第224話 大魔獣の召喚魔法
私達は天帝家御所に到着した。
土方さんが建礼門で警衛していた憲兵に、天帝誘拐の可能性を告げると、憲兵達が内裏や御殿周辺を捜索すると言ってくれて協力してくれるという。
あ、ごきげんよう皆さま。
勇者ヴァルキリーことマリー・ロンディウム・ローズ・ヴィクトリーです。
なんだろう、ジッポンに来てから休む暇もなくずっと戦闘か、今みたいな緊迫するような場面に陥ってしまっている。
夜ふかしは美容の大敵なのに全然休めないし、リニア新幹線で黒豚明太子弁当しか食べてないし、ホント勇者稼業は5K現場よね。
きつい、きたない、きけん、厳しい、キリがない、これが勇者稼業の5K。
魔法とか使える世界なら、シャワー代わりに水魔法使ったり、土魔法でアルカリ石鹸とか作れるからなんとかなったりするけど、長い戦闘だと1週間以上体が洗えないなんてなるから最悪だ。
あとトイレね。
男の勇者みたいにその辺でその……アレとか出来ないし、恥ずかしながら何回か漏らしたこともある。
そんな時は水魔法とか使って、水も滴るいい女的な感じで誤魔化すけど、こんな感じで今まで300年以上勇者として活動してた私の勘が告げていた。
300年後のニュートピアの状況やばすぎる。
いや、やばいなんてもんじゃないかもしれない。
最悪な状況に陥りつつあるかも。
300年前のニュートピアは、担当する神々が身勝手なことしまくって、破滅神ロキも復活し、全人類を滅亡させて魂のエネルギーを奪うことを目的としたオーディンと、地球世界最悪の犯罪者エムの影響で最悪の世界に、異界認定されていた。
そして300年後は大国にいる権力者達が責任を果たすことなく、担当神達が奇病に陥り、復活したエムのせいで最悪の世界になりつつある。
クロヌスは当初難度DからB相当だという話で、念のために私とイワネツさんともう一人って話だったが、なんかもう出てくる敵のヤバさが、ロワことジャンやガルーダゾンビとかのA相当だし。
ジッポンに至ってはイワネツさんが苦戦するレベルだ。
ちなみに最悪の世界の難度はEX。
異界認定はランク外の論外レベル。
もしそうなったら、Aランク勇者の私とBランクながら最強の力を持つ勇者の一人と呼ばれるイワネツさんの、手に余る状況になりつつある。
なぜなら難度EXを単独攻略した勇者は、今まで公式では3人しかいないから。
その3人はマサヨシ先生と、300年前に力を貸してくれたスーパーヒーローヘラクレスに、インド神話に出てくる伝説の勇者ラーマのみ。
非公式ながら天使マルコ、元勇者ロバートもカウントしてもいいかもだが、彼がEXの世界を攻略できたのは先生と先生の組織がバックアップしたかららしい。
「ヴァルキリーさん、僕らも御所のまわりを検索して、長洲のヤンキー、桂と久坂を見つけた方が」
「アレックスの提案に賛成だ。ヴァルキリーさん、俺らも手分けして御所の門に張り付いて奴ら見つけ出そう」
「待てよフニャチン、決めるのはヴァルキリー様だ。ヴァルキリー様、あたし達にご指示を」
だが幸いにも私には心強い協力者がいる。
300年前に結成したヴィクトリー黄金薔薇騎士団。
そして私が領地にしていたシシリー島の人たち。
あの時私が先生と一緒に救った人たちが、300年の時を経て私に協力してくれていた。
「そうね、手分けして……」
その時、憲兵の指揮官が土方さんに血相変えてやってくる。
「土方警部、警部のおっしゃる通りでした。御所に不審者が侵入して、天子様の乗る籠もろともが強奪された模様!」
「チッ、遅かったか。真里ちゃん、天子様が野郎らに拐われちまったぜ」
土方さん、今は休職中で権限はないけど、英雄土方歳三の魂を取り戻した彼が、天帝が既に誘拐された事実を突き止めた。
「土方さん、新選組に連絡を。周辺に警戒網を敷いて誘拐犯を捕まえましょう」
「おう、近藤さんに連絡する。勇さん、土方だ。まずいぜ、天子様が長洲元藩士に誘拐された。緊急配備敷いてくれ、犯行時間から間がねえだろうから、まだ野郎ら近くにいる」
中京市内に警察の警戒網が敷かれ、私たちは憲兵の許可をとって、内裏のトイレに残されてた犯人の遺留品の着物を確認する。
「チッ、野郎ら御所の公家になりすましてやがるか。それにこの香り袋だ」
土方さんは、私に香水のような香りがするお守りみたいな袋を手袋で摘んで私達に見せた。
「これは京の遊女が持ってやがるもんで、桂の野郎も京の街で潜伏してる時、遊女のヒモになって活動資金稼いでやがった。そして遊女からもらっただろうこの香り袋が厄介で、警察犬の鼻も狂わされちまう」
「つまり、捜索が困難ということね。頭いいわね、主犯格は」
「ああ、今まで神選組と憲兵の捜査をかわしてやがった。やつが前の世界の桂と同等の知能を持ってやがるとすると、捕まえるのは困難だぜ」
厄介な相手ね。
警察犬の鼻も効かないか……いや待てよ。
「土方さん、私に縁のある魔獣に滅茶苦茶鼻が効くのがいます。召喚に応じてもらえるかわからないけど、呼び出してみるわ」
私は召喚の指輪を使用して、彼を呼び出す。
「いでよ、かつて魔界の最強の大魔獣にして、冥界序列第五位公爵、神獣拒魔犬様!」
指輪の力が発動し、眩い光がした瞬間、へっへっへと舌出す黒毛の柴犬が召喚された。
「えっと……真里ちゃんよお、これそこらにいそうなワン公じゃねえのか? 魔界最強の魔獣ってこれが?」
神獣拒魔犬、先生の兄貴分で300年前私は彼をバロンと呼んで、シシリーの海岸を散歩させていたっけ。
するとバロンは土方さんに唸り声を上げる。
「無礼者が、貴様私を誰だと心得る? この私に無礼を働くと処すぞ人間!」
「!? わ、ワン公がしゃべったあああああああ!」
まあ、驚くわよね。
見た目柴犬なのにめっちゃハスキーボイスだし。
私も初めて見た時、めっちゃ驚いて先生から兄貴が口聞けて当然だろって頭叩かれたし。
「すっげえヴァルキリー様! このワンコ喋れんのか? ほれほれ撫で撫で撫で撫で!」
ティアナは犬好きなのか、めっちゃバロンをわしゃわしゃと撫で回す。
「うむ女よ。撫でられるのは嫌いではない。もっと私を撫で撫でして愛でるが良い」
アレックスもジョンも、普通に話せるバロン見て呆気に取られてる。
「お久しぶりです拒魔犬ことバロン様。お力をお借りしてもよろしいでしょうか?」
私はこういうこともあろうかと、博田駅で買ったワンチュールの袋を開けて差し出すと、尻尾めっちゃ振って袋をペロペロ舐め回す。
「うむ、久しぶりだなマサヨシの弟子マリーよ。要件を述べるが良い」
「マサヨシ? 誰だそいつ?」
土方さんが怪訝そうに尋ねてくる。
「あ、マサヨシというのは私の師匠です。滅茶苦茶強い剣の達人で、最強クラスの魔法使いでもある勇者です」
「うむ、私の自慢の弟分だ。やつの方が私よりも力が強いが、私はやつよりも多くのメスと交尾したので、私の方が立場が上だがな」
なんか意味わかんない感じで、先生にマウント取ってるがまあいいわ、召喚時間が無くなっちゃう。
私たちは、バロンに事件現場に残された遺留品の匂いを嗅がせる。
「うむ、男二人の匂いなら……向こうだ」
バロンが私達を先導して、私は彼に追いつこうとダッシュして中京市内の大通りまで出ると、めっちゃ暴走族達が通りに集まってる。
多分、近くにいる桂と久坂を守るために動員されているんだろう。
私は後ろを振り返った。
「あ、いけない。アレックス達振り切って単独で来ちゃったわ。一応彼らがこっち来るまで待った方がいいかしら?」
するとバロンが唸り出して吠え立てる。
「なんやコラ! 誰にメンチきっとんねんワン公!」
「ぶち殺すでワン公!」
「なんやワン公が喧嘩売っとんのかコラァ!」
ああ……うん、このヤンキーの子達アレだわ。
沸点も知能も低い。
見た目ただのワンコのバロンにムキになってるし。
すると今度は町娘に変装した私を見てくる。
「おお、マブイ女やんけ」
「なんやワシらとええことしたいんか?」
「姉ちゃん可愛いのう」
うわぁ、きしょ。
こいつらムカつくからぶっ飛ばしちゃおうかしら。
するとバロンは柴犬姿から、燃え盛るたてがみが立派な巨大な魔獣形態になる。
「黙れ小僧共! 貴様らこそ誰に喧嘩を売っておる!!」
ヤンキー達はバロンを指差して怯え出し、一斉にマシンガンとか刀とか構え出した。
「ば、バケモンや!」
「獅子の妖怪やああああ」
「アカン! く、食われるでえええええ」
私は変装を解除して、ヴァルキリー形態になった。
「どいてくださる?」
私が魔獣化したバロンを庇うように立つと、ヤンキー達は一斉に武器放り投げてこっちに平伏してきた。
「天女様や……」
「せや、天女はんや」
「不手際あったら天罰くらうけ……土下座や土下座」
なんかめっちゃジッポンでも神格化されてるけど、まあいいか。
桂と久坂の情報引き出さないと。
「あなた達の総長と副総長は?」
平伏したヤンキー達がチラッと視線を向けた先に、血まみれになったヤンキーのカオルが角が生えてるスキンヘッドの大男に殴り飛ばされてた。
「勝手に特隊やめてチーム抜けてえって、先輩何言ってんだよ。あんたと桂総長が作った軍団だろうが!」
そして古めかしい雑居ビルの前に腕を組んで佇んでる、サングラスかけたイケメンがいる。
「カオルよお、お前意味わからんぞ。お前どねーな風の吹き回しや。無断で軍団解散してえって言うならボコすしかないじゃろうが」
「天女様のご命令じゃけえ! 軍団は解散じゃ! 久坂に五郎!!」
間違いない、彼らが桂と久坂だわ。
「マサヨシの弟子マリーよ、まもなく召喚時間が終わる。お前の役に立てたようだな」
「はい、ありがとうございました」
召喚の効果が切れてバロンは冥界へと帰って行った。
さあて、暴走族ごっこを終わらせてやろうかしらね。
「はいはい君たち、そこまでよ」
桂と久坂がこっちをガン見してくる。
「天帝をどこにやったのかしら? 困るんだけど、勝手なことされると」
二人は顔を見合わせて、スキンヘッドの久坂がダッシュで雑居ビルに入って行った。
「天女様、すまんけぇ……」
カオルが血まみれで私に頭を下げた。
「いや、いいよ、大丈夫」
私はさりげなくカオルに回復魔法をかける。
「ところであなたが桂君かしら?」
「はい自分です」
私は桂にビンタしてサングラスを吹っ飛ばした。
「人と対面する時くらいサングラス外しなさいよ。それとあんたのよくわかんない大ジッポン帝国京坂暴力軍団ね、解散しなさい。じゃないとぶっ殺すわよ」
「そ、そねーな、天女様。自分ら来嶋先生と一緒に、自分らの軍団で尊王攘夷しようと……松蔭のアニキの敵討ちを……」
先生みたいなヤクザキック的な前蹴り入れて、桂を吹っ飛ばす。
「敵討ちね。そのためにこんなにヤンキーの子達集めて、暴走族ごっこして街に火をつけて。そんなこと許されると思ってるのかしら?」
「お、俺らの族は! 軍団は! ごっこ遊びなんかじゃねえ!! 本気で幕府倒して尊王攘夷しようと!! それに街に火をつけるのも、来嶋先生に言われて……」
この子、育ちの良さを隠してワルぶってる子供ね。
目を見ればわかる。
彼は生粋の不良とかじゃなく、お人好しのガキ大将って感じの優しい目付きだし。
それに頭はいいんだろうけど、自分の意志が薄弱すぎる。
「ごっこ遊びよ、不良になりきれない単なる子供の。あなたは自分の意志で物事の判別つかず、悪い大人の言いなりになって、反政府運動ごっこしてカッコつけてる子供だ!!」
桂は目に涙を浮かべて私を睨みつけるけど、そんな子供じみて悪ぶってるやつの脅しなんか、私には通じない。
「それに高杉君だっけ? 勇者イワネツの会社に就職したわよ。彼の方が年下っぽかったのに、一足先に彼の方が大人になったみたいね」
彼にも男としてのプライドがあったのだろうが、私に痛いところズバズバ突かれてプライドがへし折れたみたいだわ。
「あなたもいい加減に大人になりなさい!! それで……私に何か文句があるならかかって来い! それでも男なのあんたは!?」
「うっうう……うわああああああああ! 俺は松蔭のアニキの仇とりたかったんじゃあああああああ!」
泣きながら手をぐるぐるパンチしてきたから、足払いかけて転がす。
「未熟! ごっこ遊びはやめて、なんかよくわかんない軍団は解散しなさい。それと男なら簡単に泣くなみっともない!!」
するとさっきまで殴られてたカオルが桂を庇う。
「天女様、堪忍してつかぁさい! 五郎は、この桂ぁ本当は優しくて腕っ節も立って後輩達の面倒見よくて……かっこええ男なんじゃ。じゃけえ、もうそれくれえで」
長い沈黙のあと、桂はポツリと呟く。
「……はい。解散します」
「あとあなたが拐ったジッポン天帝はどこ?」
桂は私から目を逸らす。
なんだろう、私の勘が違和感を告げてる。
普通の犯罪者なら、こっちに抗弁してきたり犯行を全否定してくるのに、彼らは誰かに指示の確認をしようとしてるように見えた。
ということは、計画を立案したであろう来嶋何某が、やはり彼らの背後にいるのか?
それとも誘拐が目的ではなく、御所から出れない天帝に、なんらかの意思確認するのが目的としたら?
すると仕立てのいい着物を着た、一見して20代? いや10代後半くらいのタヌキ耳の男が雑居ビルから出てきたが、なるほどマツ君の子孫ね。
それに、一見して恰幅がいいタヌキみたいな顔した30代くらいの武士も出てきたけど、彼と血縁者かしら?
「天女様、よくぞ起こしになられました。拙者は一ツ橋慶喜と申します。またの名を、水土府黄門、徳河成昭が実弟、松平昭宗と申します。さる御方が天女様とお話ししたく申し上げて候」
「拙者は織部府徳河家当主にして、水土の成昭や慶喜と従兄弟の徳河慶活と申します。そこの若人が何かどえりゃあご無礼働きましたか? 腹、切らせましょうか?」
「いやいいです。なるほど、あなた方は幕府の……中に今の天帝がいる様子ですね」
なるほど、財団と繋がった黄門の一族か。
まさかとは思うけど、天帝もこいつらとグルって線もありえるかしら?
すると、めっちゃ息切らしてる感じで、アレックス達も私に追いついた。
「ヴァ、ヴァルキリーさん。はあ、はあ、彼らを見つけたのですね?」
「ていうか、ゼーゼー、知らない奴らが、ふー、ビルから降りてきたが、誰だこいつら?」
ティアナと、息切らした土方さんも通りの反対側から走ってくる。
「黄金薔薇騎士団に命じます。騎士アレックスは、私と同行して中に。騎士ジョンは、ティアナ達と周囲の暴走族中心グループを同行監視。いいわね?」
「はい!」
というわけで、私はアレックスを連れて雑居ビルに入ると、一ツ橋とか名乗った若者が、元は店屋のカウンターの下のスイッチか何かを起動させ、蝋燭の灯りが灯された一室に案内する。
中には、運び込まれたであろう豪勢なソファーに腰掛けた紅白の極上の絹織物着た、香木で出来た扇子を持つ中年の男が立ち上がり、私に一礼する。
側に正座して平伏している白髪の中年男性は、おそらく今回の騒動の裏で糸を引いてた来嶋ね。
タヌキ耳の男達も一斉に中年男に跪き、頭を下げる。
「なるほど、あなたが今のジッポン天帝。そしておそらくは、この誘拐騒動は狂言ですね? 陛下」
「ええ、お初にお目にかかりまするな天女様。朕がジッポン天帝、字を光明と申しまする。ささ、どうぞ、お掛けになられよ」
なるほど、彼は世間知らずのお公家様なんかじゃなく、抜け目のないやり手の政治家って感じだわ。
「はい、それと私の騎士を会合に同行させても?」
私は右手でアレックスを指し示す。
「ふむ……お武家はんとも違う、西側世界の騎士と申しまするか。その方、身分を名乗られよ」
「はい、お目にかかり光栄です陛下。私は黄金薔薇騎士団所属、アレックス・ロストチャイルド・マクスウェルと申します。身分は男爵家貴族です」
アレックスは、ジッポンで身につけた90度の綺麗なお辞儀を天帝にする。
「ふうむ、西側の騎士はジッポンでいう貴族公家出身であるか。騎士というからには武も嗜んでおるのか?」
「はい、そちらで西洋剣術と呼ばれるフェンシングを少々。ロマーノ大学で勉学を励みながら、将来は学者兼オリンピック選手も目指そうと」
「うむ、素晴らしきかな。学者を志しながら剣も嗜むと。古の関白近衛公の如く文武両道である。昨今の腑抜けた公家衆にも見習わせたいものじゃ。頭を上げられよ騎士殿。来嶋よ、茶を持て。天女様と騎士殿に」
来嶋は、頭を下げながら中腰で部屋から出て行く。
私は天帝の隣に腰掛け、彼と顔を付き合わせる。
「それでは天帝陛下、早速ですが本題に入ります。今、世界は危機的状況に陥り、私と勇者イワネツは再びこの世界を救いに来ました。300年前の悪意、大邪神ミクトランことエムが復活したのです」
「なんと! 大邪神復活でござりまするか? 差し支えなければ、その大邪神は……何処で?」
「ヴィクトリー王国、またはルーシーランド連邦のいずれかにあの悪意は潜伏していると思われます」
天帝は、唸りながら一ツ橋達の方を見る。
「天女様、大邪神はヴィクトリー王国にいる可能性がある……とはまことでござりましょうか?」
一ツ橋は、私の方を見ながら事実確認してくる。
「ええ。そしてマリーゴールド財団を牛耳ってます。あなたの兄上が関わってる財団のね」
「まことか? 一ツ橋と大納言織部よ」
二人は頭を下げながら、同意の意味で頷いた。
「ふうむ、それでは大邪神はどのようなことを、朕のジッポンに。天女様?」
「ええ、大邪神はあなた方ジッポンに復讐を考えてるはずです。百鬼夜行と呼ばれしエムの軍勢と、悪の帝国と呼ばれたハーンを叩きのめしたのはジッポンですから」
「ええ、左様です天女様。尊皇の誉れ高い大楠公と、天下人の大勇者公が成敗しはったと」
「はい。財団はジッポンを内乱に陥れて、その隙にヴィクトリー王国がチーノ人民共和国と組んでジッポンと戦争。西側ナーロッパ主要国とヒンダス帝国もヴィクトリー側に回って参戦。チーノ人民共和国の保護を名目にルーシーランド連邦も参戦。北欧と南欧を除く全世界の総力を持ってジッポンを植民地化しようと考えていました」
天帝は扇子を畳み、自分のおでこにパシっと打って特大のため息を吐く。
「せやから朕が申したやろ一ツ橋よ。夷狄を利用する際は、よう吟味せいと。どうやら大邪神と夷狄共の方が朕達より上手のようじゃのう?」
「ははー!! 面目ありませぬ!!」
なるほど、黄門と呼ばれる倒幕勢力も、この事態を予期していなかった感じね。
そして天帝も倒幕を望んでいるということか。
「あなた方の倒幕計画を聞かせてください。内容によっては私と勇者イワネツの計画にも支障が生じます」
「はは! それでは兄黄門に代わり、それがし一ツ橋より倒幕計画の全容をお伝え申し上げるで候!」
一ツ橋達の倒幕計画とは、水土徳河家による本家徳河への反乱と、天帝家が復権を果たす、江戸末期の日本で起こった明治維新のような計画だった。
具体的には、幕府に遺恨のある嶋津を焚きつけて騒乱を引き起こし、ヤンキーと呼ばれる暴走族グループを攘夷志士として各地で騒乱を起こさせる。
これを本家徳河の治世の在り方に問題ありと、織部徳河家と水土徳河家が協力し、老齢の暗君、徳河家繁に隠居を勧告して追放処分にする。
その後は、幕府の解体目的で水土徳河から最後の将軍を出し、天帝家に政権を移譲する大政奉還を実施。
天帝家中心にジッポンを平定するといった感じだった。
そしてジッポンを脅かすチーノ人民共和国の裏にいる、ヴィクトリー王国の情報を財団を通じて入手していた事で、ヴィクトリー王国がジッポンを敵視していたのは彼らもわかっていた。
これらも叩き潰すため、必要とあれば志士にしたヤンキー達を使い、諸外国人を攘夷というテロで攻撃して、わざと手を出させるように仕向け、ジッポンに敵意を持つ外国勢力との戦争も視野に入れていたようだった。
「まさかヴィクトリーのみならず、全世界がジッポンを狙っていたとは考えが至りませんでした!」
「ほんまどないしよか? 千埜とヴィクトリーならば攘夷可能と朕も考えておったが……全世界相手ではのう」
ま、ジッポンの馬鹿げた科学力と軍事力なら、全世界を敵に回しても勝てそうだけど、そんなことになったら世界滅びちゃうし。
「そうなる前に、私たちで手を打ちました。大国フランソワ、そしてヒンダス帝国もジッポン侵略を考えていましたが、私の影響下に。イリア共和国とシシリー王国、そして北欧も私に協力するよう約束を取り付けました」
「おお……さすがは天女様。せやったら、我らは如何様に致せばよろしいか?」
そうね、私たちも倒幕が既定路線。
あとはイワネツさんと擦り合わせしなきゃ。
私は懐から魔法の水晶玉を取り出し、イワネツさんに連絡を取ると、ワンコールしないうちに彼と連絡がつく。
「俺だハニー。そっちの今の状況は?」
「ええ、中京の騒乱は私が止めた。今、ジッポンの天帝と会見してる。それと例の財団と繋がった黄門の勢力とも」
「そうか。で、そいつらなんて言ってる?」
私は、一ツ橋や天帝光明から得た情報をイワネツさんに話すと、イワネツさんはおもいっきり特大の舌打ちする。
「わかった。そいつらと通話代わってくれないか?」
……怒ってるわねこれ。
念のため魔力で耳栓作っとこ。
「どうぞ、魔法の水晶玉です。勇者イワネツが天帝陛下とお話ししたいと」
私は魔法の水晶玉を天帝に手渡しする。
「おお、かの大勇者公織部憲長殿か。ゆ、勇者殿よ、朕はジッポンを象徴する元首天帝……」
「おいっ!!!」
イワネツさんの一喝で、一気に部屋の空気が凍りつき、天帝も大納言も一ツ橋もビクっと肩を震わす。
「お前ら俺のジッポンで好き勝手やりやがって! ふざけんなよお前ら、殺すぞ!!!!」
うわぁ怖っ……!
相手が誰だろうと関係なく恫喝してるわこの人。
「俺がなんで大ジッポン憲法で、天帝家が国家元首、国の象徴の地位を保障してやったのか忘れたのかよ!? 天帝家は君臨すれど統治せず! 意味わかってんのかよ!?」
「あ、いえ、その……」
「天帝を権力から遠ざける事で、時の権力者が倒れても天帝は権力とは無縁だって、ジッポンの国体を存続させるための仕組みだ! 東條とマツが考え、俺が承認した国家存続の仕組みと規律がそれだ!!」
そう、天帝家が政治中枢にいたならば、それを打倒してしまえば国家の在り方が代わってしまい、最悪この歴史ある国が滅びに向かうことになりかねない。
「なんでそこまでしたか教えてやる! 300年前南朝っていう前例があったからだ!! 天帝が指揮権握って好き勝手やったがためにジッポンは南北に分断されて、あの戦乱のジッポン戦国時代が生まれたんだ!!」
そう、きっかけは葦利高氏という天帝家の忠臣が、かつて存在した神社勢力に謀殺され、時の天帝家が反神社、反幕府になって遷都したため、あのジッポン戦国時代が生まれたんだ。
「挙句にはあのハーンに滅ぼされそうになったんだぞ! 馬鹿が勝手に政治に手ェ突っ込んで自分の領分超えやがって!! お前ら俺の規律破りしてなめてんだろ? 幕府もお前らも滅ぼすぞ!!」
全員が真っ青な顔になって、怯えて、ただただイワネツさんに説教されてる感じになってるわね。
だが天帝家が政治介入した事で、天帝と呼ばれた彼女の真実と、ある英雄の悲劇が生まれたことと、ある男の最後の話をしなくちゃならないようだ。
「その事態を救ったのが、南朝の武将、楠木正成というサムライだったのを私も覚えてる。そして天帝醍醐と呼ばれた彼女の悲しい話を貴方達も知るべきだ。悪の帝王として伝説の残るアルスラン・ハーンの悲しい話も」
私達は、虹龍国際公司設立者でもある、仲間の龍さんが重傷を負いながらも、百鬼夜行を撃退した後の話もする。
醍醐と呼ばれた彼女が、楠木正成という英雄によって救われた話と、アルスランハーンの悲しい物語も。
次回は回想回です




