第205話 南北朝戦争停戦
西側の状況もジローやデリンジャーから連絡が入った。
エムの野郎が流した麻薬によって各地で暴動が起き、これに乗じてモンゴリーのハーンの一派がナーロッパに侵攻。
この島国ジッポンでは奴らの動きは限定されるが、大陸の戦いになると、地球のモンゴルみてえに魔法の馬とか引き連れて、陣地ごと移動するため、補足が難しいらしい。
他には麻薬欲しさに暴動起こす連中もヒンダスで増え始め、シミズの組織も大苦戦していたという。
ああ、シミズのことも話してなかったな。
俺とソリが合わんが、腕は確かなヤクザだ。
俺も日本語でヤクザを意味するブラトノイと呼ばれたが、やつは筋金入りのギャンブラーで、ロシアの盗賊とはまた違う、元は博打打ちと高利貸しを生業とするバクトだったか?
他にもテキヤという露天商的な組織や、俺の兄弟分ジローのように、沖縄で遊び人を意味するアシバーと言われる組織もあるようだ。
そしてヴァルキリーと呼ばれたマリーの師でもあり、凄まじい力を持つ勇者の一人でもある。
その本質は、多くの若い勇者のガキらとやつの弟子共が、悪を悉く滅ぼす伝説の勇者なんて言っていやがるし、神々もやつを正義の勇者だと勘違いしてるのもいるが本質は違う。
俺が見た中でやつは勇者の中でも極めて強くて極悪だ。
例えていうと強烈な暴力と悪意をもって、自分以外の悪党を傘下にするか、根絶やしにするしか考えてねえようなよ、自分以外の悪を絶対許さないのがシミズという勇者だ。
今そいつが何をしているか、このイワネツ様でもわからんが、きっと今も弱きを助けて強きを挫くとか言いながら、極悪な暴力で巨悪共を滅ぼしてるんだろうよ。
おっと、話を戻すぜ。
他にも伝説の勇者ヘラクレスが来やがったみたいだが、当初は思いのほか使えねえんで、対応に困っていたそうだ。
だが悪いことだけじゃねえ。
龍が会社作ったって言うんで、みんなで資本金出し合ったり、当時の仲間たちと明日の世界のために色々と夢を語り合った。
俺の大事な兄弟分で、今もビジネスパートナーのジロー。
あいつは俺に加勢したがってたが、エムから自分の国ロマーノを攻撃されたことで国に帰り、西側でハーンを食い止める役割を担っていた。
ジローとは、お互いに趣味だった武術の話なんかもした。
「空手ぃは元々ー沖縄ぬ武術さぁ。大昔ぬ琉球でも三国時代で争い合ーい、首里手ぃ、那覇手ぃ、泊手ぃが生まれたんさぁ。すりぃとぅ槍術、棒術、砕術、色々チャンプルーしぃ中国の技術取り入れー、サムライに対抗する武道が空手ぃさー」
「それは知らなかった。沖縄の歴史ある伝統武道というやつか。日本には武術が多くて、技術体系が異なる魅力的な格闘技がたくさんあるが、沖縄空手にも地域ごとの歴史があるんだな」
「そうさー。伝統舞踊とぅ伝統空手ぃ練習さんとぅ強くなれん。強こーねーんとぅ派手に楽しく遊ばりーん。それが沖縄ぬ極道さぁ」
「確かにそうだな。男として強く賢く、歌と踊りの文化に通じて掟を守る伝統がねえと、尊敬されねえよな」
ジローとは俺と男としての価値観と考えが合う野郎で、互いに尊敬し合い、俺はボクシングとレスリングの技術と、これにオリンピック精神を加えつつロシア文化を伝える。
「スポーツは勝つために技術と肉体を磨くが、東洋の武道はそれ以外にも色々あるらしいな。俺がガキの時に習った柔道もそうだった」
「そうねー、武術と武道は違うさー。沖縄も本土も道とぅ術ー違いーん。道とーっちゅぬ人ぬ生き方やん。道とは人がっ人とぅしてぃ生ちちゅる道。くりぃを武を通じてぃ、人間形成ー習いし武道でぃぬさ」
対するジローは空手精神と沖縄精神を俺に伝える。
時には互いに方向性や文化の違いで揉めたりはするが、それはそれで俺とジローとでの楽しいレクリエーションみたいなもんで、俺の大好きな兄弟分だ。
デリンジャーとも色々話をした。
「お前、確かアメリキーの盗賊だったらしいが、どんなことやってたんだよ」
「ああ、俺はケチな盗みなんか目もくれねえで、合衆国の国立銀行の金目当てだ。ルールは市民の金には手をつけねえ、殺しはタブー、そんで国の金だけいただくってわけだ。何度も刑務所送りになったが、その度に脱獄してやった」
「やるじゃねえか。さすがだぜデリンジャー」
奴は生粋の盗賊で、盗みと強盗のテクニックと生き方は俺を唸らせるものがあり、殺しをタブーにするという規律もまた、国は違えど、信念と規律を持った泥棒であると俺は共感を抱く。
「それでよお、メンバーのピアポントが言うわけだ。ジョン、シカゴのギャングはみんなお前に魅了されちまってる。シカゴの大ボスしてたカポネもパクられちまってて、スターがいない。いっそシカゴを俺たちデリンジャーギャング団で、傘下にできるんじゃあねえかってよ」
「あの音に聞くアルカポネの時代か。お前やっぱすげえ盗賊だったんだな。で? お前は仲間になんて言ったんだ?」
「ああ、俺はこの時こう言ったんだ。カポネは禁酒法の密輸で得た富を後生大事に蓄えたギャングだ。俺達にはカポネの代わりは無理だろと。なぜなら俺たちの強盗稼業で得た収入は、一月も経たねえでみんなが夜遊びや女に浪費しちまい、チャリティーとかあっても見栄で銭やったり、靴磨きのガキにも大枚渡しちまう。そんな俺達が、でかいギャング組織の運営なんざ金がいくらあっても足りねえって言ったら、ピアポントの野郎爆笑しやがったぜ」
俺もデリンジャーの当時の仲間みたいに爆笑した。
こいつは盗賊として突き抜けてると。
すげえ奴だよ、頭のネジがぶっ飛んでて、こいつの放つ輝きは、同業者である俺をも魅了しちまうほどの信念を持つ義賊だ。
同じ人間としてよ、こいつの義賊の精神は男も女も関係なく魅了する、男の強さと、優しさを持つ強盗だった。
「当時の合衆国はよ、世界大恐慌で酒の楽しみも政府から奪われてた暗黒時代だ。そんな社会じゃ腐敗した政府の高官や資本家、ギャングじゃねえと大金は掴めねえ。ならば、ギャングな俺が取るべき道は、資本家と政府の連中が溜め込んでる連邦政府の銀行から、金奪うわけよ。カッコイイだろ?」
「だから銀行強盗ギャングか。あのアメリカ政府やFBI相手にも全面抗争とかお前やっぱイカレてるぜ」
「ああそうだ。クレイジーは俺の代名詞さ」
そんな感じで男らしく気持ちのいい野郎だったな。
そして偉大なリーダーが持つカリスマ性もやつに感じ入り、シミズの野郎も抑えてこいつがリーダーになったのも納得がいく。
一方で、龍とは平和になった世界で生まれる経済的な話もする。
「この戦争も長くは続かんだろう。我々が取るべき道は戦後世界の物流の活性化と富の循環だ。前世の中華も、南蛮と呼ばれたヨーロッパも、そして戦国期を終えた日本でも、海の交易路を通じて、広く物流が取引されていた」
「そうだな、俺の前世でも最低国家ソ連がぶっ潰れた影響で、西側の多くの物が入ってきた。酒、食品、医療品にブランド品、そして車。ビデオゲームやポルノも個人的に楽しめたな」
俺の時代でもそうだったが、チャイナは元々商売がうめえ奴らで、世界各地の華僑が力を持ってて、俺も密輸業で奴らの力を借りてたな。
龍は前世の華僑みてえな感じで、会社を世界各地に置いて物流事業を展開しようと考えていた。
「そのためには、やはりこの世界は救われなくてはならない。そして戦後世界の物流業を取り仕切り、富の循環を生むために作ったのがこの虹龍国際公司だ」
「賛成だ。そのためにはこの世界に規律が必要だろう。特にこの規律が生まれつつあるジッポンには、西側と共に規律を守らせねえと、また戦争が起きちまう」
こいつのスケールのデカさと賢さと、人間としての器は、俺を遥かに凌駕してて、何よりこいつに感服したのは、器のでかさもそうだが、飯を作る美味さだ。
米を使った料理も、野菜を使った料理も、肉を使った料理も、ジッポンで大量に取れる軍事目的の植物性食用油と小麦とかを混ぜて、すげえ料理をいとも大量に簡単に作っちまう。
こいつの作る料理や食品管理には、俺たち織部一家も北朝幕府軍も大きく助けられた。
「さすがチャイナ出身だな。昔の海賊時代も色々作ってたのか?」
「ああ、鍋はよく振った。料理はな、やはり自分が腕を振るうにかぎる。自ら鍋を奮って、部下達と同じ物を食べるのだ。それだけで、私に人が付いてくる。それと妻にも喜ばれる」
自ら鍋を振るって部下の胃袋を掴んで規律を保つ。
俺には真似出来ねえことだ。
だが、そんな龍の料理の腕前でも唯一俺が受け入れられねえ物を、猿のアイデアで出されたことがある。
「親方、どうぞ」
猿のアイデアと龍の手で生み出されたのは、醤油ベースの魚で出汁をとったスープに、麺をつけて食べる料理。
食べると強烈な蕎麦の香りがしてきやがり、何よりも冷えてて麺がイマイチ口に合わない。
「親方も蕎麦好きなんで、小麦入れて蕎麦を麺にした上で、薬味入れて出汁とった冷やし蕎麦っす」
「馬鹿野郎!」
俺は大好きな蕎麦を、台無しにしやがった猿をぶん殴って吹っ飛ばす。
「お前この野郎! 蕎麦って言ったら出汁が効いた暖かい蕎麦粥か、焼いたブリヌイが相場と決まってんだぞ!! こんなよくわからねえ冷えた麺にして、本来の蕎麦の風味と食感を台無しにしやがって! お前ぶち殺すぞこの野郎!」
「日本でソバって言ったらこれなんすよ! カツオ出汁が効いたツユに付けて、コシが入った冷えた麺すすった瞬間に薬味効いたソバの風味がガツンとくるのが、うちらのソバなんすよ!」
「ざけんなこの野郎! 日本人は蕎麦の食い方を知らねえ! チーズやバターにミルク、肉の出汁が染みた暖かい蕎麦粥は朝食に欠かせねえ1日の始まり!! そしてウォッカ飲んだ後の1日のシメで食うのが蕎麦粥だ! こんなもん認められるか馬鹿野郎!!」
数日後、今度は猿と龍が別の麺料理を出してきた。
肉の薄切りに、魚の練り物がトッピングされ、申し訳程度に野菜が入ったような貧相な麺料理。
西側で流行ってたラーメンってやつで、醤油と魚出汁で濃く味付けされていた。
そして食欲が全然わかねえ貧相な小麦の縮れた細い麺よりも、香り豊かなシチーみてえなスープの出汁に惹かれて、スポーツドリンクのようにスープを飲み干す。
「このラーメン、鶏のガラベースで結構塩っからく作ってんですが、お気に召されたんで何よりっす」
「ああ、このシチー暖かくて美味え。これなら、兵站にも優しいし、将来的には銭を稼げる味だろう。原価安くして大量に作れば、細い麺なら茹で時間が短縮されて、兵隊共もすぐに食べれて炭水化物やミネラルも補給できる」
「へえ」
だが俺からしてみれば麺が細すぎて、これじゃあこの絶品スープと全然釣り合わねえから、俺は親方として猿にアドバイスをくれてやる。
「ただなあ、麺が細くて貧乏くせえ。俺の好みはモスクワの縄張りに日本から出店してきた……あれだ、うどんとかいう太麺の方がうめえ。日本式の油で揚げたシーフードや野菜の……テンプラだったな。それに豚骨スープうどんが最高だ」
「えぇ……豚骨天ぷらうどんっすか? ロシアで天ぷらうどん流行ってたんすね。ていうかなんで、うどんに豚骨?」
うどんは美味かった。
西ヨーロッパの安っぽいパスタじゃなく、スープに合うゴージャスなうどんの太麺に、暖かくて味が濃い豚骨スープの組み合わせこそ至高よ。
これにウォッカと合う、オードブルのスシと、野菜とシーフードをフリッターにした天ぷらはたまんねえ食い物だったな。
「ヒデヨシ君、豚骨とは?」
「あ、ええ。自分の時代の話なんですが、豚って肉とモツ抜き取って加工しても、最終的に骨が余るじゃねえですか? だから骨髄とか関節部分とかある豚骨、ゲンコツとも言うんですが、そいつを煮て乳化させたスープで、拉麺とか作るんす」
「おお、確かに豚や鶏、羊や牛も骨が余る。それを水で炊いて麺と汁物として提供するわけだな。これは商いで使えるぞ、素晴らしい発想だ」
ヒデヨシと龍の発想で、美味え飯のビジネス話が膨らんでいった。
あとはフレッドか。
あの前世がアメリキー生まれの小僧、俺と同じくゲーマーでよ、マリー、いやヴァルキリーと一緒にゲームの話だとか色々盛り上がったな。
「お前、シューティングゲームが得意なんだってな。俺も昔はよくニューヨークのタイムズスクエアにあったゲーセンでよく遊んだもんだ。ス●2だろ? Fatal Furyだろ? ヴァーチャシリーズだろ? グラディウ●やゼビ●スに、パック●ンな。ドンキ●やマリ●ブラザーズも好きだったな」
「……レトロゲーですね」
「ああ、うん。めっちゃレトロだよね」
といってもジェネレーションギャップってやつで、あいつらが流行ってたゲームとは少し時代がずれてやがった。
「僕はFPSとか好きで、BFとかCODとかじゃ、ネット対戦でヒーローだったっけ」
「うーんFPSとかはスプラ●ゥーンシリーズしかやらなかったし、よくわかんないけど。私はあれ、ポケ●ンとかモンハン大好きだった。シリーズ持ってたし」
「ポケモ●!? 僕も大好きだった。マリーはどのシリーズ好き? 最初に僕はXYの対戦にハマって、サン&ムーンでもレートでほぼ負けなしだったんだ」
「あ、XY好き。最初やってたブラックホワイト1、2に、後のシリーズのサンムーンやソードシールドも、大好きだった」
ポ●モンは俺も地味にハマってた。
アメリカの刑務所から出所して、強制送還されたあと、世界的なゲームだっていうんでロシアでもアニメとか人気になっていたな。
「ポケモ●か。俺はコレクションにハマったな。でもミューとかセレヴィとかジラーチとかマナフィとか普通は手に入らねえじゃねえか? だから新しい配布が出る度に、日本に手下を送って、あらゆる手段使ってレアポケ集めさせ、俺のポケモ●図鑑は常にコンプリートだ。ロシアでポケ●ンマスターと言えばこの俺様よ」
最初俺がやってた白黒のゲー●ボーイって言っても、こいつらには理解出来なさそうだが、当時のゲーム機はネットワークとかないから、ゲームボー●なんか通信ケーブル差して対戦したりポケモ●交換したもんよ。
「すごーいリアルタイムでミュウ持ってたんだ」
「セレヴィとか手に入れたんですね。マイナーだけど今じゃなかなか手に入らないレアポケだ」
「だろ? 日本は閉鎖された国で、俺の手下を送るにも一苦労した。他にもスーファミや64のソフトもいっぱいあったし、メガドラやサターンやネオジオ、プレステもBOXも全部揃ってた。ドリキャスなんかも持ってたんだぜ?」
まあ俺がアメリカからロシア帰ってきた後、時代について行けずヘロイン食うかゲームやるかしかなかったってのが本当のところだがな。
そしてジッポンの戦線は、南朝が副将軍含む有力武将を失い、補給線を失ったことで、徐々に南朝側とハーン共とで統制が効かなくなり、陰険な松長も戦略の天才のクスノキでも打開策が見当たらない状況に陥いり始める。
俺たち北朝は、副将軍東條の尽力で規律ある兵士に教育されて、現代兵科に編成されていた。
この東條は、第二次世界大戦の日本側の指揮官だった過去の記憶があるから、北ジッポン武将の私兵に過ぎねえ連合軍を、日本軍みてえな鉄の規律の兵隊に変えちまってたんだ。
内政も、物流を運ぶ軍港を整備したり、何もなかった平野を切り拓いて物流の拠点にするなど、参謀や官僚的な働きはずば抜けていたのを覚えている。
一方では烏合の衆と成り果てたハーンに脱走兵が出始めて、アルスランの求心力が衰えたところで、俺たちは包囲を敷く。
その数、おおよそ10万。
中京周辺の播麻に近い、兵吾湾の運河の港川で現場指揮官の南側将軍、クスノキとの決戦だ。
一方で南側の副官には新倉左貞義とかいう野郎が布陣を敷き、ハーン兵の姿はなく、和太岬に2万5千の兵を駐屯させた。
楠木軍は特に腕が立つハヤテ武士含めた精鋭の700もの軍竜で待機してて、新倉率いる南軍は、俺たち北軍の大勢力に圧倒されて、東西南の三方向が海に面している和太岬が北軍に完全に包囲され退路をふさがれてしまう形、チャイナで言う背水の陣のようになる。
「出てこい、クスノキ! 一対一だ!」
俺はクスノキの野郎と一対一の戦いを望んでいた。
おそらくはやつもだ。
前世で悪党とか呼ばれてたらしいが、主君が生まれ変わっても忠誠を誓う規律あるサムライ。
俺の申し出に応える筈だとやつを待った。
クスノキのやつは屈強なハヤテの武士団に保護されながら、大鎧を装備して長大な太刀を背負い、待ち構えていた俺と対峙する。
「受けてやるぞ織部弾正。敵将の要たるお主の首を獲れば、北朝は総崩れ。我が主君醍醐の天下となるだろう」
「ほう、俺の首を盗るとは言うじゃねえか。だがお前の負けだクスノキ」
やつは翡翠でできたような首飾りと、左手甲に鏡のような盾なんかも装備してやがる。
俺はバットのようなアマノムラクモを向けて、全力の魔力で野郎を吹っ飛ばそうとしたが、クスノキには傷一つつかない。
あとでわかったが、ニョルズにまつわるジッポン天帝家の三種の神器とかいうマジックアイテムの効果で、やつは神器二つを装備していた。
魔法を完全に弾く加護を持った一級品のマジックアイテムの効果、ヤタカガミとヤサカノマガタマとかいう装備品を持っていた。
「織部よ、そのほうが持つ剣、所在不明になっていた神器アマノムラクモの剣に相違ないようだな?」
「ご名答。ニョルズぶっ殺して奪ってやったのよ」
「何!? 神殺しとな!?」
やつは一瞬驚いた面してやがったが、背中に背負ったファイナ●ファンタジーのラスボスが装備してるような、大太刀を俺に向けて構える。
「お前、俺の全力の魔法を弾くとはやるじゃねえか。魔法が効かねえのならしょうがねえ。多分お前が身につけた装備品のようだが、力尽くでお前が装備した一級品のブツを奪うとしよう。なあ? 伝説のサムライよ」
俺は一気に間合いを詰めて、振りかぶったアマノムラクモを脳天に叩きつけようとしたが、刀でいなされる。
弾かれた勢いを利用して、空中で二回転捻りしながらアマノムラクモを片手で振り回すと、この攻撃も避けられて、クスノキは刀持って体当たりしてきやがったから、着地と同時にやつと鍔迫り合いするが、純粋な力は俺の方が上だった。
「悪鬼め、それがしの前世を知っているようだが……お主は前世で何者だったのだ?」
「盗賊だ! それも世界最強の規律ある盗賊よ!!」
俺のバットを必死の形相で受け止めるクスノキを、そのまま押しつぶしてやろうと力を込めたが、その時野郎の左右の瞳の色が違うヘテロクロミアが怪しく輝く。
やつの特殊能力が発動した瞬間、目の前のクスノキが消えて背中に衝撃が走った。
「グォ!」
俺の背中が燃えるような熱さと共に、熱が奪われるような感覚に陥るが、目の前に矢の羽が右目に映し出され、背中を矢で射られたと思った俺は、振り向き様にアマノムラクモを振るうと、無数の矢が宙に浮いていた。
俺の体は普通の矢だとか、鉄砲だって効かねえはずなのに、今世界で初めて矢傷を負う。
「お前、何をしやがった!?」
「ふふ、悪鬼よ。転生してそれがしが身につけた術は、貴様には看破することあたわず。我が小竜景光の刀の錆となり、手柄となれ」
幸いにも臓器が無事だったんで、俺は筋肉に力を込め、背中に刺さった矢を体から押し出す。
飛び回る無数の矢と長大な刀の攻撃、そして正体不明のクスノキの術で俺は周囲を観察する労力を強いられると、今度はクスノキの魔法で地割れが生じ、風の魔法で飛び退いた俺の腕と足に矢が刺さる。
空中で動きが止まった俺に、ガン●ムのファンネルみてえなライフルみてえな矢が的確に飛んできやがったんだ。
「おお、なんちゅう肉体や。それがしの矢の直撃を持ってしても、手足が吹き飛ばぬとは見事!」
クスノキは強い。
今まで戦った戦神トールや、ジッポン大名と呼ばれる武将よりも、何をしてくるかわからない、底知れぬ緊張感を奴との一騎打ちで感じた。
クスノキには魔法も効かず、白兵戦でも長大な刀に阻まれ、全方向から矢が飛んでくる戦いは、俺の神経をすり減らす。
俺に向かってくる矢を打ち払うが、クスノキが突っ込んできてやつの刀の初撃を防御するも、死角から矢が放たれて俺の体にクスノキの矢が刺さる。
「お前……強いな。信念を持つサムライよ。俺はお前と戦えたことを嬉しく思うぜ」
俺の本心を奴に言うと、クスノキもまた俺を見据えて笑みを浮かべる。
「ふふ、盗賊と言っていたが貴様、粗にして野だが卑にあらず。正々堂々、力と力を持ってして、お前のような男と戦えたこと、まこと誇らしきこと也」
俺はバサラの力を解放して、肉体が伝説の悪魔とかいう体に変身する。
「その姿は?」
「ああ、これか? ブッダの宗教じゃ神だの悪魔だの言われてるバサラの力よ。さあ第二ラウンドと行こうや?」
「……なんと。十二神将、伐折羅の力か。相手にとって不足なし」
俺たちは互いに男として認め合い、まるでスポーツのような共感と共に対峙した。
俺は体の痛みよりもクスノキとの勝負がスポーツで勝ちに行くような感じで、全身全霊を込めてやつを屈服させようとアマノムラクモを振るう。
「さあ伝説のサムライ! お前の全てを受け止めて俺が勝利する! ぶっ飛ばしてやるぞ!!」
「来んかいバサラの盗賊!」
だが、俺とクスノキの男の戦いに待ったがかかる。
間に入ったのは俺が認めた、若輩ながらも北朝幕府を指揮する総指揮官、馬に乗った松平家康だった。
「一騎打ち中まことに失礼仕る! 我が名は松平家康! 光徳帝の意向の下、両陣営の総大将一騎打ち、これにて終了でござる!」
いきなり馬に乗って来やがったマツを、ジャンプした俺は左手で頬を引っ叩く。
「マツ! お前調子乗ってんじゃねえぞ! クスノキとの戦いを勝手に止めるとはどういう事だ!」
「織部弾正との一騎打ちに水を刺すとはこれ如何に!? 北賊軍松平家康よ、理由を述べよ」
クスノキも俺との一騎打ちを邪魔されて怒っていたが、マツは冷静にクスノキと対峙する。
「この地はハーン軍に包囲されてござる! 楠木殿! 南軍も攻撃されておりますぞ!! 八州にも再編したハーン軍がそちらの都へ挙兵中!!」
「なんやと……ハーンめ。織部弾正、残念やが勝負はこれまでや! 郎党よ! 急ぎ八州へ帰還せよ!!」
「クソッ! せっかくいいところだったのに、アルスランの野郎が!! マツ、包囲敷いてるハーンを潰すぞ!!」
こうして奴との決着はつかずに、南北戦争はハーンの軍勢から中京を死守する戦争へと、戦況が変わり始めた。
一騎打ちから数日後、クスノキから水晶玉で極秘会談の申し出があり、俺、マツ、そして龍も同席してクスノキと通信する。
「久しぶりだな織部と松平。それに、そこの異国の男はどこの誰か?」
「おいは虹龍国際公司のアブドゥル・ビン・カリーフ。こん会談ん立会人と思うてくれてよか」
流暢に日本語を話す龍に、クスノキは一瞬眉を動かすも、すぐに無表情のポーカーフェイスになる。
「実は俺も日本語を話せるようになってな。好きな女の子がよ、元日本人なんだわ」
「敵であるお主らにこう言うのもなんであるが、ハーン共は我らが組みしてよい同盟相手ではなかった。やはり夷狄や。奴らは無茶苦茶な要求をしてきたんや」
まあそうだろうなと俺は思ったんだ。
黒騎士と呼ばれたエドワードと、アルスランは血縁関係があって、大邪神の一柱オーディンを信仰するやつらの目的は、自分達種族以外の人類の粛清だった。
クスノキの話によると、ハーンの皇帝アルスランが、無茶苦茶な要求を南朝にしてきたようで、内戦中のうちらにある話を持ちかけてくる。
「楠木殿、そのハーン側の無茶な要求とは?」
マツの質問に楠木は苦々しい顔付きに変わるが、俺はマツが日本語を普通に話したのに驚く。
「マツ、お前……前世を思い出したのか? お前は一体」
「それがし……前の世では源頼暁。公暁とも申す。父は頼家、祖父の名は頼朝」
クスノキが、マツの前世の名を聞いて息を呑んだ。
後で知ったが、マツの前世は日本で最初の、サムライを統べるショーグンの一族だったらしい。
前世のマツは北条とかいう外戚に唆され、実の父の仇だと思い込んだ義理の父であり、実の叔父でもあった三代目将軍を暗殺した。
そして将軍暗殺の後、ヒットマン達を送ってマツをぶっ殺す算段つけていたのが北条だ。
だがあまりの北条の悪辣な手口に、内心ムカついてやがったミウラというヒットマンの一人が、前世のマツを討ち取る際、事の顛末を冥土の土産だと明かす。
父親が殺されたのもお前の兄が殺されたのも、今この場で将軍殺しの罪で死ぬのも、全部北条がやった事と明かされたマツは、魂に傷がつき息絶えた。
それで地獄を経てこの世界に転生したそうだ。
「それがしの前の世、源氏一族は、平家を鏖殺して身内同士で殺し合いをした一族でござった。生まれ変わったこの地で如流頭との戦においても前世の業を感じ取り、亡き平家を悼み、我が名を松平家康と名乗ったのでござる」
「……源氏宗家でござるか。頼暁殿、それがしの時代、我が主君と足利、新田、そしてそれがしが北条を滅ぼした。それゆえ源氏宗家の者なら信頼に値うる。北の幕府将軍及び織部弾正よ、一時休戦しハーンを討つべき提案だが如何に?」
「相わかり申した。が、理由は?」
マツはクスノキから休戦協定の申し出を受け入れて、その理由を聞く。
「我が主君、醍醐帝とアルスランの婚姻とジッポンの領有権の主張だ」
「!?」
うちら北朝が皇統の維持が出来ず、かつて天帝家総家だった日高の末裔賢如と、皇女の子を光徳として皇帝に即位させた一方、南朝も世継ぎの男子が生まれず、醍醐の正体は女帝だという事実に俺たちは驚愕する。
「相かしこまり候。それは我らがジッポン側が鑑み、飲めぬ要件でござるな」
「……内密に願いたい頼暁殿。アルスラン・ハーンが如何にしてこの事実を突き止めたのかは検討つかぬが、もしかしたらヴィクトリーという西の果ての女王が漏らしたやもしれぬ」
俺はマツと楠木、両ショーグンの首脳会談の行く末を見守り、南北が手を結ぶに相応しい妥協点を龍と見出そうとしていた。
すると俺の側にいた龍は、俺に耳打ちする。
「なるほど、中華でも頭を悩ませていた継承権問題か。南側が呑むかはわからんが、解決策を思いついたぞ。それは……」
龍の案は、南北朝が手打ちする要件として、北朝光徳と南朝醍醐の婚姻だった。
これが南北戦争を停戦させる最善の策であると。
「クスノキ、俺から提案だ。いっそ南北の帝同士で婚姻関係を結んじまえばいいんじゃねえか。停戦の大義名分が立つだろ?」
「貴様うつけか? なぜ逆賊と我が主君が婚姻を?」
「ジッポンのためだ。まずはハーンを潰すという共通の目的があるから丁度良い大義名分だろ? それとお前にも情報をやる。百鬼夜行がおとずれようとしている」
「何!? まことか!?」
龍のアドバイスを受けながら、クスノキにオーディンとエムの情報を教えてやった。
西側がこいつらに無茶苦茶にされてることも。
「そういうわけで、ジッポンが団結しねえと多分勝てねえだろう。ハーン共もその一派と繋がっていやがる。戦争再開はこれらの危機が終わってからいくらでもできる」
「百鬼夜行の頭領はえむと申すか。お主、えむについて詳しいようだがなぜだ?」
「……前世で、俺と組んで悪さしてた野郎だ。やつは悪意の塊で、この世界で力をつけて前の俺達が生きていた世界に帰りたがってる。ジッポンどころか全世界の危機ってわけだ。俺はあいつを倒さなきゃならねえと神に誓った」
クスノキの野郎は、俺の話を半分疑っていやがったが、嘘は言ってない。
やつも通信先の俺の目を見て、深く頷く。
「……よかろう。その神の名は?」
「地獄を統べる大王、閻魔大王だ」
「閻魔様か……なにゆえ閻魔様が?」
いちいち説明しなきゃ納得しないクスノキを、めんどくせえ野郎だなと俺は思いながら、理由を端的に説明する。
「悪さする奴らを地獄で裁くから引っ立てろとさ」
「……証明することは可能か?」
俺は側にいた龍と顔を見合わせる。
「どうするよ?」
「このクスノキは日本の侍であろう? ならば話は早い。シミズやマリー君から借りた、この指輪でさるお方を召喚しよう」
やはり龍はこの時もキレ者振りを発揮する。
俺と龍は魔力を振り絞り、いつかの白鳥野郎を呼び出す。
「うむ、久しいな我が孫の八幡の使徒と……無礼者の半人前」
俺が飛び掛かってなんとかタケルをブン殴ろうとしたのを、龍が右手で制する。
「お久しぶりです武神ヤマトタケル様。我らにお力添えを」
なんとかタケルは、水晶体の画像に映るクスノキを見る。
「ふむ、お主、元は日の本の子か? 我が名は倭建命である。名を名乗るがよい」
「それがし楠木正成と申す者。ま、まことにヤマトタケル様でござるか?」
「疑っておるか? 日の本の子よ。どれ」
なんちゃらタケルは、白鳥に変化して、光の速さでジッポンのどこかの陣に飛んでいき、クスノキの目の前に現れると、クスノキは、このなんとかタケルの威光を感じとって、通信先で平伏した。
「やはり、ぶ、武神様でござるか。この楠木めお目にかかりまことに光栄にて候」
「うむ。こやつらは、天之御中主神様と閻魔大王殿の命令で動いておる。我らが主神たる皇祖神天照大神様の面子もかかっておるゆえ、お前もそのあたりを察してよろしく頼むぞよ」
「ははー! お伊勢様の主神たる皇祖神天照大神様の御為、一生懸命に!」
楠木は前世でも醍醐に仕えた武士で、やつにとって日本の皇室の祖先神は絶対的な存在のようだ。
「そういうわけだクスノキ。この世界救済には、多くの神々の面子がかかっている。ここは一つハーンをぶっ潰すために、一旦手打ちといこうや」
「致し方あるまい。お主が日本の神々と縁ある男とわかったからには……我が主君を説得してお主らと組むほかあるまい。ハーンと邪神おーでぃん、そして百鬼夜行との戦いに注力するほかなかろう。貴様との決着はその後や」
こうして、龍の頭脳と機転で南北朝戦争は事実上停戦を迎える。
これは醍醐帝には内密のクスノキの独断だったが、一旦南北戦争は休戦し、共にハーンを討つべしという方針へと変わる。
その時、俺の水晶玉に別のやつから連絡がきた。
ヘルのメスガキからだった。
「チビ人間、冥界筆頭審問官閻魔大王からお前に、神の試練を受け入れると通達が来たのだわ。まもなく勇者であることを証明しなきゃならない試練がおとずれるのだわさ」
「試練だと!? あの恐ろしき地獄の神からか!? 内容は!?」
「己が業を清算しながら魂の中に眠るバサラと向き合えと」
俺の魂にいるバサラと、前世の罪である業と向き合う。
それが俺が提示された勇者の試練。
「それはどれくらいの期間だ?」
「お前次第だわさ。1日で終われる場合もあるかもだけど、下手すればそのまま体が衰弱して死ぬ可能性だってあるかもしれないのが、勇者の試練なのだわ」
ドラクロアの時のように、俺の魂が試される場になるのを、この時覚悟する。
そしてそれは戦争やエムとの戦いよりも、ある意味辛かった、俺の魂を試される場だったんだ。
とまあこんな感じで、俺は社長席に腰掛けながら当時を思い出し、今の虹龍国際公司の役員共に向けて真相を話しつつ、手元の葉巻を咥えると火をつける。
「我らが初代社長が、そこまで世界大戦激戦区、大東亜戦線に関わっていたなんて」
「左様、新社長の話が真実ならば、今のジッポン幕府は、我が社に恩があるはずなのに、あの将軍めは口だけ出して世界情勢に一向に耳を傾けぬ。あの俗物め」
「我が社の、我らの先祖たちは本当はどんな方々だったのですか? マリークの伝説の戦士達のその後は!?」
「そもそも伝説の大バブイールは、なぜ滅亡の憂き目に」
俺の話に耳を傾けてた役員共は口々に、今の状況を愚痴り出す。
「心配するな。俺が来た以上は、子悪党共の好きにはさせねえ。俺は再び世界を救うためにやってきた」
そう、俺は勇者だ。
多くの人々の希望を、夢を、生き方を奪うような子悪党共から殴って奪う。
それが俺の盗賊として生きてきた信念。
それとバサラに誓った俺の贖罪だ。
続きます




