第22話 混戦 前編
フランソワの騎士団が、全員剣を構えると私が召喚した騎士団長らしき、赤い兜の騎士が、ピストルのハンドサインを示して、何人かの騎士が銃と弓を構える。
「ひ、卑怯だぞ! 騎士の戦いに弓や銃を持ち出すなんて」
「問答無用! 全員かかれええええええ」
え? 騎士団長……若い女性の声だ。
銃撃と弓で、あっという間に相手の騎士団の半数を倒してしまい、今度は魔法と剣で切り崩しにかかる。
強い……。
私は別の異世界から騎士団を召喚したが、この騎士団、剣も魔法も銃も弓も全部一流。
「我らがマリー様をお守りしろ!」
オーウェン卿率いるヨーク騎士団も、クロスクレイモアを持って、私の護衛につき、勇者は長ドスという刀を両手持ちに構えて、アンリの長剣と対峙してた。
「その波打つ刀身、フランベルジュって道具だな? こいつで斬られると傷口が拡がり止血が難しく、殺傷効果が高い道具だ」
「ご明察。我が国の剣の特徴を良く知ってるようだ。そして俺が持つと、様々な形に姿を変える剣!」
アンリが魔力を込めると、刀身から水が滴り、波打つ刃が濡れて煌き、青い瞳が、怪しく真っ青に光り輝いた。
「おめえ、精霊化なんてのも使えるのか? 水の出力上げて、属性魔法を強化出来る便利な代物。そんで、その瞳は精霊眼によるものだな?」
「然り。これはウンディーネの精霊力。我らフランソワ人は精霊に愛されるがゆえ、自在に精霊力を使い、魔力を飛躍的に高められるのだ。こういう事も出来る!」
アンリが勇者から遠い間合いで剣を振るうと、勇者は最小限の動きで、半身になる。
すると、アンリの刃筋がウォーターカッターとなって、床を切り裂き、シシリー大公を一瞬で両断した。
あまりの残虐な光景に私は目を背ける。
「ふん、己の主君たるヴィトーを裏切り、過ぎたる野心を持つ愚か者が。一度主君を裏切る奴は、何度でも裏切るからな。俺はその光景を、亜人共との戦場で嫌というほど見て、処断してきた」
勇者は、この凄惨な光景に一切怯まず、半身になった姿勢から、その場で踏み込み、アンリの喉を突きにいく。
「ふん、こんなもの」
アンリが勇者の突きを、長剣で払い上げると、勇者の手から長ドスが弾き飛ばされる。
だが、そのまま体当たりのように、勇者はアンリにぶつかった。
「ぐ……貴様ぁ」
勇者は、ドスと呼ばれる短刀をいつのまにか抜き、両手でアンリのお腹を、思いっきり突き刺している。
「精霊眼に頼りすぎだ。その目は精霊の超視力で、相手の攻撃範囲や、予備動作、太刀筋も視覚化するが、こういう動きでやられると、反応が追いつかねえ」
勇者は、風魔法で浮かせた長ドスを、アンリの背後から突き刺す。
「ぐうお!」
「素人め! てめえの剣は、精霊力と精霊魔法に頼りすぎだ。ん? おっと危ねえ」
勇者はふいに、真っ赤に白熱したアンリから、距離を離すと、風の魔力を帯びた長ドスが、勇者の右手に再び収まる。
そして左手に短刀のようなドスを持ち、まるで宮本武蔵のような、二刀流になった。
今度は、アンリの髪が真っ赤に逆立ち、燃え盛る炎を纏いって握ったフランベルジュの波打つ刀身が、真っ赤になる。
「くっ、俺のサラマンダー化もかわされるとは」
「当然だろ? 俺、その力使って、魔界の魔王軍とかとも散々喧嘩したからな。知り尽くしてんだ」
勇者の回答に、アンリの額からブワッと汗が流れ、一瞬で湯気になって蒸発したみたいだけど、あれは冷や汗……。
「お、お前は何者なんだ!? 英雄と呼ばれてるが、人間なのか!?」
「人間だよ。俺はこの手に持ってるドス奮って、弱き人々や可哀想な世界を、何度も何度も救って来た人間よ。てめえみてえに、弱者を苦しめても何とも思わねえワルぶった斬ってきたな」
「あれは必要な犠牲だった! 奴らは我がフランソワの駐屯地を狙った、現地人の皮を被ったゲリラで……」
勇者は、アンリの剣に水魔法を放つと、高温に熱せられた剣が爆発し、アンリの手にダメージを与える。
「ぐおおおおおおお、何をした!?」
「隙あり、水蒸気爆発だ。超高温の物体を急速に冷やすと、水の体積ってのが膨張して爆発するんだ。その手じゃ剣はしばらく振れねえなあ?」
「くそ! ならばこのサラマンダーと化した俺の、紅炎流で焼き尽くして……」
「おせえ!」
勇者は二刀を振るい、風の斬撃を繰り出す。
その度にアンリの体が切り裂かれていくけど、オーウェン卿や、ヴィトーと戦った時とは全然違う……完全に人を殺しにいってる剣技だ。
「なめるなあああああ」
アンリは苦痛に悶えながら、剣を両手に持ち、風の魔力と水の魔力を瞬間的に高め、ジェット噴射のように一直線に突きにいく。
勇者は鼻で笑って、左右の剣をクロスする様に、アンリの剣を受けて……あれは合気道?
アンリの両手首の関節を極めてる。
勇者がアンリの腕を、右に反らせるとボキリと鈍い音がして、ついにアンリは剣を床に落として、膝をついた。
悔しそうに、歯を食い縛りながら勇者を睨みつけるが、そのアンリの顔を勇者が思いっきり蹴飛ばした。
「立てよ! まだ両手が折れただけだろ? 腕を治して立ち上がれ。てめえ男かコラ? 金玉ついてんのかよ!」
うわぁ、無茶苦茶言ってる。
半分アンリの心が折れかかってるっぽいのに。
「ふむマリー様、もはや勝負はついたようなものですな。あの方が何者かはわかりませんが、私も師事したいものです」
私の護衛についた、オーウェン卿率いるヨーク騎士団も首を振り、もはやアンリの勝ち筋は見当たらない感じだった。
「おうコラ? てめえゲリラって名付けたカタギにしかイキがれねえのか? 何が男だこの野郎ぉ!! 両手千切れようが、足を斬り飛ばされようが、体が毒まみれになろうが、男だったら立ち上がれ! 俺に男を見せてみろ!」
すると、回復魔法で何とか回復した、アンリは気持ちを奮い立たせ、剣を持って立ち上がる。
「俺をなめるなよ! まだ魔力は残ってる! 俺は負けんぞ! お前なんかに!」
立ち上がるアンリの顔面を、サッカーボールのように、無慈悲に勇者は蹴飛ばす。
「てめえに、剣は向いてねえよ。刺突はいい線言ってたが、センスねえのに見栄はって、身の丈合わねえ、でけえ剣持ってアホじゃねえか?」
アンリが段々と自信なさげな表情になっていくが、それでも立ち上がろうとする彼を、勇者は今度は思いっきり、刀の峰で頭部を執拗に攻撃する。
「何が王子だ! 何が男だこの野郎!! てめえみてえな、人間を人間とも思ってねえクズが、男の中の男の俺様に勝てると思ったか!! なめんじゃねえぞこの小僧!」
勇者は怒ってるんだ。
この島で行われた、フランソワによるシシリー島の住人への非道に、立場が弱い人を、人間とも思ってないアンリやフランソワに対して。
「どうぞお嬢さん」
初老の男性の声がしたので振り返ると、私に回復用ポーションを差し出す、全身白銀鎧の騎士が背後に立ってたけど、全然気配を感じなかった。
「あ、ありがとうございます」
私は、回復用ポーションを口に含む。
うげえうぇえええええ。
「にがっ! にっがいこれ! あ、HPとMPが全回復した」
白銀鎧の騎士が、オーウェン卿と目が合うと、騎士同士、剣を掲げる礼をする。
「貴殿らが、何処の騎士団がわかりませぬが、見事なお手前、このオーウェン恐悦至極」
「ふむ、いい顔をしておるな。言ってる事はわからぬが、良き騎士団とお見受けいたす」
勇者とアンリの戦いから、円卓の騎士達の戦いに目を向けると、フランソワの騎士団が彼らによって戦闘不能にされてた。
「くそ、俺の精霊騎士団が! くそおおおおお! 貴様は、我らがフランソワ王国に敵対する気なのか!? 大国と呼ばれる我が国と本気で……」
「もういいや、てめえ雑魚だし、男じゃねえから失せろ。この公社買い取ったから、さっさとこの馬鹿共連れて、島から出て行け居座り野郎が! てめえ占有屋のシノギしてるヤクザもん以上に、往生際悪いぞオラァ!」
すると、血塗れになったアンリは、私の方を困惑しながら見る。
勇者に戦術を尽く見破られ、自分の騎士団も敗北し、植民公社も買収されて、自分自身も徹底的に否定されて、誇りも心も折れかけてるのが、私にもわかる。
「マ、マリー殿! 俺はあなたに……」
私はアンリから視線を逸らした。
もう、こんな人と話もしたくないけど、私は勇者が描いたという絵図、陰謀を実行に移す事にした。
「もうあなたなんて、話もしたくありません。それにあなたは元々、我がヴィクトリー王国と戦争する気だったのでしょう? ちょうど良いじゃないですか!」
「ち、違う! 俺はマリー殿が死んだ事に許せなくて!」
「てめえこっちが金と株券、権利書用意して筋通したのに、ふざけんなボケ! この俺様に殴りかかって、剣も抜きやがって! おめえに喧嘩する大義名分はねえ! 大義はマリーと俺にありだ!」
「グッ! くそおおおおお!」
そう、これは勇者が仕組んだ謀略。
こちらがお金を用意して権利を奪おうとしたら、私が惚れていると言う英雄の話を聞いて、勇者に嫉妬したアンリを、さらに挑発して激昂させる。
挑発に乗ったアンリは、私達の公社買収を拒否し、フランソワ軍を使い、抵抗してくるだろうと予想していた。
それを大義名分に、この島の権利を勝ち取り、私達の力を示して、ヴィクトリーとフランソワの戦争中止の確約を取る。
私と勇者はその後、賛同する騎士団や、各国の力も借り、ロマーノの軍艦でヴィクトリーに舞い戻り、エリザベスとモンスターを打ち倒す事が、最終目標。
そしてこれは、勇者によって二重にも三重にも陰謀がめぐらされている。
全ては、大国によるヴィクトリー王国の領土争奪の戦争を防ぐため。
そして全世界がエリザベスとモンスターに立ち向かえるように、勇者が仕組んだ陰謀だ。
3日後に控えた、世界各国との通信閣議で私が発表し、ロマーノのヴィトーも、これを後押しする事で、世界各国の賛同を得る事が大前提だけど。
この買収劇に、バブイール王国のアヴドゥルを巻き込んだのもそう。
あの会話のやり取りも、全て勇者が冥界魔法の封印を使って、音声を壺に録音していた。
バブイールも絡んでいる買収劇を暴露することで、アンリへの強い交渉材料になる。
アンリ本人が、こっちに来るのは予想外だったけど、そのシナリオに大きな狂いはない。
あとは頃合いを見計らって、金銀財宝と一緒に運んだ音声記録を、このアンリに聞かせれば、今心理的に打ちのめされている彼は、私の要求を呑むはずだろう。
すると、フランソワの騎士団を戦闘不能にした、異世界の騎士団が、勇者の後ろに立つ。
「跪け! この栄えある太陽騎士団長、コルネリーアが父上……いや勇者様に剣を向けるとは何事か!」
え? この女騎士団長、今なんか勇者を父上呼びした気が……。
あ、勇者がアンリに刀を向けながら、なんか額から汗流し始めた。
「おい、何でこいつが戦場に来てんだよ! 誰だこいつ登録したの! まさか……お義父さん、勘弁してくださいよ! こいつに戦場はまだ早いですって! 帰らせてくださいよ!」
あ、私の傍らにいる白銀の騎士が、両手でお手上げポーズしたけど、えーと、これ何? なんなのこれ?
「父上、剣の腕ならば、家族以外なら国の誰にも負けません! 母上も兄上も私を子供扱いするけど、お爺様は私を認めてくださいました。私は騎士の誉たる……」
「うるせえええええ、俺が帰れって言ったら帰れええええ! 親の言う事聞けええええええ」
なんか勇者がすっごい焦ってるし、かろうじて剣を構えたアンリもなんか困惑してるけど、まさか、あの騎士団長……あ、兜脱いだ。
なんか汗がキラキラって光そうな、少女漫画とかに出てきそうな、黒髪の美少女なんですけど!
目元が何となく勇者に似てて青い瞳だけど、すっごい美少女!
ノーメイクの筈なのに、すっごい可愛い。
顔の感じが、私と同い年か、もう少し下かもだけど間違いない、この子は勇者の娘。
……という事はあの勇者、あんな若い見た目してるのに、結構歳がいってる!?
それに黒髪に青い瞳で、凛とした感じの女子を見たアンリも、口を開けてポカーンと呆けてる。
げっ、今度は私をすごい顔で睨みつけて来た。
顔立ちが整ってる美少女なだけに、怒った顔するとちょっと怖いというか……勇者とそっくり。
「父上! この女は誰ですか! まさかまた」
「俺の娘だ! おめえの妹みてえなもんだから、挨拶しとけ!」
「そんなでまかせ言ってまた……」
あ、私の召喚効果が切れて、姿が消え始め、騎士団は元の世界に帰って行った。
「クソが! 反抗期だなありゃ。誰に似たんだ、あのじゃじゃ馬振りはよお。まったく年頃の娘はめんどくせえ……。小さい頃は、あんなにパパ、パパって懐きやがったのに」
うわぁ……なんかその辺にいる、おっさんの愚痴っぽい事言い出した。
間違いなくあなた似ですよって。
あなたに似て、すっごい気が強い子だから。
ていうかこの人が、家庭でどんな感じのお父さんしてるのか、全然想像つかない。
その時、白のローブを着た何者かが、宮殿の天井を突き破って現れた。
「アンリよ、貴殿の負けだ。剣を下ろすが良い! この公社はマリー殿下のものだ。私も出資しようとしたが、その必要も無かったようだな」
「な!? カリーフ! き、貴様なぜここに。お前こそ、マリー姫を連れた英雄がここに来るだろうから、待ち構えてはどうかと、俺に!」
アヴドゥル・ビン・カリーフが、手に三日月のような形の刀を持って現れる。
魔力回復用ポーションを飲んでるけど……そうか、勇者が私にやって見せたように、魔法で空を飛んでここに来たんだ。
アヴドゥルは、勇者をチラ見し、大きなため息を吐いた。
「あなたが英雄か、なるほど。ヴィトーの言った通りだ。アンリ、引くがよい! いくら歴戦の貴殿でも、この男には勝てぬ!」
「そうねー、アンリ君には勝てんと思うよー、この人にはねー。心配になって俺も来ちゃったさー」
今度はシュビーツ傭兵団を連れた、トンファーと銃が合体したような武器を持つ、ヴィトーが現れる。
まさか……アヴドゥルは、アンリをここに誘い込み、この状況になるのを見越してた?
「調子のいい野郎だぜ。俺やマリーが劣勢だったら、アンリって野郎に与する気だったくせに」
あー、そういう事ね。
どの大国の王子達も癖もの揃い。
大国間が、常に領土獲得の隙を伺って、その度に弱い立場の人達が苦しんでる。
この世界の権力者達、ほんっと最低!
「へー、こいつが僕を差し置いて、英雄気取りの自称ジーク? こんな品の無さそうな男が? アンリよ、加勢しましょうか? 我がジークフリード騎士団で」
え? その声変わりもしてないような、声はまさか!?
赤毛のお下げをした中性的な顔立ちに、金の鎧に身を包む小柄な騎士が立っていた。
同じく金の鎧兜をした、屈強そうな騎士団が現れるが、彼は!?
「マリー殿下、お久しぶりです。このフレドリッヒ・フォン・ジーク・ロレーヌ、お迎えに参上いたしました。何やら南方の弱小国と、蛮族国家が陰謀めいた事を考えてるようですが、僕がここに来た以上、それも無意味だ」




