は天下一だ。ざまあみろ!」
標的を変更したエムが即死級の魔法を放ったことで、深刻なダメージを負ったヘラクレスに、攻撃で生き残ったブラックハンドの軍団がトドメを刺そうと群がった。
だが……。
「ぐっ、げっほ、げっほ、うぅ、血?」
エムは咳を抑えるために口を覆ったが、大量の吐血が掌にこびりついていたのを見て絶句する。
イワネツの攻撃で肝臓と腎臓に大ダメージを負った結果、矢の毒の効果が徐々に体力を奪っていき、彼女の体に目に見える形で変調をきたしていたのだ。
「おかしい、目が霞む。目眩も、お前たちワタシに何を」
「余所見してんじゃねええ」
エリザベスはロキから習った古代の極限魔法を早口で詠唱し、魔力を最大まで溜めて力を解き放つ。
「くらえ! 全てを焼き尽くす炎!! 終焉の火」
エリザベスの渾身の魔法で、エムの体が極炎に包まれる。
「うるああああああああ!!」
フレッドを回復したあと隙を逃さなかったマリーが、エムの脳天目掛けてギャラルホルンを振り下ろす。
怯んだエムをマリーは杖で滅多打ちにし、エムが反撃をしようとした瞬間、背後からフレッドが切り込む。
「ここで終わらせる。マリー、あと少しだ。あと少しで……」
フレッドの聖剣エクスキャリバーが、エムに掴まれた。
「フレッド!」
「うん、あと少しでお前達は死ぬ♪」
フレッドを引き寄せたエムは、背中の黒翼で彼を切り刻もうとした瞬間、赤い閃光のような光がフレッドを突き飛ばし、真っ赤な血煙が上がる。
「レティ!!」
「これで……おあいこ。前の世界であたしを好きになってくれてありがとう、じゃあね……」
スカーレットがフレッドの身代わりとなり、体を切り刻まれて地表に落下する。
「よくもアタシの友達を!!」
激昂したエリザベスが、エムに爆裂魔法を次々に放ち、冷静さを欠いたフレッドが涙目になってエムに切り掛かる。
「ダメだフレッド! このままじゃあなたも!!」
マリーが呼び止めるも、フレッドは絶対概念である答えを導き出していた。
戦いを長引かせて消耗させる策は、ヘルの魔力が吸収されたことで軌道修正が必要となり、次に導き出されたのが自身の命と引き換えに、マリーやイワネツを切り札とする捨て身の戦法。
「邪魔!」
聖剣ごとフレッドの右手がエムに斬り飛ばされ、咄嗟に魔法障壁でガードしたエリザベスを障壁ごと弾き飛ばす。
「きゃあああああマリちゃん!!」
「エリ!! お願いフレッド、離れてよ! このままじゃあなたまでッ!!」
電子の魔力をチャージして、なんとかエムに有効打を繰り出そうとしたマリーだったが、瞬間移動でエムが目の前に現れる。
しかし片手を失ったフレッドは、風の魔力を最大限にしてエムの体に飛び蹴りを放つ。
「マリー、あいつはかなり消耗してる。君の魔力を最大限までチャージしててくれ。君の力がマックスに溜まるまで僕が君を守る」
「でも!」
「僕は、英雄達の戦いも無駄にしたくない! 君も含めたみんなが示した道を守りたいんだ!」
体勢を崩したエムにフレッドが突きを放ち、力は及ばないものの気迫でマリーのサポートに徹する。
「このッ!! Este pinche chamaco!!」
「僕の全てを賭けて!!」
マリーは、戦場の電子の力を吸収していき、力を念じる。
世界を救うために、邪悪を滅ぼすために。
「僕は君のために、まだ見ぬ明日よりも今を信じる! 今の君の可能性を、僕の可能性も含めて全てを信じる!!」
フレッドが片手でエクスキャリバーを空高く掲げた瞬間、大気圏まで届くほど光の刀身が伸びていく。
「くらえ! 悪を倒すために、前世のゲームをもとに編み出した、約束された勝利の剣!!」
フレッドが振り下ろした眩い刀身がエムを包み込み、確実にダメージを与えていく。
その頃地上では、イワネツとエルチャボの一騎打ちがアヘン畑で繰り広げられていた。
「来いよ、エルチャボ。お前昔チビだったくせに、でかい図体になって喧嘩の仕方も忘れたか?」
「グルルルアアアアアア!!」
チビと呼ばれたカルテルの麻薬王が、同じくチビと呼ばれたかつてロシアマフィアの皇帝と西側から評されたイワネツへ突進する。
「Давай!!」
腰を落として組みつこうとしたエルチャボに、イワネツが渾身のアッパーカットをエルチャボに繰り出してダウンをとる。
「グゥ……ぬぅ!?」
立ち上がって正面を見据えたエルチャボの視線から、イワネツの姿が消えた瞬間、イワネツは背後からチョークスリーパーを繰り出す。
「……お前とは、昔ニューヨークで、どっちがチビかって罵りあったあと、朝まで酒酌み交わしたよな?」
「イワンコーフ……グアアアアアアア!!」
イワネツを引き剥がそうと、エルチャボが両手の力を込めて抵抗するも、頸動脈を絞められたことで徐々に脳に酸素がいかなくなり、口から泡を吹く。
「今度こそお前は、あのエムから離れて地獄の収容所行ってやり直せ。もしかしたらお前も、俺のように勇者として生まれ変わるかもしれねえぜ? До свидания 」
頸椎をへし折られたエルチャボは、イワネツに抱き抱えられたまま転生先の生を終える。
イワネツは空を見上げると、マリーを庇いながら傷だらけになるフレッドの姿を確認する。
「フレッド、逃げて!! もういいからッ!」
「大丈夫、僕は……」
魔力がほぼ尽きかけ、回復魔法でも再生不能の傷を受けて魂が消滅寸前になったフレッドは、地上にいるイワネツと目が合う。
「待ってろ! 俺の魔法で!! オン・アビラウンケン・バザラ・ダトバン…… オン・マイタレイヤ・ソワカ! ノウマク・サンマンダ・バザラダン・センダマカロシャダ・ソワタヤ・ウン・タラタ・カン・マ……」
フレッドはその瞬間、彼のスキル絶対概念が導き出した解答で、自分達の勝利を確信して満身創痍の状態でエムに体当たりした。
「来いよ、インディアン。僕の名はフレッド、お前が憎むアメリカ人だ!!」
「ぶっ殺す!! アメリカ人殺す!! ワタシ達が真のアメリカ人! ワタシ達をインディオって呼んでイジメた侵略者の白いの殺す!!」
魔力を練るマリーから意識を逸らすため、フレッドは自ら囮になることで攻撃の成功率を高めようとする。
「僕は、君やみんなと会えてよかった。そしてこの勝負、僕たちの勝ち……」
「ダメ! 間に合えッ 絶対防……」
「死ね!!」
マリーが絶対防御を発動しようとしたが、フレッドの心臓にエムの放った死の羽が突き刺さり、絶命して魂が崩壊したフレッドが地表へと落下する。
「フレッドおおおおおおお!! いやああああああ!!」
マリーが泣き叫ぶ瞬間、イワネツの怒りが頂点に達する。
「ぶっ殺す!! 伐折羅光極」
イワネツがバサラの力の全てを解放して放った光の極大魔法がエムを包み込み、惑星上ではあり得ない程の極高音、10の64乗にもなる不可思議な光が、ほんの一瞬エムの体を駆け巡ると、エムの体内が一瞬で炭化した。
「あ……が……お前何を?」
エムは生命維持に支障をきたし、彼女の背後までイワネツは一気に飛び、防御力がほぼゼロになったエムの首に全力でチョークスリーパーを仕掛けて、首の骨をへし折る。
「あ゛ぁ!!」
「エルチャボは始末した。あとはお前だエム!!」
エムの生命力が急速に弱体化していき、首を絞め続けるイワネツはエムの背中の黒翼によって切り刻まれ、互いのどちらかが絶命するまで技をかけ続ける勝負になる。
「イワネツうううううううう!」
「くたばれやああああああ!」
そして魔力を最大限チャージしたマリーは、涙が溢れ出しながらも、神杖ギャラルホルンを向ける。
「今だ!! 俺ごとぶちかませマリー!!」
躊躇するマリーに、空から羽飾りをつけて麻の衣に水色のターコイズを数珠繋ぎしたネックレスをかけて、身体の所々に銀のアクセサリーを身につけたメヒカ人の一団が現れた。
「あ゛あ゛ぁ助げで同胞達!! 北の゛部族達助げで。ごいづら゛ワダジ達インディオの゛侵略者」
エムは同族が助けに来たと内心喚起し、血の泡を口から吹きながら助けを乞う。
その中に、マリーもよく知る少女がエムをじっと見据えていた。
「スー、あなたなのね」
マリーが救った北のアスティカ大陸の人々が、邪悪なエムの支配するアスティカを解放しに来たのだ。
すると無数の黒い粒子が一塊に集まり、悪魔ベゼルを象った。
「勇者の弟子よ、契約に基づきかつてのサタン王国民と、生き残った新たな国民は私が保護しましょう。よってこの大陸の管理権は先住民の彼らに移譲し、これより私は撤退する」
悪魔ベゼルはエムがマリー達と戦っている隙に、生き残った南アスティカの魔人達の身柄を自身の支配領域に移し終えており、街はもぬけの殻となっていた。
「お前ぇぇ! げっほ、げっほ、ワタジの゛テノチティトランの同胞達を゛!!」
「ふん、君とは契約外だ」
エムを鼻で笑ったベゼルは転移魔法で姿を消す。
こうして南北アスティカ大陸はおろか、この世界でエムに味方する者は誰もいなくなった。
「うー、ミカトリ、かつての精霊の巫女。あなたは滅び去るべきだ。ま、マリー、私たちが彼女の力を抑える。この哀れな精霊の巫女に終止符を」
イワネツに首をへし折られて締め上げられる瀕死状態のエムに、北アスティカの集団が、精霊魔法でエムの魔力を封じて弱体化させた。
そしてマリーに味方をしていたウンディーネも、サラマンダー達精霊も姿を現して、マリーにエムを倒す魔力と精霊の加護を与える。
「終わりよ、エム!!」
「ぞん゛な゛あああああああ! なぜだ白い奴らがら゛虐げられだ同胞達! 精霊達も゛! なぜお前だぢまでワダジを否定するん゛だああああああああ!!」
同族達から存在を否定されたエムは、さらに羽をばたつかせて背後から首を絞めあげるイワネツの体を切り刻もうとする。
「絶対防御!」
マリーがイワネツに絶対防御をかけ、エムから彼の体を弾き飛ばした瞬間、一本の矢がエムの額に突き刺さる。
「……はあ、はあ、一矢報いたというやつか。お前は終わりだ邪悪め。俺の共同討伐記録に……お前の名を記してやろう」
瀕死の重傷を負ったヘラクレスが、全力で投擲したヒュドラの矢がエムの脳内深くに突き刺さり、毒素が脳内を汚染してエムに致命傷を与える。
だがエムは最後に残された気力で、マリーに死の魔力が宿った羽を飛ばした。
「死ね!!」
するとマリーを庇うように、上空から包帯姿の男がマリーの前に現れる。
「剛柔流奥義! 撃砕回し受け!」
矢のように飛んできた死の羽を両手で受け払い、技を使用したことで体中の傷口が開いたのか、マリーを庇った男は血を噴きながら地面に落下していく。
「……わっさいびーん、遅くなたんさ。可愛い女んかいかっこいいところ見せれねえで、何がアシバーやん」
武神ヴィーザルとの戦いで重傷を負ったジローが、満身創痍のまま最後の決戦に赴き、命懸けでマリーを庇ったのだ。
そしてフレッドの目論見通り、最後の最後でエムに麻薬の禁断症状が生じて、激痛でエムは身動きが取れなくなって隙をついたマリーは光の魔法を発動した。
「これで終わりだああああああああ!! 宇宙乃光」
光と共にジローとイワネツが不敵に笑いながら地表に落下していき、マリーが放つ電子魔法がエムの体を包み込む。
「ぎぃああああああああああああ!!」
極限まで荷電粒子を加速させた電子の力は、瞬間的にブラックホールと同等のエネルギー量、エクサボルトまで達し、エムの細胞をマイクロ波で焼き、電離放射線の中性子の光が細胞を崩壊させ、ガンマ線バーストも一瞬発生してエムの魔力回路もろとも破壊する。
全魔力を使い果たしたマリーは、光の一撃を受けたエムと共に地表に落下していき、電子の光は火花となって地表に降り注ぎ、エムが作り出した悪の花、アヘンケシの花畑を焼いていく。
周囲に集まった騎士団や武士団含む主力部隊が歓声を上げるなか、黒焦げにされたエムは原形をかろうじて保ってはいたものの、力なくうつ伏せに倒れて、悪の花が焼かれるのを見つめる。
「そんな……ワタシの花達が……ワタシのファンタジア……痛い……体が……痛い痛い痛い痛いいいいいいい!!」
マリーはやや離れたところでエムの様子を見つめており、エムは炎に包まれながら泣き叫ぶも、もはや誰も彼女を救う者など現れはしなかった。
そして自身の娘であるヘルを介抱し終えたロキが、エムの前に無表情で佇んだ。
「これでお前も終わりだね。いやあ、やっぱ炎はいい。前のユグドラシルを僕のスルトで焼いてやったの思い出すよ」
「ロキいいいいいいいいい!」
「冥土の土産に、今後の僕のプランを教えたげる。最後に残った僕は、世界救済を果たした女神ヘルの名において冥界で裁かれて、またあのニブルヘルの懲役に戻ろうかなって思ってね。この世界で十分楽しませてもらったし、世界を救済したってあの子が、ヘルがハクつけりゃあ、多少は娘達や仲間の地位も安泰になるだろう」
虫の息になったエムに、ロキは右手の掌に魔力を溜めてトドメの一撃を放つ。
「さあて、君はどうする? エリザベスちゃん」
ロキの傍らには、戦いで生き残ったエリザベスが佇み、エムの亡骸を無表情に見つめている。
「君には僕の血を与えたから、神の如くこの世界で振る舞える筈だ。君のお気に入りのエドワードってやつもまだ生きてるよ?」
「そうね……私はマリちゃんとこの後……!?」
エリザベスが頭を抱えて俯き、ロキは何事かとエリザベスの肩を抱いた瞬間、魔力で弾き飛ばされた。
「お前……なんで?」
油断していたロキは強烈な魔力の一撃をくらい気を失う。
「まさか!?」
マリーは、仲間にしたスーという北アスティカの巫女からエムの悪意の特性を聞いていた。
エムが命を落とした瞬間、悪意が別の誰かに宿り続けて再び新たなエムとして復活を果たすという、精霊が与えたスキルのことを。
「エリちゃん!」
マリーが足を引き摺りながら、燃え盛るアヘン畑に佇むエリザベスの前まで駆け寄り、意識を取り戻したヘルも駆けつける。
「ダメ!! こっちに来ちゃ。アタシに悪意が、何度も転生して白人に虐げられて差別されてきた女の子や男達の憎悪と情念が流れ込んできて……アタシがアタシで無くなる前にッ!!」
エリザベスが右手を突き出して、マリーを魔力で弾き飛ばした。
「……だけどもういい、大丈夫。あたしは、あたしの手で全ての決着をつけるから。マリちゃんは幸せになって」
エリザベスはヘルに向き合い、ニコリと微笑む。
「ありがとう神様。あなたのおかげで、マリちゃんと再び会えた。覚えてる? あなたに冥界で裁かれた李絵里、またの名を竹田絵里」
「お前は……わらわの……」
エリザベスは目から涙が溢れ出て、頬を涙が伝う。
「体内の魔力回路を暴走させたの。あの邪悪、多くのエム達は私の中に閉じ込めたから、あとはこの体と魂と一緒に爆発させる。神様、あなたの力で空高く……」
「エリ!!」
エリザベスはマリーに微笑みかけ、ヘルはエリザベスの体を魔力で浮上させる。
「やめて、なんとか別の方法がッ! エリちゃんを助ける方法が!」
「マリちゃん、あたし大丈夫だから。それと、前の世界やこの世界のことも……ごめんね」
エリザベスの体はヘルによって高空まで持ち上げられたあと、体内で練られた魔力回路が暴走して大爆発を起こした。
「これで……いささか不本意だけど邪悪が討伐されて世界救済かしら。今さっきドチビのヤミーからの連絡で、オーディンも完全討伐されたようなのだわ」
燃え盛るアヘン畑でマリーは涙を流し、アスティカ大陸の空が明るくなり始め、夜明けが訪れようとしていた。
エリザベスが散華した様子を見たヴィクトリーの騎士達が、マリーを指差す。
「大邪神と魔女をヴァルキリー、姫様が討伐なされた」
「魔女エリザベスの最期だ」
「聖騎士フレッド団長の犠牲で、姫殿下が、ヴァルキリー様が世界を救われたんだ!!」
「ヴァルキリー様、万歳いいいいいい! ヴィクトリー万歳いいいいいい!」
マリーは騎士達の喜びの呟きと歓声に、両耳を手で塞ぎ絶望する。
「違う! エリちゃんは悪くない!! いやだ。こんな結末、世界が救われたけど、みんなが……うっ、うわああああああああああああ」
アレックスとデリンジャーは、マリーの精神世界で世界大戦終結の真相を垣間見て絶句する。
「マリー……」
「ヴァルキリーさん……これが歴史の真実……」
すると映像のマリーに漆黒の悪意の塊が取り憑く。
「お前は救えなかった! 呪われろ神の僕よ!! ヴァルキリー、憎きいじめっ子めええええええええ」
「いやああああああああ!! 思い出させないであの結末を!! 私が救えなかった人たちの記憶を思い出させないでええええええ!!」
怨嗟がこもった女の声がしてマリーが映像で泣き叫んだ瞬間、アレックス達の目の前にノイズが走り、冷気を帯びた巨大な水晶が降ってくる。
巨大な水晶の中で、全裸になったマリーが手を胸の前で組んで眠りについていた。
「これは!? ヴァルキリーさん!!」
「ビンゴ、タイムリーヒットだぜアレックス。さあて、アレックス精神力を高めやがれ。来るぜ、マリーをピンチにおいやった元凶がよ」
デリンジャーが銃を抜いた瞬間、黒のローブを身にまとった髑髏の石化面を被る呪いの魔女が姿を現す。
「ようベイベー、久しぶりじゃねえか。どうだい? お前がぶっ殺した男とまた会った感想は?」
「……」
デリンジャーはピストルを呪いの元凶の魔女に向けながら、間合いをとりつつ周囲を警戒した。
「なるほどな、お前は再びマリー達をやっつけるために復活して、呪いの力で彼女を眠りにつかせたんだ。そうだろ!?」
「……」
ーーアレックス、ここは俺が時間を稼ぐ。お前は囚われたお姫様を救出するナイト様だ。盗塁決めてやれ!
脳内に語りかけてきたデリンジャーに、アレックスは短く頷く。
アレックスがマリーの方に向くと、仮面の魔女はアレックスの方へ正対した。
ーー隙がない。どうする? デリンジャーだけではヴァルキリーさんを救うのが難しいか?
アレックスは魔女から徐々に距離をとり、マリーのもとへ駆け出そうとした瞬間、冷気の魔法で足を絡め取られた。
「くっ、あんた……母さんなんだろ!! なんで人と、世界を憎むんだ。ヴァルキリーさんも!!」
「……実験番号REX78、お前だけが成功した。遺伝学で生み出された運命の子」
「!?」
アレックスは魔女を睨みつけ、自身の生まれた理由を魔女から聞き出そうと試みる。
「僕は……REX78なんかじゃない!! アレックス・ロストチャイルド・マクスウェルだ!! 魔女め、僕はお前なんかに屈しないぞ!! 僕をなぜ産んだんだ!!」
「……お前は、世界の在り方を変えられる運命の子。ブルボンヌ家のアンリの子ジャンの細胞核をもとに、メアリーの卵細胞から生み出された宿命の子」
デリンジャーはピストルを魔女に向けながら、アレックスの顔をまじまじと見つめる。
「お前は!? そうか、俺に似てると思ったがそういうことか。だから俺の愛銃を手にしたお前は……」
「お前はフランソワのアンリ……いやデリンジャーと名乗ったか。戦死したお前は家族を幸福にできなかった。お前の子ジャンを孕ったルイーズも、子のジャンの家族もみな不幸になって死んだ」
「!?」
隙ができたデリンジャーの残留思念を、魔女が魔力を放出して消滅させた。
「デリンジャー!? クソッ!! お前の思い通りになるものか。作られた命かもしれないが、僕は僕だ!!」
冷気で足を絡めとられながら、アレックスは囚われたマリーに歩みを進める。
ーー俺を使えアレックス。さあ逆転タイムリーだ。盗塁も決めてマリーを、俺たちの4番バッターを生還させる!
「いくぞ魔女!」
アレックスが懐から魔力銃デリンジャーを抜き、魔女の仮面に向けて銃撃を放つ。
「うおおおおおおお!!」
アレックスはマリーが捕らわれた水晶へ、ヘッドスライディングのように飛び込んだ。
魔女は瞬間移動して、真正面からアレックスを待ち受けるも、アレックスは魔女の股下を掻い潜ってマリーが捕らわれた水晶に触れた。
「ヴァルキリー、世界を救ったお姫さま! みんなを救う光を僕らにいいいいいいいい!!」
アレックスがスキル追憶を発動し、魔女の呪いの宣言を掻き消して彼女の復活を願う。
すると水晶が弾け飛び、マリーの裸体を黄金の鎧が包み込み、瞼を開く。
「ヴァルキリーさん、無事に目覚めてよかった」
そしてデリンジャーも、マリーの夢の世界で再び具現化し、彼女の傍らに立つ。
「デリンジャー……」
「へーい、ベイベー、お目覚めかい? さあ、呪いをかけた魔女、姿を現せ!」
「魔女め、お前はヴァルキリーさんを封じて世界をどうする気だった!?」
すると仮面の魔女は、石仮面を外して顔を晒す。
「え? どうして!?」
「オーマイガッ! お前は!?」
「あなたは……映像の中の魔女エリザベス!?」
仮面の魔女の正体は、300年前の魔女エリザベスだった。
「……マリちゃん聞こえる?」
「絵里……ちゃん」
呪いが解かれたマリーは、現れたエリザベスに距離を詰めるが、精神世界のエリザベスは彼女と距離を取る。
「聞いて、マリちゃん。あなた達がいなくなったあと、この世界では再び争いが生まれて、理不尽に差別される人達も生まれたの。だから私は、私は魔女として存在しよう、そう思った」
「? エリちゃん? あなた何を言って……」
「歴史が私を魔女として認めたからには、私は魔女としての生き方を演じなければならなかったんだ。そして世界を混乱と戦乱に導く元凶、存在Xを探して……」
アレックスはマリーの前に立ち、エリザベスと対峙する。
「あなたは自分を魔女と言ったか? けどヴァルキリーさんの記憶で、あなたは!」
エリザベスは悲しげな表情をして、衝撃波でアレックスを吹き飛ばす。
「マリちゃん、悪の魔女には悪の魔女としての役割がある。私を人として愛してくれた人達が私に望んでくれた未来など、実現できないことを知った。だから私は悪の魔女としての役割を果たす」
「なぜ!?」
「なぜ? なぜなら私は、自分の娘をこの手にかけた悪の魔女なのだから。私は娘を殺めてしまったの」
エリザベスの告白に、マリーとデリンジャー、そしてアレックスは絶句する。
「え? 母さんは……僕の母にあたる人はもう死んでる?」
「エリちゃん……あなた何を言ってるの? それは本当なの?」
エリザベスの目から一筋の涙が流れて、彼女の話は真実であるとマリーもデリンジャーも、アレックスも確信した。
「愛する夫、献身的なエドワード。夫を捨ててまで、私はあなたが残したこの世界を守ろうとした。けど、彼女もまた神と精霊という上位存在に利用されて……元は大昔にいたメキシコの女の子だったのに。彼女は精霊の戦士にされて、運命を神と精霊に弄ばれて差別を払拭しようとしただけの、ただの人間だったと理解した」
「エムが……またあなたの中にいるのね! エリちゃん、エムは倒すべき邪悪だ!! みんなを酷い目に遭わせて、私を呪った最悪の!!」
「ううん、違うの。彼女は今度こそ差別もない社会と世界にしたいと私に語りかけてくれるんだ。差別を生んだ神に復讐しようって。この世界のどこかに存在するXへの復讐を」
奇しくもエリザベスとマリーは、共通の存在の正体を突き止めようとしていた。
この世界で戦火の光を欲する神、オーディンの長男バルドル。
「X? おそらくそれはオーディンの息子バルドルのことよ。300年前の戦争、いや多くの次元世界で精霊や神々が苦しんだ原因を作ったかもしれない戦火の神」
「そうか、それがXの名前ね。Xイコールバルドルを炙り出すため、我が子メアリーの願いを叶えるために、あなたやロキの娘達に封印の眠りの呪いをかけたの。私にはわかる、自分に立ちはだかる敵がいなくなったことで存在X、バルドルは戦乱を求めて間もなくこの世界に実体化するはず」
デリンジャーの残留思念は首を何度も横に振り、エリザベスに銃口を向ける。
「オーケイ、だからマリーを、お前の意思とエムの意思も賛同して眠らせたのか。だが、そのせいでまた世界が大戦になろうとしてんだ。もうたくさんだ! 人殺しも戦争も!!」
「そうだ。僕らは止めなきゃいけない。ナーロッパとナージアで起こる戦争も、そして僕の家族のあなたもだ。そのためには、誰かが!!」
するとエリザベスは強烈な波動を発して、マリーとアレックスを弾き飛ばして、夢の世界はガラスがひび割れたように、音を立てて崩れ去る。
「英雄なんてこの世界にはいらないッ!! 英雄は新たな戦争と混乱を生む! だから私は英雄と差別を消し去る悪を、娘のメアリーと共に演じるの。そして存在X、戦いの元凶バルドルをこの世界から滅ぼす! それが私の今の役割だ!!」
「うわああああああああ」
「エリいいいいいいいい!」
アレックスは病院内の集中治療室で目が覚める。
「ここは? 現実に戻ったのか?」
アレックスが、うなされながら目覚めようとするマリーに触れようとした時だった。
「アレックス、ヴァルキリーさんを連れて逃げろ!!」
「ジョン!?」
集中治療室内へなだれ込んできた、全身黒尽くめの男達が一斉にアレックスに襲い掛かり、ベッドで眠るマリーもろとも何処かへ連れ去ろうとする。
「お前達は!?」
アレックスは背後から首を布のような物で締め上げられて昏倒する。
目覚めたマリーは、周囲を見回すと黒尽くめの男達が煙幕を張り、ベッドごと運び出す。
「あなた……達は?」
「将軍様がお待ちです。天女さま、御免仕る」
点滴に睡眠薬を仕込まれたマリーは意識混濁し、黒尽くめの男達、徳河幕府御庭番衆の手により、強制的に身柄を政都榎戸へ移された。
自分の楽を目指す一方、別の意味の楽を目指したラスボスと戦ったラストバトルの結末は、残念ながら主人公にとってバッドエンドでした。
しかしこれは彼女の物語の最終章
楽を目指した彼女が真の意味で救われるトゥルーエンドまであと少しお付き合いください




