第209話 道を信じた義賊の歩み 後編
百鬼夜行、エムの軍勢。
思い出しただけで嫌になる。
死を恐れず、己の命を燃やしてかかってくる、顔にアステカの紋様のような入れ墨を入れて、左胸に黒い手形の刺青を入れてる命知らずの魔人の軍団。
こいつらが、俺の大事な縄張りの織部の空を覆うように展開してて、おおよその数は少なく見積もっても万単位。
ナーロッパはフレッドの小僧とジローが食い止めていたが、シミズの軍団とマリーがこの地に現れる前に、俺たちは機先を制された形になった。
そしてハーン共も俺たちの包囲網を解き、エムの軍団と呼応するように動いていたんだ。
ハーンの大帝、アルスランは黒騎士と血縁関係ある従兄弟同士で、この世界のヒトを憎み切ってて同族以外は皆殺しにする計画を立ててやがった。
奴のせいで、世界人口の10分の1以上が消されたという、虐殺やらかした野郎よ。
そして黒騎士はオーディンの信徒で、このアルスランもオーディンの信徒で、オーディンはエムと手を結んでた。
「お前ら織部一家は援護しろ! クソッ、数が多いぞクソッ! マツ、北朝の憲兵達と機甲師団はどれほどで織部に行ける!?」
「織部殿! 東條副将軍は軍備を整えて、東條副将軍配下の機甲師団と航空隊を向かわせるゆえ、今しばし持ち堪えてください!」
マツの野郎、難しいこと言いやがった。
北朝軍が迎撃体制を整えるため、時間稼ぎをするのが俺ってわけだ。
しかもやつら、興奮系の麻薬でおかしくなってて、恐怖や痛みも感じずファンタジアも同時服用してて、まるでハリウッド映画のゾンビを相手にしてる感じだった。
「イワネツ、迎撃相手を選ぶのだ。私が見たところ、指揮官は動物の毛皮を着て、頭に羽飾りをしている。薬物の影響下もさほどなさそうだ。そいつを狙い撃て!」
俺は港からドラゴンで上陸企てようとする指揮官狙いで、ロバートから預かった七色鉱石魔力銃を手に取り、形状を個人携行用イグラ型ミサイル発射砲に変えた。
「片っ端からミサイルで撃ち落としてやらあ! ロックオン完了だクソ野郎!」
炎の魔力と赤外線誘導で、空飛ぶドラゴンに乗る指揮官達を爆散していく。
エムとの戦闘も想定して、魔力を温存したかったが、そんなこと言ってる戦況じゃあなかった。
龍も二刀を手にして、エムの軍勢に切り込んで行き、オーディンによって変えられた黄昏の空は、俺と龍や俺の織部軍竜騎兵達とエムの軍団とでぶつかり合い、まるで戦闘機同士のドッグファイトみたいな感じだった。
空中戦でアメノムラクモを所持した俺と、二刀を所持した龍は背中合わせになって、攻撃魔法を繰り出していくが、空を覆い尽くすエムの軍勢に俺たちは徐々に疲弊する。
「シミズがユグドラシルに強制査察終了後、神々がこの世界での魔法力を無効化させるまでが勝負だ! 私が指揮官連中を落としていく!」
「ああ、この港には上陸させねえ。こいつらが言ってる言語が次第にわかってきた。こいつら神と精霊への祈りを唱えながら、昔の日本軍のように自爆特攻する気だぞ。龍、指揮官を狙え。港が特攻兵で自爆されまくってる」
「私に任せろ。殺しはしないが、戦闘不能になってもらおう」
俺と龍が上空のエムの軍勢にかかりきりになったと同時に、ジッポンに展開中のハーンの軍勢が動き始める。
「勇者イワネツ! こちら松平家康こと、征夷大将軍! 南朝に展開中のハーン達が一斉にジッポン全土に侵攻! 織部殿、百鬼夜行とハーンは共同で動いてます! 楠木殿もハーンを倒すために挙兵したと!」
「やはりか」
ここまでは俺の想定内。
まあ最悪の想定ってやつだ。
ハーンが陸軍、エムが空軍と海軍を担当している感じで、ジッポンを完全に滅ぼすために動いていたのを感じる。
だが空から真っ黒い艦隊が出現し、次々と戦闘部隊が降りてきて俺たちの戦いに加わった。
その中で、グレーの着物着て鳶色の髪を短く刈った男が、俺の目の前にいたエムの軍勢を、次々と斬り伏せて落としてく。
「イワネツさんですね。マサヨシの親父の指示でジッポンに送り込まれやした。極悪組のニコ・マサト・ササキです! マリーちゃんもこの戦線に間もなく加わりやす!」
「おう、助かる。だが気をつけろ。やつら一人一人が化物みてえに強い……」
言いかけた瞬間、レーザー光線のような艦砲射撃で、ドラゴン乗ったエムの軍勢が薙ぎ払われ、炎の巨人や戦闘機群も現れて一斉に加勢しにくる。
「ああ……お前らも強いな。シミズが言ってた精鋭部隊か」
「ええ。自分ら、オーディンの力で強制的に元の世界に戻されたんです。なので次元転移装置にエネルギー溜めて、まとまった数をこっちに送るのに、結構時間かかっちまいましたが」
やつもシミズと同様、刀を手にしてて、目の前のエムの軍勢を見据えて闘志を剥き出しにした。
「自分は、親父から組織を受け継いだ。人としての思いも、人としての生き方も。オイラ達は、目の前の非道を許せねえんです。オイラ達は悪魔が人々を虐げる世界に生まれた。だから、オイラ達が悪を正す!!」
マリーと同様、電子の魔法を唱えて目の前のエムの軍勢を行動不能にして、抜いた刀をニコとか言う若造は構える。
「親父は言ってた! 弱きを救い強きを挫く!! 人を救うための道が、強者が目指す道が任侠道! 悪を挫いてか弱き人々を救うのが極道! 子であるオイラは親の言いつけを守る。それが自分のヤクザとしての道です!」
「……道か。お前はヤクザの親方ってわけか。だがロシアの盗賊の親方にも言えるが、親方が出張って物事を解決するより、子分や弟分に解決させた方が、奴らの成長を促してやれる。それでお前は楽になるはずだろ?」
「……へい。親父から、親分たるもの最前線は若衆達に任せて、後方で控えて指示を出せって教育されました。だが……若衆達が体掛けてんのに後ろで黙って見てられるほど、オイラおとなしくできねえ! オイラも若衆達と体掛ける! それが自分の信念です!!」
ニコと名乗ったヤクザの親方はシミズのようだが、若いからか、自分が先頭に立ち子分共を鼓舞するかのように、最前線に立ち刀を振っていた。
「親分が行ったぞお前ら!! 親分守れ! てめえら男見せろ!!」
「兄貴! 兄貴強いけど俺たちドワーフも強い!! ドワーフは兄貴に命かける!」
「ニコは強くて格好いいのだ。みんなニコに続くのだ」
シミズの精鋭部隊がすげえ勢いで攻撃して、エムの軍勢が空から海へ落下していくが、あのニコとかいう若造、30にも満たねえ年代で俺の盗賊時代よりも、子分達の統率力に優れてやがる。
すると、龍が俺にまとわりついたエムの軍勢を切り伏せて俺へ魔力回復のポーションを渡してくる。
「……おそらく清水の実子だろう。清水以上に、部下の統率力が優れている。清水の組織を実質的に動かしているのは彼だな」
「ああ、見事な親方ぶりだ。お前も、あの若造と同年代だった時に同じような統制がとれたか?」
「とれたさ。だが、ここまで見事と呼べるものではなかった。我々とは少し違う、生まれながらにして人々を導く人間性を彼は持っている。前世の息子の成功や彼女のようにな」
マリー、ヴァルキリーのことだ。
あの子もまた、人を動かすためのカリスマ性と優しさを持った子で、俺のような盗賊とは一線を画した統率力を持っていた。
シミズの送ってきた精鋭部隊は、エムの軍勢を削りとってはいたものの、シミズの応援部隊を持ってしても数が多い。
いくら俺や龍、織部の軍団も強いって言っても、数的な劣勢を覆せねえ。
あたりは血の匂いと、糞尿の異臭が立ち込めてゲロ吐く兵も続出して、この世の地獄のようだった。
俺の足元には、手足を無くして死にぞこなってもがいてるエムの兵隊がいやがり、俺は魔力銃をトカレフに変えてそいつを終わらせるために頭に向ける。
「精霊の……我らアスティカと美しきミクトラン陛下万歳」
俺に向けて満足げに笑い、自爆の魔法を唱えようとしたメヒカ兵の頭をトカレフで吹っ飛ばす。
「クソッ! こいつら笑みを浮かべて精霊に祈りながらエムに忠誠誓ってやがる!! いつまでだ……いつまで戦場が続く!! ここは俺が試練を受けた地獄よりも悲惨で、人間の権利が蔑ろにされていやがる!!」
「イワネツさん! オイラ達が得た情報だが、今ここに集まってる敵側の先遣隊はおおよそ100万。さらに東の海の向こうから1000万を超える軍勢が波状的にやってくる!! やつらモンスター化した鯨や大型飛竜を乗り物にして次々海からやってくる!!」
ニコの報告に俺は思わず吹き出しそうになる。
当時のジッポン総人口が1500万人から2000万人くらいだから、無茶苦茶な数の軍勢をエムはこのジッポンに送り込もうとしてやがった。
やつらテスカポリトカらの精霊界が作った精霊人メヒカ人が構成するアスティカ帝国は、人口が増加してはニョルズが支配するジッポンへの侵攻を繰り返し、その度にジッポンの総人口が半減していた。
その理由がよくわかったよ。
「物量の暴力か。しかもこいつら兵站とか全然考えてねえが……そうか、奪う気だな。俺の織部や、ジッポンから物資を全部奪う気か?」
「ええ、それと当初マリーちゃんが召喚したモンスターの群れがいて、エリザベスって子が操ってたんです。だがヴィクトリー王国の戦いでは投入されませんでした。そして、エムにエリザベスって子は操られた状態になってて……アスティカ帝国の戦力になってる可能性がありやす。魔獣の数はおおよそ一万頭を超えるかと」
頭が痛くなるような数字を言いやがる。
流れ的にはこうだ。
フレイアって言うズベの陰謀で、マリーはこの世界にニブルヘルにいた大量のモンスターを召喚し、そのモンスターをエリザベスが使役した。
これら魔獣をロキって名前の破滅神が配下みてえにしてたんだが、エリザベスという女はエムの支配下におかれて操られてた。
結果的にエリザベスが操る魔獣は、全部エムのアスティカ帝国の戦闘獣にされたわけだ。
するとニコって若造の言う通り、空からドラゴンとか今まで見たことねえようなモンスターの群れが集まり、海からもタコの化物みてえなのや、魔法を使える巨大な鮫とか鯨も現れる。
そして、羽が生えた巨大なジャガーに乗ったシャーマンみてえな奴らが現れて、攻撃魔法を俺たちに繰り出してきやがった。
魔獣とシャーマンみてえな奴らの魔法で、炎や水、雷に岩石が飛び交う魔法の大荒みてえになり、龍は手にした閻魔刀で魔法を切り裂き、俺はドラクロアの龍術でガードしながら、チャクラとオーラを織り交ぜた魔法をチャージした。
「無茶苦茶だ! クソが!!」
「ああ、だが負けてたまるか!!」
エムとの戦いで魔力を温存したかったが、俺は試練で得たバサラの力を発揮して、オーラを込めた魔法で薙ぎ払うように魔獣達に攻撃するも、浜辺には入れ墨入れて仮面被ったエムの軍団が、次々に上陸してくる。
「親方様! 織部柴木軍団見参!! 者共、浜辺より上陸する敵兵を討ち取るのじゃ!! 矢尻陣!」
「えい、えい、おう!!」
鬼髭を中心に、腕の立つ武士が矢印のように、エムの軍団に突っ込んで行って切り崩していく。
ジッポン人は強い。
聞いてるお前らはジッポン人が強いってのは、当たり前だろって思うかも知れねえが、前世でいうところの日本人みてえに強い。
マリーの話を聞いて思ったが、地球世界の日本人は、自分達の力を過小評価しているところがある。
だがロシア出身の俺から見て日本人はヤバい。
奴らには未来が見えてる。
想像力と道徳心に優れてんだ。
だから前世で日本生まれの野郎は、勇者としての適性が高く成功者が多い。
自分で気がついてねえかも知れねえが、日本人やこの世界のジッポン人の強さは、共産主義国より規律が取れてる点が挙げられる。
規律がとれてるってことは、頭の足りねえ馬鹿がいても、全体の規律がとれてりゃ、一部が馬鹿をやっても全体のミスが少ねえ。
そして日本人やジッポン人は、古い既定概念に囚われず改善の精神や、見て、聞いて、学んで取り入れるという概念が他国より優れている。
さらにやべえのが、日本も俺がいたジッポンも災害が多いんだが、そういう危機的状況でパニックに陥らねえ、いわば諦めと規律の精神が作用して、社会全体の効率化を目指す点。
いわば一つの目標を決めたら、個々人が物事を極めようとする意思も作用してとにかくヤバい。
日本で、世界が真似するやべえ武道が生まれたのも、ソニーのウォークマンやアニメーションが発達してビデオゲームみてえなのが生まれたのも、日本人の勤勉さや緻密さと、物事を極めようとする意思によるもの。
旧ソ連、ロシア出身の俺から見て日本人は、自分達が思っている以上にヤバいと感じた方がいい。
だが日本人やジッポン人には欠点がある。
改善の意思はあるが、ある種の固定観念があって変に頑固なのと、そのせいで大事な部分の柔軟性に欠けているのと、一度決めたことを変える意思の強さを持ってない臆病さや、秀でたやつを叩くところが挙げられる。
そして、想定外の出来事に対応する力も弱い。
こうしてエムの軍勢のように意味不明な、自分達が対処できねえ軍団相手では、俺の軍団の強み、日本人に似たジッポン人の勇気が発揮できねえ状況となる。
俺が組織した鉄砲隊が現れるが、上陸してくるメヒカ兵に一斉掃射して、奇獣に乗った魔槍兵や重装騎馬隊が参戦していくが焼石に水だ。
そんな時、俺の軍団が有利に働くことが起きる。
「わらわの信仰領域に何をするのだわ! 高重力放射」
真っ黒いマジン●ーみてえな巨人がいきなり浜辺から現れて、両手から放ったブラックホールみてえな高重力魔法で、モンスター達を薙ぎ払うように消滅させていく。
俺の女神ヘルが操る黒鉄の巨神、ヘルカイザーとかいうふざけた名前つけた巨大ロボだった。
「こんなもんじゃないのだわ! 地獄の豪炎」
海の向こうにいるモンスター群へ、ヘルカイザーの放った光の球が飛んでく。
「やべえ! お前ら伏せろ!!」
高エネルギー体が、一瞬青白くて眩い光を放ったあと、海の向こうが大音響と共に核爆発を起こしてキノコ雲が立ち上がる。
そんで、エムの軍勢やモンスターだけじゃなく俺の織部軍も、爆風で生じた突風に巻き込まれて吹っ飛ばされた。
「邪悪め、わらわの怒りはこれだけじゃないのだわさ。次はテラボルト級の必殺魔法、地獄の豪雷で愚か者共を冥界に送ってやるのだわ」
「馬鹿野郎!」
俺はアメノムラクモで、ヘルカイザーの頭を引っ叩く。
「お前の攻撃で、俺の軍や手下が死んじまうだろ! このメスガキが!!」
ヘルはませたメスガキみたいな外見と、神としての地位は置いといて、魔法の威力に関して神々の中でも屈指の力を持っているという。
理由は魔族の王族である母親と、巨神族の王族だった父親ロキの影響で、生まれながらにして強大な力を持ってやがり、そのせいでヘルの謀反を恐れたオーディンが、冥界の閑職に追いやったのが真相。
ヘルのバックアップで、多少はマシにはなってきたが、それでもヤクボケ共の数が多すぎて、俺の織部軍がどんどん切り崩されていく。
「お前ら前に出過ぎるな!! 畜生、俺の軍団が!!」
その時、巨大な棍棒を持った大男が、浜辺から上陸してきたエムの軍勢を一振りで次々とかっ飛ばしていく。
「やっと本調子になってきたぞ。あとは、あの娘が俺の力を解放すれば……俺は再びスーパーヒーローに返り咲ける!」
「ヘラクレス!」
ヘラクレスが駆けつけてくれ、モンスターやエムの軍勢を片っ端から殴り飛ばしてく。
「出てこい邪悪! 今度こそお前を倒してやる!! エムとか言う邪悪め!!」
すると黄昏の空に暗雲が立ち込め、黒い暴力のような嵐の渦が現れたと思ったら、褐色の肌の頭にツノが生えた金の衣着た女の子が現れて、黒い暴力の渦が彼女に乗り移る。
その瞬間、彼女の銀髪がドス黒いオーラを帯びて、褐色の肌にメキシコの入れ墨が入っていき、赤い蛇のような瞳が妖しく輝いた。
「ウフフ♪ 空から見たけどいい感じの島国♪ ハポンに似てるか? ここを新しいアスティカの領土にしようかな? ねえイワネツ♪」
「お前……エムか」
通信してた時、声の感じから年いかぬ女に転生していたと思ったが、まさかこれほどまで華奢な体躯とは思ってもみなかった。
やつは、俺の間合いに入ってくると、余裕ぶって俺の目の前で麻薬の粉入った麻袋に口をつけて、すうっと中身を吸う。
「んーやっぱりいい感じのスピードボール♪ ファンタジアを改良して、コカも混ぜたんだ♪ 素晴らしいドラッグ♪ 全能感と超快感♪ 君も若返っているようだけどスピードボールどう?」
エムの勧めに俺は地面に唾を吐く。
「いらねえ阿呆。ノコノコ来やがってクソ野郎。ぶっ殺すぞ!!」
俺の恫喝にエムはヘラヘラと笑う。
「あはは、相変わらずだね君♪ ここが君の国かー」
エムは宙に浮かび上がり、空を指差すと、海の砂を魔力で集めていき、途方もなく巨大で山のような隕石を上空に作り出す。
「ここで提案♪ 君もワタシの仲間になろうよ♪ 昔みたいにさ、一緒に麻薬やってお金稼いで気持ちよくなって、元の地球に帰ろう。帰ってワタシ達いじめた奴ら滅ぼしに行こ♪」
上空のこの巨大な隕石が衝突したら、俺の織部どころかジッポンそのものが消えてなくなるくれえの、強大な魔力をエムは俺に見せつける。
「……ビジネスの申し出? お前、俺を滅ぼす気じゃあねえのかよ?」
「え? 君ほどの力を消すのは惜しいんだ♪ だからさ、君が昔のように仲間になるって決めたら、この隕石は西の白人共の国に落とす」
俺は気が動転するも、必死に、冷静に、頭をシベリアの永久凍土みてえにしてやつを観察した。
俺の全力の魔力を使えば、エムが作り出した隕石は消せるはずだが、そうすると俺に隙ができる。
どうすればいいか俺が頭を悩ましていた時、龍が二刀を手にして、俺の前に立った。
「んー♪ 君は白人じゃないな。誰?」
「この前、話をした漢人だ」
エムは、スペイン語で返した龍を舌打ちして睨みつける。
「あー、この前話したムカつく中国人。なあに? 殺されに来たのお前♪」
「商談に乗ってやろう。そこのイワネツも私が説得する」
「り、龍!? お前何を言ってやが……」
やつは振り返ると、我に策ありみてえなドヤ顔して笑い、俺は黙って頷く。
「ふーん♪ 商売上手なチノ♪ 君はワタシに何を担保にビジネスするの?」
俺は内心焦りまくってて、脇や背中から流れ出る冷や汗でべったり体が濡れて龍を見つめるが、やつは冷や汗一つかかずに笑みを浮かべてやがり、なんてクソ度胸だと俺は思った。
「商談の前にお互いに兵を引こう。君の軍勢を引いてくれないか? 私もイワネツに頼んで兵を引く」
「お、おい!」
「……そうだね、ビジネスの時間にお前ら邪魔。君たち攻撃やめー♪」
エムが命ずるも、麻薬キメた軍勢は勢いを落とさず、戦場になだれこむ。
「gilipollas! ¡Cállate!」
エムが右手を振るっただけで、数千人以上、いや数万のメヒカの軍勢が花を散らしたように風の力で体がバラバラに切り刻まれて、一瞬でぶっ殺される。
エムのあまりの力で織部港の東側の海が割れて、海の向こうでも真っ赤な霧のような、凄まじい血煙が上がった。
「お前たちうるさい! これじゃビジネスできない!! ワタシに逆らうやつらみんなぶっ殺すぞ!!」
エムの怒鳴り声と魔力で、展開されてたアスティカの軍勢に恐怖が伝播していって、一斉に動きを止める。
こいつは、純粋な暴力と恐怖で軍勢を操っていた。
スターリンとかの独裁者と同様の、恐怖の力。
まあお前らにスターリンとか言ってもわかんねえか。
あの時の龍は俺を見つめ、力強く頷く。
あいつの意志を察した俺は、右手に持ったアメノムラクモを高々と上げた後、俺の勝鬨城をバットで指した。
「お前ら城に戻れ。これからこの野郎と話をつける!」
俺の号令を受けた兵達は、城の方向に引き上げ始め、シミズの応援部隊も攻撃の手を止める。
空の隕石はエムがニコリと微笑みかけると、一気に燃え上がり太陽みたいに光り輝くも、ヘラクレスは俺と頷き合い、不測の事態が起きた時、すぐに動けるようにする。
「うん♪ これでビジネスできる環境整った。チノ君、ビジネスしようか?」
「……そうだな。商いについて語ろう」
龍は、目の前の絶対強者エムの圧力に屈することなく、己の信念をエムに語り出す。
「暴力や混乱は、一時富をもたらすかもしれぬが、やはり戦後の復興には物を生み出す力が必要だと私は思う。君のアスティカで、麻薬以外にも生産性がある物を知りたい」
「んー♪ 穀物取れるよ。とうもろこしが沢山。唐辛子もアボガドもズッキーニも芋類もたくさん取れる。カカオやパイナップルに、グァバもね。山地に行けば地球のようなメロンやトマトだってある。あと家畜も沢山で豊かな地だ♪ 銀やエメラルドもよく産出されるから伝統工芸のシルバーアクセサリー出来るよ♪」
「素晴らしいな。おおよその年間収益はどれほどだ? それがわかれば、貿易の際のそちらの年間収益を割り出せる」
やつは雄弁で聡明さがあり、人を惹きつける話に長けてた海賊だった。
そして俺は龍の真意を見出す。
こちらの反撃が整うための、いわば時間稼ぎだ。
それに普通の野郎なら龍の説得に応じたのかもしれない。
だが……。
「じゃあ、ワタシから提案ね♪ そっちの白人達、まとまった数を奴隷で寄越して♪ 働けなくなったら臓器抜き取ってビジネスするから。臓器ビジネス大儲け♪ 人身売買沢山儲かる♪」
相手がエムじゃなければな。
エムの悪意の力は強力だった。
自分だけで完結する悪じゃなく、やつは悪意を人に伝播させる特殊能力がある。
「それはこちらも、労働力がいるので難しいな。需要と供給面でそちらの意に沿えない。それに市場を作り出して人が沢山生まれれば、そちら側に魅力的な市場に……」
「え? なんで? ムカつくやつら奴隷にして働かせた方が生産性上がる♪ 働けなくなったら臓器売り捌けばお金になる♪ ビッグビジネス」
「うぅむ……そんなに儲かるか? たしかに聞いた話によると新大陸に向けて暗黒大陸の原住民を奴隷に、労働力にしたという。オランダやポルトガルも、イスパニアもイギリスもフランスもやっていた。会ったことは殆どないが、ユダヤやアラブの商人が携わったと聞いたが……」
龍の心にも、ラップ口調で歌うエムの悪意が乗り移り始めて、やつの顔に影を落とすような感じで、エムに話の主導権を握られようとしていやがった。
「人身売買は儲かるよ。黒人達は粗暴でうるさいけど、力強いから奴隷にピッタリだった。それにワタシ達……インディオも白人に奴隷にされた!! 奴隷を嫌がった北の誇り高い部族達、アメリカにイジメられて滅びそうになった! だから白い奴らを今度はワタシが奴隷にしてやる!! 麻薬の力で奴隷に仕立ててやる!!」
ここで一つエムの特性がわかってきたんだ。
やつの目的は麻薬を使った報復。
白人とヨーロッパ社会、そしてアメリカへのな。
こいつは自分達がやられたことを、そっくりそのままやり返し、民族同士の対立を煽って悪意を広げる恐るべき悪だった。
「君は……自分がされてきて嫌なことを他の人々に強いる気か? そこまで君は世界が憎いか?」
「そうだよチノ♪ お前の子孫のチノも白人達からイジメられて、日本からイジメられて復讐する機会を窺ってた。復讐、それは甘美な響き♪ 報復は蜜の味♪ 美味しくて狂おしくてとっても楽しい♪」
「そうか、復讐は楽しいか。殺しは楽しいか? じゃあ、お前に人殺しを憎んだ俺の親友の話をしてやる。やつは気高い義賊で、人を殺めることを嫌い、人々を救う英雄になりたいと言っていた」
龍は二刀を構えて、エムに向ける。
「人殺し大好きなお前が殺した……俺の親友だ! イワネツ!」
「おう!」
俺はヘラクレスと目配せして、俺がエムに打撃を加えてヘラクレスは、上空の隕石を宇宙までかっ飛ばす。
「商談は不成立だ! 俺は……亡き友の意志を尊重する! この世界の生きとし生ける者達を守るために!! 俺は、俺達はお前を倒して世界を救う!! 英雄として!!」
戦闘の火蓋が再び切られ、戦場にはマツ率いる北朝連合軍と、諸侯達の武士団が一斉になだれ込んで行き、エムの軍勢とぶつかった。
「なんでお前達! ワタシの商談を!!」
「うるせえゴミ野郎! 反吐が出る!」
エムが凶悪な黒い嵐の魔法を俺に繰り出すが、俺の前に立った龍が、地獄の神の刀、閻魔刀で嵐を切り裂いて魔法を無効化した。
「さすが地獄の閻羅王の刀。シミズが昔使用したそうだが、この刀はあらゆる魔法効果を無効化する!」
賢者でもあり、魔法剣士の龍に地獄の神が与えた刀は、あらゆる魔法効果を無効化する代物。
神をも超えし魔法力を持つエムの弱点だ。
周囲は様々な魔法と、男達のぶつかり合いで、喧騒と魔法と力がぶつかり合う魔力空間となる。
「チッ、ならばワタシは唱える。Xiuhcoatl」
エムの放つドス黒い炎と雷の魔法も、龍が刀で無効化して、左の刀でエムの喉を突く。
「なんで? ワタシの力が……」
「私には魔法は効かぬ!」
エムの頸動脈を切り裂いた龍だが、時間が巻き戻ったようにエムの体が治癒する。
「ワタシは不死身。死なない体になった。そしてオーディン!! 麻薬与えた対価でワタシにこいつを倒す力を!! ん? え……アレ?」
エムの呼びかけにオーディンは反応しなかった。
これはシミズがオーディンのユグドラシルに、強制査察という名目で攻め込んだからだ。
龍は、エムの攻撃をカウンターの剣技で斬撃を与えるが、すぐさま体が再生されて、俺とヘラクレスはエムの体の傷が癒える前に打撃を加える。
「くたばれ邪悪め! 今まで様々な邪悪や魔獣を打ち倒したが、お前はそれをも凌駕するモンスター! 俺の討伐記録に加えてやる!!」
「白いの! ワタシの国に自分の銅像を建てようとした白いの……ぶっ殺す!!」
エムは凶悪な魔力を放ち、アメノムラクモを持った俺を打撃で吹っ飛ばし、ヘラクレスの棍棒を正面から両手で受け止める。
「貴様ぁぁぁ、人間状態の俺とて最強の力を持つのに、貴様はどれほどの悪意を!!」
「死ね白いの!!」
両手でヘラクレスの棍棒を弾き飛ばしたエムへ、俺はアメノムラクモをフルスイングして、やつの頭に打撃を与えてやった。
「ッゥツ! イワネツなんで!? お前だって欧米からイジメられて馬鹿にされて、利用されたスラブのブラトノイ……」
「うるせえ馬鹿野郎!」
俺はエムの脳天に、両手でアメノムラクモを振り下ろして地面に衝突させる。
「俺は勇者だ! 俺は人々に希望と勇気を与えるアスリートだ!! 亡きデリンジャーの思いを果たす、義賊だ!!」
立ち上がったエムの傷がすぐに再生していき、やつは悪意と怒りを爆発させた。
「殺す殺す殺す! ワタシの同志、あいつらぶっ殺そう!!」
エムは転移の魔法を唱えて、魔女のような格好をした銀髪のロングヘアーの女とロキをこの場に呼ぶ。
「エム、ここがジッポンか。薄汚い日本列島のような国。それに悪鬼のイワネツこと織部憲長! わかってるのよ! あんたがマリちゃんを唆して、ヴィクトリーに攻め入って、私の国を奪ったのを!」
「お前、例のエリザベスか。それにロキ、どういうつもりだ?」
ロキはヘラヘラ笑って、俺を指差す。
「契約違反だからさ。お前、僕に嘘ついたでしょ?」
「あ?」
「ヴィクトリーのマリちゃんってのがジッポンにいるって。僕ね、自分が嘘つくの大好きだけど、嘘つかれるの嫌いなの。神はね……なめられたら終わりなんだ。だからお前を殺す」
ロキはエムに味方して、俺に凶悪な顔してぶん殴ってきた。
「お前!? この状況でエムをなんとかしねえとこの世界は消えるんだぞ!!」
「あ、そう。でも僕を裏切ったお前が先に死んじゃえよ」
ロキが俺に悪意を向けた瞬間、俺の装備した両腕の金の腕輪、ドラウプニルが大爆発を起こして、大ダメージを受けた。
そしてダメージと共に、俺の魔力が一気に低下する。
「クソッ! お前!?」
「それは僕との契約で与えたマジックアイテムだけどさ。お前、契約違反したから代償を払ってもらうよ」
ロキは超大な炎の剣を装備して切り込んでくる。
腕のダメージの痛みを堪えながら、俺はアメノムラクモで防御してやつと鍔迫り合いになり、エリザベスは魔力を高め始めた。
「ふん、まるで日本みたいな忌々しい国。私は前の前世で自分を社会に役に立てたいと思ってたのに……在日だからって在留カード持たせてあたしを傷つけた! 死ねくそったれの日本!!」
エリザベスは、俺の軍団に極限まで恨みを込めた炎の魔法を繰り出して、港を燃やし尽くす。
「ウフフ、あははは、アーッハッハッハ♪ 全て燃えろ差別主義者達!! ワタシとワタシ達の文化と言語を奪った白い奴らとムカつく奴ら全部滅びろ!!」
「王八蛋!!」
このエムに龍は単身切り込んでいき、再び押し寄せたエムの軍勢にヘラクレスや、集まってきた北朝連合軍と織部軍が、白兵戦や銃撃戦、魔法戦を繰り広げる。
「俺はお前の道を否定する!! お前は自分さえ良ければ他者を苦しめる悪だ!! 悪に俺は……デリンジャーの魂は負けない!!」
龍は二刀を駆使して、斬撃を繰り出してエムの魔法効果を無効化するが、不死身のエムはすぐさま回復して渾身の回し蹴りを龍に繰り出す。
「ぬおッ!」
「龍!!」
俺は龍の援護に向かうが、ロキとエリザベスに阻まれた。
「お前を殺すのは僕。アースラとは組んでやったけどお前は、僕を裏切った。だからお前は殺す」
「マリちゃんを酷い目に遭わせたロシアンマフィアめ! くそったれのロシア人! ロシア人は、無抵抗のウクライナの人達を大勢殺した差別主義者のクソ野郎!」
エリザベスとロキの電子魔法で、俺を拘束して無茶苦茶な炎の魔法で俺の体が焼かれる。
「離せお前ら! 龍が、マリーの仲間がエムにぶっ殺されるんだぞ!!」
龍を助けに向かおうとしたヘラクレスに、ドラゴンに乗った無数のエムの軍勢が襲い掛かり、ヘラクレスも足止めされた。
龍は頭部を強打してて、深刻なダメージを負ってたが、二刀を構えてエムと対峙する。
「手こずらせやがってチノ。お前の手足奪ってわからせてやる」
エムはさらに邪悪な魔力を唱えて、ドス黒い魔力が溢れ出すも、龍は顔色ひとつ変えずに静かに刀を手に、不敵な笑みを浮かべる。
「ふ……俺が師事した武蔵先生は言ってた。心、常に、道を離れずと。我が道は人々の幸福と自由な商い。そして亡き友の思いを胸に!!」
龍の背後に無数の大砲が具現化して、エムに砲口を一斉に向けて、エムに一斉発射するがエムに魔法は効かない。
「小賢しいチノ。ワタシがお前の綺麗事粉砕する♪」
「……見抜いたぞお前の弱点を」
「?」
聡明で頭脳明晰な龍は、エムの致命的な弱点を見抜いた。
それは……。
「一理に達すれば万法に通ず。お前は、神話時代の魔術師や仙人のように言葉を用いて魔法を扱う。その隙が第一。第二は、心の弱さだ。お前は自分がされて嫌なことを復讐でやり返そうとしている」
龍はエムに、一足飛びで間合いをつめて連続で斬撃を繰り出していく。
「だがそれは錯誤。お前の心の弱さが復讐の道を選んだ。未来を見ていない、過去と今しか見えない先見性の無さだ。そして第三は……」
「うるさいうるさいうるさい! 死ねチノ!!」
エムは一旦間合いを離して、超スピードで龍の懐に飛び込もうと呪文を詠唱した瞬間、龍はスッとエムの懐に入り込んで、刀の斬撃を与えてエムの魔力を絶っていく。
「第三の隙…… 自信過剰。お前は自分が得た力を信じ込んでいるが、そこに綻びが生じれば脆い。心が弱いからだ!」
龍が手に入れたあの刀は、エムの魔法効果を打ち消す代物で、エムはダメージこそ負わなかったが、徐々に刀の効果が出始めていた。
「チッ、言うじゃない♪ お前面倒くさいな♪ じゃあこれはどう?」
エムが右手を上げた瞬間、無数のメヒカの軍勢を呼び寄せて次々に龍に襲わせていき、龍の剣技を持ってしても数の暴力で押されていく。
「離せ! 俺たちのリーダーが、龍が敵にやられる!」
「うるさいなあ、もう少し電流強めにっと。エイ! ほら、エリザベスちゃんも」
「死ねクソロシア人」
エリザベスとか言う、元コリアンが俺を拘束する魔力で押さえつけた。
「ぐおおおおおお、まるで収容所でされた電気の拷問!」
「お前達ロシアがあのクソみたいな共和国を生んだんだ! あのクソデブ一族!! 三代目のクソデブだって私と同じ在日の子供なのに! くそったれ日本と、クソ中国とクソロシアと馬鹿アメリカの生んだクソデブのせいで、同い年だった私の友達……日本人の友達の友情が!!」
俺とバサラの体を焼き尽くすような高圧電流が、体を駆け巡って完全に俺は行動不能にされる。
「うおおおおおお、龍!! 逃げろおおおお!!」
龍は二刀で次々にエムの軍勢を切り伏せていくが、多勢に無勢で手傷を負い、頭部の負傷のため、どんどん消耗していく。
そして、龍にまとわりつくメヒカ人もろとも、ほくそ笑むエムが、手刀の斬撃を繰り出す。
龍は右手首を切断されたが、それでも怯まない龍は左手の刀を大上段に構える。
「ぐっ、俺は逃げんし負けんぞ! 第四の隙、お前は……」
「うるさい、小賢しいチノ」
龍はエムの喉に片手突きを繰り出すも、両足がエムに両断され、手足を失った龍はその場にうつ伏せに突っ伏した。
「龍ううううううう!」
俺は電流と炎に焼かれながら絶叫し、全パワーを解放する。
拘束をシベリアのブリザードをイメージした風の魔力で解き、魔法でエリザベスとロキが吹っ飛ばされ、その先にヘルが操作するヘルカイザーが立ち塞がる。
「ロキいいいいい! この反逆神! お前のせいでわらわは今まで!!」
「……ヘル、お前……。チッ、エリザベスちゃん! ここは一旦引こうか……ん?」
その時だった。
強力な魔力の波動がしたと思ったら、マリーが光の速さでフレッドの小僧連れてジッポンの戦場に姿を現す。
「君は!?」
「え? マリちゃん。あなた……さっきナーロッパのロレーヌにいたはずじゃ!?」
天使のような翼つけた黄金鎧のマリーは、槍のような杖を持ち、龍を再起不能をしたエムと対峙し、ロキとエリザベスはどこかに消える。
マリーは自身を電子化する光の魔法で、フレッドを連れてテレポーテーションしたんだ。
ヴァルキリーのマリー。
スタイル抜群の胸の谷間を黄金の鎧でコーティングし、へそ出しミニスカートみてえな黄金鎧身に付けた俺の勝利の女神。
どっかの子供っぽいメスガキよりも、女神してる感じの俺の崇拝するアイドルだ。
「何? お前? ああ、そういえばアメリカ人好きだった子だっけ?」
マリーはエムを無視して、手足を失った龍の前に跪き回復魔法を唱えた。
「マリー君……すまない。だがこいつの弱点が色々わかったぞ……」
「龍さん、喋らないで。今、回復魔法を……」
フレッドも加わり手当てする。
だが龍の傷口は塞がる気配がなく、出血も止まらない。
「魔法効果が……傷が再生しない」
「僕の回復魔法でもアヴドゥル皇太子、いやミスター龍が回復しない!? なぜ!?」
エムが、マリーを見てケラケラ笑う。
「ふふ、ワタシね♪ マニュキュア塗ってるの♪ 猛毒カエルをイジって作ったドクロのネイルアート。ワタシの魔法も加えてやってもう再生しない。出血毒でこのチノ死ぬ♪」
「そんな……」
マリーとフレッドが絶望で顔を下げた瞬間、ヘラクレスは憤怒の表情でエムに向かう。
「この邪悪がッ!」
ヘラクレスはエムに棍棒を振りかざして攻撃するも、エムの黒い風の魔力で、体をズタズタに切り裂かれて吹っ飛ばされ、それを見た俺は、全パワーを解放してエムに間合いを詰める。
「ぶっ殺す!」
俺はアメノムラクモを捨て、エムの顔面を殴り飛ばす。
「ッ! イワネツお前……人間じゃ……ない?」
「お前こそ人間じゃねえ! 犬畜生!!!」
バサラの力の全てを解放した俺に、もはやエムの魔法も一切通じなくなり、やつの無尽蔵に等しい魔法量の出力も、龍との戦いで低下していた。
さっきの龍の刀の攻撃、魔法効果を無効化する斬撃を、この阿呆は調子乗って受けまくってたから、無敵のはずのエムの力が低下してやがったんだ。
エムを守るために、俺にメヒカ兵が集まってきて俺に立ち塞がるが、片っ端から俺は殴る蹴るしてぶっ飛ばしていく。
「なんで!? メヒカ強い! ブラックハンド強いのに、お前、何なの!?」
身体能力を活かしたエムの、テレフォンパンチをくぐり抜け、カウンターで顔面、腹部など人体の急所目掛けて打ち込んでいき、やつに痛みと恐怖を植え付けていく。
「お前、化物! かつてのイワネツじゃない! お前誰!?」
それに加え、やつは格闘の素人。
最低国家ソ連で、ガキの時にオリンピックメダル取れるとまで言われた、俺のセンスの前じゃ相手にならん。
エムは俺と距離を離して、空飛んで風と炎の魔法を繰り出すも、俺はやつに食いついていき、あびせ蹴りでエムを地面に蹴落としてやった。
「なんで!? なんでワタシの力が通じない!! イワネツなの!? お前なの!?」
やつがどんな傷も再生できる不死身の肉体を持っているからって、痛みや恐怖は再生できねえ。
それが龍の見出したエムの弱点の一つ。
「こんなものかよエム。こんなものか!! 勇者たる俺に少しは抗って見せろ犬畜生!!!!」
不死身の肉体を持つエムに、渾身の右フックをヒットさせた。
傷は再生するが、戦闘が長期化して麻薬の効果が切れ始めてきたのと、俺への恐怖でエムは涙目になっていく。
「どうした? お前のパンチもキックも全部当たんねえなあ? おら、殴ってみろよ?」
俺がエムの攻撃を誘うように、姿勢前に顔を差し出して、睨みつける。
「う、うわあああああああ!!」
エムの目線、肩の動き、体の動き、全部がスローモーションのように見えた俺は、首を捻ってエムのパンチをかわして、ワンツーとエムの顔面にジャブ、ストレートを決めていき、みぞおちへ、ストマックブローを入れた。
「ぐっ……げゔぉえ」
ゲロを吐き出してエムは両手を地面につく。
「どうしたよ? さっきまでの威勢は。このイワネツ様を倒すんじゃあねえのか?」
「ば、化物おおおおおお!」
「俺は人間だああああああ!」
エムのパンチを再びカウンターして、顔面を打ち抜いてぶっ飛ばす。
エムがぶっ飛ぶその先にマリーがいた。
「あんたは……あんたの同族は世界や社会から虐げられたかもしれない。私も前世で学校に通ってた時、イジメられた。フレッドもそうだった」
マリーの傍に立ったフレッドも、長大な黄金剣を構える。
「でも、それでも!」
フレッドの黄金剣がエムを両断し、マリーは杖をむけて光の魔法の光弾を、雨のようにエムにぶちかます。
「自分がやられて嫌なことを、ましてや悪いことなんか、私達はしなかった!!」
マリーは龍の刀を杖に同化させて、一気にエムの魔力を吸収したあと、体内で爆発させる魔法を撃ち込む。
「ああああああああああ、痛い、痛い、痛い! お前たちイジメっ子!! イジメられるのやだ!!」
腹部の損傷を再生させたエムは、戦場から逃亡し、指揮官がいなくなった百鬼夜行の軍勢が混乱をきたす。
「今だ! 全軍でこいつら押し返せ!!」
北朝幕府軍やシミズの送り込んだ軍団が、エムの軍勢を押し返していき、指揮官エムの後を追うように逃走していく。
ジッポン人、サムライ達の勇気の雄叫びと攻撃にエムの百鬼夜行を撃退することに成功した。
「勝った……親方様の大勝利じゃあああああ!!」
「うおおおおおお!! 百鬼夜行に勝ったぞ!!」
「敵将! 勇者威悪涅津が打ち払ったりいいいい!!」
ジッポンと俺たちは、エムとの百鬼夜行の初戦に勝利を収める。
だが、その代償は大きかった。
北朝連合軍側には万単位の死傷者と、沿岸部の民の多数の犠牲、そして龍が再起不能にされ、龍の部下たち、マリーク戦士団達も多くの犠牲者を出した。
龍と共に、悪へ立ち向かった勇敢なるマリーク戦士団。
それがお前達の先祖だ。
龍は自分で炎の魔法で傷口を焼き、出血を止めたが、血液が毒で汚染され、定期的な人工透析を受けなきゃだめな体になる。
俺たちは、エムの弱点を見出した龍を囲み、全員が敬意を表する。
「マリー君……やつの最大の弱点は人間であることをやめたからだ。人間を理解できないやつに私達は負けない」
「龍さん……どうしてみんな、こんな目に。デリンジャーや龍さんも、私たちに道を示してくれたのに」
俺とフレッドは、マリーの肩を右手で優しく抱いた。
それと同時にエムを止めなきゃ、この世界を滅ぼされると思い、あいつの本拠地へ攻め入るために、ハーンとも決着をつけなければならないと思いながら……な。
龍は、シミズの息子であるマサト達が治療を施し、あらゆる手を尽くしてくれたが、エムの力は強かった。
「すんません。この傷は……うちらの世界の医学でも治せねえです。けど、機械技術は発展してますんで、義手と義足を用意させやす」
「……いや、マサトと言ったか? いらんよ。これは私のこの世界の罪と業かもしれぬ。戦争勝利のために、私は非道な輩共とはいえ、ハーン共の手足を奪った。だからその技術、どうかこの世界の発展に」
その後の話は、お前たちも知ってるだろう。
俺たちはハーン達や大邪神との戦いに勝利し、龍は余命幾ばくもない体で、この世界の技術と医学の発展を、戦後の世界でやってきた。
数々の商売や興行も、龍は余生を削りながら生み出したんだ。
二度とこの世界で不条理が生まれないために、世界が豊かになるために。
そして、虹龍国際公司は義手と義足を開発し、龍はこの世界で初めて義手と義足、それに車椅子を使った障がい者スポーツ、パラリンピックを開く。
「道とは、是人道也。人の幸福こそ我が道、我が人生也」
これを見届けるように、遺言を残してこの世界の生を終えたんだ。
俺の話を聞いた役員共は、目を腫らして涙を流し、正義と社是を思い出す。
「我々は……初代社長の思いと生き方を忘れて恥ずかしい!」
「我々も復活した悪の大邪神、そして悪しき財団に対抗する!! 我らが勇敢なる先祖のために!」
「世の不条理を無くすために尽力なされたのが、バブイールの正統後継者の初代社長! 商いを世界平和のために!!」
「イワネツ新社長、社長命令を私たちに!!」
龍よ、俺の兄弟よ。
お前の正しい行いと生き方を、英雄としての行いを、今の役員達に伝えてやった。
俺たちが当時抗った巨悪に、如何にしてお前が立ち向かったのかを伝えて、俺は規律を忘れかけたジッポンに乗り込む準備を整える。
次回は現代のジッポンに舞台を移していきます




