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転生したら楽をしたい ~召喚術師マリーの英雄伝~  作者: 風来坊 章
最終章 召喚術師マリーの英雄伝
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第233話 遠い記憶

 ヴィクトリー時間、深夜3時の明け方前のマルクス・カール邸上空、高度2000フィートからローター音を極力消音化させた輸送ヘリから、落下傘で次々と傭兵達が空挺降下する。


 機械化された情報部員が警戒する中、暗視ゴーグルとガスマスク傭兵達は音もなくマルクス邸1エーカー(4047m2)ほどもある広大な芝生の庭に降り立つと、パラシュートを隠匿。


 交代で警護についているエージェント達を、背後から電磁ナイフの一撃で戦闘不能にしていく。


 マルクス邸に侵入したのは、ナーロッパ最強と噂される傭兵団レッドベレーの中でも最精鋭GVFと呼ばれ、元ヴィクトリー陸軍空挺部隊員とシュビーツ傭兵の志願員で構成されている騎士達である。


 GSVは正面玄関から突入する部隊と窓から侵入する部隊に分かれて、同時に突入。


 サイボーグを機能不全にする特殊な電磁波を発する弾丸を内蔵したサイレンサー式のマシンガンで、中のエージェントと達を戦闘不能にし、寝室で寝ていたマルクスの拉致に成功した。


「貴様ら! 何者だ! 強盗……いや軍た……うぐっ」


 手錠と猿ぐつわをはめられ、降下してきたステルスヘリに無理やり乗せられたマルクスは、第三国のシュヴィーツまで一旦連行され、ヴィクトリー王国に移送される手筈となる。


 そのほかの突入隊員達が、廷内に敵勢力が隠れていないか部屋をくまなく確認すると、2階に異質な部屋を発見した。


「チャーリーよりアルファ?」


「こちらアルファ、チャーリーおくれ」


「施錠された部屋を確認した。内部検索必要か? おくれ」


「了解、十分に警戒しながらすみやかにクリアリングを実施せよ。以上」


 突入部隊が隠し部屋になだれ込むと、室内の異様な光景に絶句する。


「これは……子供部屋? 部屋中至るところにヴァルキリー様の絵が掲げられて……なんだこの部屋? ん?」


 隊員の一人が、子供用勉強机に置かれたキャンパスノートを発見する。


 中をめくって確認すると、誰かの夢の記録が記されていた。


「夢の中で、彼女と楽しい話をした。今の僕は、彼女が何を言ってるのかも、僕が何を話したのかも、朝起きたら全部覚えてて、でもすぐに内容を書き留めないと忘れてしまうから……夢の中の彼女の記録を全て記そうと思う……なんだこれは? 夢の中の記録?」


「アルファより、ブラヴォー、チャーリー、デルタ。パッケージは回収した。任務完了、すみやかに撤収せよ。各自おくれ」


「チャーリー了解、すみやかに撤収する。以上」


 傭兵達はマルクス邸を後にし、夢の記憶と記されたノートは、早朝ヘルフォード空軍基地にいるレッドベレー団長ハーヴァード公爵の手に渡る。


「こ、これは!? GSV! このノートを記した者は確認したか!?」


「いえ、団長。ノートの持ち主は確認できませんでした。発見場所は異様な部屋で、我ら騎士が信仰するヴァルキリー様の絵が壁一面に貼られてまして」


 ハーヴァードが確認したノートには、マリーという少女の記憶と自分達の先祖らしき騎士の話が記録されており、ハーヴァードは団長のシュチュアートに暗号化された通信機で連絡をとる。


「団長、私だ!! 対象は確保したが、驚愕の事実がわかった!!」


「なんだ驚愕の事実とは?」


「生きているんだ。あの伝説の聖騎士様が!! 我らが黄金薔薇騎士団の初代団長、フレッド様が!!」


 ハーヴァードが何を言ってるか理解が追いつかないシュチュアートは、首を傾げる。


「お前は何を言ってるんだ。わかるように話せ」


「だから、生きている! 聖騎士フレッド様が!! 彼はマルクス・カールの息子として復活した!! 記録が見つかったのだ! 当事者しか知り得ない記録が!!」


「き、記録だと!?」


 一方、赤髪の少年が夜明け前のナーロッパ上空を猛スピードで飛んでいた。


 担当神クロヌスにより再びこの世界に転生した聖騎士フレッド、この時代の名はフリードリヒ・カール。


 妻との間に子が出来なかったオックシュフォード大学長マルクスと、彼の愛人でもある娼婦との間に生まれた元私生児とされる。


 正確に言うと娼館に捨てられていた赤子を、マルクスの子供ということにして金をゆすり取ろうと考えた娼婦の浅知恵からの狂言である。


 こうして娼婦は子の親権を巡って、弁護士と金目当ての民事訴訟を引き起こす。


 フリードリヒが生まれた時、遺伝子検査もヴィクトリーにはない技術だったため息子かどうか真偽不明だったが、裁判が長引いたため訴訟から2年を経過する。


 二歳児になった幼児を見たマルクスは、この幼児は自分の息子に間違いないだろうと確信した。


 ロレーヌ皇室の血を受け継ぐ、赤い髪と緑の瞳をしていたためである。


 裁判の結果を待たずにマルクスは多額の和解金を娼婦に支払い、この幼児の親権を手に入れたが、今度はマルクス自身も妻との訴訟沙汰となり、離婚調停で賠償金を支払う羽目になる。


 こうしてマルクスに引き取られた2歳の少年は、フリードリヒという名が与えられ、父マルクスが雇った家庭教師より読み書きを覚えると、3歳で小学校の教科書も全て内容を理解する。


 4歳になる頃はマルクスの蔵書庫で専門書を読み耽り、家庭教師は彼を天才であるとマルクスに伝える。


「天才? 確かに私の血を引いてれば頭脳に秀でてるか。だが私や大人の真似をして本をただ眺めているだけかもしれないが。うーん」


 フリードリヒに、人体の絵を鉛筆で描かせるという幼児向けのIQテストをマルクスが試したところ、父マルクスを模した人体模型のような筋肉図と、臓器の人体図を2時間で描き上げた。


「フリードリヒ、これは何を参考に?」


医学書(メディカルブック)をもとにちました。あとパパは高血圧と心疾患に気をつけたほうがいいとおもいます」


 4歳で医学書の内容を理解していると驚愕したマルクスは、この絵を幼い息子が描き上げたと小児教育を研究する教授に見せる。


「この子の精神年齢は大人と大差ないどころか、大幅に上回っています学長。推定知能指数は180を大きく上回るでしょう。超がつく天才です」


 幼児教育を専門にしている教授から、天才であると聞いたマルクスは、数学書を無言で読み耽るフリードリヒに自分が好きな数式を紙に書いてみろと紙と鉛筆を渡した。


 するとマルクスにも理解できない、長々とした数式をフリードリヒは書き上げる。


「えーとフリードリヒ、その数式は?」


「この本にのってる、“そうたいせいりろん”はまちがってます。完全なものにするには非対称性の数式をいれないと、万物相対性がふかんぜんになります」


 フリードリヒが指摘した数式を、オックシュフォードの数学教授に提示すると、数式は世界の相対性理論の定説を塗り替えるものとなり、マルクスは息子の知能に驚愕する。


「天才だ、私も幼い時に天才と呼ばれたが、この子は紛れもなく天才に違いない」


 マルクスは学長を務めるオックシュフォード大学から、専門分野に長けた教授を招いて英才教育を施した。


 運動能力も同世代の子供とは比較にならないほどで、8歳でハーフマラソンを完走し、50ヤード走では9秒を切り、テニスをやらせたら、並の大人でも太刀打ちできない腕前を披露する。


「神を否定する私だが……この子は神の子か? それとも得体の知れない怪物なのだろうか? ん?」


 テニスの試合で膝を擦りむいたフリードリヒの怪我が、たった一時間でかさぶたが剥がれ落ち、完治したのをマルクスは目撃する。


「……やはり超常的な何か得体の知れない力をこの子は持っている。なんなんだこれは? 人間は皆平等であると信じる私の子が……不平等を体現してしまっている」


 マルクスは息子に危機感を覚え、東欧のモスコー家や、チーノの一地方の地主の子、毛沢山にしたように、自身の人類幸福論や平等主義思想を唱え、自分の思想に染め上げようとした。


 だがフリードリヒは首を傾げてこう述べる。


「みんな生まれた国も、文化も、ルールも風習も全然違う人達を全部平等思想でひとまとめにするんですか?」


「そうだ人類は皆平等にならなきゃいけない。生まれや出身や貧富の差や人種で差別されちゃダメな社会にするんだよ? そのための革命なのだフリードリヒ」


「それで国を司る王様や大統領、将軍も神様も邪魔するならみんな暴力の革命で倒しちゃうの? パパは暴力はいけないって言ってたけど、王様や神様に暴力振るっていいの?」


「そうだよフリードリヒ。世の中には暴力を振るっていい相手がいる。悪い権力者達や神などと思い上がる存在は平等主義とは相容れないんだ」


 暴力はいけないことだと理解しているフリードリヒは、この平等革命の理論はどこか矛盾していると思い、次々と父マルクスに質問を飛ばす。


「みんな平等だと運動や勉強ができる子が低い子のレベルにあわせなきゃならないけどいいの?」


「そうだね、みんな平等に勉強する。けどできる子は将来国家運営に回す。できない子は平等に労働者として働くんだフリードリヒ」


「働かない人は?」


「強制的に働いてもらう。悪い奴は教育して働かせる。みんながんばって働いているからね。そして財産は国家が運営してみんなで平等に分け与えるんだ」


 しかしフリードリヒはその矛盾点を鋭く突く。


「平等に財産を与えるの? じゃあ頑張った人とお仕事サボる人も平等なの?」


「いや、がんばった人は労働者を監督する人としてそれ相応の地位とお金を……」


「そしたら平等性が無くなるよ? それに大元のお金をどうやって増やすの? 本で読んだけど資源やお金は限られてるよ?」


 資源と資本は世界に限られている。


 これを増やすにはどうするのか、フリードリヒは疑問を投げかけた。


「それは……宇宙進出だ。宇宙にはこの星にはない資源が沢山あってだな、宇宙に労働者を大量に送って……」


「宇宙はとっても危ない場所って本で読んだよ。それだと宇宙で働く人と、地面で働く人と働く条件が不公平になっちゃうよ?」


 危険な仕事と危険を伴わない仕事を、同一賃金にすると不平等だとフリードリヒは指摘する。


「ならば宇宙で働く人達の賃金をアップして……」


「それで宇宙で働く人にお金増やすと、今度は地面で働く人と不平等になるよ? 逆に地面で働く人達を優遇すると宇宙にいる人達と不平等になっちゃうよ?」


 マルクスの平等主義の矛盾を次々に気がつくフリードリヒに、だんだんとマルクスはイラつき始める。


「じゃあ危険なら労働力を補う場合、機械にやらせる」


「その機械を誰が動かすの? 機械や車の運転、免許がいるって本で書いてあったよ? 壊れたら直す人もいるよ? 機械をいじる人と、普通のお仕事する人は平等なの? 国家運営する人達はみんなに平等にできるの?」


「そうだ。国家運営に携わる者が、的確に公平に判断すればみんなが平等になる」


「国家運営する人が悪い人でズルしたら、みんな困っちゃうよ? そういう時どうするの? 悪い権力者だからってまた暴力で倒しちゃうの? そしたらみんな暴力で解決しちゃえって怖い世界になるよ?」


 共産主義最大の問題点だった。


 国家運営に携わる者と、そうでない者とで格差が生じ、国家運営に携わる者が悪人ならば、全員が不幸になるとフリードリヒが指摘する。


「それは……じゃあお前はどうすればいいと考える!?」


「みんなの役割をきちんとして、ルールをしっかり決めるの。あとはみんなの個性を活かした方がいいと思う。みんな平等は難しいし、生まれた時の能力はみんな違う。パパも僕も考え方が違う。みんなが平等って難しいよね」


 8才の息子に論破されたマルクスは、怒ってフリードリヒの頭を引っ叩き、部屋から出ていった。


 息子の持つ知性に恐れを抱いたマルクスは、自身から遠ざけ始め、11歳になったフリードリヒを王国最高峰のパブリックスクールの一つ、ウイーンチェスター・カレッジに入学させる。


 特待生として入学したフリードリヒは、自分が受けていた教育と比べものにならないほど授業レベルの低さに唖然とし、周囲の子供達と自分の違いを感じながら、物思いに耽る無口な少年だった。


「先生、公式が間違ってます。文法もいい加減です」


 たまに口を開けば、教師の間違いを指摘してそのせいで教師の数人がノイローゼに陥り、フリードリヒは次第に勉学の熱が冷めていく。


 周囲の同窓生は、無口なフリードリヒを無視するようになるが、これは彼にとっても都合がよかった。


 自分の話に大人達ですらついてこれないことを知っていた彼は、自分のことを理解できるものなどいないだろうと、諦めを感じていたためだ。


 また彼は未熟で、人と合わせるという方法も知らなかったため会話自体が成立しないことがわかっていた。


 ついたあだ名は無口のフリード。


 年上の寮生もフリードリヒを気味悪がって一言も口を効かず、孤独のまま寮生活を送ると不思議な夢を見るようになる。


 その夢で黄金の鎧を来た顔が見えない少女が、恐ろしい怪物と戦い、自分も彼女を守るため、絵本や子供向けの紙芝居で魔法を使う騎士のように一緒に戦う夢。


ーー女の子が戦ってる、助けなくちゃ。なぜなら僕は……


 しかし自分が助けに行ったところで、夢から覚めてフリードリヒは涙を流す。


「まただ。女の子を助けられない夢」


 そして夢の通り力をと念ずると、自分が寝るベッドごと浮き、二段ベッドの下の段で寝ていた年上の寮生がパニックを起こして泣き喚く。


「僕は、普通の人じゃないかもしれない……。物理法則を無視した力を使えるみたい」


 フリードリヒが12歳になる頃には一際目を引く容姿になり、ヴィクトリー王国始まって以来の天才少年と上流階級で噂になる。


 同学年の富裕層や貴族出身の生徒達はフリードリヒへ畏敬を示し、上級生達は何かにつけて喧嘩をふっかけてくるも、彼は一切相手にしなかった。


 なぜならば、成長した自分の身体能力で相手をしたら、普通の人間を殺しかねないと気がついていたからだ。

 

 彼は寄宿舎で個室を特別に与えられ、夢中になってある絵を描く。


 学校の中庭に立つ、世界を救ったとも呼ばれるヴァルキリーの像の絵だった。


 そしてまた夢を見る。


 それはヴァルキリーと呼ばれた伝説の戦士と瓜二つの少女と一緒に、お互いに親しげに会話をする夢。


 しかしどんな会話をしたか起きた時には忘れてしまい、退屈な授業を行う教室で居眠りをして、夢の彼女にまた会いに行く日々を過ごす。


 しかし彼の特別待遇に上級生達は不満を募らせ、ラグビー部員とフットボール部員達が、フリードリヒのいる寄宿舎へ夕方過ぎに集団で取り囲み、侵入しようとする事件が起きた。


「出てこい! フリードリヒ!!」


 大柄な少年たちが取り囲む中、最下級生達が怯えているのを寮で見たフリードリヒは、最上級生の寮長が外に出ないよう指示するも、寄宿舎の玄関前に単身姿を見せる。


「一人で来るとはなめやがって! 俺たち上級生が礼儀を教えてやる」


 また夢の中の彼女に会いたがったフリードリヒは、自分よりも知能が低い相手をどうあしらおうか考える。


「礼儀とは? 夜分大声で騒ぎ立てるのが礼儀なのですか? 一人で応対する僕に、集団で取り囲み威圧するのがあなた方の礼儀ですか?」


 普段無口なフリードが喋ったと寮生達が騒めき、取り囲んだ上級生達は、声変わりしていないような下級生から楯突かれたと憤る。


「それが年上の俺たちに言う態度か!? 体で教えてやろうか!?」


「で、あるならば僕よりも年上なら、上級生ならばそれに相応しい態度を見せてください。あなた方がやってることは、集団で一人を脅迫する校則違反でもあり犯罪です」


 怒った運動部の上級生達は一斉にフリードリヒに飛び掛かるも、この世界で失われた魔法の力と圧倒的な身体能力で触れることすらできず、教育指導の教師達が介入した事で大事になり、親であるマルクスが学校側に呼び出される。


 上級生が起こしたことが発端だったが、人間関係が他の生徒と築けなかったフリードリヒを庇う者は現れず、当初フリードリヒが上級生を焚きつけた事件としてマルクスに伝わっていた。


「お前はなぜこんな事件を? いつもいつも私を煩わせて。お前は、学校を退学になるかもしれんのだぞ!?」


「それで退学になるならば別にそれでいい。この学校で1年、貴重な僕の人生を無駄にしました。こんなところで僕が学ぶことはありません」


「……お前っ!」


 ビンタしようとしたマルクスの手をかわして、フリードリヒは荷物を整えて学校を後にした。


「お父さん、あなたも僕を暴力なんかで思い通りなんかにできない」


 以降フリードリヒは実家の自室に閉じこもる。

 

 学校側が上級生達の態度に不審を抱き詳細な調査をしたところ、フリードリヒの落ち度は一切見当たらず、事実を知ったマルクスがパブリックスクール相手に民事訴訟を起こした結果、裁判で和解が成立したと同時に、学長と教頭含む責任者は引責辞任となった。


 教師達が再度学校に戻るよう自宅へ説得しに訪れるも、フリードリヒは、ヴィクトリー王国最高峰のパブリックスクールを学ぶ価値がないと言い放ち自主退学。


 そしてこの一連の騒動が、フリードリヒを世間で目立たせるきっかけとなった。


 彼の噂を聞きつけた勢力、水面下で彼の能力を利用しようと財団と、暗躍する騎士団、そして本国ライヒの諜報員達がせめぎ合う中、マルクスは財団会長に息子を敵対勢力が狙っているから何とかして欲しいと相談する。


「んー♪ じゃあフランソワのロワのやってるグランゴールに、彼を入れちゃえば? 子供の教育とっても大事♪ どんな子なのその子? 写真とかあったら見せて」


「すいません、手元に無くて。親の私を凌ぐ天才ですが、我らが財団の平等主義に疑問を持っておりまして」


 この時、肌身離さず息子の写真を持っているような愛情を、マルクスが持っていなくて結果的に正解だった。


 フリードリヒの顔を見たが最後、会長メアリーは己の手で抹殺を図っただろう。


「じゃあ言うこと聞かないなら、反対勢力についたら面倒だし殺しちゃおう♪ 私たちに邪魔する子ならこの世界にいらないんだ♪」


 フリードリヒは、財団会長のメアリーから息子を殺せという指令に背筋を冷たくし、なんとか別の方法を取れないか提案する。


「いえ、息子を説得できる者がいれば、きっと将来の財団や人類に役に立つ人材になるかと」


「うーん、殺しちゃえば早いのに。じゃあ……君のためにその人材を探してみるよ♪」


 フリードリヒがパブリックスクールを退学して1年後、ある日マルクス邸に老紳士が訪ねにやってくる。


「マルクス・カール、いや東ライヒの皇太子殿下ですな?」


「あ、あなたは何者か? なぜ私の捨てた身分を」


「私の名はデイビッド・ロストチャイルド・マクスウェル。通称赤盾。息子さんの件でと言えばあなたもおわかりになるでしょう?」


 マリーゴールド財団理事、赤盾。


 豊富な資金を持つ財団新参の理事であるという身分を明かし、閉じこもったフリードリヒの自室の前に立つ。


「彼は1年以上部屋から一切出てこないと?」


「はい、私や使用人が声をかけても一切無視され、部屋の前に用意した食事も満足に取らず、部屋に入ろうにも不可思議な力でドアも開かず、何をしているのかもわかりません」


ーーこやつ大学学長でかつて皇太子の身分もありながら、息子を家畜のような生活にして。親失格通り越して人間失格だな。まあ人のことは私も言えないか


 デイビッドは思いながら、部屋の前に自分一人にしてくれと言い残し、部屋の前に立つ。


「私は、あなたと会うためにやってきた者です。開けてくれますかな?」


 返事は返ってこない。


 すると背後にただならぬ気配を感じてデイビッドが振り向くと、そこにはピンクのドレスを着た金髪の大男が見下ろしていた。


「んー? ああ、あなた。久しぶりなのねーん。エリちゃんのボーイフレンドのアレクセイ君だっけ?」


「あ、あなたは確か!?」


「シー。静かに、彼デリケートだから」


 300年前、エリザベスが召喚した巨神クロヌスが突如現れ、フリードリヒのドアノブに手をかける。


「んー、部屋に封印魔法なんかかけちゃって。もう、シャイな子なんだから。エイ!」


 無理矢理クロヌスが部屋のドアを開けると、薄暗い室内には、至るところにヴァルキリーの絵が掲げられ、長く伸びた赤い長髪に暗闇でも光を放つエメラルドグリーンの瞳を持つ、痩せこけた少年が埃を被った絨毯の上で座り込み、二人をジッと見つめる。


「あ、あなたは!?」


 デイビッドは少年を見た瞬間に正体を察して、クロヌスはフリードリヒが描いたと思われる絵を見渡す。


「あらーん、よく描けてるじゃない? マリーちゃんの可愛い絵」


 するとデイビッドの脳内に、少年がテレパシーで働きかける。


ーー帰れ。僕と彼女の世界に入ってくるな


「ごめんねーん。オネエさん怖がらせちゃった? えーとフレッド君だったかしら? 覚えてなーい? 私のことや前の人生」


「……」


ーー知るか。お前達は何者だ?


「んー、オネエさんはこの世界の神よ。前の世界で魂が修復不能寸前にされ、天使の子達もあなたの魂を再構築するのに時間かかって転生に手間取ったわーん」


 フレドリッヒの遠い記憶が呼び起こされ、ある記憶が呼び起こされる。


「あなたたちは責任をとるのです。オーディンが主犯、フレイアが従犯とはいえ、お前たちは彼の魂を利用して救世主制度を悪用した。ユグドラシルのワルキューレ達よ、この大天使長ミカエルの名の下、世界を歪めた責任を取るのです」


 大天使長の命令で、多くの元ワルキューレの乙女達がフレッドの四散した魂をかき集め、オーディンの娘ブリュンヒルデと呼ばれた天界名サキエルが、聖騎士と呼ばれたフレッドの魂を長い年月をかけて再生させた。


 その過程をフリードリヒはうっすら思い出す。


「でも、自分が何者か覚えてなくても、あなたの魂は彼女を覚えてたみたいね」


ーー彼女を、ヴァルキリーを知ってるのか。お前みたいな化け物のような神が、夢の彼女を。


「んー、一途ないい子ちゃん。オネエさん胸がキュンキュンしちゃう。心配しなくてもいいわよ、多分じきにまた彼女に会えるから。愛の神であるオネエさんが約束する」


 すると、フレッドの脳裏に彼女の記憶が溢れ出す。


 かつて召喚術師マリーと呼ばれた彼女との絆の記憶と、聖騎士と呼ばれるようになった自身の英雄の記憶を呼び起こさせる。


「ほ、本当か!? あの方が、マリー姫がこの世界に戻ってくるのか。教えてほしい、いつあの方がお戻りに」


 デイビッドが狼狽してクロヌスに問いかけるなか、フリードリヒは静かに涙を流す。


ーーずっと彼女を想っていた。彼女の優しい眼差し、瞳、声、ぬくもりも……離れていても僕はずっと記憶の中で……僕は、彼女が好きだった。僕は……彼女の騎士だった


 フリードリヒの想いに釣られて、デイビッドも目に涙を溜めて俯く。


「んー、彼、全てを思い出すには少し時間がかかるかもしれないわねーん。あなたアレクセイ君だったかしら? エリちゃんは今どんな状況?」


「邪悪に囚われています。あなたが神ならば助けてほしい……私の家族も、愛するエリザベスをどうか……そして一目でいいから、マリー姫にもお会いしたい。神よ、私たちと世界をお救いください……」


 二人の男の涙に、クロヌスは優しく微笑んだ。


「いいわよん。あなた方のお願い、神であるあたしが叶えてあげる。じゃあねーん、イケメン達」


 デイビッドは部屋からフリードリヒを連れ出し、用意させていた清潔な衣服に着替えさせると、マルクスがその様子を覗き見る。


「彼は、私が教育しましょう。きっと財団や世界の役に立つでしょう」


 マルクスはデイビッドにフリードリヒを託し、デイビッドの私設議員秘書としてフリードリヒに世界の現状を見せてまわり、会長メアリーにその存在を秘匿しながら、聖騎士と呼ばれたフレッドの魂を呼び起こさせようとする。


 1年後デイビッドの勧めで大学に進学したフリードリヒは、伝説のヴァルキリー降臨の記者会見を見て、フリードリヒは自分が何者だったかを完全に思い出す。


「僕は彼女を誰よりも信じて、誰よりも信頼して、誰よりも好きだった。僕はもっと、もっと強くなるように祈って、二度と巨悪に負けないため、ここではないところで力を蓄えた。今度こそ君を、世界を救うために、僕は……君一人に全てを背負わせることなんかさせず、世界を救う救世主となる!」


 フリードリヒ、否聖騎士フレッドが向かう西ライヒ帝国の帝都ベルンでは、ルーシーランド連邦がキエーブに侵攻したと一報が皇帝マクシミリアンに伝えられたのが、ライヒ時間午前3時33分。


 早朝午前4時、大元帥服に身を包み元帥杖を持った皇帝マクシミリアンが玉座に腰掛ける。


「陛下、帝国軍最高司令部及び大臣幕僚すべて揃いました」


「ご苦労宰相。皆のもの、聞け! 余の保護国、キエーブ共和国が悪のルーシーランド連邦より侵攻を受けた。よって!」


 元帥杖をマクシミリアンは高々と天井に向け、玉座の間に整列した者達が、一斉に踵を鳴らして直立不動の姿勢をとる。


「これより我が国は、悪の連邦ルーシーランドを誅伐する!! 者共、戦端を開くのだ!! 本軍事作戦名を古のロレーヌ皇帝、赤髭公として名高いフリードリッヒ二世の異名から、バルバロッサ作戦と名づける!」


「ははー!!」


 皇帝の勅令を受けた帝国軍最高司令部は、ルーシーランド連邦に宣戦布告を通達し、同時に帝国軍秘密兵器である多弾頭長距離ミサイル、アグリガッドをルーシーランド最大の軍事基地、モスコー軍管区エカチェリーナ軍事基地に向けて発射した。


 この兵器の弾頭は上空で10個に分裂し、弾頭一つ一つに西ライヒで開発されたペンスリット高性能爆薬が内蔵されており、撃起爆感度が高く威力も強大である。


 巨大なシャンデリアが天井から吊り下げられた大広間、ベルン宮殿内部に帝国軍最高司令部が設けられ、運び込まれた玉座からマクシミリアンが戦場を指揮する。


「皇帝陛下!! 大打撃!! ルーシーランドによるキエーブ共和国侵攻軍司令部、エカチェリーナ軍事基地に大打撃を与えました!!」


「素晴らしい! 電撃戦を展開せよ我が帝国軍よ! キエーブに進駐した我が帝国軍で、ルーシーランド軍拠点ミンスクーを制圧するのだ!! 公爵軍フレッツベルグ装甲騎士団よ、反撃の隙を与えるな!!」


 マクシミリアンが命じた時、議場に東ナージアとの外交を担当する行政長官が血相を変えて皇帝の足元に跪き、書状を手渡す。


「なんだこんな時に? ん? 大ジッポン帝国太政大臣・征夷大将軍徳河家繁、天女ことヴァルキリーと婚姻発表……なんだこれはああああああああ!!」


 皇帝マクシミリアンは書状を破り捨て、行政長官を足蹴にする。


「余の愛しきヴァルキリー様に婚姻などと、東方の蛮族どもが!! ルーシーランドとの戦争が片付いたら我が軍で蛮族ジッポンを征伐してくれん!! ふざけるな蛮族め!!」

続きます

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